歯医者さんの一服
歯医者さんの一服日記

2008年09月30日(火) 平服の意味を取り違えたかのように

く結婚式後の立食パーティや友達同士のお披露目会では招待状に「平服でお越しください」と書いてあることがあります。この“平服”の意味を取り違えて恥をかいた人はいませんでしょうか?平服というとどうしても普段着、カジュアルな服装と思いがちですが、実際は違います。平服は礼服に対する平服、正装に対する略装という意味です。具体的には男性であれば最低ダークスーツを着ていかないといけないのです。

僕もこの“平服”の意味を取り違えていた一人です。さすがに平服指定の催し物に普段着やカジュアルな服装を着ていったことはありませんでしたが、友達の中には見事に普段着で参加していた奴がおり、恥をかいておりました。イタイ経験だったとは思いますが、平服の意味を体で覚えた意味では貴重な経験だったことでしょう。

さて、どうして冒頭にこのようなことを書いたかといいますと、先週末、僕はこの平服の意味を勘違いしたかのような間違いを犯してしまったからです。

「そうさん、明日の服装、どんな感じにする?」
「そうだね、そんなに堅苦しい会ではないと思うからカジュアル系の服装でいいんじゃないかな。」

先週末の嫁さんとの会話です。いつも何処かへ出かける時、自分の服装は嫁さんに用意してもらっているのですが、先週の日曜日は朝が早く、前日に服装を用意してもらっていたのです。

実は、先週の日曜日は朝から僕が所属している某歯科関係グループの勉強会の日でした。2ヶ月に一度、海外の文献を読んだり、日常の診療記録について検討しながら意見を交換する会なのです。通常の勉強会ではお互いに言いたいことを言えるような肩の凝らない勉強会なのですが、先週の日曜日は1年に1度、外部から講師を招き講演を行ってもらう日だったのです。僕も非常に楽しみにしていた会で、いざ会場に足を運んだわけです。

ところが、その会場に入ってから僕は自分が非常に浮いていることに気がつきました。その理由は、いつも勉強会に参加している仲間が皆、スーツ姿や少なくともネクタイとジャケットを着用していたからです。普段は皆さんカジュアルな服装で参加しているのに、この日だけは皆さん妙にフォーマルな服装をしているのに驚きました。

“えっ、どうして皆さんスーツを着ているの?そんなこと何も聞いていないよ!”

後日、確認したところ、僕が参加している勉強会では、外部から講師を招いて講演をしてもらう時はフォーマルな服装をしていくことが不文律として決まっていたとのこと。そのことを僕が知らなかったようなのです。

よくよく思い起こせば、僕は外部から講師を招いての講演会の参加は今回が初めてでした。いつも参加している勉強会に入会して数年は経過しているのですが、講演会の日はどうしたことか他用が重なり、参加することができずにいたのです。僕にとって、今回が講演会初めての参加。
勉強会の他の先生は、僕が新参者ではないだけに既に不文律を知っているものだと思い込んでいたようです。そのため、事前にこの講演会の服装はフォーマルな形にすることを僕に伝えていなかったというのが真相だったようです。

何とかカジュアルな形ではあるもののジャケットだけは着用していましたが、それにしても、他の参加者がきちんとしたスーツ姿の中に一人だけカジュアルな服装という状況は恥ずかしくてなりませんでした。穴があったら入りたい。自分の判断ミスとはいえ、服装でKY(空気が読めない)状態になってしまうのは懲り懲りだと感じた、歯医者そうさんでした。



