てくてくミーハー道場

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2018年03月18日(日) 宝塚歌劇団花組公演『ポーの一族』(東京宝塚劇場)

この作品の上演決定の一報を目にしたときのぼくの偽らざる心境は、

「お願いだからやめて(;;)」

でした。

これまで実にさまざまなマンガ原作を、あるときは歴史的名作にまで昇華させ、あるときは目も当てられないほどレイ○(すみれコード)してきた宝塚歌劇団。

でも、ぼくにとってはほとんど他人事でした。

だって、別に知らなかった作品ばっかりだもん(←エゴの塊)

だが今回ばかりは。

ぼくがこの長い()人生の中で、後にも先にも、絶対不可侵を守り抜いてきた不朽の聖域。

それがとうとう踏みにじられるのか(号泣)



(ちょっと待て。なんで失敗すると決め付けるのか)



だってさ、主人公は(見た目)14歳の美少年なんですよ?!

“美”部分は何とかなるのは分かってますからいいんです。

が、タカラヅカのトップ男役さんてのは、たいてい20代後半から30代ぐらいまでの「青年」を演じるのが常でしょ?

たまに回想シーンで10代時を演じたりするけど、それはあくまで別時空のものであって、どうしても子役芝居になる。

最初から最後まで「14歳」を不自然さなく演じることができるんですかっ?!

できるんならやってみろ!










できていました・゚・(ノД`;)・゚・←嬉し泣き

お見事でした

すみません。宝塚を舐めていて。

いや、明日海りおを舐めていて。

小池修一郎を舐めていて。

ほんとうに、ほんっとうに、すみませんでした!(本心)





まず小池先生をほめますが、「この作品を劇化するために宝塚に入った」と豪語するだけあって、美意識に頑ななほどの絶対的自信を持つ原作ファンの反感を、ここまで華麗にかわした才能、実におみそれしました。

これまで小池先生の“原作モノ”を観てきて、『銀河英雄伝説』みたいに説明役出されたら絶対やだなーとか、『るろうに剣心』みたいに、原作にいないキャラクター出されたらやだなーとか、心配は本当につきなかったのです。

それがなかったことが(まあ、「説明役」はいたにはいたけど、あれって原作にもちょっと出てくる人たちだから)とにかく嬉しい。

そして、あの長いストーリーをどうやってまとめるんだ?と思ってたんですが、その辺はこれまでの原作モノの数々で慣れてらしたようで。

アート男爵家のくだりをあんな短時間に大幅カットするとは、逆に大笑いでした。

なので、トップ娘役をメリーベルではなくシーラに当てた理由も納得。

確かに原作マンガは、最初のうちはエドガーよりもメリーベルが軸になってる王道の少女マンガで、そのうち「美少年ブーム」がきてエドガーに軸が移ったと記憶している(というより、エドガーというキャラクターが生まれたから美少年ブームが起きたとも言える)

そこを、すっぱりと短縮。

オンナコドモが観るのに(逆に、だからこそ)、主人公はあくまでも男、という宝塚歌劇のルールを遵守。

原作ではけっこう後になってから出てくる「エドガーがポーの一族である理由」を時系列でやったことも、舞台作品として正解だった。


ただし、二つだけどうしてもダメ出し。

一つ目。

「エドガーダンサーズ」出すな。←!

ああいうのはぼくはダメだ。

『エリザベート』の黒天使は、元々いる人たちなのでかまわない。

でも、「エドガーダンサーズ」は要らん。

シリアスな場面なのに、原作に思い入れのない人たちに笑われる感じが、どうしても不愉快(こら)でした。

何だろ、ああいう演出を何にも感じず見てしまえるときもあるんだけどねえ。

思い入れが強いと、どんな小さなことでも気になってしまうわけですな。


二つ目。

(ネタばれになるからボカします)あの二人を、クレーンに乗せるな。←!!

ガクガク揺れるお盆の上で歌わせるな。

興ざめですよ。オスカルの白馬(2006年『ベルサイユのばら』オスカル編)ぐらい失笑モノでしたよ(p;)

天空を駆けるイメージだったんでしょうけど、いかにタカラジェンヌが細かろうと、実際引力には逆らえぬ生身の人間ですぞ。

正直見ててヒヤヒヤしました。まあ、安全は担保してるんだろうけど、とにかくガクガク揺れるのが許せなかった。





さて、ダメ出しをしてすっきり()したところで、あとは賞賛一方となります。

とにかく、みりおが素晴らしくて・゚・(ノД`;)・゚・(←2回目)

子供時代(って、エドガーはずっと子供だけど。えー、書き直します。一族になるまえのエドガーね)の芝居も、さほどわざとらしくなく(贔屓目かしら?)

ぼくが一番好きなのは、(ここはもう一族になった後だけど)セントウィンザー転入初日に同級生たちに意地悪されて、

「この足だよっっっ!!!」

と蹴飛ばすところ。

めっちゃ子供らしいシーンで、みりおの声色も子供っぽいんだけど、なよなよしさが皆無。

原作を通して読むと分かるんだけど、エドガー(実はアランも)ってすごく気が強いんだよね。

言葉遣いが独特なので(「父さま」とか「〜ごらん」とか)なよなよしく捉えられがちなんだけど、実はまったく違うんです。

そういや、この辺の言葉遣い、あんまり耳につかなかったな。ぼくは原作オタだから感じなかったのかな。それか、初見の人たちがギョッとしないために、うまく薄めてたのかも。


そして、実はここを一番デカい字で書きたいのですが、ホテル・ブラックプールの螺旋階段にポーツネル一家が姿を現すシーンがもう衝撃的過ぎた。。

エ、エドガーがそこにおる!(@_@;)

実物大(エドガーって身長169センチかなあ?←)のエドガーが!!!!!

