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  月読 後日談


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2007年06月27日(水)
カカシとテン子のど〜でもいいヒトコマ その 2)

*ちぇいべっくに登場したテン子(テンゾウの女体変化)とカカシがおりなす、まったくイミなしヤマなしオチなしのお話です。


「テーンゾ」
ファルセットで先輩が呼ぶ。何を作り声なんぞしているのか、あのひとは。

休日のボクの部屋。夕べは散々、先輩を可愛がって鳴かせたから、だらだらとベッドの上で反転している先輩を大目に見ていた。
「朝食なら、もうすぐできます」
「ん〜。そうじゃなくてぇ」
甘え声は無視、無視。
今日は先輩が珍しくトーストを食べたいと言うので、副菜もそれに合うようにボイルしたソーセージにオムレツ、トマトやカラーピーマン、ブロッコリーを加えたたっぷりのサラダを用意した。
スープは、インスタントだけどコンソメ。
「いい天気だね」
わざとらしく話題を変える先輩。
そう、いつもの和食じゃなくてトーストという時点で気付いてもよかったのだ。
「ね、散歩に行こう?」
「はい、できました」
問いかけを無視して、テーブルに皿を並べる。チンとパンが焼きあがる。
のろのろと起き上がってきた先輩は、チラとボクを見ると卓についた。
前に置かれたマグにコーヒーを注ぐ。
「では、いだきます」
「いただきます」
先輩が、にこにこしながらパンにかぶりつく。
「あのね、テンゾ」
その舌ったらずな話し方、なんとかしてください。
押し倒したいほど可愛い……じゃなくって……いや、可愛いことは可愛いんだけど、下心が透けて見えるようで怖いじゃないですか。
「い〜い、お天気だから、散……」
スタッと席を立つボクに、先輩がビクンとする。
まったく、戦闘中なら敵にクナイの切っ先を向けられてもビクつくことなどないひとが、何を、わざとらしい。
「コーヒーのお替りはいかがですか?」
コーヒーのはいったサーバーを手に、ニッコリと微笑んで問いかけると、先輩が一瞬、呆ける。
「先輩?」
あわてて目を伏せ、「いらない」と小さく答える耳が赤い。
おや……とボクは思った。同時に、ふーん、とも。
そしてしばらくの間、生の野菜や肉加工品や小麦加工品等を咀嚼する、かすかな音だけが響いた。

「散歩、でしたね?」
ボクがその話題を持ち出したのは、「ごちそうさま」と先輩が律儀に手を合わせたときだった。
「え?」と目を見開く先輩に、ボクは微笑みかける。
「いいですよ、いきましょう。ただし」
先輩が口を開く前、息を吸い込むわずかのタイミングを見切って畳み掛ける。
「先輩が女体変化してください」



「お姉ちゃんたちぃ、暇そうね。俺たちと遊びに行かない?」
軽薄そうな男に声をかけられ、先輩が首を傾げる。うわあ、こいつら、目がハートマークになってる。
「え、でも、いまアイス食べようかって……」
銀髪をクルクルした髪型(縦ロール?とか言っていたか?)にして、いま巷ではやっているという、チュニックなる薄絹を纏った先輩は壮絶に可愛くて色っぽい。
淡いグレー地にカトレアらしい華やかな花の散った生地の襟元には、やはり淡くやや渋みのかかったピンクのレース。
胸元が詰まり気味なのが過剰な色気を抑えて、むしろ清楚な雰囲気に仕上げている。
下は七分丈のやはりグレーのスパッツ(というらしい、ピッタリしたズボン)。
そこからすんなり伸びた白いすねの見事なこと。
「ね? テン子」

そう、不覚にも……ボクはテン子姿だ。

先輩と色違いの服は、黒とも見えるチャコールグレーの地に淡いピンクやブルーのトルコキキョウ。
先輩曰く、「凛としていて、テンゾウみたいでしょ?」だが、気恥ずかしいこと、このうえない。
いったいいつの間に、こんな服を買ってきていたのか、まったく気づかなかったのも、うかつだった。
いや、問題はそこではなく、なぜボクまでテン子なのか。
ボクは先輩との問答を思いだして、ため息をつきたくなる。

「だって、テンゾウ、オレだけが変化するとは言わなかったじゃない」
「先輩が、と言いましたよ、ボク。先輩も、じゃありません、先輩が、です、この場合の助詞の使いかたと言うのは」
「だって、言わなかったもん!!」
「ですから、先輩だけが、とは言いませんでしたが、文意としては」
「ほら、言わなかった!!!」
結局、妥協したのはボクだ。
はい、ボクがわるうございました、という心境だったのは言うまでもない。

寄り添ってくる先輩が、ボクの肘に腕を絡ませた。
「ね、テン子」
返事をしろと、促され、
「ええ。おねえさま」
答えながら、笑いを堪えるために腹筋に力をこめる。
ジロリと先輩が、鋭い一瞥をくれた。
だって、先輩がそう呼べって言うから……でも、笑いそうなのは仕方ないし……。

「じゃあ、おごってあげるよ」
「え、でも、最近開店したっていう……」
「ああ、アンシャン・デュラルジェのスイーツね、うん、いいセンスしてるよ、行こう行こう」
まったく、先輩の口車に乗せられやがって、何がスイーツだ、と不愉快さを隠しもしないボクを引きずるように、先輩が歩を進める。
「テン子、怖い顔、わかってるわよ、太るって言いたいんでしょ? だって、食べたかったんですもの、あそこの極上シャンパンを使ったソルベ」
途端に、前を行く二人がヒクと固まった。
そう、その店には、ちゃんとしたホンモノのシャンパンをふんだんに使った1日限定何個だったかのシャーベットがあるのだ。しかもお値段は、ランンチだったらかる〜くフレンチのフルコースが食べられるほど、高い。
「おい、おまえ、いくらもってるよ」
「いや、それぐらいはなんとかなるけどよ、その調子で行かれたら……だぁ〜、無理だよ」
「じゃ、その店出たら、速攻だな、速攻」
「だな」
内緒話も、忍のボクらには筒抜け。先輩は、ふふ〜ん、とご機嫌で鼻歌を歌っている。

「テン子、何食べる? あたしは、え〜と、ブリュット(辛口)と、ドゥミセック(やや甘口)と」
と、指を折り始めた先輩に、彼らがまたも固まる。
「セック(甘口)……あ、ロゼもあったけ、じゃ、全部で四個」
完全に足の止まったナンパヤロウ二人は、「えっと」とか「ああっと」と呻いていたかと思うと、「失礼します!!」と、脱兎の如く駆け去った。
ボクは多いに溜飲を下げ、もちろん、ソルベはボクがおごった。
それぐらいは稼いでいる。

ボクも参考までに、1つ食べた。シャンパンを飲むのとは違った感動で、思わず絶句した。
先輩は、4つを並べて、嬉しそうに食べ比べていた。まるで子どものような顔だった。

もしかしたら、うまく乗せられたのかも、と思わぬでもなかったのだが。
まあ、先輩の満足そうな顔を見ることができたので、よしとしよう。
部下を引き連れて遊郭に行くよりは、ずっとずっと安く済むのだから。




2007年06月26日(火)
カカシとテン子のど〜でもいいヒトコマ 1)

*ちぇいべっくに登場したテン子(テンゾウの女体変化)とカカシがおりなす、まったくイミなしヤマなしオチなしのお話です。

最近、カカシさんは変態だ。

いや、ボクという男の恋人がいるという時点で、世間的には変態だと言われるのかもしれない。
でも、ボクもカカシさんを好きで、カカシさんもボクを好きなのだとしたら、変態でもなんでもいい、とも思う。
それは、当事者の問題だからだ。

だから、当事者たるボク自身が「カカシさんは変態だ」と言うのは、ボクの感覚に基づいて、コレってどうかと思う、という意味でもある。

最近、カカシさんはテン子に夢中だ。
ちなみにテン子とは、とある任務で作戦上の必要があってボクが変化した……まあ、つまりボクの女性版だ。
だから、テン子とはボクであり、ボクがテン子のことをどうこういうのは、言ってみれば天に唾するようなものなのだが。

いきなり父性愛に目覚めたのか、それともいつもボクに突っ込まれている(おっと下品な言い方で失礼)腹いせなのか、カカシさんは、なぜかテン子を猫可愛がりするのだ。
ボクは対処なし。変化中はひたすらカカシさんのおもちゃだ。
かわいい〜ね、に始まって、髪を梳き、にこにこと見つめていたかと思うと、突然、女性物の服を取り出す。
「これ、テン子に似合うと思って」
割とシンプルなデザインで、ヒラヒラしていないのが救いと言えば救いだが。女物であることに変わりはない。
「ね、コレ着て、遊びに行こう」
といわれたときは、思わずグーで殴ってしまった。
普段なら、それぐらい軽くよけるはずのカカシさんの顎にクリーンヒットしたこぶしに、驚いたのはボクだ。
「ひっどーい、テン子ったら」
なみだ目で訴えられて、だれが抵抗できようか。
ボクは少なくとも、抵抗できなかった。

で、休みの今日、ボクはTシャツを長くしたみたいなワンピースに、サンダル(と言ったら怒られた。ミュールと言うそうだ)を履いて、カカシさんと街を歩いている。
人見知りで、傍若無人で、おまけに元暗部のクセに、カカシさんは意外と、商店街のおっちゃんやおばちゃんから好かれているらしい。
「お、可愛い彼女つれちゃって」などと声をかけられていた。
そしてまた、否定もせずに、えへへ、などと言っているのが、腹立たしい限りだ。

外を歩くのは正直、拷問に等しい。
部屋のなかにいる分には、自分の姿は自分ではあまり見えないので、鏡やガラス戸にさえ注意していれば、変化していることも、半分ぐらい忘れていられる。
が、外ではそうはいかない。
ショーウィンドウを始め、店内に防犯のために設置された鏡など、姿を映すものがたくさんある。
それらに映る自分を見ないようにするには、上か下を向くしかない。
ボクはちょっと雲の多い空を眺め、それから足元を見る。
自分の素足は見たくないので、自ずと少し先のほうに目線が行く。
「やだなぁ、テンゾウったら、そんなに女のひとの脚が好きなの?」
こそ、と囁かれ、ボクはもう少しでカカシさんを蹴り飛ばすところだった。

これは、なんというか、一種の我慢大会なのだろうか?
ニコニコとご機嫌なカカシさんの横顔が恨めしい。
いつか絶対、カカシさんを女体変化させて、連れ歩いてやる。
密かに決意するボクだった。



2007年06月25日(月)
そして百年の孤独


その2日後、深夜に警備の交替時間を迎えたテンゾウの隊は、そのまま慰労を兼ねて、ベテランおすすめの居酒屋に向かっていた。
軽く一杯やって、今日は早く寝る。そして明日早朝から、病院や公園で情報収集することに決まったのだ。
不満や不平は、どんな世代ももっているが、それが国政に向かいがちなのは、どうやら高齢者層だというのが、テンゾウたちの隊が出した結論だった。
若者たちは、もっと短絡的に身近なところで、自分より弱い者を攻撃する。青年も、壮年も、男も女も、不平不満は、友人やら部下やら、果ては自らの子どもにぶつけ、憂さを晴らしている。
それはそれで憂うべきことだが、そこにテンゾウたちは干渉できない。
ただ高齢者層だけは、どこか異質だった。かつて企業の中枢にいたという実績や実力もあるし、いまはリタイアしたとはいえ、あなどれない。そう方針を固めた。
「いい焼酎を見つけたんですよ」
ベテランが言う。普段、カカシに連れまわされているテンゾウはもちろん、若手の二人も酒は好きなようで、「色気はないけど、酒とつまみは保障ずみ」に、飛びついた。今日は、飲み気と食い気で行くつもりなんだろうなと、思い、彼らのたくましさに内心で舌を巻く。
「へえ、すごい名前」
「百年、ですか」
目の前におかれたボトルには『百年の孤独』というラベルがあった。
テンゾウは思わずカカシを思い出す。カカシがこの酒を知ったら、何を思うだろうか。
テンゾウ自身は、真っ先に思ったのだ。九尾を封印した四代目を。
封印術というのは、術者にとって危険を伴うことも少なくない。四代目が九尾を封印した術式は、秘術中の秘術とされているが、それはそれだけリスクの大きい術だったということでもある。
テンゾウも、噂では聞いたことがある。
あの術は、死神と契約するのだ、と。そして、術者も相手もともに死神の腹に捕らえられ、永劫の戦いを続ける、と。
「じゃ、百年の孤独に敬意を表して」「乾杯」「乾杯」「乾杯」
じっとボトルを見つめるテンゾウに、ベテランが囁いた。
「逝った者が孤独か、残ったものが孤独か、それは、当事者にしかわからんよ。どっちが幸せで、どっちが不幸かも、な」
そうですね、とテンゾウは答えた。
百年という時間のなかでは、自分の思いなど塵芥のようなものかもしれないが、それが、少しでもカカシの慰めになってくれればいいのに、と思いながら。

*    *    *    *    *

「らっしゃい」
カカシ指名の任務が入ったため、桜花楼の見張りを鳥面に頼んで里を離れた2日目の午後。
カカシは、立ち飲み屋に足を向けた。思いのほか早く片付いたので、桜花楼に行く前に、と思ったのだ。
「焼酎のいいのが、はいってますよ」
汲み上げたままの豆腐を器に盛りながら、カカシのリクエストを聞く前に彼女が言うのも珍しい。
「へえ、なんだかわからないけど、それ」
笑いながら奥へ引っ込んだ女主人が、ボトルを抱えて戻る。
『百年の孤独』と書かれたラベルが見えた。
「この前は、恵みで、今度は孤独、か」
「召し上がってくださいまし」
ロックアイスの上に注がれたそれは、澄んだ琥珀の色をしていた。
一口含んで、豊かな芳香にカカシは嘆息する。
「うまいね〜、これ」
「長い間熟成するらしいです。さすがに百年ではないみたいですけど」
含んだ液体を、舌先でころがすようにして味わう。
「なんでも、とある国のお偉い身分の方が好んで飲まれるそうで、余計に人気が高まったそうです」
「そういうのって、なんだかな、って思うけど。これはおいしいね。孤独に耐えて熟成したって感じが、またいいじゃない?」
「酒も恋も、同じですよ」
さらっと付け加えられた女主人のことばに、カカシはふっと目を細めた。
「そうだね、熟成して、うまい酒になるなら、ね」
カカシの脳裏を、在りし日のスリーマンセルの仲間と師が走りぬける。
「友情だって、親子の情愛だって、変わりませんって」
「そ……かな?」
「ええ。そうですとも。孤独だと思うことがあっても、それは、きっと……また出会うための熟成期間なんですよ」
うん、カカシは素直に頷いて、グラスを煽った。
少なくともテンゾウは、生きている。
また、何ヵ月後には会える。会えるはず、だ。
それでいい。カカシは自分に確かめるように頷いた。


<了>

百年の孤独
宮崎県の酒蔵がつくる長期貯蔵大麦焼酎。ガルシア・マルケスの同名の小説から名づけたと言われている。まろやかな香りと深い味わいにファンが多い。



2007年06月24日(日)
百年の孤独 5


「ご酒をお持ちしました」
小菊が脚つきの膳を運んでくる。
「じゅんさいのいいのが入ったから、ぜひ、と」
ん〜、とカカシはイチャパラを伏せて、起き上がった。
朱緋は、どうしても外せない上客の席に出ている。
「そんな、気を使わなくていいのに」
「ええ、でも……」
小菊は言葉を濁し、それから顔を上げると笑った。
「わたしのお酌じゃ、つまらないかもしれませんけど」
そう言って、杯をカカシの手に持たせ銚子を手に取る。
「いや、オレ、一応、仕事でここにいるわけだから」
「あ、ご酒を召し上がったらいけないんでしたっけ?」
これしきの酒では酔いはしない。飲んだ先から分解され、体外に排出されるだけだ。
「そんなことはないよ、じゃあ、いただこうかな」
杯を差し出すと、小菊は微笑んで酌をする。笑みにも艶が増し、出会った頃の山だしの雰囲気は、もうすっかりない。
「小菊ちゃんは、さ、その旦那さんと添いたいの?」
何気なく聞いたつもりだったのだが、小菊の気配が強張る。そんなに怖い思いをしていたのか、とカカシは理不尽な理由で逆恨みされている小菊が不憫になった。
「旦那さまは、いい方です。桜花楼にとっても、いいお客さんです。だから水揚げは……いいんです、でも」
そう言って、小菊はカカシを見つめた。
「奥さんになりたいなんて、思ってません。謙遜とか、自分が遊郭育ちだから引け目を感じているとか、そんなんじゃないんです。ほんとうに、こんなふうに言うのは恐れ多いとは思うんですが、奥さんになんかなりたくないんです」
ああ、なるほど、とカカシはようやく納得した。
小菊はあくまでも、遊女として「その旦那なら」と思っただけで、惚れたはれたではない、ということなのだ。
「もしかして、小菊ちゃん、だれか好きなひといるの?」
小菊の顔が、にわかに朱を掃いたようになる。
「ああ、そう……そうだったのか」
そうだとしたら、親戚連中の杞憂は、まったくの見当違いではないか。
「それ、ちゃんと親戚のひとたちに言った? 小菊ちゃんにその気がないと分かれば、きっと敵意なんかもたないと思うよ」
「はい……それも考えました。でも、それじゃ、旦那さまのお立場がなくなります」
ああ、そうか、とカカシは腕組みした。
「ま、あちら立てれば、こちらが立たずってことですか」
「……すみません」
うなだれる小菊に、カカシは笑いかける。
「いいの、いい〜の。オレはこうやってノンビリさせてもらってるんだから、ね。役得だよ」
「カカシさんは……好いたお方が、いま遠国にいらっしゃるとか?」
小菊は、さりげなく話題を変えた。あまり自分のことを詮索されたくないのだろう。
「う〜ん、あ〜、ま〜ね」
曖昧なカカシの返答に、クスクスと小菊が笑う。
「やっぱり、忍の方なんですか?」
「うん、まあね」とカカシは照れ隠しに、じゅんさいを摘んだ。つるりとした感触が喉を落ちていく。
「お綺麗な方……なんでしょうね」
その小菊の言葉で、自分の相手がくの一だと思われていることにカカシは気づいた。思わず、笑いそうになる。
「んー、どっちかっていうと、ムサイ」
「は?」
「無表情だし、無愛想だし、生意気だし、ほんっと、可愛くない」
目をパチクリしている小菊が、おかしい。
――そりゃ、そうだよね。この写輪眼のカカシの恋人が男だなんて、思っちゃいないだろうからね。
「でも……お好きなんですね、その方のこと」
「え? どうして?」
「だって」と小菊は、朱緋のように手の甲を口元にもっていってコロコロと笑った。
「とっても、嬉しそうなお顔ですもの」
まるで臈長けた花魁のような流し目に、カカシは思わず口ごもった。
「水揚げが無事終わったら、わたしは菊香と名乗ります。朱緋ねえさん同様、どうぞ、ご贔屓に」
そう言って、小菊は小首をかしげて銚子を傾ける仕草をした。
少女がいきなり成熟した女に変化したような感覚に戸惑いながら、カカシはまた杯を差し出す。
「その方……早く、お戻りになるといいですね」
そうね、と呟くように答えながら、カカシはテンゾウを思った。
元気にしているだろうか、とか。まさかイビキが配置されたのがテンゾウの小隊じゃないよね、とか。
小菊は、物思いに沈んだカカシの杯に、ただ静かに酒を注ぎ続けた。

