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  月読 後日談


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2007年07月28日(土)
香る珈琲、そして恋 〜ぶらっく・るしあん 1)


「遅かったね」
里に戻り鳥面と落ち合うや否やの一言に、ボクは「ちょっと不測の事態に遭遇しまして」と答えた。
鳥面は、ふうん、とだけ返し、「とりあえず、一段落。また引き続き、依頼があるかもしれないけれど、そのときは改めて、ってことらしい」と続ける。
「あんたとあたしのツーマンセルなんて、珍しいよね」
「珍しいどころか、ボクが記憶している限りでは、初めてなんですが」
あれ? と彼女は首を傾げた。
「そうだっけ?」
へえ、と言いながら、ボクを見る。
「じゃ、打ち上げ行こうよ」
「う……ちあげ、ですか?」
「なに? あたしとは、打ち上げも出来ないって言うんか、あんたは」
「いえ、そんなことは。そうではなくて、その、彼氏さんが……」
「ああ。大丈夫。あいつは忍の家系じゃないけど、忍のことには理解があるから。打ち上げぐらいでガタガタいわないさ。場所は任せたよ」
まあ、この彼女の恋人になるぐらいの男なのだから、いずれ尋常な神経ではないだろう。
「じゃあ、えっと……ちょっと遠いんですが、里のハズレまで、いいですか?」
ん? と首を傾げる仕草は、ちょっと先輩と似ていた。
というか、先輩と身近に接していたり、先輩に意識を向けていたりすると、微妙なところでどこか先輩と似てしまうのかもしれない。あるいは、ちょっとした相似をボクが律儀に拾っているのか。

鳥面を誘ったのは、里のハズレのおでんの屋台。ボクが最初に先輩に連れられて来た店だ。
夏場は店を休んでいるから、もしかしたらもうやっていないかと思ったのだが、幸いなことにポツンと灯ったちょうちんが見えた。
「もしかして? 屋台?」
「はい」と答えてから、女性を屋台に誘うような無粋な男とでも思われたのかもしれない、と思い当たった。言い訳めいて、付け加える。
「ですが、味はバツグンです」
「……じゃなくて、さ。あれでしょ? あのオヤジさん、四代目と因縁が深かったっていう……」
「え?」
そんな話は、聞いたことがない。
「違うの?」
「は?」
「どんな縁なのかは知らないんだけど、四代目繋がりで隊長が通ってるって、聞いたよ、あたしは」
ボクは、オヤジさんが元忍だということしか知らなかった。先輩とも、どんな縁だったのか、聞いた事がない。
「あ、じゃあ……他の店にしますか?」
「ううん、いいよ。あそこにしよう」
鳥面ボクを振り返り、ニコリと笑った。
「一度、食べてみたいと思っていたんだ、あの屋台のおでん」

ボクらが今日の最初の客だった。
「おや、こんばんは」とオヤジさんがボクを見て、鳥面――といっても面もしていなければ、暗部装束でもないが――を見、笑顔を見せる。
「なんにします?」
「あたしは酒。冷で。おでんは適当に見繕って」
「ボクも」
「はいよ」とオヤジさんは答え、グラスに酒を注いでボクらの前に置いた。
「んじゃ、乾杯」
「お疲れ様でした」
共にグラスを掲げる。ボクがひと口飲む間に、くいと半分ぐらいを空けた鳥面は、ふぅ、と小さく息をついた。
「五臓六腑にしみわたる、って、こういうのを言うんだろうね」
やがて、鳥面の前にはこんにゃく、大根、がんも、ゲソ巻き、つぶ貝といった具の入った皿が、ボクの前にはさつま揚げ、豚足、ロールキャベツ、結び昆布といった具の入った皿が出てきた。
「へえ……あたしの好物、よくわかったね」
「いえ、いい飲みっぷりでしたので。この辺がお好きかな、と思っただけです」
串に刺したつぶ貝を食べ「おいし〜」と鳥面が声を上げるのを、オヤジさんはニコニコと見ている。

鳥面もボクもかなり空腹だったので、ひたすら食べ、合間に酒を飲み、ようやく人心地ついたのは、小半刻もしたころだった。

「で?」と鳥面に言われて、「はい?」と返したボクを笑わば、笑え。
「だから。不測の事態ってなに? 女の匂いと関係あるの?」
そうだった……鳥面の鼻は滅法いいのだ。
「もう消えてるし、密着してついた匂いじゃぁ、なかったみたいだけど」
今日のことは里に報告しておこうとは思っていたので隠す必要はないのだが、どう説明したものか。
「善意の第三者がいて、でも、その背後に悪意をもった第三者がいて、善意の第三者はそれと知らず、相手を罠にかける役を担ってしまったと言いますか」
「何? あんた、罠にはまったの?」
「いえ、はまりませんって。そこまでうかつではないですから。ただ、まぁ……残念だったかなと」
アカデミー時代の先輩を、ただ純粋に覚えていてくれた彼女の記憶を消さざるをえなかったのは、とても残念だ。
「何が? 据え膳食わなかったのが?」
「据え膳じゃないですから」
「な〜にが、据え膳?」
「「うわ!!」」
鳥面とボクが同時に声をあげた。
「もう。おまえら、何、二人で打ち上げなんてやってるのよ。こういうときこそ、普段、お世話になってる隊長を誘うのが、筋ってもんでしょうが」
にへ、と笑った先輩が、「酒ね。あと、昆布と大根とがんも」と言った。
「せ、せ、せんぱい」
「はい」と先輩がにっこり笑う。
……絶対、聞こえていた、いまの。それも中途半端な情報のまま。
まずい、非常にまずい、と思うのだが、鳥面は知らぬ顔を決め込んでいる。
それはまぁ、彼女も事情は知らないわけだが、それならあんなふうに意味深に話題を振ってこなければ、よかったのだ。

