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うたかた
sakurako

2010年05月16日(日)
指輪をあげたい

本のページをめくる、指。
コーヒーを飲むマグカップの把手にかけた、指。
視線を感じて顔を上げるといつになく真剣な服部の顔がある。
本人は最大限のさりげなさを装っているつもりに違いないが、気付かない振りをするにも限界がある。
「……あのな」
声をかけるとあからさまに視線を反らして「何や?」なんてトボケる演技なんかしやがるものだから、ついこっちも受けて立つ気になってしまう。
「推理してやろうか、今考えてること」
「!!」
超能力者でも見るような驚愕の視線が痛い。推理っつーか、丸わかりだっつーのに。
「……いや、やめとき工藤、その……サプライズ感がなくなるっちゅーか」
今度はあきらかにしょげた表情と声。くるくる変わる。どれもわかり易いのがコイツの弱点というか、いい所というか。浮気とか絶対、できそうにねえよな、と思う。からかってやりたくもなるというものだ。
「そうか、じゃあ結論だけ。いらねえぞ」
「そんな……」
「ばーか、そんな風にこそこそサイズ調べたりする必要ねえって言ってんだよ」
「?」
「つまり、その……指輪とか用意するつもりなら、堂々とサイズ訊いて来いよ、それくらいの覚悟はあんだろ?」
「くどう!!」
ぱたぱたと盛大に尻尾を振る茶色い大型犬の攻撃を逃れるべく、オレはコーヒーのお代わりを注ぎにキッチンに立ったのだった。



2010年05月15日(土)
空中庭園

大阪湾を鮮やかなオレンジに染めていた残照の最後の一筋が六甲山の稜線に消えた瞬間、景色は人工的なLEDのブルーがくまなく照らす光の海へと一変した。
ビルの照明が灯りはじめ、足元の蓄光素材が煌めくと、さながら豪華なクリスマスツリーの中心に立っているかのような眩さである。はじめて見るなら、たいていの人間は息を飲むほどの見事な展望なのだが、ひしめくカップルたちの目に映っているかどうかは定かでない。多分彼らには相手の顔しか見えていないだろう。
そんならわざわざこんなトコまで来んでも、と顔をしかめてみたのはささやかな抵抗だったかもしれない。
高層ビルが立ち並ぶ梅田の界隈でも、最も高いビルの屋上に設えられた展望台はいつからか恋人の聖地、と称され、週末はもちろん、イベントのある日には勝負服でめかしこんだカップルで身動きが取れないほどになる。
今日、12月24日は、言うまでもなく一年中で最も混雑している上に、カップル率の高さと言ったらほぼ100パーセントに近かった。普段着でうろうろしている独り者は服部くらいのものだ。
目的があってここに来たわけではない。待ち合わせでもない。
年末年始の服部家は例年、猫の手も借りたい程の忙しさで、クリスマスを祝う雰囲気ではなく、今日も母親にあれこれ言い渡された使い走り――挨拶に来る府警の面々をもてなす食材やら、年始のタオルやら、母親の新しい足袋やらのこまごまとした買い物だ――をようやく終えたところだった。たまたま通りかかった展望台で一息つこう、と両脇の荷物を抱え直して昇ってみたはいいが、この混雑では休憩どころではない。
……帰ろ。
ぶつけどころのない己が判断の誤りにため息ついて顔を上げ、それから急に思いついて尻ポケットから携帯を取り出すと、服部は人混みをかき分けて展望デッキの隅へ寄り、登録してある番号を押しはじめた。
この景色を共有したい相手は、恐らく小学校の冬休みで暇を持て余しているに違いない。
わずかワンコールで繋がった相手もこちらの番号を登録してあるらしく、いささか訝しげな声で名を呼んだ。
「……服部?」
「よぉ久し振りやな、元気か工藤」
素早く物陰に身を潜める小学生の姿が目に浮かぶようで、自然と顔が緩む。リアルに目の前にいたら間違いなくてのひらで小さな頭をくしゃくしゃとかき回しているところだ。
「別にフツー。何か用か」
「いや、あの……その」
「用がねぇなら切るぞ」
「ちょ、ちょお待ち、えーっと、せや工藤、ケンタとモスチキンとどっち派」
「は?」
数秒、間があって。
電話口の向こうで、くすくすと笑う気配に、服部はようやく緊張を解いて携帯を耳に当て直した。最近の機種は性能がいいのか、遠い東都との通話でもすぐそこに居るみたいにクリアに声が届く。
「ウチは毎年蘭がチキン焼くからな、買ったことねえよ」
「さよか、ええなあ、ねーちゃん料理上手やから」
「今日も朝から張り切ってしたくしてるぜ。探偵団のみんなも呼ぶんだってよ。オマエは?」
「クリスマスは毎年独りモンの刑事さんら招待してすき焼きかふぐちりやな、おかんに牛肉買いに行かされたから今年はすき焼きやろ。今日なんか一日中おかんの使いっぱや……あ、すんません」
最後の言葉は肩が当たったカップルに対してだった。例によってお互いしか見えていない彼らは服部を透明人間か何かみたいに無視して通り過ぎていく。
「どうした?」
「あ、いま梅田の展望台におってな」
「あー……あそこか、カップルだらけだろ今日なんか」
「せやせや、参るわ」
「ばーか、なんでそんなトコ行ったんだよ、デートか?」
「ちゃうちゃう、オレひとりやで」
慌てて否定した後、自覚していなかった気持ちに思い当たり、服部は電話を遠ざけてこっそりと唾を飲み込んだ。
自分がここに来たのは。
ここから電話したのは。
それは。
「……いつか、工藤、と」
「ん?」
「いや、なんでもない」
変なヤツ、と笑う工藤の声が不意に遠くなった気がして慌てて画面を見れば、この肝心な時に充電が残り一個。もう少し話していたかったがやむを得ない。半端に切れてしまってはかえって後味が悪い。名残惜しいが会話をまとめることにしようと服部はやや強引にセリフを継いだ。
「ええと、メリー・クリスマス、工藤」
「似合わねぇ」
「じゃかしいわ、ほなまたな」
「んじゃ。――あ、服部」
「?」
「いつか、そこで、一緒に過ご、」
ピピピッ。
耳障りな電子音が鳴り、待受を見ると「充電が切れました」のメッセージが表示されていた。後はツーツーツーと無常な音を発するばかりだ。最後の言葉は雑音に紛れてほとんど服部の耳には届いていなかった。けれど。
――ま、ええか。
カップルをかき分けて出口へ向かう服部の口元には、まるで眼下にきらめく夜景みたいに、晴れやかな笑みが浮かんでいた。






