2022年12月06日(火) |
あっという間にカレンダーが最後の一枚になった。師走とはよく言ったものだ。まさに駆け足で日々が飛んで過ぎてゆく。
加害者プログラムで、時間の最後に円枠を使っての図をみんなに描いてもらった。顕著に表れたのは、誰も中心に自分を描かない、ということ。父母の像が自分の倍以上の大きさで描かれること。 人生の主人公は、当たり前だが、自分、だ。自分が舞台の主役。と書いたが、私も若い頃はそれがよく分かっていなかった。「父の為」「母の為」、要するに自分を生きていなかった。いつだって、誰かしらの目を意識し、誰かしらの思惑を意識し、それに沿うように行動していた。でも。 私の人生を生きることができるのは、私自身以外にいないのだ、ということがようやく腑に落ちてから、ずいぶん変わった気がする。ちなみに私は昔、円枠の内側に自分の像を描くことができなかった。自分はいつだってカヤの外、外れている人間、異端な人間、というふうに括っていた。 こういうものを、家族の会に出席してくれている方たちと共有した方がよいのでは、と、S先生に伝えはしたのだが。そもそもそれを共有してもいいかと描いたひとたちに許可を得てからということになるし、ちょっと難しいかも、という返事が。 この、父母の像が自分の倍以上の大きさで描かれている、そのことが象徴するものをちゃんと共有した方が私はいいと思う。ちゃんと考えた方がいいと思う。そのことだけは、伝えた。
そういえば先週、Kちゃんと会ったのだった。Kちゃんから連絡があって、二人展がしたい、という申し出を受けたのが先月中頃だったか。もちろんと応えて、ふたりであれこれ考えてとあることを思いついた。早速取り掛かっている。さて、それがどういうふうに進行するか。分からないけれど、「どきどきしますね!」というKちゃんの嬉しそうな表情が、私は嬉しい。
人生の残り時間を数える方が早くなった、と自覚してから、ちょっと、自分の内側の何かが変わって来た気がする。基準のその線の置き所、というか、そういうものが微妙に変化した、というか。 たとえば、昔だったら構わず関わっていた問題でも、今はもう距離を置こう、というような。もうこんなことに関わり合っている時間は自分にはないな、という気持ちがふとした時に生じるようになった。本当に関わりたいことなのかどうなのか、ということを自分に常に問いかけるようになった。
昨日はCちゃんがうちに遊びにやってきたのだけれども。楽し気に話しているけれど何か心がいっぱいいっぱいな顔をしているなぁと思っていたら、帰り際立ち寄った珈琲屋で、涙をぼろぼろ流すCちゃんと出会った。ああやっぱり、と思いながら、隣に座っていた。 白か黒、0か100、こっちが丸ならあっちは×。どちらかしか、ない。そういう感覚、私も若い頃は強くあって、よく自分を否定しにかかった。だから、Cちゃんがそこでじたばた足掻いている気持ちは、とてもよく分かる気がした。 「私、モノクロ写真を実際にやって、よかったな、と思っていることがひとつあって。それはね、白か黒か、しかなかったら、写真は成立しない、ってことに気づいたことなんだ。白か黒しかなかったら輪郭線しかない写真になってしまう。そう思わない? 白と黒の間に夥しい数のグレーが存在していて、それが存在しているからこそ写真が生まれるのだなぁって気づいて、なるほどなぁって思ったの。人生もそれと似てると思わない? 白か黒か、じゃなくて、白と黒の間にはグレーのグラデーションが、夥しい数のグレーが横たわっていて、そのグレーこそが人生を味わい深いものにしてるんだよね」。そんなことを確か、Cちゃんに話した。「だから、Cちゃんの中にあるこの両極を、矛盾、と捉えるのではなくて、どちらかがよくてどちらかが悪いって捉えるのではなくて、どっちもありだよね、じゃだめなのかな? どっちも丸。どっちもまずは抱きしめて受け止めてあげる、って、とてもとても大事なことだと思う。自分をまず受け止め認めてやるって、実は自分自身にしかできないことだと思わない?」。 偉そうにあれこれ話したけれども。私だって二十や三十の頃はそんなのできやしなかった。どっちかしかない、と極端から極端に走っていたし、自分をジャッジしてばかりいた。でも。 自分をジャッジして、自分を否定して、そうしていても何もいいことはないな、ということに気づくことができてから、少しずつ変化してきた。まぁそうは言ってもまだまだ発展途上なのだけれども。でも、人間そんな簡単に完成されるものじゃぁない。死んだその時、はじめて、そのひとの全体像ってちゃんと浮かび上がるものなんじゃないのかな。 「またお茶してくださーい」と大きく手を振って改札口を潜り抜けるCちゃんを見送り、雨の中バス停に向かう。冬の雨は冷たい。でも、こんな夕は冷たい雨さえほんのりあたたかく感じられる。ひとの心の不思議。 |
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