*    *    *    *    *

部屋に止まったイナダのために目覚ましをセットして、テンゾウは仮住まいから出かける。
今日も空は青い。
通常なら雨の多い季節なのだそうだが、連日の青空だ。しかし、湿気が多い。
今のところ不穏な動きは感じられない。国主の容態も安定していて、とても平和で穏やかだ。
一歩、踏み込めばどこにでも闇の世界はあるが、それでも総じてこの国は恵まれていると言えるだろう。
老人も子どもも飢えていない。公園などに住所不定の輩が住み着いていたりするが、そういう手合いが餓死せず生き延びていけるということ自体が、まず豊かな証拠だ。
妙にこましゃくれ、人生に疲れたような顔をした子どもがいたり、成熟しきれず、常に苛立っている大人がいたり、と、歪んだところはあるようだが、それでも、と思う。

集合場所となっている公園に赴いた。
前夜の警備についている小隊からの特別な連絡がなければ、異変はなし。そのまま、自分たちは警備を交代する。
警務部隊担当のふたりも、遅れずに姿を現した。羽目を外しはしても、任務中は度をこすことがないのは、腐っても暗部だ。心なし昨日より元気なのが、なんだかな、という気持ちを掻き立てはするが。
が、一方のベテランのほうも、今日は妙にサッパリとしている。どこでどうやってストレスを発散してきたのかはわからないが、ベテランともなれば任務地で問題を起こすようなこともなかろうとテンゾウは思った。
――いざとなったら、ボクが責任をとる。
再度、自分に言い聞かせ、本日の任務の確認をする。
このままなんの騒動もなく無事、政権が交代してくれるのがこの国のため。
そうは思っても、退屈な任務であることに変わりはない。
でも、退屈でも退屈する間がなくても、任務は任務。ましてや自分たちは火影直属の暗部だ。
「気分的にも中だるみしてくるころでしょう。それだけに、一層、気持ちを引き締めてください」
はい、と3人の声が重なる。
「今日は、ちょうど昼を一刻ほどすぎてから警備任務が終わります。この暑さでは、おそらく日中はたいした諜報もできないでしょうから、3時間ほど、自由時間にします。夕方、5時に一度集まって、夜の行動を決めましょう」
はい、とまた3人が答える。もちろんテンゾウ自身は、休憩をとるつもりはない。
ただ、彼らにはリフレッシュ時間を与えたほうがいい、と判断したのだ。
ほんとうはカカシのように、一見部下が上官のわがままに付き合っていると思わせて、休息をとったり、気分転換を図ったりできればいいのだが、テンゾウにはまだ無理だ。
というより、そういうワザはあのカカシだからこそ、とも言える。
せいぜい、気遣いを悟られないように言い訳を用意するぐらいしか、自分にはできない。
「では、各自の配置へ。散!」
テンゾウはベテランと一緒に、今日も国主邸に赴く。
「あんた、なかなかやるじゃないか」
いきなり声をかけられ、とっさに返答が出来なかった。
「ちゃんと隊員の状態を見極めている、その若さで、たいしたもんだ」
思わず、昨夜の「採点でもされているようだ」と言ったイナダのセリフを思い出す。
無言のままのテンゾウに、ベテランは苦笑し、
「カカシの隊なんだって?」
と言った。
「はい」
「あんたか。放り出されたのをカカシが拾ったってのは」
暗部のなかで噂になっているのは知っていたが、まさか、こんなところで話題になるとは思ってもいなかったテンゾウは、驚いて返事をしそこねた。
「ま、カカシにとっちゃ、いい拾い物だったな」
「……そう、でしょうか?」
「そうだよ。あのな、カカシみたいにヤレって言われてやれる忍は、いない。暗部と言えど、まずいないな。でも、勘違いするヤツはいる」
「勘違い?」
「ああ、勘違いだ。カカシはああ見えて、部下のことはよく見ている。まあ見えたとおり何も考えてなかったりすることもあるがな、あいつの力量があれば、たいがいの後始末はつけられるんだ。だから、泰然と構えている。でも、カカシほど力量のないヤツがそれを真似しようとすると、どうなる?」
「……」
「力以上を求められた部下はパニックになる、で、上官は後始末もできない。な、悲劇だろ?」
「……そうですね」
「でも、あんたは違う。ちゃんと、カカシと自分の違いをわかっている。そのうえで、カカシのやり方から使えるものを使っている」
「そう……ありたいとは思っていますが」
ベテランは、笑った。
「もっと自信もっていいぞ。カカシはあんなヤツだが、忍としてのスピリットはピカイチだ。あんたは、ちゃ〜んと、その真髄を、わかっている。いずれ、カカシ以上の忍になるさ」
カカシを越えることなど、ありえないとテンゾウは思う。
根本的なところで、越えられない。でも、近づくことができるなら、とは思う。
「ありがとうございます」
ベテランは、今さらのように照れたのか、コホンと咳払いをする。
「あいつは、あいつ。あんたは、あんた。それをわかっていれば、大丈夫だ」
はい、とテンゾウは頷いた。
そう、カカシはカカシ。自分ではない。
だから、自分はこんなにもあのひとを求めるのじゃないか。
テンゾウは空を見上げる。
この空は、先輩のいる里にまで続いている。
今は、それだけでいい。



2007年06月23日(土)
百年の孤独 4


「おうよ、悪いな。休憩時間に」
イナダの手には、先ほどテンゾウが買い物をした店のと同じ袋が下がっていた。
「とりあえず、一杯やりながら、な。」
袋からビールを取り出し残りを冷蔵庫にしまおうとして、イナダは振り返った。テンゾウが買ってきた同じ店の惣菜と同じ銘柄のビールに気づいたのだろう。
「ボクも……適当に見繕ってきたんだ」
あはは、と笑いながら、イナダはパッケージを取り出し、
「同じ店かよ、まったく、気が合うな俺たち。お、コレ、うまそう」
と、いくつか選んで並べる。
「レンジ借りるぞ」
「ああ。と言っても、備え付けのものだから、ボクのじゃないんだけど」
カタイことは言いっこなし、と、イナダは揚げ物を皿に取り出し、電子レンジに放り込んだ。
「とりあえず」
「乾杯」「乾杯」
缶のままビールをあおる。
「野営に比べりゃ、天国なんだけどな」
「そうだな」
「でも、なんか……疲れる。いつもと違う神経使わなくちゃいけないだろ?」
ベテラン暗部を隊員として抱えた小隊長、というポジションに、イナダも消耗しているようだ。
「なんかさ、採点されてるみたいな気分になってくるんだよ」
「……そうだな」
「お、テンゾウでも、そう感じるのか。そっか、オレだけじゃなかったか」
この様子では、単に愚痴をこぼしたくて来たのかもしれない、とテンゾウは思った。
それなら、それでもいい。息抜きも、長期の任務では必要なことだ。
「俺の隊のベテランさんは、拷問・尋問部隊のひとなんだ」
「拷問・尋問部隊?」
思わず、テンゾウも聞き返してしまう。
「なんで、こんな治安専門の任務に? って思うだろ?」
「……確かに」
何か裏があるのかもしれないと、テンゾウはにわかに緊張する。
「ガタイもよくて、一見強面なんだけど、話してみると明るくてフレンドリーなんだ。たまには外に出て見聞を広げたいと思って、志願したんだと」
それをそのまま受け取ってよいのかどうか、迷うところだが。
「今のところ、上手く行ってるんだ、ウチのチーム」
言葉とは反対に、イナダの眉間にシワが寄る。
「……何か、あった……じゃないな、何かありそうなのか?」
チンという音に立ち上がったイナダが揚げ物の皿を運びながら、鶏の唐揚げをひとつ摘んだ。
「なかなかイケル……うん、実は、ちょっとな」
テンゾウも手を伸ばして、唐揚げを摘んだ。
「オレの隊、くの一が配属されてるんだ。暗部に入隊したばかりの新人」
あの、きゃしゃな体つきの忍か。
「そいつがさ、惚れちゃったの」
びっくりして、まだ咀嚼中だった唐揚げを呑み込んでしまう。
「惚れた? え? まさか、その……」
「その、まさかだよ……」
拷問・尋問部隊の一見強面、実はフレンドリーなベテランに。
「くの一は、それらしい振る舞いに出ているのか?」
「うん。さりげなく……好意をアピールしている。でも、そのひと、そういうことにまったく興味がないか。あるいは、心にひそかに決めたひとがいるか。そんな感じなんだよ」
う〜ん、とテンゾウは腕組みした。
職場内恋愛は別に禁止されていない。そんなことをしたら、忍の大半は恋愛の機会さえ失うだろう。
ただ、それがトラブルに繋がるとなると、やはり問題視はされる。
「くの一のほうは、どんな様子なんだ?」
「どんな?」
「切羽詰っているとか、煮詰まっているとか……要するに、思いつめているのか、それとも、もっと軽いノリなのか」
イナダは黙り込んだ。二人の間で、暖められた唐揚げとコロッケが香ばしい匂いを放っている。
「まだ……煮詰まってはいない、と思う。でも、軽いノリというわけでもないな。軽く見せかけてはいるけど」
「……手を打つんなら、早いほうがいい」
「やっぱり、そうか」
女は思いつめると、たとえくの一といえども男の忍では思いもつかない行動に出たりするものだ。
イナダもある程度の結論は出ているものの、第三者の意見も聞いてみたい、といったところなのだろう。
「そのベテランのほうは、相手の好意に気づいている節はあるか?」
「気づいている、と思う。態度には出していないけど、な」
拷問・尋問部隊だとしたら、人間の情緒面に対する感受性は並みの忍よりもはるかに鋭いだろう。だとしたら、気づいているはずだ。
ただ、稀に己に向けられる個人的な感情に関してのみ、非常に疎い忍もいることはいる。だれとはいわないが。
だから、決め付けることはできない。
「思い切って、彼に話してみたらどうだ? こういうことは変に第三者が絡まないほうがいいと思うんだ」
「話すって何を?」
「だから、イナダが今困ってる、ってことをだよ。そのうえで、そのくの一の好意に応えるつもりがないなら、彼女が煮詰まる前に、応えられない理由を……まあ、これは適当でもいいんと思うんだ、とにかく彼女が納得するような理由をでっちあげて、さりげなく、雑談ふうに公開してもらう」
「雑談ふう?」
「うん。彼女がテンパって直接、告白する前に、『あ、こいつはダメなんだな』と思わせるんだ」
なるほど、と言いながら、イナダは頷いた。
「そうだな。もし、本人が鈍感なだけで悪い気がしないっていうんだったら、くっつけりゃいいんだものな」
うんうん、とイナダはひとりで納得していたかと思うと、ヒョイと顔をあげた。
「それにしても、おまえ、色恋に疎そうなのに、たいしたもんだな」
テンゾウが今まさに色恋の虜になっていることなど知らぬイナダの発言に冷や汗をかきながら、「まあな」と答えた。
自分の声が平静かどうか、こんなに気になったことは、過去かつてないほど緊張して……。

*     *     *     *     *

所替わり、ここは桜花楼の一室。
朱緋の爪弾くツンテンシャンという音をBGMに、カカシは用心棒のシンと話していた。
「ふうん、じゃ、その親戚さんたちは小菊ちゃんを亡き者にしようと」
「はい。その辺のごろつきを雇って仕掛けてくる分には、なんとでもできるんですが」
忍くずれを雇ったとなると、事はやっかいだ。
もちろん、用心棒(は仮の姿のシン)が忍くずれに負けることはないのだが、相手の力量によっては、忍のワザを遣わなくてはならなくなる。そうすると、せっかく用心棒(という一般人)として忍んでいる意味がなくなってしまうのだ。
「この仕事、気に言ってるんで。交替したくないんですよ」
「で、オレにそいつをやっつけろ、と?」
いやいや、と笑いながら、シンは朱緋をチラと見る。確かに小菊が狙われるとなると、一番近くにいる朱緋にも類が及ぶ可能性は高い。そういうことか、とカカシは思った。
――こいつ、いまだ四代目を忘れられない朱緋に、叶わぬ恋心を抱いているのか。
たとえ叶わなくとも、側近くいれば守ることぐらいは出来る、その心情が痛々しいほど伝わってきて、カカシは苦笑する。
――まったく、どいつもこいつも。
もちろん、そのなかには己も含まれているのだが……。

半月ほど前、ちょうど任務を終えて戻ってきた大門で、カカシはテンゾウたちが出立するところに行き会った。
見送った後、仕留めた忍が里内の拷問・尋問部隊に運ばれた頃合を見計らって暗部棟の奥を訪ねたのだ。
その際、いつもいるはずの、自分と歳も近い森野イビキの姿がないことを何気なく部隊長に問うと、なんとテンゾウが拝命した同じ任務に志願して、里を出ていると言う。あのなかにイビキもいた、ということか、とカカシは思った。
「志願?」
「ああ。ちょっとワケありでな」
「ワケって?」
極秘事項や極秘任務絡みなら答が返るはずもないのを承知で呟いたのは、半ばひとりごとだった。
「ひと探しだ」
「え? ひと探し? 賞金首?」
違うさ、と隊長が笑う。
「想いびとだ。詳しい事情は聞いてない。ただ、いろいろワケありな相手らしくてな。確かなのは、いま里にはいない、ということだけだ」
「想いびとぉ!」
素っ頓狂な声をあげたカカシを隊長が笑った。
「あいつにそんなのがいたの? あの顔で? うそお」
「恋は顔でするものじゃないぞ」
「あ、まあ、そうですね」
「動機はどうであれ、たまには里を出て見聞を広げてくるのもいいだろうと思って、許可した」
そんなことが可能なら、自分だってあらゆる手を使って、テンゾウの遠征について行くのに、と思い、そんな自分を笑ったカカシだ。
そんなことしたら、きっとテンゾウは嫌がる。軽蔑はしないだろうが、ほんの少し失望する。
テンゾウにはテンゾウの立場があり、矜持がある、それを無視したら、この恋は終わってしまう。

「じゃ、ま。ひと肌脱ぎましょうかね」
カカシの言葉に、シンがほっと肩の力を抜く。
「明日にでも、正式な依頼を出します」
カカシは、んーと首を傾げた。
「それ、暗部宛てにしない? 三代目に直接かけあってみてよ」
「どうしてですか?」
「大っぴらにしないほうがいいと思うんだ」
桜花楼にとっても、小菊にとっても、そしてカカシにとっても。
この話を受ける以上、桜花楼にいなくてはならない。そうなったとき、どんな噂が飛び交うか。
噂が暗部内に留まっていれば、たとえテンゾウが誤解したとしても、説得もしやすい。
「でも……予算的に……」
「大丈夫。四代目のよしみもあるし、格安にするよう三代目を説得するよ」
このところ、テンゾウ抜きで任務をこなしているカカシの小隊は、かなり疲弊している。
カカシのわがままに付き合っている形の鳥面と虎面には、ちょうどいい休暇になるだろう。
「ありがとうございます」
頭を下げるシンに、カカシは「いいの、いいの〜」と手を振った。



