最高度に怒っていると、私の二人称は「貴様」になる。
実の父親、なまえのないかいぶつ、 過去に私を性的に折檻したテルミさんの愛人、双子の姉たち、 昔の小学校の担任、等々、色々「貴様」呼ばわりした人間がいるが。
最近では(内心だが)下の姉を「貴様」と呼んだ。
これがまた、面白いくらい自分の思うようにコトが進まないと ヒステリー起こす偽善者で、働かない(働けない)私たち母子を 軽蔑する眼差しを、一瞬、見せるのだ。
私がまだ20代で、家族からのうつ病の理解も無かった頃、 「働かざるもの食うべからず!」とか知った風なことを言って、 テルミさんが私の家に食料を運ぶのを何日も阻んで阻んで。 本当に私が何も食べられず、私の当時の体重が42kgくらいが普通のところ、37kgまで落とさせて、それでも、数字的には5kgしか減ってないし、 まだ平気でしょ!と、言い放ち、平然としていた。
が、実際に私の骨と皮のような様を見てから、 その容姿に、というか、その体重になってしまっても、 テルミさんがメシを運んでこなければ食べに来るだろうくらいに考えていて、 無抵抗でいるならまだ大丈夫だろうと思っていたらしく、 ひさしぶりに見た私の姿を見てショックを起こして吐いたりしていた。
まあ、私の方は亜紀は自分が後悔するようなゲスぶりを見せてから、 後悔して自分をいじめるある意味ナルシストなのは知っていたから 仮に私が死んでしまって、亜紀が一生許されない罪悪感に陥るなら、 それなら別に餓死しても良いくらいに思っていたし、 リミッターがなかなか働かない残虐性は父親似だな〜、とか 口に出したらそれこそ百科事典ででも殴られるようなことを考えた。
「亜紀ちゃんって父親似だよね。」 「美穂ちゃんのそういうところ、オジイチャンに似てるね。」
これらの言葉は禁句だったが、私がこのキーワードを使う時は、 本当にあれら双子の攻撃に耐えきる自信が無かった時だったし、 逆に認められないくらい、実感してるんだろうな〜と思うと、 面白くて面白くて、頻繁に、ベクトルを変えながら火に油を注いだ。
口論になると最終的に失うものが何もない私は 「いや、貴様ら父親そっくりやわ。子供作ったら似るんちゃう?」 「貴様らのそういうところ、オジイチャンそっくりやん?」等、
導火線に火をつけると、ふたりで私をボコり出すので、余計に、 テルミさんの耳に入るボリュームの声で「父親似!父親万歳!」と 繰り返し叫んで、双子が逆上して、テルミさんが私を助けに来ているのを 気がつかせないようにしていると、
「アンタら何やっとんの!?」とドアが開いて適度にこちらに 意識を向けていたので私を折檻している現場をモロに見られて、 しまった!と、双子が思った時にはもう時すでに遅し。
双子とは逆に小学校に入ってもヒョロヒョロのもやしっ子で、 殴ったら死にそうだし…と、あの暴力的な父親すら躊躇する華奢で 小さな私を痛めつけているシーンをテルミさんに目撃されて、 その度に、「学習能力ないなぁ。」と思いつつ、テルミさんが来ると 「怖かったの!」と、安心して泣き出すか弱い妹を演じたし。
双子は双子で、揃って幼稚園の年中さんの頃に既に小学校3年生に 間違えられるほどの巨体で、普段からお互いが居ないといられない どれだけ殴られようが蹴られようが死ななさそうな、 今の言葉で行くと「ラガーマン!?」みたいな体躯をしていたので。
余計に「ただ喧嘩してただけだよ!」と、言い訳しても、 贔屓目に見てもちょっと苦しい言い訳をするのだが、 テルミさんの背後に避難してから双子に向かって、舌を出すと、 それ以上の責任転嫁は無駄だという事が分かるので 双子はますます私を憎んだ。
まあ、可愛くない妹だったが、今の姿からは想像できない スレンダーだったので、美穂(上の姉)が、 「くうきはいいなぁ。何やったらそんなに痩せるの。」 「食べるの止めれば?」(←マジレスです。) 「…!!」(包丁が飛ぶ。)みたいなふれあい(?)で、 美穂とはそれなりに「まあ、昔は子供だったよね。」と、言えた。
しかし亜紀とは冷たい氷のような隔たりを感じたし、 アレを姉と呼ぶのは気が引けた。 美穂と談笑していても、亜紀が来るとすんと笑いが絶えた。
金遣いの荒い長女の美穂を金銭的にどれだけ援助したか、 いちいちカウントしていないので何百万稼いだか、覚えていないが、 亜紀の方は家計を助けるとかそういう概念は頭に無かったらしく。 「私は自分の使う分は全部自分で稼いでるんだから干渉してこないでよ!」 と、宣言して、自分だけは美穂に巻き込まれたくない宣言をしていた。 氷女のような目つきをしていて、言葉を交わすと心が冷えた。
