2006年04月27日(木)...不出来

 ひたひたと忍び寄る不安に呑まれて仕舞いそうになる。不甲斐無さが申し訳無さと嫌悪に変わって、仮定や想像で創られる御伽噺も、もう随分と色褪せて仕舞った。

2006年04月26日(水)...春麗

 此処数日、陽炎のような眠りに翻弄されている。四六時中眠気は付き纏って、其れでも、いざ掴もうとすると瞬く間に何処かへと消えて仕舞う。がらんとした昼下がりの快速は何時もより開放感に溢れて、舌の上でざらざらと溶けるタブレットが喉を伝うのを、安堵の心持ちで迎えていた。

2006年04月25日(火)...窒息する

 レジ袋に吐き出した息をもう一度深く吸い込む。隣り合わせた乗客が居住まいを正してそっと眉を顰めたのが解った。呼吸をする度に膨張と縮減を繰り返す其れは酷く煩わしく視界に影を残して、存在を汚してゆく。鞄に転がしたポカリスエットを口に含むと、粘々とした渇きが厭な甘さに変わった。

2006年04月24日(月)...情景

 新快速の中からは、ビルの隙間に見え隠れする高速道路が酷く狡い存在に思えた。コカコーラのネオンも今は白々しく息を潜めていて、何もかもがあの頃からは遠く離れて仕舞った気がした。この目映く鮮やかな景色よりも、灰色の壁の継ぎ目や横を走るトラックのほうが何倍も輝いていたのに、如何して此処に居るのだろう。

2006年04月20日(木)...晴天

 風が未だ寒くて、其れでも降り注ぐ陽射しの所為でぬくぬくとしている。眩い、明るさの中では右手に携えた傘が酷く不格好に思えて、天気予報を呟く様に少しだけ誹った。
 教室では開いた窓に掛るブラインドが、かたん、かたん、と波打ってつつじが見え隠れしている。

2006年04月19日(水)...疲労

 田園と住宅地が交互に現れるだけの長閑さが、眼の前を過ぎてゆく。片肘を付いて頭を乗せると、二の腕の傷が僅かに開くのが解った。規則正しい振動に増幅される穏やかさに日除け越しの温もりが相俟って、眠気を誘う。じわじわとした緊張が押し流されて、完全に体重を腕へと放すと、ことん、と幸福に落ちた。

2006年04月18日(火)...樹海

 注意書きの文字は入り口に白くのっぺりと浮かんでいて、新緑の中でただ、死んでいる。此処は海中から太陽を見る様な、美しい絶望に覆われている気がした。あの日の、後のない希望はもう何処にも無くて、今は躍動感と歓びで満たされている。何時の間にか、冒険と果ての違いを理解していた。

 ほんのりとした明るさの中で拡散してゆくヘッドライトが、懐かしい優しさを持って列を成している。オレンジの光が徐々にその色を強めてゆく様を相槌を付きながらぼんやりと眼で追っているだけで結局、助けて、のひと言が云えずにいた。

2006年04月17日(月)...助手席

 緑色が眼に付くと思った。茶色く立ち枯れた草までもが陽射しに照らされて、エネルギーを放出しているかの様な錯覚に陥る。
 対抗車線を走る車の、ボンネットがきらきらして、ゆっくりと眼を閉ざした。少しだけ開けた窓の隙間から風が飛込んで髪を乱す。瞼に光の筋が幾本も流れて、追い掛けてゆくと世界を抜け出せる気がした。
 光の逃げる速度がゆるゆると落ちて、料金所に近付いたのが解る。見上げた標識の、双葉の文字に少しだけ心臓が痛んだ。

2006年04月15日(土)...事実

 逃げ出す度に、終息してゆく気がした。どんどん世界は広がってゆくのに、鎧だけが少しずつ収縮している。

2006年04月14日(金)...不具合

 其処に座って、眼を瞑っていると世界が増幅された気がした。総てが有耶無耶に溶け出して、混ざり合う。
 空腹の胃はひくひくと痙攣を起こして、吐き気がした。便座に頬杖を付いたまま、左手の人差し指を口に含む。ねっとりとした罪悪感がじりじりと募って頭が酷く痛んだ。