2007年06月19日(火)
百年の孤独 3


「すっかりお見限りでしたねぇ」
その名のとおり、燃えるような緋色の衣装をまとった朱緋が、長いキセルをポンを煙草盆に打ち付ける。
「まあ〜、ね。いろいろあったし」
さすがに店にあがってまで忍服では野暮かと、気流しに着替えたカカシは杯を口に運ぶ。
「いいひとでも、出来なんしたか?」
「う〜ん、まあ〜、ね」
適当に相槌をうったつもりだったのに、「おや」と聞きとがめられた。
「珍しいこともあるわいな」
「え? そぉ?」
空になった杯を、小菊が満たす。水揚げを控えた小菊の髪は、ずいぶんと長くなっている。
きっちり揃えられた切り髪は、小菊のちんまりした顔立ちに似合っていたのに、あれはもう見られないのかと思うと、カカシは少し寂しかった。
「はいな、珍しいこと」
にっこり笑う朱緋は、師が生前、通っていた頃と変わらない。あれから、もう何年もたったと言うのに。

四代目が九尾を封印し、この世を去って後しばらくは、倒壊した建物の下から生存者を救い出したり、九尾の瘴気に当てられて森や山で倒れたままの者を捜索したり、でカカシも忙しかった。
その後、里外の任務を割り当てられたのを幸い、ほとんど里の外を転々としていた。
1つの任務が終わると式を飛ばし、報告書は忍犬に託す。自らは、そこから近い次の任務地に向かう。
そんな生活をしていた。
もちろん単独だ。任務の大半は暗殺や、他の部隊の応援。
それでもよかった。里に、戻りたくなかったのだ。
半年近くもそうやっていたカカシに、いきなり休暇が与えられたのが、ちょうど今頃の時期だった。
闇に身を潜めるがごとく任務に没頭するカカシを、三代目が心配したのだろう。
だが、休みをもらっても行くところがなかった。
里には戻りたくない。行きたいところもない。
気づくと、遊里に足を踏み入れていた。
里の外とはいえ、九尾の影響がまったくなかったわけではない。
一時、里から逃げ出した一般人が身を寄せていたとも聞く。
四代目が妻帯する前に通っていた遊郭の太夫は、どうしているだろう。
そう思って立ち止まったのが、桜花楼の前――それも、客も太夫も寝静まっている夜明けより少し早い刻限。
一年で一番日の長い時期のこと、東の空はうっすらと白んできていた。
灯りを落とした建物の前に立ち、面を外した。
傷痕もなく、建て替えをした様子もないのを確認して、きっと無事でいるのだろうと思った。それだけ、確かめたかったのだ。だから、さて、どこに行こうかときびすを返そうとしたときだった。
カラリと戸が開いた。
襦袢の上に打ち掛けを羽織っただけ、それでも十分に美しい朱緋が、にっこりと笑いかけたのだ。
「顔も見せずにお帰りですか?」
そして、目立つ血の汚れは落としたものの、まだどこか生臭い暗部服のままのカカシの手を取る。
鉤爪が、その白い肌を傷つけないかと気が気でないカカシをよそに、
「さあ、あがっていっておくんなまし」
と言うと、思いのほか強い力で戸の内に引き入れた。
さっと戸を閉めると、パンパンと手を叩く。小さな手から放たれたとは思えないほど、その音は響き渡り、すぐに奥の灯りが点いた。
寝巻きの上に羽織をひっかけただけ、それでもまったく着崩れた様子もない店主がやってきて、
「これは、ようこそ、お越しくださいました。お出迎えが遅れ、申し訳ございません」
と丁寧な礼をする。
営業時間外もいいところの時間にやってきたカカシを、客として扱う彼らにカカシは呆然とした。
「どうぞ、おみあしを」と、すすぎの盥を持ってきた少女がカカシを見上げる。
忍になれた遊郭の者も、暗部服を見ると一瞬だけ緊張するものだが、少女はあどけない顔で、
「あにさん。おみあしの汚れを落としますから、どうぞ」
と促した。足を洗うから出せと、そう言っているのだ。
血と汗と土ぼこりで汚れた、自分の足を? とカカシがためらっていると、初めて少女ははにかんだように笑った。
「足、洗うと、さっぱりすんから」
なまりの残るその言い回しは、接客マニュアルにない言葉だったからだろう。それだけに、少女が心からカカシを迎えてくれているのが伝わってきた。それが小菊だった。
結局、言われるままに脚半を解き足をすすぎ、カカシは店に上がった。
「店の者の朝食に用意していたものなので、お客さまにお出しするようなものではございませんが」
そう断りを入れて店主自らが置いていった白粥、あのとき口にした味は、忘れられない。
あれがあったから、自分の心は壊れることなく、この世につなぎとめられたのだと、カカシは信じている。
その休暇の間中、カカシは桜花楼にい続けた。
ただ、のんびりと朱緋の爪弾く三味の音を聴き、たまに酒を飲み、窓から空を見上げ流れていく雲を眺めたり、雨だれに誘われて転寝したりして、過ごした。
四代目の話も九尾の話もしなかった。
しなかったけれど、ふと漂う沈黙のとき、二人がともに今はいないかのひとに思いを馳せているのは、わかっていた。

「シンさんを使いに寄越したね〜」
このままでいると、きっとテンゾウのことまで探り出されてしまう、別に、知られて困ることではないが、長い付き合いの朱緋に知られるのは、ちょっとむずがゆい。だからカカシは、話題を変えた。
そんなカカシの意図など承知している朱緋は、クスと笑い、それから真剣な表情になった。
「小菊が、今度水揚げを迎える話は、聞きなんしたか?」
「うん。シンさんから」
「相手のお方は、小菊も慕っているさる商家の旦那さんで、その方ならと小菊も承知しての水揚げ」
「のはずなのに、なんか問題がある……んだね?」
「ご親戚の方たちが、快く思っておりませんで」
言葉とともに襖が開き、そこには新しい銚子と小鉢を載せた膳を手に、用心棒のシンがいた。
「別に水揚げするぐらい、い〜じゃないね。そのまま引かすってなったら、面白くないひともいるかもしれないけど」
膳がすっとカカシの前に進められる。
「それが、そうとも言ってられませんで。その方は、旦那とは言ってもまだお若い。ご両親が一昨年相次いで他界されたので、お店を継いだんですが、まだ奥さんをお持ちじゃないんです」
「だから、みんな気が気じゃない、ってこと?」
「いつ、引かして夫婦になると言い出すか、戦々恐々としているといったところです」
ふうん、とカカシは、小鉢の山芋を摘む。千切りにして山葵醤油で和え、刻み海苔を散らしたそれは、このまえテンゾウが作ってくれたものと同じだ。いや、カカシがここで酒のアテに出されたのを気に入っていて、「アレ、食べたい」とテンゾウにわがままを言ったのが最初だ。
手の込んだ料理より、手軽でシンプルなものを好むカカシのために、桜花楼ではいつも選りすぐりの食材を揃えている。これもきっと、普通に八百屋で見かけるものの倍も3倍もするようなヤツだろう。そして、山葵も醤油も海苔も、どこぞの名品だろう。
幅も厚さも長さも見事に均一な山芋と海苔は、まさに芸術的といっていい。
でも、とカカシは、テンゾウが作る、長さも厚さも不ぞろいなら幅もぐだぐだで、中には三角に近い形に切れている山芋を思い出す。
これは職人の技。テンゾウのは技ではなく、気持ち。
どちらがどう、というのではない。うまい、まずいでいえば、こちらに軍配が上がるだろう。
――そーゆー問題じゃないんだよね。
カカシは、山芋を味わいながら、ただテンゾウの不在を思う。
「恋しいお方は、いずこに?」
何気ない朱緋の口調に誘われるように、カカシも何気なく答えていた。
「ん、ちょっと遠い国」
言ってから、しまったと気づく。忍にあるまじき失態、と、見上げた朱緋は、優しい眼差しをカカシに向けていた。



2007年06月18日(月)
百年の孤独 2


「旦那」
里内警備を終え、暗部棟から自室に戻る途中、カカシは着流しの男に呼び止められた。
「お久しぶりです」
遊里のなかでも一番の格式を誇る桜花楼の用心棒――実は遊里に忍んでいる同胞だ。
「シンさんが、里まで出張ってくるなんて珍しいじゃない」
店も開く頃合に、わざわざ里まで来たということは、何かあったのか。
「お客様の忘れ物をお届けにあがったまでで」
「な〜に、忘れ物ってツケのことじゃないよね。だれよ、ツケためてるヤツ」
いえいえ、と用心棒に似合わぬ柔らかい仕草でシンは手を振った。
「ところで、旦那。朱緋さんが寂しがってますよ。最近、すっかりお見限りだって」
「あ〜、まーねー」とカカシはカシカシと後ろ頭をかいた。

ビンゴブックに自分の名が載ったことで、行きつけの遊郭に軒並み刺客が送り込まれてきたのは、去年の秋口のことだった。禿の一人が騒ぎに巻き込まれ怪我をしてから、カカシは一切、足を運ぶのをやめた。
任務とあれば、女だろうが子どもだろうが手にかける。しかし、自分が原因で本来関わりのないだれかが怪我をするのは、厭だったのだ。
そのうち、テンゾウという恋人ができた。骨格のしっかりした身体は、成長途上だからかいくらか細身だったが、それでも鍛えられた筋肉に覆われており、遊里の女性とはまったく違っていた。
でも、その肌が持つ熱に、いまの自分は充分慰められ、満たされている。
しばらく会えないのは寂しいけれど、だからといってほかに慰めを求めようという気にはなれない。
多少、不自由ではあるけれど、そこはそれ……。
「朱緋さんの禿が、今度、水揚げなんです」
「え? 小菊ちゃんが? もう、そんな歳?」
彼女こそ、怪我をした禿にほかならない。
「ええ、小柄なのと顔立ちのせいで幼く見えるんですけど、15になりますから」
ああ、そう、とカカシは頷いた。
「お披露目の前に、一度、お越し願いたいと。朱緋さんたってのお願いで」
う〜ん、とカカシは唸った。

初めて朱緋づきの禿として紹介されたとき、カカシ自身が今の小菊ぐらいの歳だった。
師を失い、ひたすら血なまぐさい任務に明け暮れていたころだ。
小菊は、ほかの客の席にはべる朱緋を待ちながら酒を飲むカカシの横で、ちんまりと酌をしながら、言葉少なに微笑んでいるのが常だった。その彼女が、珍しくよくしゃべったことがあった。
「いいんですか? あにさんが一言、おっしゃれば、朱緋ねえさんは、ほかの客は放っぽってきますのに」
別に、女の肌が恋しくて居続けているわけではない。
ただ、ひとりでいると自分がひとであることを忘れそうになるから。
それに、復興しているとはいえ、まだそこここに九尾の爪あとが残る里には、いたくなかった。
「いーんだよー。朱緋さんは、先生のお気に入りだったから。オレにとっては、お姉さんみたいなものなんだ」
「でも、朱緋ねえさんは、ここにいたいんだと思います」
「商売の邪魔しちゃ、悪いじゃない」
「そんなにいい商売じゃないって、いつもねえさん言ってます」
怒ったように言う小菊の言葉に、虚をつかれた。
いま思えば、客の相手をするよりもカカシの席でのんびりと三味線を爪弾いているほうが、余程、楽だというのがわかるのだが、あのころは、まだ自分も考えが足りなかった。
いくら揚げ代を払っているとはいえ、そうそう引き止めていたのでは人気にも触るなどと、いっぱしの大人を気取っていたのだ。その思いあがりを、小菊は打ち砕いた。
「いい……商売じゃない?」
「はい」と、小さく答えてうつむいた小菊の、まだ子ども子どもしたうなじのたよりなさを、カカシは今でも覚えている。

「そうだね〜。朱緋ねえさんのお願いじゃ、無碍にもできないね」
「ええ、ぜひ。お待ちしています」
と言いながら、用心棒は意味深な視線を送ってきた。
“あっ”とカカシが気づいたときには、もう彼は背を向けている。
カカシは己のうかつさに、再度、後ろ頭をカシカシとかいた。
――いくら、小菊ちゃんの水揚げ間近だからって、それだけであのねえさんが、あいつを遣いに寄越すはずがないじゃないか。
そう、何か、別の用事、それも、忍としてのカカシを必要とする用事があるのだ。
カカシを狙う刺客たちが、結果的に遊郭に迷惑をかけたときも、決して、元凶となったカカシを責めることのなかったひとたちだ。彼らが、カカシの力を求めているとしたら、それは余程のこと。
――あ〜。オレの勘も鈍ったなぁ。こういうのも、色ボケっていうのかも。
自分に恋人ができて満たされているから。
かつて刹那であれ、自分を慰撫してくれたひとたちを忘れるなんて……。
カカシが遊里に足を運べば、おそらくそれは噂となり、いずれテンゾウが里に戻ったときに耳にも入るだろう。
でも、テンゾウはきっとわかってくれる。話せば、きっと。
「じゃ、チャッチャと行ってきますか」

*    *    *    *    *

「いやぁん、このひと、好み〜」
あまったる匂いをさせた、限りなく全裸に近い女性に抱きつかれ、テンゾウは硬直した。
空気も悪いし、酒も混ぜ物がしてあっておいしくない。
それに何より、意味不明の騒々しい音楽とチカチカする照明に頭が痛い。
だいたい、なんだ、あの、じゃ〜ん、というドラのような音は。そう思ったとき、
「お客さんたち、ラッキー。サービスタイムよ!」
と言うなり、自分の股間に顔を埋めた女性を、テンゾウは突き飛ばさん勢いで引き剥がした。
「な、な……」
「え? 知らないのサービスタイム。あたしたちが、お客さんにお口でサービスしてあげるの」
おくち? え〜!? と叫ぶや、テンゾウは長椅子の端に身を寄せた。
そんな彼を、部下の二人がゲラゲラ笑って見ている。
「だめだめ。このひと、カタブツでね」
よりによって、なぜこの店なんだ? と思わずにらみつけたテンゾウに、彼らは肩をすくめる。
まあ、自分にはカカシという恋人がいるが、こいつらはそうじゃない。普段、あれこれたまった鬱憤も、遊里で発散してきたのだろう、と思うと、怒るわけにもいかない。
が、しかし。自分は困る、非常に、困る、とテンゾウは思った。
だいたい、この状況では、まず勃たない。相手の女性も欲情しているのではなく、商売としてサービスしようとしているだけなのだ。だったら、百%無理だ。
万が一、相手が欲情していたとしても、自分は応えるわけにはいかない。
「ごめん、ボクはいいから」
そう言うと、彼女は困ったような顔をした。
「だって、ちゃんとサービスしましたって証拠をみせなくちゃならないの」
「証拠?」
「だからぁ! 男のひとのアレ。おしぼりに吐き出して、ちゃんとフロアマネージャーに見せないと、だめなの!」
ああ、ええと、う〜ん。
テンゾウは二人の部下を見た。
ああ、きっと、後々言われるんだろうな、と思う。思うが、それはそれでいい。だいたい、いまでもくの一の間では、不能だなんだと噂されることもあるのだ。
それで、軽んじられるとしたら、自分がそこまでの男だった、ということだ。
テンゾウは、そう腹を括った。
「ボク、EDなんだ」
「いーでぃー?」
「つまりその……勃たない病気」
えー! と言った女性は、席を立つと走って行った。おそらくフロアマネージャーとやらの元に、報告にいったのだろう。
テーブルを挟んだ向こうの席で、二人の部下が一瞬、目を見開いた。が、彼らの意識はすぐに、下半身に向かったらしい。
テンゾウは、テーブルに札を数枚置くと席を立った。

――疲れた。
ここ最近、こんなに疲れを感じたことはない。
――先輩。
今回、任務前に会いに行ったとき、カカシはテンゾウの任務内容を、だいたい言い当てた。ということは、彼自身が何度もこういう任務を経験したということだろう。
――先輩も、部下を引き連れて遊んだりしたんでしょうか?
でも、カカシならきっとスマートに遊んで、部下からのさらなる尊敬を勝ち得たりするのかもしれない。
そう思うと、疲れが倍増した。
――ああ、イナダが、なんか相談があるって言っていたっけ。
テンゾウは、夜でも明るい店に入って行った。こういう店のなかには、酒類を扱っているところとそうでないところがあるのだが、ここは扱っているほうだったようだ。
缶ビールと、つまみになりそうな惣菜をカゴに放り込んで、レジに並ぶ。
「そういえばさ、そろそろヤバイんだってな」
雑誌コーナーで立ち読みでもしているらしい声を、テンゾウの耳が捉えた。
「らしいな。でもさ、今さら死にそうだからって、なにがあるってんだろうな」
「ああ、国主が死んでも、別に変わらないだろう?」
「現状維持で行くんだろう?」
「だろうな……」
ふう、とテンゾウは息をつき、レジ店員に金を渡した。
国主が病に臥せっていることは、いろいろなひとの口の端に話題として上る。
が、だいたいの意見は「大勢に影響なし」で終わっている。
それよりも庶民の関心は、今日の晩御飯だったり、明日のデートの首尾だったり、仕事上のあれこれだったりする。
今回の任務のために借りた部屋に、戻りながら、夜空を見上げた。
湿った空気は星を隠す。それに、大気もだいぶ汚れているようだ。
――先輩、どうしていますか?



