舌の色はピンク
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我が家の玄関の壁には穴がある。 ラグビーボール形状のそこそこ大きな穴だ。 酔っ払って帰ってきた兄がよろけてエルボーをくらわし どかんと空けてしまったという供述を家族から又聞きした。
「これはいかん、なんとかせな」と母は一計を案じたらしい。 数日して、穴はふさがれていた。 一体の人形によって。 人形ごときで穴の存在を隠し通せると思ってるおばさんの発想も 浅はかなばかりで、すでに愚の骨頂ではある。 だけどもそれ以上に、穴を隠す大役に抜擢されたその人形が…… ……ナンセンスの極みというか、シュール、アヴァンギャルド…… ……つまびらかに彼のデザインを記述すると、 まず目隠しされている。得体の知れない黒い帯で。 世界的な時流も相まってシャレにならない恐ろしさがある。 口には赤いプラスチックのリングが縫い付けられていて、 見ようによってはおしゃぶりみたいで可愛らしいのだが、 近くで観察すると赤ん坊が泣き出しそうなグロテスクっぷりが伺える。 また、ぶかぶかでチャーミーな服を着てはいるのだけども、 袖、裾がなぜかこれまた縫い付けられていて 手首足首の露出は控えられている。 極めつけは、これは人形のデザインでなくて母の所為なのだけど、 このホラー人形によって穴を隠すために、 あの女は人形を吊るすという手段を採用しやがった。 い、糸を……首にかけて……。吊るして……。
玄関にあるがために毎日必ずその人形(穴飾り様と呼んでいる)と会うので、 今では外出、帰宅のたびにきっちりお辞儀するのが日課だ。 じゃないと呪いとか確実に、 少なめに見積もって日に20は降りかかってくるだろう。
だけど、ホントは、穴飾り様に怯えて過ごさなきゃならんこんな毎日、 もう嫌なんだ……。 だれか……だれか……。
青天白日、爽やかな5月。 五十音順に反発したい季節。
僕は"な行"の順に違和感を覚える。 僕の中では、"な行"はそこそこの実力者で、 "は行"なんかよりも前に登場してしまうようなザコではないのだ。 辞書でもなんでも、いつも"な行"の字を探すときには "は行"のページをめくっていってしまう。 ……何年も何年も……同じ過ちをくりかえし…… 。 だって、"な行"が"は行"に負けてるわけがないから…! "な行"のアウトローさは"わ行"に近いレベルだぞ! そこんとこわかってんのか! "な行"のもつポテンシャルからは ナニワのヌネノとかそんな異名すら似合うんだぞ。 "は行"のような、濁音や半濁音といったアクセサリーをまとってる 軟弱半端外道卑怯者とは比べ物にならない。
あと"や行"も侮られている。 なんで"や行"が"ら行"より格下にされているのか 僕にはまったく意味がわからない。 これについては、小学校一年生のときに平仮名を五十音順で習わされるけど そのときからの疑問だった。 「ぼ、ぼくの"や行"さんが"ら行"ごときに!」 ってショックはかなり大きかった。 ジャイアンが隣町の番長にやられたときと同じ衝撃が僕に走っていた。 "や"さんと"ゆ"氏と"よ"クンの3人だけで構成された…… まさに精鋭……真の実力者の集い……"わ行"さんに挑めるほどの最強のトリオ……である"や行"さんを……! あんまナメてっと 頭カチ割んゾ!?(マガジンヤンキー漫画風)
……結論としては、僕が思うに 「あかさたまはならやわ」が正しい形だ。
"やさい くだもの の店"という看板をかかげた店があった。 八百屋を名乗りたくはない様子だ。 たしかに八百はサバ読みだろう。 嘘はいけないのだと学ばされた。
ちょっとボーっとできる時間があって 仰向けで寝転がり虚ろな目して呆けながらふと
右手って左手と似てるなあ……
と思って(7:3くらいで本気で思って) 気だるく携帯を握り締め緩みきった動きで その旨を友達にメールしてみた。 「字が?」(返事) ダメだコイツ……。僕は起き上がって 力強く携帯を握り締め颯爽とした動きで ――右手という存在はいかなる万物と比べても ズバ抜けて随一に左手に似ている存在であろうが といった文章を400字程にわたって説明したメールを乱れ打ち 息切れした。 「まとめてよ」(返事) まとめても何も、出オチなんだけどな…… 右手って、左手と、似て……あわゎゎぁ。 すでに呆け状態から覚醒してることもあって 本気率が1:9くらいになってしまっていた僕は 顔をまっかっかにして今後の行く末にへこんだ。 恥ずか死にそうだった。
