ささやかな日々

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2020年12月31日(木) 引っ越し
引っ越ししますー。

ささやかな日々


2020年12月29日(火) 
親友と記念日反応のきつさについてああだこうだと語り合う。彼女は12月と1月、私は1月と6月。この時期はだから共にきつい。でもいくら語り合ったって辛さは変わらないから途中で話を旅行に変える。そして何故か、死ぬまでに絶対行こうという約束を交わす。ひとつはパリ。もう一つはカナダ。パリは私が学生時代しばらく過ごした街で、カナダは彼女が詳しい。お互いに、ここに行こう、あそこに行こうと盛り上がる。実際に行けるのかどうかなんてどうでもいいんだ。今この時、私と彼女が共に夢見、行こうね、と言えることが大事。
約束を果たす為には二人ともまず生きていなくちゃいけなくて。何よりこの記念日を無事に越えていかなければならなくて。だから私たちは思い切り想像の羽根を膨らます。何処までも何処までも、羽ばたいていく想像力。

「ジェニーの記憶」を少し見る。見ただけで頭がくらくらしてくる。心臓がばくばくしてくる。親友も私も、ストックホルム症候群を長いこと引きずった人間だから、主人公の有様が分かりすぎる程分かって辛い。でも気になる。そういうところで見ているから猶更追い詰まる。
かつて、加害者や第三者に私が被害を訴えて、しばらくして、加害者はこう言った。「僕は君のことが好きなんだ。結婚しよう。結婚すればすべて丸く収まるでしょ?」。つまり、あったことをなかったことにするということ。僕は君が好き=僕の気持ちを受け取って=レイプしてもしょうがないでしょ=でも結婚すれば結果的にレイプじゃなくなるよね?
冗談じゃない。あったことはなかったことにはならない。そうできるのはそれを為した側だけだ。

でも、酷いセカンドレイプに長いこと晒されるうちに私は、「加害者にしか私の気持ちは分からない」と思うようになってしまった。
ストックホルム症候群にすっかり呑み込まれ、自分の一番の理解者は加害者だけなのだ、と。
何言ってんの、と言われるに違いないと思って本当に長いこと、二十年近く、誰かに打ち明けることさえできなかった。主治医にだけ、こういうことを加害者から言われましたと告げた。主治医とカウンセラーに「加害者はそうやって自分の加害行為を隠蔽するのよ」と話してくれた。そういわれるまで私はずっとずっとずっと、罪悪感を抱いていた。今だってちょっとすれば、その罪悪感に呑み込まれてしまうほど。それは強烈な。

この世の大半の人間は、合意があったかなかったか、という観点でしかレイプを語らないけれども、それは違うと思う。それだけじゃあ語り切れないものが実際にあったりする。
加害者は巧妙に、実に巧妙に罠を仕掛けてくる。被害者を巧妙に絡めとる。そうして真綿で首を絞めるかのようにじわじわと心の命を奪ってゆくんだ。


2020年12月26日(土) 
挿し枝したアメリカンブルーが花をつける。まるで、咲き誇るクリサンセマムに負けじとしているかのようで私はくすっと笑ってしまう。でも、そんな必死にならなくても全然いいのよ、君はまだ根だって十分に張っていないはず。育ってくれればそれで十分なんだから。私は挿し枝に話しかけながら指の腹でちょんちょんと葉を撫でる。
ホワイトクリスマスは大きな蕾をふたつつけているけれど、或る程度大きくなったところでぴたり、ふくらみが止まっている。それ以上大きくなろうとする気配が今のところない。このまま枝につけておいては株が弱ってしまうかもしれない。あと数日しても気配が変わらないようだったら思い切って切り詰めてしまおう。それはベビーロマンティカも同じ。春にまた、咲いてくれればそれで、いい。

最近、ワンコが息子の寝かしつけに一役買ってくれている。寝るよと言うと寝床に来て息子の隣にごろんと横になる。息子はワンコに埋もれるようにして寝付く。私が寝かしつけるよりずっと早く寝付く。ワンコは不思議な力を持っているらしい。
数時間はそのまま一緒に寝ている。でもその時間を超えるとワンコは部屋の中を散策し始める。息子の絵本をがしがし噛んだりするのでさっと彼自身の寝床に連れて帰る、という具合。そんな毎日。

減薬したくて、主治医に相談する。結果、副作用止めに処方されている薬を全部、試しにカットしてみることに。正月明けまた調整しようということでとりあえずトライ。このままうまい具合にカットできるといいなと思っている。

冬休み一日目は、息子と映画を観に行くことになり。映画館にマスクをしっかりつけて出掛ける。前に座る親子がポップコーンを食べていてびっくりした。あれ?映画館は飲食禁止じゃなかったのか?と思ったが、どうもここにきていいことになったらしい。何だか矛盾だらけのコロナ対策。よくわからない。