2007年06月17日(日)
百年の孤独 1


「あっつー」
道行くひとが、呟くのが聞こえる。
海に向かって開かれた土地は、木の葉の里よりももっと湿度が高く、遮るもののない太陽の熱が容赦なく地を焼き、その熱が気温を上昇させる。
「隊長、暑くないですか?」
テンゾウも暑いと思ってはいたが、
「ボクは大丈夫」
自分よりベテラン暗部の隊員に尋ねられ、思わず見栄を張ってしまった。
そよと濃い緑の葉を揺らす風は、潮の香りがする。
「俺は早く交代して、冷たいビールに刺身で一杯やりたいですよ。この国、魚の鮮度に関しては、木の葉の比じゃないですから」
ベテランの言葉は「そう肩肘張らずに」と言う代わりの労いなのだろう。しかし、思わずひんやりしたグラスの感触を思い出し、テンゾウは余計に暑さを覚えた。
――これが先輩だったら。
あっついね〜、テンゾウ。あ、ねえ、アイス買ってきてよ。
だめです、今は任務中。
大丈夫、何も動きないから。ね、アイス。
……。
あ、無視した。隊長自らアイスを買いに行け、と、テンゾウはそう主張しているのね。
いえ。アイスは忘れてくださいと主張しています。
え〜。だって、暑いでしょ? テンゾウも暑いでしょ?
夏は暑いのが当たり前です。
ね、ちょうどあそこにアイス屋さんがいるから。
――アイスボックスを抱えて「アイスキャンデー」ののぼりを背負った男の姿があって、よく見たら、それが探していたターゲットだったんだったよなぁ。
ふと遠い目になったテンゾウの目の前に、チチッ、と、鳥が飛んできた。
伸ばした指先に止まるとふわりと煙に包まれ、文書に変わる。
「警務部隊のほうにも、動きはない」
テンゾウの言葉に、年上の暗部は頷いた。

病に倒れ余命いくばくもない国主から息子への政権移譲が滞りなく行われるよう治安の維持に努める、というのが、今回の任務だった。
火の国と防衛関係の契約を結んでいるため独立した軍隊を持たないこの国の緊急時には、火の国の軍隊が派遣されることになっている。
が、そうした関係を好ましく思わない者もおり、政権交代に乗じて事を起こす可能性もあった。
事実、火の国との防衛関係を争点に国政が荒れたことも過去には何度かある。最近では、若手を中心とした革新派が暴動を起こしかけたこともあった。
ただ、何も事が起きていない時点で軍隊を派遣することはできない。だから、こうして木の葉の里に依頼がきたのだ。
すなわち、これは隠密裏の任務。故に、暗部が動員されたのだ。
テンゾウたちは、SPにも悟られないように、ひそかに国主の邸宅を見張っている。
邸宅と言っても、火の国やその他の大国のようにだだっ広い敷地に立つ豪奢な建造物ではない。
火の国なら、中程度の大名の屋敷ぐらいのこじんまりしたものだ。
残るふたりは、この国の治安を担う警務部隊の本部を探っている。何かあれば真っ先に動くのが、国主の邸宅とこの部隊だからだ。
それを5時間ずつ、4個小隊の4交替で務める。テンゾウは第2小隊の隊長だ。
一度、警備を離れれば次までに15時間あるわけだが、その間に睡眠もとらなくてはならないし、市井の人々にまぎれて情報収集もしなければならない。そして実は、この情報収集がやっかいだった。

明確な敵はいない。しいて言うなら、社会に対する漠然とした不満や不平だ。
普段は空中を浮遊している不穏な空気が、国主の病という機会を得て、川の流れのよどみにゴミが溜まるように一箇所に集まるのは、よくあること。そして、それは間違いなく悪意や敵意といった形を成す。
これを未然に防ぐ、つまりはっきりしたターゲットのない任務なのだ。
明確な敵があって動く場合とは、まったく異なったスキルが求められた。
だからテンゾウたちは、慣れないスーツなる衣装を身に纏い、飲み屋であれこれ交わされる愚痴や噂話を聞いたり、年寄りに変化して早朝の散歩をしたり病院の待合室に居座ってみたり、小さな子どもを連れた女たちが集まる午前中の公園に潜んでみたり(あまりあからさまに潜むと不審者と間違えられるので要注意)、若作りして夜でも煌々と明かりの灯る店の前にしゃがんでみたり、定食屋を小奇麗にしたような店(ファミレスというそうだ)に陣取ってみたり……。
戦闘時のような凄惨さはないが、神経を使うという点では戦闘時よりも過酷と言えた。
テンゾウは西の空をみやる。夏の沈むのが遅い太陽は、まだ燦々と輝いているが、近隣のオフィスビルからは、そろそろ仕事を終え帰宅する者たちの姿が見られた。
「今日は、居酒屋コースですかね」
ベテラン暗部の声に、テンゾウは頷いた。時間的に自分たちが警備を交代すると、この街の人口の大半を占める勤め人が1日の仕事を終える時間帯になる。
この隊では、隊長であるテンゾウと目下別働の2名は若手だ。だから、一緒に動くとしたら、彼には多少若返りの変化をしてもらうか、上司とその部下といった役どころを決めなければならない。
だが、この彼が、それを多少、窮屈に思っていることを、テンゾウは感じ取っていた。
――カカシ先輩だったら……。
「一人で動きますか?」
「しかし……諜報は」
「ツーマンセルが基本」
セリフの後半を奪い、テンゾウはベテランを見た。
「ですが、戦闘時でもなければ、戦闘を警戒しなければならない状況でもありません。何かあれば式を飛ばしてください。ただし、目立たないように。それで充分だと思います」
――そう、カカシ先輩だったら。
基本は基本。ただし、それに縛られると、効率的に動けなくなる。
そう言って、イレギュラーな組み合わせで部下を動かすことも、ためらわなかった。
「差し支えなければ、そうさせてもらいます」
テンゾウは頷いた。
――残る二人は、このベテランをうっとおしがっていたから、今日は、多少の我がままには目をつぶろう。
腐っても暗部。たとえ、若い女にばかり目がいっていたとしても、忍としての本来の任務まで忘れるようなことはないだろう。ここは、部下を信じるしかない。
本筋を忘れさえしなければ、少々の不都合には目をつぶる、何かあればボクが責任を取る……とテンゾウは自分に言い聞かせる。
――先輩はいつも、そうやってきていた。

こうして、自分が小隊の長という立場に立って初めて、カカシの言動のあれやこれやが、ストンと胸に落ちてくる。
みな、任務だから不満はあっても我慢する。そして、我慢してもらわないことには任務が立ち行かない。
しかし、大勢に影響のない範囲で多少の融通をきかせるのもまた、隊長の裁量のひとつなのだと、テンゾウは今回、思い知った。
自分が部下でいるときは、「だから、先輩は甘いんです」と文句を言ったものだが。
特に、こういう神経戦のような長期任務で、ある程度の羽目はずしを大目に見ることが、何よりも隊員の精神面でのリフレッシュに繋がっているのだと、実感した。
訓練されてはいても、暗部もまた人間だ。任務に支障をきたすことはなくても、ストレスは軽減させておくに限る。
緊急事態になったら、そんな悠長なことは言っていられなくなるのだ。そうなった場合も想定して、なるべく個々の状態をベストに近いレベルで保っておくのは重要事項のひとつだ。
『テンゾウは真面目で、力もあるからね。こういう事態もなんてことないだろうし、部下がみんなテンゾウみたいなのばっかりだったら、とっても楽だとは思うけど。ま、暗部と言っても、いろいろだから』
カカシの言葉が脳裏を過ぎる。
――そうですね。ほんと、いろいろです。
そして、いろいろだから、うまくいくのだとも思う。
みながみな、自分のような男ばかりだったら、それはそれで、支障がでるだろう。
そもそも、どの生物も同じ種内で個体差があるのは、多様性が子孫を残すために必要な要素だからだ。
カカシは、テンゾウのように理屈で考えて答を導き出すのではなく、おそらく幼いころから忍として生きる中で、無意識にそういった諸々の知識やスキルを身に付けてきたのだろう。

「交替」
時間が来て、第3小隊の隊長を務めるイナダが、テンゾウの隣に降り立った。
「了解。異状なし」
真面目な顔で頷いたイナダは、一呼吸おいた後、そっとテンゾウに耳打ちした。
「悪い、この警備が終わったら、相談、のってくれ」
テンゾウは頷いた。暗部4個小隊16名は、それぞれ仮の身分で、マンションやホテルに滞在している。
5時間後……としたら、ビジネスのために長期滞在しているという名目で借りた、短期契約マンションの一室に戻っているころだろう。
「たぶん、部屋にいると思う」
「わかった」
大雑把な割りに勘の鋭いイナダが今回の任務に加わっているのは、納得のいくところだ。隊員たちも、親分肌でサッパリした気性のイナダに、好感を持っていたようだが、と思いながらテンゾウは、その場を立ち去った。
――何か、あったのか?
首をかしげながら集合場所に着くと、隊員二人が既に待っていた。
「あれ? おっちゃんは?」
テンゾウより少し若いこのふたりは、ベテラン暗部を影で「おっちゃん」と呼んでいる。親しみを込めているのかもしれないが、プライドの高いベテランには逆効果だ。
「単独を依頼した」
ふうん、と言いつつ、顔を見合わせる。
「だったら、隊長。今日は、ほら、あそこ、行きましょうよ!!」
短冊街を10倍いかがわしくしたみたいな街は遊里とも異なっていて、しかし男を楽しませる仕掛けのある店が並んでいた。
「任務だってことを、忘れてないだろうな」
テンゾウは釘を刺すが、彼らは「もちろん」と胸を張る。
「だって、不満鬱憤はこういうところに溜まるんですよ!」
確かに、とテンゾウも頷いた。たとえ部下の詭弁だったとしても。あの街は不満鬱憤の掃きだまりではあった。



2007年06月13日(水)
百年の恵み 後


出発前に、一度だけでも。
そう思った自分に、テンゾウは呆れた。
一度ですむはずがないのだ。
抱き合ってしまえば恋しさはより募り、離れがたい想いもまた強くなる。
一度、身を任せ、理性のタガを外してしまったカカシは、きっと際限なく求めてくるだろう。
クールに見えて情に篤い男だ。相手を恋うる気持ちも熱く、性にも貪欲なのだと、テンゾウは付き合うようになって知った。
そんなカカシだからこそいとおしく、拒むことなど思いもよらない。
しかし、さすがにそれでは明日からの任務に差し障るだろう。

今回の任務を拝命したとき、まっさきに思ったのは忍としてあるまじきことではあるが……カカシのことだった。
もともとカカシには常に華やかな浮名が付いて回っていた。だから、自分が里に戻ったとき、いままで自分がいた位置にだれか別の者がいることもありえる。
その可能性に、初めてテンゾウは思い当たり、そして不安になった。
ようやく、恋人らしい付き合いができるようになってきたのに、白紙に戻ってしまうのか。
そう思うと、落ち着いてなどいられなかった。
急いで、しかし完璧に整えた装備一式を担いで、カカシの部屋に向かった。
短くても一ヶ月、長ければ……3ヶ月かあるいは、半年か。
自分が里を離れることを告げれば、カカシは寂しがるだろう。
絶対に、表に出すことはないが、寂しがる。どうやって宥めようか。
歩きながらテンゾウは、そのことばかり考えていた。
しかし、ドアを開けたカカシは見事に“先輩”で“隊長”だった。恋人としての寂しさは内に隠し、小隊長という大役を担った自分を励まし、アドバイスを与える。
凄い、と思い、同時に、物足りないとも思った。
そして、テンゾウは気づいた。
自分はカカシに愁嘆場を演じてほしかったのだ。
そうやって、自尊心を満たし、恋人であることを実感したかったのだ。

「よし。テンゾウの壮行会をしよう」
黙り込んだテンゾウの気持ちを引き立たせるように、カカシが明るい声で言った。
「三ヶ月だろうが、半年だろうが、一年だろうが、オレの小隊は替わりの人員補充なし、って、三代目にも言っておいたのよ。鳥面と虎面にはまだ話せないから確認してないけど、スリーマンセルで頑張ろうって言えば、わかってくれると思う」
つまりそれは、“待ってるよ”ということ。
「まあ、分隊単位のときは、だれか臨時で来てもらうかもしれないけど。あくまでも、臨時だから」
「……先輩」
テンゾウは言葉を失い、ただカカシを呼んだ。
カカシの隊に来たいという輩は大勢いるだろう。
たとえ、短期間の補充人員だったとしても、そこで認められれば正式な所属になる場合もある。
「テンゾウのポジションはテンゾウにしかできない。中途半端だったら、いっそいないほうが、こっちも楽だしね」
仕事の話だとわかっていても、カカシのその言葉に恋人としての気持ちも込められている、と思いたくなる。
「はい。ありがとうございます」
「さ、壮行会、壮行会。急だから、立ち飲み屋でいい?」
テンゾウは頷いた。
きっと部屋で飲んだら、歯止めがきかなくなる。それをわかって、カカシも外に誘ったのだろう。

「おや」と店の前を掃いている女主人が、二人を見て笑った。
「ごめん、店、まだ?」
「いいええ。今、暖簾を出そうとしていたとこですよ。口開けのお客さんが兄さんたち、ってのは嬉しいですね」
「嬉しい?」
「そりゃ、あたしだって女ですから。おっさんより若い男がいい、ってことですよ」
からからと笑いながら、女主人は引き戸を開け、暖簾を引っ張り出した。
軽口は、開店準備中にやってきた客に気兼ねをさせないためだとカカシもテンゾウもわかっている。
「お手伝いしますよ」
暖簾の両端を持ち、鉤手にひっかける。
「ありがとうございます。さ、どうぞどうぞ」
電気を点けカウンターに入り、手を洗う女主人にカカシが声をかけた。
「こいつがね、初の長期出張なの。だからね、今日は壮行会」
「それはそれは」
言いながらテキパキと動く。狭いカウンターのなかで無駄なく動き回る彼女を、元くの一かと思ったこともあるのだが、違うらしい。
「はい、お通し」
賽の目に切ったマグロの漬けに山芋、もみ海苔、生山葵。
「あ、やまかけ」
目を細めるカカシに、テンゾウも思わず笑顔になった。
「さて、なんにしましょ」
「明日、早いから……」
言いながら棚を見る。と、女主人はポンと手を叩いた。
「そうそう、いいのが入荷したんでした」
そして一度、奥に引っ込んでから緑色のボトルを手に戻ってきた。
足つきの細長で小ぶりなグラスに、注ぐ。
ほんのり甘みのある、度数のそれほど高くない酒は、二人にとってまるで清涼飲料水のようだ。
「へえ」
カカシも知らなかったようで、一口含んで味わい、それからコクンと飲み干す。
「なんでも、白樺の樹液を発酵させてつくるんだそうです」
「樹液」と、カカシとテンゾウの声が重なった。
「ええ、なんだか、この里に似合った酒でしょ? 味のほうは、びっくりするほどおいしいってわけじゃないですけど、素朴な感じで悪くないと思うんです。それにね、樹齢百年の白樺から樹液をとるらしいんですよ。なんだか、おめでたいような気がして」
一応、ふたりとも忍であることは伏せている。たいがいバレバレなのだろうが、女主人も客も知らない顔でいてくれるのが、ありがたい。
そして“出張”というのが、里外の任務だということも、おそらく女主人はわかっているのだろう。
だから、この酒を出してくれた。
まさか、テンゾウの使う術までは知らないだろうが、木の葉の里を思わせる“樹”を原料とした酒は、「どうぞ、ご無事で」と言う代わりのはなむけ。
「それにしても、よく、こんな酒、見つけてきますね」
心底、感心したカカシの声に、女主人は「そりゃ、酒屋ですから」と笑った。
どことなくカカシと相通じるものを女主人に感じながら、テンゾウは「お代わり、いいですか?」と尋ねた。
「もちろん。明日に触らない程度に、じゃんじゃん飲んでください」

小一時間ほどたったころ、ピィと鳥の声が聞こえた。「ちょっと失礼」とカカシがさりげなく、店の外に出る。
「兄さん、お茶漬けでも作りましょうか?」
確かに小腹もすいてきていたが、外の様子が気になり、テンゾウは曖昧に頷いた。
女主人はそんなテンゾウにふと優しい眼差しをくれると、奥に引っ込む。
同時に、引き戸が開き、カカシが戻ってきた。
「緊急の呼び出し」
カカシが囁く。
「ごめーんね」
「いえ。充分、励まされました」
ニコッと微笑むのに、「単独ですか?」と尋ねる。店内に、まだ他の客はいないが、どちらの声も互いにしか聞き取れないほど低い。
ん、とカカシが頷く。
ドックンとテンゾウの心臓がはねた。危険な任務じゃないだろうな、とカカシをみやる。
「だいじょーぶよ。酒屋で飲んでるとこに来たんだから。だいたい、アレじゃ酔わないし」
そう言われても、心配は消えない。おまけに自分は明日、発つ。
「先輩」
女主人が奥に引っ込んでくれているのをいいことに、テンゾウはカカシを抱き寄せた。
「ボク、ちゃんと任務を終えて戻ってきます」
ん、とカカシが答える。
「元気で、いてください」
ん、テンゾウもね、と小さな声が答える。
テンゾウはカカシの身体を少し遠ざけ、顔を見る。
いつもどこか眠そうな濃いグレーの右目、眼帯で隠した写輪眼、淡く朱を掃いたような薄めの唇……。
再度抱きしめ、そっと重ね、触れるだけのキスをする。
腕のなかで戦く体が、いとおしかった。
名残惜しさを断ち切るように身体を離したとき、女主人が奥から戻ってきた。
「オレ、先に失礼します。コレで、あとはよろしく。足りない分は、後日」
カカシが差し出した何枚かの札を受け取り、彼女は「これじゃ、お釣りがきます」と笑った。