今のバイト先で、S谷さんに似てるS谷さんに似てると言われる。 S谷さんてのはちょいと前に辞めていったお方だそうな。 僕とは、顔つきと表情、喋り方、雰囲気が似ているらしい。 そして困ったことにかっちょ良かったらしい。 となると比べられてしまうわけだ。 S谷さんを直接は知らんけど、 どちらかと言えばもう僕が劣っているはずなので、 劣化版S谷さんとして今後過ごしていかねばならないことは 大変つらい。
僕はひとつ前のバイト先で、 Tっちゃんに似てるTっちゃんに似てるとも言われていた。 Tっちゃんてのはちょいと前に辞めていったお方だそうな。 僕とは、顔つきと表情、喋り方、雰囲気が似ているらしい。 そして困ったことにかっちょ良かったらしい。 となると比べられてしまうわけだ。 Tっちゃんさんを直接は知らんけど、 どちらかと言えばもう僕が劣っているはずなので、 劣化版Tっちゃんさんとして以後過ごしていかねばならなかったのは 大変つらかった。
こうしてイバラの道を経てきた僕には、 蛾や埼玉県やコロ助や波のプールの気持ちがよくわかる。 あいつらは悪くない。 なにも悪くない。
自分はよくぞホモ男に育たず 正常な性愛者になれたなぁと時折ゾッとする。 いかんせん環境が危うかった。
中学のときは男友達で集まって遊ぶのが常だった。 とくに仲の良かった友達(仮にΣと呼ぶ)とは ほとんど毎日のように遊びほうけていた。 たいていはサッカーボールを使って外で走り回り、 雨の日には僕の部屋にて二人してごろごろするのが定番だった。
中学生になったごときで子供を卒業し 大人気分となっていた当時の僕らの間では 小さいころにしていた遊びをするのが流行っていて、とくに、 寝転がって足で相手を持ち上げぐるぐる揺らす 「飛行機」と称していた遊びをよくしていた。
忘れもしない中一、六月。雨の日。 僕が寝転がったΣの体の上におもむろに覆いかぶさり いつもどおりに足で持ち上げられて「飛行機」を堪能した数秒後 いつもどおりに最後はどすんと落ちて 体が重なり合ったときに目に入ったのが、 動物の交尾の模様を取材したドキュメント番組を放映しているTV画面だった。
そこから一体どういう流れになったのか、 あんなに夢中になっていた「飛行機」は寸刻も待たずして廃れきり、 代わりに世にも恐ろしい新たなる遊びが産声をあげてしまった。
解説するのもおぞましい。
一人がうつぶせに寝転がり、同じ体勢でもう一人が上に重なり、 たった一つのシンプル極まりないフレーズを言い放つのだ。
「交尾!」
叫ぶ。振る。揺れる。笑う。
「交尾!」「交尾!」「交尾!」
わめく。よがる。もだえる。わらう。コービ! わらう。
こんな楽しい遊びに飽きる日が来ることなんて全然信じられなかった。
今思えば狂気の沙汰ながら、 以来梅雨が明けきるまではどえらいブームとなって 僕たちをアブノーマリーに走らせていた「交尾!」は、 その異常性を僕らに気づかせぬままにいつの間にか消え失せていった。 曇天を退けて現れた輝かしい太陽とともに、 夏がすぐそこで顔を覗かせていたんだ。
毎年、こいのぼりの歌を聞くたびに胸にモヤモヤしたものがくすぶる。 幾度と無く鑑みてようやっと理由が判明した。
「屋根より高い こいのぼり」
こいのぼりは元来屋根より高く生息してなんかないじゃないか……! 人間が屋根の上に設置してるんじゃないのか。 いわば自作自演だ。やらせだ。 さらにいえば、 「こいのぼりは屋根より高いんだぜ?」 と吹聴している陰で、 「そんなこいのぼりを設置した俺はもっと高い存在なんだぜ?」 といきまいてるようにも捉えられる。 いわば自画自賛だ。てまえみそだ。 「屋根より高いこいのぼり」を歌ってる奴は一体だれなんだ。 許せない。 こいのぼりをナメてる。
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