2022年10月22日(土) |
見事に多くのことを忘れ去ってゆく。
医者から、あなたは四六時中解離しているからそうなって仕方がないのよ、と云われている。それでも、あまりの記憶の欠落度合いに、呆然とすることはある。覚悟していても、そうなる。 昨日すでにやっていたことを、再び今日為す、なんてことは日常茶飯事。覚えていないから平然とそれを為す。或る程度為してしまってから、何故か同じものが手元に二つあることに気づかされ、愕然とする。買い物でも、昨日買ったものを今日再び買ってしまって、冷蔵庫に同じものがいくつも、なんてのは普通にある。 日常的に解離していると、しかも私のように解離と健忘とがいっしょくたになっていると、要するにそういうことに、なる。 家人は敢えて何も云わない。もう慣れてしまったのかもしれない。息子は時々気づいて、母ちゃんこれ同じものあるよ、と突っ込んでくる。突っ込まれて、穴があったら入りたい気持ちにさせられること多々。 「そういうものなんだ、と受け容れなさい」と医者には言われている。でもこの、受け容れるというのが時に、一番難しかったりする。
切った髪は、鎖骨の辺りでふわふわしている。まだ慣れなくて、ちょっと居心地が悪い。いや、悪いともちょっと違う、何と言うか、この歳になっておかしなものだけれども、微妙に恥ずかしい。慣れていないというのはそういうことなのか、と改めて知る。
大船という場所には、振り返ればいろんな思い出があるな、と今日、帰り道に思った。小学生の頃通った唯一の塾がこの街にあった。私が母に気づいてほしさに万引きをしたのもこの街だった。高校の頃、学校にいられなくて電車に乗っては江の島に行き、その帰り道ここで乗り換えたものだった。あの頃は駅前すぐに本屋があって、そこによく立ち寄った。 そして今、プログラムに出席するために折々にここに来る。今日もその日だった。
池袋でのプログラムと違ってここはまだ参加者が少人数だから、ひとりひとり、顔と名前が分かる。どんな問題行動をもっているのかもメモしている。だから打ち合わせ時、S先生に、今日はみなさんどんな具合ですか?と訊ねる。最近誰それさんが落ちてますねぇ、とか、停滞モードですねぇとか。今日久しぶりに誰それさんが出席するんですよ、とか。今日は誰それがこんな具合ですねぇ、とか。そういった先生の言葉、気になることは全部メモしておく。 私ひとりに対して彼らは大勢。少人数といえど大勢。だから、事前にこういった些細な情報でも分かっておくのとそうでないのとは違って来る。 今日はプログラム中に、おもむろに薬を飲み始めるひとがいたり、決して目を合わせようとしないひとがいたり。かと思えばプログラム終了後に声をかけてきてあの時はすみませんと言い出すひとがいたり。
依存症って何なんだろうと最近よく思う。
誰もに或る程度の依存がある。関係依存、行為依存。私にだってある。それが病的になった時はじめて依存症と呼ばれるけれど、その時被害者がいるのといないのとでは、その後に天と地の差ができてしまう、気がする。私にはそう思える。 私が向き合うのはその、被害者を多数産んできてしまった彼らなわけだけれども。 彼らと向き合いながら、私は確かに今ここに被害者として居るけれども、でも、といつも思う。一歩間違えば私だってあちら側に座っていたかもしれないわけで、それは私に限らず誰もがそうなり得ていたかもしれないわけで、そういう切実さでもって、この、線のこちら側とあちら側を意識し生きてる生活してるひとたちがどれだけいるんだろう、と、そのことを思うのだ。 決して自分は被害者や加害者になどならない、と、たいていのひとは思っている。それがふつうだ。でも、実際は、誰もが被害者にも加害者にもなり得てしまう。いつだって誰だってどちらにもなり得てしまう。それが、私たちの世界。私たちのありよう。 |
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