結局、テンゾウはその後、鯛茶漬けを食べ、店を出たところで、カカシの部屋に荷物を置いていたことを思い出した。
「あっちゃー」
チャクラ装備の合鍵はもらっているのだが、なんとなく後ろめたい。
意味もなくこそこそと部屋に入ると、隅においたはずのテンゾウの荷物がドンと玄関の上がり口に鎮座していた。
『いってきます&いってらっしゃい』
簡単明瞭なメッセージと“へのへのもへじ”が書かれた紙が、ペラリと貼り付いている。
「先輩」
なぜか、胸が詰まった。
テンゾウは、“へのへのもへじ”に向かって、深く礼をした。
「いってらっしゃい……そして、いってきます」



<了>


百年の恵み
中国の黒竜江省で作られる。アミノ酸、ビタミン、ミネラルが豊富な白樺の樹液を原料とする。度数はちょうどワインや日本酒と同じぐらいの12度程度。



2007年06月12日(火)
百年の恵み 前


テンゾウに特別召集――隊長であるカカシのもとに届いた報。
そろそろかな、とは思っていた。むしろ彼の能力値を考えると、遅かったと言ってもいい。
本人は火影の元に赴いているはずだ。
「さて、と。テンゾウは来るかな?」

任務内容に応じて、特別に隊を編成するのは珍しいことではない。諜報や治安といった、戦闘以外の活動比重が高くなる中期程度の任務の場合、ほとんどが特別編成だ。
ベテランを各小隊に一人ずつ置き、若手に小隊長を経験させたりすることも、まま、ある。要は、この機会に若手のスキルアップを図ろうというのだ。
今回、テンゾウは小隊をひとつ任されるらしい。
彼の資質を考えれば、いずれ暗部のトップに連なる可能性も高い。
術に対する能力も高く、チャクラの量も充分。何より、精神的なバランスがとれている。
容易に周囲に流されないのは、もともとの性格なのか、特殊な出自によるものか。
それを今さら問うてみたところで意味はない。
馴れ合いを好まないのを、ひと嫌いと受け取られ戸惑っていたテンゾウに、孤立と自立の違いを教えたのは、カカシだ。そういう性質なのだとのみこんでしまえば、存外、根は素直だ。
今のところ、カカシの隊では他のメンバーと協調し、時に支援し、時に援助され、うまくやっている。
分隊で動くときのコツものみ込めてきたようで、臨機応変に対応できるようにもなってきた。
だから、三代目から問われたとき、カカシは答えた。
「多少、人見知りな面はありますが、観察眼には長けています。何より、仲間の意味をわかっている。だから、小隊長ぐらい、余裕で務まります」
三代目は、やや目を見開いてカカシを見た。
「気難しいおぬしが太鼓判を押すとは、のう」

自分は、言われるほど狭量な男ではないと思うのに、ともするとカカシは気難しく見られがちだ。
12,3のころまでは、確かに気難しく融通の利かない人間だったとは思う。
才もなく、言い訳ばかりの輩には、本気で腹が立ったものだ。
才はあるのに、開花させるすべのない輩にも腹が立った。それが、八つ当たりだと気づいたのは、少し成長してからだったが。
今では、初対面の相手にもフレンドリーに接するよう心がけているし、後輩の面倒も見ていると思うのだが、他人からの評価は、微妙に違っている。
他人の目などどうでもいいが、部下を育てるつもりがないと思われているのは、いささか心外だった。
確かに、カカシの部隊に配属される若手が、華々しい戦績をあげたといって注目されることはほとんどない。
しかし、今回のテンゾウのように特別編成の隊に配属されたり、カカシの隊を離れ、別の隊長の元についたりしたときには、目覚しい活躍をする。
そしてそれを、カカシという天才がいるから、その下では才を発揮できないのだと思っている輩も多い。
カカシに言わせれば、オレごときにビビるようなヤツはオレの隊にはいらない、みんなオレを越えて行け、と思っているし、そうなるべく接している、とも思う。
そして、実際、カカシの隊に配属になった者たちは、めざましい成長を遂げている。
ただ、周囲が気づくのは、本人がカカシの隊を離れてから、なのだ。
そのことが、カカシには不思議でしょうがない。状況を分析すれば、わかることだろうに、と思う。
自分たちの任務のどの部分をだれが担い、その結果どうなったのか、そんなものは、報告書を見ればわかる、と。
だれがだれをサポートしたのか。あるいは、だれが道を切り開いたのか。
報告書に戦況がきちんと記されていれば、それらは自ずとわかる、と考えている。
事実カカシは、多少不備のある報告書からも状況を正確に読み取る能力がある。
だから、他人も同じように読み取れると、つい思ってしまう。
そして、はたけカカシの名がどれだけ先入観を与えているのかも、よくわかっていない。
実績をあげても、「あのカカシの隊だから」と言われ、個々の能力値にまでみなの関心が向かないなど、カカシは思ったこともないのだ。
なぜ、と首をかしげ、ときに歯噛みさえするカカシの思いを理解できるのは、カカシの隊に配属された者だけだった。だからこそ、部下には慕われる。カカシの元を離れても、みな、カカシを敬愛する。

「へえ。オレが太鼓判を押すまで、だれもテンゾウの能力を評価してなかったんですか?」
つい皮肉っぽい言い方になったのは、テンゾウを自分の隊に貰い受けたときのことを思い出したからだ。
前に所属していた隊で半ば孤立していたのは、彼を使いこなせなかった隊長の責任だ。
ハードルを高くすれば高くするほど、高みに向かって飛翔する。テンゾウは、そういう男だ。
それを己の矮小な価値観に押し込めようとするから、持て余す。そういう男の下では、もったいないと思った。だから、放り出されたのを幸い自分の隊に引き取った。
「いや、そんなこともないが……」
苦笑する三代目には、そんな状況などお見通しだったのだろう。だから、カカシがテンゾウを自分の隊に、と申し出たとき、あっさりと許可したのだ。

そんな三代目とのやりとりを思い出していると、わざと露にしているテンゾウの気配が近づいてきた。
「はい、どうぞ」
ドアを開けると「お邪魔します」と入ってくる。私服姿で荷物を持っていた。
「中期の任務が入りました。明日、夜明け前に出立です」
部屋にあがる前に、テンゾウは律儀に報告する。
「うん、聞いてる」
部隊のメンバーがひとり抜けるわけだから、隊長にも連絡がいくことに気づいたらしい。
「そう……ですね」
部屋にあがり、荷物を隅に下ろすテンゾウは、元気がないように見えた。
「早ければ一ヶ月。長引けば三ヶ月ぐらいになるかもしれません」
「うん。それも聞いてる。三ヶ月を越えるようだったら、入れ替えがあるんだって?」
「はい。でも、ボクはもしかしたら居残りかも」
「小隊長だって?」
テンゾウは頷いて、荷物を振り返った。
「比較的……温暖な地域のようです。でも、雨が多いのかも」
行き先や詳細な任務内容は、まだこの時点では告げられていない。揃えるように指示された装備の内容から予想するだけだ。いつもより饒舌なのは、内心、不安なのかもしれないとカカシは思う。
「部隊の顔あわせは?」
「いえ。出立前だそうです」
「ふうん。じゃあ、治安が中心だね。そう、危険な任務でもないと思うよ。気は使うかもしれないけど。移動途中で、個々の能力と万が一の時のフォーメーションを確認する機会が設定されるはずだ」
「移動途中……ですか」
「テンゾウは小隊長だから、出立前に隊員のプロフィールは知らされる。で、移動中にその辺を確認しつつ、個々の性格とか相性とか考えてフォーメーションのパターンを考えておくといいよ」
「はい」と答え、テンゾウはカカシの言葉を脳内で繰り返してでもいるようにうつむく。
「大丈夫。いつもどおりやっていれば」
顔をあげたテンゾウは、ひどく生真面目な顔で、また「はい」と答えた。
「もしかして……緊張してる?」
首を傾げるように覗き込むと、ようやくテンゾウの表情が動く。苦笑でも、この際、強張ったままの顔よりは、よほどましだ。
「大丈夫だって。なんのために、オレの隊にいるのよ」
釈然としない、という表情に、
「オレがいっつもするようにやってれば、大丈夫」
と冗談めかして言うと、眉間にシワが寄る。
「無茶して突っ込んで、チャクラ切れ起こすんですか?」
「あのね。どうしてそういうところにばかり目がいくわけ? オレ、そんなにダメ隊長なの?」
「あ、いえ。すみません。いつも気に掛けているもので、つい」
はぁ、とカカシはため息をついた。
「ま、自分を信じなさい。おまえなら、やれるから」
はい、とテンゾウは答え、それからぎこちない笑顔を見せる。
内心で、カカシはため息をついた。
普段、どちらかというとふてぶてしいほど落ち着いているのに、どうしたと言うのだろう。
前にいた隊を放り出されたときも、みじんも騒がず、それがまた隊長の神経を逆なでしたものだ。
そのテンゾウが、と意外な気もする。

当の本人は、何か言おうとして口をつぐみ、それから視線を斜め上に移動させた。
うまく言葉が見つからないのか。あるいは、言うべきかどうか、迷っているのか。
「何?」
問いかけると、テンゾウがカカシを見た。
ひた、と黒目の大きい目がカカシを捕らえる。
ドキリとするほど、真剣な眼差しだ。
しばらく会えないのだとカカシは思った。
なるべく、そこから目を逸らしていたかったのだが、一度、捉われると逃れられない。
会えない。その言葉を胸の内で繰り返す。焦燥感にも似た、感情のさざなみが広がっていく。
この深淵を思わせる目も、自分を抱きしめる腕も、熱を伝える肌も、しばらくの間、手の届かないところに行ってしまう。
つまらない、と思う。そして、寂しい、とも思う。
気づくひとは少ないが、カカシの本性はかなりの寂しがり屋だ。
ただ、それを宥めたり、ごまかしたり、飼いならしたりする術を知っているだけの話なのだ。
――でも、寂しいものは寂しいよね〜。
しかし、今ここで自分が「寂しい」とでも言おうものなら、きっとテンゾウは心配する。それが、任務に影を落とすかもしれない。
恋人だけど。離れているのは寂しいけれど。
――オレは先輩なんだものね。
明日の早朝と言っても、いまはまだ夕刻。
夏に近い空は、まだ昼間の青さを残している。
――一回ぐらいだったら、大丈夫……かな。
思わずテンゾウに向かって伸びようとする手を、カカシはこぶしを作って、留めた。
――だめ、だ。小隊長の集合は、隊員の集合より早いんだ。
「よし。テンゾウの壮行会をしよう」
カカシの言葉に、テンゾウが目を見開いた。



2007年06月09日(土)
九夜十日 ―後―


先生、師、導く者。
そういう存在がイタチにはいなかった、とカカシは言う。
子どものころのイタチの修行は、当然のごとくうちは当主がみていたのだろうし、アカデミーにも通っている。
「先生」的な存在、「先生」と名のつく者はいただろう。
しかし豊かな才に恵まれたイタチに、カカシに対して四代目がしたような厳しさで接した者はいただろうか。
そう考え、テンゾウは否と答を出す。
己を厳しく見つめることを教えるのは難しい。
そして、暗部に配属になっても、うちは一族の後ろ盾のあるイタチに厳しく当たる者はほとんどいなかった。
やっかみ半分で冷たくあしらったり、邪険にしたりする者はいたが。
「オレも、そういう存在にはなれなかった……」
淡々とカカシは呟いた。事実を事実として述べている、とでも言うように。
それだけに、無念さが、歯噛みしたくなるほどの悔しさをカカシが抱いているのが、テンゾウにはわかった。
「あのとき、イタチは助けを求めていたのかもしれないのに」
「あのとき?」
「出発前」
ああ、あの意味不明の会話かと思い出すた。
「イタチが事を起こした夜――満月だった」

「満月までに、戻られますか?」
イタチはそう聞いてきた。
今思えば、まるで自殺者が自分を止めてくれとサインを出すような……。
でもそれは、事の終わった今だから、気づくことができる。
「止めて……欲しかったと?」
「わからない」
カカシは首を振った。
「でも、満月の夜を決行日に決めていたことは確かだ」
きっと、そうなのだろう。その日のカカシの予定を知りたがってでもいるような口調だったから――というのも、いまだから思うことだが。
「先輩が里にいたら、決行できないと思っていたんでしょうか?」
「まさか。オレに知らせが来る頃には、すべて終わってるよ」
あの日、あの問いを発してから、九夜めに事を起こすまで、イタチは何を考えて過ごしたのだろう。
あの夜――移動に3日、任務達成に4日、そして帰還途中の2日目の夜――。
だれにも大きな怪我もなく、明日の夜は里だ、と、安堵しつつ野宿をしていた。
イナダが見張りのひとりだったから、テンゾウは眠気覚ましのコーヒーを差し入れて、少し雑談した。
「カカシさんが隊長の任務は、やりやすいなぁ」
そんなことを言うイナダに、自分が褒められたようで嬉しくなり、同時に、そんな自分が恥ずかしくて黙っていると、
「なんだよ、おまえ。いつもだったら、そこで隊長自慢が始まるのに」
と言われ、テンゾウは驚いた。
「そんなに、隊長のこと自慢しているか?」
聞き返すと呆れられた。
「してるしてる。おまえ、自覚ないの? ヤバイってそれ。まるで惚気みたいだぜ」
指摘され、ギクッとひきつると、
「ま、自慢したいのもわかるけど。あの、カカシさんだもんな」
イナダはのんびりと、腕を上空に伸ばした。
「見張りやってると、肩こるよなぁ」
鋭いくせに大雑把なイナダの性格には、ほんとうにいろいろ救われている、などと思いながら、テンゾウも空を見上げた。
闇夜にぽっかりと穴が開いたかのような満月が見えたのを、鮮明に思い出す。
何の予感も、予兆も感じなかった。
「先輩は、何か感じたんですか?」
回想に身をおいたまま問いを発したのに、的確な答が返ってきた。
「うん。今年はじめごろからムズムズしていた感じが、あの夜、なんかすごく強くってさ」
そういえば、見張り位置から戻る途中、ぼ〜っと木の枝に座っているカカシを見かけた。
いつものことだったし、周りにはほかの隊員もいたから、テンゾウはそのまま自分の寝場所に戻ったのだが。
「ムズムズって……ああ、そういえば、なんか近いうちに何かあるんじゃないか、みたいなこと、言ってましたね」
まだ付き合い始めて間なしの、まだ寒い季節。そんな会話を交わした。
「予想外の敵襲……ううん、あの九尾の夜みたいなことがあるのかな、とか、いや、九尾のときはこんな感じじゃなかったから違うか、とか。そんなこと考えていたら珍しく寝付きが悪くてね」
まっすぐ前を見たまま、カカシは付け加えた。
「あの夜、だったんだ。オレはまた、気づけなかった……」

このひとが慰霊碑の前で過ごす時間が、また増えるのだ。
そう思うと、テンゾウはたまらなかった。
何もかもを背負えるわけ、ないじゃないですか。
胸倉を掴んで、そう言ってやりたい。
でも、きっとカカシは寂しそうに笑うだけだとわかっているから、言わない。言えない。

「帰りましょう。ボクが腕を振るって、おいしいもの作ります。何かリクエスト、ありますか?」
「んー。魚」
まだ、イタチのことにとらわれているのか、反応がいまひとつだ。
「焼きますか、煮ますか、それとも、生?」
畳み掛けるように問うと、カカシが首を傾げた。
よし、真剣にメニューを考え始めた。あと一息。と、テンゾウは気合を入れる。
「魚屋寄って帰りましょう。カツオが安くなってましたよ、確か。トロカツオ、秋刀魚には負けますけど、おいしいですよね」
うん、とようやくカカシの目が輝く。
「カツオだったら、タタキがいいな」
「了解!」
「あ、あとね、前に長芋を短冊に切って山葵醤油で食べたでしょ? あれ、食べたい」
「じゃ、八百屋にも寄りましょう」
「あ〜、おなかすいた」
ほんとうは、無理やり気持ちを切り替えたのだと、わかっている。
でも、それでいいじゃないか。
「おいしい酒、ありますよ」
「決まり、今日は宴会ね」
ふたりは、商店街に向かって歩き始めた。