数年後。
「なーあの階段の上、カップル専用シートなんや、ふたりで座ろ? な、な工藤?」
「……ぜってー、やだ」
「ええっ、な、なんで、ほなあっちの小部屋は? うわオリジナルドリンクやて!」
「…………」
梅田のスカイデッキでは、うきうき度120パーセントで走り回る服部平次と、恥ずかしさに三点リーダー満載の工藤新一の姿が目撃されたという。




2010年05月14日(金)
カウントダウン

単純計算で17回も年を越していれば大晦日と言ったってとりわけて珍しいわけでもなく。
面子だって普段からなんとはなしに付かず離れず顔を突き合わせている連中なのだし。
だいたいが高校生ともなると、それも探偵なんていう特殊な事情があったりすると特に、深夜に外を出歩く機会というのも少なくはないのだけれど。
それでも、三つが一緒になると少なからず祝祭的なムードを帯びてくるのだから不思議なものだと思う。
たとえ会場が近所のしょぼい公園のベンチで、乾杯が服部の買ってきた缶ビールで、カウントダウンは白馬ご自慢の懐中時計によって厳密過ぎるくらい厳密に行われ、年明けの合図として用意されているのが黒羽お手製のいささか不恰好なクラッカーひとつだったとしても、だ。
ちなみにオレは服部と連れ立って酒屋でカワキモノを調達してきただけだから文句の言える筋合いではもちろんない。
そもそも外でカウントダウンをやろうなどと言い出したのは黒羽だった。何でも大晦日の晩に部分月食が起きるのだという。だからって野郎4人が寄り添って天体観察もないだろうし、今はもう月食がはじまっているはずの時刻だが、夜空を見上げてみても妙に煌々とした満月のどのへんが欠けているのかも定かでない。ネットで調べてみても、黒羽に訊いても「ほんのちょっと」欠けるだけ、というのが本当のところらしく、そもそもが肉眼で確認できるものではないのかもしれない。だったら今の宴は全く無目的の集いと化してしまうわけだが……まあ、いいか。
いつになく気楽になっているのも祝祭ムードの魔法だろうか。