「来週あたりから、また夏休みに入るんで」
オヤジさんはそう言うと、まだ半ばほど残っている酒瓶を取り出した。
「今年は梅雨明けが遅かったからね」
「ええ、おかげさまで。商売は繁盛しましたけれど」
言いながら、ボクらそれぞれのグラスに酒を注いでくれる。
クン、と匂いを嗅いだ先輩が、「あぁ、これ」と目を細めた。
おそらく特別な客のための酒なのだろう、果物のような吟醸香に鳥面も少し目を見開く。
「昨日、封を切っちまったんで。空けてください」
「じゃ、遠慮なく」
先輩はコクンとひと口飲んで、ふっと遠い目をする。
「いい、酒だよねぇ。華やかで、凛としていて」
ボクも遅れて、ひと口飲んだ。途端に広がる芳香に、しばし陶然となる。
「うまいですね」
ボクの独り言に、先輩が「うん」と答えたとき、気づいた。
先輩、ボクのほうを見ない。いつもだったらこういうとき、必ず視線を送ってくるのに。
やっぱり、さっきの会話を誤解しているんじゃないだろうか。
――どうしよう。どう言えば……いや、今さら何かを言っても、言い訳にしか聞こえないか。
それでも、きちんと説明しておいたほうがいいとは思う。
彼女のほうは記憶を消してしまったけれど、先輩を覚えていたひとがいたことは、伝えたい。
――いや、それはそれでまずいか?
先輩の心に深く残っている傷に、無神経に触れることになるかもしれない。
「なーに難しい顔して、酒、睨んでるのよ」
先輩の声にはっと顔をあげると、もう視線は別のほうを向いていた。
――やばい……。
と思ったときだった。先輩が何気なく呟いた言葉に、ボクは忘れていた感情を呼び起こされた。
「この酒、先生も好きだったねぇ」

ああ……四代目。
先輩の、師。

「先生」と呼ぶとき、ほんの少し、ほんとうにごくわずか、先輩の声は甘くなる。
ご尊父亡き後、親にも等しい存在だったのだということは知っている。
知っているけれど。ほんとうに、それだけだったのか?

ボクはふっと思いだす。
1年以上も前になるか。
その日は、ボクにとってはいろいろな意味で特別な日で、慰霊碑に向かったのだ。
そして、そこでうなだれている先輩を見つけた。
その少し前、風に乗ってすすり泣くような「せんせぇ」という声が聞こえてきた。
甘えるような、心細さを訴えるような、あるいは何事かをかきくどいてでもいるような。
だから、先客がいるのは知っていた。
だが、それが先輩だとはとても思えなかった。
先輩を目にしても尚、信じがたかった。

まるで子どものような、頼りない声だ、とそのときボクは思った。
でも……閨で囁かれる声音にも似ていると、ボクはいま、気づいた。



2007年07月18日(水)
香る珈琲、そして恋〜だーてぃ・まざー 4)


「なんか、湿っぽくなっちまったね」
気分を切り替えるように言って、彼女は立ち上がった。
「お代わりは、いかがかえ?」
「いただきます」
振り返ってニッコリ笑い、彼女はまた独特の形をした薬缶を火にかけた。

「割と、はたけカカシとは縁があってね」
“縁”などと言う言葉を聞くと、一瞬、ドキっとしてしまう。が、彼女の場合、特別な感受性をもって先輩のことを無自覚に追っていたのだろうとわかるから、ボクも笑顔を見せることができた。
「何年たってもこっちはまだアカデミー生でノンキにやっていたころのことさ。任務帰りの彼を何度か見かけたことがあるんだ。たいてい、スリーマンセルの仲間らしいのと一緒だったねぇ。たぶん、そういうときじゃないと、気がつけなかったんだろうけど」
彼女は、思い出し笑いでもするようにくすくすと笑った。
同時に、馥郁たる香りが漂ってくる。
コーヒーというのも、一種の麻薬だなとボクは思う。先ほどの感動を思い出して、細胞がざわつくのがわかった。
「いつだったかな、ちょうど行き会ったとき、同じチームの男の子がムキになって、はたけカカシに言い募ってるんだよ、歩きながら。で、はたけカカシは、ふん、なんて鼻で笑いながら、なんか言い返してるの見て、びっくりしたね」
「びっくり、ですか?」
「ああ、びっくりだよ。そりゃあ、相手のことを適当にあしらっているみたいではあったけどさ。あたしの知ってる彼は、そういうガキはハナっから相手にしなかったもんさ。何言われても、聞き流してるんだ。そのうち、だれもちょっかい出さなくなるって寸法さ」
「ああ、なるほど。適当にかわしつつも、相手になっているというのが、珍しかったと?」
しゃべりながらもテキパキと動いていた彼女が、先ほどより大振りのカップを手に戻ってくる。
見ると、コーヒーの上にクリーム状のものが載っていた。
「アイスクリームさ。溶かしながら飲んでおくれ」
シナモンやナツメグの香りがコーヒーと溶け合って、甘く魅惑的な香りを醸し出している。

「珍しいってより、初めてみたんだよ、だから、よっく覚えている。そうやってると、歳相応のチビに見えて、なんか不思議だった。その少しあと、ぐらいだたtかな」
そう言って、彼女は自分のカップに手を伸ばす。
「その日は、はたけカカシは四代目と二人だけだったんだ。その前に、みんな一緒だったのかもしれないけど覚えてない。もう、だいぶ昔のことだからね」
その両手は、温度を確かめるかのようにカップを包み込んでいるが、意識は記憶を辿るように内面に向かっていた。
「なんでか、はたけカカシは怒ってるふうでさ。四代目は、困ったなって顔をしてたんだ。あたしは……たぶん、アカデミー帰りかなんかだったんだろねぇ。まあ、いま思えば、後を付けるみたいな真似をして、たいがい、どっちにも気づかれていたんだろうけれどねぇ」
まあ、でも四代目と先輩なら、知っていて知らぬ振りをしていただろう。
「なんか、はたけカカシはプリプリ怒りながら歩いているっていうか」
彼女はうつむいたまま、くすぐったそうに笑った。
「で、歩きながら四代目に何やら一生懸命文句を言ってるんだよ。そんなときでも潜めた声だから、何言ってるかは、あたしなんかにゃ聞こえないけどね。でも、まるで子どもが拗ねて駄々こねてるみたいな感じでさ。何言ってるかわからないから、余計にね、そう見えた」
まるで子どもが拗ねて駄々こねて……って、そのころの先輩は、まだ拗ねて駄々をこねてもおかしくないぐらいの子どもだったはずだ。

