huukei



十円玉を拾った。
ヤッター!と心の中で思う。
一円玉でも拾うと実際ほくほくするものだ。
一年間で拾ったお金は、集めて翌年の初詣で賽銭箱にいつも入れている。

 三月二十四日 金曜日

散歩の途中で通る大学が卒業式だったので
スーツや袴姿の人たちがたくさんいた。
今日だけの袴姿。
なんだかいいなと思った。

えくぼさんという人のブログを見ているのだが、
今日は、「旦那が流し忘れたブツを見てしまった オエーーッ」
と書いてあって、その下の方に旦那さんの写真が載っており、
それが笑いのツボにはまって、今日は外で思い出し笑いを堪えるのに必死だった。
こんなことに必死になれるって平和だと思った。
ちなみにアドレスはこちらです。
http://ekubonokobeya.blog.fc2.com/

この人が座右の銘にしている「いつも心に太陽」というのに僕は影響を受けている。
丁度、断薬後すぐの頃に知り合った。
ちなみに個人的なやりとりはしていない。

えくぼさんは出産直後に輸血をして、その時にC型肝炎に感染してしまい、
いつ発症して亡くなってもおかしくはないという状況でずっと暮らしてきているそうだ。
(以前の記事に書いてあった。)
そういう背景もあっての事だと思うが、「いつも心に太陽」という言葉が書かれている。
名前も「太陽のえくぼ」さん。現在60歳ぐらい。

いわゆる不幸や困難な状況というものは、無い方がいいし、人にも望まないが、
けれど持ってしまった時、そこで強さや明るさなどが必要になってくる。
色々考えたり思ったりする。
自殺する人もいるが、あるべき姿や、とるべき態度に正解は無いと思う。

自分はどう在ろう、と思う時、強さに惹かれる。
世の中の、強く生きている人たち、
その強さが強さになるまでにどれ程の時間が掛かっているのか分からないが、
そして色々な関わり合いがその強さに作用しているのだと思うが、
僕にとっては強さというのは一つの憧れだ。

強いように見えるだけで、本当は強くはないのかもしれない。
強くならざるをえなくて、結果的にはゆっくり強くなっていったという事かもしれない。
不安定になる時はあるのかもしれない。

強さという方向へ考えようとすることは、僕は少し苦しいというか、
「頑張る」感覚になるので、
筋トレをしている感覚に近いというか、そんな感じがする。
筋トレは無理するとよくない、だから無理はしないが、
確か、筋トレというものは、限界以上の負荷をかけることで筋肉に炎症を起こし、
それが筋肉痛になり、治る過程で新しい筋肉が付いている、
という事だったような、そうでなかったような気がする。
だから、
腹筋で「フンヌッ!」と受けとめて強く考える…
それを、無理せずに、とりあえずやれるだけやって、
そういう事を重ねながら、ゆっくり鍛えていく…。
それでいいのではないかと考えている。

強さ・たくましさ
……少なくともナヨナヨではない
それは今の自分の大きなテーマの一つである。



― ― ― ― ― ― ― ―

「仰げば尊し」 というタイトルで書く駄文

仰げば尊し
  私が仰ぐ師のあなた

三月二十三日、
今日の天気は雨であった。
雨であった 三月であった。
三月は春も間近と言えどもまだ寒い。
寒い雨の日であった。
その中に暖かさを探すのが好きで、
今日も、見つけたと思った。
見つけたと思った。
そう思って口ずさんだ。
口ずさんだよ。
しぐれ…
 しぐれ…
もし あの里を通るなら
告げておくれ あのひとに…
私は 今夜も…
今夜も…
中国人アルヨ!
今夜も中国人であるよ。
ニーハオ!
社長さん、いいものあるよ。
いいものがあるんだよ。
中国語はニーハオ、シェイシェイ、ツァイツェン、オーアイニー しか私喋れないよ。
喋れないよ。
オーアイニーは、愛しているだよ。
愛しているだよ、オーアイニーは。
こんな事言っちゃってるけどね、私プレイボーイ違うのよ。
ところで、ところでね、
日本語で「愛している」という表現は実際あんまり使わないと思う、だから、
どう訳すかを考えた、そしたら、
「月が綺麗ですね」 と訳した、それは夏目漱石だよ。
そうなんだよ。
私、このこと大好きだよ。