23時59分ジャスト、と白馬が厳かに、まるで死亡時刻の宣告みたいな声で告げる。
何秒前からカウントダウンを行うべきかという深淵かつどうでもいい議論を酒の回った残り3人で真剣に戦わせているうちに40秒が過ぎ、気付いたら今年も残り20秒となってしまっていた。
「いいからもう数えようぜ、20、19……」
「いえ、すでに13秒を切っています工藤くん。12、11……」
白馬が乏しい街頭の明かりで懐中時計の針を確認しながら言う。
黒羽と服部はなぜだか肩を組み(酔っているのだ、たぶん)、応援団みたいに左右に身体を揺らしながら声を揃えてじゅーう、きゅーう、と間の抜けた声を上げた。案外仲いいよなこいつら、なんて呆れていたら、
「何、妬いてるの新ちゃん」
「何や妬いとんのか工藤」
同時に言い放ちやがった。妬いてねえよ。つうかオマエら仲良しさん決定。気持ちの中でだけ中指を突き立てて悪態をついているうち残り3秒。いろいろあったような、なかったような今年ともあと3秒でお別れだ。1個しかない上にプールで使う安っぽい水鉄砲か発炎筒みたいだと不評極まりなかった黒羽手作りクラッカーの紐を4人で掴む。

「「「「3、2、1……A HAPPY NEW YEAR!!」」」」
ぱんっ。
クラッカー、というよりは爆竹に近い音が弾けて、新しい年はなんだか平然とした表情でやってきた。飛び出した紙吹雪が頭上からはらはらと舞い落ちる。どうやら中身までお手製だったらしく、大きさも紙の質もまちまちな紙吹雪は、おのおのが好き勝手な動きをして深夜の公園に散った。ひときわ大きな一片をてのひらに納めた服部が頓狂な声を上げる。
「何や「ハズレ」て」
「ああ、それね」
零時を過ぎて吐く息をますます白くしながら、黒羽がにやにや笑って言った。
「当たりは新ちゃんとキス1回」
「聞いてねえぞそんなの!」
オレが叫ぶより早く、白馬と服部は競って紙吹雪の奪い合いをしている。ハイ、オマエらお馬鹿さん決定。服部だけ仲良しさんの上に馬鹿が被っている気がするがヤツが同性と仲良しさんだろうが頭の中身がちょっと軽かろうがオレには関係ない。

くるくると回りながら目の前に落ちてきたピンクの紙片を何の気なしに手に取って月光にかざすと、そこには赤のマーカーで子どもっぽい文字が記されていた。

「大当たり。WISH YOU A HAPPPY NEW YEAR!!」

キスは御免被るけれど。
"WISH YOU"の"YOU"が複数形、つまりここに居る全員に幸福を、と思えるくらいにはオレは上機嫌で、けれどその紙片をこっそりポケットに隠したのは言うまでもない。



あけまして、おめでとう。
今年も、来年も、ずっとずっと、ずっと先まで。
新しい年をこんなふうに、一緒に歓迎できますように。



2010年05月13日(木)
スゥイートメタリック

そんなわけでピンクで祭って大騒ぎしたわけですが、殆どどこでも騒がれているのを目にしてない上に昨日は興奮しすぎて立ち読み3回した末に本誌買い忘れたので夢だったような気すらしています。今日は買ってこよう。養子の名前とかちゃんと検証したい。ただひとり朝イチで反応をくださった(たぶん編集長)、ありがとうございます(笑)。
ここんとこどうも寝つきが悪いので今夜はめぐリズムを使おうかと画策中。今日なんて知り合ったばかりの3人で学園祭に行ったらそのうちのひとりがチベくんだということがツイートと照らし合わせて推測され「もしかして…」と恐る恐る切り出す、という変な夢で目覚めたんだぜ。しかも「もしかして……」の続きはなぜか「ひらのけいたさんでしょう?」だった。
うなぎが食べたい今日この頃。



2010年05月12日(水)
はっとりーーーー!

取り急ぎ叫ばせて。

10週間続いたあとに沖野ヨーコちゃんがさなだひろゆきさんと恋に落ちますように! 工藤が姫になって光の弓とか放ちますように!!! !!!!



