てくてくミーハー道場
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2018年12月31日(月) |
『ゴールデンボンバー初!カウントダウンワンマンライブ〜紅白に出られないとわかった〜』(豊洲PIT) |
年越しどうする?なんてとぼけたことをこの日の日記に書いてたけど、数日後にこのライブ開催が発表されたので、間髪入れずに申し込み。
去年は大阪で年末年始を過ごし、おととしは超久々に自宅でテレビを視ながらのカウントダウンとここ数年変則的(毎年東京ドームにいたことの方が異常といえば異常なのだが)な年越しをしておりましたが、今年はこんな感じの年越しとなりました。
開演時刻が22時だったので、オールスタンディングのルールをすっかり忘れて「大晦日すげえのんびりできるな」と油断してた。
これが整理番号が2500番台(豊洲PITのキャパは3000人)とかだったら開演直前に入ろう(足つらいし←)と思ってたのだが、意外に良い番号(一応内緒)だったので、やっぱ開場の21時までにはいかねばなあ・・・と(なんでやる気ないんだよ?!)思ってた。
そしたら、本人確認があるってのが数日前に分かって(チケットに書いといてくれよ!ファンクラブサイト見てなかったら知らないところだったよ!←ファンクラブ会員失格)、「16時から19時半の間に来い」とある。
大掃除パス!(またかよ by 家人)
本人確認後にどこで時間つぶすかを念入りに計画して出かけました。
ライブそのものに関して細かいことは書きませんが、ちょいちょい事故(お客さんが二人ほど倒れたり、研二が怪我したり)があって、インディーズバンドっぽさを味わえました(喜んじゃいけないだろ!)
メンバーは一所懸命楽しませようとしてくれたので、ありがたいことです。
ただ、カウントダウンそのものを、ライブが全部終了してからまったり時間調整した後にやったことが肩透かしでした。
ジャニーズのテレビ的なプロっぽい演出に慣れてたからかな。
てっきり曲の最中に新年迎えてその後にまたひと騒ぎ、ってのを期待してたので。
まあ、まったり年越しってKinKi的でもあるんで、ぼくとしてはすんなり受け入れられたけどね。
考えてみたら、1月にここでアルバム初聴きライブに参加して、12月の締めにも参加して、なかなか充実した金爆年だったなと思います。
ようし、帰って『CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ2018→2019』を視よう。
あー足イテ(歳を考えろ)
2018年12月30日(日) |
『サムシング・ロッテン!』(東京国際フォーラム ホールC)〈予告〉 |
ダーフク(福田雄一)でした。
限りなくダーフクでした。
2018年最後の観劇がこれで良かったのかという自問自答はありますが()、ぼく自身ダーフクに引けを取らぬおふざけ野郎なので、これはこれで良かったのではないかと。
さとっさん(橋本さとし)の『メタルマクベス』裏話も聞けたし、忘年会的位置づけとしては成功だったかなと(何そのいやみったらしい言い方)
いやでも、思ってたほどパロディが寒々しいこともなく、ぼくは『プロデューサーズ』が好きな作品の一つなんですが、幕開けの印象が似ていたので(『ヤングフランケンシュタイン』の時みたいに「あぁ〜こういう感じかよ(落胆)」てのがなかった)全体的には好印象です。
レボレボ(西川貴教)が、この作品で求められているシェイクスピア像にぴったりで、よくまあうまいことキャスティングできたなと。
演出力はともかく(一言余計)、キャスティングに関してはダーフクは本当に天才的な力を発揮するね、と心から感心いたしました。
続きはいずれ気が向いたら。
2018年12月29日(土) |
新感線☆RS『メタルマクベス disc3』(IHI STAGE AROUND TOKYO)〈予告〉 |
とうとう感想書かないまま3枚コンプリートしてしまった。
えー、disc3は長澤まさみの脚を見るためだけに来たといっても過言ではないのですが(エロオヤジか?!)
その辺の満足感は得られず(生足出させろ!←エロ過ぎ)
テーマカラーがグリーンなので今回のトートバッグを買いたかったのですが、来るのが遅くて売り切れでした・・・。
芝居の感想?
