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 お婿にいった四+カカのお話
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  春雨-2話
  桜宵-4話
  テン子シリーズ
  カカシとテン子のど〜でもいいヒトコマ


  a sirial -暗部なテンカカ話-

  あんしゃんて-9話
  二人の出会い

  びとぅぃーん・ざ・しーつ-12話
  二人の“初めて”または物語の始まり
  ぱすてぃす〜前章
-18禁-
  ぱすてぃす
  びとぅーん・ざ・しーつのその後
  ぱすてぃす〜後朝 -18禁-

  猩々   おまけ -18禁-
  モジモジしている二人の一歩
  マラスキーノ 後日談
 ホワイトデー話

  らすてぃ・ねーる-12話
 ※4 に、テンカカ以外の絡みあり
  任務に出た二人
  カカシの過去を垣間見る

  恋女   後顧   おまけ
  ストーカー被害に合うテンゾウと
  嫉妬な先輩


  九夜十日
  イタチ里抜けのとき

  百年の恵み
  長期任務の小隊長を命じられるテン
  百年の孤独-6話
  初めての遠距離恋愛なテンカカ
  たーにんぐ・ぽいんと-8話
    テンゾウの帰還

   香る珈琲、そして恋 -キリリク話-
 四代目とカカシの絆を知って、
 テンゾウは……

 【1部】 だーてぃ・まざー-4話
 【2部】 ぶらっく・るしあん-4話
 【3部】 ぶれいぶ・ぶる7話
 【Epilogue】 そして、恋

  あふろでぃーて-5話 -キリリク話-
 くるみ


  a`la carte
  -暗部なテンカカとヤマカカの間話-

  春霞-4話
  暗部を離れたカカシとテンゾウ
  ちぇい・べっく
 -可愛いお嬢さん-
4話
  ※2,3に、ごく軽くテンゾウ女体変化あり
  久しぶりのカカシとの任務
  聖牛の酒-3話
  波の国任務の少しあと
  てぃままん-3話
  波の国と中忍試験の間

  月読-5話 -キリリク話-
 月読の術に倒れたカカシを心配しつつ、
 イルカ先生の存在が気になるテンゾウ

  月読 後日談


  テキーラサンライズ−19話
 ぎむれっと前日譚


   ぎむれっと-40話 -キリリク話
  かっこいいカカシと、
  惚れ直すテンゾウ
 ※途中、18禁あり
  プロローグ  本編  エピローグ



  La recommandation
 du chef
-ヤマカカな話-

  再会-Reunion-  第二部





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2007年08月31日(金)
たーにんぐ・ぽいんと 2)


「ふーん。じゃ、とりあえず無事に政権交代したんだ」
「はい。新王擁立については、前王も水面下で動いていましたし……自分の体調にも気づいていて、準備していたんだろうというのがボクたちの見解です」
シャワーで汚れを落とし、洗濯物が乾燥機のなかですっかり乾くころ、先輩はやはり窓から現れた。手には、酒とどこぞの飲み屋で仕入れたらしい惣菜。『花散里』の持ち帰りご膳でなくて、ボクは心底ほっとした。
そして、ボクたちは、次の任務の話をすることもなく酒を飲んでいる。
まるで二ヶ月前の続きのように。

「海に囲まれた国って、違うでしょ?」
暗部装束から、ボクのシャツとパンツに着替えた姿は、すっかり緩みきっていて、もちろん素顔を隠してもいない。
「ええ。風からいつも潮の匂いがして。木の葉も砂隠れなどに比べれば空気が湿ってますけど、もっとしけっているというか」
「うん。潮を含んで、濃いんだよね」
今回の任務は、豊かな海底資源を有する国の王が病の床に伏したことに端を発した、表向きは王族の護衛、事実上は諜報のための任務だった。幸いクーデターも起きず、政情が不安定になることもなく、王の死後、すみやかに政権が交代し、ボクたちの任務も終わった。
「任務でなければ、海は綺麗だし、海産物はおいしいし、気候も温暖で住みやすいんだろうなと思いましたよ」
「そうだねー。新鮮な魚、食べ放題だよねぇ。あ、なんかオレも行きたかったかも」
口を尖らせる先輩に、ボクはハハハなんて笑っている。
いったい、この和やかさはなんだというんだろう、と頭の片隅で考えながら、山菜の煮物をつまむ。
「狭い国ですが、火山帯が通っているらしくて、内陸のほうには温泉もあるって聞きましたね」
「もったいなかったねぇ、入れなくて」

任務中は、そんなこと思いもしなかったのに、遠く離れた里に戻ってきてから、ふと先輩を連れてあの国の温泉に行くのもいいかな、などと思う。
小さな国で、内陸と言っても海からもさほど離れていないから、きっとおいしい魚も堪能できるだろう。ご機嫌な猫みたいに目を細める先輩の顔が浮かんでくる。
ずっと張り詰めていた糸がゆるゆると解けていくときの気だるい感覚に、ボクはほっと息をついた。

命の危険を感じるような事態にこそ遭遇しなかったが、一瞬たりとも気を抜けなかった。ある意味、暗殺よりも緊張を強いられる任務だったかもしれない。
己の感覚が日常に戻っていくのを感じながら、ボクは先輩の色違いの目をぼんやり眺めていた。
「テンゾウってさ」
テーブルの上に顔を乗せた先輩が、上目遣いでボクを見る。
「なんですか?」
「……なんでもない」
そう言って、ふぅっと視線をあらぬほうに泳がせる。
すねているようにも見える態度に、ボクは首を傾げた。なにか機嫌を損ねるようなことをしただろうか。
「うん。でも、そういうところが、テンゾウなんだよね」
先輩は自己完結したみたいに言うと、よっと上体を起こした。
「もう、酒はいいや」
「じゃ、お茶漬けでも作りましょうか」
うん、と頷く先輩は、長期任務に立つ前まで馴染んでいた先輩のままだ。
いつもは冷凍庫に、何かしらストックがあるのだが、今日は何もない。
「海苔茶漬けでいいですか?」
尋ねながら、ボクは先ほど身内を貫いた痛みを思い出す。
ああ、そうか。ボクは、先輩に会いたかったのだ。
とても、会いたかったのだ。

小隊の一つを任されたボクは、ことあるごとに、「カカシ先輩だったら、こんなときどうするか」と考えた。
ボクと先輩は違う。個性も忍としてのありようも違う。
けれどボクにとって、上司として範にしたいのは先輩だ。土壇場での決断力、いざというとき道を切り拓いていく行動力、そして何より決して仲間を見捨てない強い意志。
先輩のようにうまくできたわけではない。それでも、ボクはやってのけた。まぁ、うまくできたほうだと思う。
別に、ほめて欲しいわけではない。
ただ、このひとがいたから、今回のボクがあったことを、会って確かめたかった。
そして、あとは……なんども思い浮かべたそのひとの実像に、会いたかっただけだ。

なのに、あんな噂を聞いて……。
先ほどとは別の痛みが走った。これは、知っている。嫉妬、だ。他を妬む気持ちが生み出す、どす黒い感情。
妬みは、時に国を揺るがすこともあるけれど、ボクのコレは、ボクがいない間、先輩のそばでその温もりを分け合った相手へのものだ。

「なーに、ため息ついてんの?」
ひょい、と先輩が肩越しに声を掛けてきて驚いた。
「テンゾウがつくるお茶漬け、おいしーんだよね」
無邪気に喜ぶ声だけ聞いていると、このひとのどこが暗部の凄腕なんだろうと思う。
いつも思っていたことを、また思った。
「はい、どうぞ」
大ぶりの椀に、熱い茶をかけまわして先輩に渡す。同じものを、自分にも。
にこ、にこ、にこ。嬉しそうに茶漬けをかっこんでいる先輩に、思わず笑顔になる。
もう、いいや。なんでも。
こうして、ここにいてくれるなら。
独占したいなんて、ボクだけのものでいてほしいなんて、そんなことは思っていない。
「ごちそうさまでした」
そう言って、先輩が目を伏せ、上げる。
ボクが食べ終わるのを待っている。
食べ終わるのを? それとも、別の何かを?

散らかった食器もそのままに、ボクは先輩の手を取った。
小首をかしげるようにして、先輩はボクを伺う。そして、小さく「いいの?」と聞いてきた。
こんなこと初めてだったから、ボクは戸惑う。
「えっと、その……疲れてない?」
ためらいがちに、照れているとも思える口調で聞かれ、ボクの理性は崩壊した。いや、消滅した。
疲れているかって? そりゃ、疲れている。疲れているけれど。違う、疲れているからこそ、ボクは。

神経をすり減らし、体力も削り、へとへとだった。
けれど、小隊長だったから、疲れを見せるわけにはいかない。
ぎりぎりまでチャクラを消耗しながら、いつもヘラリと笑っていたこのひとのように。
ボクは……。

「く、くるし、テンゾ」
小さく訴える声を無視して、ボクは抱きしめた。
ボクより少し細身で、でも鋼のように鍛えられた身体を、力いっぱい抱きしめた。
会いたかった、会いたかった、会いたかった。
「先輩」
まるでボクのほうがすがり付いてでもいるかのようだ。
「会いたかった」
万感の思いを込めて告げた言葉は、結局、陳腐なひとことだ。
「うん……俺も」

先輩の体温と心拍数が一気に上がった。
すでに潤み始めた目が、ボクを見つめていた。



2007年08月30日(木)
たーにんぐ・ぽいんと 1)

*これは「百年の恵み」「百年の孤独」から続くお話です。


『写輪眼がさ……』
耳を掠めた言葉に、ボクは足を止めた。
『入りびたりだって』
『ここんとこ、遊郭での噂、聞かなかったのにな』
『いい妓でも見つけたんじゃないか』
『いつもの、気まぐれだろ?』
『いつまで続くか、賭けようぜ』
『ああ、それいいな、じゃ、俺、1ヶ月……』
声の主たちを問い詰めてやりたい衝動を抑えて、ボクは自室に向かった。
ヒグラシが名残の夏を惜しむように鳴いている。
今回の任務のため特別に編成された暗部4個小隊の一員として出立したのは、里の木々が夏に向かって濃い緑をまといはじめたころだった。
あれから2ヶ月余り。主のいなかった部屋には、うっすらとホコリが積もっている。
窓を開け放って部屋の熱気を逃がし――。
「先輩? 何やってるんですか」

目の前の枝葉の影から、カカシ先輩の夏でも白い顔が覗いていた。
「お帰り。テンゾウ」
ヒョイと身軽に窓から入ってくる。
「あ……ただいま戻りました」
暗部面を後ろに回し、口布を下げた先輩がニッと笑う。
「オレって、いい勘してるなぁ。そろそろ戻るころかなって思って来てみたんだ」
「先輩は? 任務帰り……じゃないですね」
「今日は里内警備。交替の時間になったら、また来るね」
チュッと音を立ててボクの唇を軽く吸うと、面を前に回してまた窓から飛び出していく。
ひらひらと揺れる右手の残像が、しばらく目の奥にちらついた。
『いい妓でも見つけたんじゃないか』
噂話を思い出し、ボクはため息をついた。

初めてツーマンセルで任務を請け負ったのが、初春のころ。
その日、ボクたちは初めて抱き合った。
あまりに自然に腕の中におさまったあのひとに、驚くよりも先に、ボクは溺れた。
戸惑いは、遅れてやってきた。
それはそうだ。カカシ先輩には、両手の指では足りないほどの“伝説”がある。
虚実ないまぜとなったそれらは、もはや尾ひれ背びれに羽まで生えたとしか思えず、信憑性は薄いのだが、反面、妙な説得力もある。つまるところ、はたけカカシという男は、伝説さながらに実態が掴みづらい存在なのだ。
そんな彼が、猫科の動物のようにするりと身体を寄せてきたとしても、真意がどこにあるのかなど、ボクごときにわかろうはずもない。
つまみ食いされたのだ、と割り切ろうとしたこともある。
けれど、違っていた。
違っていたとわかってからは、熱に浮かされたようだった。
まるで、互いをむさぼるかのような時間だった。
その前から、カカシ先輩の足は花街から遠のいていたが、あのころも同様だった。
ただ、その理由は、他里の忍に狙われているから、というものだ。
決してボクがいたからではない。
それでも、ボクたちはたびたび甘く濃密な時間を共有した。
たまに任務がすれ違うことがあっても、たいていは同じ隊で動いていたし、待機の日は一緒にいた。
恋人同士だと、思っていた。言葉に出して確かめもした。
けれど、やはり不安は根深く、ボクのなかにあったのだろう。

長期任務、と聞いたとき、初めてボクは先輩と離れていることの不安を自覚した。
先輩の肌に馴染んだ時間を思い、先輩と離れて過ごす時間を何度も思った。

でも、待っていてください、とは言えなかった。
浮気をしないでほしい、とも言えなかった。
喉まででかかったその言葉を、結局、のみ込んだのはなぜだったろうか。
多少は見栄もあったかもしれない。
そんなことを言ったら、まるで先輩を信じていないようじゃないか、とも思った。
けれど、では信じていたのかと問われれば、答に詰まる。
任務に就いているボクはいい。
会いたいと思うことはあっても、相手に触発されないと情動の起こらない体質だ。
けれど先輩は違う。身近にいれば、いつもボクを欲しがった。
そのさまは冷静に見ても、発情期真っ最中の獣並だった。
遊郭に居続けたという噂も、あながち嘘ではないと思ったほどだ。
そんな先輩に、ひとりで耐えろとは言えなかった。

出立の前夜、先輩に急な任務が入った。
早朝の集合のとき、ちょうど任務を終えて帰ってくる先輩と行き合った。
少し離れたところからボクたちを見送る先輩に、若手を中心に構成された隊はざわめいていた。
なぜ、あのカカシ先輩が?
不思議に思いながらも、みなどこか湧き立つような気持ちでいたようだ。
先輩の視線とボクの視線が、一瞬だけ絡み合ったとき。
先輩は肩のところで手をヒラヒラとさせた。
面をしていたから表情はわからなかったが、たぶん先輩は笑っていたのだと思う。
その身体のどこからも血臭が感じられないことに安堵して、ボクは旅立った。

帰ってきたときのことを考えなかったといえば嘘になる。
ただ、今までと同じような時間が流れると思っていいのかどうか、わからなかった。そうであればいい、と願いはしたが、所詮、願望だ。
その一方で、先輩との絆が断ち切られることはないと確信していた。
ボクの所属はカカシ先輩の隊だ。それは変わっていない。

帰ってきた途端に聞かされた浮名には、正直、やられた、と思った。
そして、さっきの行動。
「やっぱり……わからん」
ボクは窓際に、座り込んだ。というより、脱力した。
――いい妓を見つけたんでしょう? だったら、なんでボクの部屋になんか来るんですか?
目の前にいない先輩に向かって、あれこれと質問を放つ。
――そろそろ戻るころ、ってどういう意味ですか? まるで……。
そう、まるでボクの帰りを待ちわびていたみたいな言い方じゃないか。
でも、花街にもいい妓がいる。
――それはそれ。これはこれ。そういうことなんですか?
自分で言っておきながら、それはそれ、これはこれ、ってどういう意味なんだろうと考える。

「また、来るね」
先ほどの言葉に、「別れ」の匂いはなかった。
おそらく、別れるときは何も言わず去っていくだろう。
そしてボクは、そうやって先輩が離れていけば、地に沈み込むかのような寂しさを覚えはしても、追いかけるようなことはしない。任務に支障をきたすような真似もしない。
いかに私的な感情を切り離して任務に臨むことができるかは、暗部の適正のひとつだが、それに関してボクは自信をもっている。
ボクのそういう資質をふまえたからこそ、先輩はボクと関係を結んだと、どこかでボクは思っていたのかもしれない。何かあったとき、説明も弁明も必要ない相手だったから、と。