2010年05月11日(火)
48

金曜の深夜に「遅れてごめん」なんて言いながら黒羽が手渡してきたのは、束になった大量のレポート用紙だった。レポート用紙って言うか、大学生協で売ってる、ごく普通のルーズリーフだ。そんなものを急に差し出されたら、誰だって何事かと思うだろう。はて、オレはいつからレポートを提出されるような大学教授やらになったんだったっけか。
「……何コレ」
「何って、誕生日プレゼント」
「これ? この紙束が?」
「おう、黒羽快斗渾身の作品。作るのに凝り過ぎて誕生日を大幅に過ぎちゃったけどな、悪ぃ」
黒羽は自慢げに鼻のあたりを指先で擦って胸を張った。
誕生日プレゼントを貰うことにこだわりも期待もないが、そういうのは当日に受け渡さなきゃ意味ないんじゃねえか。しかもワケわかんねえ紙束だし。渾身の作品って、小説か何かか? それって新人賞とかに投稿した方がいいんじゃねえの? それともラブレターとか? うっわーこの厚さのラブレターって相当寒いぞお前。そういった意味のことをつぶやくと、黒羽はみるみるしょげかえって項垂れた。
「まあある意味ラブレターと言えなくもないかな。とにかくそんなこと言わないで受け取ってよ、一生懸命作ったんだからさー」
あまりに悲しそうな顔をするので、取り合えず受け取って、ぺらぺらとめくってみる。
手書きでびっしりと書かれた数式。漢字の羅列。数字の羅列。図形。また数式。カタカナ。
もしかしてこれは。
ページを繰るごとにわくわくと胸が高鳴ってくる。
間違いない。これは全部、暗号だ。
この分厚いルーズリーフ全部が、手製の暗号に違いない。右上に丸で囲った大きな数字がついているのは、暗号の番号を示しているのだろう。全部で48個もある。
「貰っておいてやるぜ、せっかくだから」
素っ気無い風を装ってダイニングテーブルの上に置く。黒羽はみるみる勢いづいて顔を上げ、「じゃあコレな!」と、小さなカードを差し出した。ボール紙でできたカードには、升目と番号が印字されている。ちょうど夏休みのラジオ体操でもらえるカードみたいなものだ。四隅はご丁寧に鳩のシールで飾られていて、手作り感満載だ。
「解けたら答えを言う、正解ならオレがこれにスタンプを押す、全部押し終わるとスペシャルプレゼントが新ちゃんを待っている、オッケー?」
残念ながら、黒羽の解説はほとんど耳に入っていなかった。なぜなら、オレはすでに1番目の暗号を解くのに夢中になっていたからだ。



それも計算のうちなのか、比較的単純なものから、かなり手ごわいものまで、暗号の難易度は様々のようだった。クロスワードパズルを全部埋めた後、一定の法則に従って文字を拾い上げると答えが出るという簡単そうな一枚を選んで解き終えたのが10分後。待ち構えていた黒羽に答えを告げる。
「さあ名探偵、記念すべき第一問の答えをどうぞ!」
「『つばめ返し』、だろ?」
「うっわー、いきなしけっこうエゲツないトコきたねー」
言いながら、黒羽はなぜかいそいそとTシャツと短パンを脱ぎ始めた。
「???」
「ほら新ちゃんもさくさく脱いで。手伝おうか?」
「??????」
「脱いだら後ろ向いて、じゃっ、不肖クロバカイト、ツバメ返し入りまーす」
「ちょ、ちょっと待て、何してやがる……うわっ勝手にローションとか使うな……ッ!」

コトを終えてぐったりしているオレに、黒羽はクローバーのスタンプを一つ押したカードを嬉しそうに差し出して笑った。
「あと47手、頑張ろうね、新ちゃん。あ、ちなみに全部終わるまで帰るつもりないからヨロシクー」

暗号は解きたい。とても解きたい。
いったんはじめてしまったら、スタンプカードも満杯にしたいというのが人の心というものだろう。いやだがしかし。
黒羽の無垢な笑顔とスタンプカードを交互に眺めながら、オレは途方に暮れてベッドに倒れこんだのだった。



2010年05月10日(月)
ニシエヒガシエ

快新ソングに転びそうなところを敢えて服部ソングと認定。ミスチルは私的に平新多いです。微妙に薄暗い。
今年初そうめん。ツナとトマトときゅうりとみょうがを乗せた。食べながらアニメのまじ快を再度鑑賞。夏平新のタイトル探しと、インターバルをちょっとだけ増強。