2008年09月29日(月) 10月から歯科治療費値上げです

今日は9月29日。9月も残り2日となりました。明後日からは10月。この調子ではあっという間に平成20年も過ぎていきそうです。

さて、今頃伝えて遅すぎるとお叱りを受けるかもしれませんが、この10月から歯科の保険治療費が若干上がります。治療費が上がる項目は金属製の被せ歯、ブリッジや部分入れ歯などが相当します。
これまで何度か取り上げてきたことですが、歯科で用いる金属に対する費用は一種の公定価格となっています。国がその価格を決める仕組みになっているのですが、昨今の貴金属類の高騰により、実勢価格と保険診療で定められた金属価格がずれてくることが多くなりました。そのため、国では半年に一度保険診療で用いる貴金属の価格を見直すことになっているのですが、今回、この価格が上がることになったのです。その結果、10月から歯科医院でセットされる金属製の被せ歯、ブリッジ、部分入れ歯の治療費用が値上げすることになったのです。

この不景気の時代に値上げとは何事だ!とお叱りを受けるかもしれません。お気持ちわからないでもありませんが、実際のところ、我々歯科業界では国が定めた金属の公定価格が低いため、金属製の被せ歯、ブリッジ、部分入れ歯を作れば作るほど持ち出しになっていたのです。それくらい貴金属の実勢価格と国が定めた公定価格が違いすぎていたのです。国が定めた歯科用貴金属の公定価格が実勢価格よりも低く、逆ザヤ状態となっていたのです。

回の歯科用貴金属の公定価格改正で何とか逆ザヤ状態は脱せられたようなところがありますが、それも今後の貴金属相場の変動によってどうなるかわかりません。今後、貴金属の実勢価格が上昇すれば、再び我々歯科業界は持ち出しとなり、苦しい経営を迫られることになりかねません。

皆さんの中には10月に金属製の被せ歯、ブリッジ、部分入れ歯といった補綴物を装着される方がいるかもしれません。周囲に該当者がいらっしゃるかもしれません。誠に心苦しい限りではありますが、10月以降これら補綴物をセットされた時には9月よりも高い治療費になっていることを理解して頂きたいと思います。



2008年09月26日(金) 歯磨きは1日1回でいい?

先日、新聞を見ていると某雑誌の宣伝欄にこのようなことが書いてありました。

“歯磨きは1日1回でいい?”

一般の方からすれば非常に刺激的なコピーかもしれません。歯磨きは1日に何度も行わないといけないものであるという考えの人からすれば、1日1回の歯磨きは少なすぎやしないか?果たして、1日1回の歯磨きでむし歯や歯槽膿漏が治るのか?と疑問に感じられる方が少なくないのではないでしょうか?中には、”歯磨きは1日1回でいい?“というコピーに思わず衝撃を受け、思わず件の雑誌を見るために、買うために本屋へ出向いた方はいるかもしれません。

僕は歯医者である関係で、雑誌に掲載された歯科関係の記事やテレビで取り上げられた歯科関係の番組はなるべく目を通すようにしています。歯科の専門家の立場から雑誌やテレビで取り上げられる内容は全てわかりますが、時々、一般の方にとっては目から鱗が落ちるような内容であることが少なくないようです。

さて、歯磨きは1日1回でいい?というのは本当でしょうか?僕の回答は、1日1回の歯磨きでも構いません。ただし条件があります。それは、1日1回歯を適切に磨いているということが条件です。
ここで書く“適切”とは歯医者や歯科衛生士などの歯科専門家が適切と判断するくらい歯が磨けているということです。おそらく、一般の方からすれば歯科専門家が要求する適切というのはかなりハードルが高いのではないかと思います。おそらく、完璧に歯についた汚れを取っているレベルと感じられるはずです。

歯科専門家から見て、1日1回でも適切に歯が磨けていれば、むし歯や歯周病の予防には充分に効果があります。そのためには、1回の歯磨き時間はかなり時間をかけなければなりません。
日本人の平均歯磨き時間は40数秒というデータがありますが、これだと全く歯磨きとしては不充分ですし、この時間で1日1回しか磨かないというのでは意味がありません。
歯磨きは1日1回でいい?という文言の裏には、歯磨きにかける時間をかなり長く取り、隅々まで丁寧に歯の汚れを取り除かなければならないということが含まれているのです。