「ね〜。テンゾ」
あらかたのつまみを平らげ、塩もみしたキュウリと大葉を摘みながら酒を飲むカカシの呼ぶ声に、洗い物をしていたテンゾウは振り返った。
「なんですか?」
「ね〜。里抜けて、どうするんだろう?」
主語が抜けているが、イタチのことだとわかったので、テンゾウは「どうするんでしょう」と返した。
「バカだよね。何もできなかったオレが言うのもどうかと思うけど、バカだよ」
そう言って、カカシはパタンと床に寝転がる。
「ねえ、このキュウリおいしい」
近所の農家から仕入れているキュウリは、形は悪いが味は抜群、と八百屋が言ったとおりだった。
「まだ、ありますよ、キュウリ。もっと作りましょうか?」
「いい。なくなってからで」
ゴロゴロ、床を転がっている。
洗った皿をかごに伏せ、テンゾウはカカシの隣に腰を下ろした。
ゴロンと遠ざかったカカシが、今度はこちら側に転がり、さらに反転して、テンゾウの膝に頭をのせた。
「酔った」
酔ってもいないのに、カカシが言う。テンゾウは黙って、カカシの髪に指を絡ませた。
「味噌汁でも作りましょうか」
「いらない。ってゆーか、腹いっぱい。じゃなくて、おまえ、食い気ばっかり」
はは、と笑いながら、テンゾウはゆっくりと絡ませた髪から指を抜き、また絡ませる。
カカシが鬱屈を抱え、それをもて余ししているのに捨てることもできず、ただ、我が身に引き受けているのがわかる。こういうとき、自分は無力だとテンゾウは思う。
だからこそ、こういうときは、甘えたいだけ甘えてくれればいい、とも思う。
八つ当たりでもなんでもいい。そうすれば、少しは自分も気が楽になる。
「あのね、テンゾウ」
「はい」
「オレ、イタチのこと嫌いじゃなかったよ」
「……はい」
後付の写輪眼を持つカカシを、一族のだれとも違う眼差しでイタチは見ていた。
その視線の意味するところはわからなかったが、少なくとも侮蔑ではなかった。
むしろ、あれは……と、イタチの目をテンゾウは思い出す。
あの宴席で、こぼれた酒に気づかず服が濡れるがままに任せた部下を見る眼差しに、近かった。
まだ少年なのに。あるいは、少年だったから、だろうか。興味深いものを見守るような、同時に、心配してでもいるような、そんな視線だった。
カカシが気づかなかったはずがない。
二人が写輪眼について話を交わした様子は、なかった。
けれど、イタチはカカシの目を気に掛けていたのだろう。どういう意味でかはわからない。ただ一族のほかの者たちが気に掛けているのとは、まったく違った意味合いだったのはわかる。
「ボクも」
あまり関わりはなかったが。
「嫌いではありませんでしたよ」
テンゾウの答に、カカシは「そ」とそっけなく答えた。
その表情は、テンゾウ自身の膝に隠れていて見えなかった。

この兄弟は、何年もたってから、彼らと再び深く関わることになるのだが、それはまた別の話。



<了>


九夜十日(ここのやとおか)
梅酒に最適と言われる香り高く、酸味のきりっとした梅郷種の梅を使用した41年古酒入り梅酒。独特の薬草のような風味があり、個性的な味わいは飲み手を選ぶ。



2007年06月08日(金)
九夜十日 ―前―


「満月までに、戻られますか?」
カカシ率いる出陣部隊が、暗部棟でイタチとすれ違った。
いつものとおり軽く会釈して行き過ぎたとき、イタチが問うてきた。
いきなりのことに隊員たちは振り返る。なんだ今の? だれも何も言わないが、やや緊張した空気が漂うなか、
「ん〜。無理!」
カカシが、いつもの気の抜けた返答を返し、場は急速に平常に戻る。
「そうですか。お気をつけて」
「あんたもね」
それがちょうど十日前――そして。

報は、帰還途中にもたらされた。
「うちはの御曹司が、一族を惨殺したうえ里抜け?」
里からの伝令の式を受け取ったカカシから耳打ちされて、小隊のリーダーが声を揃えた。
里まであと半日と少々。野宿をしていた部隊は出立の支度をしていた。
朝の光が森を緑に染めている。
イタチが? 惨殺って? 里抜け? ざわざわと隊員が言葉を交わす。
テンゾウはそのざわめきを聞きながら、珍しく鳥肌がたつのを覚えた。
「うちはの御曹司って、あのイタチ?」
イナダがテンゾウに寄って行く。
「じゃないか? ほかには知らない」
「一族惨殺って、じゃ、写輪眼は?」
言いながら、イナダは無意識にだろう、カカシを見た。その視線をテンゾウが追う。
「分隊長だったんだよね? イタチさんって」
相手のほうが入隊は後なのに、立場は上だからと敬語をつけるのはヒガタのヒガタたるゆえんだが、この場にはなんだか不釣合いだとテンゾウは思った。
「最年少の分隊長だって、騒がれていたからな。まあ、あれはうちは一族に対する儀礼的な意味もあったんだろうけど」
皮肉っぽい言い方をするイナダに、ヒガタは
「でも、実力はあったよ」
と言った。
暗部は組織編成が流動的で、そのときどきでコロコロ変わる。このころは正規部隊同様、リーダーひとりにスリーマンセルの部下で1小隊が基本だった。小隊3つで1分隊、分隊の長は3つの小隊のリーダーのいずれかが務める。
そして、テンゾウらカカシ直属の隊のほか2小隊で1分隊、イナダやヒガタは、その2小隊にそれぞれ属していて、分隊単位の任務のときは一緒だった。もちろん、分隊長はカカシだ。

「静かに」
小隊長のひとりが、ざわめきを制した。カカシが立ち上がり、全員を見回す。
「聞いてのとおり、うちはイタチが一族を惨殺し、里を抜けた。万が一、遭遇したら確保のこと。といっても、ほとんど里内といっていいこの位置じゃ、会わないとは思うけれどね」
風が吹き、ザ、と木の葉の揺れる音がした。
――今年、アカデミーに上がったという弟は、どうしたのだろう? あの子も殺されたのか?
一緒にいるところを二度ほどみかけたことのある、兄に良く似た弟をテンゾウは思い出す。
全体的に、イタチより大らかな印象があった。伸び伸び育った弟といった感じ、だろうか?
イタチがその風貌に似合わず、意外と世話焼きなのを、テンゾウは知っている。もっとも、指摘したのはカカシだった。
食堂で隣り合えば、ごく普通に醤油挿しを回してくれる。普段のまま無表情で、それをするから、多少違和感は伴うが、そのうち慣れた。聞けば、怪我をした部下のことは当たり前のように手当てをするらしい。
いつだったか、飲み会の席で倒れたコップからこぼれた酒が、イタチとその隣にいたイタチの部下の服を濡らしたことがあった。
コップを倒した隊員は青ざめたが、イタチはふっとため息をついただけで倒れたコップを起こし、まだテーブルから雫を落としている酒を拭いた。それから酔っ払って自分の服が濡れたことにも気づかない部下の服を拭き、最後に自分の服を拭いた。
見ていたカカシが「ああいうところが、お兄ちゃんだねえ」と笑ったので、イタチが日常的にそうやって弟の面倒を見ているのだとテンゾウは気づいたのだ。
その弟のことまで、彼は殺めてしまったのだろうか。
親愛と憧憬と甘えの混ざった眼差しで、兄を見ていた弟を。
「尚、アカデミー生のうちはサスケは保護された。ただし精神的な衝撃が大きく、病院にて治療中」
――ああ、弟は……生き残ったのか。
そう思った途端、キリキリと胸に痛みが走った。
イキノコリ……その言葉を、あの弟も負うことになるのか。

里に戻って、テンゾウは改めて驚いた。
一族を惨殺というのが、比喩ではなく事実だったからだ。
どこかで、まさか皆殺しではあるまいと高を括っていたのかもしれない。
警務部隊を率いる一族だ。だいたいが忍か元忍、それも平均して能力値が高い。
隙をついたにせよ、たった一人で。そう思うと、身震いせざるをえない。
おまけに、一族はひた隠しにしていたが、イタチを巡って諍いが起きていた気配もあった。
ならば、一部の者からは警戒されてもいただろうに。
うちは一族の住んでいた区域は封鎖され、いまだ血臭が一面に漂っていた。
夕焼けに染まりつつある空の朱が、まるで血のように見える。
「あーあ。やっちゃったんだねえ」
背後の気の抜けたような声は、カカシだ。
「やっちゃった、とは?」
「んー、ちょっと気にはなっていたんだ」
「うちはイタチのことが?」
「あの子は、生まれる時代、間違えたのかもしれないね」
カカシの話が飛躍するのは、いつものことだ。テンゾウは黙って先を待つ。
「あの子が、もてる才を活かすには、平和過ぎたのかなぁ」
「そう……でしょうか」
「あのね、あの年頃、暇があるのはよくない。余計なことばっかり考えるし、だいたい浅くて狭い経験に基づいて導き出される結論は、ロクなもんじゃないの」
何をどう返していいかわからず、テンゾウはただ黙って頷いた。
「まあ、普通はちょっとグレたり、悪戯したり、多少、才能があれば、ここは忍の里だからたいていは忍になって、任務だ修行だ、で、暇をもてあますほどの余裕はなくなるものなんだけど、イタチはねぇ」
「その程度じゃ、物足りなかった、ってことですか?」
「女に走る、薬に走る、そういうのもいるけれど、頭がいいとそれがどんな結果を招くか読めてしまうから、つまらないわけよ」
「なんか……先輩、自分のことみたいですよ」
ひとの姿の絶えた一角に向けられていたカカシの視線が、テンゾウに移った。
「オレ? オレはそんな才能ないもの。もっともあの時代は大変だったからね。もし平和な時代だったら、どうかなぁ。せいぜいが、薬?」
「あれ? 女じゃないんですか?」
カカシは肩をすくめただけだった。くだらないと言っているようにも、また、まいったねと言っているようにも見えた。
「あー、でも、鬼より怖い先生がいたから。平和でも、楽はさせてくれなかっただろうね、きっと」
「そんなに怖かったんですか?」
写真で見る限り、四代目はどちらかというとクールで気性も穏やかそうに見える。
「怒鳴ったりするひとじゃなかったし、あれもだめ、これもだめ、と何かを禁止したりするようなこともなかったし、ある面、子ども心にもお人よしだなと思うところはあったし、誕生日には必ずサプライズパーティをやってくれたし、そういう意味じゃ、すんごく可愛いがられたなとも思うんだけど……」
そう言って、カカシは視線を遠くに飛ばした。
ときどき、カカシはこんな目をする。
自分の知らない時間を覗き込んでいるような姿に、テンゾウはイライラしてしまう。

「自分で、あ、これは甘いな、と思うようなとき、ってあるじゃない。つい、言い訳考えちゃうような」
「やるべき修行をさぼったりとか?」
「うん、まあ、それでもいいかな。で、自分ではサボったってわかってるじゃない」
「そうですね。自分ではわかりますよね」
「今の例で言えば、先生は修行しろと命令したりはしないわけ。ただ、サボってるのがバレると、演習のときにさりげなく叩きのめしてくれるわけ」
「はあ……」
まあ、サボっているのがバレれば怒られるわけだから、それは普通だとテンゾウは思う。
「先生が本気出したら、なかなか勝てないでしょ? だから、先生はギリギリの力加減で相手してくれるわけよ。でもって、ちゃんと修行をやっていれば、そこで叩きのめされることはないわけ。負けることはあってもね」
「ああ、つまり、叩きのめされたということは、サボったということになるわけですね」
「そう。でも、何も言わない。サボったでしょ、とも言わない。別に普通」
「あ、それは怖いかも。そういうの、怒られて、ごめんなさい、のほうが、気持ちは楽ですね」
「でしょー? でも、それじゃだめなの。そこで楽になっちゃ、サボったことは先生がチャラにしてくれたことになるわけ。サボったことは、自分に跳ね返ってくるんだから、だれかにチャラにしてもらったら、ダメなの」
確かに、演習だから先生に叩きのめされて終わりだが、任務中だったら……。
「一事が万事、その調子」
それは、けっこうきついかもしれない。
「だからね、叱られたことってほとんどないんだけど。それはもう、痛い目には何度も合った」
普段のカカシのやり方は、まさにその先生譲りなのだろう。テンゾウにはその怖さがよくわかった。
カカシは師ではなく隊長で、任務遂行という目的があるから、隊員は直接痛い目に合うことは少ない。
が、決して、楽はさせてもらえない。それがわかっているから、持てる力を出し切るしかない。
そして、持てる力を出し切れないとき、あるいは失敗したとき……待っているのは死の恐怖。
その渕から掬い上げてくれるのはカカシで、しかしその結果、傷つくのもカカシ……。
任せた以上、任せたことの責任はとらないとね、というのがカカシの言い分だ。
ある意味、自分が傷つくより、痛い。

「イタチには、そういう先生がいなかったんだね」



2007年06月06日(水)
ちぇい・べっく−可愛いお嬢さん− おまけ 18禁


里に戻ると、ヒガタと別れ、テンゾウの部屋に行った。
先にシャワーを使って、テンゾウのベッドで本を読む。
「あそこ行くと、いつも食いすぎちゃいます」
肩からタオルをかけただけのテンゾウが部屋に入ってくる。
引き締まった体躯は見慣れているはずなのに、いつもほんの少しだけ心拍数があがる。
ああ、好きだな、なんて思う。
「今日は、ヒガタがいたからねぇ。よく食べるのがいると、つられて食べちゃうね」
そうですね、と言って、テンゾウはベッドに腰を下ろすと、前かがみになってチュッとオレの唇を軽く吸った。
それからガシガシと髪を拭く。
その腕の筋肉にも、惚れ惚れする。

変化したテンゾウは可愛かったけれど、やっぱりオレは男のテンゾウがいい。
一緒に戦えるし、安心して背を預けられる。
それに……。
「カカシさん、変化してあげましょうか?」
え、と言うと、テンゾウが笑みを浮かべた。
「テン子。ずいぶん気に入っていただいたようで」
え、っと、その……。
テン子は可愛かったけれど、それは中身がテンゾウだと知っているからだ。
もちろん、純粋に可愛いとも思ったし、一瞬、ほんの一瞬だけど、こんな妹がいたら楽しいだろうな、とは思ったけれど。それは恋愛感情ではなく……。
「ああ、でも、そうしたら、立場が逆になっちゃいますね。挿れてあげることができない」
ドックンと心臓が鳴って、オレはあわてて視線を逸らす。
挿れてって……そのとおりではあるし、オレ自身も、さっきチラとそれは考えた。
けれど、テンゾウの口からそういうセリフを聞くと、困る。
その瞬間のことが思い出され、どうしていいかわからなくなる。というか、欲情する。
そして、こういうとき、決まってオレはむちゃくちゃ貪欲になる。
それを知っていて、テンゾウはゾクッとくる笑みを浮かべた。
「どっちがいいですか? カカシさん」
テンゾウがオレの顔の左右に両手をつく。
ああ、だめだ。恥も外聞もかなぐりすてて、むしゃぶりつきたくなる。
「お望みのままに……」


*     *     *     *      *


強請るように目を閉じたカカシさんが、すでに欲情しているのがわかった。
丁寧に舌と口腔を愛撫するようなキスだけで、息を弾ませる。
以前のように、頻繁に会うことができなくなった分、火の点きがよくなった。
相変らず細身ながら、しっかりした筋肉に覆われた身体だ。
出会った頃も、きれいに筋肉がついていたが、やはりあれはまだ成長途上だったのだとわかる。
「テンゾウこそ……」
顔を離すと、うっすら上気した目許で、カカシさんが睨む。
「女のほうがいいんじゃない? 挿れるのは、テンゾウなんだから」
このひとでも、そんなことを考えることがあるんだろうか。
ボクは不思議な気持ちで、胸の筋肉を指先でなぞった。
ん、と喉の奥で呻きわずかに身体を戦かせながら、それでも視線は合わせたまま。
その強い目の光が、ボクは大好きですよ。
それに、この鍛え抜かれた肉体も。
下肢に手を伸ばし、熱く脈打つ屹立を包み込むと、ビクンとカカシさんの身体がはねた。
ゆっくりと擦り上げると、背がしなってシーツから浮き上がる。
「どうして、そんなことを言うんでしょうね。女のほうがよければ、とっくにそういう相手、見つけてますよ」
言いながら、溢れた先走りを先端に塗りたくると、息遣いが途切れがちになる。
「女が相手じゃ、こういう楽しみはないですし」
でも……と言いかけたまま、カカシさんは口をつぐんだ。
「でも?」
問いかけると、首を振る。唇を噛んで声を堪え、指先はシーツを握り締めている。
「穴があれば、なんでもいい、というわけではないんです、ボクは」
いささか直截過ぎる言い方かとも思ったが、まあ、いいだろう。今さら、取り繕っても仕方ない。
指を突き入れると、一層、身体がしなった。
「カカシさんだって、なんでもいい、ってわけじゃないでしょう?」
言いながら、指を増やし、抜き差しする。
呻きながらうねる白い体躯を見ていると、眩暈がしてくる。
「ねえ、ボクだから、でしょう?」
のたうつ身体を押さえつけ、あてがって、貫く。
瞬間、強張るように緊張し、やがてほどけ、そしてボクに絡みついてくる、その熱い四肢が、卑猥な皮膚が、いとおしい。


*     *     *     *     *


ふと眠りの渕から目覚めると、喉が枯れていた。
ああ、また叫んだんだ、と思う。
あれはもう、無意識だ。気持ちよくて、わけがわからなくなって、叫んでいるのだ。
そして今日は、墜落するように眠ってしまったらしい。
汗ばんでいたはずの身体がさっぱりしているから、きっとテンゾウが拭いてくれたのだろう。
その彼は、隣りで穏やかな寝息をたてている。
オレはそっと、肩に顔を寄せてひっついた。テンゾウの匂いがかすかにする。
思わず、焔の刺青の辺りに頬をこすりつけ、そんな自分をまるでマーキングしているみたいだと思った。
飼い主になつく犬のような自分に笑いながら、オレはまた眠りに落ちた。

