ささやかな日々

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2022年12月14日(水) 
Kさんらと共に佐賀に行ってきた。Mさんに会いに。三年前会った時にはベリーショートだったMさんの髪の毛は肩まで伸びていた。パーマかけたの?と訊ねたくなるくらいいい具合にくるんくるん巻いていて、何だか女っぽい匂いがした。黒のダボッとしたワンピースを着て、赤いインド綿の布を肩に掛けて。くっきりした色が相変わらず似合う人だなぁと思いながら見つめる。苦労が多すぎたせいで皺が痛いくらい刻まれている。顔の半分が麻痺しているせいで笑顔が歪になるのだけれど、でも皺がくしゃっとなって可愛らしい。もしMさんが被害に遭わないで生きてこられたら。きっととてもとても、魅力的な女性であったに違いない。被害の二次被害三次被害が積もり積もって、これでもかというほど彼女の細い肩に圧し掛かっているのが分かる。見つめているだけで胸がぎゅうとなる。
KさんとMさんが手を繋いで歩く姿は、午後の柔らかい陽射しも相まってか、何だかとても切なくいとおしく見えた。このまま何もかもが天に昇華されてしまえばいいのにと思わず願ってしまうくらいに。
撮り始めたのが2016年だったか何だったか。私はもう忘れてしまった。書簡集で展示を為すのはこれが最後になります、とKさんに葉書を出したことがKさんの思いを動かしたんだと後になって私は知った。撮るなら今しかない、と、Kさんはそう思ったという。
それから何年も、途中コロナがあったりKさんの腎臓移植手術があったり、もうダメかなと思うこと多々、それでもここまで漕ぎつけた。この佐賀の撮影を最後にしよう、とKさんが言っていた。
だだっぴろい土地。どこもかしこも田畑。数年前火事で焼けたMさんのお家。今はだから借家住まい。人間誰しもそうなんだろうけれども、失ってみてはじめて、モノの価値、その重さに気づくものだ。Mさんは焼け出されてみてはじめて、この家こそが自分の帰る場所だと思ったに違いない。でももうそれは後の祭りで。すぐ建て直すつもりだった家は建たないまま今日に至る。
「ご飯を食べた途端蘇ったの。あの時口の中に突っ込まれたペニスのこと。何度も、切り落としてやるって思ってしまう」というMさんは、その日以来ご飯が食べられなくなった。炊きあがったお米の独特な匂いが、彼女を追いつめる。
Mさんがスケッチブックに描いた、いつか絵本にしたいという「ねむれないこのために」を見せていただいた。クレパスの青がどこまでも深く広がっていた。青。青。青。
描く絵の青は、彼女の涙の海みたいだ。やわらかく澄んで静かに佇む。彼女がしょっちゅう見せる激情とは正反対の、静かな青。きっとそれが本来のMさんの心のありようなんじゃないかなんて思うことがある。被害さえなければきっとそうだったに違いない、と、私は勝手に思っている。澄んだ涙の海の青。
別れ際、思い切りハグした。私にはまだ、たとえば三年後というものがあったとしても、MさんやKさんに三年後五年後というのはどうなんだろうか。少なくとも、当然あるもの、ではなくなっているに違いない。だからこそ、思い切りハグした。Mさんに私は、「またね!」と言った。たとえもう二度と会えなかったとしても。でも、それはそれでいいのかもしれない、と今なら思う。自然の摂理。


浅岡忍 HOMEMAIL

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