『日々の映像』

2010年04月14日(水) タイ衝突、死者21人 混乱、惨劇招く



タイ衝突、死者21人 混乱、惨劇招く 軍発砲、否定できず
                    毎日新聞 2010年4月13日
社説:タイで日本人死亡 真相究明が最優先だ
                     2010年4月13日 毎日
社説:バンコク流血―正統性ある政権が必要だ
                    2010年4月13日 朝日新聞

 軍とタクシン元首相派組織「反独裁民主戦線」との衝突は、ロイター通信日本支局のカメラマン、村本博之さん(43)を含む21人が死亡、800人以上が負傷する大惨事となった。なぜ、市街戦を行ったような大惨事に発展するのか、タイの内情をしてないひとにとっては戸惑うのみである。

 2007年にミャンマーで反政府デモを取材中、兵士に射殺された長井健司さんに続いて日本人カメラマンの2人目の犠牲者を出すことになった。今回の事件で、タイの国家的威信は失墜し、観光部門をはじめ経済的なダメージも大きいと思う。 

 最も重要なことは、流血事件の真相究明でなければならない。タイには多くの日本企業が投資し、4万5000人以上の日本人が在留し、年間120万人以上の日本人観光客が訪れている。村本さんの悲劇の経緯の検証は極めて重要だ。撃ったのは誰か。流れ弾か意図的なものか。意図的な銃撃ならばその狙いは何だったのか。こうしたことをぜひとも明らかにして欲しいものだ。

 タクシン元首相派と反タクシン派はこの10年近く、対立を繰り返してきたようだ。「タクシン氏は2001年に政権を取り、市場経済主義への対応や貧困対策に積極的だった。その支持層は東北部や都市の貧困層が中心だ。 しかし金権腐敗体質や独裁的な姿勢への批判が広がり、06年の軍事クーデターにつながった」(朝日新聞社説から) ともかく、タイに正統性ある政権誕生が必要なのだ。