また今度にします。←
2018年12月26日(水) |
『オン・ユア・フィート!』(シアタークリエ) |
「Conga」しか知らなかったけど、ナンバーがどれもこれも良かった。
最初にこの作品のチラシを見たときには、グロリア・エステファンの伝記ものだって知らなくて、まぁくん(朝夏まなと)が主演だから観よう、と単純に思っていた。
で、グロリア・エステファン&マイアミ・サウンド・マシーンについては、最初に書いたように「Conga」しか知らない洋楽オンチ(つうか、ジェネレーションずれ)だったこともあって、ストーリーもまっさらな状態で観ることができました。
その上で言っちゃいますが、ヒトの人生に文句つけるみたいで甚だ申し訳ないのですが、これ、音楽がここまで素晴らしくなければ、ミュージカルにするほどの題材ですか?と思ってしまいました。
本気でごめんなさい。
グロリアが事故に遭って脊椎損傷という大怪我を負ったこと自体ぼくは知らなかったことが申し訳ないですし、それはもう大変な試練だったことも分かるんですが、「ミュージカルとしては」全体的にドラマが薄味だったなあと。
おそらく、今でも仲睦まじいエステファン夫妻の半生が、話を全体的にぬるく感じさせたんではないかと(ゲス週刊誌的発想!)思う。
今でも活躍してらっしゃるお二人ですので、奥歯にものが挟まったような言い方しかできないんだけど、マイアミ・サウンド・マシーンの楽曲を使ったジュークボックス・ミュージカルにするなら、グロリア本人の半生ではなくて、グロリア的な女性を主人公にしたもっと劇的な展開のあるストーリーにしちまった方が良かったんでは?というのが正直な感想です。
今頃あれですけど、これは同じような作りの『ビューティフル』(キャロル・キングの半生を描いたミュージカル)では感じなかったことで、一体どこが違うのだろうか?と半日ほど考え込んでしまいました。
さらには『ジャージー・ボーイズ』との“面白さ”における多大な差(こ、こらっ/大汗)は一体何なのであろうと。
まあ、文句に終始しては申し訳ないので良かったところを挙げますと、グロリアのお母さんのグロリア(ややこしいっす)が思ってたよりデカい役で、イチロさん(一路真輝)にふさわしくて満足です。
主人公の母親役なんてな・・・と90年代ヅカオタとしては複雑(既に『シェルブールの雨傘』のたぁたんでその洗礼は受けてるんだが)な気持ちで観てたんですが、若いころのグロリア(母)の華やかさや現在のグロリア(母)の貫禄が遺憾なく発揮されておりました。
そしてその母であるコンスエロ(久野綾希子)の可愛さ。
グロリア(娘)のお父さんホセ(栗原英雄)の安定感。
ここら辺のベテラン勢はさすがだと思いました。
頑張ってたのはエミリオの渡辺大輔君ですな。
ヒロインの相手役するまでになったということで、感無量であります(そんな昔から観てきたわけでもないが)
しかし、エミリオって最後まで英語がカタコトなんだけど、あれは本当のことなんですかね?グロリアはえらい秀才だったらしくて、歌手になる前は大学で心理学などを専攻してたんだと。劇中でも、母国語のスペイン語はもちろん英語もペラペラという設定。
グロリア(母)がバンド加入やエミリオとの交際・結婚を快く思っていなかったのも、「大学まで行かせたのに音楽なんて」という気持ちや、劇中で描かれたような「自分が夢を諦めたのに」という嫉妬もあったのかもしれないが、エミリオに対する偏見もあったのかもしれないな。
グロリアもエミリオもキューバ生まれなんだけど、グロリア(娘)のお父さんは階級が上の軍人さんだったようで、キューバ革命が起きた時に彼の家族はマイアミに移住してる。合衆国へのパイプがあったんですね。
一方エミリオさんちの方は、彼とお父さんだけがスペインに移住して、その後にマイアミに移住してる。
この、間にスペインを挟んでる辺りに、彼の英語がいつまでもカタコトな事情があったのかもしれない。
とはいえ現在は「合衆国で最も成功した移民」の一人であるエステファン夫妻。
このミュージカルも成功してるし、苦労した甲斐があったのではないでしょうか。
なんだか、どこまでも奥歯にものが挟まったみたいな感想でごめん。
最後にまぁくんの出来ですが、色気はないが(コラ)真面目で健気で華もある美女っぷりでした。グロリアさん(本人)も、日本キャストには満足していただけるのではないかと思います。
2018年12月25日(火) |
『日本の歴史』(世田谷パブリックシアター) |
ツヨぽんのだけ観る!とか宣言しといて申し訳ございません。
やっぱり観たかったんだもん。三谷幸喜だもん。(え?慎吾ちゃんは?)