ただ、愚考するに、忙しい日常生活を過ごしている方には、1回に長時間かけて行う歯磨きを行いたくても行えないもの。1日に複数回に分けて、歯を磨くようにするのが現実的ではないかと思います。

ちなみに僕は毎食後、1日3回歯を磨いています。場合によっては寝る前にも磨くことがあります。普通の歯ブラシと歯と歯の間を磨く歯間ブラシ、デンタルフロスを併用して磨いています。一回にかける歯磨き時間は平均5分程度です。



2008年09月25日(木) ブログを読み続けるのは大変でしょう

僕は“歯医者さんの一服”日記を書き始めて7年目に入りました。僕自身、よくぞここまで続けられたものだと思ってはいるのですが、続けられた理由の一つに読者の存在があります。

僕の日記にはログ解析機能がついています。ログ解析には僕の日記を読んでくれる方の訪問日時、リモートホストや訪問回数、使用しているパソコンの基本OSやブラウザーの種類、解像度などがわかるようになっています。すなわち、常連の読者の方であれば、だいたいいつ頃に僕のサイトを訪れ、日記を読んでくれているか、僕は把握できるようになっています。掲示板やメールを頂く方はもちろん、僕にコンタクトは取ってはいませんが、常にウォッチし続けている人が確実に存在します。

どんな方でも僕の駄文を読み続け、“歯医者さんの一服”を訪問し続けてくれる方は有難いと思います。サイトを7年も続けていると、読者の入れ替わりは当然のごとくあります。ある時期まで熱心に通ってきて下さった方が突如として訪れなくなったことは多々ありました。検索エンジンの検索ワードで一度だけ様子を見るような方も大勢います。何か僕の書いた駄文が気になり、毎日のように訪問し続けてくれる読者の方もいらっしゃいます。外国から訪れる方もいるようです。勤務先から訪問して下さる方もいますし、深夜遅く決まった時間に訪問して下さる方もいます。中には携帯電話からアクセスして下さる方もいます。

正直言いまして、“歯医者さんの一服”日記を長期間にわたり読み続けることは結構大変なことでしょう。それは僕自身よくわかります。僕も一読者として特定のテキストサイトやブログなどを訪問していますが、お気に入りには登録しているものの、いつの間にか足が遠のいてしまったサイトも数多くあります。特定のサイトを見続ける、読み続けるのは根気がいるものなのです。

そんな僕からすれば、ずっと”歯医者さんの一服“日記を読み続けてくれる方は、何らかの形で”歯医者さんの一服“日記を気に入り、楽しみにしてくれる方に違いありません。僕にとって非常に有難く、心強く感じるばかりです。

いつも当たり前のように“歯医者さんの一服”を訪れてくれる貴重な読者の方に、改めて感謝したいと思います。



2008年09月24日(水) 5万円パソコン購入

最近、僕はノートパソコンを持ち運んでプレゼンテーションする機会が多いのですが、持ち運びに便利なノートパソコンを探していました。これまで使用してきたノートパソコンはD社製のノートパソコンで、画面が15.4インチのもの。車で移動する際には問題なかったのですが、かなりの重量なので持ち歩くには何かと不都合でした。せめて1キロ程度のパソコンで持ち歩くことができそうなモバイルパソコンはないものか?僕が望んでいたパソコンは、日本の大手メーカー製のパソコンにもあったのですが、いずれも値段が20万円以上する代物ばかり。思い切って買うという手もありましたが、もっと安い価格のものはないかと物色しておりました。

この夏、海外のメーカーを中心に5万円代のモバイルパソコンがいくつも市場に出回るようになりました。僕自身、5万円代のモバイルパソコンは、安かろう悪かろうという先入観が強かったのですが、実際に某所でこれら5万円パソコンが展示してあり、触ってみたのです。正直なところ、悪くありません。性能も程よく、外部でインターネットやメールチェック、そして、僕が希望するプレゼンテーションソフトの使用などには充分に使用できるものでした。
念のために、インターネット上で情報を集めてみましたが、どの情報も5万円パソコンの評判は悪くなく、モバイル用やセカンドマシーンとして使用するのには充分とのこと。