数年前、私に「おせっかい」の大事さを改めて説いてくれたのはランディさんだった。以来、おせっかいな人になるのが私の目標だったりする。でもこの加減が難しいということを、し始めて痛感している。出過ぎはよくない、かといって出なさすぎは意味がない。微妙な匙加減。これが難しい。本当に。

息子が寝付いたのを確かめて部屋の外に出ると、ぽんっぽんっと弾ける音がする。窓の向こう側、港の方向に花火が上がっていた。ああ、冬の花火か。でもなぜだろう、夏の花火と違ってどこか寂し気に見える。夏よりも色がくっきり冴えわたっているというのに。
私はそんな夜空をぼんやり見やりながら、淹れたての珈琲を啜る。今日も何とか無事に終わった。数時間も経てば今日は昨日になり、明日が今日になる。
一刻一刻を、確かめながら、少しずつ生きたい。


2020年12月19日(土) 
大気が凛と張り詰めて、朝焼けが美しい季節。だからつい見惚れてしまう。毎朝凍えるのが分かっていてもベランダに出てしばらく佇んでしまう。濃紺から橙色に燃える地平線までのグラデーションは、きっと人の手などでは生み出せはしまい。だからこそ惹かれる。その美しさ。世界はなんて、美しいのだろう。

クリサンセマムはひとつ萎むと新たにひとつまた咲くということを繰り返している。花が途切れることがない。こんな寒い季節になったというのにこの花はこんなに律義に咲いている。本当は春の花なのに。この子は自分の季節を忘れてしまったのだろうか。
挿し枝したアメリカンブルーに水を遣る。コンボルブルスと、先日いただいた黄色い薔薇の枝もそこに同じように挿してあり。みんな根付くといいなあ。
ベビーロマンティカは蕾をつけているのだけれど、こぼれ種で育っているクリサンセマムにすっかり追いやられ、覆いかぶさられている。ちょっと可哀想。
ワンコと散歩に行く道筋に、朝顔が美しく咲いている垣根があり。数日前までこれでもかというほどの夥しい青色の朝顔が開いていた。それが今日、夕刻に散歩にゆくと、一輪も開いている子はなく。ああ、眠ったのだなと思った。眠りについたのだ、と。そしてやがて種になる。今はその準備中。

髪が腰に届くくらいになった。この前衝動的に20センチ以上切ってしまって大きく後悔した。あれから数か月。あっという間に伸びた。きっとあまりに意気消沈した私に同情してくれたんだ、髪の毛が。
スカートはもう手元にない。大好きだったスカートはみな、貰われていった。残るはこの、髪の毛のみ。化粧も何もしない私にとって、私の女を証すものはもう、この長い髪だけ。
この髪をいつか短く切ることがあるだろうか。
あるかもしれない。その時は私は、きっと、すべてを捨てたんだろう。自分の裡の女性という性のすべてを手放したんだろう。
でもまだ、今はまだ、これだけは手放せない。私の唯一。


2020年12月16日(水) 
大気が凛と張り詰めている。北の街では大雪だと天気予報が告げてくる。私はその降りしきる雪の映像をぼんやり眺める。
小川洋子さんの小説に確か、季節が冬で止まってしまった町、というのがあった。ひとつまたひとつ忘れてゆく街に取り残された人々の物語だったような。もうほとんど覚えていないのだけれど、あの、ひとつずつ忘れ去って、いや、奪われて、そうしてそれに慣れて、奪われたことさえ忘れてゆく人間というもののサガというか、そういうものに胸をぎゅうとされたことだけは、くっきり覚えている。
もし今季節が変わって行くことが失われたら。私はどうなってしまうんだろう。少し怖い気がする。気持ちもそこで止まってしまって、変わってゆけないままになってしまうような。

ベランダでは、クリサンセマムがせっせと花を咲かせる冬。私はどうしてこんなに疲れているんだろう。せっかく食した夕飯も、嘔吐してしまった。せりあがって来るものを抑えて抑えて、我慢したのだけれど、無理だった。それならもういっそ全部吐いてしまえと白い便器にすべてを吐いた。
でも。虚しかった。

虚しくて。
悲しくて。
すべてを放ってしまいたい。

踏ん張っていることに疲れた。

そんな夜も、ある。


2020年12月09日(水) 
曇天。段々に連なる灰色の雲は、何処をとってもひとつとして同色はなく。自然の作る色合いの何と豊かなことか。見惚れてしまう。

薔薇の蕾の綻び始めた子たちを切り花にする。花瓶に活けて台所のカウンターにちょこねんと置く。それだけで部屋が一段、明るくなったような気がしてくるから花は不思議だ。ひとの心を和ませる力を持っている。