月が綺麗ですね。
でも、私、星も好きだよ。星も大好きだよ。
星が綺麗ですね。と、そう言いたいよ。
言いたいよ。
よぞらに――。

月と 星の その差は
その差なんて
遠いか近いか、それだけの違いだよ。そうだよ。
月は近いから大きい、星は遠いから小さい。
そうだよ。そうだ。
近い距離の人は大きな存在、遠い距離の人は小さな存在。
そうなんだ。
それは、淋しいことなんだろうか。そのことは淋しいことなんだろうか。
そんな気がしないよ。
全くしないよ。
人は愛されたいのさ。もっと愛されたいのさ。
もっともっと愛されたくて…。
少なくとも、淋しがり屋の私はそう。
そうなのさ、
だけど、その気持ち自体が淋しさを生むよ。
淋しさを生んでるの。私の場合はね。
淋しいの嫌だから好かれたいんだけど、それって凄く淋しい人になってるのよ。
だから私やめたの。
やめたわ!
淋しいのは嫌だよ。
私は淋しい人になりたくないのよ。
だから愛したいの。
愛したいわ。

愛する。

ってどういう事かしら?ちょっと考えてみたの。
愛する、
…この言葉、なんだかピンとこないね。
月が綺麗ですね、って、確かに月は綺麗よ、確かにそう思うわよ、
月のようにその存在を特別に想う… この感覚は確かに私も持っている。
皆が持っている感覚なのよね。異性として好きだと想う感覚。

でもね、私が今言いたい事は、そういう事じゃないの。
今言いたいことは、
うまく言えないけど…
そうね、何と言えばいいか、
……そうなの、つまりは、
空が綺麗だなあ。
ということかしら。
空が綺麗だなあ。
そう思いたいし、そう思っているの。
ああ、空が綺麗。とても綺麗。私は今、感動している。
ああ美しい、と。
そのように… 私は思うのよ。

青空の中には、月も星も見えていない。
……いや、時期によっては、月は白く見えているわね…
でも、ひとまずここでは、月も星も見えていないものとして、話を進めるわね。
……青空の中には、月も星も見えていない。
特別な異性としての存在も無ければ、そうではない存在もそこには無い。
青空の中では、見えない。
青空の中では、月も星も無い。
月と星の、その差が何も無い。
青空の中では――。
そう、つまりは、青い空なの。
私があなたを見る目線は。
私があなたを見る視点の切り口は。
私があなたを想うその根幹は。
青空。
青い空なの。

結局、生物だから、本能的なところで異性を求めようとするけれど、
その感覚を全く無くすことはできないけれど、…私はね…、
でも、精神がある。
精神、
精神は透明になれるわ。
透明な精神に、男女は無い。そこにあるのは人だけよ。
そこにあるのは人だけよ。
私は、例えばもしも明日か今日にでも死ぬとしたら、と考えるの。
そのような気持ちを発動させて、青空の目になって異性を見るの。
透明に澄ませた精神で見る。
見るの… そうよ、見ているのは「人」なの。「人間」なの。
いつかはどうしたって必ず死ぬ。そうなのだから、今日も同じよ。
今日も同じ。今日も同じ目で見るの。
精神を透明にして。
青空の目で、青い空の目で。
そうやって見ること、それが私の
私の、性別というものを備えている事に対する、応えなの。――私なりの応え。


明日が綺麗……。


「すぐに普通になる。今は特別なプリウス」
そういえば、そんなキャッチフレーズを最近、広告で見たわ。
ユーの中にある、私への異性としての特別さはすぐに普通のこととなるわ。
そしてユーにピッタリなボディと、ユーはいつか触れ合う。触れ合うわ。
そして…
私にとってユーは恒星で、やはり、一つの独特な恒星なのだわ。
あまりにも眩しい、気がする。
独特な… 澄んだ光のよう… そんなような… ああ…
涙がこぼれる。そんな光なの。
私はそれを見るわ。見逃さないわ。
見る。
ところで、私が抱いている夢は、社会貢献することよ。
社会貢献という言葉は漠然としているけれど、つまり、何らかの形で、
何かの形にして… 私の感性と合う人へ、私の感性と私とを求める人へ、何か力になれるような、
私を、人のその心に役立てられるような…
大きく言えば、そういうことがしたい。
あなたと同じ。
だから、
あなたの夢は、あなたの存在は、ある意味で私の夢でもあり、私の願いでもあるの。
私はあなたの夢を、自分の夢のようにも思う。
あなたの夢も叶えたい。
……ごめんなさいね、重くしょわないでね、
私がただ私の中で私の気持ちに重ねているだけなの。
千代紙を重ねているようなものよ。
ただそれだけなの。
私は
そうね…
一緒に空を見つめたいわね
青い空を。



― ― ― ― ― ― ― ―

三月二二日 水曜日

  どこかで春が生まれてる

そんな童謡がある。

  どこかで春が生まれてる
  どこかで水が流れ出す
  どこかで雲雀(ひばり)が鳴いている
  どこかで芽の出る音がする
  山の三月 東風(こち)吹いて
  どこかで春が生まれてる

