ささやかな日々

DiaryINDEXpastwill HOME


2021年02月14日(日) 
春のように穏やかな一日。クリサンセマムがこぞって咲いて、強い風にざわわと揺れる。小さな細い花弁は、いっぱいに開いて陽光に向かっている。その花弁を風が容赦なく嬲る。それでも決してめげない花。一心に陽光に向かって。その姿に私は心が震える。

バレンタインデーということで、息子とオットにチョコレートの入った紙袋を渡す。息子は大喜びで早速封を開けぱくつく。「美味しいねえ!これ!美味しい!」満面笑みの表情を見ているとこちらが幸せになってくる。ありがたいことだ。
たとえば当たり前に散歩に出掛けること。
たとえば当たり前に買い物に出かけること。
たとえば当たり前に箸を持つこと。
たとえば当たり前にご飯を食べること。
そうした「当たり前」がちっともできなかったこの数週間だった。右腕を酷く傷めたせいで箸を使うのも難儀し、激しい頭痛と嘔吐に四六時中見舞われていたからむしろ黄緑色の胃液を目にすることに慣れてしまった。まっすぐ歩けなくてふらふら廊下を歩くのが精一杯だったりして、だから「ちょっと買い物に」なんて芸当も特別なものになってしまった。
そう考えてくると、健康ってありがたいなあとつくづく思う。当たり前にご飯を食べて当たり前に歩いて当たり前に座って。そういう「当たり前」は、実はちっとも「当たり前」なんかじゃないんだな、と。改めて痛感する。

風が午後になってもびゅるびゅると吹いているそんな中、自転車をゆっくり漕いで近くの店まで出掛けてみる。不自由な右腕でも自転車は乗れる。電動自転車サマサマである。
トイレに入ってズボンを上げ下げすることにも難儀していた頃は過ぎて、何とかズボンを上げることもできるようになったから、試しにセール品のGパンを試着してみる。買わなくてもいい買い物なのだろうけど、履けたのが嬉しくて購入することに決める。怪我回復記念とでもいおうか。

とにもかくにも。
日常はやっぱり「日常」で。当たり前はやっぱり「当たり前」なんだな、と。
かぎかっこ付き、その程度が、私には一番しっくりくるな、と、納得する今日この頃。


浅岡忍 HOMEMAIL

My追加