てくてくミーハー道場

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2017年05月21日(日) 『グレート・ギャツビー』(日生劇場)

なんかあのー・・・変な舞台だったぞ。





いきなり問題発言ですみません。

「変」っていうのは、作品そのものが変だったということではなくて、今回の上演に対するぼくの観客としてのキモチに「変」なものが生じたというか。

意味分かんない?

うん、そうでしょうね。

噛み砕いて説明します。



井上芳雄が主役を演じた舞台作品は、17年前の彼のデビュー以来、大小合わせてこれまで20作以上。主役じゃなくても、ヒロインの相手役とか、重要な役を演じたものも合わせれば、30作近くになる。つまり、芳雄君が主役を演じるということに、いまさら気負いだとか力みだとかを感じる(本人は知らないけど、少なくとも、観客であるこっちが)ほうがおかしいのだ。

だけど、なぜか今回は違った。

F・スコット・フィッツジェラルドが生んだ、この稀代の悲劇の青年を井上芳雄が演じるということに、ぼくはものすごーい覚悟(期待、というのとちょっと違うんだよな)を抱いてしまったのだ。

それはやはり、脚本・演出が小池修一郎だという点が大きく影響してくる。

小池先生がギャツビーを描く、ということは、当然あの、大傑作の再来を期待されるということだからだ。

つっても、ぼくは1991年に雪組によって上演された『華麗なるギャツビー』は映像でしか観ていない。

だが、映像で観てもおそろしいほどの傑作だった。

ほんとに女の人がやってんの?!って、素人みたいな(実際当時のぼくは、タカラヅカの観客として素人だったが)感想が何度も湧き上がってきたことを思い出す。

実際にはめっちゃ華奢で小柄だった杜けあきさんが、バブル時代みたいな肩パットを何枚も入れた背広(ジャケット、ではないところがミソっす)を着てがんばってギャツビーを演じていて、最初はその違和感にクラクラしたのだが(暴言!)、お話が進むにつれ、その不自然さ丸出しの背広の背中が、もーこの上なく美しくてカッコ良くて、その背中を見ていて涙がこぼれてくるという、すごい経験だった。

ちなみに、実際に生の舞台を観ることができた瀬奈じゅんさん主演の『グレート・ギャツビー』では、女性にしてはすがすがしいほど()広く美しい背中を持つあさこ(瀬奈)のその後姿に、思う存分うっとりしたものだ。

そう、「背中」なのである。

ギャツビーのキモは、「背中」

この点については、今回芳雄君がギャツビーを演じるに当たって、カリンチョ(杜)と、あさこ(瀬奈じゅん)の、二人の“小池ギャツビー”の先輩から、しっかりと伝授されたらしい。

女性が本物の男性に「カッコいい男の背中の見せ方」についてアドバイスする、ってところが、さすが世界に誇る男装演劇集団(変な異名つけないで!by ヅカファン)を擁する日本演劇界って感じだ。

そんなこともあって、今回の芳雄君主演による『グレート・ギャツビー』は、ぼくにとって、「タカラヅカでの三演目」みたいな位置づけになってしまったのだった。

そういうわけで、ぼくは今回、芳雄君がどんなふうにギャツビーを演じるのか、ということよりも、芳雄君が“いかにトップさんらしく”主演してくれるのか、という方に意識が行ってしまったのだった。

長くなったが、これが最初に書いた「変な舞台」のゆえんである。

これまで芳雄君が、初めて『ミーアンドマイガール』のビルを演るときも、『エリザベート』のトートを演るときも、そんな風に感じなかったんだけど、なんでだろな。

と思って、ハタと気づいたのが、今回のキャストである。

デイジー=夢咲ねね

マートル=蒼乃夕妃

ジョーダン=AKANE LIV

エリザベス=渚あき

キャサリン=音花ゆり

ヒルダ=七瀬りりこ




・・・おいっ!小池!! (°°;)よ、呼び捨てすんなよ(汗)

OG公演かよ(こらこらこら)

実際、彼女たち、何か“お手の物”感がすごかった。

かといって、ヅカ臭が強いわけでもなく、むしろ娘役芝居などしてたら骨の太い本物の男相手ではおかしなことになるわけで。

タカラヅカ芝居が、というよりも、小池演出が“お手の物”だったんだろうな、きっと。

でも、それなら芳雄君も万里生君も、広瀬君も畠中さんも、小池演出は受けたことがあるわけで。

実は、今名前上げた人たちの中で、ぼくがモヤモヤしたのは井上芳雄だけなのである。

流れで、男優さんたちへの一言寸評。



田代万里生(as ニック)

すばらしく良かった。彼は観客の代表である。観客と同じ感情で、この悲劇を見守る。その傍観者ぶり、そして適度なおちゃめぶりが見事。

ギャツビーやジョーダンに振り回されて舞台の上でちょこちょこ小芝居をしてるんだけど、それがいちいち的確で、ほとんど彼から目が離せなかった。


広瀬友祐(as トム)

研11にして見事3番手昇格(だから、タカラヅカじゃねえっての)

実力と華がすっかり身についてきましたな。芳雄君相手に迫力負けしてなかったのがとにかくすばらしかった。


畠中洋(as ジョージ)

ショボいおっさんだが、観客の心に最も重たいものを落としてくる役。いつも自信なさげにぼそぼそしゃべってるのに、きちんと台詞が聞こえてくる。その熟練に唸りました。


本間ひとし(as ウルフシャイム)

最初はコメディリリーフみたいに出てくるのに、最後には裏社会の人間の残忍さを見せ付ける。その緩急の見事さ。



皆さん、がっちりピースがはまってた。

ついでに女子も。


夢咲ねね(as デイジー)

あえて言うなら、一番ヅカっぽい芝居をしてた。若い時の場面とかね。

でも、とにかくひたすら「美人」だった。(何だそのほめ言葉)

いやいや、デイジーはとにかく「美人」でないとならん。そこ大切。

二幕目の冒頭、ギャツビーとデイジーが互いに身支度させ合うシーンがあって、ここを生々しく描いていないところにグッときたのだが(トムとマートルの浮気の場面との対比なんだろうな)、そのシーンでのねね姫の首の細さに思わずくらくら。

男って、女の乳とか尻とか以上に(ておどるさん、お下品だわよ)、こういうところにドキドキしちゃうんだよねー、と思わず感心してしまいました(分かるんかい?!)

