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ヤケドって、割とカジュアルにやらかしませんか。そして痛い。 ワタシも数々の小さなヤケドを人並みに経験してきましたが、今日はその中でも、割と大袈裟なことになったアホなヤケドの話を2つほどさせていただきます。 少し前に書いた、道草日記のケガの部分を読み返していたら、過去のアホヤケドが懐かしくなってしまったので。
アホヤケドその1
当時ワタシは小学校の・・・1年?2年? まあ、低学年でした。 で、今もやっているのかどうか知らないのですが、ベルマーク集めというのがあったんですよ。 ワタシはある種の動物のように「集める」ということが好きな子どもでしたので、ベルマーク集めも好きでした。
で、登校前の朝。 母は朝ご飯の仕度を終え、「ごはん食べちゃいなさーい」とワタシと妹に召集をかけました。 「はーい」と返事をしながら、ワタシはとある袋についていたベルマークを発見。
「おかあさーーーーん、ベルマークあったーーー。ハサミどこーーー?(((((*・∀・)」たったったったった
がらんっ びしゃっ
数秒後、ワタシは大泣きをしておりました。 勢いよく走ってきた幼じょりぃは、母がテーブルの脇に置いておいた、みそ汁の鍋を踏んづけ、片足が見事に鍋にイン☆
熱くてビックリして泣いた、というのもありますが、それ以上に「おかあさんに怒られる!」というのが怖くて泣きました。
しかし母はワタシを怒らず(あたりまえだ)(でも当時の母はワタシにそう思わせたのです)、「大丈夫?!」とワタシを抱え上げ、お風呂場に連れていき、水で冷やしまくりまして。 「お母さんが床の上になんて置いておいたらから・・・ごめんねー」 謝ってくれました。
ワタシは怒られなかったのと心配してもらえたのが嬉しくて、足が痛いのは痛かったのですが、すぐにケロっとして「大丈夫だよー」なんつって、ごはん食べて学校に行くことに。 しかし、痛くて靴下が履けない。なんか、足の甲が裂けてるみたいになっちゃってますし。 さらに言えば、靴も履けない。
ここで普通なら「学校行きたくない(´・ω・`)」とか、母親のほうも「病院行かなきゃ」とか思うところなんですが。 ワタシはなにしろ学校が大好きな子どもだったので、なんとか学校に行く手だてはないものかと考えまして。 母も道草日記に書いたとおり、ケガにはなんだか無頓着だったもので。 「裸足じゃ行けないしねぇ。どうしようかー」なんつって。
そうしたら、お風呂場に良いものがあったんですよ。 これ。
バスブーーーツーーー。<ドラえもんの声で
「これならはけそうだよお母さん(・∀・)」とじょりぃ。 「そうね(´∀`)よかったね」
片足は普通の靴、片足はバスブーツ、で、登校することにしたじょりぃ。
当時幼稚園児だった妹は
「おねえちゃん、かっこわるいよ。 やめなよ」と。 「かっこわるくないよ。これなら歩けるもん」 「かっこわるいよ。やすみなよ」 「やだよー」
てなわけで、学校に向かって歩き始めたのですが。(いつも一緒に登校する友達には、先に行っててもらいました)
すごく歩きづらい。(当然です) しかも、なんか・・・ 足、すごく痛いや・・・。 ずるーーんこ ずるーーんこ と、バスブーツの方の足を慎重に引きずりながら歩きまして。 しかも季節はたぶん冬でした。 裸足にバスブーツを履いていたので、なんだか寒くてちょっと悲しくなったのを覚えております。
そこに、おませな妹の憧れでもある、近所の6年生のカッコイイお兄ちゃんが、ワタシを走って追い越しながら、ワタシのバスブーツを指さして
「なんだそれー。 かっこわりーーーー。ぎゃははははは」と。
がああああああああああああああん Σ(゚Д゚;)
ここに来て初めて、自分がカッコワルイらしいということを知ったじょりぃ。 妹の憧れのお兄ちゃんでもあったので、そんな相手に笑わちゃったもんだから、もう恥ずかしくて悲しくて。ちょっと泣きそうになりました。 (しかし、家に帰ってから「原沢君(憎らしいので実名)ていじがわるいよ」と妹に悪態ついて復活しましたが)(てか、上記のワタシは誰が見ても指さして笑いたくなったと思いますが)
なんとか学校にたどり着き、朝の自習の時間には間に合ったのですが。 漢字の練習をしていて、もうどうにも足が痛い。 足が爆発しちゃうんじゃないかっつーくらい、痛い。
ここでもクラスメイトにバスブーツを笑われながら、ずるーんこ、ずるーんこと、保健室に向かうことにしまして。 保健の先生に「朝、やけどしちゃったんですけど、いたくて」と打ち明けた時点で、ちょっと涙が。 当時のワタシは体が弱かったので、保健室の先生とは顔なじみだったので、安心しちゃったんでしょうね。 「あらら、見せてみて?」と、バスブーツを脱がせた先生、
