てくてくミーハー道場

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2016年02月20日(土) 『Honganji』(EX THEATER ROPPONGI)

今タイトルを打っていてふと気づいたのだが、日本の戦国時代を題材にした完全時代劇(若干SF風味入ってるけども)なのに、タイトルもコヤ名も全部アルファベットですね。

敗戦以来、太平洋の向こう側にばかり気を取られている日本を象徴しているかのようです。





てなナショナリスティックな感想はさておきまして、お芝居の感想です。

内容は、タイトルが示す通り、“織田信長対石山本願寺”の10年戦争(いわゆる石山合戦)を描いています。

つっても、ぼくはそんなに歴史に詳しくないので、最初「Honganji」を「Honnouji」と読み違えて、信長の死を描いた作品なのかと思っていた。

ちなみに、バンバンネタばれしますので、そのつもりで読んでください。











確かに、本能寺における信長の最期もラストシーンで描かれるのだが、ストーリーは最初に書いたように、石山合戦の10年間が中心である。

この辺の時代背景の作品になると、ぼくにはどうしても劇団☆新感線がお手本になってしまう(『髑髏城の七人』がまさにジャストミートしている)のだが、こちらの作品もとても面白かったです。

この時代の登場人物たちって、なにせキャラが立ちまくってるからね。

演劇や映画に限らず、ゲームの世界でも鉄板の世界観じゃないすか。

どう料理してもおいしくなるというか(あれ? 褒め言葉になってない?)

歴史もののセオリーである「歴史的事実では嘘をつかず、その出来事の背景で大きな嘘をつく」という手法で、納得できるお話に仕上がっていました。

一番びっくりした大嘘は(これはネタばれかな・・・?顕如をちかちゃん(水夏希)が演じるって事前に発表されてるからなー。でも、“男役”って手もあっただろうし、やっぱ観に行って初めて「えええ?!」って思ったから、やっぱネタばれかな?)、本願寺第十一代門主の顕如を“女”にしたところかな。

顕如の幼名が「茶々」(女の子の名前みたい)っていうのは本当なんだね。ぼくはてっきり信長の姪(後の淀殿)とかけてるのかと思った。

ここで非常に気になったのが、顕如が女だったんなら、じゃあ、息子の教如の父親は誰なんだ? つうことで、これがまさかの(ここはさすがにネタばれできない・・・って、ばらしてるようなもんか)

なんか、そうなると話が生臭くなってヤダとぼくは思ったな。顕如は男のままでよかったんじゃないの? ほら、最近は市民権を得てるし(何が?)

いやそれどころか、日本ではこの時代から当たり前のことだし(だから何が?←)


まあいいでしょう、これに関しては(話がややこしくなるのでごまかす)





※ 一日経って、ふと思ったというか気づいたのだが、劇中、顕如が“女”であるとは一度も明らかにされていなかった。もしかして、顕如は史実どおり“男”という設定だったの?

うわー、それにしては、(以下、言葉を濁すが)元雪組トップスター、“大浦みずき以来のマダムキラー”の異名をとった水夏希を擁したにしては・・・。

ちかちゃん、どういう心積もりで演じたのだろう? また、演出家はあれを「良し」としたのだろう。

いわゆる「タカラヅカ臭」を排除したかったのだろうか。

その気持ちは解らないではないが、観客に誤解をさせてしまうようでは本末転倒ではあるまいか。




役者連について。


陣内孝則は、ドラマや映画はともかく、舞台俳優としてはぼくはさほど買ってなかった(最初に観た『イーストウィックの魔女たち』で、元ロックシンガーのくせに歌が全然下手だったから←怖いもの知らず)のだけど、今回の信長は良かった。

キャラ立ちしてるもんね信長って(ほ、ほめてない/汗)

ただ、よく考えたら(これは陣内さんだけではなかったが)、この芝居、話の中で10年の時が過ぎてるのに、それをきちんと描いてないんだよなあ。3時間弱の話の中で、誰もちゃんと年とってない。そういう脚本だったのかしら。だったらしょうがないけど。