2010年05月09日(日)
東奔西走

……って、いい言葉だなあ。
すいません会社がいろいろアレで(いや失業しそうとかそういうんではないので心配無用、ただ皆さんと同じように忙しいだけ)日記すら更新できてない状態ですが、家でPCつけたり原稿したりする習慣をちゃんと身につけたいと思っている今日この頃です。それが普通。今日だって朝から(昼から)酒飲んじゃポテチ食っちゃ寝て、のダメ人間でしたがちゃんと脳の状態をスタンバイしました。同人誌読んだりして。普段あまり同人誌を読まないのですが(ええっ。いやまじで。読むのしか読まん。そしてかなり少ない)、同人脳になってると次々読めるのが面白い。史上最強の弟子ケンイチ、じゃなくて史上最大の作戦進行中なので、頑張ろっと。



2010年05月08日(土)
_7

妙な時刻に鳴ったチャイムを訝しみながらインターフォンを覗けば、小さな画面いっぱいに映ったのは、籠に山盛りのくだものと、満面の笑顔。
さっき、電話の声がすこしおかしい気がしたものですから。
当然のような顔で上がり込み、テーブルの上にひとつひとつ並べはじめる。
りんご、ぶどう、洋梨、パイナップル、グレープフルーツ。
続けて紅茶。ジンジャーシロップ。ブランデー。
「どうしたんですか、変な顔をして。好きでしょう?」

ああ、すきだよ。



2010年05月07日(金)
SWEETS

美しくも、禍々しい。
無作法にも我が家に不時着した招かれざる訪問者はその夜、どちらかと言えば濡れて飛べなくなった白いちょうちょみたいに見えた。
できるだけ不愉快な表情をつくって侵入を咎めてみたものの、そもそもが大人しく従ってくれる相手であるはずがなく、見れば早速ぱさぱさと翼を畳みはじめている。
「ひでえなあ、命からがらパーティーを抜け出してきたってのに」
深夜の往来にそぐわぬ大量の赤色灯がパーティーだと言うのなら確かに違いない。しんいちのために、とご丁寧に戯言を付け加える頬のあたりが不自然に白いような気がした。
「……疲れてるのか?」
「なにソレ、精神分析?」
「まさか。ついでに言うとご休憩所でもねえぞ」
警告した先から上着まで脱ぎ捨てて、あらわれた鮮やかなキャンディーブルー。
誰もが触れたいと請い願うのだろう砂糖菓子みたいな唇は、押し付けられてみれば驚いたことにひどく苦かった。
「……毒薬、」
艷やかな笑みにつられてなぞった指先に乾きかけの血液。
毒薬の正体。
媚薬、だったのかもしれない。
悪夢の登場人物になった気分で倒れ込んだベッドがふたり分の体重に悲鳴をあげる。
「モノクルも外せ、馬鹿みてえ」
「これはダメ」
「なんで」
「バレちゃうじゃん」
「……マジ、馬鹿みてえ」
吐き掛けた唾を飲み下し、飲み下した体液をまた吐き出して、それからずっと裸で抱き合ってばかりいるオレたちは、そのうちカミサマみたいな何者かに頭から喰われちまうに違いない。

*SPANK HAPPY/「SWEETS」



2010年05月06日(木)
ディープメモリー・ダイバー

「退屈だ」
「きみほどの人でも退屈なんてことがあるんですね、工藤くん」
「何か話せよ」
「ええと、じゃあシュレディンガーの猫なんかどうでしょう」
「却下」
「マクスウェルの悪魔」
「却下」
「バタフライ理論」
「それも却下」
「サルトルの存在と無について」
「却下……知ってることばっかでつまんねえ」
「じゃあこれは知っていますか」
「?」
「僕はきみが好きです、工藤くん」