私はと言えば、当時はもう立派な高校生になっていたので、 生徒指導室でバイト許可証を取得して、何股かけたか分からない程、 バイトをたんとし、勉強は学校の中でだけして宿題も持ち帰らず、 夕方からは働いていて、「母さん、これ…。」と5万円とか、 高校生にしては高額だろうが、テルミさんに差し出すと、 「こんなはした金!?」と言われるので、渡さなくなった。
すると、それはそれで「ごめんなさい、助けてください。」と、 頭を下げに来て、「私のお金ははした金なんだよね?」と、 テルミさんを責めると「ち…違う、あの時は頭に血が上ってて…。」 「は〜あ?冷静な時の5万円と怒った時の5万円ってそんなに差があるんだ?」 「それは…。」顔を上げかけたテルミさんが私を見て目を開いたので やっと気がついたのは、テルミさんを辛辣な言葉で攻撃しながら、 ボロボロと大粒の涙を流している私だった。
「学校では勉強で1番取って、夕方からは厨房のバイトして、 寝るのも惜しんでギター直したり、内職したりして、 冷蔵庫も常に満タンにして、家の食器はキレイに洗って、 亜紀の喘息の為に掃除機かけて、その上で5万円渡して! それが"はした金"だもんね!?貴様は何百万渡せば気が済むワケ!?」
「ごめん…くうきちゃん、本当にごめんなさい。でも、 くうきちゃんがそんなに頑張ってくれてるとは思ってなくて…。」
「じゃあお米は夕方に自動で炊けるの!?お皿は自分で自分を磨くの!? 冷蔵庫にはなんで猫のおやつのササミがいつも入ってるの!? 母さんが帰ってくる頃に御御御付けが温かいのはなんでなの!?」
「…!それもくうきちゃんだったの!? もうそれも美穂にやらせるからいいよ!」
「美穂は調べ物が下手だから論文書く時の資料を探してあげてるの! 妹にそんなことさせてる人間がお皿なんか洗う余裕あると思う!?」
「そこまでしなくても…」
「そこまでしなくて、本当に良いと思う? うちの長女は母子家庭なのに学部長表彰もらえるっていう、 それだけが美穂に対する母さんの誇りじゃないの? 勉強ができない長女では困るんでしょ?」
「ごめん、くうきちゃん。本当にごめんしか言えないわ…。 亜紀!何ニヤニヤしてるの!あんたこそ本当に家にお金も入れないし、 本当に勉強しか取り柄が無いんだからしっかりやりなさい!」
涙を拭いながら後ろを見ると、亜紀がいつもの面白くなさそうな、 ひんやりした眼差しを残して勉強部屋へ引っ込んでいった。
「亜紀こそ我が家の害悪なのに、なんで亜紀のコトは叱らないの?」
「くうきちゃん、姉妹なんてね、同じ電車の車両のお客なの。 くうきちゃんには悪いけど、お姉さんは選べないの。」
「じゃあ、なんで私を生んだの?」
「え?」
「前に、避妊リングからすり抜けてできた子だって言ってたよね。 じゃあ、中絶すれば良かったんじゃん。そしたらこんな環境で 血ぃ吐きながら働いて勉強してっていう人生送らずに済んだし。」
「血?血って何?」
「胃潰瘍だよ。こないだの胃カメラで解った。」
「そんなに!?」
「別に木村先生(故)がブスコパン出してくれるから平気だし。」
「ごめんね〜!本当にこんな母親でごめんね〜!」
「別に。あの双子が就職するまでの我慢だし。」
こんな風に高校を過ぎ、次の職場は東芝ということで、 安定したお給金をもらって、当時大学4年生だった双子を バックアップしてなんとか卒業させ、6年1ヶ月勤めている間に 精神を病み、病んでいることを自覚しないまま色々な仕事に就き、 冒頭の、怒ると「貴様」が出る"H"である自分が生まれたのでした。
まあ、もうちょっと貴様と呼びたい人は居るんだけど、 私をうつ病と認めず、ミュンヒハウゼン症候群扱いした、 茨城の心療内科のヤブ女医師とか。 この茨城の一年でうつと不眠が重症化しましたわ。
あと、金で上の姉の美穂を強引に娶っていったハヤシくんとかな。 うつ病なんか精神論でどうにでもなるみたいなことを言って、 結局1年間無駄にしましたわ。
しかも美穂の妊娠が判ると、妊娠何週目っていうのの計算を 起算日は受精した日とか間違ってしてて美穂の浮気を疑ったり。 美穂のつわりとかも軽く見てて、私がうつ病の辛い体を引きずって ごはんを作っていると、「美穂ちゃんのごはんの方がいいな。」とか。 すいませんね、元厨房人のごはんが美味しくないならそれ以上メシ食うなや。 …みたいな。
つわりが苦しいのは知っているから、一所懸命フォローしてるのに、 男は分らんやろうなぁ、二日酔いがひどい時に 「家、キレイにしといて。」とか言われたら誰でも爆発するのに、 つわりだと我慢しなきゃいけないの?
