てくてくミーハー道場
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| 2010年02月19日(金) |
『飛龍伝 2010 ラストプリンセス』(新橋演舞場) |
三連チャンは・・・さすがにキツい(−−;)
あのねぇ(いきなり文句)
ここ数年の日本映画ですごーく気になってることがあります。
それは、意味不明なサブタイトル。
邦画ですよ? 日本の物語ですよ?
・・・なんでもかんでも“ラスト○○”とかっての、やめろっ!!!(怒)←蛮勇
ぜぇぜぇ(知ーらないぞ♪知らないぞ♪)
失礼ぶっこきました。
うん、多分ね。わざとつけたんだろうねつかさんは。
恐らく、つか氏自身が、「なんでもかんでも(以下同文)」と思っておられたんじゃないかと思いますね(違ってたら、ごめん)
それを逆手に取ったと。
もちろん、この「ラストプリンセス」という単語は、ちゃんとお話の設定とリンクしています。
語感だけで意味なくつけたタイトルではございません。
そこんとこ、まずコメントしておきます(理由は、特に、ありません)
さて、一昨年このコヤで“石原さとみの『幕末純情伝』”(と書いてしまいたいくらい、さとみちゃんにヤラれたぼく(^^ゞ)に深く感動しまして、今回は“黒木メイサの『飛龍伝』”。
ぼくは『幕末純情伝』は藤谷美和子版を1998年、1999年の二回、2003年の広末涼子版を一回観ているのですが、『飛龍伝』は、その2003年の「ダブルス」上演の時に初めて観ました。
当時の感想はこの日の日記の最後の方に書かせていただいております。
ただ、この公演には“後出しジャンケン”のようなヒキョーな(こら)後日談がございまして、それは皆様もご存じのとおり、ヒロスエ嬢(いや、当時既に「岡沢夫人」だったのか? 入籍はまだだったのか?)は、この時既に、まさに神林美智子のように、腹に子を宿していたのです。
妊娠しながら、つか芝居をやっとったわけです。
通常なら、昭和の価値観のぼくは苦々しく思うはずなんですが、このときは逆にカンドーしてしまいました(お前は、役者が「芝居第一」なら何でも許すのかっ?!)
技術的には大したことのなかったヒロスエの、あの神々しいまでの腹の据わった芝居っぷりは、まさに「腹に」一つの生命がどしんと座っていたせいなのかと。(←武田義晴の口調で)こら\(−−;)
てなエピソードはともかく、この芝居、つうか、つかこうへいという人は、主演女優の「技量」とは無関係に、その女優をすばらしく美しく見せる天才である、と、わずかな観劇歴から思うものであります。
(もちろん、その女優が「つかの言うことを素直に聞いて、一所懸命に演じている」場合に限る)
そんで、黒木メイサ。
彼女のデビュー作がつか作品だったとは知らなかったのだが、『あずみ』での好演も記憶にあるので(そうそう、去年から感想ペンディングしている『女信長』ですが、今とっとと書いちゃいますが、メイサは全然悪くなかった。脚本がサイアクだった。もうこれだけです言えるのは)、けっこう期待して出掛けました。
・・・うん。←おや?
芝居は、いいね。普通に。まぁ神林美智子って役は、誰が演ってもカッコいい役だしね←おいっ!!
でも、ダンス力、こんなもんだった?
「SHOCK」(つっても、アッチの方じゃなくて、去年彼女がリリースしたシングルの方)でのキレのあるダンスは、映像でごまかしてたのか?
それとも、つか芝居では「ダンスはわざと下手に」ってのがルールなんだっけ?(これは、かつてつか芝居に出ていた役者たち(風間杜夫さんとかの世代)が本当に下手だったことに準じたらしい・・・ぞ・・・?)
まあ、今回は他の方々も、タテ君(舘形比呂一)以外はみんな「しろうと〜」だったわけだが。
して、今回“伝説の”山崎一平を演じたのは、「21世紀の裕次郎」徳重聡。
テレビドラマで視てても若干ダイコ○気味の人なので(遠慮ないっすねておどるさん)どんなもんやら、と思ったら、まさに、そのまんまダ○コンだった(あわわわ(×_×;))
しかし多分あれだ。(どれだ?)
これは恐らくつかは今回、わざと、山崎一平を「朴訥の権化」にしたんではなかろうか。
“伝説の”筧利夫が、“伝説の”芝居力で作り上げた“伝説の”山崎一平は、悲しいかな、既に「現在の」筧利夫ですら、もう再現できないであろうことが想像できる。
2003年に観て、そう感じた。
だから、もう“あの”山崎一平をまた観ようなんて期待は持っちゃダメなんだ。(勝手に決めるな!)
新しい山崎一平が芽を出すのを、つか自身がじっと待っているんじゃないか・・・徳重の山崎一平を観て、そう感じた。
本音を言わせてもらえば、「不満でした」の一言なんだけどね。
ほんで、桂木順一郎はミッキー(東幹久)
こちらも、“伝説の”春田純一が作り上げた“伝説の”桂木順一郎なんで・・・あ、でもミッキーは多少春田さんの役作りに近かったかな・・・でも、ほとんど届いてはいなかったけど。
なんというか、お二人どちらも、つか芝居特有の荒々しさに欠けていたというか。
映像畑の俳優さんというのは(また舞台オタクの偏見?)、一にビジュアル二に雰囲気、三、四がなくて五に(細かい顔の表情の)演技力、みたいなとこがあるのではないかと。だからしょうがない部分もあるのではないかと。
(今いきなり思い出したが)あ、でもそのわりに、一昨年の『幕末純情伝』で高杉晋作を演じた吉沢悠クン(久々の俳優復帰だったと記憶している)の発していたパワーは素晴らしかった。
もともと力のある子だったのか(『青の時代』と『動物のお医者さん』ぐらいしか視てなかったからなー)、それともいわゆる“女優”的な鍛錬をつかから受けた効能だったのかは判らんが。
と、こんな具合に感想もとっちらかっております。
で、最後に、やけに気になったこと。
「つか芝居」を観に来るような感じじゃない客層が散見できました(いわゆる「いつもの演舞場」の客層)
あの・・・舟木一夫さんが出るのは来週ですよ?(こらこら)
でも、まさにそんな感じ。
・・・あ、でも、全共闘世代・・・?(いや、もっと上に見えたが・・・ゴメンナサイ)
どういう経路でいらっしゃったのだろう? 気になっちゃった。
(逆に、すごい若い客層も混在。なんか面白かった)
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