「これで学校来たの?! 自分で歩いて来たの?!」 と、大きな声を出しまして。
それにビックリして、えぐえぐ泣き始めるワタシ。
「がっこうきたくて・・・(つд-。)」 「おかあさんは知ってるの?」 「はい」 「おかあさんがこれ履かせたの?」 「じぶんでみつけて・・・」
ワタシが泣いているので、先生も声のトーンを落としまして。
「じょりぃちゃん、これね、すぐに病院行かないとダメよ? おかあさんに電話するけど、いい?」 「はい(´;ω;)」
どうしよう。とんでもないことをしてしまったのだろうか。
ていうか、ワタシの足ったら、足の甲がすでに半分以上水膨れになっていて、てっぺんが裂けたところからぐじゅぐじゅと水が出ておりまして。 腫れているその厚みといったら。今なら写真撮っておくんだけどなー。
母、家からすっとんできまして。 そして、保健の先生と担任の先生から注意されてました。 ワタシはおかあさんが怒られちゃったということが申し訳なくて、この事態がおそろしくてしかたなかったのを覚えております。
そしてそのまま病院へ。ついでに言えば、ナナが看護実習した病院です(・∀・)えへ<関係ないけどナ 受付を済ませて、順番を待ちまして。 大きな総合病院だったので、けっこう待ちます。 この頃にはワタシ、もう「足が痛い、足が痛い」とそれしか考えられなくなっておりました。
「ごめんねー、じょりぃ」と母。 「えー、なんで?」 「お母さんのうっかりでヤケドしちゃった上に、学校行かせちゃってかわいそうだったね」 「じょりぃが行きたがったんだよ」 また泣くワタシ。ワタシのせいだー(´;ω;) 「ううん。じょりぃは悪くないんだよ。お母さんが悪かったの」 「・・・じょりぃがベルマーク欲しがったのが悪いんだもん・・・」 「ちがうよ。でも、家でも外でも、まわりによく注意して動くようにしようね」 <このセリフ、なぜか心に残っています。実践できるようになったの、30過ぎてからですが(°▽°) 「うん」 「痛い?」 「・・・うん」 「そっか。 じゃあ、何かお話してあげるね」
上記にも書きましたが、ワタシは体が弱かったので、病院の常連だったのでありますが。 待つ時間が子どもには苦痛でして、そんなときは、よく母が「お話」をしてくれたのであります。 何度も聞いたことのある昔話だったり、母の創作だったりといろいろでしたが、ワタシはそれが楽しみで、もしかしたら体が弱かったのも、
「病気のときはおかあさんにやさしくしてもらえる。ひとりじめできる」
と思っていたせいもあったかもー、と、大人になってから思いました。
余談ですが、創作話については、父のほうが抜きんでておりました。 「うんこかづき姫」とか、うんこ大好きな年頃の子どもにはもう最高でしたわ。(鉢かづき姫のパクリですが)(てか、鉢がうんこになっただけですが)(何が創作だ)
で、順番が来て、診察室に入りまして。 ワタシの足を見た先生に
また母が怒られてました。今となっては笑えます。
このときはもう、水膨れは足の指まで及んでいて、足の甲も足の指も一体化しちゃってましてね。野口英世状態。 ワタシもこれ見てびっくりしました。びっくりしたけど、「すごい!妹にも見せてあげたい!」とも思いました。 で、足の裏は水膨れにならないんですよね。どうしてなのかしら? てかお母さん、日頃「みそ汁は煮立たせたらダメ」って言ってた割に、みそ汁どんだけ熱く作ったの!
「すぐに来てもらわないと、こういうのは」と先生。 「すみません・・・(´・ω・`)」と母。 「この裂けてるのは、ヤケドしてすぐから?」 「そうです」 「そうかー。じゃ、痛かっただろー?」 と、先生、ワタシに。
ぐすん。 と、返事の代わりにべそをかくじょりぃ。
「すぐ来てもらえれば、こんなに水膨れにならなかったんだけど・・・ このままじゃ痕が残るし、指も心配だから、水膨れの部分の皮をすべて切りますね」
なんか、そのまま中の水がなくなって皮がしぼんじゃうと、皮がよれた状態で皮膚と一体化しちゃっていけない、みたいな説明をしていたと思います。 今もこういう治療なのかどうかは知りませんが。 で、先生、中の水を抜いた後、
じょきじょきじょきじょきじょきじょき
と、皮をハサミみたいなもんで切ってました。 途中から怖くて見るのをやめちゃったので、詳細は覚えておりません。
そして、この日から、ワタシは変わりました。 どのように変わったのかというと。
ベルマークが大嫌いになりました。 <責任転嫁もはなはだしい
長くなっちゃったので、アホヤケドその2はまた後ほどー(・∀・)ノシ
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