カゼノトオリミチ
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夕暮れに
そぼ降る雨は 細く冷たく
むき出しの 二の腕を
白い手のひらで そおっと包む
このほのかな暖かさ
温もりの 記憶たどれば
ひとつ ふたつ 雨ににじむ街灯の
心細さ
水色のカサにかけた指先に
雨粒ひとつ 不安のかけらが
小指の先で 行ったり来たり
身体はここにいるけれど
思いは紫がかる空へと 流れてゆく
過去から今 そして未来が
螺旋にからみあう 雨の街
かかとの音だけが 響く帰り道
太陽は 高く 道は 遠く
歩いても歩いても
いっこうに家が見えてこない
風が耳元で
かさりと 音を立てる
玄関先の泰山木の そう 硬い葉ずれの音に似て
坂を登ると
おかえり と いつも私を迎えてくれた
真白の泰山木の花
手のひらに余るほど
大きなその花 見上げるたびに
きっと神様が隠れていると 思ってた
アスファルトは いつのまにか ふわ ふわ
靴をどこかに 忘れてきたのか
ロボットのように 勝手に先へと進む足
仕方なく 身体はそれを追いかける
いつか はじまりの場所へと
歩き続ける
坂の上の
傾きかけた木戸のむこうへ 還る時まで
ええとやっぱり
どこかへいく途中だったような気が時々する
たとえば曇りの早朝お勝手で
お湯の沸くのを待っている
トタン屋根の向こう
どんより流れる梅雨空は
遠い国の長く厳しい真冬の空のようで
雪に閉じ込められ
ぶあついガラス窓を指でなぞった憂鬱な気分まで
鼻先によみがえり
ベランダで揺れる葉をながめるこの身体は
なんだか 誰かからの借り物のような
マンションの給水塔の向こうへ飛んでゆけば
うす曇りの水色が
私を5歳の春の祝日の午後へと連れてゆく
そんな時もしかしたら
この着ぐるみの中から抜け出したくて
記憶のひだの奥に隠してた記憶をちらり
思い出してしまうのかも
ええと旅してたんだっけ
タンポポの綿毛が 風にのる時を知り
握ってた手をそっと離す その瞬間を
自分のどこかが思い出してしまいそうで
はち切れそうな満腹の腹を抱えて
何がわかるというのだろう
血液は消化部門に借り出され
頭はお留守になっている
優しい言葉も
赤や緑のゼリーのように
生ぬるい風には だらしなく溶けてゆくだけ
ヒトがヒトの為に考える
きっとそれは
回りまわって自分のためなのだ と
耳に聞こえるけれど
心で考えているけれど
次から次へとモノや情報は豊かに街に溢れて
やっぱりまた 満腹で
せめて身の程わきまえて生きようと
自分を見つめて生きようと
そんなことぐらいしか思いつかない
このお留守の頭では
横になると
からんからんと 音がする
がらんどうのムネの中で
涙の粒が転がる音がする
なんでそんなに 泣きたくなるの
迷路に迷い込んで出口が見えないの
指折り数えてみればいい
悲しいはずのガラス玉を
ひとつ ふたつと
それからこんなに悲しいと
心の中で叫んだら
がらんどうのムネの中に
声がひびいて
それは自分の声なんだけど
なんだか安心するから ね
それから
からんからんを子守唄に
きっと眠りの谷へと落ちてゆけるから
natu
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