だったら、なんのために来るのだろう?
「もしかして、次の任務の話?」
一応、長期任務から戻ったばかりだから数日の休暇をもらえるはずなのだが。
もし、先輩が特に必要とされる任務があれば、ボクがバディを組むことも考えられる。あるいは、ボクが間に合えばボク。帰還が間に合わなければ別の相手、という二段構えなのかもしれない。
ならば、「来る」の意味もわかる。
長期任務から戻ったばかりのボクが、また任務に出ることができるかどうかの様子伺いだとしたら。
「なんだ。そうか」
ボクは立ち上がった。
そういうことにしておきたかった。
あのキスに何か特別な意味があると、期待したくなる自分から目を背けたかった。

「まずは、洗濯かな」
次の任務が控えているなら、予備も含めて汚れきっている支給服を洗わなくては。
胸の底のほうがキリッと痛む。
痛みには慣れているはずの忍であるボクにとって、初めて経験する種類の痛みだ。
それがどういう意味をもっているのかぐらい、わかる。十代後半で経験するのが遅いのか、早いのかはわからないけれど。いずれ、この痛みも自分を鍛える糧になる。
ボクは汚れ物の詰まった荷物を抱えあげた



2007年08月25日(土)
香る珈琲、そして恋 〜そして恋 最終話


「見てみて、テンゾウ、ほら、あれリンゴ飴」
「食べたいんですか?」
「ううん、甘いの苦手」
こんな問答を何回繰り返したことだろう。
最初は綿菓子で、次は飴細工、その次は焼きそばで次がたこ焼き、甘くない2つは「おなか空いてないもん」の一言で却下された。
つまり先輩は食べたいわけではなく、祭りのときのみ供される特有の食品について、ボクに教えてくれている、そういうことなのだろう。
そして「あ、金魚すくい」と言うや、まっしぐら。
なんかボク、ものすごいデジャブと言いますか、これ四代目と子ども時代の先輩だったんじゃないかという推測に捉われているのですが。配役はまったく異なっていますが。
あわてて追いつくと、「金魚じゃなかった」とふくれている先輩がいた。
子供用のビニールプールの中でぷかぷかしているのは、小さなボールだった。
「あ〜ぁ、なんか情緒がないなぁ。最近は金魚すくいじゃなくて、スーパーボウルなんだって」
ぶーたれる先輩を、「まぁまぁ」とおだてて、ボクは使い捨て容器に注がれたビールを差し出す。
「ボクらは、こっちでいいんじゃないですか?」
続いて、焼き鳥の包み。
「味は保証しませんけど」
と言うと、先輩は笑った。

「オレ、いま分かったよ」
焼き鳥をもぐもぐしながら、先輩が言った。
「四代目、オレに気を使ってお祭りにつれてきてくれたとばっかり思っていたんだけど、違ったんだね」
「違った?」
「あれ、絶対、本人がお祭りを楽しみたかったんだよ」
そうだよ、あのひと、意外とノリのいいひとだったからなぁ、と先輩が呟く。
たぶん、それはどっちもほんとうのことだったのではないかとボクは思う。
先輩に祭りの楽しさを経験させたかったのもほんとう。でも、自分が楽しみたかったのも、実はほんとう。
自分がその楽しみを知っているから、先輩と一緒に楽しみたかったのだ。
任務だけでなく、楽しい思い出に残る日々を分かち合いたくて。
「ステキなひとじゃないですか」
そう言うと、先輩はまるで自分をほめられたみたいにちょっと照れた。
妬けたけど、でも、里を守って散った四代目に敬意を表して、焼きもちはひっこめた。
「あ〜あ。一回ぐらい、やっておけばよかったなぁ」
突然の先輩の言葉に、ボクは飲み込もうとしていた焼き鳥を喉に詰まらせた。
「1回ぐらいって、ゲホ」
「だいじょ〜ぶ?」
心配そうにボクを覗き込んで先輩が眉根を寄せる。
「だいじょ……ゲホ……です」
「伽任務の指導もしてくれなかったしさ。ほんと、四代目って先生だったんだよね〜」
う〜ん、とボクは唸った。
里の英雄について、あれこれ憶測で物を言うのはどうかと思うが、四代目もかなりぐらついたことはあったんじゃないだろうか?
生身の男だったら、きっと……。
実は四代目の私生活については謎が多い。
表立っては噂されないが、暗部のなかではいくつかの憶測が乱れ飛んでいる。
曰く、九尾を封印された赤子は四代目の息子だったとも、また違うとも。
そして、奥方がいたとも、いまだ正式な婚姻はなされていなかったとも言われている。
先輩は、四代目には思い思われた奥方がいた、と言っていた。
それがほんとうのことなのか、先輩の願望、あるいは思い込みが見せた幻なのか、あるいは子どもで事情を知らない先輩の目にはそう映ったにすぎたかったのか、いまのところ確かめるすべはない。

「ちょっとは経験があれば、テンゾウのことももっとわかったんだろうけど」
ポツンと呟かれた言葉に、違和感を覚えた。
「ちょっとは?」
問い返すと、先輩は「しまった」という顔をした。
「ちょっとは、って、それどういうことですか?」
ボクの問いを無視して、焼き鳥の串に手を伸ばした先輩の手首を掴む。
「えっと、ね? オレ、焼き鳥食べたい」
「そうですか」
「だから……」
「ちょっとは、って、どういうことですか?」
はぁ、と言うと先輩は、ボクに掴まれていないほうの左手を上げた。降参、とでもいうように。
「そういうの、聞き流してほしいんだよねぇ。でないと、オレ、いっつも気を抜けないじゃない」
「聞き流せないようなことを、隠しきれないほうが悪いです」
「だって」
「だってじゃありません。そんな安い想いは持ち合わせてないって言いましたよね、ボク」
ずいと迫ると先輩がずいとのけぞった。
「あ〜、えっと……」
先輩の目がすっかり暮れた空を見る。
「あのね、こんなこと今さら言うの、すっごく恥ずかしいの、わかる?」
内容がわからないのだから、わかるもなにも答えようがないが、とりあえずボクは頷いた。
「だからね、絶対、笑っちゃ、ダメだよ」
「はい」

すぅ、と先輩は深呼吸した。
そんなことをしないといけないような内容なのだろうか、とわずかに身構える。

「オレ……テンゾウが初めて、なの」
は? と言いそうになって、思わず口をつぐんだが、疑問は目に浮かんでいたのだろう。
「だから!」と少し焦れたように先輩が口調を尖らせる。
「初めてなの、こーゆーことするの」
え? だって、先輩の浮名は……。
違う、そうじゃない、先輩の言う「こーゆーの」は、今のボクと先輩の関係のことだ。
「そりゃ、オレは、散々遊郭には通ったし、戦場で気が向けば性欲処理につきあったりもしたよ、それは知ってるよね?」
ボクは先輩の勢いに気おされて、コクコクと無言で頷いた。
「でも、だれが……」
呟くような言葉に殺気がこもっている。
「だれが、大人しく突っ込ませてやるものか。先生はね、心配ばっかりしてたけど、オレは、先生の監視をかいくぐってオレに突っ込もうとするような相手に、大人しくしているようなガキじゃなかったんだよ」
「え?監視をかいくぐって?」
「ああ、そりゃもう、散々狙われたよ。先生もとっても気をつけてくれてはいたけど、欲に狂った輩はそんなもんじゃないんだよ。今だから言えるけど、オレ、言うこと聞く振りして、局所食いちぎって何人か半殺しにしてるんだ」
へ? 食いちぎって……。
「もちろん、全部、正当防衛と認められたよ」
でもね、と先輩は言う。
「オレが子どもじゃなかったら。きっとあいつらも、そんな気持ちにはならなかったんだろう、と思うと、くやしくてくやしくて、なんで、自分は大人じゃないんだろ、と思った」
キッと鋭い眼差しをボクに向ける先輩は、どこか子どもみたいな顔をしていた。
早く大人になりたかった子どもだったのだ、先輩は。
子どもである自分を受け入れられなくて、だから……。
そんな先輩だったから四代目は、心配したのだろう。
子どもらしい楽しみの感情を知って欲しいと思ったのだろう。
ご尊父が存命なら、任務のときはともかく家に帰れば、子どもらしい生活もあったのだろう。
不器用な方だったようだが、先輩のことはかわいがっておられたようだから。
でも。

「テンゾウが、初めてなんだ」
ああ、なんでそんな大事なことを、こんな神社の境内の石垣に腰掛けて、使い捨て容器のビール片手に焼き鳥をつついているときに言うのだろうか、このひとは。

「ほんとはね、最初のときに言おうと思ったんだけど」
そう言って、先輩は照れたように脚をぶらぶらさせる。
可愛いだけだから、ヤメロと言いたい。
「それもさ、なんか、恥ずかしいじゃない。それに、テンゾウに引かれちゃったら、いやだなとも思ったし。ほら、オレのイメージって遊び人でしょ? 遊び人が実はって、言ってもねぇ、女じゃないし」
それにさ、と先輩は、うつむいたまま言った。
「オレが初めてだろうが、なんだろうが、そういうのとは関係なく、オレを欲しいと思ってくれてるのかなって……、ちょこっと……ほんと、ちょこっとだよ、思ったんだ」
えへへ、と先輩は笑う。

ああ、もう。
どうしてくれようか。

だから、なんだというわけでもないのだが。

先輩はまた、えへへ、と笑って、ボクの腕に腕を絡ませた。
「ね〜、早く帰って、しようよ」
ガクンと、ボクはけつまずく。
「あ〜もう、なんか、ガッツンガッツン突っ込まれたい気分」
はぁ、気持ちは嬉しいです。
でも、その色気のなさが悲しいです。
思ってもいえない言葉を、胸の内で呟く。

「だってさ。すっごく幸せな気分なんだもの。ああ、ここにテンゾウがいる、って思うとさ」
晴れ晴れとした顔でそう言われて、ボクが抵抗できようか。

ニコと笑う顔を見て、ボクは思う。
四代目、先輩を巡って決闘などする必要のないことを、ボクはほんとうに幸運に思います。
でも。
望んでも詮無いこととわかっていて、尚、ボクは望んでしまいます。
あなたが生きていてくださったら。
四代目火影として、あなたがここにいて、そして、先輩とボクがいて。
ボクは無謀とわかっていても、あなたに決闘を申し込むでしょう。
たとえ、相手にされなくても。
そして、言うのだ。
「先輩をひとり残して死ぬんじゃね〜。おまえがぼやぼやしていたら、あいつをいただいちまうんだからな!」
そうやって、タンカを切ってやるのだ。
でも、四代目はいない。
あいまみえる前に、別の世に去った。

「へ、ボクの勝ちだ」
言葉に出して、それが強がりだとわかる。
それでも、いい。

ボクは決めている。
長いか短いかわからない己の生涯で、これが最初の恋。
そして、同時に最後の恋にすると、決めている。
この恋以外、いらない。
この先、どんな人生が待っていようとも、この恋だけで、ボクはいい。

「じゃ、先輩、さっさっとかえりましょう」
「へ?」と先輩がボクを見る。
「さっさとかえって、ガッツンガッツンするんでしょ?」
あ〜、えっと、と先輩が言葉を探す。
「一晩中でも、オッケーですから」
そう言うと、先輩は爆笑した。
「言ったな」
「はい、言いました」
「じゃあ、一晩中、付き合ってもらうよ」
「ええ、お望みのままに」

ボクたちは子どものように手を繋いで、部屋に戻った。
部屋にはいるなり……獣の交尾のごとく繰り広げられた欲望の一夜を、そのさなか、先輩が一度だけ零した涙を、ボクは決して忘れない。


<了>




2007年08月24日(金)
香る珈琲、そして恋 〜ぶれいぶ・ぶる 7) -18禁-


「信じられない」
がっくりとうなだれた先輩にシャワーの湯を浴びせかける。
「三こすり半だなんて〜」
はぁ、と顔を両手で覆っているが、落ち込んでいるのではないことはわかった。
カランをひねって湯を止め、バスタオルで頭からすっぽりと覆う。
髪を拭き、先輩の手を引いて立ち上がらせた。
「なに、お世話係みたいなことやってるの?」
目の渕を赤く染めた先輩の顔がバスタオルの間からのぞく。
「お世話係ですから」
身体についた水滴もざっと拭い、ついでに自分の身体も拭いた。
「失礼します」
一応、断ってボクは先輩を担ぎ上げた。
「わ!」と言う声が聞こえたが、無視してボクはそのままベッドへと向かう。
呆れたのか諦めたのか、先輩は大人しくしていた。
――このまま鎮まってくれるような熱じゃないのは、あなたも一緒でしょう?
ベッドに下ろし上から見下ろす先輩は、どこか焦点のあっていないとろけそうな、つまり欲情したときの顔をしている。
――かわいいなぁ。
欲にまみれた顔は、幼い。
顔を近づけると、先輩が目を閉じた。唇を重ね、舌を絡ませ、甘噛みし、吸い付く。
先輩の手がボクの下肢に伸び、ボクの欲望をゆっくりと煽る。
ボクは先輩の首筋や、わき腹に指を滑らせ、乳首を摘み、緩やかに上昇する熱を感じる。
「先輩」
こういうとき頭のなかが、早くコレをぶち込みたい、だなんてことで一杯になるボクは、やはりオスなのだろう。
「先輩、欲しいですか?」
ボクの問いに、先輩の目がうっすらと開く。
「ボクは欲しいです」
しばらくボクを捕らえていた瞳が、またまつげに遮られる。
「ん……オレも」
先輩が、身を捩る。
「オレも、欲しい。テンゾウが欲しい」
先輩の腕が伸びてきて、ボクは抱き寄せられた。
そして、ボクらは言葉とは裏腹に、互いの不安と猜疑を消し去ろうとするかのように、きつく抱擁し合った。

「ごめんね、」
小さな声で先輩が言う。
「初めて好きになったのがテンゾウじゃなくて……ごめんね」
瞬間、頭が沸騰した。
バカ、と言いそうになって、辛うじて留める。
「謝るところじゃないですから、そこ」
「わかってる、でも……やっぱり」
ぎゅぅっと抱きしめられた。
「聞けば……いやな気分になるでしょ? たとえ昔の噂でも」
抱擁に抗うようにボクは先輩を引き剥がし、揺れる瞳を見据えた。
「ボクをなんだと思ってるんだ!」
激昂したボクに、先輩の目が見開かれる。
そうだ、そうやって、驚いて、そして刻み込めばいい。その脳裏に、しっかりと。
「そんなことぐらいで……そんなことぐらいで醒めるようなそんな」
ひく、と喉がひきつり、うまく言葉が出てこない。
「そんな安っぽい想いなんて」
ああ、まただ。目が熱い。
「持ち合わせてない!」
ボクは先輩をかき抱き、口付け、その身体を裏返して、腰を抱えると、そこにも口付けた。
あ、あ、と途切れがちの声をあげながら、先輩はボクの貪るような愛撫に身を震わせる。
押し入ろうとするその一瞬、先輩の指がシーツを掴んだ。
こうやって身を任せてくれる、それがどれほどのことか、ボクはわかっていたはずだ。
ここにあるのは、互いの欲望だ。それ以外の何物でもない。
でも、遠慮もなく、余計な斟酌もなく、あからさまにさらけ出せることの、なんと幸せなことか。
常に己の本心も感情も押さえ込まなければならない忍であるボクらにとって、その相手のいることのなんと貴重なことか。