だから美穂にはハヤシくんが勤めに行っている間に 2ちゃんねるで「私、これでつわり収まりましたスレ」とか 調べさせて、マクドのポテトフライが結構(・∀・)イイ!!って! とか書き込みがあるとポテトフライ買いに走って食べさせたり。
兎に角、妊娠初期は心穏やかに過ごすのが一番だから、 つわり対策とキッチン周りを代わりにして、 掃除も、私が掃除機かけてる間は私の部屋に美穂を移して、 家中に掃除機かけ終わったら、ふたりで水戸黄門を観る、 みたいな生活パターンにして。
後は夕ごはんは、 これまたいちいちハヤシくんが美穂が料理をしているところを 見ないと気が済まないらしいので、まず私が下ごしらえして、 後はフライパンで焼くだけ!とか、チンするだけ!にしておいて。
ついでにハヤシくんの中では洗い物はあくまで私の担当らしいので 皿洗いは普通にしてましたね。 今日のごはん美味しかった?美味しかったよ。 とかいう茶番会話を聞きながらお皿洗ってました。 で、ちょっと振り向くと、美穂が「ゴメンゴメン」の ジェスチャーをしてくるので、 翌日、「だから妊娠初期は運動は多少しても良いけど繊細だからね?」と、 遠慮する癖を直しました。
で、茨城に預けられて約1年経った時「話があるから」と、 ハヤシくんに呼ばれてリビングに行ってみると、 「もう1年も遊んだんだから就職できるでしょ? 岐阜の会社に就職して、岐阜で一人暮らししなさい。」 「え、就職活動は?茨城に居て、就職活動は岐阜でするの?」 深く頷くハヤシくん。
美穂はどうするんだろう?一番最初にそれを思いついたが、 ハヤシくんには全部内緒で美穂をサポートしてきたので、 言葉を失うしかなかった。黙ってリビングを出た。
そして自分の部屋へ戻り、おもむろに自分のIP電話を取り、 かけたのは自分でも自分で驚いたけれど、実家にコールしていた。 「もしもし?」電話を取ったのは、家計にひとりだけ参加しないのを ハヤシくんにポッキポキに論破されて、今はテルミさんと暮らして 家計簿をつけながら生活しているハズの亜紀だった。
言葉に詰まったがなんとか、茨城に居ながら岐阜で働く就職活動と、 茨城に居ながら岐阜の部屋で一人暮らしのための賃貸住宅を探せと ハヤシくんに命じられた旨を伝えると、「はあ?」が第一声だった。 でも次の言葉には私が驚いた。「え、何?それって毎日美穂を、 フォローしてるの知らないから余計な物扱いされてるんじゃないの? 最悪やん!そんなひどい扱いされてるの知らなかった!ゴメンね。 そんな生活うつが酷くなるだけやん!もう岐阜に戻っておいで!」
それは心底自分が望んでいた言葉だが、テルミさんから出たのではなく、 亜紀の口から出たのに心底ビックリしたし、その変わりように何にも 言えなかった。が、ありがたい言葉ではあるので、「うん。」と答えた。
その日の夕食の時に「岐阜に帰るから。」と告げると、 ハヤシくんは「引っ越しは?あんなデカいPCとか持ってるのに 引っ越し屋くらい…」「もう決めてあります!」ハヤシくんの フラストレーションの解消のためのサンドバッグにされた1年。 それが終わるのだけが救いだった。
続き…気が向いたら書きます。 PCが固まるようになったので、一旦区切りで。
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