次に目覚めると朝で、テンゾウの姿はすでにベッドになかった。
あくびをしながら、シャツに袖を通しパンツをはいてキッチンに行く。
「……テン子?」
寝ぼけているのか、と目を擦るが、間違いない。
「ど……うしたの?」
恐る恐る聞くと、テンゾウ……もとい、テン子が振り向く。心なし、憮然とした顔をしている。
「カカシさんが、言ったんじゃないですか」
「オレ?」
「セックスするのはテンゾウがいいけど、テン子と差し向かいで朝ごはんを食べたいって」
「……オレが?」
「……そうです」
縮小率天地73%で、左右64%ぐらいかな。全体的に細い。スレンダーってヤツ?
テンゾウのシャツが短めのワンピースみたいになっている。
髪は短いままだが、ボーイッシュな感じで、ブカブカのシャツから覗く、細いうなじにちょっとキュンとくる。
やっぱり、テン子は可愛いと思う。
でも、差し向かいで朝ごはんなんて、そんなこと言ったっけ? 首を傾げると、テン子が振り向いた。
「はい、どうぞ」
少しひきつっているが笑みを浮かべて、朝食の玉子焼きと鮭の塩焼きをローテーブルに並べた。
「まあ、言わせたのはボクなので」
口調はテンゾウのままなのが、おかしいやら、妙に似合っているやら。
それにしても、記憶にない。でもまあ、いいか、可愛いから、とオレは腰を下ろした。
「いただきます」
手を合わせて、茶碗を手にする。料理は、いつものテンゾウの味付けだ。当たり前だけど。
「妹……ほしかったんですか?」
テン子も、茶碗を手にする。いつも小さく見える茶碗が、大きく見えるのが新鮮だ。
「うーん、ほしかったという記憶はないんだけど」
「昨日、言ってましたよ」
「なんて?」
「テンゾウは恋人、テン子は妹、って」
「……まぁ……本音、ではある……かな?」
テン子はため息をついた。
「時間に余裕のあるときだけですからね」
言い聞かせるような話し方は普段のテンゾウのままなのに、いつもより高い女性の声で言われると、なんだか妙な気分だ。
でも、そうか。余裕のあるときなら、変化してくれるってことだよね。
別に、毎回毎回じゃなくてもいいけど、たまにはこういうのもいいかもね。
ちょっとシチュエーションプレイみたいで。
などと思いながら、オレは外面だけは神妙に、朝食をとった。


*     *     *     *     *


「テンゾウがいい」
と言ったカカシさんに、意地悪く
「へえ、じゃ、テン子は嫌いなんですか」
などというのではなかった、とボクは激しく後悔していた。
うっと言葉に詰まったのをいいことに、「どっちがいいんですか? 言わないと、お預けです」などと調子に乗って、焦らしまくって、挙句、「どっちもテンゾウなのに」と息も絶え絶えなところに、追い討ちをかけるように、
「じゃ、いまはどっちがいいですか?」
と聞いたのはボクだ。
その結果の、テンゾウは恋人、テン子は妹、だ。
……男のロマン? さすがイチャパラ愛読者? そんな言葉が脳裏を過ぎったのは、絶対に言えない。
まあ、自分では自分の変化した姿は見えないから、たまにはいいか、と思う。
でも、思ったよりも、カカシさん喜ばないなぁ、と思いつつ、ボクは慣れない感覚に戸惑いながら、朝食を食べた。


<了>




2007年06月05日(火)
ちぇい・べっく−可愛いお嬢さん− 4 完結


「うわあ。うまそう」
言うや否や、皿まで食い尽くしそうな勢いで、ヒガタがおでんを食べ始めた。
「で、小屋はお役に立ちましたか?」
おでん屋のオヤジさん――元忍で今は里のはずれでおでんの屋台を引いている――の問いかけに、先輩が頷いた。
「ありがとうございます」
待ち伏せに使った小屋は、やはり忍を引退して炭焼きをやっている、オヤジさんの弟の仮住まいだ。
今回の依頼に関わる全貌は、ほぼカカシさんの予測どおりだった。
そして、依頼主には気の毒な結果だが、大名のヨモツと裏で繋がっていたのは舅ではなく、弟のほうだった。
新興の大名家は、舅が手を出して失敗した事業の後始末でかなり経済的に窮していたらしい。
弟はそれを必死で立て直していた。なんとか国の中枢に食い込んもうとしたのも、だからだ。
実際、利権のひとつでも手にすれば、だいぶ楽になる。
事情を知った依頼主は、今後、多少の援助や便宜を図ってやることにしたようだ。
つまり、表面上、何が変わるわけでもない。依頼主とヨモツの関わりが消えるわけではない。双方、これまで通り。
弟のほうは、ヨモツとの繋がりはなくなるが、もともと当て馬のようなものだったのだ。
潰されなかっただけでもマシというものだ。
そして木の葉の里も、国の要職にある大名の弱みを密かに握ることができた。
カカシさんを個人で抱えようと画策するなど、里との契約違反になるからだ。
もちろん、こちらもすぐにどうこうということはない。ただ、何かの折、使えるかもしれない手札が一つ増えたということだ。

ボクらは、小屋の借り賃を払いがてら、今回の打ち上げを兼ねておでんを食べに来た。
「些少ですが」
先輩の差し出した熨斗袋を、「預かります」とオヤジさんは綺麗な所作で受け取り、懐にしまう。
「この屋台も明日から、一時、休業です。だいぶ、気温も高くなってきましたからね」
カカシさんはコップ酒を口に運びながら、「そんな時期ですか」と言った。
初夏から夏の終わりまで、弟さんが炭焼きをしている山の手入れを手伝うのだ。
引退したとはいえ、元忍。弟さんもオヤジさんも、里の外れで里への侵入者に目を光らせているのだと気づいたのは、いつのことだったろうか。
二人とも九尾に里が襲われたとき、家族を失くしたそうだ。
直接聞いたことはないが、忍となった子どもがいたのではないかと思うことがある。
オヤジさんの歳を考えると、当時、オヤジさんの子どもはもう立派な成人のはずで、忍だったとしたら九尾に立ち向かい散って行ったひとりだった可能性もある。
「秋になったら、またこの辺りに屋台を出しますから」
「涼風が立ち始めたら、来てみますよ」
ふっと間があき、新芽の匂いをはらんだ風が行き過ぎた。

「おかわりしてもいいですか!」
「おお、いいぞ。たくさん、食べておくれ」
カカシさんより先にオヤジさんが答える。
「そんなこと言ったら、屋台のタネ全部、食べつくされちゃいますよ」
「はは、いいですよ。秋まで取っておけるわけじゃなし」
気前よくおでんを山盛りにしながら、オヤジさんが目を細めて笑った。
「お、まだやってる」
「オヤジ、酒。冷で3つ、ね」
下忍だろう、3人連れがのれんをくぐり、「え?」「おい」「ひえっ」と三様の声を出す。
「どーも」
カカシさんは愛想よく挨拶すると、少しボクのほうに詰めて席を空けた。
触れ合った脚に、体温があがりそうになる。
どうする? あれ、写輪眼のカカシだろ? 本人だよな。でも、任務中じゃないだろ?
コソコソコソコソ、全部、筒抜けなのが笑える。
「はい、冷ね」
オヤジさんにコップ酒を3つ並べられ、引けなくなった彼らはようやく腰を下ろした。
「コラ、他のお客さんの分は残しときなさい」
またもやおかわりをしようとしているヒガタにカカシさんが苦笑する。
「大丈夫ですよ、まだたくさんありますから。ほら、兄さん、遠慮しないで」
ヒガタはカカシさんとオヤジさんを交互に見て、ニヘと笑った。
「じゃ、ガンモと大根とじゃがいもとこんにゃく……と、モチ巾着。それで、最後にします」
「締めに、うどんでもつくりましょうかね」
「やった!」
「ほんと、こいつの腹、どうなってるの?」
「さあ、ボクに聞かないでください」
「頬袋ならぬ、腹袋でもついてんのかね〜」
のんびりしたカカシさんの声音に、緊張していた下忍たちの気配も緩んでくる。
「ん〜、いい風だね〜」
伸びをしたカカシさんが、ボクを見てなんとなく目を細めた。
ボクもなんとなく、笑い返す。
久しぶりのカカシさんとの任務、そして打ち上げ。
前のようにはいかないだろうが、時々はこうやって過ごすこともできる。
そう思うと、嬉しかった。

「オヤジさん、このうどん、うまいです!!」
ヒガタの興奮した声に、今度はカカシさんもボクも目を合わせたまま吹き出す。
雰囲気ぶち壊しだが、これはこれで楽しいとも思う。
「だって、うまいんだよ、ほんとに」
「はいはい。わかったから。冷めないうちに食べなさい」
カカシさんはニコニコとヒガタを見る。オヤジさんも目元を和らげ
「秋になったら、また来なさい。たんと食べさせてあげるから」
ふぁい、と言いながら、ヒガタはうどんをすすった。
「男は、どんなときでもちゃんとメシが食えないと、な」
オヤジさんの言葉に、カカシさんが「はい」と答えて、酒を含む。
「え? そうなんですか?」
向こう側にいた下忍たちがオヤジさんの顔を見るが、答えたのはカカシさんだった。
「そうだよ〜。食わないと身体もたないでしょ? どんなときでもメシは食う、睡眠をとる。忍の基本よ」
でもなぁ、だよなぁ、食欲なくすような任務もあるしなぁ。
下忍たちの呟きは、もっともだが。
「そういうときこそ、食う。そこで食わないでいると、どんどん体力削られるよ」
「え、じゃあ、その……はたけ上忍は、兵糧丸だけで過ごしたりしないんですか?」
きさくな様子のカカシさんに釣られてか、ひとりが声をかけてきた。
「兵糧丸は怪我をしたときや食料が何も確保できないとき、急いで体力を回復する必要のあるとき……要するに緊急時の一時しのぎでしょ? 第一、そんなものに頼っていたら、消化器官がなまくらになっちゃうじゃないの」
だってなぁ。ああ、よく聞くよなぁ。兵糧丸だけで1週間しのいだとか。
「ばかだねぇ。そんなの、食料も確保できない無能な忍の言い訳じゃない」
「え? じゃあ、携帯食も尽きたときなんか、どうしてるんですか?」
「当然、現地調達。森だったら木の実やキノコ、うさぎ、へびなんかの小動物。でかいのはダメよ、さばくの大変だし、余程の大所帯でもない限り食べきれないからね。川があれば魚、ざりがに、藻。いざとなりゃ、草の弦だって根っこだって食料よ。一番困るのは雪山、食料になるものがないから。砂漠は微妙かな。蟻とかサソリは、あんまりおいしいのいないし、消化しづらいし」
ああ、固まってるよ……。かわいそうに。
でも、カカシさんの消化器が、その筋肉同様、鋼のような丈夫さなのをボクは知っている。
だから、暗部を離れてしばらく、カカシさんがめずらしく食欲をなくしていたのが、一大ニュースとして暗部内を駆け巡ったのだ。
「そうですよ。どんなときでも、ちゃんと食べて、ちゃんと寝る。それをできるのが、底力ってもんです」
オヤジさんはそう言って、「サービスですよ」と下忍たちの皿におでんを追加した。

疲れると濃ゆい物が食べられなくなるボクは、まだまだ半人前ということだ。
――だから先輩、暗部に戻ってくださいよ。
喉まででかかった言葉は、決して声にはならない。それは言ってはいけない。
だから、代わりの言葉を紡ぐ。
「たまには、一緒の任務があるといいですね」
先輩はにっこりと目元を弓形にした。
「また、テン子と一緒の任務があると、いいねえ」
…………。
……テン子……ですか…………。
ボクはコップの中の透明な酒を、意味もなく見つめた……。


<了>


Te Bheag nan Eilean(チェイ・ベック・ナン・イーラン)
通称、チェイ・ベック。スモーキーでコクのあるブレンデッド・ウィスキー。正式名称のチェイ・ベック・ナン・イーランは、ゲール語で“島の可愛いお嬢さん”の意。“一杯の酒”を表すスラングでもある。



2007年06月04日(月)
チェイ・ベック−可愛いお嬢さん− 3


「恋人がいることをちらつかせば、喰い付いてくると思うのよ」
カカシさんはそう言っていた。
「オレと恋人を引き離して、そっちを捕まえれば、オレの首根っこを間接的にだけど押さえられるでしょ」
地を蹴る音とともにカカシさんたちの気配が遠のいていく。と同時に、納屋に向かってくる気配をボクは感知した。
読みどおりだ。
――甘いね。

ボクは思い出す。
――ビンゴブックに載ったから、オレの相手と知られると狙われる。
だからしばらく遊郭にも行かない、と、淡々と語った、今よりも少し若かったカカシさんのことを。
そんなあのひとが、恋人を危険にさらすはずがない。
そんな心配をしなくていいのは……。
バンッ!と納屋の扉が勢いよく開いた。
ボクはせいぜい怖がっている振りをして、物陰に身を潜める。
「どこだ?」
「確かにここに隠していたぞ」
おいおい、とっとと見つけてくれよと思い、身じろぎすると藁山がカサと音を立てた。
「いた、あそこだ」
吹き出したいのを堪え、ボクは身を縮めた。
「悪いね、おじょうちゃん」
藁山から引きずり出されながら、ボクは顔を逸らせる。まともに目を合わせると、ほんとうに笑ってしまいそうだった。
「写輪眼のカカシなんて、物騒な恋人を持ったのが運のつきだったな」
「おい、山だしだけど、なかなかじゃないか」
顔を覗き込まれる。
「こら、まだ手を出すな」
うえ、手なんか出してくれるなよ、ここでバレるわけにはいかないんだから。
「わかってるって。へへ。こりゃあ、後が楽しみだ」
ガタガタ震えて言葉もない(ように見える)ボクを、二人は抱えて納屋を出て行った。
「そこまでだ!」
その声に振り向いたカカシさんは、あからさまに安堵の表情を浮かべた。
どうも苦戦しているように見せかけるのに苦労していたらしい。
とにかく、相手からヨモツの意図に関する証言を引き出さなくてはならないのだ。
そうでなければ、証拠不十分。ボクらの暴走ということにもなりかねない。
だから、ある程度、向こうにも希望をもたせなければならない。
結局、カカシさんは二人を軽く戦闘不能にさせ、残る二人から逃げつつ、応戦していた。
おまけに、ヒガタがすぐそこの木の上で高見の見物と洒落込んでいる。
相手の能力次第では戦闘に加わる予定だったが、これではその必要もない。
面をしているから表情までは読めないが、きっと後でからかわれるだろうなと思うと、少し気が重かった。

「こいつがどうなってもいいのか!」
どうにかできるものなら、してみやがれ、と言えればいいのになぁ。
いや、有無を言わさず木遁で拘束だ、と思っていると。
「テン子!」
カカシさんの声に、思わず脱力した。
だから……それはやめてほしいとあれほど……。
力の抜けたボクを、敵は恐怖の余り失神したとでも思ったのだろう、ぐいと抱えなおされる。
「そいつを、放せ」
そう言ったカカシさんの声には、演技でない凄みがあった。それだけで、四人の気配が凍る。
なんだか、ちょっと……じんときた。ボクが女だったら、イチコロだ。
あ、イチコロってのは死語だったっけ? この前、カカシさんが解説してくれた。
「おまえには、まだ用があるんだ」
ボクを抱えているヤツは少しはできるらしく、氷河期もかくやという冷たい空気に抵抗して言葉を返した。
「まだ、と言ったな? ということは、平坂さま、か?」
ふん、と男が笑った。
「平坂? 商人風情に何ができる。せいぜいが、金勘定だろう」
「ということは、大名の……」
「ヨモツさまだ。おまえに用がおありだそうだ」
よし。名前は引き出した。あとは、目的を言わせるだけだ。
「任務は終わったはずだが」
カカシさんが、構えを解く。
「任務外、ってやつだ。特別手当が出るかどうかは、おまえの出方次第」
「依頼は、里を通し……」
「だから、依頼じゃないんだよ、血の巡り、悪いなあ」
ボクを捕まえに来たもう一人が、ようやく立ち直ったのか、口を開いた。
「内々で、あんたを贔屓にしてやるって言ってるんだよ」
「内々で?」
とぼけるカカシさんに、彼が地団太を踏む。
「だから」と言いかけるのを、ボクを抱えたほうが制した。
「破格の報酬を用意する。俺たちと組まないか?」
「組んでどうする」
「ヨモツさまのために働くに決まってるだろ!」
バカ、と小さな声で、ボクを抱えたヤツが呟くのと、カカシさんが「テンゾウ!」と叫ぶのが同時だった。

「ぐえ!」「ぎゃ!」
変化を解いたボクが、二人を逆に拘束する。
視線を送ると、カカシさんがニッと笑い、残る二人を仕留めた。
「お、まえ……」
地に伏した彼らが、呻く。
「殺しゃしないさ」
冷たい声だった。つい、忘れてしまうのだが、このひとはこういう声も出せるんだった。
「こ、いびと……ってのは」
「くそ! だまされたか」
カカシさんはフンと鼻で笑っただけで答えなかった。
――騙してない。ボクが恋人なんだよ。
そう言ってやりたかった。