「あぁ」と啼いて、先輩の手が空を掴む。
その指を絡めとり、腕の中に先輩の身体を抱き込む。
繋がった箇所で脈うつのは、ボクの熱か先輩の熱か、あるいは両方か。
ボクが腰を進めるたびに先輩は呻き、引くたびに悶える。
時折、銀の髪がバサリと揺れ、先輩がのけぞり、またシーツに臥す。
ボクの息も速く、滴り落ちる汗が先輩の背のくぼみに溜まった。
ひとつひとつが、たまらなく、いとおしくて、ボクはうわ言のように「先輩」と「好き」を繰り返す。
こんな欲に満ちた行為なのに、ボクはそれだけがボクが生きている証であるかのように思うことがある。
こんなふうに先輩を欲しいと思うのは、間違いなくボクだ。だれでもない、ボク自身だ。
初代さまの遺伝子も、忘れてしまった過去も関係ない、いまここにいる、木の葉の忍、暗部はたけカカシ小隊の一員であるボクだ。
先輩と並びたくて、背を守りたくて、ただその一心で、日々を送り、少しでも先輩が笑っていてくれると嬉しいと喜ぶボクだ。
「テンゾ……ゥ」
かすかな声がボクを呼ぶ。同時に、先輩の身体が急に熱を帯びた。
背後から抱きしめて、深く深く穿ち、しとどに濡れた楔を手に包み込む。
ビクン、と大きく身体が跳ね、ひと息遅れて手の中の熱がはじけた。
同時に、断続的な筋肉の収縮がボクを締め付ける。
一瞬、頭のなかが真っ白になった。
張り詰めた糸が切れる瞬間の、極限の緊張と急激な弛緩の狭間がもたらす快感に、ボクは溺れた。

「テンゾ……重い」
もぞ、と身体の下で先輩が身じろぐ。
「あ、すみません」
腰を引くと、かすかな感触が消えた。気恥ずかしいような、それでいて白けたような、なのに、切ない感触に苦笑する。
「あ〜ぁ、こぼれちゃったよ」
色気がないというよりも、いっそ子どもじみた先輩の反応に、妙に気持ちが暖かくなった。
「たまってたんだね〜、テンゾウ」
からかう口調に、以前のボクならむっとしただろう。
「おかげさまで」
さらりと返すと、先輩が「え?」とボクを見た。
「それはもう、3週間ぶりでしたから」
えっと、と先輩は視線を泳がせ、結局、向こうを向いてしまった。
「シーツ変えますね」
だるい身体に鞭打って、ボクはベッドから出た。なんのこれしき、野営地で味わう不自由さに比べれば、なんということもない、と自分に言い聞かせる。
勝手知ったる先輩の家、チェストの下段から新しいシーツを取り出した。
端からめくりあげたシーツで、先輩の身体を拭いながら、いったん、壁際に寄せる。
新しいシーツを半分だけ敷き、先輩をころんとこちら側に転がして敷いたばかりのシーツの上に横たえる。
で、前のシーツをまるめて、向こう半分に新しいシーツをセットして終わり。
毎度、馴れた手順だ。
その間、先輩は成すがままにころころ転がっている。動く気力もない、といったところだろう。
シーツをそのまま洗濯機に放り込み、ついでザッとシャワーを浴び、熱い湯で絞ったタオルを手に戻り、先輩の身体を清める。
ああ、ほんとうにボクって下僕だ、と思う。
でも、先輩に言わせると、「テンゾウってSだよね」なのだそうだ。
ならば、あなたはMの女王様ですか? なんてことを言ってみたい気もするが、あとが怖くて、未だに言えない。

清潔なシーツに潜り込んで、うつ伏せている先輩の背に腕を回し、抱き寄せた。
先輩の身体がボクの上体に乗り上げる。
「胸板、厚くなったねぇ」
感心したように呟いて、指先がつつと肌を滑った。
「胸囲は先輩よりもありますよ」
「背はまだ、オレのほうが高いけれどね」
「そのうち、追い越します」
ふふ、と笑って先輩はピタンと掌をボクの胸に当てた。
「オレの隊に来た頃は、まだ華奢だったのに」
「酒でもメシでも、たらふくご馳走してくれる先輩がいますから」
あはは〜、と笑って、カカシ先輩は顔を上げた。
「出世払い、期待してるよ」
「ツケ……なんですか?」
「あたりまえじゃない、テンゾウだけ贔屓したら、だめでしょ」
「……なんか、ものすごい借金背負った気分なんですけど」
「でしょ〜? 借金返すまでは、死ねないよ〜」
「うわ、ボク、何歳まで生きればいいんですか」
くだらない戯言を交わして、笑い合う。
明日にでも、いや次の瞬間に死んでもおかしくない身の上だから、刹那の笑いに本音を隠す。

「あ、そうだ、先輩」
「ん? なぁに?」
「夏祭り、行きましょう」
先輩の目が、真ん丸くなった。
「どうしたの、テンゾウ? なんか悪いもんでも食った?」
ああ、そう来ますか。そうですか。ああ、はい、そうでしょうとも。
今となっては、夏祭りへのボクのこだわりなど、どうでもいいとも言える。
でも……一度ぐらい、一緒に行ってみたいじゃないですか。
そんな普通の恋人同士みたいな一夜を過ごしても、いいじゃないですか。
つい、恨みがましい目をしてしまったのだろう、先輩はあわてて、
「ん、そうね。休みだし」
と付け加えた。

なんだか、本末転倒だと思いながら、ボクは「約束ですよ」と言った。


<了>「〜そして、恋」に続く


ブレイブ・ブル
先のダーティ・マザーのブランデー、ブラック・ルシアンのウォッカをテキーラに変えたのが、ブレイブ・ブル。勇ましい雄牛という意味を持つカクテルになる。テキーラのクセのある甘みにコーヒーリキュールの苦味がマッチして、野生的で香り高い味わいが生まれる。



2007年08月23日(木)
香る珈琲、そして恋 〜ぶれいぶ・ぶる 6) -18禁-

カカシ先輩の部屋に戻ったのは、昼より少し前。
先輩はまだ眠っていた。
ボクは、そっと髪に触れる。
野営地だったらそんなことなど許さない先輩も、無防備に寝ている。

疲れたのだろう。自分の噂に関わる任務だったのだから、余計に神経を使ったはずだ。
それにこの手の任務には通常の場合、暗部がつく。正規部隊が任についた、ということ自体、何か別の事情も絡んでいたのか、あるいは暗部内で流れた噂と関係するのか……。
だいたい、本人を同行させることなど、まずないと言っていい。
ただ、先輩には写輪眼があり、今、木の葉の里に写輪眼を使えるのは先輩しかいない。
要するに、イレギュラー満載の任務だったわけだ。

――なんで、あなたばかりが。
なぜ、先輩ばかりがそんな思いをしなければならない?
抱きしめて、いっそなじりたいほどだ。だが、だれを? だれをなじればいい?
先輩のご尊父か? 師である四代目か? それとも5歳という年齢でアカデミーを卒業させた教師たちか?
あるいは……ボクら、暗部か? 暗部が不甲斐ないからか?

「……ん……てんぞ?」
うっすらと目を開いた先輩がボクを見る。
「はい」
「なに? 律儀に返事なんかして」
くすくすと先輩が、夢と現の間で笑う。
「名前を呼ばれたら返事をする、と先輩から教わりました」
「ええ? 何それ? そういうのはアカデミーでおそわるんじゃない」
先輩は、もぞもぞとケットの下で身体の向きを変えている。
「いえ。身についているのは、全部、すべて、先輩から教わったことばかりです」
へんなの、と呟きながら、先輩はボクに向かって両手を伸ばした。
まだ寝ぼけているのかも、と思いながらも、ボクも珍しくストレートに甘えてくる先輩の仕草に反応する。
両手で先輩を抱きこむボクの背に、両腕がかかる。
「ああ、テンゾウだ」
「はい」
くすくす、と先輩がまた笑う。
「よかった」
小さく呟く声が聞こえた。
「はい?」
「なんでもない」
「でも、いま」
「なんでもない」
強い語調で否定するのではなく、“なんでもない”を先輩は繰り返す。
ここへきてボクは、ようやく寝る前の先輩の寝言に近いセリフを思い出した。
――テンゾウが据え膳くっちゃっても、オレ、テンゾウのこと嫌いにならないよ
ああ、そうだった。先輩は、ありもしない据え膳のおかげで、ちょっとナーバスになっていたんだ。
「先輩」
「なぁに?」
謡うように答え、先輩はボクの肩に顔を埋める。
「ボク、据え膳なんて食ってませんから。火影岩に誓って」
ひく、と先輩の腕が反応しかけた。
「据え膳など、食いません。任務でどうしても、となったら……それでも断りたいというのが本音ですが、仕方ないでしょう。でも、それでボクが使い物になるかどうかは、保証の限りではないので、結果的には……無意味ですね」
しんと静かな先輩の背をボクは抱き寄せる。
こんなに好きなのに。
どうして、先輩を不安にさせてしまうのだろう。

信じてください。
信じてください、としか言えない。
いや、そう言うことさえ、できない。
そんなことを言ったら、余程、うそ臭い。
ボクにはただ、先輩を抱きしめることしかできない。
ボク自身の不安を抱きしめるように、先輩を抱きしめる。

余程たってから、先輩が「うん」と答えた。

ほっとしたボクの腕のなかから器用に抜け出ると、先輩はベッドを降りて、そそくさとバスルームに消えた。
直前、先輩から伝わってきた熱の兆しを、ボクは気づかないふりをした。
ほんのちょっと残念に思う気持ちを押し込めて、ボクは朝食の支度にかかろうと、キッチンに向かった。
冷蔵庫を開け、しばし思案し、そして閉めた。
ここでボクが引いては、いけないような気がした。

ボクだって、不安だった。
ボクでは先輩には不足なのではないか、もっといえば、ボクでは先輩の心も身体も満たすことはできないのかもしれないと、不安だった。
不安は、いまもある。

ボクは服を脱ぐと、バスルームに向かった。
ドアを引くと、頭をシャンプーだらけにした先輩がぎょっとした顔で振り返る。
「テ」と言いかけたまま口が、静止した。ボクが先輩に向かって手をのばしたから。
コマ送りの映像を見るように、驚いた顔の先輩がボクの腕のなかに倒れこんでくるのがわかった。
泡だらけの先輩の身体を抱きしめて、ボクはほっと息をつく。
左手を先輩の背に回し、右手で先輩の髪をかきあげる。
シャンプーが顔にたれてこないように、後ろに撫でつけ、普段、隠れている額に唇を押し付けた。
シャンプー特有の苦みを不快に思うほどの理性はなく、そのままこめかみや目じり、頬にも唇を落とす。
まだびっくりしたままの先輩の顔を見て、そうか、シャワーの途中だったのだと思い出した。
シャワーヘッドを手に取り、髪に注ぐ。
のけぞるような姿勢になっているから、泡は背のほうに流れていく。
それでも先輩は、目を閉じた。
同時に身体の緊張も解れていく。

ボクはなるべくやさしくシャンプーを流すと、先輩を座らせた。
それからトリートメントをして、また髪を流し、両手の間でボディシャンプーを泡立てて、身体を洗った。
くすぐったがるかと思った先輩は気持ちよさそうにしていた。
上半身を洗い、今度は足を洗う。
足の指の間をボクの指が行き来すると、先輩の息が少し乱れた。
マッサージでもするように強めにもみ洗いをして、足首から膝を洗うころには、先輩の両手はボクの肩にかかっていた。
「なに、してんのよ」
少し掠れた声で、先輩が言う。
「羞恥プレイ? それとも、シチュエーションプレイ?」
「シチュ……なんですか、それ?」
内腿に掌をすべらせると、脚の角度が開いた。
「ん……なんだろう?」
ビクンと縫工筋が反応し、はぁ、と先輩が息をつく。
「気持ちいいですか?」
見上げると、上気した顔が見える。きゅっと眉間にシワを寄せ、何かを堪えるような表情をしている。
ん、と短く肯定して、先輩の脚がさらに広がった。
また丁寧にあわ立て、脚の付け根に指をすべらせると、肩にかかった指が食い込んできた。
袋をそっと手の中に包み込むと、全身が反応した。
とっくに勃ちあがった先端から、ぷっくりと透明な雫が盛り上がっている。
まるで誘っているみたいだ、と思いながら、ボクは口に含んだ。
「テンゾ!」
痛みを覚えるほど食い込んだ指が、先輩の衝撃を伝えてくれる。
「あ、ちょ……あぁ!」
足指が浴室のタイルを掴もうとするかのように縮まった。
傘のフチを舌先でなぞり、吸い付く一方で、指先を裏筋に滑らせ、そして包み込む。
軽く扱くだけで、ビクンとそれは反応し、口のなかに青臭い匂いが広がった。



2007年08月22日(水)
香る珈琲、そして恋 〜ぶれいぶ・ぶる 5)


コツコツと鳥がくちばしで窓を叩く音に起こされる。
先輩の部屋にいるボクのところにやってきた鳥を見て、思わずため息をついてしまった。
急な召集だが、任務ではなさそうだ。
先輩はまだ寝ていた。
ボクが帰宅するまで、どうか眠っていてください。
願うように呟いて、ボクは暗部棟へと向かった。

「待っていた、こちらだ」
捕虜の尋問を担当する、拷問尋問部隊の後に続いて、ボクは曲がりくねった道を下へ下へと降りていく。
この道筋に、記憶がある。
大蛇丸の施設から助け出されたあと、しばらくボクは捕虜も同然の扱いを受けていたのだ。
といって、そこが居心地が悪いというわけではない。
1年中安定した温度と湿度に保たれ、外部から遮断された殺風景な部屋、というだけのことだ。
一定期間、捕虜が寝起きできるようにつくられた部屋ではなく、別の部屋に通された。
別々の寝台に横たわるのは、男と女?
「あ?」
と、思わず声をあげていた。
「やはり、おまえか」
呟きを無視して、ボクは問いかけた。
「死んでいるのか?」
「いや、確保した上忍の判断で、補足に留めた」

