ささやかな日々

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2021年03月11日(木) 
ぼんやりと霞んだ早朝の空、まだ太陽は昇ってきていない。濃紺から橙色へのグラデーションも霞んでいる。空全体に塵が舞っているかのように。私はそんなぼんやりした空を窓のこちら側から何となく眺めている。
夜明けの合図は、鴉の声とともにやってきた。鴉の一声。かぁぁ。南東の空のグラデーションを掻き切るかのような一声が響いて、それと同時にこうこうと燃える太陽の臍が、ちらり地平線から現れる。
洗濯物をベランダに出す。プランターを振り返って、昨日蕾だった菫がくいっと首をあげているのを確かめる。この蕾はもう咲く。陽光がここに届く頃にはきっと開いてる。私はしゃがみこんでその蕾をじっと見つめる。この子は紫色だ。死んだ祖母の大好きだった色。
クリサンセマムも勿忘草も咲き乱れている。薔薇の樹からはそれぞれ新芽が萌え出している。私がこんなふうにしゃがみこでいてももう寒くはない。春なんだな、と、気づいたら声が漏れる。

私は春が正直苦手だ。ぼんやり霞んだ今日の空みたいに、何もかもが霞がかって見えてしまう。卒業式、入学式、卒業生、新入生、前向きに前向きに、というような世の中の雰囲気が、どうにもこうにも鼻について感じられてしまう。どうしてそんなにみんなして一斉ににこにこしなくちゃならないような空気になるんだろう。涙したり笑顔になったり、場面場面に合わせてとりつくろわなくちゃいけない。そういうのに、私は早々に疲れてしまう。
植物たちが一斉に萌え出して、歌い始めるのもこの時期だ。一斉に生命が蠢き出す。確かにそれは、命の塊のような季節で。尊いのだろうけれども。
私はもうすでに、冬が恋しくなっている。嗚呼。

家人が仕事で留守。ふと思いついて、ワンコを片手で抱き上げてみる。ワンコの体重はほぼ25キロ。どうかな、と思ったのだけれど、なんだ、やってやれないことはないじゃないか。すうっと持ち上がってしまった。
早速ワンコと散歩。どのくらいぶりだろう、1月末の怪我以来だから、ほぼ2か月ぶりか。久々だね、なんてワンコに話しかけると、まるで分かってますよというような表情でこちらを見やる。今日はしょっちゅうふたり目が合って、私はちょっと笑ってしまう。
ふと思い出す。川崎鷹也の歌の歌詞に、会えなくなることよりも喧嘩できなくなることが悲しいというようなフレーズがあって。ああ、本当にそうだなと思う。本気の喧嘩って、心許した相手とじゃなきゃできない。喧嘩ができなくなるってだからつまり、その相手を失うということ。これが悲しくないわけが、ない。散歩中私は、そのフレーズだけ繰り返し口ずさむ。あたたかい、夕。


浅岡忍 HOMEMAIL

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