もちろん、慎吾ちゃんのせいで(?)チケット難でしたので、三階立見でやっと観れたよお。足腰が心配だったけど、あまりにも面白くて気にならなかったよお。
いやいや、本当に観れて良かった。
年末ぎりぎりに三谷作品を観るのは今回で3回目(2011年『90ミニッツ』、2014年『紫式部ダイアリー』)なんだけど、不思議なことに、年末ぎりぎりに観る三谷作品はどれもぼくにとって大当たりになる。
ほかの時期に観た作品にも好きだったものはあるが、二度あることは三度あるで、今回の『日本の歴史』も、ぼくにとっての三谷作品ベスト10(好きな作品が多すぎるので)に入る大好きな作品となった。
詳しい感想は半永久的に書けなそうなので、今、忘れないうちに箇条書きにしときます。
1.中井貴一が歌えることにびっくりした。
2.中井貴一の頼朝は卑怯(←)。だって本物(大河ドラマ『義経』で演じた)じゃん。
3.慎吾ちゃんの相楽総三も卑怯()。ビジュアルが『新選組!』の近藤勇そのものじゃん。
ちなみに総三は『新選組!』には出てきていない。三谷は歴史上の人物の中でも実はこういう“半無名”な人の方が好きだという。観客が「誰それ?」っていう人を出した、と豪語していたが、ぼくもいっぱしの幕末マニアなので、総三のことは知っていた。つうか、司馬遼太郎読んでたからね。だがさすがに田代栄助は知らなかった。
4.ここが一番「ミタニってすげえな」と思ったところなんだけど、新井白石が宣教師シドッチに、
「西洋には、日本にはない文化がありマァス。それは音楽でェス」
かなんか言われるくだりがあって、凡な脚本家だったら、ここで西洋人がクラシック音楽かなんかを“野蛮な”日本人に聴かせて得意がるみたいなゲスな(ておどるさん飛ばし過ぎですよ?)展開になるところ。
クラシックなんか聴かせられたって、日本には雅楽から連綿と続く邦楽という西洋に引けをとらぬ芸術があるもんねーだ、と反感持たれる危険が待っていたのに、シドッチが発したセリフは何と、「ソレハ“裏打ち”デェス」
負けた(>_<。)←
確かに、日本人最大の弱点!それは裏打ち(コラ)
そしてシンコペーション!←
こういう、人と人の間に陳腐な優劣をつけないところが三谷幸喜の最大の美点ではないかとぼくはかねてから思っている。
5.そしてもう一つ、すげー唸ってしまったのが、お話の一方の主役であるテキサスの家族の一人である「ジュニア」が戦争に駆り出されて、ジャングルで日本兵と対峙する場面。
こういう場合、日本で制作されている日本語の舞台だし、どうしても観客は日本人側に立って観てしまうわけだから、書き手も日本人側の視点で描きそうなものなのに、この場面ではあくまでも視点は「ジュニア」
舞台では日本語だけど、本来は英語であろうジュニアの言葉は相手の日本兵には通じていない。
観客にはジュニアが何を考え、日本兵に対して何を訴えているのかはっきり分かるのに、舞台上の日本兵だけがまるで分かっていない。
観客から見た日本兵は、まるで言葉が通じない“異邦人”なのである。
何を考えてるのか分からない日本兵は、ついに(ネタバレ)してしまう。
太平洋戦争を描くとき、日本の作り手は知らず知らずに日本側を正義に見立ててしまうものだが、三谷はここではあくまでも「主役」に設定したアメリカ人(移民だけど)主体に描いている。
このフラットな視線こそが、三谷を“信頼できる書き手”ならしめているとぼくは思う。
最後に、送り手の期待通りの感想を書くが(このひねくれ者!)、この作品の主題は、
「今の私が直面している困難は、間違いなくかつて誰かが悩んで乗り越えてきたこと。だから絶望するには及ばない」
という、とても三谷らしいポジティブなメッセージである。
年の瀬にこういうスッキリした気持ちにさせてもらって、足は疲れたが(一言余計!)とても清々しい気持ちになれた。
追記 キャストについて。
男性陣も芸達者が揃っていたが、女性陣全員がべらぼうにチャーミングで歌が上手かったのがぼくには大変なヒットでした。
特に、(宮澤)エマちゃんの平清盛(笑)。キーホルダーにしたいくらい可愛かったです。
松山千春です。
嘘です(わかっとるがな)
今年も冬至がやってまいりまして、本日より来年の夏至までは昼が長くなる一方という、大変めでたい(?)日であります。
当方も早速ウキウキと入浴の準備を。