それがさぁ、と言いながら、彼女はいきなりボクを見た。
「困った顔をしていた四代目が、いきなりはたけカカシを抱き上げたんだよ」
「抱き……?」
ボクのほうは、口元まで持っていったカップが止まってしまった。
「そう。これが、ほかの大人だったら、たとえ忍でも無理だろう? 要するに、いきなり拘束したってのと同じなんだから」
結局、口をつけないまま、またカップをテーブルに戻し、ボクは相槌を打つ。
「ええ、もちろん」
そんな隙を、先輩が見せるはずがない。
「なのに、軽々抱き上げちゃって、はたけカカシは真っ赤な顔で、怒りながらジタバタしてるんだけど、ダメなんだ」
「さすが……四代目」
「だろ」と彼女は、カラカラと笑った。
スリーマンセルを組んでいたとしたら、先輩も8歳か9歳ぐらいにはなっていただろう。
その歳でも幼い子どもは幼いが、先輩は上忍になってもおかしくない、ってころだっただろうから……さすがに、抱き上げられたら、恥ずかしかったに違いない。
「で、ジタバタするはたけカカシを担いで、すんごく楽しそうに四代目は歩いていた……と思ったら、見えなくなった」
「瞬身、ですね」
「あ、そういう術があるんだ、やっぱり」
「ええ。別の術の可能性もありますけれど。いずれにせよ、そう珍しくはありません」
「あたしはさ、いきなり二人が見えなくなったから、夢でも見てたかと思ったんだ」
「まあ、そうですね」
「あんなに子ども子どもした、はたけカカシを見たのは、後にも先にも、あのときだけなんだよ」
彼女は、改めてボクにまっすぐ視線を合わせた。
「でもね。アカデミーで一緒だったころの、幼いながらも忍然としてた顔よりも……あの、子ども子どもした顔のほうが、ずっと心に残ってる」

ああ、なんか、ちょっと……いや、すごく。
くやしい。

ボクは、先輩に関するそんな記憶を持たない。
できることなら、彼女の記憶を盗んでしまいたい。

いや、違う。
彼女は垣間見ただけで……そんな先輩を独り占めしていたのは四代目で……くそう、うらやましい。
いやいや……四代目には四代目の辛さも悩みもあったのだから、ボク如きが……じゃなくて。

いささか、混乱した意識のなかで、ボクの脳は、はっきりと四代目とまだ子どもだった先輩の姿を、描いていた。

四代目と自分を比べるようで、はなはだぶしつけではあるが、ボクは先輩より歳も下で、教わるばかりで、四代目には到底敵わない。
忍としてはもちろん、ひととしての器も、違い過ぎる。
四代目の代わりになりたいなどと僭越なことを思ったことはないが、でも、不安はあった。
ボクで、いいんだろうか?
ほんとうに、ボクで……。
何の後ろ盾もなく、大蛇丸の実験体唯一の生き残りのボク。
出自をうらんだことはないが、先輩に相応しいと自負できる何物も持たないボク。
なんとか、先輩から背を預けてもらえるようになって、それが何よりも嬉しい、そんなボクで、先輩はほんとうにいいのだろうか。

先輩に対する思いに、ひとかけらの嘘偽りもないが。
それを言ったら、この女性だって、とても深く先輩を思っている。
彼女とボクと、どこが違うというのだろう。
先輩に、女性の思い人が出来たらいつでも身を引く、そう決めているけれど。
それは、言い訳なのではないか?

「あにさん?」
黙り込んでしまったボクを気遣うような、静かな声――。

残念です。もっと違った形でご縁があったのなら。

その言葉は口にしないまま、ボクは彼女の首筋に手刀を軽く叩き込み、同時に身体を反転させるや背後から襲い掛かってきた男を拘束した。

「な、おめぇ」
「二杯目のコーヒーは飲んでいない。飲んでいたとしても、麻痺剤などボクには効かない」
くそ、と舌打ちする男の頚動脈にクナイを当てる。
「何が目的だ?」
男は、口をへの字に結んでいる。
「里へ連行されて、拷問尋問部隊に引き渡されたいか?」
見たところ、忍ではない。ただのゴロツキだ。それでも、ふてぶてしく口を閉ざしている。
「ま、じゃあ。隠れ里の拷問ってヤツを、一度、味わってみるといい」
そう言うと、目だけがキョトキョトと落ち着きなく動く。

ボクは座卓に突っ伏している彼女を見た。と男がいきなり動揺した。
「悪い、悪かった、ほんの出来心だ」
上ずった声に、ボクは拘束を緩める。
「あいつが、いっつも木の葉の里の話をするから……」
一度、開いた口は滑らかで、女の思い出話に嫉妬して、いつか木の葉の忍をはめてやろうと狙っていたのだと、男は語った。女に気づかれないように。そっと、香辛料に細工をして。

女が大事にしている珈琲の世界を汚してまで、男が手に入れたかったのは、なんだったのだろうか。

「彼女の話に、嘘は?」
「いや、俺にはわからん。でも、いつも同じ話をしているから……」
きっと、本当のことだったのだろう。

ボクは男にも女にも、記憶を消す術をかけ、その場を後にした。
ただ、手文庫のなかの写真は、そのままにしておいた。
あそこには、彼女自身も映っている。

でも、目を覚ました彼女はその写真を見ても、一緒に映っているのがだれなのかは、知らない。


<一部 了> 二部へ続く



ダーティ・マザー
ブランデーに半量のコーヒー・リキュールと氷を加え、ステアするブランデーの濃厚なコクがコーヒー・リキュールのフレーバーと調和して、深みのあるカクテルに仕上がる。



2007年07月17日(火)
香る珈琲、そして恋〜だーてぃ・まざー 3)


