ささやかな日々

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2023年02月02日(木) 
黄砂が飛んでる、と誰かが言ってた。朝焼けを見つめてそのことを思い出す。微妙に霞んだ輪郭、色の帯。黄砂の垂れ幕が何もかもにかかっているかのよう。
再婚して10年。10年、という数字に自分が多分一番吃驚している。10年も保ったとは、と。そもそも10年前、彼は直前まで、両親の理解を得てから、と躊躇っていたのだった。私と私の娘とを悪魔呼ばわりし、疫病神と罵る義母や義父から、生まれて来る子を籍に入れるのは許さんとまで言われ、彼は迷っていた。子どもが欲しいと言ったのはそもそも彼だったのに。迷っていた。そんな彼を見て私は、突き放したような部分もあった。結局、彼は婚姻届にサインをしたのだけれども、それでもあの頃はもう、私の中で、この騒動に対しての線引きをしていたような気もする。正直、あまり覚えていない。忘れてばかりいる私は本当に都合よくできているなと思う。いいことも悪いことも次から次に消えていってしまう。
今日彼がこんなことを言った。結婚はまだ早い気もしていた、と。当時そういう気持ちもあった、と。でも今振り返ると、もしあの時結婚してなかったらこの10年はあり得なかったわけで、そうしたら俺は途中で自殺でもしてたかもしれないと思うことがある、と。そしてこんなことを言う。もし俺と一緒になってなかったら、君はどうなっていたんだろうね。
私は仮の話が正直よく分からない。

仮の話をし始めたら、際限がなくなる気がするからだ。あの時もし虐められていなかったら。あの時もし学校を辞めさせられていなかったら。あの時もし恋人からDVを受けることがなかったら。もしあの時レイプなんてものに出会っていなかったら。もしあの時。
きりがない。そしてすべて、考えてもどうしようもないと思えてしまう。だって実際そうなってしまったのだし、そうなったところを私はぎりぎりで生きてきたのだから、もう仮の話なんて考えるのも面倒だ、と思ってしまうのだ。
もしあの時結婚していなかったら。
私は娘と息子を抱え、シングルマザーとして生きていたんだろう。それは間違いない。そして娘はきっとそんな私を必死に支えてくれたに違いない。そんな私たちの間で息子は育ったに違いない。
そんなことを想像したからって、どうなるのだろう? 私にはよく分からない。

だから、うーんよくわかんないや、とだけ応える。

人混みにまみれ、だんだんと足元がふわふわふらついてくるのを感じながら、鼠色の雲が覆う空の下てくてく歩いた。普段自転車で突っ走るところを、彼と並んで歩いた。風が強くて、髪を下ろしていられなくて結わいた。ホットフラッシュが次から次に襲ってくるので彼が手を繋いできたとき吃驚するほど私の手が熱くて、彼が笑った。そんなふうに歩くのも本当に久しぶりだ。「10年後、どうなってるんだろうね。息子はもう独り立ちしてるのかな、そしたらはじめて、君と二人暮らしになるね」。ああそうだなぁとぼんやり思った。私達の間には娘がいた。そして息子がいる。最初から彼らが間に。そう考えるとなおさら不思議な気がして、ぼんやりしてしまった。
10年後を考えられるほど、私に余力はない。今ここを生きるのでいつも精一杯。
そもそももしかしたらふたり別々の道を歩いているかもしれないし、もしかしたら私が先にとっととあの世に逝ってるかもしれないのだし、すべてもう、分からない。未来は先取りなんてできないもの。だから、生きていられる。

何はともあれ、結婚10年。おつきあいありがとう。そしてここからまた、よろしく。


浅岡忍 HOMEMAIL

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