うん。ばれてたね。
2年連続つまり天丼というやつだね。
今年は3種類もあったね。
自転車で30分以上かかる(駅から遠いので電車だともっと不便)イオンまで寒い中買いに行った甲斐があったね←
(歩いて10分のいつものスーパーには置いてなかった)
ただこれだと家人に渋い顔をされるので(中身には不服はないらしい)
一応こうしました(たった1個かよ! by 家人)
文句言うな。高かったんだぞ(この画像だと判りにくいが、けっこう大きめです。温州ミカンMサイズぐらいあります)
さすが本物は香りが良い♪
鍋やうどんに入れて食べる用の小さいやつも買ってきたので、冷凍しといて来年まで楽しもうと思います。
さて、冬至カボチャも作ったし、全日本選手権はどこのクリスマスケーキを食べながら視ようかなあ(クリスマスケーキ、必要? by 家人)
師走も早半ばを過ぎましたが、例年この頃に足を運んでいたナントカドームに行く必要がなくなった今年、ルーティンが崩れてなんかモヤモヤした気分です(その割にしょっちゅうてくてくしてるけど)
ただ、去年は色々アタフタしすぎて、『堂本兄弟2017 聖なる夜がやってくるSP』を録り忘れるという大失態を犯したので、今年はそこだけはもう神経質に毎日ピリピリとレコーダの番組表をチェックしてます(てか、いつになったら単語登録覚えるんだ?!)
・・・年取るとね、新しいことを覚えるの、億劫になんのよ(←情けない)
というか、単語登録すると、要らんもんも録ってしまって、必要なものが容量不足で録れてないことがあんのよ(整理しろよ・・・)
というわけで、早速『2018FNS歌謡祭 第2夜』を録りそこねたわけですが、きんきっず兄さんたちの出番が第1夜だけで本当にほっとしています。
でも第2夜の方はミュージカルもろもろとキリショーが出てて、そこも若干惜しい気持ちがあるんだけど、諦めも早い(愛が薄いね・・・)
まあ、ぼくは「テレビでちょこっとだけ紹介されるミュージカルナンバー」が好きじゃないってのもあるんでね。なんか、デパ地下の試食みたいじゃん(?)
試食せずとも、ぼくはもう買ってるからなあ。
てな話はどうでもよく(おい)
昨日、無事に「会いたい、会いたい、会えない。」をフラゲしてまいりまして、クリアファイルもきっちり3種もらってきまして、CDの方はまだ開封してません←
『FNS歌謡祭 第1夜』の方もまだ視てません!←
本当にヲタなのかよおめえ、と責められるでありましょうが、まあ、ファンではあると思っています。
で、この「会いたい、会いたい、会えない。」は、昨年夏にも兄さんたちがCMに出ていた某貴金属販売会社のCMソング第二弾(第一弾は「The Red Light」)になっているそうなんですが、未だにぼくは見ていない。
地上波テレビをのんびりと視ることがなくなったからだと思うのだが、翻って、
「お肌の調子はデュオですかぁ〜♪」
のだっさい(こら!)CMは、ちょくちょく目にします。
あれってダサいよね?(だ、だ、黙れ・・・)
わざとダサさを狙ってるってのがはっきりわかって、そこがなおさらダサいとぼくはおもてます(←ビビッてきたのでカタコト)
だが正直、嫌いじゃない。
「だせえ(笑)」と言いながら、知らぬうちに「お肌の調子はデュオですかあ〜♪」と口ずさんでしまっている自分に愕然としたこと二度三度(大げさ)
この時期にヘビロテでああいうCM打ってるってことは、宴会カラオケヒットを狙っているのであろうか。てか、あの曲ってカラオケに入っているのであろうか。CMでは曲が短いがフルコーラスだとどんな感じなんであろうか。
・・・しまった()うっかり気に入ってしまっている。
「会いたい、会いたい、会えない。」のカップリングがあの曲(「とろけてナイト」)だったら、そして特典映像があの曲のMV(どんな)だったら、もっと売れるのではないか(こら)
ちなみに、女子力が異常に低い(多分つよっさんより遥か下であることは間違いなく多分光一さんと同等ぐらい)ぼくは、この「D.U.O.」を全く知りませんでした。実際CMを視ても一体何を宣伝してるんであろう?と思っていたほどです。
クレンジングクリーム?いや、バーム?バームってタイガーバームのバーム?(タイガーバームの方を知ってるくらい男子力てか年寄り力は異常に高いぼく)
みたいな。
資生堂なの?コーセーなの?