その男女は、鳥面との任務のあとボクに声をかけてきた……つまり今回の先輩との騒動の発端ともなった、元木の葉の里の女性と、おそらくはその情夫と思われる男だった。

「なぜ、彼らが」と呟くボクに、拷問尋問部隊長がため息をついた。傍らに控えている暗部に、
「副隊長、説明してやれ」
と指示を出す。ガタイのいい強面の男は、しかしその面構えに似合わぬ笑みを寄越した。
「火影直属、暗殺戦術特殊部隊拷問尋問部隊副隊長を勤める森野イビキだ」
そのフレンドリーな笑顔に、以前、里外任務のときにイナダから聞いた話がふっと甦る。
こいつか? と思い、いや、まさか、と打ち消す、そんなボクの内心に気づかぬ風で、森野は
「これは、内々の話だということを、まず承知してもらいたい」
と言った。頷くボクに、またニッコリ。一見した外見とのギャップの大きさは、先輩に勝るとも劣らない。
「ひと月ほど前、某同盟国の某隠れ里から、緊急の連絡が入った。内容は、木の葉の里の忍の極秘写真を買わないかと声をかけて回っている輩がいる、との情報だ」
え、とボクは死んだように横たわっている男を見る。まさか、こいつ……。
「説明ははしょるが、男は、さもいかがわしい写真であるかのように持ちかけていたらしい。それで罠を張り、極秘写真をわが暗部が入手した。それが、これ、だ」
見せられたのは、あの女性が見せてくれた先輩のアカデミー時代の写真だ。
はあ、とボクは写真を見る。
しかし……どことなく、くたびれた――ボクが彼女に見せられた写真も、だいぶくだびれていたが、それとは少々違う、くたびれ方をしているように思う。
「これ、複写ですか?」
ボクの言葉に、森野は嬉しそうに頷いた。
「ああ、オリジナルの写真から複写したものだ。フィルムから焼き増すのとは違って、画像は多少劣化する」
で、とボクは森野の顔を見る。
「だが、暗部が接触した相手は雑魚で、本来の写真の持ち主までは辿りつけなかった。そこで、先日、この写真に登場している本人を含む、正規部隊があぶりだしの任についた」
え? 本人って……四代目は亡くなっているから、先輩?
「が、出立したその日に、別方面から報告が入った。木の葉の忍の写真を保有している女性と、そのバックにいる情人について、だ」
あ、とボクは森野の顔を見る。森野は、うん、と頷いた。
「後追いで、売買のルートを探るチームと、本元と叩くチームに編成を分けるように指示が出た。いちおう、根っこはひとつだろうと考えられたが、別々という可能性も否定はできないので、安全策をとったのだ」
ボクは静かに横たわる女性を見た。彼女が加担していたとは思いたくなかったが、いずれにせよ、報告を翌日延ばしにしたボクには、某かの責任があるだろう。

「調べた結果、売買はもっぱら男が独断でやっていたとわかった。女の持っている写真を一度複写して、それをオリジナル代わりに使って複写を繰り返し売りさばいていたらしい、とはいうものの、そうは売れなかったらしいがな」
「彼女のほうは、まったく何も?」
「ああ、気づいてなかったようだ」
「ボクの……術は?」
「幻術を応用した、強い暗示術だろう? あれは、なかなかのものだ。実際、男も女も、逆催眠をかけて深層を探るまで、まったく記憶を失っているのと同じ状態だったらしい」
もしかしたら、逆催眠をかけたのが、先輩? 
だが、それは聞けなかった。任務に関わることだ。聞くことはできない。
「うちの里の主な幻術使いが使う術とは微妙に違っているので、現場ではちょっとした話題になったらしい。某上忍びは、間違いなくおまえの術だと言ったそうだが」
「ボクからの報告が後追いで部隊に届いていたのなら、ボクの術だというのは帰納的必然だと思うのですが」
「それでもな、お前が幻術を使うとは知らなかったからな」
「どこにも披露したことはありません。あれは、まだ開発中のもので、記憶操作は副産物みたいなものです。本来は、まったく違った方面に使う予定の術なんで」
「そこは、詳しく聞かないでおく。まあ、そんなわけで、一応、二人を確保したので、接触のあったおまえの確認も得たいと思ったまでだ。こいつらが、接触した二人に間違いないな?」
問われてボクは、改めて二人を見る。
視認できない部分はチャクラを使って、探る。
確かに、ボクが施した術の痕跡も確認できた。
「間違いありません。施された術までをも再現しつつ同一体を作りだす術がないのなら」
「なら、間違いない」
「彼らの処遇は?」
それがボクとしては、一番気になるところだった。
「女のほうは、木の葉の息のかかった個人医に戻す。目を覚ませば、1日2日経過していることはわかるだろう。往来で倒れて担ぎ込まれた、おそらく過労だろう、というストーリーが出来上がっている」
「男は?」
「完全に記憶を消して、火の国の貧民窟にでも放り込む。あとは、本人の力量次第だろう」
嫉妬と欲が絡んだ、ほんの軽い悪戯心だったのかもしれないが、男にとっては高くついたことになる。
「ありがとうございました」
ことの顛末をいちいち、関わった忍に知らせる必要はない。たとえ暗部でも、いや暗部だからこそ、かもしれない。それを、わざわざ知らせてくれたのは、関わったのがボクで、そのボクの恋人である先輩が関わっていたからに違いない。

と、そこで、ボクは一計を思いついた。
「これで、先輩と四代目の不名誉な噂も少しは立ち消えてくれるでしょうか?」
先輩が語ってくれなかった秘密。聞かないと言ったものの、やはり気になっているそれ。
だが、言葉を口にした瞬間、ボクは背筋を粟立てた。
「おまえ、知っているのか?」
森野が今までのフレンドリーさを払拭して、ボクに迫る。
あ、やばい、と本能が告げる。拷問尋問部隊を相手に、ゲームを仕掛けるものじゃないと。
ボクが殺気を向けられて、一瞬、のまれるなど、先輩以外にあってはならないのに。
ボクもまだまだ修行が足りないと思いながら、両手を上げた。
「すみません、知りません。ただ……先輩が気にしているようで、だから、ボクも逆に気になってしまって」
森野は隊長を振り返った。隊長が、渋い顔をしたまま、しかし、どこか笑いを堪えている顔で頷く。
「これは、おまえには決して知らせるなと、言われている」
言われている? だれから? と聞こうとしてやめた。
「だから、話すのは俺の一存だ。俺の姿が木の葉の里から消えたら、個人的制裁を加えられたと思ってくれ」
恐ろしい内容を笑顔で告げた森野は、ふっと息を吐いた。
「某木の葉の里の忍は、下忍になっても夜尿症が治らず、師に毎夜、トイレに起こされていた」
え? えっと……。
先輩が下忍になったのは5歳で、その歳では腎臓機能が充分に完成していないこともなきししもあらずで、だから……トイレ?
「真相は、それを口実に四代目が戦地でもその下忍を、自分のテントに寝泊りさせていた、ということだ、わかるか? その意味が」
排泄物の匂いというのは、やっかいだ。だから、野生の生き物は排泄場所と、休息のためのテリトリーを明確に分ける。そして他の動物の排泄物の匂いにも敏感だ。
つまり、忍が野営をするとき、第一に気をつけるのは火の扱いなのだが、次に大切なのが排泄物の処理なのだ。
でも、個体差があるとはいえ、他の運動機能に遜色がなければ5歳で夜尿症は……あるのか?
あ、いや、違うか。それを口実に、と森野は言った。
「口実?」
「忍界大戦のころの殺伐とした時代だ。男だろうが、女だろうが、子どもは例外なく性的陵辱の対象になる。それも、敵だけでなく、場合によっては身内からも」
あ、とボクは思わず叫んでいた。
「アカデミーを卒業し、いまとはシステムは違うが下忍選抜にも合格した忍だ。幼児だから、と、里内任務ばかり割り振るわけにはいかない。でも、幼児は幼児だ、子どもだ。大人の欲望の捌け口にしていいわけがない。守るべき部分は守ってやらねばならぬ。だからこその、四代目の苦肉の策だったのだ」
「えぐい、ですね、その噂、流したヤツ」
森野は、ふんと肩をすくめた。
「今までだったら、あいつは気にしない。どんな噂が流れようが、笑って取り合わなかった。最近、変わってきた。たぶん、おまえの影響だろう」
ボクは、ツンと痛くなる鼻の奥を意識しながら、森野を真似て肩をすくめる。
「そんな噂ぐらいで変わるような安い気持ちは持ち合わせてない……って、言ってやりたいです」
「はは、おまえも苦労するな」
肩を叩かれ、思わず涙がこぼれそうになったのは、内緒にしておきたい。



2007年08月20日(月)
香る珈琲、そして恋 〜ぶれいぶ・ぶる 4)


「じゃあ、いいにします。噂については、聞きません」
ボクは先輩のつむじを見る。
まったく気配もなく、息遣いもなく、心拍数も極限まで落として……なんて無駄なことをやっている先輩に呆れる。
その一方で、かわいいなぁ、なんてことも思う。
「先輩と四代目の間に、師弟関係以上の具体的な事項はなかった、それもボクは信じています、でも」
ごくわずか、ピクンと先輩が反応した。
ずっと先輩の背を追いかけているボクだから、辛うじて気づくことのできる先輩の動揺。
「でも、先輩にとって四代目は、敬愛する師であり、尊敬する忍であり、同時に……恋い慕う相手だった時期がありましたね?」
ガバと先輩が顔をあげ、回りかける写輪眼に先輩自身があわて、両手で顔を覆った。
色事には長けているのに、根は純情というか……。
こんなふうにおたおたおろおろする先輩を見ることができただけでも、本望だとさえ思う。

「ねえ、先輩」
ボクは手を伸ばして、先輩の髪に指を絡ませる。
「どうか……後ろめたく思わないでください。何も感じないと言えば嘘になりますが、そういう過去も含めて、ボクは先輩が好きなんですから」
偉そうなセリフだ。その境地に到るには、少々、険しい道のりだったことは認めよう。先輩には、言わないけれど。
「……だなんて、思ったことない」
突然、先輩が怒ったように言う。まだ顔を覆っているせいで、最初のほうがよく聞こえなかった。
「え?」
「だから」
「お願いです、顔を見せて」
しぶしぶといったふうに先輩が手をおろし、顔をあげた。まだ、蒼白だ。
普通、赤面するところだろうに、と思いながら、なんだかそんな先輩が痛々しくてならなかった。
ボクは髪に絡ませたままだった指を解き、そっと頬に触れた。ひんやりとしている。
そんなに衝撃だったのだろうかと思うと、いっそ意外な気がした。
「恋だなんて思ったことはなかったよ」
泣いているような笑っているような顔で先輩が言う。
「先生がいなくなって、ずっとたってから、あれを普通、恋と呼ぶんだと、やっとわかった」
「初恋、ですね」
先輩の片方の頬に掌をあてる。冷えた頬をあたためるように。
先輩は目を見開いてボクを見た。
「はつこい?」
問い返しながら目を閉じる。
「はつ……こい……」
伏せた睫が震え、左の目からだけ透明な雫が溢れてきて、ボクの手を濡らす。
このひとは、そんなことさえもわからないまま、途切れた想いを抱きしめてきたのだろうか。

わけのわからない激情が、突然、湧き起こった。
なぜ、こんなにも純粋な想いが、あの数々の噂になってしまうのだろうか。
なぜ、だれもが心のうちに大事にしまっているはずの、甘やかで密やかな思い出さえも、揶揄や侮蔑の対象になってしまうのだろうか。
幼くしてその才を花開かせながら、不幸にも後ろ盾を失くした、という、ただ、それだけで。

「はつこい……かぁ……はつこいって、実らないものなんだよね」
片方の目からだけ涙を溢れさせながら、先輩の口元が笑みの形になる。
こんなときにも笑おうとする先輩が、いとおしくて、ボクはもう片方の手も伸ばして、両手で先輩の頬を包み込んだ。
間のテーブルが邪魔だったが、蹴飛ばすわけにもいかない。
先輩は、そのボクの両手に自分の手を重ねた。
ボクたちは、そうやってしばらくの間、ただ黙っていた。
そうやって、静かに時を共有していた。

先輩が伏せていた目をボクに向け、目元だけで微笑んだのは、深夜も深夜。
もう少しすれば、夜明けも近くなろう、という頃合、任務で野営をしているときなら、最も緊張する時間帯だった。
「飲もっか」
すっかりぬるくなって気の抜けたビールの入ったグラスに手を伸ばし、一息で飲み干して渋い顔をする。
「まずい」
思わず笑ってしまったボクに、先輩がふくれる。
ボクは立ち上がり、冷蔵庫から冷えたビールを持ってくる。
「はい、どうぞ」
まだ、ふくれている先輩は無言のまま、ずいとグラスを差し出す。
ああ、かわいい、なんてことを思うボクは、相当、いかれている。
きっと四代目も、先輩のことがかわいくてかわいくて仕方がなかったんだろう。
いつの日になるか、あの世とやらに行ったら、ぜひ酒でも酌み交わしたい。
そして、先輩のかわいさについて、延々、語り合いたい。
などと、思っていたボクは、ほんとうにノンキものだ。
だって、そうではないか。
先輩とゆっくり部屋でくつろぐのは、実に3週間ぶりだったのだ。

もちろん、先週は屋台で偶然会ったし、その前、ボクが鳥面との任務に発つ前にも、一緒にメシを食った。ただ、そのときは入れ違いに近いスケジュールだったので、メシを食っただけだ。
その前は、先輩が2日間の単独任務、で、さらにその前が暗部カカシ小隊の任務で、つまりその任に着く前に休暇を過ごしたのが最後だった。
3週間ぶりに会ったのに、先輩が欲しがらないことにボクは気づいていなかった。
自発的な衝動に薄いせいで、どうも、その辺の配慮が後手に回るようだ。
遅ればせながらに気づいたのは、大して飲まないうちにうつらうつらし始めた先輩を、ベッドに運んでいるときだった。
「テンゾウが据え膳くっちゃっても、オレ、テンゾウのこと嫌いにならないよ」
そう言って、すぅすぅと寝息を立て始めた先輩を床に落とさなかったことについては、自分を褒めてやりたい。
しかし。
しかし、だ。
……アホ! ニブチン!! と、己をののしってやりたかった。

やっぱり、気にしていたんだ。
ただ、四代目との噂のことがあったから、先輩も強い態度に出られなかっただけで。
思いっきり、気にしまくっていたんだ。
だから、らしくもなく、火影屋敷に向かう道すがら、手土産をボクに届けてくれたのだろうし、部屋に入らずに待っていたボクの、いつにない行動についても、問い詰めることもしなかったのだ。
それに何より、酔っているわけでもないのに、今日の先輩はなんだか情緒不安定だった。

『あんたねぇ、どっうして、そう、すっとこどっこいなわけ? もう、ほっんと、しんじらんない』
もし、ここに鳥面がいたら、地団太を踏みながら、きっとそう言うだろう。
“すっとこどっこい”がいかなるものか、ボクは浅学にして知らないのだが、きっとこういう場面に使われる罵倒ではないか、という気がする。
そういえば、さきほどもイナダに言われたばかりだ。
「そんなに好きなんだったら、それ、そのままカカシさんに全部、ぶつければいいじゃないか」
ほんとうに、そのとおりだ。
「なに、遠慮しているんだよ。本音ぶつけて、ケンカになっても、そうやってわかりあっていくもんなんじゃないのか?」
ヒガタは、「言っても、テンゾウには無理だよ」と笑っていたが。

よほど、疲れていたのだろう、先輩はぐっすりと眠っている。
それはそうだ、正規部隊の応援とは、つまり写輪眼を必要とされる任務である場合が多い。
帰里してすぐ、通常の報告ではなく火影屋敷にまで赴く必要があったほどの任務だ。疲れないはずがない。
それでも、疲れていても、いや、疲れているときほど、べたべたいちゃいちゃしたがるひとなのだ。
最近では、じゃれあうような愛撫に、ゆらゆらと身を委ね、挙句、ストンと眠ってしまう先輩に、ボクの暴走しかけた欲望が急停止して、眩暈を起こすことも、ままある。
それだけ甘えてくれているのだと、苦行を甘受するのが常なのに……。
――失敗した。
これが任務だったら、大チョンボだ。
どうしたものか、とボクは、ベッドの端に腰を下ろした。
疲れ切って眠っている先輩を起こすわけにはいかない。
先輩のためにも、我が身の安全のためにも、そしてこの建物とそこに住まう他の住人たちのためにも。
顔半分をタオルケットに埋めて眠る先輩の横顔に、ため息ひとつを挨拶代わりに、ボクは立ち上がった。
大して散らかっていないテーブルの上を片付け、グラスを洗い、残った惣菜は冷蔵庫にしまう。
帰ったほうがいいのかな、と自分が担いできた荷物を見て、それから、いや、ここにいようと考え直した。
とりあえず、だ。
近くにいる、というのは、最善ではないにせよ、よりよい策だということは、学んでいる。
ここで帰ってしまって、先輩に今以上に拗ねられるよりも、ここに残って、明日、目覚めた先輩に罵倒されるほうが、まだましだ。
帰るのは、それからでも遅くない。
ボクはしばし、ダイニングキッチンと呼ぶには質素な部屋の床と、続き部屋のベッドを見比べた。