だが、未だにねね姫の相手がちえちゃん(柚希礼音)じゃないと違和感があるのは、こっち側の責任だろう。早く『1789』再演を観たいものだ(今それ関係ねえぞ)


AKANE LIV(as ジョーダン)

彼女については、そもそも歌劇団時代の記憶がないので、すっかり今の感じしか知らない。そもそも男役だったそうなので、最初から娘役芝居にはならない強みがある。

強気で冷淡な女ジョーダンを楽々と表現していた。歌も楽々。そろそろ強気じゃない役も見てみたいけど、今回はジャスト適役だったと思います。


蒼乃夕妃(as マートル)

まりもが実に迫力のある女優であることを、実は退団後に実感している。

やっぱ娘役って、相手役さんを“食わない”ことを求められちゃうのが現実なんだよね。

どんなに実力があり男らしさ満開のトップさんでも、娘役が地を出してぶつかっちゃうと、骨細なのがばれちゃうんだもの。そこをいかにも強そうに見せてあげるのが娘役トップの隠された実力。

それを今さら思い出させてくれるまりもの体当たり演技でございました。

そして、トップ時代に思ってたより、あんま歌がうまくなかったんだなー(おい!)と今日思いました。


あとの3名様(OGとしてはもう一人、山田裕美子さんが出てたが、申し訳ないが在団時のことはまったく思い出せない。夢華あやりさんという名前で雪組だったそうである)に関しては、「しっかり実力を発揮してるな」というあっさりした感想で失礼します。

そうそう、りりこの美声がけっこうフィーチャーされてて(ヒルダがソロ歌う場面があったほか、小池演出得意の()幻想のシーンでカゲソロやってた)耳が幸せでした。





で、また芳雄君への感想に戻る。

さっき散々「背中」について語ったが、実は今回ぼくが芳雄君のギャツビーに違和感を抱いたのは、ギャツビーがパーティの場に初めて姿を現す、タカラヅカでいう「トップさん登場!」のシーンであった。

ヅカ演出脳になっちゃってたのかなあ、思わず拍手したくなるインパクトが感じられなかったのである(実際にはちゃんと拍手が起きてましたが)

もともと小池先生は、主役が登場するときにファンファーレ鳴らしたりするタイプの演出家ではない(誰に対する皮肉だ?!)

でも、そういうときこそ、タカラヅカのトップさんは、自前で観客の脳内に直接ファンファーレを響き渡らせちゃう超能力のようなものをお持ちなのである。

その華やかさといったら!

・・・芳雄君にそれがなかった・・・あ、いや、弱かったのが、すごく残念というか不思議で。

感じられなかったのはぼくだけなのかな。そこも不安なのだが。

とにかく、この登場のインパクトの弱さを、最後までずっと引きずってしまった感じである。

この他の場面では、若き日のジェイの初心さ、デイジーへの溢れまくりの恋情、期待したとおりの芝居を見せてくれた。

ただ、裏社会で生きている男のドスのきいた黒さが見えてこない。

やっぱ、“王子”だからなのかなー?



まあ、ぼくの期待が多大すぎたといういつものオチなのかも知れない。決して「ぼくが観たかったのはこんなんじゃない」って感想ではないので、悪く思わないでください(と、腰が引けたシメ)

あ、最後に。

音楽がタカラヅカバージョンとは全く変えられていたんだけど、それはもちろん吉だったと思います。

「パーティ♪パーティ♪ギャッツビーのーパーティ♪」っていう例の曲が最初頭ん中でぐるぐるしてたんだけど(笑)

ちなみにぼくが一番気に入ったのは、ジョージの店で歌われる「灰の谷」

自動車工たちのダンスもカッコ良かった。

以上であります。


2017年05月20日(土) 宝塚歌劇団月組特別公演『瑠璃色の刻』(赤坂ACTシアター)

美弥“るりか”ちゃんだから“瑠璃”色なんですね原田(諒)せんせー。

おそろしくタカラヅカチック(皮肉?)

いえいえ、こういうの好きですぜぼくは。

さて、月組での立ち位置がいまいちビミョーな気がする(そんなことないよ!がっちり二番手だよ!・・・と君は断言できるか?!←「君」って誰やねん?てか、お前こそ誰やねん?)ミヤ様ですが、こうしてみるとやはりちゃんと路線なんですね、安心しました。ぼくは観そこねたんだけど、こないだの『アーサー王伝説』では女役やったりなんかしてるから、ちょっとドキドキしてる。

見た目明らかに妖精系(でもこれは「正統派」とも言える)なので、このまま王道行ってくれるかな、という期待はある。



さて、ミヤ様主演作を観るのは今回初めてという遅れてきたぼくですが、彼女の顔と名前が一致した最初は、『太王四神記 ver.供のスジニ。女の子の役だけど、初演の花組ではみわっち(愛音羽麗)が演っていた役なので、可愛い系の男役が演る役として自然に見てた。

小柄なのに声がふっといなーというのが第一印象。まさにかなめちゃん(涼風真世)系なんだなと思ったものである。

その次の公演『ハプスブルクの宝剣』では全然印象がなくて(おい)『愛と青春の旅だち』でも全くどこにいたか覚えてなくて(おいおい/汗)『メイちゃんの執事』ですごくいい役やってたのにこの公演は観に行く気ゼロだったので見逃してて(ぼくの好みがばれたな)、次の本公演で「おっ!」と思ったことを鮮明に覚えている。