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タイ衝突、死者21人 混乱、惨劇招く 軍発砲、否定できず
毎日新聞 2010年4月13日 
 タイの首都バンコクで10日起きた、軍とタクシン元首相派組織「反独裁民主戦線」(UDD)との衝突は、ロイター通信日本支局のカメラマン、村本博之さん(43)を含む21人が死亡、800人以上が負傷する惨事となった。市街戦の様相を呈した現場で何が起きたのか、また、政治混乱が続くタイの内情や今後の見通しを検証する。【バンコク西尾英之、矢野純一】
 「胸から血を流し、目を固く閉じて意識はないようだった」。10日午後8時半(日本時間同10時半)ごろ、激しい銃声を聞いて駆け付けた地元紙カメラマン、ドドさん(25)は、UDDの数人がぐったりした村本さんを抱きかかえて運び出す場面に遭遇した。村本さんは左胸から左の腕付近に実弾が貫通し、運ばれた病院で死亡が確認された。
 現場は、UDDが3月の抗議行動開始以来拠点としてきたパンファー橋から西へ600メートルほど。外国人旅行者向けゲストハウスが建ち並ぶカオサン通りの入り口付近だ。死者の大部分は、この場所と、約300メートル東にある民主記念塔の北側に集中している。
 軍は同日昼過ぎからUDDの強制排除に着手。夕方までは大きな混乱はなく、ゲストハウスの女性経営者(39)は「兵士はUDDに対し『外国人観光客が多い地域だから、記念塔まで戻れ』と説得していた」という。
 状況が一変したのは午後6時過ぎだ。軍のヘリコプターが催涙弾を投下して一帯は白煙に包まれ、一気に混乱が拡大した。
 間もなくUDDが投げる火炎瓶の割れる音と、散発的な発砲音が響き始めた。4階建てビルの屋上から見ていた女性(46)によると午後8時ごろ、2回の大きな爆発をきっかけに銃声が激しくなった。複数の住民がUDDが自動小銃を撃っていたと証言。銃は事前に準備したか、軍側から奪ったと見られる。
 アピシット首相は12日、「(UDDの中に)テロリストがいることが明白になった」と非難。軍は現場の指揮官クラス以外には銃を所持させず、政府は「実弾は発砲していない」と主張する。だが、一部の外国人記者は「兵士が実弾を撃っているのを目撃した」と話し、混乱の中で軍も実弾を発砲した可能性は否定できない。
 村本さんは、軍側ではなくUDD側に近い地点で撮影中、流れ弾に当たったとみられる。自動小銃など威力の大きい銃で比較的遠距離から撃たれたことが確認されたが、銃撃したのが軍なのかUDDなのかは不明。真相解明にはなお時間がかかりそうだ。
 ◇首相の決断「裏目」 「再実力行使は拒否」
 「アピシット首相の判断ミスだ」。惨劇後の11日午前0時から始まったタイ軍の緊急会議の席上、出席した軍高官から厳しい意見が相次いだ。
 「こちらが丸腰だから、連中は我々を恐れず向かってきた」。陸軍筋によると、高官の間では「政治的対立は政治的に解消するしかない」との意見が強まり、「首相に再び実力行使を命じられても拒否する」ことで一致したという。
 軍や警察の治安部隊は、今回のUDDの反政府抗議行動に対し、これまでほとんど「手出ししない」姿勢を貫いてきた。UDDが国会への突入を図っても実力阻止せず、アピシット首相は衝突で死傷者が出て自身への批判が高まることを恐れて断固とした姿勢を取れず、かえってUDDを勢いづかせたとの見方が強い。
 首相が10日、一転して軍による実力行使に踏み切った背景には、UDDによる繁華街占拠で、経済界やバンコクの中間層など、首相自身の支持層の不満が爆発寸前まで高まったことがある。
 地元紙は、プミポン国王の信任が厚くタイ社会に強い影響力を持つプレム枢密院議長が、首相に対し13日からの「タイ正月」までの事態打開を促したと伝えた。政権の最大の後ろ盾であるプレム氏の意向も大きく作用したとみられる。
 だが強制排除は失敗に終わり、首相の決断は裏目に出ただけでなく、軍も首相を事実上見放した。国内では「下院の早期解散以外に解決策なし」との声が高まり、政権は「死に体」化しつつある。
 92年の騒乱を調停した国王は82歳と高齢で健康不安もあり、今回の仲裁に乗り出す動きはない。
 次期総選挙でタクシン派が勝利して元首相寄りの政権が誕生すれば、UDDの抗議行動は収束する。だが、そうなれば今度は一昨年にバンコク空港占拠事件を起こした反タクシン派組織が反政府行動を再開するのは確実。堂々巡りのタイの政治的、社会的対立は、容易に解消する道筋を持たない。
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社説:タイで日本人死亡 真相究明が最優先だ
                     2010年4月13日 毎日
 タイの政治的混乱は常軌を逸している。バンコクで反政府デモ隊と軍が衝突し、民間人や兵士20人以上が死亡した。ロイター通信日本支局の日本人テレビカメラマン、村本博之さんは胸に銃弾を受けて亡くなった。07年にミャンマーで反政府デモを取材中、兵士に射殺された長井健司さんの最期の姿も目に浮かび、暗然たる思いにとらわれる。
 首都の中心部で市街戦さながらの衝突を起こし、タイの国家的威信は失墜した。観光部門をはじめ経済的なダメージも大きかろう。混乱を鎮静化させ、民主的な手続きに従って国政を正常化させるのが、国益を守るうえで必須のことと言えよう。
 その最も重要な最初の一歩は、流血事件の真相究明でなければならない。タイには多くの日本企業が投資し、4万5000人以上の日本人が在留し、年間120万人以上の日本人観光客が訪れている。この密接な両国関係を考える時、村本さんの悲劇の経緯は極めて重要だ。撃ったのは誰か。流れ弾か意図的なものか。意図的な銃撃ならばその狙いは何だったのか。こうしたことをぜひとも明らかにする必要がある。タイ政府の誠実な対応を強く求めたい。
 一方、この国の政治混乱を収拾するには、対立するタクシン元首相派と反タクシン派の双方に、よほどの決意と姿勢転換が不可欠だろう。
 この対立は06年、当時のタクシン首相を失脚させた無血クーデターに端を発している。これで国外に追われたタクシン氏だが、新興財閥のオーナーとして稼いだ豊富な資金と、貧困層への厚遇政策などで獲得した影響力を駆使し、国内への揺さぶりを続けた。反対派は対抗した。
 その結果が、双方のデモ隊が交互に起こした一昨年の国際空港占拠や昨年の東アジアサミット妨害といった事態だ。今回の騒乱もその延長線上にある。タクシン氏一族の国内資産の約6割を没収する最高裁判決を受けて、3月中旬から約1カ月も反政府集会が続いてきた。要求は国会解散と総選挙実施である。
 アピシット首相がこれを受け入れないのは、選挙でタクシン派に勝つ自信がないためだと言われる。この姿勢には民主主義の原則から見て無理がある。タクシン政権時代の不正腐敗や「ばらまき」政治にも批判が強いとはいえ、いつまでも選挙を実施しないわけにはいくまい。そしてタクシン氏も、デモ隊の実力行使で復権への突破口を開こうというのは強引すぎる。
 双方の対立は根深く、解消の展望は開けない。しかし少なくとも、穏健な国民が支持できるような、国益を害さない政治手法を選ぶべきだ。友好国日本の願いでもある。

