2006年02月20日(月)...オーロラ

 原色の世界が灰色の膜に覆われて滲んでいる。地面がトランポリンみたいに、歩く度に揺れて、電柱が斜めに倒れてきた。酷く、頭が痛い。横断歩道の白と黒のストライプが凄い速さで動いて、胃がふわふわと浮かぶのが解った。口の中の、黄色く粘った液体を吐き出すと少しだけ、両手を着くアスファルトが固くなった気がした。

2006年02月18日(土)...37階

 きらきらした高層ビルの群れと、大きな公園、天守閣の見える其処は変わらない景色で、あの日から何人を飲み込んだのだろう。セキュリティの脆弱な市営住宅、遥か下から聞こえる子供のはしゃぎ声。ふと地面を覗くと、その圧倒的な距離に訳の解らない勇気や自信にぽん、と後押しされている様な気さえして、少し、危ないな、と思った。
 眼を瞑って、そっと壁に凭れる。ずるずるとしゃがみ込むと世界が深緑色に落ちた。

2006年02月17日(金)...処分

 久し振りに開けたダンボールは、少しだけ油の匂いがした。無印良品のカッターの替え刃、七輪、東急ハンズのビニール袋に入れられたままの豆炭、シンデレラ城の印刷された缶箱。
 ミッキーマウスにひやりとした温度を感じて、そっと、蓋を開けてみる。金色の内部に踊る銀色に記された文字は、プリンペラン、トラベルミン、ハルシオン、マイスリー、サイレース、イソミタール、ラボナ、レボトミン、セレネース、メイラックス、デパス、パキシル、ドグマチール。
 黒いゴミ袋にさらさらと落ちてゆくのを眺めながら、馬鹿だな、とひとりごちた。

2006年02月15日(水)...5年前

 黄色と青の縞模様のソファー。トイレに立った背中を見送って、開けられた扉が僅かに冷気を引き込みながら閉じるのを眺めていた。扉を透かして非常階段と消火器が見える。
 ふたりきりに残されたことに、由の無い罪悪感が湧き上がって、暗くした照明と其れ以上の思考を遮る様にメロンソーダを引き寄せた。ストローを伝う炭酸がぴりぴりして、心を落ち着かせる。黄緑色になぞられてゆくテロップと、しゃかしゃかと音を立てるインストゥルメンタルだけが世界を動かしていた。
 緊張を帯びた空気は、徐々に自己と他者の区分を酷く曖昧にして、生命の上に成り立つ総ての努力を無に還し始める。如何でもいい、如何にでも為れ、は沸々と肥大してぐるぐると思考を縛った。二者択一の先にあるぎらぎらとした黒い輝きから眼が逸らせない。

2006年02月08日(水)...理想世界

 昨日からの発熱の所為で、今日もベッドから出られないで居る。文庫本を眺めながら蝋燭の吐き出す微かな苦味と水仙の香気を、横目で見ていた。
 あの日から開かれていなかったオォベルマンをそっと、捲ってみる。折り込まれた帯に刻まれた独特の、縦に長く伸びた文字を確認して、その滅びの、抵抗と性に当て嵌まる概念を見付け出そうと躍起になっていた頃が少しだけ、懐かしく映った。

>人間は滅びる定めにある
>そうかもしれないが、
>抵抗しながら滅びようではないか、
(抜粋 オォベルマン/セナンクール)

2006年02月05日(日)...譲歩

 悪くも良くもない無関係に、愛想を足すと苛立ちが絡み付いていた。ペディキュアが乾くのを待ちながら、液晶を眺めている。少しだけ如何にかしたくて、多分、如何にもならないのも解っていた。
 気紛れと投げ遣りの間の、適当が言葉を打ち出して歪みを広げてゆく。

2006年02月03日(金)...節分

 アスファルトの上に、薄茶色の豆が落ちていた。靴底に当たる仄かな抵抗に、加虐心が酷く掻き立てられる。スカートの裾から這い上がる冷気に、思わず首を竦めた。先のコンビニエンスストアで買っておけば良かった、と少しだけ後悔する。

2006年02月02日(木)...アパート

 呼び鈴を鳴らす勇気も出ずに、そっと耳を扉に押し付けてみた。ぞっとする冷たさを頬に感じて、引き剥がそうとする気持ちと、もっと強く押し付けようとする身体があやふやになって馴染んでゆく。
 世界と自我の間に膜が出来て、鼓動を拡張した。廊下を照らし出す山吹色と緑色に、不意に振り返ってみても眼の前の街灯に蛾が1匹、静かに止まっているだけで、その何気ない光景にさえ増幅される心臓の音が、何かを訴えている。

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