それは『ノバ・ボサ・ノバ』のボールソというまたまた可愛い少年役よりも、併演の『めぐり会いは再び』で演じたアジス王子であった。

罪のないオペレッタ系の作品だったが、登場人物がみんな可愛く、好感が持てて、ぼくが小柳奈穂子びいきになったきっかけの作品でもある。

全員可愛い登場人物の中でも、アジスは群を抜いて可愛かった。見た目だけじゃなく性格が。

続編(『めぐり会いは再び 2nd』)の時には月の世界へ旅立っていて(かぐや姫ではないが)いなくなってたのがさびしかった。

その代わり、月ロミジュリでカルシウム不足()のマーキューシオをガウガウ演じていてそれも一興だったが。

ぼくのミヤ様ストーリーはざっとこんな感じである。



で、今回、ミヤ様主演作を初めて観る気になったのは、二番手をれいこ様(二人ともぼくにとっては“様系”なのよね)こと月城かなとが務めたからである。

月組へようこそ月城さん。

そのしっかりした芸の力で、ぜひとも月組に堅固なお城を築いていただきたく。

人外的妖艶さが持ち味のミヤ様と、スタイリッシュ美丈夫のれいこの組み合わせはばっちしだった。

ヒロインのくらげちゃん(海乃美月)も実力を発揮。

それより今回はやはり、(役得だったとも言えるが)白雪さや花に最高殊勲賞をあげたいんだけどみんな文句ないよね?(て、どうやって回答集めるんだ?)

ここで原田先生にクレームなのだが、あのアントワネットのすばらしいソロの後に、なぜ観客に大拍手をするタイミングを与えないのか(全然拍手が起きなかったのは、良くなかったからではなく、あそこで拍手する“間”を設けてないせいなのだ。さやぴーがかわいそうだったわい/涙)

なのに、もう一人の殊勲賞・としさん(宇月颯)には、フィナーレダンスでセンターポジションを与えるなど、男役びいきも甚だしい。

としさん自身にはまったく文句つけようがなかっただけに、演出家の生徒への偏重ぶりにはちょっと感心しなかったな。



しかしまあタカラヅカってところは、18世紀末のフランスとなぜこうも親和性が高いんでしょうね。

この時代のこの場所の話をやると滑り知らず。

日比谷ではもう一人()のロベスピエールが、かつての己れの理想への爆走を振り返って忸怩たる思いを歌っているが、こちらのロベスピエールは迷い知らず。ぐんぐん爆走中です。

この手の話をタカラヅカがやると必ず出てくるバスティーユ襲撃のシーンでは、センターでバッキバキに踊っておられました。

としさんステキ♪(←おめー、さっきの文句はどうした?

あと、としさんもだけど、ネッケルを演じた輝月ゆうまちゃんをぼくは今回初めて意識したのですが、歌うまいし(とにかく歌うまに弱いぼく)芝居もできるし、頼りになる生徒さんがここにもいたか、と瞠目。次回公演ではきっと目で追うことでしょう。

頼りになるといえば、アントワネットをいい意味でも悪い意味でも支えていたポリニャックとランバール、この『ベルばら』でもおなじみのお二人を、月組の頼りになるベテラン(あまりそこ強調すんな)お二人、夏月都(なっちゃん)と晴音アキ(はるちゃん)がやっておられて、小技を使って笑わせたり(あのシーン(てどのシーン?)にも拍手ほしかったなー。みんななんで女役さんには冷たいの?)していました。もっと盛り上げてあげたかった。



さて、主役とその親友役の話に全然ならないけれども、二人ともいまさらぼくが評するレベルではなく・・・と言いたいんだけど、歯切れが悪いのは、実は今回別のところにある。

実は、お話のオチにぼくはすごくがっかりしたのである。

ミヤ様が演じたのは、本物のサン・ジェルマン伯爵ではなく、彼にたまたま顔がそっくりだったからと成りすましたしがない役者・シモンである。

そこは別にいいんだが、シモンはサン・ジェルマンよろしく舌先三寸で当時のフランス宮廷に入り込む。そのあたり若干カリオストロとかぶる。

ちなみに、ぼくはサン・ジェルマンとカリオストロの区別がいまいちつかない。(おい)

いや、本人の区別がつかないんじゃなくて、この辺のお話に出てくる両者のキャラクターの区別がつかない。

実際似すぎてるのである。

ミュージカル『マリー・アントワネット』に出てくるのはカリオストロで、雪組がやった『ルパン三世』に出てくるのもカリオストロで、『カサノヴァ・夢のかたみ』に出てくるのはサン・ジェルマンである。

ほら、区別つかないでしょ?(何でや?)

どっちも、ひたすら怪しいおっさん()で、「不老不死」がキーワード。

まあ、そこらへんは良いとして、シモンはルパンみたいに未来から来て、本当の歴史を知ってるわけじゃないのに、しこたましたであろう予言が都合よく当たりまくったのかどうか。あたりはずれがあったのなら、宮廷の人たちにあれだけ取り入れるはずはない。

もし、シモンが参考にしていた(本物の)サン・ジェルマンが遺していた文献に書いてあったことが本当に未来をびしばし当てていたとしたら、その時点でこのものがたりは荒唐無稽になってしまう気がする。

変なところ現実的で申し訳ないが、サン・ジェルマンが本当に伝説のとおりの存在だとしたら、本当は凡人なのに偶然のラッキーで成りすましているシモンに、いささかのバチもあたらないのはおかしい。

だからぼくは、サン・ジェルマンは完全にペテン師だったと仮定したい。

彼は単に名メンタリスト(daigo?)だっただけではないかと。

不老不死も単なる伝説で、実際この時代には、きっと死んでいたんだろうと。

遺した文献は、眉唾ものの魔法の書とかではなく、それこそ、学問的な方向から「人を信じこませる方法」みたいなことが書いてあったものではないかと予想する。

だからこそ、シモンにはサン・ジェルマンのバチはあたらなかった。

ただ、この後がもっと重要。

つまり、シモン自身が、成りすましでもなんでもなく、「二代目サン・ジェルマン」(メンタリスト的な意味で)に相違なかったのではないか。

だとしたら、いくら“本物ではありませんでした”とか言ったって、彼の、サン・ジェルマンとしての人心霍乱の罪は逃れようがない。

ぼくが立腹したのはそこである。

散々人を惑わせといて、「ボク、実はサン・ジェルマンじゃなかったんで」じゃ、済まないだろと。

ジャックが、親友だからとシモンを見逃したい気持ちは分かる。

だけど、フランス市民として、シモンを無罪放免にするのは赦されることではない。

誇り高くマダム・ギロチンの下にかしずいたアントワネットを見習って、お前も自分のしたことの責任をとれよ、とぼくはこのお話の主人公に向かって言いたいのである。

それはそのまま、作者の原田先生への抗議である。

主演男役を殺して終わりにしたくなかったのかもしれないが、そのことのために正義に背くようなエンディングにしていいんですか?