不安げな彼女に向かって、ボクは頷いて見せた。
ほんとうなら、忍の痕跡は徹底的に排除しなくてはならないのだけど。
子どものころの先輩を、偏見や先入観なしにアカデミーの同級生として記憶してくれているひとがいる、というのは、悪いことではないように思えた。
そんなボクを、忍として甘いと言うひともいるだろう。自分でも、そう思う。
そもそも見知らぬ相手から招かれるまま部屋を訪れ、出されたものを口にする、ということが、無用心なのだ。
だが、まぁ、毒には耐性もあるし、そうでない毒は口にする前にわかる。
無味無臭の毒、というのもあるにはあるが……虎穴に入らずんば、虎子を得ず、とも言うのだから、向こうが何かたくらんでいるのだとしたら、乗ってみるのも手なのだ。
今のところ、そういう裏は感じられない。ほんとうに懐かしくて、としか思えなかった。
「じゃあ、大事にしまっとくよ」
そう言ったものの彼女は写真を手にしたまま、しばらく見つめ、それからようやく手文庫にしまう。
「ねえ、あにさん……あの九尾の日、はたけカカシは里の外に出ていたのかねぇ」
あやうく「え?」と返しそうになったボクのヘマは、彼女が目を伏せ、カップの渕を指でなぞっていたことでバレずにすんだ。
「ああ、やっぱり、そうだったんだねぇ」
彼女はボクが知っていると思ったのだろう、そう呟いたが、ボクにはなんのことやらサッパリだ。

あの日――先輩がどこで何をしていたか。
一度たりとも、聞いたことはない。
あの日のことだけは、ボクにとっては触れてはいけない先輩の深淵になっている。

あの前後のこと、たとえば四代目が火影に就任したときのことなどは、よく話に聞いている。
火影代替わり時に、暗部は全員、任を解かれる。三代目から四代目に代替わりしたときも同様だが、半分近くが抜けたり解任された割りに、新入りは少なかったそうだ。
そして先輩は、四代目の火影就任と同時に暗部入りした数少ないメンバーのひとりで、厳密に言えば四代目火影の暗部唯一の生存者。これは長く暗部にいる者なら、みな知っている。
三代目が再び火影の座についたとき、代替わりの際に抜けた者たちの多くが再び暗部配属となった。
そして先輩も、そこに加わった。
そうなってみて改めて顔ぶれを見ると、残っていたのはほとんどが若手だったそうだ。
「まるで」と、先輩は言った。「あの事件を予見してでもいたみたいだった」と。
「だから先生は若手の任を解いたのかもしれないって、思った」
四代目火影の暗部は、最初から共に散ることを決められていたのかもしれない。先輩以外は。
そしてそのことは、三代目も知らされていなかったらしい、と先輩は言っていた。
実際四代目は、三代目に「若造の火影には、ベテランが必要なんです」と言ったそうだ。
「いずれ、火影としてのキャリアを積んだら、若手には戻ってきてもらいますよ」
そう笑って言った言葉を、三代目もそのまま受け取りはしなかっただろうが、座を譲った以上、口を挟むことではないと思ったのかもしれない。
「オレはね、先生に無理言って無理言って、散々断られて、それでも無理言って断られて、それでも無理言って、最後は泣き落として暗部に入れてもらったの」
ただ一度だけ聞いた独白めいた言葉は、夜の闇に溶けて消えそうなほど、小さな声だったのを思い出す。

あの日――先輩は、里の外に出ていたのか?

先輩だけが生き残ったことからも、四代目が何らかの手を打ったのだろうと思うことはあった。
が、里の外に出ていたとは思ったこともなかった。
もちろん、任務で里外に出ていた忍はいた。
そのなかには、九尾と対峙した忍たちが最後の力を振り絞って放った式に応じて戻ってきて防衛線となり、その結果、散った者も多い。任務によっては戻れなかった者もいるが、そのなかに先輩は入っていない。

ボクはといえば修行中、つまり下忍未満だった。
そんなボクでも、あの夜の禍々しくも圧倒的な力に満ちた独特の空気は、はっきりと覚えている。
夜なのに、夕焼けのように燃え盛る朱に空は覆われていた。
綺麗だとも、不気味だとも思わなかった。そんな当たり前の感覚を麻痺させる、次元を超えたエネルギーの坩堝に巻き込まれ、自分が無くなってしまいそうだった。
さならが、魂を抜かれた抜け殻のように、ボクは呆然と空を見ていた。
その中心に向かって、マントと面を着けた暗部が空を飛んでいく。
逃げ惑う一般人を、離れていても飛んでくる火の粉から守りながら誘導する正規部隊の忍たちもいた。
無力な己に歯噛みすることさえできなかった。それほど、彼我の差は圧倒的だったのだ。

「里が襲われた翌々日だったかな?」
彼女の言葉に、追憶から引き戻される。
「難民が流れてこないところを見ると、無事、火影の封印術は成功したのだろうって話を聞いたんだ」
「難民? ああ、木の葉の里からの?」
「そう。忍は戦闘に参加するだろうけれど、里には一般人もいるだろう? そういう人たちは、里が壊滅したら難民になるしかないじゃないか」
確かに言われる通りだ。
「叔父さんの珈琲屋ってのは、けっこう火の国のお偉いさんが一服しに来る店で、そのひとたちが話しているのを、聞いたんだ、あたしは」
ああ、このひとはたまたまお使いで里を離れていて、災を逃れたと言っていた。里の状況がわかりはしないかと、神経を張り巡らせていたはずだ。
「そのときに、未曾有の災厄を予測したうえで、ちゃんと里や国のことを考えて、国主に宛てた密書を寄越すとは、若くてもやはり火影と言われるだけのことはある、って、そんな話をしていた」
「ああ、密書……ね」
「もちろん伝書の鳥か、ほかの動物を使ったのかもしれないけれど、あの九尾のさなかだろう?」
「九尾の妖気にやられて口寄せができなかったり、たとえ口寄せ出来ても使役する動物たちが弱っていた、という話はたくさんありましたからね」
彼女は頷いた。
「だろう? 里や国の命運を左右するぐらい大切な文書なんだ。人間に持たせるのが一番、確実なんじゃないかな、ってあたしは思ったんだ。だったら、はたけカカシしかいないだろうって」