ちかちゃん。得意なダンスをひとかけらも披露せず、ただ端然と立ち、歩み、語るのみ。

まあ、その立ち姿がまた美しいから成り立っていた役ではあるんだが。

ただ、ちかちゃんは「な行」に難があるので、そこが若干気になったかな。


モロ(諸星和己)。この人も“いつものかーくん”的な役作りではあったな。滑舌もいいし、体もよく動くのでいい出来なんだが、どうも、常にぶっきらぼう。ただ、いつまでも若く見えるのは大変良いことだと思う。特に今回のような役には合ってた。


市川九團次(高島屋)

まあね。(←?)いっとき、歌舞伎界から消えるのかな?(詳しいことはググれ!)と思っていたんですが、ぼくが歌舞伎を観てない間に、海老蔵が拾った(言葉が悪いけど、まあ、そういう印象です)んですね。まあ、相手が成田屋では音羽屋も文句言えないだろうな。そこは我慢してもらうしかないでしょう。

しかし、「九團次」などという名跡を与えられるなんて、ずいぶん買われたもんだよね、と思ってたのだが、今回の将門役を見て納得。一人だけ芝居のレベルが全然違う。これが歌舞伎の地力っていうものなのかしら。とにかくこのせいで、登場人物の中で将門だけが異次元にいるという設定がすばらしく生きていた。

人心にとりついて、世の中に絶えず争いごとをもたらしながら永遠に地獄の輪廻を重ねていく将門。

信長が死んだ後、「それでは次なる契約の相手を探しに行くか」みたいに独白しながら客席を歩いて後方に去っていくのだが、それが、ぼくたちが生きている現代でもどこかに将門の霊が漂っていて、時の権力者に憑りついているのではないか、みたいなすごくいい演出だったし、その演出を成功させていたのは、客席という“素”の中にいてもしっかりと“将門”としての迫力を保ち続けられる九團次丈の地力だと感服した。



このほか、ぼくが知っていた役者は、植本の潤ちゃん(彼も、“いつもの潤ちゃん”だった。いい意味で)と岸祐二さん(美声/笑)、ジュリさん(瀬下尚人。上手かった)の安定感のある方たち、プログラムを見て「あなただったんですか!」と思ったのが、姜暢雄くん(蘭丸にしてはデカすぎる!)、奥村佳恵ちゃん(若いのに旨い子だなあと思ったら、彼女だった)、まりも(蒼乃夕妃。こういう役、楽しそうにやるなあ。重畳重畳)といった人たち。

で、あとの方たちは初めて拝見したんだけど、ちょっと驚いたのが、教如役のルウト君(あえて“くん”と呼ばしてもらう)と、下間仲世役のセヨン君。

実は、どっちも最初に出てきたシーンで、「この子、男の子?女の子?」と思ってしまったから。

教如は史実通り男の子であった(女に書き換えられていた顕如とは違って)のだが、雑賀衆の仲間に入りたいと暴れこんでくるシーンで、ぼくはてっきり「信長と戦うために“男”になりたいと思っているはねっかえりの娘」なのかと思ってしまった。よくあるキャラ設定じゃん、そういうの。

そしたら、光という少女と淡い恋なんかがあったりして「え?」と思ってしまい。

結局、問題は“声”なんだろうな。でも、12歳ぐらいの男の子だと思えば・・・と、プログラム見たら「15歳」って書いてあった。

うむむむ。(細かいことは気にすんな!)


で、セヨン君ですが、「あ、男だ」と気づいたのは、セリフを発した時(そして同時に、日本人でないことにも初めて気づいた)

仲世は最初の登場シーンで非常にカッコいいダンスを披露するんですが、なぜか「体のキレが抜群に良い女の子」に見えたのね。

体つきのせいなのか(おっぱ○がないのは、“男の役だから”だと思ってた)、韓流アイドル特有のツルツルお肌のせいなのか。


なんか、ややこしくて困りましたこの二人は。(おい)




変な感想で終わってしまって申し訳ないが、とりあえず全体的には面白くて、なかなか考えさせられる話でもありました。


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