――いまさら、か。
いまさら、遠慮することはない。
ここへ泊まるときのボクの定位置は、あのベッドのこちら側だ。
先輩に蹴り出されたら、それから考えよう。

ボクは向こうをむいている先輩の背に触れないように、ベッドに横たわった。
緩く空調をきかせた部屋は、夏なのに快適だ。
うつらうつらしかかったボクの肩に、寝返りをうった先輩の髪がかかっているのを夢うつつに感じながら、ボクは眠りに引きずり込まれていった。



2007年08月19日(日)
香る珈琲、そして恋 〜ぶれいぶ・ぶる 3)


警備のために里を巡回している暗部のかすかな気配が、近づき遠ざかっていく。
少し前には、2小隊の中忍上忍混成チームが、大門に向かっていた。
そろそろ日付の変わるころだろう。先輩はまだ戻らない。

合鍵もあるが、ボクは先輩が部屋に戻るときに見渡せる道端に、いた。
先輩からボクが見えるということは、ボクからも先輩が見えるということだ。

遠くに酔っ払いのダミ声が聞こえる。
いい気分なのだろう、調子っぱずれの歌を歌っている。
思わず苦笑がこぼれたとき、闇を透かして、淡い人影が見えた。
気配がないから、まるで幻のようだ。
幻が、一瞬、足を止める。ボクに気づいたのだ。
それからまた、歩き出す。先ほどと同じ速度で、急ぐでもなく、いつものように飄々と。

互いに夜目が利く者同士、視線が絡み合う。
片方の目が、ボクを見つめる。
紅蓮の炎を宿した左目も好きだが、生まれたままの右目も好きだと改めて思う。

余程近づいてから、先輩は足を止めた。
「お帰りなさい」と言うと、うん、ただいま、と答え、何してるの?と言う。小さい、いまにも消え入りそうな声だ。
「もちろん。待ってたんですよ、先輩のこと」
「部屋で待っていればいいのに」
「いいんです。待っている、という状況に浸っていたかったんです」
なにそれ、と呟いて、先輩が少し笑った。
「お土産にもらった酒、一緒に、飲みましょうよ」
先輩の目が、うつむく。そして小さく「うん」と聞こえた。

部屋に入ってからも、先輩はどことなくぎこちなかった。
そそくさと着替えると、冷蔵庫の扉を開け、「なにもない」と言う。
その背に、「つまみは調達してきてますから」と声をかける。
匂いで気づいているはずなのに、そうやって間を持たせているのだろう。
「ビールでも、買ってくる」
「ビールもあります」とボクは冷えたそれを荷物のなかから取り出す。もちろん、酒瓶も。
「えっと、グラス」
ボクに背を向けたまま、先輩は食器棚を覗き込む。
諦めて座ってください、と喉まで出掛かっている言葉を呑み込んだ。

それからも、やれ取り皿だの、箸だのとひとしきりウロウロして、ようやく先輩は座った。

「お疲れ様でした」
ボクの言葉に、少しだけ笑みを浮かべグラスを掲げる。
それを、一息で空け、グイとグラスを差し出した。
どうやら開き直ったらしい。
虎面や鳥面が言うように、子どもみたいな反応だと思いながら、空のグラスにビールを注ぐ。
「テンゾウ、飲んでないじゃない」
「ボク、ヒガタたちと一杯やってきましたから」
「あっそ、じゃ、遠慮なく」と先輩は、居酒屋で持ち帰り用に包んでもらった串焼きに手を伸ばす。
「まったく、三代目も話が長くて困るよ」
おかげで喉は渇くし、腹も減るし、などと、ブツブツ言いながら、でも、やはりボクの顔を見ようとはしない。

「先輩」と呼ぶと、串焼きを物色している振りをしてボクから目を逸らせながら、「ん〜?」と答える。
「好きです」
しん、と、静寂が広がる。
カカシ先輩の手は空で止まり、目は串焼きのうえで留まったまま、見開かれている。
「ボクは先輩のことが、だれよりも、好きです」
ようやく、先輩が顔をあげた。ひどく真剣な顔でボクを見る。
「なんか……悪いものでも、食べた?」
「いいえ。悪いものも食べてませんし、術にかかっているわけでもないですし、もちろん酔ってもいません」
ボクの言葉に嘘のないことを確信したのか、また先輩の視線が下を向く。
「どうしたのよ、急に。驚くでしょ」
「いいじゃないですか。急に言いたくなったんですから」
先輩は黙ってしまった。
「先輩、四代目の話、聞かせてください」
ボクの言葉に驚いたのか、顔をあげた先輩の表情は無防備で、いっそ子どものようだった。
「ボク、このまえの任務の関係で、四代目と先輩の話を聞いたんです。四代目が先輩の師匠だったのはもちろん知っていますし、先輩が心から尊敬していた方だというのも知っていたんですが、ちょっと動揺してしまいました」
「動揺?」と先輩が首を傾げる。
「はい。四代目に深く愛されたあなたに、ボクは何ができるのだろうか、ボクでは至らないことばかりではないか、と」
「テンゾウ!」
悲鳴のような声で、先輩がボクの名を呼ぶ。
「違う、チガウ!! 四代目とオレは、ほんとうに師弟関係以上の何物もない、いろいろ噂が流れているのは知っているけど、それは、ない! ないんだから」
「はい」とボクは先輩の興奮を冷ますように、静かに答えた。
「それは、わかっています。多くの場合、師が弟子に手ほどきする伽任務の手順も、結局、あなたは受けなかった。四代目が反対したから、ですね」
先輩の両の目が、真ん丸くなった。左では、紅蓮の炎が燃えている。
「でも、先輩、ほんとうはそのことを残念に思った。違いますか?」
先輩の白い顔が、さらに白く血の気を失っていく。
こんなふうに、感情を露に、うろたえる先輩を初めて見た。
鎌をかけただけなのに、それにさえ左右される、それほどこのひとを縛っている想いを、ボクはじっと見据える。

じっと見据え、それを胸の内に受け止める。
それでも、と思う。
それでも。

――ボクはやっぱりあなたが好きだ。

あなたが背負っているもの、ボクが知っているものあれば知らないものもある、それらすべてをひっくるめて、ボクは好きだ。
はたけカカシという、この男を好きだ。
ボクは、それを、そのことだけを確かめたかったのだ。
自分の想いが、相手が返す想いに左右されるのかどうか。
相手が答えてくれないからと褪せてしまう想いなのか、それとも、はなはだ勝手ではあるが、ひとり燃やし続けることのできる想いなのか。
そして、ボクは確信した。

――どうあっても、ボクはこのひとを好きだ。

ならば、それでいいじゃないか。
最初は憧れだったかもしれない。同胞意識もあるのかもしれない。
共に危険な任務にもついたから、そういう意味での勘違いもあったかもしれない。
でも、過去を奪われ、望みもしない他人の細胞を植え付けられ、どこまでが自分でどこからが自分ではないのか、定かではないボクにとって、この想いだけは間違いなくボク自身のものだと言える。
それがあれば、もう、いいじゃないか。

ボクの人生、上等だ。

「さ、飲みましょう。先輩も応援任務のあとだから、どうせ明日は待機でしょう?」
ボクは土産の酒瓶の口をひねり、蓋を外す。
「このまえ、屋台で飲んだのもうまかったですが、これもいい香りですね」
吟醸香を放つ酒を、出したまま使っていないグラスに注ぎ、先輩に渡す。
先輩は、ポカンとボクを見ていた。
「どうしたんですか?」
「テンゾウ、聞いてないの?」
「聞いて? 何を?」
「だから、四代目とオレの噂」
いや、嫌と言うほど知っていますけれど、と答えかけて、ボクは口をつぐんだ。
そういえば、虎面も鳥面も、ついでいえばイナダもヒガタも、四代目絡みのボクの発言には、ずいぶんと食いついてくれたっけ?
はぁ〜、と先輩がテーブルに突っ伏した。
「バッカみたい、オレ」
「ええと」とボクは先輩を見る。つむじが2つある頭頂部が、目の前にある。
「先輩?」
先輩は無言だった。
「もしかして、四代目と先輩の噂が、新たに暗部内に流布しましたか?」
突っ伏したまま、先輩が手だけをヒラヒラと起こした。肯定、ということだろう。
「それ、もしかして、ボクが鳥面と任務で里を離れていた間、とか?」
また、ヒラヒラ。
「でもって、先輩、ボクの耳にその噂が入る前になんとかしようと、ボクを探し回ったとか」
今度は、無反応。まあ、先輩の沽券にかけて、肯定したくはないわな。
「あの屋台での、ボクと鳥面の反応から、もうボクの耳に入ったと思いましたね?」
し〜ん、という擬態語が聞こえて聞こえそうなほど、先輩の気配が薄くうす〜くなっていく。

「先輩、それ、どんな噂だったんですか?」

先輩はボクの問いに、死んだフリをしてくれた。



2007年08月18日(土)
香る珈琲、そして恋 〜ぶれいぶ・ぶる 2)


「あのな」とイナダが顔を寄せてくる。
「この際だから、包み隠さず言う。いずれ、耳に入るだろうし、耳に入らなかったとしても、自分の知らないところでそんな噂が流れていた、なんてのは、嫌なことだと思うんだ」
ああ、とボクは曖昧に頷いた。イナダが何を言おうとしているのか、さっぱりわからない。だから、頷くしかなかったのだ。
「カカシさんと、おまえ、って、つまり、あれだろ?」
「あれ?」
「こいびと?」
「は?」
ボクの返答に、イナダが気まずそうな表情になって、ヒガタを見る。
この二人、いつも大雑把なイナダが直球勝負で、ヒガタが細かいフォローをする、というのが定番だ。
「テンゾウは、カカシさんと付き合ってるんでしょ?」
直球で聞いてきたのは、意外なことにヒガタだった。
「え?」
ボクのほうはといえば、イナダの言葉も、いまのヒガタの問いかけもすんなり頭に入ってこなかった。
「違うの?」
再度、問われてようやく、ボクは質問の意味を理解した。
「えっと……ええー!!!」
先輩とボク? 恋人? 噂?
断片的な単語が、頭のなかをぐるぐると回っている。
いや、間違いなくボクらは恋人同士(のはず)で、それは同じ小隊の鳥面や虎面も知っていて……噂?
「噂って……言ったか?」
「ほら、だから言っただろ? テンゾウは、意外とノンキなところがあるから、絶対、気づいてないって」
シシトウを咀嚼しながら、ヒガタが言う。テンパって卓をひっくり返さんばかりのボクの肩をイナダが叩き、ヒガタがなにやら串を差し出した。
「座りなよ。おいしいよ、コレ」
差し出されたアスパラのベーコン巻きの串に、半ば無意識にかぶりつく。

「あのね、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
言う合間にも、串焼きがヒガタの口に呑み込まれていく。
「カカシさんとテンゾウが付き合っているっていうのは、暗部の、俺らよりあとに入った新人以外には、もう、公然の秘密なんだ」
「え? うそ」
というか、嘘と言ってくれ。とボクは意味もなく、手を合わせる。
「嘘じゃないよ。チラホラそんな噂が聞こえてきたのは、去年の春ごろかなぁ」
え? それって、まだボクが付き合っていると確信さえもてないでいたころではないか。
「で、秋ごろまでは、聞こえては消え、聞こえては消え、って感じだったから、たぶん、だれも本気にしてなかったと思う。去年の夏は、カカシさん、馴染みの遊郭にしけこんでいたしな」
ああ、その間の事情は後に聞いた。
「で、秋ごろから、古参の間で賭けになったんだ」
「かけ? かけって、賭け?」
「うん、賭け」
ヒガタはグビとビールを飲んで、頷く。
「まあ、さ、下世話で下品な話だよ。あの二人が恋人同士だったら、どっちが突っ込まれてるのかって、賭け」
「下馬評では、テンゾウが突っ込まれてるだろうってのが優勢だったんだ。後輩だしな」
ああ、とボクはイナダの補足説明に返したが、クラクラと眩暈がするのを避けることは難しかった。
「もちろん、その段階でも半分以上は、その事実はないって思っていたみたいだね」
「事実はないって、つまり、先輩とボクとは」
「うん、ただの先輩と後輩。私的な、っていうか、恋愛がらみの付き合いはない、ってこと」
まあ、ふつう、そうだよな。
「だから、まあ、賭けってよりは、賭けに名を借りた飲み代の資金捻出、みたいな面もあったね。掛け金もピークになって、さて、どうやって決着をつけたらいいだろう、って段階になって、突然、本人が参加してきたんだ」
本人? ボクは知らない、ってことは、先輩? 先輩なのか?
ボクの、おそらくは怯えていただろう顔に、ヒガタは苦笑した。
「うん。カカシさん。おそらく、だいぶ前から気づいていたね、あれは。で、ボクらがオッズ表を囲んでわいのわいのやってるところに、音も気配もなく現れてさ」
怖い……怖すぎる。暗部の精鋭のなかに、気配もなく突入していくなんて、命取り。いや、この場合、気づかない暗部のほうが命取りなのか?
『おまえら、揃って賭け事の才能ないね〜。間違っても博打に手、出すんじゃな〜いよ』
先輩の声音をヒガタが真似た。思わず、振り返ったほど似ていた。
「そう言ってさ、ボクらを見回すと『突っ込まれてるのは、オレ』って言って、ニッと笑って、『残念だったね』で、いなくなった」
ゴン!
と音に気づくと、ボクが額をテーブルに打ち付けた音だった。
「そ、それって」
「ああ、暮れも近かったな。掛け金で忘年会やろうって言っていたから」
イナダの言葉に、ボクはそのままべったりとテーブルに張り付いた。
「いやもう、パニックだったよ? 突っ込まれてる? うっそ? みたいなもんさ。主に、悲鳴をあげていたのは、くの一連中だったな」
忘年会にはボクも参加したが、その裏にそんな騒動があったなんて。
っていうか、じゃあ、あのとき、ボクらの関係って?
「それがさ、不思議なもんで、カカシさんがそうやって肯定したもんだから、余計にそれはない、ってほうに、みんなの意見が傾いたんだよね」
「え? じゃあ、ボクが突っ込まれ……?」
うろたえるボクにヒガタが笑う。
「いや、だからさ。カカシさんとテンゾウは、先輩と後輩。それ以上でも以下でもない。でも、それじゃ賭けが成立しないから、カカシさんが幕を引く役を買って出て、決着をつけてくれた。そういう解釈になったんだ」
「あ、なるほど」
「ね? カカシさんだったら、ありそうだろ? そういう粋な幕の引きかた。結局、正解はなし、ってことで、掛け金はごっそり豪華忘年会の資金になったんだ」
確かに、去年の忘年会はいつになく豪勢だったような。
「じゃあ、どうして、公然の秘密?」
ボクの問いに、イナダとヒガタは顔を見合わせた。まるで、どちらが発言するかを調整しているかのような視線を交わす。

「賭けのこともあったから、年末で一度、落ち着いたんだ。でも、年があけてしばらくしてから、また、噂が流れ出した」
年明け? と、ボクは首を傾げた。
先輩とボクにとって、大きな事件は去年に集中していて、今年は比較的穏やかだった……はずだ。
先輩の単独任務やボク自身が別働隊に借り出されるなど離れている時間も多かったが、その分、こまめに連絡を取り合って、休日を共に過ごしていた、と記憶している。
他人の目につくようなことはなかった……はずなのだが。
「どうも噂の出所は、カカシさん……らしい」
「先輩が?」
「牽制のつもりなのか、ほかに思惑があるのか、俺らにはわらないって。でも、あのはたけカカシが暗部の後輩に夢中、って噂は、暗部の古参連中の間を一巡りしたよ?」
「ボクは知らない」
「うん、だって、その噂には、テンゾウの耳には決して入れることなかれ、って触書がくっついていたから」
せんぱい……何をしたのか、ボクは問いません。でも、勘弁してください、って言いたいです。
「で? 結局、どこにどう落ち着いたんだ?」
ヒガタは、砂肝の串を頬張りながら肩をすくめ、イナダがふんと笑った。
「テンゾウとカカシさんは付き合っているらしい、ってとこに落ち着いたんだよ」
なんだよ、それ、と言いかけたボクに、イナダは悠然と言ってくれた。
「だいたい、テンゾウ、おまえ、何をうろたえてるんだよ? カカシさんは、おまえとの付き合い、少なくとも暗部のなかでは隠す気ないんだろ? だから、賭けの結果に絡んだりもするし、噂を流したりもするんだろ?」
言われてみればそうだ。
「でも、先輩はボクと違って、優秀な血筋を残すことを期待されているだろう? だから、生産性のない恋人の存在は隠しておくべきだと思うんだ」
ボクの言葉に、ヒガタとイナダが、揃ってため息をついた。
「だから、テンゾウの気持ちを汲んで“暗部のなかに限っては”なんだろ?」
ボクの気持ちを汲んで?
では、ボクが気にしないと言うなら、先輩はボクらの関係を大っぴらにしてもいいと思っているんだろうか?