もし、あの日、密書が国主のもとに届けられたのが事実なら。
その役を担うのは、先輩しかいない。
里から火の国の中枢までは、およそ1日半。四代目は九尾に里が襲われる直前に、書を託したことになる。
九尾が里を襲ってからでは、遅い。先輩も、絶対に里を、いや四代目の傍らを離れはしなかっただろうから。
だがその前なら。
不穏な気配はあっても、いや、だからこそ、それに関わる大事な書だと言われれば、先輩は命に従っただろう。
いや、むしろ先輩が里を離れるとしたら、そのタイミングでしかありえない。
「ああいう大きな事件のとき……暗部は火影と命を共にするもんだろ? もちろん全滅するってのは、そうそうあることじゃないけど。でもあのあと、四代目の暗部は全滅したらしい、って噂が流れたから、他国の依頼を受けた忍の襲撃を、火の国では警戒していたんだ。でも、少し遅れて、一番の使い手は残ってる、って噂が流れてきた」
彼女は、真剣な眼差しで写真の入った手文庫を見た。
「一番の使い手が残っているぐらいだから、木の葉の里を甘く見ないほうがいい、ほかにも隠し玉になるような手練が温存されているって、火の国のほうから噂を流してやって、お陰で安泰だったんだよねぇ」
もしかしたら、そのことも密書には示唆されていたのかもしれない。
精鋭揃いの四代目火影の暗部随一の使い手、という駒は、他里に対して、充分な牽制になる。
たしかに、たった一人では難しいだろうが、それが残っているぐらいだから、他にも、と考えるのは、自然の流れだ。
「あたしねぇ、なんでかそのとき、それはきっと、はたけカカシだって、思ったんだよねぇ」
やはり、この女性は特別な感受性を備えているようだ。ただ、あくまでも自覚なく、だ。
「最近、あたしみたいな一般人も“写輪眼のカカシ”なんて二つ名を耳にすることがあって、ああ、やっぱり生きてたんだって思ったらさ」
なんの前触れもなく、彼女の頬から顎に伝った涙が、テーブルに落ちる。
「なんかさ、ああ、生きてたんだって……思ってさ……」

あの日の自分について決して語らぬ先輩が、一度だけ言ったことがある。
「暗部はみんな、逝った。オレだけが残った」
淡々と、いつものあまり感情の窺えない口調で、そう言っていた。
先輩にとってそれは、共に散ることの敵わなかった無念の記憶なのだとその時は思った。
でも、違ったのかもしれない。
先輩は、四代目から託されたのだ。託されたことを知って、先輩は逝くわけにはいかなくなった。
そして、残った先輩が他里からの攻撃の抑止力として働くと知れば、里の上部も先輩が残ったことを受け入れる。

そういうことか、とボクは思った。

忍としての器も、その大きさも何もかもが異なっているけれど。ただ、一点、四代目と共通点があるとしたら、それは先輩への思いの深さだ。
火影を務めるような方の心を、ボクごときがわかろうはずもないが、先輩への思いだけは、変わらない。いや、変わらない、と信じたい。
だからボクは確信する。四代目は、先輩に生き延びてほしかったのだ。
もっと生きて、人生の喜びはもちろん、哀しみも苦しみも、知ってほしかったのだ。
幼いころから忍になるべく育てられてきたような先輩に、ひととしての生を、泣いたり笑ったりしながらじたばたと生きる、そんな人生を歩んでほしい、きっとそう願ったのだ。
忍の世界では、まっとうな感情や感受性を殺したほうが楽なことは多い。
戦闘の只中にあって、自分はひとではなく殺人マシンだとでも思ったほうが楽なことは多々ある。ボクも、その誘惑にかられることもしばしばだ。
だからこそ、わかる。四代目は夢を、先輩に託した。
初代さまが、ただ権力者に使役されるだけの忍から脱却しようとして里を興したのと同じように、四代目もまた目指したのだ。
ひととして豊かな感情を備えていることと、忍として優秀であることは両立するのだ、と。
忍は、ある意味では駒。しかし、ただ他人の指先に従うだけの駒ではなく、意志や感情をもった駒なのだと。
そこに忍のアイデンティティがあると。

だから、先輩は、先輩なのだ。
その卓越した能力故、殺人マシンのように見えることがたとえあったとしても、決してひとであることを捨てない。
四代目がいたから。託されたから……だから、今の先輩がある。
敬愛よりも、もしかしたらもっと強い、妄信にも似た激しく深い思いを寄せていた師の、その心を受け取って。



2007年07月16日(月)
香る珈琲、そして恋〜だーてぃ・まざー 2)


「あはは、参ったね」
そう言うと、彼女はまた写真に見入った。
「いま思えば……四代目ははたけカカシを見に来たんだろうね」
ボクは想像する。上忍で若くて、しかも美形――後の四代目に、アカデミー生たちが何を感じるか。スターでも目の前にしたような騒ぎだったことだろう。
「今はまた違っているんだろうけど、あのころは、才能があれば何歳でもアカデミーに入れたし、飛び級制度もあって、あっという間に卒業する子は卒業したんだ」
だから、先輩は5歳という驚くべき年齢でアカデミーを卒業して下忍になった。
「詳しいことは知らないんだけど、やっぱり同じ時期にアカデミーに通っていた子で、あたしより年下で、はたけカカシよりは後だけど割と早く卒業した子たちがいるんだ。そいつらが、はたけカカシとスリーマンセルを組んでいたらしいんだけど……」
カカシ先輩のベッドの枕元に飾ってある写真を見ると、卒業後すぐに、そのメンバーでスリーマンセルを組んだのではないことはわかる。
「当時、人選したのは四代目だって噂があってね」
そいつは、初耳だった。
スリーマンセルのグループ分けはあくまでもアカデミー教師の領分だ。それを火影が承認する、という形を取る。
問題があったとしても、下忍として認められてから編成を変えることもできるのだ。何も、事前に介入する必要はない。
ましてや、当時、四代目は候補のひとりではあったが、まだ火影ではなく一介の上忍。もし、噂が本当だとしたら、異例だ。アカデミー側となんらかの合意があったとしか、思えない。
「なんでも、はたけカカシは、あんまり早くに卒業したから、とりあえず四代目の預かりになっていたらしいんだ。こっちは、そこそこ確かな筋から聞いた話。で、やっぱり木の葉の忍としてやっていくためにはスリーマンセルを経験させるのは必須だからっていうんで、四代目が自ら、その相手を探していたとか、なんとか」
「へえ……そこまで入れ込んでいた、ということですか」
「もっとも、こっちは噂だよ、でも、この写真のころから3年ぐらいの間かなぁ……四代目がよくアカデミーに来ていたのは、ほんと。あたしが、ちゃぁんと覚えているんだから」
「じゃあ、スリーマンセルを組むに相応しい、同じ年頃の下忍候補を物色していた、と」
「物色って、あんた」
また女は笑う。よく笑う女だとボクは思った。
「まあ、言葉は悪いけど、そういうことだったんだろうね」

