**In my heart of hearts**
心の奥のこころ


2012年10月15日(月) 夜中の出来事

夜勤なしで一週間過ごしたからか、頭の奥の眠気が一掃された感じがしているのは。 この状態を欲しくて夜勤を嫌がっているのかな、他の人たちは。

湯布院まで貧乏な乗り方のバスでたどり着いて、念願の秋晴れの青空は独り占めしてくることが出来た。あの気持ちよさに惹かれて、2時間の滞在ではとても物足りないものだった。 黒川温泉のときはどんよりの天気だったからあきらめもつく。 熱いお湯はほんとに気持ちがいいものだ。風が少し吹いて冷たさもあったけど、陽射しは熱いくらいの揺れる気温だった。 秋の変化の心の揺れを誘うようだ。 熟れたあとに枯れていく自然の巡りの時を止められない悲しさを本能的に感じてしまうのだろうか。 まさに愛すべき人がその生を全うしようとする最中の時期に関わっている今だった。

あと一週間くらいだろうなんて、それはあまりに急なことだと思えた。義理姉の心の中の寂しさを思い計る術を持たない私がいる。 父親への深い思慕や尊敬を知らない自分だとは決して言わないけど、現実の日常生活では経験していないことは確かなことで、そのズレを感じる自分のこと。

一昨日の夜中の金縛りは久しぶりだっただけに、恐怖感に負けそうだった。あまり怖がらなくなったはずだったのに。どうしたことかと思った。義理姉のお父さんのことで心が弱くなっていたことも関係あるのかもしれない。

霊が怖かった。声にならないかすれた喉で必死に叫んだのはおかあさんという言葉。子供帰りでもしてきたんだろうか、私。 母に甘える気持ちを素直に感じられるようになったのは、この50才を超えて初めてだろう。弟と母のことを考えたり、思いやって行動したりすることで、変化した何かはとても大きい。初めからそんなつもりではなかった。ほんの2年前までは、全く意識に上らないことだった。 突然にして、悟った瞬間はあの公園を自転車で横切っていた何気ない一瞬のこと。 突然にして気がついては、胸がこみ上げてきた思い。 不思議な経験をした。

 奇異が怖いのはなぜだろうと思う。何かから切り離される孤独な思いだろうか。人を信じ始めた私が 人を信じなかった頃より、弱くなるなんておかしい。


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