ささやかな日々

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2023年01月24日(火) 
手紙を貰った。想いが結晶している手紙を貰った。こういう手紙を貰うのはとてもとても久しぶりな気がした。
ひとつは刑務所からの手紙。とても率直な、まっすぐに響く言葉で綴られている。きっと一気に書いたのだろうなと思うその手紙は、これまでのそのひととは大きく異なるものが感じられた。読んでいて、なんだかとても嬉しくなった。
でも同時に、ここからだな、とも思う。ここからようやく始められる、そんな気がするのだ。これまではスタートさえしていなかった、そんな気が。時間がかかっても、私もまっすぐに返事を返さなくてはならない。そう思う。
もうひとつは友人から。先日写真集を送ったのだった。写真集への言葉がびっしり綴られた手紙。きっとこれを書くのに彼女は血反吐を吐くような思いを味わったに違いない。身を削って心を削って、それでも写真集を受け取って書いてくれたに違いない。それが分かるから、読んでいてぎゅうぎゅう胸が軋む。でも、こんな手紙は本当にありがたい。またここから撮ろうと思える。

減薬が始まって、すぐ現れたのは微妙な苛々。それと過食。
あと数日で記念日、だ。加害者プログラムで或る人が言っていたっけ、被害に遭った日を記念日って言うの変じゃないっすか、と。そんな日を記念日って言うなんておかしい、と。
あなたがそれを言うのですか、と私は心の中で少しだけ思ったのを思い出す。記念日なんてない方がいいに決まってる。そもそもあなたたちが問題行動を起こさなければ、こんな記念日は誰にもなくて済んだんですよね、と。心の中ほんのちょっとだけ思った。
でも同時に、これをどう伝えたら彼らにちゃんと伝わるのだろう、とも。
あれから一年。今年もまた記念日反応について語る日が来る。今週末が加害者プログラムの日だ。記念日の翌日。
そうか、私は28年を生きたことになるのか。被害に遭う前より、被害に遭った後の方がずっと長く生きていることになるのだな、と、改めて思うと、何と言うかこう、不思議な気がする。私の生は、もはや、被害後の方が長くて、つまり被害後のPTSDや解離性障害を背負ってからの方が長くて、つまり。
そういうことだ。私の生は、そういうものなしに語れなくなってきてしまったのだな、と。そのことを、思う。
もちろん、被害は私の一部であって全体じゃあない。決して全体にはならない。被害だけを取り上げて私を語ろうなんて冗談じゃあない。御免被る。私の生は、誰に踏みつけられても、足蹴にされても、私のものであり、私以外の誰のものでもなくて。孤独だった幼い頃の自分も、DVに遭っていた頃の自分も、生き辛さに喘いで息切れしていた頃も、被害に遭ってそれまでの日常がひっくり返ってしまった自分も、すべてすべて、私のものだ。今のこの、ささやかな日常も、私の。大切な大切な私のもの、だ。私の生、だ。
この全体をどう語ろうとも、語り切れるものではなく、たとえ語り切れたとて伝わり切るものではない、と。そのことを思う。
私にできるのはだから、ただ、ここに在ること、のみ。余計な装飾は、要らない。

誰かに想いを寄せていると、その誰かの気がしんしんと伝わって来る。波のように寄せては引いて引いては寄せて来る。私はただ、それに耳を澄ます。
饒舌な波もあれば、寡黙な波もある。夜は、そうした波に耳を澄ますのに、うってつけの時間だ。特に真夜中過ぎ。まさにその言葉通り、夜がしんしんと更ける頃。

今夜は風が暴れまくっている。夜の只中を荒れ狂いたい放題に暴れている。よほど伝えたいことがあるんだろうなと耳を澄ます。サスケがこちらをちらり見る。頭を撫でてやる。そんな今夜。横浜にも、雪がちらついたらしい。明日は冷えるな、きっと。


浅岡忍 HOMEMAIL

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