花王なの?クラシエなの?
ファンケルなの?DHCなの?(意外に知ってるじゃんか)
そんな有名メーカーじゃないらしい(←こら無礼者)
販売元はプレミアアンチエイジング株式会社というベンチャーっぽい会社だが、この「D.U.O.」は、“まともに”女性向けライフスタイル雑誌を読んでいる人ならたいてい知っているものらしい。
ターゲットはずばり、われらがきんきっず兄さんのファン層。年齢層の明言は避けるが(さっきから失礼すぎ)要するにその層らしい(「アンチエイジング」という文言からして)
でも、あのCMに出てくるきれいなお姉さんあたりの層も含んでいるはずだから、比較的広範囲であろう。
ぼくはそもそもクレンジングバームを必要としない生活を送っているので(悲しすぎないか・・・それって)売り上げに貢献できず申し訳ないのだが、実は今ヒガシがCMをやっている某大手メーカーの某健康食品(セ○ミンEX)の売り上げに貢献している。
ぼくはあんな朝っぱらから開脚ストレッチだのフラッターキックだのはやってませんしやる気もないですが。
効き目の方はまだ実感ありません(まだ1か月経ってないので)
話が逸れたけども、要するに言いたかったことは、「D.U.O.」のCMはクセになる。ってことです(それだけかよ)
特に、「デュオもありがとう」の方のダンスが間抜けっぽくて()好きです。
『堂本兄弟SP』でデュオ本兄弟やってくんないかな。
2018年12月15日(土) |
宝塚歌劇団宙組公演『白鷺の城』『異人たちのルネサンス−ダ・ヴンチが描いた記憶−』(東京宝塚劇場)〈予告〉 |
陰陽師!←
ブームっすね(?)
もちろん面白かったんですが、未だに「書きたいこと満載」の花組公演について書けてない(本日時点)のがひっかかっております。
この公演についても、いつになるか分かりませんが後日とします。
2018年12月13日(木) |
シアターコクーン・オンレパートリー2018『民衆の敵』(Bunkamura シアターコクーン) |
えっ?
っていう終わりでした。
「えっ?」で終わる芝居って、ミステリーなどではけっこうあるけれども、このテの(社会派の)芝居で、こんなに「えっ?」っていうのはぼくは初めてだった。
かといってガッカリしてるわけではなく、「えっ?」の後に、
「なるほど、そうだよな」
と感心して唸ってしまった。
「正義は我に」あるはずの人間が、一向に周囲に理解されず、むしろ行動すれば行動するほど“正義”が通じなくて敵がどんどん増えていく気持ち悪さは、ぼくらが今生きている実社会では珍しくもなんともない。
で、シアターゴアーであるぼくらの悪い癖は、芝居の中でその「理不尽さ」に、スカッとした決着がつくもんだと勝手に思っているところにある。
今、“正義”が通じなくてイライラしてる人って多いんでしょうね。
スカッとナントカ(皮肉ではないけど、わざと正確に書きません)っていうバラエティ番組が、今人気みたいじゃないですか。
みんなスカッとしたいんだよね。
そんだけ現実はスカッとしないんだよね。
今から130年以上も前にこのモヤモヤした名作を描いたイプセンの時代も、今みたいに、スカッとしてなかったんだろうなあ。
人間て、ずーっと「理不尽だ」と怒りながら生きているんだろうなあ。
で、イプセンが只者じゃないところは、ご都合主義のスカッとした結末を一切提供してくれないところにある。
スカッとさせないから、あとはオマエラ(観客)が銘々考えろ。
そういうところがある(決めつけ)
やられた、ちくしょう。(なんか、今回感想が変ですよ?)