2010年05月05日(水)
スパコミ御礼

取り急ぎ、5月3日のイベント御礼。
スペースまでお運びくださったお客様、本をお求めくださった方、遊んでくれたお友達、皆様本当にありがとうございました! お天気にも恵まれて、楽しいイベントになりました。割と暇だったので(新刊がなかったせいとも……すいませんすいません)、のんびり買い物にでかけたり、他ジャンルに遠征したりできて良かったです。コナンも映画効果なのか、拙平新スペで販売してる快新本(「まなつのくに」とか)に目を留めてくださる方がいらしたり、すげえ欲しかったペーパーをゲットしたり、差し入れいただいたり、妹の師匠に弟子入りを申し込んだり、遊びに行った京極エリアが盛況だったりと、嬉しいことがすごく多かった……!
アフターはutgをお持ち帰りする暴挙(笑)に出まして、かなーり濃いお話をさせていただきました。ありがとうございます! そして編集長及び編集者にも毎度のことながら世話になったのでした。楽しかったー。
次回は受かっていたら夏コミになります。
「かなーり濃い話」を反映した新刊をたくさんご用意して……と思っていますので、またよろしくお願いいたします!



2010年05月04日(火)
天空の難破船

「オレかて、できることやったらこの空飛ぶ船に乗って、雲の上の魔法の国へ工藤とふたりで飛んで行きたいもんやで……」
「新一、服部が熱出してる! 救急車呼べ早く!」
「服部だってたまには冗談くらい言うだろ」
「……冗談なのか?」
「え? マジやで」
「……き、聞かなかったことにしねえ?」
「そだね……」



2010年05月03日(月)
スウェーデン旅行

誰にも話したことはないし、話すほどのこともない、ほんの些細な違いだけれど、高校生のカラダに戻って、驚いたことがふたつほどある。

ひとつは、言葉が通じないこと。
もちろん同じ日本語なのだから、全く意味が通じないということではないし、服部や蘭や園子とは以前と同じように会話できるのだけど。元・同世代――子供たちを相手にした時、あれだけツーカーで小学生をやっていた頃とは違うのだ、と思い知らされることがあった。
ゲーム。テレビ。ドッヂボール。宿題。少年探偵団。
通学路で会う元太や、光彦や、歩美が口々に話しかけてくる言葉は、まるで薄い膜を隔てて届く遠い異国の言葉みたいに聞こえた。
小学生になって、高校生に戻って、気分としては地続きのつもりでも、実際は何かが変わってしまっているのかもしれない。喪失感に打ちひしがれるなんてことはないが、ちょっと寂しい気はするものだ。

もうひとつは、鏡に映る自分の――工藤新一の、顔だった。
鏡の中の自分はどこか晴がましいような、穏やかな表情をする。
オレってこんな顔してたっけか? と首を傾げてしまう。
空白の時間が記憶を歪めているわけでは多分ない。
それはこのカラダに戻れたっていう、安堵によるところも大きいのだろうけれど。
今は遠くなってしまったあいつら、小学校のかりそめの同級生、あいつらが、変な話だけれどオレを成長させてくれたんじゃないかと思うのだ。元に戻ったんじゃなくて、あいつらと過ごした時間の中で、オレも成長した証が、この顔なんじゃないか、と。

照れくさいから、絶対口にはしないけれど。



2010年05月02日(日)
取り急ぎ

今更スペースナンバーのみ…!
5月3日の東6む29bになります。
無料配布の小噺と、一年前に出した「記憶喪失学・熱病の起源」を廉価版で再販したもの、あと在庫を持って行くと思います。よ、よろしくお願いします。



2010年05月01日(土)
あまてらす。

閉門。
固く閉ざした扉より先、誰も立ち入ること罷り成らぬ。

―――ぱたん。
世界のどこかで、扉の閉まる音がした。
フライパンを煽る手を不意に止めて顔を上げ、夜空に不吉な予兆を発見してしまった古代人さながらに眉根を寄せた。忙しなく泳がせた視線を最終的には何もない天井に固定して、深呼吸を数回。
「服部ッ、焦げてる」
肩を叩かれてなお、言われた意味がわからないという風に目を瞬かせている服部を見限って、黒羽が横から手を伸ばし、ガスコンロの火を止める。
「くろば……ああ、火か」
「珍しいじゃんぼんやりして、どうかした?」
「えーと」
ようやっと現実を認識しはじめた様子だが、それでも言葉にしにくそうに首を捻っている。やや長い間があって、ぼそりと「音が」とだけこたえた。
「音?」
「いや、聴こえたような……予感?」
「意味わかんね。予感て何の」
「うーん、扉の閉まる、ちゅうか」
「うわっ、それ幻聴じゃね? まあ幻視より幻聴のほうがまだ程度軽いらしいから安心しな」
黒羽は無責任にそう言い放つと、ソレもう完成だよな? とフライパンの中身を確認し、階段の下までたらたらと歩いていった。
「新ちゃーん、昼ゴハンできたよー、降りといでー」
「自分で作ったみたいに言いなや」
気のせいか、と思い直してみたものの、心のどこかで服部は確信していた。的中を思い知ったのは僅か五分後。工藤がいるはずの階上からは返事がないどころか、何の音も聞こえない。寝てんのかな、と呑気に構えてドアをノックするために二階に上がった黒羽は、やがて首を振り振り階段を降りてきた。「いい」とだけ、お返事をいただいた、とのことだ。ここで黒羽も、ぼんやりとだが異変を察知するに至る。
服部はといえばもう冷静さを取り戻した様子で默々とチャーハンを皿に盛り、そのうちの一皿には丁寧にラップをかけて、ダイニングテーブルの隅に置いた。
皿がかたん、と乾いた音を立てた。