カカシさんは何一つ、嘘は言っていない。
「こういう身の上だから」、恋もままならないのは、ほんとうのことだ。
恋どころか遊郭で遊ぶのさえ、ままならない。贔屓をつくれば狙われる。
それでも、彼らは商売だから。遊郭という生業で身を立てている者としての意地もあるからと、ボクら忍を受け入れる。もちろん、ボクらも破格の支払いをする。
けれど、恋人は。家族は。
下忍はともかく、中忍以上になると忍同士のカップルが急増するのは、だからだ。
「里にもナイショの恋人」というのも、ほんとうだ。
古参の暗部には知られているが、あくまでも非公開情報としてだ。
もちろん、公にはしていない。
三代目もご意見番も、薄々は気づいているのかもしれない。いや、おそらく気づいているだろう。だが、公にされていない以上、口を差し挟むことはできない。
もっとも、その裏返しとして、いつカカシさんに縁談が持ち込まれてもおかしくはない、ということでもある。
逆もまた、しかり。と言っても、ボクの場合は縁談というよりは、ソレがらみの任務だろうが。

ああ、そうか。
ボクは理解した。
カカシさんが、ほんの少しだけ、楽しそうだったわけを。
――そうですね、先輩。

作戦だったとはいえ。
あの瞬間だけ――ボクたちは、公に“恋人同士”でいられたのだ。



2007年06月03日(日)
ちぇい・べっく−可愛いお嬢さん− 2


密書は、すんなりとヨモツのもとに届けられた。
今回の内通者の件とは無関係な、それでも平坂とヨモツにとっては重要な書類、と聞いている。
おそらく賄賂だか上納金だか、要するにそういった類の確認書なのだろう。
「写輪眼のカカシ」の名は忍以外の世界でも知れ渡っているらしく、大名はご満悦だ。
ゆっくりしていくよう引き止める相手をやんわりと遮るカカシさんは、照れたように
「この任務が早く終われば、里にもまだナイショにしている恋人と、少しの間、会うことができるんです」
と、言った。
「こういう身の上ですから、なかなか恋愛もままならなくて」
と、はにかむ様子は、ごく普通の20代前半の青年のものだ。
轟きわたっている伝説とは異なる、凄腕の忍の素顔に触れたからだろうか、ヨモツはそれ以上、引き止めなかった。
「忍といえども、若造だ。かわいいものよ」
カカシさんが退室した後、にんまりと笑いながらひとりごちたセリフをボクは天井裏で、しっかりと聞いた。
――かわいいものよ、は、あなただ。
そう言ってやれないのが、残念だ。

城下をぶらつく先輩の後を付けるのは、3人。と、少し離れて、もう3人。どれも、大名の館で見た顔だ。
これも忍崩れだろう。
追跡に気づきながら、先輩は知らん顔だ。
装飾品や着物の店を覗くカカシさんは、心なしうきうきしているように見える。
きっと、付けている者たちは、恋人へのプレゼントを物色しているとでも思っているのだろう。
が、ボクにはカカシさんが内心で大笑いしているのが、手に取るようにわかった。
――ばーか。オレの恋人なんて極秘事項を、関係ない他人に話したりしないもんね〜。
とでも、思っているのだろう。

カカシさんに依頼が来た時点で、暗部が動いた。
弟の側の黒幕がだれか、までは掴めなかったのだが、ヨモツは、存外に野心家で策略家だということを、探ってきた。
平坂の弟が婿に入った先は、最近力をつけてきている。
先代の力もあるのだろうが、依頼主の弟の力もあるようだった。もともと聡明な兄弟なのだろう。
そして、ヨモツと弟の婿入り先とはライバル関係にあった。
保守対革新、といったところだろう。
それらの情報を元に予想図を描いたのは、先輩だ。
ヨモツにとって、平坂の弟は目障りだった。
そして、金は融通するが、決して自分に屈服することのない、平坂の姿勢も気に食わない。
言ってみれば、商人風情が、ということなのだろう。
そこで、弟を潰すのと、金主に対する己の優位性を確保したいと目論んだ大名が打った、一石二鳥の仕掛けなのではないか。
弟の真意まではわからないが、弟の側の黒幕とは、あるいはヨモツなのではないか。
つまり、平坂と弟を反目させ、パイプを断ち切れば、ライバルを潰すことも出来るし、自分と平坂との関係も変わってくる。そのために、弟の側に揺さぶりをかけているのではないか。
もちろんこれらは、仮説でしかない。
だから、弟の側にヒガタを付け、情報がどこに行くか探る。
同時に、ヨモツには先輩がゆさぶりをかける。
「ああいう輩は、自分が思い描いたとおりに他人が動くと思ってるものなのよ」
そう言って、先輩はいつものように目を弓形に細めた。
「忍なんて、金で動く者だから。いくらでも、いいようにできる、ってね」
確かに木の葉の里にいる限り、忍であることは当たり前のこと。
したがって、忍としてのランクがそのまま里での位置づけとなる。
が、ひとたび里を出ると、忍は使役される立場の者となる。
かつては、汚い裏仕事を専門に片付ける便利な存在として時の権力者の意のままに繰られていたと聞く。
それを変えたくて初代が忍の里を興した。
今では建前上、里と国との関係は対等になった。
しかし、ひとの意識はまた別物だ。忍を、自分と同じ人間とは思わない者もいる。
今回の相手は、そういう輩だ、ということだ。

「写輪眼のカカシ」が今回の任務に絡んでいると知って、もしそういう輩が黒幕だったとしたら何を考えるか。
「裏を探られるかもしれない」という危機感は、当然、抱くだろう。
そして、次に「ならば、懐柔しよう」となる。
まずは弱みを握って脅す。そのうえで、金をちらつかせる。そんなところだろう。
「里にもナイショの恋人」というのは、相手を誘い込むためのエサなのだ。

まったくもって、先輩の思惑通りだ。
先ほど、ヒガタから式が届いた。
見届け役は当然というべきか、弟の下に報告に行ったのだが、しばらくして、伝令の鳥が飛んだ。
もちろんヒガタの鼻がどれだけよくても、さすがに空を飛ぶ鳥の匂いまでは追えない。だが、彼は鳥を口寄せする。
カカシさんの忍犬とは異なり、他人の前には姿を見せないので見たことはないが、カラスだと聞いたことがあった。
そのカラスが後を追うと、たどり着いたのはつい先刻、先輩とボクが辞してきたヨモツの館だった。
ヒガタと合流するとボクは彼と先輩を置いて町を後にし、前もって打ち合わせておいたポイントに向かった。

木の葉の里にも近い、山間の炭焼き小屋。
ボクが身を潜めて小半刻もしないうちに、先輩の気配が近づいてくる。
来るぞ、と、ボクは身構える。
「ただいま〜〜〜、テン子〜〜〜」
ああ、やっぱり……。その名前はどうかと思うと、あれほど抗議したのに。
満面の笑みで扉を開いた先輩が、飛びついてくる。
変化したボクは、抱きとめることも敵わずひっくり返った。
「お……かえりなさい」
思わず声が裏返ってしまうが、まあ、いいだろう。今のボクは女だ。
「任務が早く終わったから、急いで来たんだよ〜」
板敷きに仰向けになったボクの肩の両サイドに腕を付いて、先輩が素早くボクを一瞥する。
「か〜わいい〜」
一声叫んだ先輩に抱きしめられた。
は? 可愛い? 女体変化などほとんどしたことがない。宴会の余興で、一、二度、程度だ。それも、まだ十代のころ。まあ、子どものころのボクをベースに変化したので、ごつくはないとは思うが。
いや、違う、いまは任務中だ、とボクは気持ちを引き締める。
「仔鹿のバンビみた〜い」
こ……こじか? 子どもの鹿はともかく、バンビ? なんですかそれ、とも聞けず、あわあわと口ごもった。
「いつも、かわい〜けど、今日もかわい〜ね〜」
うふふ、と笑う先輩は、どこからどうみても、女に溺れてゆるゆるになっているとしか見えない。
見事な演技力……と言い切ってしまっていいのかどうか。一抹の不安が過ぎる。

「……来たよ」
耳元で囁かれた。
一瞬で、ピンと神経が張り詰める。
ダンと派手な音を立てて、扉が蹴破られた。
――まったくドタバタと、おまえら三流だね。
と、呟いた先輩は、ボクを抱えたまま、身を交わした。
なんだか、妙な気分だ。無力な子どものように先輩に守られているというのは。
狭い小屋から外に出て、先輩はボクを納屋に隠す。もちろん、狙われるように、あからさまに。
「じっとしておいで。悪いヤツらはオレがやっつけてやるからね」
ウィンクして身を翻す先輩は妙に楽しそうだ。
囲んでいるヤツラはきっと「け、ヒーロー気取りかよ」などと思っていることだろう。
いくら気取っても、6人でかかれば大丈夫、と踏んでもいるのだろう。
まあ、確かに先ほどの3人に比べれば、まだマシだが。
そして、カカシさんはそう思わせておきたいのだろう。
わかっている。これは作戦の一部だと。
でも、ほんの少しだけ、この状況を楽しんでいるのではないか? という疑問が過ぎったことも事実だった。



2007年06月02日(土)
ちぇい・べっく−可愛いお嬢さん− 1


「火影さまがお呼びだ」
里内警備の交替のために詰め所を訪れたボクに、声をかけてきたのは同僚のイナダだった。
「警備は、オレと交替」
「わかった。ありがとう」
ボクは詰め所を後にする。単独か、ツーマンセルか、いずれイレギュラーな任務が入ったのだろう。
が、執務室で待っていたのは、予想外のひと。
「よっ」
おどけて右手をあげる、カカシ先輩――もとい、カカシさんと、ヒガタだった。
ヒガタはもちろん暗部装束だが、カカシさんは正規部隊のベスト姿、ということは……変則的なスリーマンセルということか。
「カカシに指名の任務が入った。密書の搬送、ということになっておる」
なっておる、ということは、裏の任務があるということなのだろう。
「オレは囮役。ただし、襲われたら反撃する」
「襲わせた黒幕を突き止めるのが、ボクたちの役目……ですか」
「正解」
ヒガタの言葉に、カカシさんがニッコリ笑う。その笑みが怪しい。
――さらに裏がある……。
すばやく思考を巡らせた。カカシさん、ヒガタ、ボク、3人とも追跡術に長けた忍、ということは。
「黒幕に、さらに黒幕がいる……んですね? で、それが特定できていない」
「すごーい、テンゾウ」
カカシさんが真剣みのない声で言うと、ペチペチと真剣みのない拍手をくれた。まったく、正規部隊に行ってもこのひとは相変らずだ。
「作戦は、カカシに一任しておる。一応、表向きは正規部隊への任務依頼じゃからの」
脱力しそうなカカシさんの態度を、軽く無視する三代目もたいしたものかもしれないと、改めて思った。

――半刻の後。
ボクとヒガタは、付かず離れずカカシさんの背を追っていた。
とある豪商宅へ赴いて密書を預かったカカシさんは、火の国の中枢で要職を担っている大名のもとへと向かう。
襲われる危険が大きいのは、この道程だ。
いつもよりゆっくり目の走りは、スピードで劣るヒガタを慮ると同時に、敵をおびき寄せるためだろう。
それでも張り詰めた空気がカカシさんの周囲にまとわりついている。
「いつも思ってたけど、やっぱり、なんか、すごいね」
意味不明なヒガタの呟きが、ボクにはよくわかる。
ただ走っているだけ、なのに。その身のこなし、すばやくくれる周囲への一瞥、決して途切れることのない緊張感、まるで、野生の生き物だ。
「なんで、暗部、離れたんだろう」
「上忍師になるため、と聞いた」
「でも、ならなかったんだろう?」
ヒガタの言うとおりだ。
下忍候補をアカデミーに送り返したカカシさんは、単独任務や他の上忍とのツーマンセル任務に明け暮れている。
それなら暗部を離れる必要などなかったのではないか?
そんなボクの疑問は、先輩と離れたくなかったという本音の表れだ。
暗部にいれば同じ任務につくことも少なくないし、任務は異なっても自ずと動向は伝わる。
そうやってボクたちは任務の合間を共に過ごし、時には後輩たちを誘って飲みに行ったりもしていた。
なのに、先輩が暗部を離れてからは、探りを入れなければ動向が掴めなくなった。
正規部隊と暗部とでは、当然のことながら命令系統が違うからだ。
それでもボクのほうには、先輩を含めた正規部隊の情報もある程度は伝わってくる。が、逆は難しい。
もっとも先輩は、暗部のなかでも伝説のようなひとだから、暗部棟にだって入ってこようと思えば入ってこられるし、後輩を捕まえればなんでも聞きだせる。その気になれば隊のひとつやふたつ動かすことだってできるだろう。
できるのに、しないのは、生真面目だからだ。
肝腎なことは何も言わないのに平気で垂れ流す軽口や、殺気だけで相手を身動きできなくさせるほどの実力を持ちながらだらけきっている普段の姿に、みな惑わされているが、先輩は基本的に真面目だ。
己の立場を弁え、権威を振りかざすような真似もしない。
だから、暗部を離れた自分が積極的に関わるのは好ましくない、そう考えているのだろう。

里を外れた山の中、むせ返る新緑にそまりそうだ、と思ったとき、一筋の違和感が空気を裂いた。
「来た」
ボクらは高度を上げ、静止する。ここはあくまでも、上忍はたけカカシの単独任務と思わせておかなくてはならない。
「邪魔しないでくれる〜?」
ヒュンと空を切ったワイヤーをクナイで交わし、タンと枝に留まった先輩の、気の抜けたような声が聞こえる。
「オレ、サッサと済ませて帰りたいのよね〜。約束しちゃったんだもの、コレと」
小指を立てておちゃらける先輩のどこにも隙はない。
相手の姿は見えないが、奇襲が失敗して戸惑っているのがわかる。
気配は3つ、と、1つ。その1つが、見届け役だろう。
「気配だだもれ」
ヒガタが苦笑する。あれで、奇襲をかけるつもりだったのだから、身の程知らずもいいところだ。
「子飼いの忍――っていうか、要するに忍崩れじゃない?」
「だろうな」
数を頼めばなんとかなると踏んだのだろうが、先輩を相手にするならこの10倍いても、無理だ。
「捨て駒だろう。密書を奪えなければ奪えないでもいい、こっちの出方を見よう、という戦法かもしれない」
その可能性は、先輩からも示唆されていた。

そもそも今回の依頼は当初、内通者の暗殺だった。
依頼主の平坂、には、新興の大名に婿入りした歳の離れた弟がいた。
その弟から、このところたびたびの無心があり、頭を抱えていた。
弟にはできるだけしてやりたい、だが、それにも限度というものがある。ましてや自分も、国の中枢に連なる大名ヨモツと、裏の繋がりのある身。
口実を設けては断ったり、先延ばしにしたりしてきた。
そのうち、どうも自分たちの内情が、弟のところに筒抜けらしいと思う出来事が、続いた。
内々で探ったところ、最近雇い入れた下働きが、内通者らしいこともわかった。
政略結婚ではあったが、弟とその相手は子こそいないが仲むつまじい。舅が健在なことを考えると、無心がすべて弟の本心からとも思えず、できるだけ穏便にすませたいと考えての依頼だった。
つまり、こちらは内通に気がついてはいるが事を荒立てたくない、と知らしめるための暗殺のはずだった。
だが依頼のあった翌日、つまり、依頼が振り分けられる前に、内通者と目されていた者が事故死した。しかも、同じ日、弟の側近もまた事故死していた。
「いきなり、状況がキナ臭くなったわけ」
その段階で情報収集の依頼が来て、黒幕と思われていた弟の婿入り先の後ろに、さらに黒幕がいることまでは掴めた。
が、向こうも子飼いを一人捨て駒にした後だったこともあり慎重で、まったく動かない。
動いてくれないことには、敵をあぶりだすこともできない。そこで、さらに新たな依頼がカカシ先輩に来た、というのが経緯だ。
敵方も、依頼主である豪商がどこまで情報を掴んでいるのかは、知りたいだろう。
最後尾に控えている黒幕まで到達しているのか、否か。
そして、否となれば手駒を切りすてる。
もちろん、そちらもやすやすと切り捨てられるとは思えず、なんらかの手を打ってくるだろう。
三方の思惑が絡み合い、さて、遭遇するのは、どのケースなのか。
依頼主は、あくまでも弟のことは信じていると言った。
「あれは、大人しいタチで、きっと舅の言いなりになっているのだ」と。
その依頼主の心情も、無視はできないが、果たして、それが真実なのか。
黒幕と繋がっているのは、舅のほうなのか、弟なのか。そこも見極めなくてはならない。
だから、追尾役が二人ついたのだ。もちろん、状況に応じて、先輩自身も追尾に加わることができる。

「どうしても、邪魔したいっていうんだったら、どーぞ」
言い終わるや否や先輩の姿は消え、血しぶきが飛んだ。
もちろん殺してはいない。どこぞの腱でも切って、動けなくさせただけだ。
式を飛ばして彼らを回収してもらい、必要な情報を得る。
一箇所、二箇所……三人目は反撃してきたようで、数秒の間、金属音が響いたが、所詮、先輩の敵ではない。
何かあれば応援する構えでいたボクらは、残る一つの気配に意識を向けた。
無言で目を見交わし、ヒガタが消えた。太目の体躯の割りに、身軽だ。
見届け役をヒガタが追う。
ボクは、三人を片付けたカカシさんを追った。