出演陣は、ひたすら長くややこしい説明台詞を、いかにも日常会話のように立て板に水で語れる手練の勇者ばかり(ごく一部、たどたどしい人は少数いたが)
達者でたまらん主演・堤真一を筆頭に、「いかにも」な段田安則、いい男が悪役(ネタバレ)やると迫力あってしびれるなあ、と思わせる谷原章介、仙人のような安心感()の木場勝己さん、見た目がまんまノルウェー人(てどういうの?)のおじさん外山誠二さん、見るからに小心者!(ごめん)の大鷹明良さん(敬称は年齢に鑑みて(コラ)で付けました)
そんで、すばらしく良かったとうこ(安蘭けい)
窮地に立たされる主人公の妻、っていう役どころに対して、ぼくは若干偏見(夫第一と盲信するか、ちょっと愚かで夫の足を引っ張るか)を持っていたのだが、そのどちらでもなく、妻としての意志、母親としての意志、そして一人の社会人としての自立した意志を持った成熟したカトリーネは、こんぐらい骨太な演技力がないとだめだよね、と思わせられた。
カトリーネにしても、娘のペトラ(大西礼芳ちゃん、ぼくは初めての女優さんでした)にしても、“女”じゃなく、“ヒト”として描かれている。130年前の芝居なのに意外だ。というか、イプセンだもの(?)ってことなのか。それとも、今回の脚色、演出によるものなのだろうか。
そして何より素晴らしいと思ったのが、観客から見て「愚衆」を演じた「民衆」役のみなさん。
演出のジョナサン・マンビィの作品を観るのは今回初めてだったんだけど、この「民衆」の動かし方に力を感じた。
ところで、上のほうに、スカッと云々書いたけれども、実は、ぼく自身は、“正義の心”を持って苦しんでいるヒーローをイライラさせる方に主に属してる自覚がある。
ぼくに正義心がないってことじゃないよ。
でも、正直、ぼくがトマスのような立場だったとして、あの正義心、どこまでも貫けるのだろうか、どうせそのうち、「なんかわかんないから、“みんな”が良いっていう方でいいよ」って言いそうな自分を知っている。
そう言えるのは、やはり7年前のふくいちの事故の時に、必死になって“正しい方”につこうと情報を集めまくったのに、いつの間にか「絶対的正義なんてないんだから、おおまかにみて“みんながちょっとずつ我慢しながら幸せになる”ってのがいいんじゃないの?」と次第に流れていった自分を覚えているからだ。
民衆は必ずしも愚衆ではないが、良い落としどころを見つけようとすると、正義の心を持った人には耐えがたい存在になる。
結局それは自分たち自身をちょっとずつ不幸にしてしまう。
民衆の敵は民衆自身なのかもしれない。
なーんて(←恥ずかしくなったな?)
面白い作品でした。満足です。
2018年12月09日(日) |
音楽劇『道』(日生劇場)〈予告〉 |
新しい地図の三人が、このところほぼ同時に舞台の仕事をしてますが。
結局ぼくはツヨぽんのだけ観ることにしました(愛の差ですか・・・?)
いや、作品自体かなりそそられるものだったので。
ちょっと力尽きてきたので、これ以降の感想は後日
2018年12月08日(土) |
『命売ります』(サンシャイン劇場) |
この秋、なぜかパルコが三島由紀夫原作の対照的な二作品をほぼ同時上演していた。
時間と体力が許せば大作『豊饒の海』も観たかったのだが、うっかりしているうちに終わってしまった。
なら、こっちもいいか(何なの最近のやる気のなさは)と思ってたのだが、時間と体力が許したのでやってきました。
観て良かったなあ(´-`*)
引きずって悪いが、昨日観た『カクタス・フラワー』の物足りなさ(ちかちゃんの美貌除く←しつこい)を吹っ飛ばしてくれました。
特に、脚本と演出がぼくにヒット。
ノゾエ征爾氏の作品は、板垣恭一氏よりももっと観たことなかったんだけどね。
もしかしたら、セリフの大部分にミシマの美麗文体が活かされていたのかもしれない。原作読んでないから分かんないけど←
その美麗なセリフ群を、きっちりくっきりと届けてくれる役者連の口跡の良さにも感動した。
皆さん本当に一人残らず上手だった。
ぼくが知ってた役者さんは13人中7人しかいなかったけど。
多分これは演出家の手柄だと思うんだけど、リズムが絶妙なのよね。
ストーリーは「全編悪夢」みたいなシュールさで、そこんとこもぼく好みだったし。
ほぼ訳も分からずに観に来た(おい)芝居がこれほど面白いと、すごく得した気分になれますな。
原作を読んでみたくなりました。
2018年12月07日(金) |
『カクタス・フラワー』(DDD青山クロスシアター) |
みちこ(北翔海莉)が出ていた『海の上のピアニスト』を観に行きたかったのに仕事で行けなかったので、急遽当公演のチケットを買いました(代わりかよ!)