今日、ずっとずっと、ずっととってあったスカートの数々を、お友達に貰ってもらった。
引っ張り出せば、いろんな思いの詰まったスカートたちばかりで。
何度も「着よう」と思いながら着れなくて、箪笥の肥やしにしてばかりだった。それが申し訳なくて、罪悪感ばかりが膨らんでた。
でも。
きっと貰われていった先で、たくさんたくさん、着てもらえるに違いない。今度こそ君たちの出番だよ、と、そう思った。
友達をきれいに着飾ってあげてね、心地よく守ってあげてね、あったかく抱きしめてあげてね、そう思いながら、ありったけ、譲った。
友達が帰っていった後、何となく少しの間だけ、ぼんやりした。本当は、何度だって着たい服ばかりだった。スカート、というだけでもう着れなかった。可哀想な服たち。
これからは、幸せになってね。幸せにしてもらって&幸せにしてあげてね。
今迄、一緒にいてくれて、ありがとう。今はまだちょっと、寂しい。

それにしても今日は身体の痛みが酷い。テニスボールを使ってあちこち解そうと試みているのだが、ちっとも痛みに追いつかない。

スカートたちをお嫁に出したおかげで涼しくなってしまった箪笥を今、ぼんやり眺める。そして改めて思う。私はあのスカートたちを愛していたんだなあと。履けなくなっても、愛していたんだなあと。
スカートは。私にとって大事な代物だった。子供の頃からフレアスカートなんてたまらなく好きで、長いフレアスカートは好んで履いていた。もうほとんど思い出せないけれど、私は洋服ダンスの中の長いスカートを、取り出して履く、その瞬間がたまらなく好きだった。風に揺れ陽の光を受けてはためく裾が、とても好きだった。純粋に、好きだった。
被害に遭わなければ、スカートを手放さなくても済んだ?
被害に遭わなければ、スカートを今も履けてた?
―――分からない。そんな、もしも、の話をいくらしても、何も答えは出てこない。だから。

ありがとうスカート。今迄ありがとう。


2020年12月06日(日) 
眠りが浅く短い日が続いている。そのおかげで身体が痛む。処方されている痛み止めを飲みながら過ごす日々。

挿し木ばかりを集めているプランター、そろそろごっそり植え替えてやらないといけない。そう思いながら今日も過ぎてしまった。明日こそは。みんな元気に育ってくれているのだから今のうちに。
息子のトマトは毎日一個くらいが真っ赤になっており。息子がそれを摘んで食べる。ぱくんと食べる。トマト大好きっ子の息子には至極ご馳走に違いない。いつもにんまりした表情で食している。ユリイカが次々葉を落としてしまって、どうしたものかと思っていたのだが、よく枝を見るとちゃんと新芽も出ており。これなら大丈夫かなと様子を見ている。ホワイトクリスマスもベビーロマンティカも蕾を付けており、この寒空の下でその蕾を少しずつ少しずつ膨らませている。アメリカンブルーはもう大丈夫だろう、日の光に向かって手を伸ばす赤子のように無邪気に、真っ直ぐに、枝葉を伸ばしている。

生きているといろんなことがあるなと思っているけれど、それにしたっていろんなことがありすぎだろと最近げんなりしていたりする。次から次に私の人生よくもまぁ!と呆れているというのが本音かもしれない。少しは、何もない、という状態に退屈してしまいたい。まぁそれは、贅沢な愚痴なんだろうと思うけれども。

友人が死んだ。孤独死だった。死後一週間近くして見つかったらしい。ほぼ餓死と聞いた。告別式に出てその帰り道、気づいた。ああ、明日はYの命日だ、と。友人らは何を思いながら死んでいったのだろう。知る由もないけれど、それでも考えてしまう。
Yが飛び降りた時。小さく新聞記事になった。三十五年前のこと。私はあの記事を繰り返し繰り返し読んだ。その何処にも、Yの匂いはなかった。Yの気配さえなかった。淡々と活字だけが並んで、それはYの表層さえ伝えていなかった。そういうものなのだと受け容れるまでに少し時間がかかったのを覚えている。
そしてその日はまた別の友人の誕生日でもあり。生と死は循環しているのだなあ、と、つくづく思ったものだった。

過日息子と映画を観に行った際、息子がエンドロールで流れた歌に合わせて絶唱していたのを思い出す。私もあんなふうに、手放しで絶唱してみたいなあと。そんなことを今ふと思う。そうしたら諸々の憂さも吹き飛ばしてしまえそうな気がするんだ。声の力って、そのくらいあるから。

いろんなものがこの身体に圧し掛かってきているようで。少し、しんどい。


浅岡忍 HOMEMAIL

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