2006年04月13日(木)...エスケイプ

 昨日のせいで、左腕がぴりぴりと引き攣る。手を伸ばすとじんわりとした疼きが広がって、心を落ち着かせた。
 アナウンスが下車を告げても、降りる気にはなれずにホームを見詰めたまま居る。加速する新快速が運ぶ振動に、心が徐々に満たされ、わくわくと弾むのが解った。
 降り立った駅はがらん、としていて、そっと言葉を吐き出してみる。数日ぶりの発声は、ゆるゆるとアスファルトに吸収されて、心臓が少しだけどきどきした。

2006年04月12日(水)...昼休み

 化粧台に座って、足を揺らす。頭上に迫る天井の、空気口から漏れる風音は規則的で、ゆったりとした眠気を誘っていた。躊躇いが惰性に変わるのを脳裏で感じながら、呟きを吐き出す。少し仰け反って背中をぴたりと鏡に付けると、深く、腰掛け直した。ひんやりとした平面が背中に当たって、その体感温度のあやふやさに、鬩ぎ合う反省と安楽が、結論を先伸ばしにしている。

2006年04月11日(火)...突風

 ゆるゆると動く景色は、セロファンを掛けたように蒼く紅い。ホームの蛍光灯に、羽虫が群れているのが眼の端にちりちりと映った。今日の終わりから続く明日を引き千切って仕舞えば、幸福が在るのだろうか。

2006年04月10日(月)...荒模様

 寒さが皮膚を貫いて、足元がぐらつく。纏わり付くような小雨に、気持悪いな、と思った。傘を目深に差して視界を遮断する。地面に泡沫を残したまま白い死骸へと変わりゆく桜を見て、頭の中では干乾びた後の茶色がコンクリートの上でかさかさと音を立てている。
 熱に浮かされたままの思考は時代を遡って、信号機がばらばらに点滅し始めた。シアンに光る空から騒がしく声が聞こえる。

2006年04月07日(金)...登校初日

 眩し過ぎる空気に、思わず眼を閉じた。足元から這上がる冷気と、体調不良の所為で、世界が波打つ。騒がしさが幾重にもなって、静寂と等しく、言葉が形を失ってゆく。窓の外では、春の煌めきがアスファルトに反射して人々の顔を奪っていた。
 黒に塗られた輪郭の、其のはしゃぐ様をぼんやりと視界に収めながら、温度がじわじわと身体から奪われてゆくのを陶酔の心持ちで赦していた。生理的な回避衝動を苛虐心で抑え付けて、その場に留まり続けている。

2006年04月06日(木)...囚われる

 家族よりも家族らしく過ごしたごっこ遊びを、未だひとり、続けている様な気さえする。
 あの頃の世界は何処までも膨張していて、幸福と絶望を追及する其の道に制限は何もなかった。ほの暗い興奮が四六時中纏わり付いていて、中てられた侭に化学に塗れて揺れる視点と足元を、ただ共有していた。
 今の、此の砂を噛むような毎日が此の侭続くのなら、もう、殺して。

2006年04月04日(火)...椿

 雨が此の侭春に刃を突き立ててくれれば良いのに、と思った。喉元を鮮血で染め上げてぽたん、と落とされた其の首を、そっとアスファルトから拾い上げて、車輪の型に茶色く変色した花弁を一枚、また一枚引き剥がす。義務のような恍惚が込み上げて、気付けば無数の紅い跡が、足元に広がっていた。

2006年04月03日(月)...春になる

 ガラスに反射して舞いゆく光が、世界を穏やかに照らしていた。緩慢、という言葉が似合いの、午後。アスファルトが眩しくて、眼をすっ、と細めた。些細な不機嫌が、優しい絶望にゆっくりと呑まれてゆく。動脈を切り裂いて、永遠に今を続けていたい気がした。
 陽射しが少し熱くて、項がじりじりとする。空が碧くて雲が流れて、そうやって何かを終えてゆくのだろう。まだ移らないで、とそっと呟いた。

2006年04月01日(土)...最近

 揺らめく温かさから遠ざかって、段々と魂が劣化している様な気がする。世界には何も無い平穏が広がっていて、安穏が美を衰退する様を、日々まじまじと眺めている。感情の宛ても持たず矛先でもない存在は徐々にその必要性を失って、最後には誰の眼にも止まらないくらいの希薄になって仕舞うのだろう。

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