正直そんなに期待はせず(おい、しょっぱなから失礼だぞ)
でも、原作がエイブ・バロウズなので、ある程度は期待(映画になっていたのは知らなかったので、予習はしなかった)
出演者も、ぼくには何か不思議な面々でした(6人中初めて見るのがジャニっ子の松本幸大君だけという、往年のジャニオタとは思えぬ事態)
客席に座り、幕開きのBGMを耳にした瞬間、ちょっと悪い予感がしました。(?)
これ・・・ぼくの好きなタイプの芝居じゃなさそうだなと。
音楽の感じが、ぼく好みでない。
和田俊輔さん、すみません。
そして、登場した松本君(イゴール)と増田有華ちゃん(トニ)のセリフを聴きながら、
「若い俳優が翻訳劇やると大抵こうなる、の典型だなあ・・・」
と、冷や汗気分に(でも、「下手だ!」と断言するほどではなかったよ・・・って、弁護になってないな)
シーンが変わって吉田栄作君(ジュリアン)とちかちゃん(水夏希=ステファニー)の、やっと自然に外国人ぽい芝居に思わずホッ。
この二人にかなり助けられました。
安心感半端ない。
で、安心したせいか、前述の若者二人(エーサク君とちかちゃんを年寄りみたいに!/怒)の芝居も、だんだんリズム感良く感じられてきて、終盤には「上手じゃないか!」と思うようになりました。
有華ちゃんは思い込みの激しいトニを力いっぱい演じていて好感持てたし、松本君は、近年のジャニっ子らしく、(良い意味で)非常に小器用と見受けた。
遠慮なくズバッと書いちゃうと、コメディリリーフとしてキャスティングされていたであろう松尾伴内、青木さやかの両人が、正直1ミリもクソ面白くなかったんで(こ、こら/大汗)、むしろ松本君に救われたというか。
話のメインとなっている部分の面白さおかしさはエーサク君とちかちゃんがちゃんと面白くしていたので、そこはノーストレスだったんだけど、笑わせるために出てるとはっきり分かる松尾、青木のお二人が全然アレ(ってドレ?)で、ストーリーから離れたところでのくすぐり部分は、本役のイゴール以外に謎のラッパーとかウェイターを演ってた松本君に、よっぽど救われておりました。
なので、今回のこの芝居、本来の面白さの3分の1が不発弾だったと言っちまいますこの際。
演出家(板垣恭一氏)とぼくの感性も合わなかった気がする。板垣氏の作品て、あんまり観たことないんだよね。
まあ、ストーリーの方も、「どうせこうなるんだろうな」と思ってたらそのとおりだった、という、若干古式ゆかしいものだったわけで。
1965年だもんなあ、初演が。
でも、これが三谷幸喜だったら(言うな!そういうこと/叱)
そんなこんなでちょっと欲求不満な部分もあったんですが、「メガネはずしたら超美人」という古式ゆかしい(気に入ってんの?その表現)ヒロイン像を演じるのに全く遜色のないちかちゃんには感動すら覚えました(エーサク君も相変わらずスタイル抜群)
このDDD青山クロスシアターって、ほぼ小劇場なのよね。客席と舞台がめっちゃ近い。
そんな至近距離で見るちかちゃんのスタイルとお顔。文句のつけようがない美人っぷり。
松尾さんや青木さんのギャグがすべってんなー(こらっ)と思ったら、ちかちゃんを見てうっとりして凌ぎました(さっきから超失礼なんですけど)
ちかちゃんに感謝です(どういう感想なの?それって)
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