主人公が悲惨に死んじまっても、下りた幕が再び上がってキラキラの衣装を着た主演男役が美しい笑顔を振りまいて踊れば、観客はすっかり納得してくれますよ。いや、タカラヅカってむしろそうじゃなきゃならない。

ぼくはそう思いました。

得意ジャンルだけに役者がみな良かったので、このストーリーへのモヤモヤだけが残念であった。




さて、次回月組はこれまたサン・ジェルマンのごとくギュインと時を遡って太陽王ルイ14世時代のフランス。

ミヤ様は栄光の三銃士のうち、オシャレの化身()アラミスを演じられる。期待しかない。

れいこが演るベルナルドってのがよく分からない。

どうも『三銃士』は『三銃士』でも、小池先生のオリジナル脚本らしく、期待と不安がハーフアンドハーフ()である。

ちゃぴ(愛希れいか)がアンヌ・ドートリッシュじゃなくルイ14世ってところで期待バクハツなので、イケコ作劇が良い方へ転がってくれることをひたすら祈っております。


2017年05月14日(日) 宝塚歌劇団星組公演『THE SCARLET PIMPERNEL』(東京宝塚劇場)

純正星組ファンが待ち望んでいた、生え抜きトップの満を持した就任である(奥歯にものが・・・)

いえいえおめでたいことです。冒頭に書くようなことじゃありませんが(じゃあ書くなよ)、ぼく自身、「一番ヅカヅカした組」として星組を愛していますし、ならばこそ、“星組臭の強い”トップさんの時代の星組の方が安心して見ていられます。

なんの因果か、ぼくが一番好きな種類の生徒さんであるにもかかわらず、本人の資質に全然合わない星組のトップに任命された過去のお二人(もう誰か判ったよね?!←お怒り)の、今後の外の世界での活躍を祈るのと同じ熱量で、今回の新トップさん時代の星組の繁栄を願っております。





なのに、なんでワイルドホーンのミュージカルとかさせんの?!(←今日は大暴走の予感)

歌はだめだろ歌は。(お、おい/大汗)

まあ、お披露目公演てのは昔から不思議と客が入らないので(なぜか、二番手時代に絶大な人気があった人でもなのだ。前任者のサヨナラの反動がくるらしい)、大作・人気作で先手を打ちたいのかもしれないが。

でもなあ、よりによって(それ以上グチグチ言うと出入り禁止にしますよ?by 宝塚歌劇団)

すみません。

実際に観た感想を書きます。




予想通り、さゆみ(紅ゆずる)の歌は上手になってなかった。

みちこ(北翔海莉)の時代にいくらか鍛えられたかと思ってたんだが、やはりソロで何曲も歌うとボロが出る。

低音が出てないし、ロングトーンは「音ははずしてない」レベルなので、トップになると上手に聞こえる魔法のミキシングもあまり効果を発揮していなかった。

とにかく地声が高いので、セリフも、パーシー・ブレイクニーという人を食ったような男のひょうきんさが出てるときは良いのだが、あまりやりすぎると軽薄に聞こえる。

ただ、ここがさゆみの武器なのだが、とにかく真ん中に立ってるのが“さま”になる。

パーシーがスカーレット・ピンパーネルに引き込んだ友人たちを従えてゼロ番(舞台のセンター位置)に立ってるだけで、舞台面が映えるのだ。こういうところはもう生来の資質なのだろうと思う。

あとは、今後何種類か色の違う役をやって、その中でぼく好みの人物像が出現しますように、と祈るのみだ。



役の上でも、立場でもさゆみの新妻となった綺咲愛里ちゃん。

はい。今までのこの子の記憶、ございません。(←)

えーっと、みちこのサヨナラでは、半次郎(みちこの役)の奥さんのヒサを演ってた?

あっそう。(←おい!)

ごめんね、娘役に冷たくて。

で、今回ようやくお芝居や歌をじっくり観賞させてもらったが、あら、あんまりお上手じゃない。(ずけずけ)

マルグリットは、「ヒロインだから」以上に、歌うまくないとまずいよ?国民的女優の役なんだから。

なんかごめんね、きつくて。

だって過去のマルグリットと比べてしまいますと、やはり。

まあそもそも、パーシーもマルグリットも歌うまコンビだからやってきた作品なのでね。

そういう意味では、今回の主演コンビはバランス“は”とれてたかな(イジワル)と思う。

彼女に関しても、次回以降に期待かな。とりあえず可愛いし。





んで、こっからが本番です。(くるぞくるぞ?)

まこっつぁん!(礼真琴)星組に、いや宝塚にいてくれてありがとう!!(←やっぱり)

もーこれからの星組は、アナタだけが頼りよ(;;)←おい。

顔が子供っぽいとか、それが何だ!(気にしてる)

ぼくん中では、これまでのショーヴラン(花組『紅はこべ』や外部公演も含む)の中で1位確定です。もーあんた()ショーヴランどころか『レ・ミゼラブル』のジャベールだってできそうだよ顔はガブローシュみたいだけど(それほめてんの?)

「君はどこに」なんて、一日中エンドレスで聴いていたいほどですCD買っちゃおうかなあ。

それより、まこっつぁんのオリジナルCDって出てないの?

二番手になったばっかだからまだないか。よし待とう。←

いやそれよりキャトルレーヴでカスタマイズCDを作ろう、今度。



はい。←?

今の星組に申し上げることは以上です。(えっ?!)

・・・以上です。(歯切れが悪いな)

・・・・・・カイ君(七海ひろき)・・・がんばろう。(←そういうことか)

もうちょっとがんばろう。

いや、今回のロベスピエールは、カイ君比では()がんばってたと思うよ。

でも、もっともっとがんばろう。

なんか歯がゆいんだよな。

はっきり言って美貌は星組随一。

すでに学年的にもてっぺん見えてるわけだしっていうか、いつのまにかつっかえてるし(そういう表現はおやめ!)

