なべて世はこともなし
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|アイルランド真実紀行へ
2002年11月28日(木) |
それじゃあ問題は解決しないよ... |
今日の話は私の仕事に深く関わってきます。いちおう「守秘義務」ちゅうもんがありますので話をそのまま書くわけにはいきません。そこで私はジムで手を動かしながら考えた。
私は東京は箱根ヶ崎にあるマイ国大使間に勤める人間。マイ国は小国なので都心に大使館を持てないので箱根ヶ崎に大使館がある。で、日本人職員は私だけ。
…という設定でいきます。細かい部分に無理がありますが、まあ聞いてくださいよ。
今日の仕事中。ビザ専門のおねえさんが私のところに封筒をぽんと置いて、
「Snigel、悪いけど、これ、この人のところに送り返しといてくれない?」
中を見ると、「永住就労ビザ申請書」。申請者は新潟に住む田中さん(仮名)。申請書にはでかでかと「申請却下」のはんこが押してある。
そもそもこの「永住就労ビザ」これを申請する人はほとんどいない。たいがいの場合は観光ビザなので私がいつも事務的に処理している。が、忘れた頃にこの申請がある。で、永住なので申請の書類の審査も厳しい。
申請書 戸籍謄本 銀行の支店長のサイン入りの残高証明 手数料二十万円
この4つが必ず必要になる。
1ヶ月ほど前に話は戻る。田中さんはどうやらマイ国で仕事を見つけたらしくこの「永住就労ビザ」を申請してきた。ところがその申請書は不備だらけ。しかも戸籍謄本や残高証明が同封されていない。これでは審査以前の問題。
そこでこのビザ担当の女性が電子メールで
「これじゃだめだよ。戸籍謄本と銀行の支店長のサイン入りの残高証明を送ってください」
と連絡。
このビザ担当の女性、いい人なんだけど(←人の悪口を書く前の枕詞)ずばずは歯に衣着せぬ物言いで特に電話できつい性格のような印象を与える。私もちょっと恐いのでなるべくビザの話も他の人に聞くようにしている。で、仕事はきちんとしてるからこういう電子メールもきちんと労を厭わずに書く。
で1週間後、田中さんは住民票のコピーと通帳のコピーを送ってきた。
だからこれじゃあダメなんだってば。
で、日本語のできないビザ担当の彼女は私に
「悪いけど日本語で『戸籍謄本』と『支店長のサイン入りの残高証明』を送るようにメール書いて」
と言ってきた。お安い御用と私はすぐに電子メールを書く。
その翌週私は休暇に入ったので知らなかったのだが、田中さんは三度申請書を送ってきた。住民票の正本と銀行のATMで出したと思われる残高証明を添えて。
これにキレたビザ担当の女性、彼に直接電話。彼女独特の英語のアクセント(つまりダブリン訛りなんだけどさ)で夏木ゆたか並みの早口で
彼女:「田中さん、何度も言っているとおり、『住民票』ではなく『戸籍謄本』、残高証明は『支店長のサイン入り』じゃないとダメなんです。これらが提出されない限りビザは発行されません!」
田中さん:「But Madam…」
彼女: 「とにかくこの『永住就労ビザ』は厳しい条件の下で発給されるものです。さっき行った書類が揃わない限り絶対にビザは発行されません。ゆえに早急にこれらを…」
田中さん:「But Madam…11月の末日までにビザが発行されないと私のマイ国の会社の採用が取り消されてしまいます」
彼女:「いかなる理由があろうとこの規則は変えれません」
田中さん:「Please Madam…」
彼女:「ダメと言ったらダメ。ガチャッ」
話はここまでです。舞台はダブリンに戻ります。実は上の会話を再現したかったがために長々と大使間だのいう設定を借りて話を作ってきたのです。私、上の会話をビザ担当の女性、つまり私の同僚から聞いた時に床で笑い転げて笑ってしまったのです。
But Madam...
という言葉に。
実はこの言葉、誰とは言いませんが、とあるコールセンターに勤める日本人男性の常套句だったりします。クレーム電話を受けるたびに彼はかわいそうに本当に困惑したそしてすがるような声で
But Madam...
と言うらしいのです。
私は仕事上でもSir、Madamという言葉は使いません。なんとなく嫌いなんですよね。気取っているような感じで。で、クレーム電話では
But Madam…
なんて言っちゃあだめなんですよ。なぜか?
私も未だにそうなのですが、相手の話に割り込むのが嫌いです。ほら、相手が話してたら日本人ってとりあえず聞くでしょ?朝まで生テレビの論客くらいのツワモノならともかく、フツーの人は相手が話しはじめたら相手が終わるまで待つ。で、タイミングを見計らって自分の意見を言う。ところが一般にヨーロッパ人というのは人が聞いていようが聞いていまいが自分の意見を矢継ぎ早に言います。言い続けます。クレーム電話なんかになるとそれが顕著でがーがーがなり立ててます。で、そんな中に情けない声で
But Madam…
なんて言っても相手からナメられるのが関の山なんですよね。しかもその先が続かない。しかも田中さんの場合、情けなくも
Please Madam…
と来たもんだ。私、今の会社に来てから結構な本数の電話を取ってますが、
Please Sir…
なんて懇願されたことはただの一度もありません。何だかんだあることないこといちゃもんをつけてへ理屈を並べることはあっても懇願されたことは一度もありません。
上の例え話の中で田中さんが戸籍謄本を取れないのには理由がありまして、実は田中さんの本籍地は田中さんのお父さんの出身地の島根県の山村。そこには親類縁者は誰も住んでおらずしかもその村はダムの底。どこかの村か町が業務を引き継いだはずだけどどこがが良く分からないし、郵送で照会するには時間が足りない。
そういうことを並べつつ、しかもこちらのミスをちくちくつつく、例えば郵便がなくなったせいにするとか、「戸籍謄本が必要だとは電話で聞いた時には言われなかった」とか何でもいいんです。何でもでっち上げればこちらも「じゃあ住民票でいいですからそのかわり残高証明は正しいのをだしてください」とか譲歩せざるをえなくなる。な・の・に。
But Madam… Please Madam…
じゃあ何も解決しないのです。はい。
というわけで田中さんの申請書は本日送り返されました。果たして彼が「Please Madam…」と懇願してくるのかどうか。本文中では二十万円ですが実はその数倍の大金が関わる話なんですがねえ。
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