中国の急成長に日本の製造業が押されています。 成功している中国企業の総裁は言います。
「日本から学ぶものは無い。学ぶのは欧州だ。」
市場の要求に応えるスピードが遅いということです。 この「スピード」というキーワードは米国では80年代に、日本では 90年代に取り沙汰された言葉。その意味では中国は10〜20年遅れて いるといってもいいのですが、その遅れをカバーしているものは、やはり 何といっても労働賃金の安さです。
この中国の賃金の安さについては、日本がバブルの崩壊後、急激な円高に 振れた時に、産業の空洞化と危惧された時に特に取り上げられました。 家電・自動車・機械・プラントなど、続々と中国本土や台湾に進出したり 製造拠点として出資や子会社設立など、製造の土台が揺らいだ時期があり ました。製鉄においても、製品の輸出が落ち込んだことの防衛策として、 逆輸入も承知で技術移転(技術とハードのパッケージ)売りをしていた こともあります。
自分が製鉄機械を扱う事業部の企画商務部門を移動になる直前に、上海の 近郊にある場所へ、製作拠点として使えるかどうかを検討するために、 ある工場を視察に行ったことがあります。揚子江対岸にある南通から50 kmほど内陸に入ったところ。
現在もその頃の面影が残っているかどうかは分かりませんが(というのも、 この10年の中国の進歩はめざましいですから)、当時の印象としては、 60年代までの日本の現場を見ているようでした。日本が欧米から技術を 導入していた頃の印象です。ひとつの機械に3人ついているというような、 効率よりも雇用を第一に経営しているよう。
なによりも心配なのは、納期と品質。 いつまでたっても商品が出荷されない。現地に様子を見に行くと、材料が そのあたりにポンと置かれているといったことがよくあったり、出荷されて きた商品が問題になって後処理に追われた企業が業績を圧迫されたりした こともあったり。(M重工なんか大変だったようです。)
そんな中で日本の企業は中国企業との合弁や進出・撤退を繰り返し、中国を マーケットとするのか、製造拠点とするのか、判断に苦慮している最中だと 思います。特に家電や自動車は消費品産業ですから、マーケットの拡大は 最重要課題。10分の1が購買層であるとしても、日本よりも大きな市場 となるわけで、これを見逃すわけにはいかない。ただ、中国企業はしたたか。 日本の技術を奪い取ったら後は自前で生産して販売、輸出することを目指す。 しかも(全般的に)関税比率を高くして日本からの輸入を阻害していた。 変化としては今年WTOに加盟したことで、不当な関税を付加したならば 国際的な裁判事項となるわけで、今までのようにはいかない。というか、 自国の産業に自信がついた証なんでしょうか。
特許やら秘密保持やら問題は色々とありますが、いずれにしても中国の企業 に力がついてきたことは事実。一方ではユニクロはデニムジーンズの生地を 中国製から日本製に変えたといいます。品質問題を抱えている中国製品に 見切りをつけたから。これは経営戦略によるものですが、背景には日本の 製品が良質で低コストを実現できている現実があります。またその開発を 怠らない企業努力があります。
中国と日本の企業において大きな違いは、まだまだ中国企業には製品開発 能力が先進国よりも劣っているということ。モノマネの域を越えていません。 でもこれは日本も辿ってきたこと。教育や生活水準が上がってくるにつれて 近づいてくることは考えられます。
中国はあまりに巨大な土地と多くの文化が存在するため、狭い日本のように ある意味、画一的な方法で統治することが困難な国。全土が変化するには あまりに多くの時間を要するでしょう。ですから、ほんの一部(特に海岸部) を中心に変化することになりますので、経済格差が発生することになります。 この歪を抱えたまま発展するしかないので、急成長をしている企業も、その うち息切れしてきて、それまでの投資を回収できなくて不良債権化するのが 予想されます。より経済格差が大きくなり、社会の歪が大きくなればなるほど 日本におけるバブルと同じ状況になるんではないでしょうか。
ま、バブルになる背景は日本とは全く違っていますので、国民全体が大きな 借金を抱えるというわけではありませんが、産業ごとに見てみると、今急成長 をしているところほど、その危険性があることは認識すべきです。
ということは、以前にも産業の空洞化が叫ばれたときと同じ議論になりますが、 日本において中国にはマネができない付加価値を探しつづけるか、産業保護 という形になってしまうのでしょうか。企業単位でいうと、国の産業保護に 頼る前に、自前でやるべきことをやれるようにしておくことですね。自己防衛。
国の壁が無くなってきていることを象徴している現象だと思います。 おらが村はその中だけでは生きていけなくなってきています。 日本にいる限りは日本語以外は覚えなくても生活に支障はない、と豪語する 日本の人は多くいますが、その考えが通用しなくなってきていることを認識 しているかしていないかで、将来の生活を保証できるかどうかというところ まで来ているかもしれません。
豊かになった日本に求められるのは、知的に、情熱を持って考え、行動する。 前例に縛られることなく、新しい発想を持つ。行き着くところはそういった ところでしょうか。サンデープロジェクトを見ながらそう思いました。
はい。今日は曇り。(東京地方)
|