組人事に関して部外者がどうこう言うことではないが、その学年に鑑みて、今のカイ君の立ち居地に関しては、誰も文句は言えないだろう。むしろ「妥当だ」と言うしかないだろう。

でも、立場がどうであれ、舞台が、タカラヅカが好きなら、いくらでも自分の力で「オイシイ舞台人生活」は送れるのだ。実際ロベスピエール、いい役だったし。

だから、がんばってほしい。これからも。





しかし、梅芸版をディスっちゃうようで申し訳ないが、この作品、やっぱタカラヅカでやるのが一番楽しめるな。

なんせ、舞台面の華やぎが段違い。

役者のスキルが多少劣っていても(こ、こら/汗)、登場人物の造形はタカラジェンヌにかなわない。

「男とお洒落」のシーンなんて、正直、タカラヅカだと全然違和感がない(え?それって逆にダメなのでは?)

あんたたち、いつもそんなような衣裳じゃんか、と客席でツッコんでしまった。

男優さんたちがスカピン一味(麦わらの一味みたいに言うなよ・・・)をはっちゃきに演じていても、どうしても「恥ずかしがってるだろお前」って感じが見える。

なんか、どことなくショボい(こら)のだ。

まあ、もともとのブロードウェイ版でも、ここは“むくつけき”男たちが派手なカッコしてるのをニガワラするシーンらしいのだが。

宝塚歌劇団が上演することで、いろんな部分に新しい意味ができてしまうというのは以前からよくあること。それはそれで別のものとして楽しんだ方が良いのだろう。

梅芸版も再演が決まったそうでおめでたいことですが、「動くリカちゃん人形」のジェンヌたちにはどうやっても勝てないんですから(きついぞ、ておどる)、男女混合版はその利を活かして、また別の魅力を見せてくれることを期待しております。

あれ、今日の公演の感想と関係ないことを書いてしまった。

新生星組に関しては、デイドリーム号ならぬ「スカーレットスター(紅の星)号」の航海が順風満帆であらんことを、心より祈るものなり。


2017年05月13日(土) 『北翔海莉 1st ALL JAPAN TOUR 2017“Alrai”〜エルライ〜』(松戸・森のホール21 大ホール)

松戸のみなさんこんにちはー!(^-^)

3月に東京国際フォーラムで行われたみっちゃんの不思議な()イベントでこのコンサートの開催を知りまして、その時はオーチャードホールに行ければいいな、と軽く考えていたら、ふと気付いた。

みっさまって、松戸出身じゃね?

慌ててチケットとりました。

慌てなくても、当日券あった・・・←別に書かなくてもいいことではないしょうか!(おこ)



余計な話はともかく、あー行って良かった。

この森のホール21ってところは歌劇団の全国ツアーも時々上演されるところなんだが、ぼくが行くのはいつも市川市文化会館。

しかもみっちゃんを全国ツアー公演で観た記憶があまりなく(宙組時代に地方で観たことがあるが、あれは中日公演である)、全ツ名物「ご当地ジェンヌのご紹介」でも、北翔海莉さんがフィーチャーされるシーンに出くわしたことがない。寂しいことである。

と思っていたら、なんとみちこ自身、この森のホール21の舞台に立つのは初めてだったのだそうだ。

そんな、みちこが初めて(?)故郷に錦を飾る公演(初日)に立ち会えたあたしハッピー♪なのであった。

初日とはいえ、なにかにつけきちん()としているのがタカラジェンヌ(OG含む)であるから、いわゆる「初日トラブル」はなかった模様。

むしろ、今日は朝からの雨のせいで予約していたBSCSの録画が全滅(くそう、パラボラアンテナ・・・)してたり、行きの山手線が事故の影響で止まったりしたぼくの方がひどい目に遭ったと言える。

しかしそんなことどうでも良くなった。それぐらい行って良かったコンサートであった。

みちこの、今後日本のエンターテインメント界を支えるであろう舞台人スキルを堪能できた。

本当、なにやらしても上手い子(子?←おいっ!/怒)である。

ダンス、日舞、殺陣、パントマイム、客煽り(^^*)どれも素晴らしい。

そして改めてしみじみ実感したのが、「タカラジェンヌのプロポーションは人類の常識を超えている()」という現実であった。

今回公演では、いよいよ()男性ダンサーがみちこのバックを務めておられたのだが、彼ら自身すばらしいプロポーションをしているにもかかわらず、彼らと並ぶとみちこ一人だけ“等身”と“腰下の長さ”がはっきり違うのである。

歌劇団にいたころは、みちこの両脇にいる男役ども(言葉が悪いわ!ておどるさん)のスタイルが良すぎたので、みちこの体型がさえなく見えていたのだが、それはあきらかに“比較”の問題であることがはっきりしたのであった。

まこと、恐ろしい集団である。タカラヅカというところは。←



閑話休題。

とにかく何をやらしてもこなしちゃうみちこであるが(今回は楽器演奏はなかった)、あえて言うならMCはまだちょっと慣れてないかな。

でも、そんなことはどうでもよくなるのが、忘れちゃいけない、黄金の声帯。

みちこの歌には、「どうですうまいでしょおぉおお〜♪」みたいな(こら、舌禍)がなく、安心して聴ける1/fのゆらぎがある。

とにかく聴いていて心地よいのだ。

そして、セットリストを配っていたので見てみたら、なんとセットリスト(第二部はデビューアルバムからのセレクトによる)が二種類ある!

ずるいぞ(おい)

今日のとオーチャードホールのとセトリが違う!