先輩を抱え上げている四代目の写真に、ボクは再び目を向けた。
こうしてみると、頬ずりせんばかりのスキンシップだ。嫌そうな先輩の顔が、なんだか笑える。
「そのころは、四代目じゃなくて上忍だったけど『いずれは四代目』って言われていたわけだからねぇ。そんなすごいひとに預けられて、選び抜かれた仲間を与えられて、エリートってのは、こういうのを言うのかって、あたしゃ、悟ったね」
彼女の言葉に、ボクは顔をあげた。視線は写真を見たまま、彼女は目を細め、口元を緩ませている。
ボクらは、先輩の悲劇の部分をよく知っている。だから、どうしてもマイナス要素にばかり目が行くが、それは里の事情に通暁した立場だからこそ。他の人にとって、先輩はただ、仰ぎ見るばかりのエリート階級でもあるのだと、改めて気づかされた。
実際、卒業当初は期待の新星に対するエリート教育だったのだろう。が、ご尊父の件以来、監視も兼ねた預かり、となり、徹底的な教育の必要性が求められた可能性はある。
父親と同じ轍を踏まないように、と。
――でも。
と、ボクは思う。いまの先輩は、まぁ、多少、ネジが緩んでいたりぶっとんでいたりする部分はあるものの、優秀な忍で、なおかつ、上司としても立派で、おまけに人当たりも、決して悪くはない。
よくぞ、ここまでまっすぐ育ったものだと、三代目がホロリと口にされたことがあった。過去に、一度だけだが。
里の思惑とは別に、四代目は先輩を大事に、しかし、決して甘やかさず、されどありったけの思いを注ぎ、先輩もそれに応え、グレかけたこともあったかもしれないけれど、結局はまっとうに成長したということだ。

「差別だと思ったことはありませんか?」
ボクの言葉に、彼女は顔をあげ、不思議そうに首を傾げる。
「だから、扱いの差を不満に思ったことは?」
「それは、あにさん。あのころのはたけカカシを知らないから言えることだよ。扱いの差も何も、一番、差を感じていたのは、あたしらだったんだから」
「差を感じていた?」
「そうだよ、あたしらだってバカじゃないさ。立ち居振る舞いから、何から。そりゃぁ、もう、見事に違ったさ。圧倒的に、違っていたから、割とあたしもあっさり忍の道を諦めることができたんだよ。同期には、そういうの多いよ」
「そんなに?」
ボクはまだ幼児と言ってもいい年齢のカカシ先輩に興味を覚えた。
「たとえば? どんなふうに?」
「まず、ね。あたしらが歩いたり走ったりすれば、それはまあ、足音がするよね。忍は音や気配を断たなくちゃいけない、って知っていても、なかなかできないさ。親が忍でも、なかなかできないよ、下忍未満のガキは、普通。それをさ」
そこで彼女は言葉を切り、ふっと遠い目をする。
「あいつは、あたしなんかよりちっさいのに、完璧、気配ない。音もしない。先生に言われたときだけじゃないんだ。いつも、そう。いつも、いるのかいないのか、わからないんだよ、あたしらには」
そこまで話して、彼女は、ぷっと吹き出した。
「そうそう、あいつの気配って教師にもわからないらしくて。『はたけカカシ、欠席か?』なんて言って顔をあげて、あれ?みたいな、顔をするわけさ。いるんだよ、ちゃんと、そこに。そういうのが続いて、そのうち教師が出欠確認をするときだけ、あいつったら気配をさせるようになってさ。あたしらには、バレバレ。教師より、はたけカカシのほうが上じゃん、みたいなさ」
先輩のあれは、もう幼いころから身についた習性みたいなものだったのか。
普通にしていて気配がないというのには、慣れるまではほんとうに、びっくりするものだ。
「でもさ、四代目は、わかったね」
そう言って、彼女はボクを見た。
「彼の気配を、四代目は察知した、ということですか?」
「そう。昼休みだったから校庭で隠れ鬼をしていたんだよ。要するに気配を消す訓練、だね。そこにちょうど四代目が来て、鬼になってくれたんだ。そりゃ、もうみんな張り切って隠れたさ」
わかるような気がする。もしかしたら、自分の忍術は凄いひと相手にも通じるかもしれないという期待感と、裏腹に早く自分を見つけてほしいというワクワク感。
「そしたらさ、四代目。数を数え上げると、まるでそこが目的地とでも言ってるみたいにまっすぐに歩き始めたんだ。途中に隠れているあたしらは、ドキドキもんだよ。でも、あたしらには目もくれず、まっすぐ校庭の外れまで歩くんだ。そっちにはだれもいないのに、と思ってると、いきなり消えた」
「消えた?」
「一瞬、消えたように見えた。でも、そこにあった木の枝に跳んだんだよ」
「じゃあ、そこに……」
「そ。だれもいないと思ったそこに、ちゃんとはたけカカシがいたんだ。あたしは、四代目が通り過ぎたとき、思わず隠れているところから飛び出しちゃって、さ。だから、見えたんだ」
まっすぐに先輩に向かって歩いていく四代目。それを待っている幼い先輩。
どんな気持ちだっただろう? 担任でさえ、なかなか捕らえられないほど薄い気配の自分にまっすぐに向かってくる相手を、どんなふうに思っただろう。
「たぶん、彼はいつも、すごくかすかに気配はさせていたんだと思うんだ。でも、だれも気づけなくて、四代目だけが気づけた……んじゃないかなぁ。だって、その気になったら、たとえ四代目でも気づけないぐらい、気配を断つこと、できるだろう?」
「そうですね。じっと動かずにいればそれぐらいは」
「四代目に見つけられたとき、あいつ、すごく嬉しそうな顔、した」
照れ笑いする彼女の顔から、わかった。
いつもはたけカカシの気配を探して、捕まえられないそれを目で確認していたのだろう。
余りに優秀で、教師にもいるかいないか察知してもらえない、ある意味、孤独な彼を、彼女はきっと、どうしていいかわからないまま、でも、ずっと見てきたのだ。
「なのに四代目に声かけられたら、むっつりしちゃってさ」
照れ屋というか、素直じゃないというか、そういうところは、いまよりもきっと子供のころのほうが、強かったのだろう。
「でも、見ててわかった。四代目が、あいつを気に入って、あいつも四代目を気に入ったっていうのがさ。なんだろう、なんて言えばいいのかわからないんだけどさ、あいつら二人だけ、別世界にいっちゃってるオーラが、一瞬、漂ったんだよ」
それを感じたと言うことは、この女性の感受性はかなり強いのではないだろうか。
それとも、女性という存在が、こういうふうに感受性の鋭いものなのだろうか。