思わず「ぎゃっ」と声が出そうになったほどです。周りのお客さんに迷惑なんで出さなかったけど←

「マンガから抜け出てきた」なんてことをよく申しますが(いきなり落語?)、今日、初めてそれを現実に目撃しました。

何なの、あれは。あれは何だったの?(ておどるさん、しっかり!)

いやー白状しますが、最初のうちは、「ほぉー、みりお頑張ってるじゃん」ぐらいの生ぬるい気持ちで見てたんすよ。

若干の違和感は見逃してあげるからね。ぐらいの上メセで見てたんすよ。

それが、それが・・・・・・ううっ(>_<。)

もうこのシーン以降、「ああ、エドガーが動いてるよう・・・実際にしゃべってる(なぜか日本語で←コラ)よう・・・うふ、うふふふ」(だ、大丈夫?!/汗)と笑いを堪えることができない危ない人と化したぼく。

プログラム見るまで知らなかったんですが、今回みりお始め主だった役の生徒たちはカラコン入れて原作と同じ色の眼にしてたんですってね。

実は「そこまでせんでも」と思ってます(映像化するからそこまでやったのかな)

だって、客席からはそんなん分からんし、分からんでも、ちゃんとそう見えたから。

あの、ほっそりとした「大人になれない」元祖美少年の権化とも言える姿が、実際に目に飛び込んできたときの衝撃は、しばらく忘れないでしょう。

そうか、このせいなんだな、「エドガーダンサーズ要らん!」と思ったのは。

みりおと同レベルのスタイルじゃない子(お、お黙り!/汗)がチラチラ混じってたから耐えられんかったんや。

そして、14歳のエドガーを無理に子供っぽく演じていなかった点も重畳。実際、マンガの中のエドガーは大人っぽいしね(ブラックプール出現時点で約100歳だし←)

ここで前述の「この足だよっっっ!!!」が出てくるんです(笑)

こんな風にアンビバレンツなところが色気になる。鉄則ですね。

ただ唯一「うーん」と思ったのは、原作オタとしても「ここに一番気合をこめてほしい」と思った印象的なセリフ、

「おいでよ、ひとりではさみしすぎる」

を、薄笑いで言ってたところかな。

ここ、原作のエドガーは笑ってないので。

おそらくみりおとしては、アランが思わず引き込まれるようなエドガーの妖しさを出そうとしたんだろうけど、原作クラスタとしては、「そこはそうじゃない」と申し上げたい。

ここは、エドガー自身の、絶対的な孤独感が出ているシーンだから。

なんか『ポーの一族』全体を知ってると、アランてエドガーに比べて幼稚で問題児(実際そうなんだが/苦笑)っぽく感じるんだが、実はエドガーだってそれほど達観してるわけじゃない。

ここは、唯一と言っていいほど、エドガー「が」アランに頼るシーンなんだ、とぼくは思ってる。

だから、ここでエドガーは、一世一代のプロポーズ(たとえがダサいが)ぐらいの覚悟を持ってアランを誘ってるのである。そんな気合をこめて「おいでよ」って言ってほしかった。

・・・暑苦しいですか?ぼく(うん、多分)



さて、みりお以外の生徒さんたちの話はもうざっと(愛の濃さが・・・)にしますが。

今の花組、歌ウマ生徒が路線にそろってて本当に嬉しい(雪も宙もすごいけど)のだが、男役二番手が歌が弱いってのがプチ悲しい。

二番手ミキシングはしてもらってたようだけど、トップの二人や三番手(は、ちなつちゃんだとぼくは信じる)が段違いにうまいので、どうしても聴き劣りが。

そこはもう事前に覚悟してたので、とりあえず「原作クラッシュしてないか」という点に注目しました。

うん。この辺は大丈夫(そんなに感心はしてない様子)

アランてもっとはねっかえり(もっと言うならガキっぽい)なんだけどなあ。

カレー(柚香光)はどちらかというとノーブルな雰囲気を持っている子だから、組事情の弱点が出てしまった感じ。

だからと言って他の誰かがアランを演ったら、ちなつちゃん(鳳月杏)の絶品クリフォードはないかもしれなかったわけだし。

ただ、「ここは素晴らしい」と思ったのが、ほとんど終盤になってしまうんだけど、ガブリエル・スイスに転校してきた二人が登場するシーン。

下手でルイスがエドガーに話しかけてる隙()にアランがやや上手奥から現れるんだけど(ここはカレー贔屓には超ごちそうの場面です)、すっかり雰囲気が神秘的になっててゾクゾクしました。


も、もしかして『小鳥の巣』編、あり?!((◎▽◎o)))ワクワク期待と不安がフィフティーフィフティー


どうせやるならこの布陣で・・・と思うぞ。だが、あと何年みりおが(言わないで!/悲痛)



全然「ざっと」じゃねえな。

すみません。他の方たちのことは割愛させていただきます。

最後にまた小池先生の話になるが、セントウィンザーとかガブリエル・スイスとかの、「外国の学校の男子生徒たち」を描くのが妙に上手いね小池先生って。

『PUCK』ですでにその萌芽があったんだな今思うと。

というか、これが宝塚歌劇団という劇団の大きな特徴なのかもね。

モブシーンのまとまり具合がはんぱないという。





さて、ラストシーンででかい波紋を作ってくれました小池先生。

まあ、歌劇団て、「続編くるぅ?」と思わせといて結局やら(れ)ないということも多々あるんで(おい)

下手な期待はせずにぬるく見守りたいと思います。


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