自分の知らないところで、生まれている春がある。
自分の知らないところで、流れ出している水がある。
自分の知らないところで、鳴いている雲雀がいる。
自分の知らないところで、芽吹きの音をたてている。

自分の知らないところがある。

自分の知らないところで、生きている人がいる。
いつか知り合う人は、自分の知らないところで、今生きている。
同じ地球上に今、生きている。
もしかしたら同じ町に。だとしたらこの町の今日の天気を共有している。
もしかしたら遠い所に。だとしたらそこはどんな天気の空。

今は、知らない人だけど、
いつか、お互いに知る時が来る。
その時の為に、今日も強くあろうとする。
もう既に知り合っている人とだって、
その心を、お互いに知る機会がある。
そこに今日も支えられて強くありたいと思う。

強さはとても不安定ではある。
とても不安定ではありながらも、少しの勇気を出して積み重ねていく。
いつかのその日まで。その日の喜びまで。

「その日」は何度もある。
「その日」を迎えることはずっと続く。
一人の人と知り合うこと は、色々な機会と一緒に続いていく。
知り合ったら、その後、色々な機会と一緒にその人のことを知り続ける。
その日は何度もあり、続いていく。

今日という日が続いていく限り、
新しい出会いも、
出会った人とのふれ合いも、
続く。 今日という日と一緒に続く。

知らないところで、泣いていて、
知らないところで、苦しんでいて、
知らないところで、闘っている。
知らないところで、ぼろぼろになっている。
知らないところで、目をとじている。
知らないところで、
知らないところで、目を開けている。
知らないところで、少し新しい心になっている。
知らないところで、生活している。
知らないところを、歩いている。

お互いに見つめ合ったら
そこに春風が吹く。
春の風が吹く。

水が流れ出す。

雲雀の鳴き声。

芽の出る音がして 風が
吹く。

全て違う心の、違う人なのだから
それぞれの人との間には、それぞれの風がある。
その風が好きで、

だから、風を浴びたいと思う。

私の心
それぞれの 「あなた」の心
その一つの心

心に残る、時と思い。

どんな風が吹く。
風は吹く。



― ― ― ― ― ―

  三月十九日、二十日

 (十九日 熊本)
祖母の四十九日の為、前日より熊本の山間部へ。
道路上の地震の跡はほとんど無くなっていた。

近所に住む親戚などが集まり、田舎らしく午後は宴会になる。
僕はその宴会には入らず、同じように別室に来た人たちと過ごす。
更にその部屋も避けて一人で過ごしている人もいて、人間いろいろだと思った。

パウンドケーキと酒を口の中で混ぜながら食べると美味しい
という事を発見した。

祖母は文芸、絵、音楽が趣味だったので色々と作品を遺している。
仏壇に置かれたものを見ながら、人柄を偲んだ。
認知症の施設で五年ほど過ごしたのち亡くなったが、
最後の二年ほどは僕の事はもう分からなくなっていた。
施設に入ったばかりの頃に
  みづからの力の限り生きて咲く
と自分の意志を詠んだものを花の絵と一緒に色紙に書いており、
僕は今回それを初めて見たのだが、尊敬するというか、印象に残った。

亡くなった日は立春で、丁度その後の三日間ほどは暖かかった。
今回、四十九日の前日は雨だったが当日は快晴で暖かかった。

死を看取った時に、ネガティブになりたくないと思って、泣くのを気合いで我慢したが、
後で、泣きたい時はそれなりに泣いた方が良いなと思った。
消化不良になったように感じたからだ。
だから四十九日の前日に雨が降った事は良かった。そこに気持ちを重ねる事ができた。
当日は快晴で暖かかったのも良かった。

夜、鹿児島に帰宅したら、部屋の窓ガラスの外側に大きなバッタがとまっていた。
あまりそこに虫がとまっている事が無いので、
お婆ちゃんが送ってきたのかな、みたいに思ってなんとなく拝んだ。
「もっとこう接すればよかった」っていう気持ちがあったから、
気にしなくていいよ、と伝えてきた と、そう思う事にした。




 (二十日 帰宅後の所感 少々長文)

自分は吃音があり、知らない人と接する場に行くと、
実際結構どもってしまう為、泣きたくなる時もある。
相手はそんなに気にしていないのだろうが、
例えばきっちり挨拶しておきたいタイミングでその言葉がすぐに言えない時などに、
このやろう…と悔しい気持ちになったり情けなくなったりする。

ただこの根幹は、要するに自分の精神状態だ。
緊張した時にどもるので、リラックスする事に努めればいい…
とは言っても緊張はするものだ。
だからこれはもう、自分はある程度はこういうものなのだ、と思って、
諦めている方がかえって良い。
相手の反応に対しても、まあ色んな人がいるから、そんなもんだろうと思う。