「九尾が里を襲ったときに、さ。里の外にいたあたしは、四代目が亡くなったのをだいぶ後になって知ったんだ。あのころ、里の外はいろんな情報が錯綜していて、そりゃあ、凄かったんだよ」
当時の里の外の状況を直接は知らないが、でも想像はつく。
「里にも戻れないし、状況もわからないし。でも、あたしは、あの日、なんでかこの写真をポーチに入れて、お使いにいったんだ」
「なんか、予感が……」
「ううん、全然。自分でも、よく、わからないんだ。ただ、里に戻れないってわかったとき、この写真がポーチに入ってるのに、気づいた。嘘みたいな話だけど、ほんと。正真正銘、ほんとの話なんだ」
もしかしたら、彼女には予知能力のような特殊な才があったのかもしれない。本人も自覚しないままに。
「もってちゃいけないんだろな、と思いながら、でも、捨てられなくて」
彼女は、いとおしそうに写真の渕を指でなぞった。
「一度は、アカデミーに入学して忍の道を目指したこともあった、そんなあたしにとって、これはさ……なんか、自分の原点みたいな気がするんだ」
「大丈夫ですよ。その程度では、機密事項に抵触しませんから」
ほんとうはどうなのかわからないが、ボクはそう言った。
九尾の災厄によって親を失った彼女は遠くから、それだけ強く里を思っていたのだ。
「持っていてあげてください」
いいのかねぇ、と言いながら、彼女は写真を見た。
「あたしなんかが持っていて、いいものなのかねぇ」




2007年07月15日(日)
香る珈琲、そして恋〜だーてぃ・まざー 1)


「ちょいと、あにさん」
里の外、遊里に到る繁華街のはずれに近い一角で、ボクを呼び止めたのは、粋筋とも見える女性だった。

見れば女性の立っている後ろには、開かれたままのドアがあった。
中ではなにやら工事でもしているらしく、ドリルが壁を貫く音や板を切る音が聞こえてくる。
改装中、といったところらしい。
「あにさん、忍さんだろ?」
その日、ボクはちょっとした情報収集のために里の外に出た。ただし、これは木の葉の里が動いているぞ、と相手に知らしめるための、いわば陽動も兼ねた任務だったため珍しく正規部隊の服装だったのだ。
「隠さなくてもわかるよ、その額宛」
別に隠すつもりもないんですが、と思いながら、彼女の顔を見る。
「あたし、7、8年ぐらい前まで木の葉の里に住んでいたのさ。下忍にはなれなかったんだけど、アカデミーに通っていたこともあるんだ。たまたま親の使いで火の国の叔父さんちに届け物をした日に、九尾が里を襲って」
ああ、なるほど。
「で、親は死んで、そのまま叔父さんの世話になって、その叔父さんも亡くなったんだけどね、なぜか、最近、妙に木の葉の里が懐かしくてね」
里の近くに戻ってきちまったんだよ、と女は笑った。
「それで、さ。あんた、木の葉の忍だったら、はたけカカシって知ってる?」

――でたよ。
なぜか、予感があった。なんの根拠もなかったのだが。

「まあ、知らないこともないです」
「だろうね。あの子、出世してるんだろうね」
その口調は色の恋のというよりは、遠縁の子どもを懐かしがっているようで、それが予想外だった。
「出世と言うか……そういうことは、極秘事項に含まれますので」
「ふうん。極秘事項に含まれちゃうほど、出世したってことか」
確かに、木の葉の里の出身なのだろう。その辺のメカニズムは、よくわかっているようだ。
「あの子、あたしと同じ年にアカデミーに入ったんだ。こっちは、もう7歳になっていたんだけど」
そういえば、先輩は5歳でアカデミーを卒業したんだったっけ? 1年ぐらいしかいなかった、と聞いたことがあるから入学したのは4歳? だったら、この女性は先輩より3歳ぐらい年上ということになる。
しかし見た目は、もっと若い。
「うちの弟よりちっちゃくてさ。なのに、あたしなんかより……ううん、同期のだれより、ずっと忍の顔してた」
彼女は、開いたままのドアに背を預け、素足に履いた金色のサンダルのかかとをトンと打ちつける。
「あたしらがぼぉ〜っとしている間に、とっとと卒業して、それからしばらくして中忍になったって聞いたんだ」
彼女は、鳶色の目を細め、うす曇の空を見た。
「ほかの男の子みたいに、女のあたしらにちょっかいだしたりはしないし、無愛想だし、で、とっつきにくかったけど。すごいのはわかったよ。だれかがうっかりしたことをして、他の子が怪我しそうになると、とっさに庇うんだ。でも、庇われたほうは気づかないで、突き飛ばされたって思ったりしてね」
そのころから、先輩は、先輩だったってことですか。