あ、来る。
めまいや耳鳴りが端緒のこともあるが、ほとんどは全くの全く不意打ちで、予感したときには、実際はもうはじまっている。まるで不吉な雷だ。光ったと思ったらもう打たれている。避けようがない。
錆びついた青銅の鋭利な切先。すべてが精巧に細工されたミニチュアの部屋に自分の姿を発見した時のような不快感。
■■しているのに。
■■していたのに。
誰が?
誰を?
ここは、どこ。
不思議の国に迷い込み、果てしないクエスチョンマークの群れに囲まれて微動だにできずにいるお嬢さん。
違う、オレが。
オレ△△か■○バ△△○■■■××のに。

誰も、誰も、誰も。
はいってくるな。



嘘だ。
――たすけて。



「哀ちゃん、何て?」
通話を終えるなり、すぐ横で耳をそばだてていた黒羽が待ちきれなさそうに声をかけた。主治医である隣家の科学者に電話するように促したのも黒羽のほうだ。
「様子見て、体調に問題があるようならいつでも呼べ、て」
「『様子見て』たって」
「まだええやろ、夕方やし」
「服部さあ、もしかして」
「んー」
「浮気した?」
「まさか」
「だよねー、じゃあアッチか」
「どっちやねん」
「襲ったんでしょ」
「そんなん、できへん……ッ! やなくて、してへんて、指一本……」
「へー」
「なんやその目は」
「意外。シてないんだー、キスも?」
「余計なお世話」
「キスしたら目がさめるかもよ、お姫様」
「舌噛んで自害するかもしれへんけどな」
「じゃあさ、踊ってみようか、オレ」
黒羽はうーん、と唸って顎を撫でている。冗談とも本気ともつかぬ戯言を繰り返すのは、その実不安でたまらないからだろう。
「全裸やで」
苦笑しながら席を立ち、ちらと天井に目をやって頷いた。
工藤家のコーヒーミルは手動である。
ぐるぐる、がりがりとハンドルを回して豆を挽けば、香ばしさが部屋に満ちる。
服部はもういちど小さく、誰にもわからないくらいに頷いて、笑った。

ぱたん。
岩戸なんて重厚なモノじゃなく、薄っぺらいドアが開く軽い音。
来るときも突然だが、去る時も突然なんだから迷惑と言えば迷惑な話だ。
ドアはドミノ倒しみたいに次々と開き続け、射し込む光を呼吸するみたいに浴びた。
目の前にいなくても、いつでもそこにある光の名前を呼べば、冷えていた身体が芯からじんわりと暖まる。
服部。
いつだって、何度でも何度でも、オレは繰り返し再生する。
もし二度と逢えなくなったって、おまえが存在していたというそれだけで、その事実だけで。
そう、決めたんだ。

長い午睡から覚めたような、どこか覚束ない足取りで、工藤が階段を降りてきたのと、服部が煎れたコーヒーがカップに注がれるのと、ほぼ同時だった。
「コーヒー飲むか、くどー?」
「ん」
「牛乳入れたろ、昼食うてへんからブラックは胃に悪いわ」
「多めで」
「らじゃ」
嬉々として冷蔵庫に牛乳を取りに行く服部に感嘆の視線を送る黒羽の隣、アイボリーの毛布にくるまって、いつの間にか横に座っていた工藤は、まるで数日ぶりに奇跡的に救出されて安堵している遭難者みたいにみえた。