もちろん行かなければ!!(まあ、最初から両方行くつもりだったけどね)





と、すっかりただのファンのおばさんとなって松戸から帰ってまいりました。



   ↑
 松戸市観光大使であるみっさまご推薦の松戸名物「とみいのピーナッツ菓子つめあわせ」(まじうめぇ)



そして





愛だわ(´-`*)


2017年05月05日(金) ドラマティカルシリーズ リーディングvol.1『Punk Chanson〜エディット・ピアフの生涯〜』(よみうり大手町ホール)

エディット・ピアフは魅惑的な存在であるから、彼女を“演じたい”と望む女優は多いであろう。

彼女が残した歌を歌いたがる歌手も多いであろう。

だがしかし、その熱意が必ずしもすべての観客に好意的に受け止められるとは限らないのも、エディット・ピアフならではである。



なーんて気取った書き出しをしてしまったが、ぼく自身はさほどピアフへの過大なシンパシーは抱いていない優しい(?)客なのでご安心ください。

お目当ては水夏希です。

ますますご安心ください。←

ただ正直に言いますと、ぼくは普段ちかちゃんに“歌”の部分では期待していない(失礼なやつだわね)

が、本日、(リーディングプレイということで)ほとんど動きのない中ピアフという一人の女性の生涯を演じたちかちゃんを観て、そしてそのセリフ術と歌声を聴いて、「過小評価していて、ごめん」と謝りたくなった。

すばらしかった。

セリフ術はもちろんのこと、歌の説得力も。

「歌唱力」を、技術的部分と説得力の部分に分解するならば、ちかちゃんはやはり技術的部分では優等生とは言えない。

だが、ピアフを歌うのに必要なのは、むしろ説得力の部分ではないか。

もちろん、技術なくして説得力があるわけないので、その“必要な”部分の技術は、曲がりなりにも宝塚歌劇団出身者である以上、基本はできている。その上での説得力が、ちかちゃんの歌にはあった。

いわゆる“芝居歌”である。

これは、CMで「緑のはみがきディープクリーン♪」とたどたどしい歌声を披露して「この人、歌下手じゃね?」とうちのつれあいとかに言われている大竹しのぶが(←こらこらこら)、その当たり役『ピアフ』で脅威的な歌唱力を発揮し、観客の涙を絞っていることからも自明である。(←ディスるのか絶賛するのかどっちかにしろ)

ピアフ自身が、コロコロした美声で聴衆を“酔わせた”わけではなく、そのすさまじい説得力で人々に彼女の歌を“渇望”させたことからも分かる。

ピアフを演じるには、そういう歌唱力が必要なのであることが。

本日の舞台はいわゆる朗読劇だったのだが、実際には出演者たちはちゃんとセリフを全部覚えた上で演じていたことが分かったのも嬉しかった。こういうのって判るんですよ、客には。

各自台本をめくりながらセリフを言っていくんだけど、ピアフが激高したときにはその台本を乱暴にめくったり、悲しむ場面では力なくめくったりというその“動き”までちゃんとお芝居になっている。

小さいことだが、なんかそういうとこ素敵と思いました。



ちかちゃん以外の出演者は、アコーディオン演奏のアラン・パットンさん以外は日替わりで、本日のソワレはやまじー(山路和弘)と、辻本祐樹君。

やまじー目当てだったので今日を選んだわけですが、辻本君のことはまったく知りませんで。映像ものにはたくさん出てるみたいだけど、ぼく、テレビドラマ視ないからなー。普通のイケメンイケボ俳優さんでした。

「vol.1」つってるので、これから続けていくんだろう。主演・ちかちゃんで続けていくのか、それとも、似たようなテーマで続けていくのか分からないが、次回作(おそらく、構成・演出をスズカツ(鈴木勝秀)さんでやっていく、という点が一緒なんだろうな)も、興味がわいたら行ってみたいと思いました。

ぼくのことだから、多分出演者に左右されるだろうけど。

とりあえず、次回ちかちゃんには『キス・ミー・ケイト』でお会いしようと思っております。Show Must Go On!


2017年05月04日(木) ミュージカル・レビュー『歌会 KAKAI 2017』(三越劇場)

昨日はザ・ミュージカル鑑賞だったので、今日は軽めのケーキ・ビュッフェ感覚のコンサートに行きました。

『歌会』に行くのは2回目。公演自体は今回で3回目だそうで、初演(といっていいのか)は上演自体を知らなかったのか、1日しかやらなかったから行けなかったのか、記憶になし。

調べてみたら、初演の出演者は、座長の原田(優一)君のほか、キーヨさん(今井清隆)、じゅりぴょん(樹里咲穂)、たっちん(和音美桜)という、ぼく大好物のラインナップで、知っていたら行かないはずがないから、やっぱり知らなかったのかなあ。

時期は2013年2月だったので、ぼくの興味の8分の7(←適当)はゴールデンボンバーだったころだなあ。

まあいいや、そんなわけで初演は行きそびれてるんですけど、2回目の公演はきっちり行かせていただきました(感想書いてないけど)

その時の出演者はヨーヘイ君(泉見洋平)、となみん(白羽ゆり)、福井晶一さん、伊東えりさん、谷口ゆうなさん。

ニックネームで呼んでない人のことはあまり知らない、ということで、正直初演の方が惹かれてた感じですが、やはりヨーヘイ君の引きが強かったと思われます。

ほいで、今回もヨーヘイ君が出るのですかさずチケットゲット。この他の出演者は入絵加奈子さん、綿引さやかちゃん、佐山陽規さん、そしてはいだしょうこお姉さん!(笑)←なぜ(笑)?

こういった“良き仲間”っぽいコンサートはいくつかあって、ぼくも好きなシリーズがあるのですが、『歌会』の“売り”といえば、やはりぶっちゃけ、

「アニメ主題歌合唱組曲」「KAKAI ザ・ベストテン」

につきます。

なんせ、歌唱力自慢&芸達者な出演者の皆さんが渾身の力でやる宴会げ(略)

特に「ベストテン」では、本ネタのかたよりも歌がうまかったりす(略2)

ただ、佐山トシちゃん、ピッチは本人よりもかなり正確だった(コラ)のですが、リズム感が(略3)

ぼくとしては、ヨーヘイ君のヒデキ(西城秀樹さん)をまた見れてヒデキ感激でした。

ただちょっと疑問に思ったのは、出てくる歌手、「ザ・ベストテン」時代よりもっと古くねぇ?

原田君て、ほんとは何歳?(こら)

山本リンダはまだしも、ベッツィ&クリスって、このぼくが小学校低学年の時のアイドルだぞ? やってる本人(綿引さん)は知らなかったんじゃないだろうか? そのわりにちゃんと歌ってたが。

まぁ、お客さんの年齢層的にはバッチリだったみた(略4!)