「で、その方に、何か御用とか?」
ボクの言葉にその女性は、目を見開き、それから笑った。
「いや、別に、御用とかじゃないって、ただ、懐かしくてさ」
笑いながら言う。
「懐かしいなぁ、って思っていたら、ちょうど木の葉の額宛をしたあにさんが通りかかったから」
そう言って、女は子どものような笑顔を見せた。
「店は、まだ改装中なんだけど。家は近所さ。遠慮のいらない一人身だから、ちょいとよっていかないかい?」
ええと、とボクは口ごもる。
任務中に酒は困る。いや、一応の報告は今回の相方を務めてくれた鳥面が済ませてくれることになっているのだが。彼女のほうは暗部装束だったので、帰里は別々のルートを辿っている。
逡巡していると、女はまた笑った。
「なあに、こんなとこの店だけど、飲み屋じゃなくて珈琲屋」
「コーヒー?」
「飲み屋で仕事したこともあるけど、あたしゃ、下戸でさ。店をやるなら珈琲屋って、昔から決めてたんだ」
「……はぁ」
「ちゃんと仕入れた本場の豆を自家製焙煎したのを丁寧に挽いて、とびきりおいしい珈琲を飲ませてやるからさ」
酒でないなら、時間的には多少の寄り道も可能だ。とはいえ、相手は女性だし。
「なぁに、取って食いやしないさ。思い出話に付き合ってくれればいいだけさ」
普段だったら、そんな口車に乗ったりはしない。
ただ、アカデミー時代の先輩を知っているという、その女性の言が罠なのか、それとも事実なのか、単純に確かめたいと思ってしまったのだ。
声をかけられたのが、たまたまボクだったのか。そうだとしたら、これが他の忍だったら、どういうことになるのか。
あるいは、ボクを狙ってきたのか。

店の改装を手がけている職人たちに声をかけて、彼女はボクをそこからほど近いアパートに案内した。
外見は古びていたが、ちゃんと手入れも行き届いている。
彼女の部屋も畳敷きの8畳に小さな台所(そしてドアの配置から、おそらくは風呂とトイレがある)だけの簡素なもので、全体的にくすんでいたが、清潔で懐かしい匂いに満ちていた。
畳敷きの座卓の前にボクを座らせ、彼女はゴリゴリと珈琲豆を挽き始める。
キッチンでは、独特の形をした銅製の薬缶らしきものが火にかけられていた。
「強引に誘っちまったけど、あにさん、コーヒーは嫌いかえ?」
今さら嫌いと答えたら、彼女はどうするつもりだったのだろう? とふと疑問に思いつつ、
「いえ。嫌いではない、と思います」
と答えた。
何しろ、ボクの知るコーヒーの味は、待機所のベンダーマシンのものだ。
そうひどくまずくはないのだろうが、格別おいしくもない。
それでも疲れたとき、あるいはひどく苛立っているとき、その香りに癒されることはある。
「と、思いますって、あにさん」
くすくすと笑う、その笑い方は少し先輩と似ていた。
「ちゃんと仕入れた本場の豆を自家焙煎したのを丁寧に挽いた、とびきりおいしい珈琲というものを、飲んだことはないので」
「あはは」
いっとき、ミルのハンドルを回す手を止めた彼女は、いっそ気持ちいいほどの大声で笑った。
「いいよ、あにさん。そのキャラ。いい味だしてんね」
はぁ、というボクの返事は、さらに彼女のツボを突いたらしく、また笑われてしまった。

シュンシュンと湧いた銅製の薬缶の取っ手を綿入れ手袋をはめた手で掴んで、彼女は挽いたばかりの粉に熱湯を注ぎ入れる。
そっと、静かに。
瞬間、ぶわと、粉が膨らみ、そして香りが立つ。
「ああ……いい香りだ」
思わず声に出していた。
「だろ? 叔父さんってのはさ、珈琲屋をやっていたんだよ」
細く湯をかけまわしながら、彼女は言う。
濃厚な香りを漂わせた褐色の液体を、白い飾り気のないカップに注ぎいれ、彼女はボクの前に差し出した。
「好みで、砂糖とクリームを。でも、できればひとくちめは、何も入れないで飲んでもらいたい……かな」
匂いを嗅いでみるが毒はなさそうで、ただ複雑な香りだけが鼻腔をくすぐる。
言われるままに、ボクは口に含んでみた。途端に広がる苦味と、その奥から広がる甘みや酸味。
「うまい!」
ふふん、と得意そうに笑う彼女の顔は、やはり少し先輩と似ていた。
「あにさん、好き嫌いはあるかえ?」
「いえ」
「じゃ、さ」と言いながら立ち上がり、簡素なキッチンの冷蔵庫を開ける。
「これも、試食しておくれでないかい?」
小さな皿に盛り付けられたのは……チーズ?
ひときれ摘んで、これも匂いを嗅ぐ。やはり毒はない。替わりに、乳が発酵するときの濃厚な香りがする。
口に含むと、くどいような乳臭さが珈琲の苦味とほどよく調和した。
「へ……え」
「ケーキも扱うけど、こういうのもさ、店で出したいなと思ってるのさ」
またひと口、コーヒーを飲む。なるほど、コーヒーというのは嗜好品なのだと納得した。
「あ、そうそう。あにさんに声をかけたのはさ」
彼女は立ち上がると、茶箪笥から手文庫のような箱を持ってきた。
「えっと、あ、これこれ」
そう言って、箱から取り出したのは……。

「うわっ!」
思わず、ボクは叫んでいた。
銀髪の子どもを片手で抱き上げた……金髪の……これは四代目?
はずかしいのか、むっつりした顔の子どもはもちろん先輩で、いまとは違って頬の線がふっくらとしているのが、なんとも言えず愛らしい。その足元にまとわりつくように笑っている3人のうちのひとりが、おそらく目の前の彼女だろう。
「四代目……このころは、まだ四代目じゃなかったけれど、このころよくアカデミーにきてくれてね。いろいろ忍術を見せてくれたんだよ。そのときに撮った写真でさ」
懐かしそうに目を細めてから、彼女はボクを見た。
「でも、こんな写真、一般人のあたしがもっていちゃ、いけないのかねぇ」
ボクは返答に困り、再度、写真に視線を落とす。
「亡くなったとはいえ、四代目だろ? それに、この二人はあたしと一緒で下忍になれなかったからいいとして、はたけカカシは、現役の忍なんだよねぇ」
ああ、なるほど。彼女が、里の機密事項に抵触するのでは? と危惧していることを、ようやくボクは理解した。
「断言はできませんが、たぶん大丈夫だと思いますよ」
先輩、こんな小さなころから口元は隠していたんだなと、と思いながら、ボクは答える。
「それに、捨てがたい……写真なのでしょう? あなたにとって」
ボクの言葉に、彼女は一瞬、泣きそうな顔をして、それから、笑った。