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社説:バンコク流血―正統性ある政権が必要だ
                    2010年4月13日 朝日新聞
 タイの首都バンコクで、タクシン元首相を支持するデモ隊と治安部隊が衝突し、流血の大惨事となった。
 取材していたロイター通信日本支局のカメラマン村本博之さんをはじめ20人以上が亡くなった。死傷者は900人近くに達する。
 赤シャツ姿のデモ隊は1カ月前から抗議行動を始め、総選挙の実施をアピシット首相に要求してきた。タイ正月を前に、政権が軍を動員して強硬策に踏み切ったことが裏目に出た。
 アピシット政権は武力を頼まない方法で首都の治安回復に全力を挙げてもらいたい。日本政府と協力して村本さんの死因も徹底調査すべきだ。
 それにしても、「ほほ笑みの国」といわれるこの国に刻まれた亀裂の深さに、将来への不安が募る。
 タクシン元首相派と反タクシン派はこの10年近く、対立を繰り返してきた。タクシン氏は2001年に政権を取り、市場経済主義への対応や貧困対策に積極的だった。その支持層は東北部や都市の貧困層が中心だ。
 しかし金権腐敗体質や独裁的な姿勢への批判が広がり、06年の軍事クーデターにつながった。反タクシン派の支持層には官僚や王室周辺のエリート、都市中間層が目立つ。
 経済成長による富が首都に一極集中し、貧富の格差が進む。対立の背景には新興国共通の矛盾も見える。
 政治的な意見対立は、議会を中心に選挙や言論活動などを通じて解決を図るのが近代国家のあるべき姿だろう。
 ところがこの国では近年、総選挙でタクシン派が勝利すると、黄シャツ姿の反タクシン派が空港を占拠。これに対抗する元首相が海外から支持者に抗議行動を呼びかけるなど、議会の外で政治を変えようとしてきた。
 大衆行動やクーデターが歴代政権の土台を揺るがす。それは、タイの立憲体制と統治の正統性が危機にさらされていることにほかならない。
 政治対立を仲裁してきたプミポン国王も高齢となり、そうした役割は期待できまい。08年に発足したアピシット政権は選挙の洗礼を受けていない。回り道なようでも総選挙を早期に実施し、正統性のある政権を樹立することが、混乱収拾への第一歩だろう。
 タイは東南アジア諸国連合(ASEAN)の中核であり、ASEANは東アジア地域と米国、ロシアとの連携強化に乗り出そうとしている。西の隣国ミャンマー(ビルマ)の民主化を促す上でもこの国の役割は大きい。
 自動車をはじめ製造業が集中し、ASEAN経済の核でもある。多くの日本人と日系企業が活動している。
 鳩山政権がアジア外交を展開するうえで、タイの協力は欠かせない。この危機を、遠い出来事として軽く考えるべきではない。

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石田ふたみ