2009年11月26日(木)...僻案

 酷く苛々する。久々の自室に、篭城しながら思う、何故、何故、何故。薄い壁の向こうに溢れる謗り罵り誹りの言葉が流れ込んで仕舞わない様に、ドアの隙間をガムテープで塞ぐ。べりべりとロールから解ける其れを無心に引き伸ばして、ベッドの下に隠した幸福をずるずると引き摺り出した。缶に詰まった其れはかしゃかしゃと乾いた金属音を鳴らして、愉悦を提供する機会を待ち侘びている。
 銀色のシートにピンクの、星模様の愛らしさが効用の加減を物語って、もっと深く、もっと強く、もっときつく、囚われた思考が選定を増やしてゆく。ぱき、と心地良い音を立ててシートから剥がされた黄色や白の夢は、溜め息が乾かぬ間に食道を通過して、胃袋の中へと吸い込まれていった。
 胃が水分を拒んで、少しだけ気持ち悪い。唇が水気を失って、喉が自棄にちりちりとする。カーペット掌を付いたまま、ずりずりと進む。指に絡まった髪が不快の色をより一層濃くしてゆく。這い蹲ったまま、苛立ちが響く頭に冷たさをぶち付けた。額がひりひりとして、頭を擡げる力も無いことに、気付く。
 眼の前には、溢れる光。きらきらと弾ける蛍光色の粒が拡散と収縮を繰り返して、心臓を締め付けた。痛い、痛い、痛い、痛い。脳味噌がぐらぐらする。冷たい頭と手足に反して、焼けるように熱い臓物が眼の裏を赤く燃やした。もう、如何でもいい。疲れた。

2009年11月16日(月)...冷気

 寒い。思わず身震いをする。薄明かりの漏れる廊下から迷い込む風が肩を冷やして、ベッドの隅に陣取る背中の、其の嵩で出来る隙間が、立てる寝息が、苛立ちを一層深めていた。眠る努力を始めて既に数時間が経過し、呪いの様な呟きの所為で喉が少し痛い。

2009年11月10日(火)...紅葉

 打ち落とされた葉が、地面に血溜まりを作っていた。傘で区切られた視界に飛び込む其の鮮やかさだけが自棄に雅で、靴底で踏み締めたその紅を動脈から散らせたくなる。

2009年11月09日(月)...傍観

 排他的、盲目的空気を纏う其れは、初々しさと眩しさを見せ付ける様に幸福を放つ。其の、煌きが弾ける様を横目で見遣りながら、会いたい、が衰退して死に変わる迄の時間に一体何の意味が在るのだろう、と思った。

2009年11月08日(日)...冗談

 其の言葉が、何も含んではいないと解っていても、少しだけ救われた気持ちになる。他愛無い談笑に浮かび上がる許容と、何気無い行為に映し出された肯定が、酷く心を満たした。

2009年11月06日(金)...幻聴

 繁華街はクリスマスのイルミネーションが点灯を始め、浮き浮きとした表情を貼り付けた男女が引っ切り無しに行き交う。余暇を想うひと達が艶めいて、酷くきらきらとして見えた。横断歩道が青を告げ、死ね、死ね、死ね、と罵る。引き攣る皮膚の感覚が嗜虐心を刺激して、左腕が上げる悲鳴を蹂躙していた。

2009年11月05日(木)...依存

 苛立ちと白々しさを塗り固めてメッキを施した其れは、矢鱈と歯にへばり付くキャンディみたいに、口淋しさを紛らわす為に手を伸ばしては後悔する。

2009年11月04日(水)...比肩する不義

 挙動の度に辺りに漂う其の匂いを探して、手首に辿り着いた。軽く吸い込んだだけで脳味噌を満たす、咽返るようなバニラとココナッツの香りに、思わず眉を顰めた。手の甲に薄っすらと残る痣に、まるでマーキングだと、ひとりごちる。強引な遣り口は、必要を叫ばれている様で、途方も無い安堵が全身を支配していた。今、背中に走る痛みは、保身に塗れた棘よりも遥かに甘美で、与えられた安息は、義務感を滲ませた施しとは類うべくもない。

2009年11月03日(火)...繋ぐ何か

 自棄にひやりとした空気に、冬の始まりを知る。ビルの谷間に迷い込んだ風がかさかさと枯葉を舞い上げていた。営業時間前の繁華街は、寒空に朝を迎えた横顔が生気を失ったまま、煙を吐き出している。ぐたり、とへたり込んだ背中から覗く豹柄の其れに、幾人ものスーツ姿が視線を遣りながら通り過ぎるのを、ぼんやりと眺めていた。
 待つ、ことに慣らされてゆく感覚が酷く厭で、短絡や刹那を嘲る其れの寄越す点在にしかならない何かを、握り締めたまま、潰すことも出来ずに居る。渡された2枚の紙切れで時間を引き換えても、空腹を満たす気持ちにもなれずにまた、適当な相槌と偽りの感情を持て余すだけ。
 今はただ、冷えたベッドに丸くなって、この顔にへばり付いた情けない表情を誰にも気取られぬ様ひっそりと、左腕に当てたその鋭利さが与える緊張と高揚に温められて居ればいい。

2009年11月02日(月)...失意は幸福の紛物

 安堵と後悔の入り混じった幸福に包まれたまま、沸々と煮立つ脳味噌を枕へと押し付けた。横目で見遣った腕には、生まれては潰れる紅い泡沫が幾本も筋を作りタオルを染めている。厄介と達成感が入り混じる恍惚に雁字搦めで、指の先ひとつ動かす気にもなれない。肺を満たす匂いに顔をしかめた。
 落下する筈もない、其の“当たり前”を覆す感覚が身体を支配して、あの、嫌々に押し切られて乗ったアトラクションよりも遥か速いスピードで、急降下している。恐怖とどうにでもなれ、が交錯して、きつく眼を鎖した。ぐにゃぐにゃと蠢く蛍光色の蚓が、羽虫に為って弾けては、また、再生を繰り返している。
 左腕がじん、と熱くなってちりちりと燻る炎が全身を焦がした。むず痒さを上回る温もりと満足感が目蓋の裏に明るさを取り戻して、暗闇の底から這い出るエメラルドグリーンの川端にオレンジの島が浮かぶ。嗚呼、もう、如何でもいい、そんな、喜びを噛み締めたまま、もぞもぞとタオルケットを手繰り寄せた。「おやすみ、なさい」。

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