「あ、また眉間にしわよってる」
ヒガタが、笑いながらボクの顔を突付く。
「あのひとは、確かに突出した才能を持った凄い忍だけど、でも、それがすべて、じゃないよね」
そう、ヒガタの言いたいことはわかる、いや、わかるつもりだ。
先輩は、凄腕の忍で、持って生まれた才もあり、後付の能力もあり、でも、ほんとうに凄いのはそんなことではなくて、凄いところを列挙し始めたらいくらでも出てくるので、以下略として……でも、ボクにとっては、かわいい……などと言うときっと語弊があるんだろうけど、でもかわいいものはかわいいとしか言いようがない、つまり、いとおしくてならない恋人、という面ももっている。
だから。だからなのだ。
「なあ」と言ったボクの口調に、ヒガタはイナダを顔を見合わせた。
「先輩、いまでも四代目のこと……きっと好きなんだろうなぁ」
はぁ? と二人が口をあんぐりと開け、それからあわてて掌で口を塞ぎ、それから……深呼吸した。
ボクは皿の上にポツンと残っていたシシトウの串焼きに、手を伸ばす。
「あの、な、テンゾウ」
イナダが遠慮がちに声をかけてきたのは、ボクが串に刺さった2つ目のシシトウを咀嚼しているときだった。
「カカシさんと、その……なんだ? 四代目って、あれこれ噂があるが」
そのとき、ボクはようやく己の失態に気づいた。
カカシ先輩の数限りない噂のなかには四代目が関わるものも多々ある。
そのなかには、二人が恋人同士だったとか、先輩が四代目のお稚児さんだったとか、あるいは、その美貌に目をつけた四代目が伽専用の暗部とすべく仕込んだとか、要するに、色絡みの噂もたくさんあるのだ。
暗部のなかでは、噂ばかりが一人歩きをしていたのだろう、という見解で一応、落ち着いてはいるが、下世話な好奇心から興味をもっている輩も、皆無ではない。
もちろんヒガタもイナダもそんな輩ではないが、四代目と先輩の個人的心情に関わる発言を聞けば無視はできないだろう。

ボクはしばし逡巡し、それから腹を括った。
ボクは先輩との関係を隠さなくてはという強迫観念にかられ、挙句、先輩に対する己の恋心までも、どこかで歪めているのかもしれない、と、ふと思った。
恋をする男は、みなアホだ。アホになって、恋人とのアレコレを愚痴ったり、のろけたりする。
イナダのコイバナも、ボクはよく聞かされた。
ヒガタは、もっぱら色気よりは食い気のようだが、もし彼が恋をしたら、やはり同じように聞き役になるだろう。
聞かされるほうは、たまったものじゃないと思いつつ、でも、どこかで願っている。
どうせなら、実ってくれよ、と。
ならば、イナダやヒガタも、ボクに対して、友人として同じような気持ちを持っていてくれているのかもしれない。
ボクも……ただの、恋するアホになりさがって、打ち明け話をしても許されるかもしれない。

「実はよく知らない。先輩が四代目を心底、敬愛しているのは確かだが、それがどういう類のものかは、ボクにもわからないんだ」
これは、ボクが彼らに対して、初めて晒す本音だった。
「今まで、敢えて話したりしなかったけれど、ボクは……」
そこまで言っておきながら、喉が詰まってしまうボクは、ほんとうに根性なしだと思う。
「ボクは……あのひとが、好きだ」
泣くのをこらえると、喉の奥や眼球が、熱くなる。
「部下としても、尊敬しているし、一介の忍としてのボクの指標でもある。でも、それだけじゃなくて……ただ、好き、なんだ」
熱が痛みになった瞬間、ポタポタとボクの目から雫が落ちた



2007年08月15日(水)
香る珈琲、そして恋 〜ぶれいぶ・ぶる 1)


「ただいま」
窓から声がしたとき、ボクはシャワーを浴びたあとの“パンツ一丁”という姿で、ぼへ〜と床に座っていた。
え? と振り返ると、開けたままの窓から銀髪が覗いている。
「先輩!」
あわてて窓に駆け寄る。
「おみやげ」
額宛を斜めにかけた先輩の、隠されていないほうの目が笑った。
差し出された手には、スーパーの袋みたいな手提げがあり、思わず受け取ってみると細長い箱が2つ。包装してあるが、重さといいかすかに聞こえる音といい、750ml入りの酒瓶が2本、といったところか。
と見当をつけて顔をあげると、カカシ先輩は影も形もなくなっていた。
「え? ええ〜!」
な? なにがどうして、どうなった?
「本人……だよな?」
まるで幻のように掻き消えてしまった先輩。
ボクは、しばし呆然と暮れかけた空を見た。

おかげで、先輩が任務から戻ったら夏祭りに誘うというボクの一大プロジェクトは、動き出す前に躓いた。
帰還した先輩と遭遇するパターンを何通りも考え、誘うタイミングや口実をシミュレートしていたのに、だ。
まったく予想外の出来事で、すべてが無に帰した。
そう、ボクはまったく考えていなかったのだ、先輩のほうからボクを訪ねてくれる、などというパターンを。
――これも、忍は裏の裏を読め、ってヤツですか?
呟いたボクの脱力感を、どうかわかってほしい。

先輩が正規部隊の応援任務に発つ前日、ボクが鳥面とのツーマンセル任務から戻った日、先輩からは避けられていたから、よもや帰還したその足で訪ねてくれるとは思ってもいなかった。
相変らず、よくわからんひとだ。でもって、行動も読めない。ボクごときには……と付け加えて、自分でへこんだ。
好きなのに。
こんなに好きなのに。
ボクが、ボクでなくて、もっと能力も地位も家柄もあるような忍だったら、違ったのだろうか。
もっと違った形で先輩と出会えたんだろうか。
大蛇丸の実験体だったという過去も、その前の失ってしまった過去も、全部ひっくるめてボクという人間なのだと最初に教えてくれたのが、カカシ先輩だったのに、ボクはそんなことを考える。

先輩は何を思って、酒を買ってきたんだろう?
ボクは箱を取り出し、包みを解いた。
聞いたこともない名前の酒だ。きっと任務で赴いた先の地酒なのだろう。
とりあえず冷蔵庫に収めて、ボクは服を着るために立ち上がった。
先輩の部屋を訪ねるぐらいしか、方策はない。
幸い、と言うべきか、鳥面がちょっとした怪我を負ったため、ボクらには1週間の待機が命じられていた。
先輩も単独で動く任務が入らなければ、待機だ。
考えた挙句、私服にした。けれど、緊急の呼び出しがあったときのために装備一式をリュックに詰め、少し悩んでから、土産の酒を1本、冷蔵庫から取り出して詰め込んだ。
そして、勇んで出かけたのに、先輩は部屋にいなかった。
締め出されたわけではないのは、合鍵が使えたからわかったが、行き先となるとお手上げだ。
里ハズレのおでんの屋台はもう夏休みに入っているし、先輩の部屋に来る途中、外から様子をうかがった立ち飲み屋にも、姿はなかった。
半ば意地になって、思い当たる限りの居酒屋――暗部の打ち上げで使ったとか、たまたま通りすがりに入ったとか、先輩が一度は足を運んだことのある店を思いだせる限り――当たったが、どれもハズレだった。
もちろん慰霊碑にも行った。先輩のお気に入りの場所、火影の顔が彫られている顔岩の崖の上にも行った。
けれど、影も形も、ない。
完璧に気配を断てる先輩だが、幻術を使うのでなければ、姿形まで隠せるわけではない。
思い当たる場所に姿がない、ということは、そこにはいない、ということで、でも里には戻ってきているはずだ。
結局、木の葉のメインストリートに戻ってきたボクは途方にくれ、立ち尽くすしかなかった。

「おい」と肩を叩かれたのは、どれぐらいしてからだろう?
振り返れば、イナダがいた。ベストを着用しているのは、暗部棟からの帰路なのだろう。
「何してんの?」
「あ」と言いかけたボクに、あからさまなため息とともに、呆れた視線を向ける。
「あのな、おまえ、不気味。往来に突っ立ってるなって」
「あ? ああ、すまない」
ボクはようやく、事態を呑み込んだ。
「いや……尋ね人が留守で、どうしたもんかと……」
「カカシさんなら、さっき火影屋敷に入っていくのを見たぜ」
火影屋敷……だったら、いくらさがしても見つからなかったのも、当たり前だ、とボクは思った。
そして、気づかなかった。ボクは一言も尋ね人が先輩だとは言わなかったのに、イナダが迷いなくその名を口にしたことに。
「そう……だったのか。じゃ……」
歩き出そうとした首根っこを、イナダに掴まれた。
鳥面とイナダの妙な相似に笑いそうになる。そういえば、ボクに対してどことなく強引で、なんとなく頭が上がらない感じが、似ているかもしれない。もっとも、二人に言えば、どちらもが怒るのは目に見えているが。
「おまえ、久しぶりに会った友人に、その態度はないだろうがよ」
え? と返すボクに、イナダは盛大なため息を零した。
「三代目に呼ばれてるんなら、カカシさんの用も長引くだろう? 一杯やる時間ぐらいあるだろに」
「あ、ああ……そう、だな」
引きずられるように居酒屋の暖簾をくぐる。その前に、イナダがベストの胸元から何かを取り出し、空に放っていた。
「式か? さっきの」
「ああ。ヒガタが開発中なんだ。いくつか預けられてて、呼び出しに使ったりして試している」
空に翻った途端、はじけたように見えた。
「なんつーか、匂いの式だ。ヒガタが匂いを辿ってここに合流できれば、成功、ってとこかな」
「へえ」と言いながら、地道に術の開発にいそしんでいるヒガタを思った。
体格のせいか鈍臭く見えるヒガタだが、実際には敏捷だ。それに、頭もいいうえに努力家。
このイナダにしても、暗部という名前から連想される殺伐としたイメージからは程遠く、人情味に溢れている。
「しばらく待ってみようぜ。ヒガタが来なかったら、別の試作品を試してみるからよ」
ボクとイナダは汗をかいているビアジョッキを軽くかかげた。
「最近、合同任務ないなぁ。このところカカシさん、単独や正規部隊の応援が多いだろ?」
「ああ」と頷きながら、ボクは里を抜けた元同僚を思った。
うちはイタチの里抜けによって、写輪眼を使えるのは先輩だけとなった。
イタチの弟、サスケは、忍としての才には抜きん出ているようだが、まだ開眼していない。
だから勢い、カカシさんに指名任務が舞い込んでくる。
「あのひとが隊長で指揮をとる任務、正直、しんどいだけど、俺、嫌いじゃないんだ。なんていうんだろう? 充実感ってのも違うし、満足感……なんてないしなぁ。達成感とも違うか……ただ、なんていうのかなぁ、ああ、終わった、っていうあの感じ?」
それは、わかる。
任務の内容なんて、謀略、暗殺、諜報、殲滅、いずれにせよ、ロクなもんじゃない。人間の欲と怨嗟の渦巻くさなかに、乗り込んでいくようなものだから。
それでも、いや、だからこそ、なのだろうか。
先輩が指揮を執ると、余計なことを考える暇もないぐらいに過酷で、生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も味わい、かいくぐり、任務を終えたときは、ただひたすら生きていて良かった、としか思えない、余計なことなど考えられない、いわば真っ白に燃え尽きた灰みたいになる。つまり、自分が屠った相手の感触や、今わの際の顔や、断末魔の呻きや、そんなものをも含めて一切合財、燃え尽きた状態になってしまう。
そのうえ、自分のチャクラも使い果たしてしまう、バカな隊長の後始末までオマケについてくることもあり、里に戻るまでは、ひたすら無事に帰還することしか考えられなくなるのが常だった。
自分の行ったことの残酷さ、非道さに目が行くのは、里に戻り、ある程度、体力も気力も回復してからだ。
だから、ボクらはそれぞれに、己が手にかけた相手と己の任務とを、冷静に振り返ることができる。
これが中途半端に体力が温存され、戦闘時の興奮を残した一種異様な精神状態のときに、己のしでかしたことに眼を向けようものなら。
……狂い死にしてるかも、とボクでさえ、思う。
でも、過酷とも思える燃え尽き感が、実はボクらには救いなのだとわかるのは、だいぶ時間がたってからだ。
それまでは、先輩は血も涙もない隊長として恐れられる。なかには暗部を抜けるまで、わからない輩もいるのだ。
つくづく、割りに合わないと思う。
そんなことを考えながら、冷奴とモズク酢をつつくボクの隣で、イナダは緑鮮やかな枝豆を、時折、口に運んでいる。なんだか卓が地味だな、と思い、ああそうか、ヒガタがいないのだと気づいた。
ボクもイナダも、間違っても食が細いわけではないのだが、いつも、威勢良く注文をする相方がいないため、なんとなく場がもたない感じだ。
「焼き鳥でも、頼むか?」
そうだな、とイナダが答えかけたとき、ガラリと戸が開き、
「オヤジ、大ジョッキ2丁、と、レバサシ3人前、串揚げ10人前、焼き鳥おまかせで12人前、あ、野菜焼きもね。あと、ほっけの開きと、焼きお握り8個」
聞きなれた声がした。
「いたいた。今回は成功だ」
得意満面の笑みをたたえるヒガタに、なぜか後光がさしてみえたのは、きっとボクが疲れていたからだろう。