あと、「アニメ主題歌合唱組曲」への、元祖アニメヲタからのダメ出しですが、アトムを作ったのはお茶の水博士ではありません(これはよく間違えられる“あるある”すぎるネタ)

天馬博士です。

これはよくクイズに出るので覚えておくように。(←偉そう)



こういったお楽しみ会みたいなパート以外では、出演者の本業であるミュージカルの名曲も数々披露。

それも、本役として歌った曲もあり、「こういうのやってみたいな(客からすると「見てみたいな」)」という曲もありでバラエティ満点。

入絵さんが「命をあげよう」(元祖!)を歌ったシーンでは、“本物”のトゥイとクリスが特別出演!

しかも、歌いもせずに一瞬で引っ込んだという(もったいない!)

それだけのためにその本物衣装用意したのかよ!と客席で突っ込んでしまいました。

元祖といえば、佐山さんの「星よ」もすばらしかったなあ。

一方、ご本人の希望なのかどうか分からないが、ガラッと変わって『ラ・カージュ・オ・フォール』より「I Am What I Am」も良かった。女装の佐山さんはマジー(真島茂樹)にそっくりだったが。←

原田君とヨーヘイ君が「マスカラ」を歌ったんだけど、原田君て2012年上演時にジャン・ミッシェル演ってるんだよな。

・・・やっぱりこうなってしまったのか(違う!)

と、そういえば来年また上演されるのよね!超嬉しいのだけど、鹿賀さん大丈夫なのかな・・・?(こら!コトダマコトダマ)うん、大丈夫と思おう。やっぱり鹿賀&市村コンビで観たいもの。

話が逸れた。

そんなわけで、ゲラゲラ笑ったりうっとりしたりの楽しいコンサートでした。




と、シメようとして今回の最大の見所をうっかり忘れるところだった。

はいだしょうこお姉さんは、宝塚歌劇団在団時から「100年に1人の歌姫」(つったら唯一無二ってことだが。・・・もちろんしょうこちゃん以外にも、すばらしい歌姫はいらっしゃるのですよ本当は)と言われる黄金の声帯の持ち主であることは有名であるが、もうひとつの“唯一無二”の才能でもその名を轟かせていらっさることはご存知ですよね。

というわけで、これをご覧ください。




・・・・・・・・・。

これは何かというと、「はいだしょうこ画伯による『泉見洋平』の似顔絵」でございます(_ _。)ひ、ひどすぎる・・・

しかもサイズが、




なんでこんなに小さいの?(じつはこれはまだ良い方で、実際にはB1大ぐらいの画用紙に描いたのを、B5大に切ってあってそれでもなおこのサイズなのである)




これは、毎公演一人ずつの似顔絵をしょうこちゃんが描いていってロビーに飾っていくらしい。本日公演の描きたてホヤホヤがこちら。




なんと、この絵をスマホの待ち受けにしておくと、人生の最期は苦しまずにポックリ逝けて、さらに、来世も人間に生まれ変われるという超絶大なご利益があるらしい(画伯談)

ぜひ皆様にもシェア。←





出演者の皆さん、サイコーに楽しい公演を、ありがとうございました(笑)





(※写真はすべて許可を得て掲載しております)


2017年05月03日(水) 『王家の紋章』(帝国劇場)

去年の夏に初演された当作品、あまりにも評判が良かったらしく早速の再演。

しかも主要キャストがダブルの人も含め全員再集合という、うらやましくてならない(何の作品の側に立っているのか鋭い方はお判りですね)事態であります。

で、ぼくは初演ではキャロル=宮澤佐江ちゃん、イズミル=平方元基くん、という1パターンしか観られなかったので、今回はちゃんと策を弄して(違)新妻&宮野チームのチケットをとりました。


んで、ここでご注意を申し上げます。

ミュージカル『王家の紋章』クラスタの方は、これ以降、おそらくご機嫌を損ねますので、お読みにならないことをお勧めします。











去年観た時の感想を未だに書いていないことからもお察しの通り、この作品にはぼくはあまり魅かれませんでした。

その理由として、原作漫画(なんと、現在でも連載中!その期間41年という『こち亀』もびっくりの大長編である)が連載されている雑誌『月刊プリンセス』を、ぼくも70年代末から80年代にかけて愛読していた(お目当ては『イブの息子たち』『エロイカより愛をこめて』であったという点でお察しください)にもかかわらず、当時から人気作品の一つとしてちょいちょい巻頭カラーにもなっていたこの『王家の紋章』に、あんまり嵌らなかったというのが一つ。

まあ、途中から読んでるんだからストーリーがいまいち解らなくて当たり前なのだが、それでももし嵌ってれば、単行本を買ってみるとかしたはずである(当時は連載3年目ぐらいだったから、そんなに腰が引けることもなかったはず)

今となっては単行本も62巻(昨年12月発売のものが最新刊)という目が回るような事態なので、今回も予習は一切せずに、ぼくが『プリンセス』で読んでた時代のうすーい記憶だけで臨んだ。

ほんで、ミュージカル版を観た後で正直に抱いた感想は、

「(音楽)リーヴァイ先生のわりに、魅かれてどうしようもないナンバーがなかったな」

というバチ当たりなものであった。

言い訳じみてるが、「美しい!」と思った曲はもちろんあった。アイシスが歌う「いつも(想い儚き)」なんて、まさにそういうのを狙ってるなーとわかる曲である。

とかいう書き方をしちゃうくらいだから、なんかもぞもぞしながら一所懸命いいところを探してるのがばれてますよね。

リーヴァイ先生だと思うと、基準が『エリザベート』『モーツァルト!』加えてせめて『レベッカ』になっちゃうからね。あのレベルを求められてるんですぞ。

なわけで、初演にはあまりドンとくるものがなく、盛り上がっている周囲のお客さんたちから取り残されたような気分で日比谷を後にした。

だが当時はそれでも、

「待てよ、これは佐江&元基という組み合わせのせいでは(←激しく失礼)」

と思い、人気がありすぎてチケットとれなかった今回の組み合わせを観ないうちは、おいそれと感心しない感想をなど書いちゃいかんのではないか、とひそかに口をつぐんでいたわけである。