僕は、人と接するのが怖かったり不安だったり、気分が鬱っぽかったり、
という理由で17歳頃から安定剤をずっと飲んでいたが、
26歳の時にそれを絶った。(今34歳。)
それまでにも3回挑戦していたが、苦しさに耐えられず、やめられなかった。
正直もう諦めかけていたが、4回目を奮起し、結果的には乗り越えられた。

4回目を奮起したキッカケは、その時Nさんという人と知り合い、猛烈に好きになった事だった。
薬をやめてその人に告白したい、という気持ちで苦しい期間を踏ん張った。
相当苦しい時間が3日間ほどあったが、もっと正直に言うとその時は、
薬をやめてその人を抱きたい、という気持ちで踏ん張った。
薬をやめたかった理由は、自分の心で強くなって生きたいと思ったからだった。
身体が苦しい期間は2ヶ月ほどで、それを脱してすぐに、
その人は結婚したと人づてに聞いて、ショックだったが、
苦しさを乗り越えられた後だったから、間一髪という感じだった。

それからその人は数年後に自ら命を絶った。
幼い子供もいる中でその道を選んだ。どんな考えや気持ちだったのかは分からない。
ただ、生きているのが苦しかったことは確かなのだろう。

驚いたが、話をした事はあまり無く、親しくは無かったから、悲しさは少なくて済んでいる。
僕としては、この人とあのタイミングで知り合わなかったら薬を絶つ事はできなかった。
だからその存在とタイミングに感謝している。
本人にこの事を伝えてはいないが、
僕個人にとっては、そういう大きな大切な役割を果たしてくれたような人だった。

話は戻るが、薬を絶つ行為は、賭けでもあった。結果的には絶つことができた、という感じだ。
その行為=とにかく前向きに気楽にたくましくあろうとすることに努めること
僕の中ではそういう事なので、現在ももしかしたら、その姿勢でいようとする事に対して極端かもしれない。
極端かもしれないが、ともかく、なるべくマイナス的な感情は抑えるように努めている。

断薬後は不眠症の状態にもなって、今も基本的には満足するほどは寝ていないが、
この事は、自分が前向きに気楽にたくましくあれれば、
そのうち満足するぐらいに眠るようにもなるだろうと思っている。

吃音もまたセットで付いてきたようなもので、
正直、大人になってからもまた表れるとは思わなかったが、
これもまた前向きに気楽にたくましい気持ちであれば、
吃音症という事に対してもそう捉えるし、
あまり吃音が出なくなってくるようにはなるだろうと思っている。

明るく前向きに気楽にたくましく、それが自分の基本であるが、
当然、怒ったり悲しくなったり怖くなったり不安になったり、様々な気持ちになる事はたくさんある。
ものすごくある、
あるが、でも、やはり、そうではあるけれど、
明るく前向きに気楽にたくましく、その方向は、自分の信念のようなものでもある。

この信念は自分一人の為ではなく、誰かの為の信念であるとも思っている。
様々な、自分にとって支えになった・なっている存在の為でもある。
それ以外にも、関わり合う誰かの、そしてまだ見ぬ誰かの為にもなれるような気もしている。

自分で言うのも何だが、僕は相当ナイーブな方だ。
だから信念として持っているぐらいが僕の場合は丁度良いのかもしれない。
多分、プラスマイナス0より少しプラス1、ぐらいになっている感じだ。

様々な死に方がある。自分がどんな死に方をするかは分からない。
様々な生き方、在り方がある。
色々な事を重ねながら、
色々な人たちの色々な生き方や在り方に触れながら、
自分なりの生き方や在り方をするのみ。

ちなみに、断薬していた時に僕は確かに猛烈に恋心を抱いていたが、
後になって、やはり僕自身は自分の好みの顔の人じゃないとパートナーとしては向き合えない
という事に気が付いた。単純に美人という事では勿論無く、好きな顔が1系統ある。
そして勿論、内面があってこそだ。
これはあくまでもパートナーの話で、自分の、ストイックさというか、我儘みたいなものだ。
だから仮にNさんに告白していたとしても、関係は100%長く続かなかっただろう。
ただ、あのタイミングで出会ったという事と存在そのものに感謝している。
僕の人生にとって大事な存在である事に変わりはない。

この先もしも、自分の理想とする人に出会ったとしても、
その人が僕を好きになるかとか、なったとしてもうまくいくかどうかは分からない。
けど、今の時点では理想にこだわりたい…。

これを読んでいる皆さんにも、
恋に限らず、様々な形での本当に良い存在が、人生の中でありますように。
星のように 花のように 鳥のように 雲のように 人 人 人… ペットも…

……長文終わり……。



鶴戸序文連絡


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