ドンと卓に置かれた大皿から、見る間に食料が消えていく。
ヒガタのこの食べっぷりに自分はうんざりしていると思ったのだが、違った。
うんざりしている、というのは、見栄だ。正直なところ、呆気にとられているというか、呆然としているというか、もういっそ、ほれぼれとしているとでも言いたい気分だ。
知り合って1年と少しだが、いつ見ても、見事な食欲だ。
これが、戦場ではほとんど兵糧丸しか口にしないのだと知ったのは、ごく最近のことだ。
「食べ物を消化するエネルギーってのは、半端じゃないんだよ。俺はとくに燃費が悪いから、戦場では普通に食事をするほうが効率が悪いんだ。だからと言って、普段から兵糧丸しか食べないんじゃ、逆に身体を悪くするだろう? これでも、けっこう調整には気を使ってるんだよ」
串から焼き鳥をひと口でこそげ取るようにして、咀嚼するヒガタに、ボクは頷くだけだ。
「なんか、おまえがそうやって、むしゃむしゃパクパク食べてるのを見ると、こっちまで釣られて食べちまうんだよな」
そういいながら、イナダも先ほどだるそうに枝豆をつついていたとは思えない健啖家ぶりだ。

「で? カカシさんとケンカでもしたのか?」
ふぅ、と満足そうなヒガタの吐息に混ざって、イナダが放った一言に、ボクは先輩の雷切に脳天を一撃されたような衝撃を覚えた。
「ケ、ンカ?」
バクバクとはねる心臓の鼓動を隠しながら、とりあえずジョッキをテーブルに置き、ボクはイナダに聞き返す。
目の前で、ヒガタが「バカ」と小さく呟いた。

遅ればせながら……ようやく、ボクは、イナダと出会ったときの会話を思い出した。
「そういえば……どうして、ボクの尋ね人がカカシ先輩だって、わかったんだ?」
はは、とイナダは両手を挙げて、降参のポーズをとる。
「うっかり言っちまって、しまったと思ったものの、おまえ、聞き流していたから、助かった!って思ったのにな」
串揚げを頬張りながら、ヒガタがまた「バカ」と呟いた。



2007年08月09日(木)
香る珈琲、そして恋 〜ぶらっく・るしあん 4)


「ボクが……先輩の過去にこだわりすぎて」
「「過去?」」
二人の声が重なった。
「んなこと、はなから承知で惚れてたんじゃないの?」
鳥面の、あまりに直截な言葉に、別の意味でボクは言葉を失くした。

「そろそろ、いかがですか?」
食欲をそそるニンニクとトマトの香りに視線をあげると、骨付き肉とジャガイモの煮込みが食べやすいように取り分けられた状態で、ボクら3人の前に出された。カリカリに焼き上げられたパンが添えてある。
途端に腹の虫が騒ぎ出すのがわかった。
「そうね、おなか空いてたんだわ、思いっきり」
欠食児童のごとく、ボクらはしばし無言で料理と格闘した。なんとも贅沢な時間だ。
「うーん、満足。おいしかったぁ」
そう言いながら、ビールで喉を潤す鳥面、皿に残ったソースにパンを浸して、黙々と口に運ぶ虎面。
先輩ほどではないにせよ、任務を離れたボクらは、大なり小なり、子どものような面をもっているのかもしれない。

「さっきの」
皿が下げられ、軽く摘めるナッツとチーズが供されたのをきっかけにボクは口を開いた。
「過去、ですが。ええ、はなから承知のうえです。いろんな噂は以前から聞き及んでいましたし、いろいろ言ってくるひとは今もいますけれど、そんなことはどうでもいいんです。ただ」
そう、今さら先輩の流した浮名にこだわっているわけではない。
「ただ、今回、ちょっと……四代目のことを……」
「ああ、隊長が四代目のお稚児さんだったとかいう噂なら、あれは嘘だよ」
さりげなく、核心に触れるようなことを鳥面が言う。
「そう、言いふらしている輩がいたのは事実らしいけれど。おおかた、やっかみ半分だろう?」
「いえ、噂だとか、そんなものはどうでもいいんです。ただ、先輩が……どう思ってるのか」
しん、とした静寂のなか、ごくかすかにBGMが聞こえる。
さっきから鳴っていたのだろうが、初めて気づいた。
掠れた女性の声が、異国の言葉で歌っていた。
「おまえは、どうなんだ?」
ちょうど一曲終わったところで、虎面に尋ねられた。
「おまえ自身は、何をどう、思っているんだ?」

ごく短い無音の間をおいて、また異国の歌が低く聞こえる。
いつだったか、先輩が口ずさんでいた歌だ……。

「隊長の心がいまでも四代目に向いていたら、許せないのか? すべてを、自分に向けてほしいと望んでいるのか?」
問い詰めるでもなく、ただボクの思考を促すように、虎面が言う。
言われて初めて、ボクは何を気にしているのだろう、と自分自身に問いかけた。
「ボクで……先輩はいいんだろうか、と……」
「はぁ?」
呆れたような鳥面の声が聞こえた。
「あんた、アホ? あの隊長が、よ? 自分の忍犬に着せるマントひとつにもこだわって、市販品のあそこが気に入らない、ここがダメと散々ケチつけた挙句、どこがいいのか他人にはサッパリだけど、本人は大満足の手作りマントを着せてる隊長がよ?」
あ、あのマントには、そんな由来があったんですか? と、どうでもいいことをボクは考える。
「任務でもないのに嫌なことをガマンするような真似、するわけないじゃない。休日には終日惰眠をむさぼりつつ合間にイチャパラを読むのを至上の楽しみにしていた隊長が、よりにもよって休日にわざわざベッドから這い出てて、のこのこ会いに出かけていく相手に対して、妥協なんてするわけないじゃない? 妥協するぐらいなら、イチャパラ読んでニヤニヤヘラヘラしてるわよ、あのひとは」
他人の目にボクたちがどう映るのかが明確にわかる表現をされると、かなり恥ずかしいということに、ボクは気づいた。
「……そうなんですか?」
「そうよ。あたしなんて、あの寝汚い隊長が、休日の昼間に街を歩いているってだけでびっくりしてるのに」
「ああ、確かに。緊急の呼び出し以外で、休日の陽のあるうちに見かけるとしたら、忍犬を訓練させているか」
「あれは、遊んでるのよ」
鳥面の言葉を無視して虎面が続ける。
「あとは、知り合いの上忍に勝負を挑まれて、無理やり引っ張り出されるか。それぐらいだったな」

「だいたい、あんた。四代目と張り合おうって、そりゃぁ、無理ってものよ」
「ボクも僭越だとは思います、火影さまと自分を比べるなんて……」
「じゃ、なくてぇ!」
いらだったような鳥面の声に、虎面が「声がでかい」と注意する。
「あ、ごめん」と鳥面も声を潜めたが、ほかに客はいなかった。
「じゃなくて、ね? 火影さまだろうがなんだろうが、いま生きている相手だったら、張り合うこともできるけど」
ああ、そういう意味、ですか……。
「相手が死んじゃってるんだから、どうしようもないじゃない」
搾り出すような鳥面の声に、ボクは不意に思いだした。
まだ、先輩と付き合い始めてすぐのころ。彼女もまた、ずっと先輩に思いを寄せていたのではないかと、思ったことがあった。単なる思い付きだったが、それはたぶん、外れてはいなかったのだろう。
「思い出ってのは、相手の気持ちの中にあるものだから。本人以外には、どうしようもできないじゃない」
間抜けなことに、ボクはただ「そうですね」としか答えられなかった。
そうですね、ほんとうに。
幻を相手に戦っても意味がない、幻術にかかったら、まず術を解く。
「ボク自身が、あれこれ考えすぎていた、ってだけなんですね」
「そーよ。きっと、隊長今頃、いじけてるわよ。絶対、他人には悟らせないけど、案外、プライベートでは、後ろ向きだからね」
後ろ向きとまでは思わないが、まあ、そんなものなんだろうとは思う。
相手の些細な言動が、数十倍にも膨れ上がって、やきもきさせられる、なんていうのは、恋という幻術にかかった者に共通の行動じゃないか。
一般的な幻術と異なるのは、解術のすべがない、ということだ。

「じゃ、猫面の悩みもめでたく解消したことだし、お開きと行きましょうか」
さっさと場を仕切る鳥面に、虎面が苦笑する。
「あ、でも……なんか、締めにこう……欲しいね」
「マスター」
虎面の言葉を受けて、マスターがニッコリと頷いた。
「では、食後のコーヒー代わりに、コーヒーのリキュールを使ったカクテルはいかがですか?」

マスターがシェイカーを振る姿を見ながら、先輩を思う。
今回は、どういうわけかコーヒーと縁が深い。これも何かの符号なのか。
「どうぞ」
大振りのグラスが、ボクら3人の前に置かれた。
キンと冷えたカクテルは、強いアルコールとリキュールの甘さがあいまって、コーヒーの香りが直接、頭の芯に響いてくるようだ。
「へえ、コーヒーの味なのに、お酒なんだねぇ」
感心したように鳥面が言うところを見ると、カクテルを飲むのは初めてなのかもしれない。
ボクはあの立ち飲み屋で、ごくたまに女将さんが振るシェイカーを知っている。
店に合わないと言えば合わないのだが、女将さんには妙に合っている。
「先輩も、ときどきここへ来るんですか?」
ボクの問いにマスターが、いえ、と首を振った。
意外だった。
「俺のテリトリーだから、遠慮しているんだろう?」
「妙なところで、気を使うよね、隊長」
「俺は、隊長ならここで鉢合わせてしてもいい、と思ったから連れて来たんだがな」
虎面の言葉は、少し残念そうに聞こえた。
「え? じゃあ、あたしたちと鉢合わせしてもいい?」
「猫面はともかく、鳥面は御免蒙る」
「あ、即答」と笑う鳥面は、少しも気分を害した風ではない。

今さらながらに、ボクは思う。
この小隊は、ほんとうにいい。
変に気を使わず、でも肝心なところでは、ちゃんと互いをわかっていて、ビジネスライクなようでいて、人情味に溢れている。
そうでなければ、だれが他人の恋愛ごとに首を突っ込もうとするものか。
それもこれもすべて、はたけカカシという隊長の人柄を映しているからだ。

先輩は、あのときボクらが話していた会話の内容ではなく、その直後の、あからさまにびっくりした鳥面とボクの態度に、気を回したのかもしれない。
あのとき二人とも、後ろめたさ全開だったし、その後、ボクはボクであれこれ考えすぎて妙にぎくしゃくしていた。
先輩は、そんなボクの態度に傷ついたのだ。
あれは怒っていたというより、拗ねているのと遠慮しているのとが微妙に混ざり合った反応だった、とようやく思い当たる。
鳥面が言ったように、ボクを探してやってきたとは思わない。
でも、ボクに会いたいとは思っていてくれたかもしれない、とは思う。
鼻の効く先輩は、それだけで意図せずしてドンピシャリの場所に行き着くことがままあるのだ。
だとしたら、ボクの態度は二重に先輩を傷つけた。
ボクに会いたいなぁ、と思いながら、ふらりと立ち寄った先に偶然ボクがいた、そういうシチュエーションで、そのボクの挙動が不審……改めて、己の対応のまずさに、肩にずんと重石が乗ったような気分になる。

そうだ、夏祭り。
誘い損ねてしまったけれど、予定通り先輩の応援任務が終われば、間に合う。
子どものころの先輩には、ご尊父との夏祭りの思い出があり、四代目との夏祭りの思い出がある。
何年もたって、今を振り返ったとき、先輩の思い出の中にボクがいればいい。
ボクが生き延びる限り、毎年思い出は更新されるだろうけれど、今このときの先輩は、この一瞬なのだ。
その一瞬に、ボクがいれば、それでボクは満足じゃないか。

「今日は、ありがとうござました」
と頭を下げたボクに差し出された伝票は……まあ、ちょっとした金額だった。
こういうところも、しっかり先輩を見習っているよ、鳥面も虎面も、とちょっぴり恨めしく思ったボクを、だれが責められよう。


<二部 了> 三部へ続く



ブラック・ルシアン
先のダーティ・マザーのブランデーをウォッカに変えると、ブラック・ルシアンというカクテルになる。ベースとなるウォッカの切れの良さが生き、サッパリした味わいのカクテルに仕上がる。



2007年08月08日(水)
香る珈琲、そして恋 〜ぶらっく・るしあん 3)


「猫面、あんた、ちゃんと隊長と話、できたの?」
先輩抜きのスリーマンセルで里内警備を終えた夜、鳥面がボクを呼び止めた。
「え、はぁ、まあ」
曖昧にごまかすボクの首根っこが、ぐいと後ろに引かれる。
ボクは猫か? じゃなくて、ボクより小柄な鳥面に襟を掴まれると、正直苦しい。
「ほんとうに?」
半分、のけぞりかけているボクの耳元で、鳥面が囁く。
「ほ……げほっ」
「おい、離してやれよ」
見かねた虎面が鳥面の手首を掴んだ。と、首周りが急に楽になり、かえってボクは激しく咳き込んでしまった。
詰め所の連中はチラチラとこちらを見ているが、声をかけてくる者はいない。
もしかしたら、これってボクが鳥面にやり込められているように見えたりするのだろうか。
余計な誤解を招いて、これ以上こじれるのは正直、勘弁願いたい。
「あの、じゃあ、相談にのっていただけますか? 良かったら食事でもしながら」
ボクは鳥面に向き直って頭を下げた。
「できれば、ご一緒に」
と虎面にも、頭を下げる。
「払いはボクがもちます」
ここまですれば、鳥面とボクの個人的ないざこざではないとわかってもらえるだろう。
その反面、なんでボクは、こんなふうに気を使っているのだろうという疑問が過ぎる。
夏の夕方、ちょうど風が凪ぐ瞬間に立ちのぼる草いきれのような、かすかだけど、皮膚に纏わりついてくるような、そんな感じ、と言えば近いだろうか。
不快というのでもなく、だからと言って爽快でもない。
なんとなく抱えてしまったやっかいごと、でも、それはとても大事な何かを示唆しているようで、だからおろそかに出来ないとでも言えばいいのか。
ちょうど、むせかえる夏草の香りにうんざりしつつも、そこ垣間見える生命力にどこか惹かれるのと同じに。

そう、ボクにとって、先輩とのイザコザは、ちょうどそんな感じなのだ。

任務以外のときは、できるだけ穏やかに過ごしていたいとボクは思う。
だから、感情をかき回されるような踏み込んだ付き合いを避けていた時期もあった。
先輩に拾われて、それも悪くないと思うようになった。
そして気がつけば、いつもいつも先輩に引っ掻き回されているボクがいた。
やれやれ、と思うのに、勘弁してくれ、とまで思うこともあるのに、それでもボクは、まるで引っ掻き回されるためだけに先輩に近寄ってしまう。

ひとがひとに無条件に惹かれる、というのは、そういうことなのだ。
きっと先輩も……四代目に……。

「俺の行きつけの店でも、行くか?」
珍しい虎面の言葉に、鳥面とボクは一瞬、顔を見合わせた。
「静かで、店の人間も客も口が堅くて信用できるのは保証する」
気づいたら、「お願いします」とボクは頭を下げていた。

そして連れて行かれたのは、メインストリートから路地を入って、さらに奥まったところにポツンとある店だった。
構えだけを見ると、先日、通りかかった、あの珈琲屋に改装中の店に近い。
木の扉は思いのほか重いらしく、ギとかすかな音を立てて開いた。
「いらっしゃいまし」
落ち着いた男性の声が迎えてくれる。見れば、カウンターとテーブル席が3つほど。
カウンターは磨きこまれた一枚板、その向こうに見える壁面にはズラリと酒瓶が並んでいる。
「渋いバァじゃない」
鳥面がごくごく小さい声で呟く。ボクも内心で舌を巻いていた。
虎面はプライベートでは、こんな渋い店でひとりグラスを傾けているのだろうか。
「カウンターでいいな」
ボクらの答を聞かずに、虎面が奥の席を鳥面に進める。続いてボク、虎面と並ぶ。
「ビールでいいか」
鳥面もボクも頷く。イヤとはいえない雰囲気だったし、虎面に任せておけば間違いないだろう、とも思った。
すぐにキンと冷えた丈の高いビヤグラスが出てきて、小ぶりな瓶からそれぞれに注がれる。
無言のままグラスだけを軽く掲げて乾杯の意を表し、口をつける。
細かい泡がクリームのようで、その下から流れ込む爽やかな苦味と立ち上る香気に、ボクは思わずため息をついていた。
「ふぅ」
期せずして、ボクら3人の吐息が重なる。
何も頼まぬうちに「どうぞ」と差し出された皿には、ボイルしたソーセージと酢漬けのキャベツ。
噛むと口の中に肉汁が広がって、これがまたビールとよく合って……ではなくて。
ボクは、先輩のことを相談するために、ここに来たんだ。
とはいうものの、何をどう、相談すればいいのだろう?

