なべて世はこともなし
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2004年09月18日(土) ああ、憧れの食堂車

新幹線に乗ったことはあるでしょうか。


…って、ほとんどの人は「ある」とお答えになるでしょうが、では


新幹線の食堂車を使ったことがあるでしょうか。


…この答えに関しては多くの人が、「ない」と答えられる気がします。私の答えも「ない」です。食堂車って、子供のころの憧れだったんですよね。初めて新幹線に乗ったのは小学校5年生のとき。しかもひとりで東京からQ州まで。なんだか放任主義の親だったような印象を与えかねませんが、そういえば、ひとりでヒコーキに乗ったのも3歳のときだったという話なので…まあ、そういう教育方針をして、アイルランドに住みついてしまうばか長男…というものを産み出したのかもしれません。ちなみに3歳でヒコーキにはひとりでは乗れません。つまり年齢をごまかし…ごにょごにょごにょ。


何をほざきはじめたと思われている方、そう、今日のお題は「食堂車」なのです。


先週、いつも通りドイツに行ってきたのですが、今回はいつもとちょっと違いました。というのも、ダブリンからロンドン経由でハノーバーに飛ぶのではなしに、ダブリンからデュッセルドルフに飛び、そこからICE(ドイツ版新幹線)でハノーバーに行くというもの。こうなったのはエアリンガスの安さ。片道税金等全部入れて40ユーロはもはや、ハープのマークでおなじみのあの会社と同じレベルです。しかも、デュッセルドルフ=ハノーバー間の新幹線もネット上で列車を指定して買えば通常価格の半額以下の37ユーロで往復できてしまうのです(しかも指定席で)。とすると、合計120ユーロ(15,000円ちょい)。ロンドン経由の下手をすると半額程度の値段です。


ま、このネタに入るとまた脱線してしまうのでさらっと流しますが、とにもかくにも、会社を早引けしてエアリンガスの水すら有料のフライトで意地になって食べ物も飲み物も何も買わずに腹を空かせてデュッセルドルフ着。それから午後9時の新幹線でハノーバーへ。


ここからが本題。デュッセルドルフ(空港)=ハノーバー間はおおよそ280キロ。所要2時間30分。自分の席でボーっと座っているにはちょっと長すぎます。かくして、前回初めて「高い・まずい」と決めてかかっていた食堂車を利用してみました。この「高い・まずい」というのは、日本の新幹線で聞いた噂なのですが、ドイツの友人からは「高い・量が少ない」と聞かされてまして、まあ、概してろくな噂じゃないですな。で、実際のところはどうだったか。


デュッセルドルフ空港駅から新幹線に乗るなり、そのまま向かったのは一等車と二等車の中間にあるBordRestaurant(Googleの画像検索結果が別ウィンドウで開きます)と書かれた食堂車。この日のハノーバーまで行ける最終の新幹線はいつも通りがらがら。食堂車も二人組の男とひとりの寂しい男のみの3人の客しかいない。「寂しい男」って今こうやってひとりで食堂車に入ってきた自分もそうなのだが。


まずこの点にツッコミを入れると、新幹線のレストランって、町中のレストランよりもひとりではいることに抵抗感が少ないような気がする。…気のせい?なんだかこれを書いているのが日曜日ということもあって、だらだらと書いてますが、よろしければおつきあいください。


ともあれ、真っ白の綿の(ビニールではない)テーブルクロスがかかった食堂車は確かに「高いのよ。ビンボー人はお呼びでないのよ」と訴えかけてきている気がする。が、他にも客がいるし、とりあえずウェイトレスにあいさつしつつ二人用のテーブルに陣取る。


メニューは、独仏英の3カ国語で書いてあるのはともかく、値段は思ったほど高くない。ビールが日本的にいえば中ジョッキサイズで3ユーロ。メインコースが10ユーロって…ダブリン市内のレストランよりも下手をすると安いぞ。もっともドイツのその辺にあるレストランと比べたら、2-3割増くらいの値段のような気もするから、ドイツ人が「高い」と敬遠するのも分かる気がする。でもダブリンのキチガイじみた物価になれた私にとってはあまり高いという印象は受けない。


ともあれ、チキンとビールを注文し、さっそくやってきたドイツのビールを片手に新聞を読みはじめる。ちなみに食堂車にはちゃんとドラフトのビールもあるが、今日頼んだのは瓶ビール。アイルランドの酒屋で売っている2.5ユーロのビールが3.8ユーロ。割高だけどまあ、許せる。


で、外は真っ暗なので新聞を読んでいると程なく頼んだチキンが来た。うーん、量といい味といい日本のファミレスレベルか。まあ、どっちも、ちゃんと料理しないでチンなり電磁調理機なりで暖めているだけという事実をもってすれば同じようなものになることも肯ける。


あ、今思い出したけど、あれは忘れもしない(なんだか矛盾のある文ですがまあ気にしないで)97年の夏のお話。私はウィーンからワルシャワまで列車で向かっておりました。チェコで乗り換えた列車の中であまりに暇さに耐え兼ねて、食堂車に行ったのです(考えてみるとこれが私の食堂車デビューだけど、この時は食堂車の雰囲気があまり良くなかったことも有り余り食堂車自体の印象は残っていない)。その時にソーセージか何かを頼んだのですが、この時は、こともあろうにちゃんとガスコンロで火を使って調理していました。「大丈夫なのかな」と心配になったのでよく覚えています。しかも食堂車の要員はたったひとりで「シェフ兼・ウェイター」という超リストラが進んだ姿でしたが。


で、かくして、量はあまりなかったものの、ビールのおかげで満たされて、私はシアワセに食堂車を出る。で、数少ないコンパートメントに侵入して(なぜ「進入」ではなく「侵入」なのかというと、ここ、本来はコドモのプレイルームのついた「親子用席」なのだ。でも空だから使わせたもらった)、電気を消していると何時の間にか寝てしまい、次の瞬間にはハノーバー着。これほど楽な鉄道の旅行は他になかった気がします。


ありがとうエアリンガスさん。あなたが機内サービスを止めてくれたばっかりに、いい発見をしました。…と余裕をかましていたところ、帰りに思わぬ災難に遭うのですが、この話は明日の日記にて(すでに書き終わっているのだが、あまりに長くなったので分割しました)。


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