で、期待を抱いて本日帝劇へまかり越したわけだが、結局のところ、感想は変わらなかった。

そもそも、未だに連載が続いている長編を、どうやって3時間で終わらせるのかな、という点も気になったし(←『犬夜叉』では気にしてなかったくせに)

今回の舞台の終わり方は、キャロルがメンフィスへの愛を自覚してヒッタイトから無事逃げ延び(このくだりは、原作ではもっとずーっと波乱万丈なんだが)二人が結婚するまでを描いている。とりあえずのハッピーエンディングではある(アイシスにとっては強烈バッドエンドだし、ライアンにとってはハッキョー寸前の状況なのだが)

まあ、これはこれで良い収め方かな、って気はする。

ていうか、これしか方法ないような気がした。

言外に「続章ありまっせ」的な。

むしろ、ネルケとかの製作ならどしどし続編を作りまくるだろう。

だが、これは東宝作品である。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)が宇宙戦艦ヤマトを建造しちゃってるようなものだ(←例えが意味不明)

KIHACHIがたこやきチェーンをオープンさせるようなものだ(←ますます・・・)

つまり、本来の餅屋じゃない人たちが、「うち、壮大な歴史ロマンミュージカル得意なんで。衣裳や装置も金かけられますし。作家も一流どころつれてこれますし」と言ってつくったのが今作、という気がする(なんか・・・大資本をディスってません?)

なんか、「別にそういうんじゃなくていいんだけど・・・」って気持ちになる。



もちろん、漫画からそのまま抜け出てきたような美貌の実力一級の役者たち(これは、前回観た方のキャストも含む)が朗々と歌いまくってくれたからには、こちらも「帝劇で観る甲斐があるものだ」と満足はした。

特に名前を挙げるとするならば、濱田めぐみ、本当にブラボーである。

美貌とシャーマン的な能力、絶大な権力を手にしながらも、最も本人が欲しているのは決して報われることのない愛。

へたすっとヒロインのキャロルよりよっぽど観客の共感を呼ぶ役である(日本の一般女性はあんなおっそろしいことを実際にはできないだけに、余計にシンパシー感じるんじゃなかろうか)

あと、ヅカオタ丸出し感想ですまないが、ミタムンを演じたあゆっち(愛加あゆ)も良かった。

けっこう前半で殺されちゃって、あとは煤けた亡霊状態で出てきて舞台上を横切るぐらいなのだが、キレッキレのダンスと王女らしい品はさすがの出自。ハマメグと歌で掛け合うという、並みの女優ならばビビってしまう場面もしっかりくらいつき、存在感を示した。

キャロルに関しては、佐江ちゃんのキャロルはちょっと淡い記憶の彼方なのだが(おい)、そんなに不満はなかったと記憶している。ぼくは、がっかりした人のことはけっこういつまでも覚えてるので(性格わる)

新妻聖子ちゃんに関しては、今回すごく期待を膨らませて行ったので、その点不利だったかもしれない。

たしかに、歌は高値安定で期待を裏切らず。

ただちょっと、変な言い方だが、陰気っぽいキャロルだった。

大人びすぎてるというか。分別臭いというか。

原作ではキャロルは16歳なのだが、それは少女漫画だからであって、普通に、現代の女の子がタイムスリップして3千年前の人たちをひょえーっと言わせるほどの物理学・医学的知識を持っているとしたら、最低でも考古学専攻の女子大生か、もっと年上でいいなら大学院の研究者ぐらいにしないとなーと思う。

だから、別に無理に16歳ぽく演る必要はなかったと思うのだが、それでも聖子ちゃんのキャロルは雰囲気が落ち着きすぎてた(本人の見た目は十分少女っぽいのにな)

ぶっちゃけていうと、メンフィスより年上に見えたのである。

古代の人よりも「歴史上の知識」を多く持っているから、現代人の方が利口に見える、みたいな状況だったのかもしれないが。なんかうまく説明できない。

・・・ところであの人たち、何語で話してたん(そこは突っ込むな!)




男優たちについてですが、みなさん(やまゆう先輩も含めて/笑)見目麗しく歌もお上手だったのですが、申し訳ないのだが、いまひとつ押し出しに欠けたというか。

ぼくが殿下(浦井健治)を過小評価してるのかもしれないが、フィナーレのラインナップで最後に彼が出てきたときに、

「えっ?!殿下が主役だったの?!」

って思ったのである。

これは、殿下が“トップさん”(どこの劇団だ?!)にふさわしくないという意味ではなくて(『アルジャーノンに花束を』でも『デスノート』でも、ラインナップで殿下が最後に出てきたことに全く文句はなかったから)、メンフィスがこの作品の中心人物として描かれているように思えなかったという意味だ。

でも、それじゃキャロルが主人公なのか、と言われれば・・・て気もするし(でも、漫画では主人公はキャロルだと思うんだがなあ)

そこで、ヅカオタ丸出し意見で本当に申し訳ないのだが、

「メンフィスが主人公なんです、って舞台にしたいんなら、宝塚で上演すればよかったんじゃん」

と、心から思った。

そう思って振り返ったら、このお話すごくタカラヅカっぽいのだ。

トップさんがメンフィスを演じ、娘役トップがキャロル、二番手にこの上なくふさわしいイズミルというおいしい役ありーの、実力派娘役にうってつけのアイシスがいて、娘役二番手にはミタムンがあり、専科からイムホテップ役は連れてこれるし、組長と副組長にはミヌーエ将軍とナフテラがいて。ライアンは路線の男役にぴったりだし、なんつっても、今日観てて感じた、

「戦闘シーン、人数少な・・・」←

という不満が、タカラヅカがやれば一気に解決するではないか。

オギー(荻田浩一)にはすまないが、中途半端に“ヅカっぽい演出”をするんだったら、最初から本家に任せてしまえばよかったのになあと思ったことだった。

KIHACHIに行ったら、たこやきではなくオシャレなキュイジーヌをいただきたいのである(←気取りすぎて何言ってるかわからんが)






そんなわけで、ミュージカル版『王家の紋章』ファンの皆様には正々堂々と顔向けできない感想でした。


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