「この店、一度だけ隊長と来た事がある」
虎面の言葉に、「え?」と反応したのは鳥面だった。
「個人的に、いろいろ悩んでいた時期だ」
ボクはカウンターに座る先輩を思い描こうとして、失敗した。
ボクが知っている先輩は、おでんの屋台、あのお気に入りの立ち飲み屋、暗部御用達定食屋兼飲み屋……だいたいがそんなところだ。
「さっきとまったく同じように俺が扉を開け、隊長を先に通した」
さっき、鳥面もボクも扉を開けてくれた虎面より、先に進むことはなかった。つまり、足が止まった。
一瞬、この雰囲気に呑まれたのだ。
なんということはないバァだが、ボクらのような若造を拒むでもなく、でもどこか威圧感を覚えさせる、いわば大人の雰囲気があった。
実際、虎面もいつもと少し違う。ごくわずかだが構えているように思えた。
「隊長は……」
言いかけて、虎面が思い出し笑いをした。ちょっと珍しい光景で、鳥面もボクも顔を見合わせてしまった。
「ああ、あの銀髪のお連れ様のことですね」
虎面の視線を受けて、初老のバーテンダーが柔らかい口調で繋いだ。
「あんなに印象的な方は、なかなかいらっしゃいません。はい、姿かたちももちろんですが」
そう言って、先ほど、ボクらが入ってきた扉に視線をやる。
「ごく自然にカウンターの、ちょうどいま、こちらの方が」と掌を上に向けて、ボクを示す。
「お座りのこの席までいらっしゃって、『ここ、いいですか?』と」
「マスターは確か『もちろん』って答えたんだ。そしたら、まだ入り口付近にいた俺を振り返って、『この席が気に入ったんだけど、いい?』と聞いてきた。いくらかは常連の俺よりもずっと馴染んでいて、びっくりしたもんだ」
「たまに、いらっしゃるんですよ。決して無理されているのでもなく、そこの空気にすんなり溶け込んでしまえる方、というのが」
「根っからの忍だからねぇ、隊長は」
感慨深げに呟いて、鳥面が前歯でソーセージのやや歯ごたえのある皮をパリンと破く。
「あれだけ目立つひとなのに、ほっんとに影薄いときは、薄いのよねぇ」
グラスに半分ぐらい残ったビールを飲み干す。見事な飲みっぷりだ。
「もちろん、そういったこともあるかと思いますが」
鳥面の前に新しいグラスを差し出しながら、バーテンダー、もといマスターは遠慮がちに口を挟んだ。
「どうなんでございましょう。そういったたたずまいの方が、必ずしも忍の方とも限らないのです」
「そう……ね。“隊長”って言って、浮かんでくるイメージって、所詮はあたしらの勝手なイメージなんだものね……」「心からこの空間と酒と料理を楽しんでくださっているのがわかって、私もその夜は、とても気分よく仕事ができました」
気づくと、鳥面もボクも、そして虎面までもが、視線を飛ばしていた。
それぞれに、カカシ先輩のことを思い出していたのだろう。
「確かに、掴み所のない面ってのも、もっているのよね……で?」
え? とボクと虎面が鳥面を見る。
「え? じゃないでしょ? ちゃんと話できたの?」
あ、と口ごもるボクに、鳥面がわざとらしいため息をつく。
「それが今日の主旨じゃないの。まったく」

「隊長と、ケンカでもしたのか?」
事情を知らない虎面の質問に、ボクはいえと首を振る。否定してから、虎面の使った“ケンカ”という言葉が面映くなった。
「ケンカというほどのことでもないんです。もしかしたら、先輩のほうはそう気にしていないのかもしれませんし」
「気にしてるわよ、あれは。だから、とっとと先に帰ったんじゃない。もしかしたら、あんたの気配探して、屋台に来たのかもしれないよ?」
言ってから、鳥面は「あぁ、もう」と頭を振ると、
「あたしも、どうしてあんなタイミングであんな切り出し方しちゃったんだか」
はぁ、とカウンターに突っ伏しそうな勢いの鳥面を見て、虎面がボクを見た。
「誤解を招きかねない話を耳にして、先輩は妙にボクを避け、ボクのほうはあたふたして適切な対応ができないまま、先輩が」
「ああ、応援か。つまり、誤解されたまま、というわけか?」
「いえ、ですから、それもきちんと確かめたわけではなく……」
言いかけた言葉は、鳥面に遮られた。
「だいたい、いつもだったら、隊長が余計な気を回してぐずってるのを、あんたがいなす、ってのが常套なのに、今回に限って、あんたも変」
「変?」と虎面がボクを見た。
「変、なのか?」
いや、待て、先輩がぐずるってとこは、何気にスルーなのか?
そんなボクの心を読みでもしたかのように、虎面が言葉を継ぐ。
「任務を離れたあのひとは、子どもみたいなものだからな。おおむね機嫌はいいが、腹が減ったり眠かったりすればぐずる、些細なことで駄々をこねる、気に食わないと拗ねる、まあ、よく相手してるものだと、いつも感心していたんだが」
へ? そんなふうに思われていたんですか?
「おまえでも、下手打つことがあるのか」
妙にしみじみ言われ、ボクは返す言葉を失った。



2007年08月04日(土)
香る珈琲、そして恋 〜ぶらっく・るしあん 2)


ピー、という笛の音に、一瞬、ボクと鳥面が反応しかけたとき、
「ああ、今年も夏祭りですね」
と、のんびりした声でオヤジさんが言った。言われてみれば、緊急召集の音とは違っている。
それに笛の音に混じって何やら賑やかに聞こえてくる。
「あいつら、忍びじゃないんですよ。ただ、笛の音というのは、けっこう紛らわしくてね、特に素人が扱うと思いも寄らない音が出たりする、だからこうやって里のハズレまで来て練習しているんですね」
「夏祭りのお囃子?」
「ええ」と鳥面の問いに答えて、オヤジさんが目を細める。
里のどこに住まいがあるのかは知らないが、一般人の足でここまで来るのは難儀だろう。
そうまでしてボクら忍を気遣ってくれる人々に、頭が下がる。

「そういえば、先生、お祭り好きだったなぁ。ずいぶん引っ張りまわされたもの」
懐かしそうに先輩が呟いた。
「え? 隊長、お祭りなんて行ったことがあるんですか?」
「ありますよぉ、オレだって」
先輩の視線は間にいるボクを通り越して、鳥面を捕らえる。器用な視線だ、まったく……。
「ちゃんと子どもだったころがあるんだから」
「でも……」
「うん、まぁ、そうね。基本、アカデミー時代まで、かな」
下忍になってからは悠長な生活など望めなかったのだろう先輩は、それでも口元に笑みをたたえていた。
「ただ、お祭り好きな先生のおかげでお祭りの警備、なんて任務は割とやっていたんだ」
「でも、警備するんじゃかえって……」
言いかけたボクの言葉を、視線を合わせずに遮り、先輩はふふっと笑った。
「そこは、うちの先生、抜かりなかったから。ちゃんと途中で交替になるような任務のときを狙ってもぎ取るわけ。で、『はい、交替! 任務終了。さぁ、カカシ、金魚すくい競争だよ』なんて言って……」
「金魚すくい……」
「そう言って駆け出すのに、絶対途中で綿菓子や林檎飴買って、嬉しそうな顔でオレにくれるんだ。でも、ほら、オレそういう類の甘い菓子苦手でさ。子供心に、いかに先生を傷つけないように断るか、ほんっと苦労したんだよ」
それはきっと……。
子どもらしい生活を望めない先輩への、精一杯の配慮だ。
たぶん先輩だって、そのときはわからずとも、後になってそんな四代目の心遣いに気づいただろう。

「最近、お祭りなんて行ってないなぁ……」
コクン、と先輩がグラスを傾ける。
ボクも、祭りとは縁のない生活を送ってきた。あのころは、里も大変な時期だったのだ。
でも入院中、小児病棟の子どもたちの慰めにと、季節ごとに病院の庭でちょっとしたイベントが行われたのを思い出す。
そして、祭囃子を聞くと、なんとなくうきうきした気分になる。そんな経験など持たないはずなのに。
あるいは、それは大蛇丸に捕らえられる前の、ボク自身には掴み取れない記憶のせいなのか。
去年の今頃は、長期任務で里を離れていた。
里にいれば、先輩を祭りに誘うぐらいの気は利かせたのに、と、思う。
よし、今年はボクが先輩に夏の思い出を作ろう。

「先輩、お祭り行きましょう!」と言いかけたとき、「オヤジ、酒」と二人連れが顔を出した。
忍ではないらしい。チラリと忍服姿のボクらを見、会釈するとさりげなく間を開ける。
「今年の囃子方、新米揃いだから心配だなぁ」
などと言い合っているところを見ると、先ほどから聞こえているお囃子の指南役らしい。
「まったくだ、基礎がなっちゃぁない。これで間に合うのかねぇ」
「屋台で暇つぶしできるぐらいですから、大丈夫でしょう」
笑いながらオヤジさんがグラスを出す。
「暇つぶしどころか、ワシらの出番なんぞ、あるものか。音を合わせられるようになってから声かけな、って言ってきたところさ」

「じゃ、オヤジさん、また来年ね」
数枚の札を手にしたオヤジさんが、「ええ、また」と答える。
「ほら、おまえらも。行くよ」
「え? おまえらって……」「会け……い」
「すんでるよ」
暖簾の向こう側から先輩の声が聞こえる。
鳥面と顔を見合わせ、オヤジさんを見ると、ニッコリ笑って頷かれた。
「うそ」と鳥面が小さく呟きながら、「ごちそうさまでした。おいしかったです」と挨拶する。
「はいよ。ありがとさん。また秋になったら、おいでな」
ボクも頭を下げ、屋台を後にした。先輩の姿はもう見えない。
まるでボクから逃げるよな先輩の態度に、思わずため息がこぼれそうになったときだ。
「うそ〜」と鳥面が言った。ボクが首を傾げると、「だって、初めてだよ」と言う。
「偶然同席したとき、隊長が支払いもってくれたの」
「そうなんですか?」
「そうだよ。自分が誘ったときは別だけど。そうじゃないときは、払わないよ。だって、そうでもしなくちゃ、どこに飲みに行っても、そこで会ったみんなの飲み代負担しなくちゃならないじゃないか」
「あ……」
先輩ぐらい長く上忍をやっていれば、そこら中、後輩だらけになるのだ。
「ね?」
「……直属だから……とか?」
「ないない」と鳥面は顔の前で手を振る。
「こういう場合は例外つくっちゃいけないんだよ。だって、任務によっちゃ、メンツが変わったりするんだから。それに、大所帯の部隊だったら、どこまでが直属よ?」
「……そう……ですね」
「大所帯でも、自分が誘ったときは何十人分って額を払ってるからね、あのひと」
「え?」
「その分、どこぞで取り返してるんだろうけどね」
はぁ……のぼり詰めるというのも、なかなか大変なのだ、と改めて思う。
っと、肝心なことを、すっかり忘れていた。
「しま……すみません、ボク、急いで」と言いかけた襟ぐりをぐいと掴まれる。
「今、追いかけて、どうすんのよ」
「え、でも」
「追いかけるんだったら、屋台を出て、すぐ。即。あんたは、もうタイミング逃してるんだから。だいたい、どうやって見つける?」
「とりあえず……部屋とか……」
「とりあえず?」
「あ、いえ。こういうとき、先輩はたいてい部屋にいるんで」
先輩が本気で拒んでいたら、ボクは部屋には入れない。
「ふうん。で、なんて言うつもり?」
「単刀直入、嘘偽り虚飾なく、そのまま話します」
「そ。じゃ、頑張って」
案外あっさりとボクを解放した鳥面は、「なんかあったら、相談ぐらいのるから」と苦笑した。
「多少は、責任、感じてるんだから、これでも」
走り出したボクの耳に、かすかに聞こえた独り言。
申し訳ないような、嬉しいような、困ったような……。

先輩は部屋にいた。
もちろんボクも締め出されはしなかった。
が。こんもりと盛り上がったベッドにため息……。

眠っているのだ。フリでもなんでもなく、ほんとうに熟睡している。
単独で余程疲れる任務でも受けたのだろうか、とボクは先輩の背を見つめる。
抱きしめたら、起きるだろうか?
起きてくれたら、話もできる。

手を伸ばしかけてから指先を握りこんだ。
それぐらいで起きてくれるなら、世話はない。何しろ、戦地でもない限り、一度寝たら起きないひとなのだ。
もちろん、不審人物が部屋に入れば本能的な警戒心が働いて、目覚める。
でも、ボクたち同じ小隊のメンバーや、親しい上忍何人か、つまり先輩が勝手に部屋に入ってもいいと認知している数人に対しては、それもない。
これで殺気でも放てば間違いなく起きてくれるだろうが、それはそれで後が怖い。
ボクも半殺しの目には合いたくないし、先輩の部屋を壊滅させるのも本意ではない。
だいたい、そこまでして起こして、どうしろと言うのだろう。

そっと髪の毛に触れてみた。
湿り気を帯びている、ということは、帰宅してから洗髪したことを示している。
それほど遅れをとったつもりはなかったのに、シャワーを使ってベッドに潜り込み、熟睡するだけの時間はあったということか。
つまり……瞬身でも使ったか……。

――そんなにボクに追いつかれるのがイヤだったんですか?

思わず頭を抱え込んだ。

言い訳ぐらい聞いてくれてもいいじゃないですか?
いや、いっそなじってくれてもいい。それなら、こちらも説明のしようがある。

徹底的に視線が合うのを避けて、果てはボク自身を避けて。

――でも、待てよ?

屋台では、ボクの隣に座ったじゃないか。
そうだ。鳥面の向こうではなくて、ボクの左に。
でも、ボクとは目を合わせなかった。
ボクは抱えた手でばりばりと頭をかいた。

――わからん……。

今日のところはボクも、例の件を任務報告とは別に里に報告するための書類を作成しなくてはならない。
ひとまず退散。明日、改めて出直そう、そう決めて先輩の部屋を去った。
そして翌日。

先輩が正規部隊の任務に急に借り出され、一週間の予定で里を離れたことを知った。