ということで、先週末、僕がチョイスして購入したのがこの機種

他のメーカーのものと比べると、若干キーボードのキーが小さく、打ち難い傾向にありましたが、慣れれば問題ないように思えました。それよりも、ハードディスクが120Gあり、メモリーも1GB。基本ソフトはウィンドウズXP。CPUはAtomプロセッサーというモバイルパソコン用のCPUなのですが、実に軽快に動きます。発熱も少なめですし、バッテリーは3時間程度持つとのこと。画面は8.9インチWSVGAですから、画面の小ささには目をつぶらないといけないところではありますが、こればかりはモバイルパソコンの宿命でしょう。
重量が1キロ少しというのは持ち運ぶには非常に便利です。

先週末から必要なソフトをインストールしました。セキュリティ関係のソフトやプレゼンテーションソフト、オフィス系ソフトはこれをダウンロードし、インストール。

実際に使用してみると実に軽快に動きます。何よりも一番の目的であったプレゼンテーションソフトが問題なく動くのは心強い限り。早速、今日の某専門学校の講義から使用しようと思う今日この頃。

何だか今日の日記はこのパソコンの宣伝になってしまいました。



2008年09月23日(火) 老夫婦を引き裂いた後期高齢者医療制度

自民党の総裁選挙が終わり、麻生総裁誕生となりました。当初から幹事長であった麻生氏が総裁に選ばれるためのデキレース選挙ではないかとの推測が強かったようですが、結果は推測どおりになったというべきでしょうか?民主党も小沢党首が無投票で再任されましたが、他に立候補者がいないというのも何か変な感じがしてなりませんが、全ては近くに行われる衆議院議員選挙対策なのでしょう。

さて、この衆議院議員選挙に合わせたかのように舛添厚生労働大臣が後期高齢者医療制度を全面的に見直すと発言し、物議を醸し出しています。今年4月に制度が導入されて以来、良い話をあまり耳にしない後期高齢者医療制度。以前、僕も後期高齢者医療制度について批判をしたことがあります。後期高齢者医療制度は今後確実に増えてくる高齢者の医療費を高齢者にも応分に負担してもらおうという趣旨ではあるのですが、その応分ということが実に曖昧というべきか、準備不足、説明不足というべきか混乱に混乱を重ねています。

制度としては最近になってようやく落ち着いてきたように思えていた矢先の舛添厚生労働大臣の発言。今回の後期高齢者医療制度の場合、政治的な思惑が影響し、制度を管理する厚生労働省自身が準備不足のまま4月から導入されたため、医療現場は大変な苦労を強いられました。医療側も、それから何よりも最も困惑したのは後期高齢者と呼ばれる75歳以上の患者さんでしょう。これがまた変わるかと思うと、不安でなりません。同じ新しい制度を導入するなら少なくとも監督官庁である厚生労働省や政府は細心の注意を払い、現場に混乱が起きないようにして欲しいものです。

さて、先日、お袋とこの後期高齢者医療制度について話をしておりますと、お袋がふと漏らしていた言葉が妙に記憶に残りました。

「後期高齢者医療制度はお父さんと私との間を引き裂いたのよ。」

親父は今年77歳でまさに後期高齢者に該当します。一方、お袋は今年65歳。何と一回りも年齢が違う夫婦ではあるのですが、結婚以来40年以上、夫婦として共に生活を共にしてきました。そんな夫婦の間を引き裂くとは一体どういう意味なのか?

「去年までは、お父さんと同じ保険に入っていたのよ。私はお父さんの被扶養者だったわけ。ところが、後期高齢者医療制度になると、お父さんは後期高齢者広域連合の保険組合に入り、私は地元市の国保組合へと別々にせざるをえなかった。お父さんとの仲が悪いというわけではないけど、今まで夫婦同じ保険できたのに、後期高齢者医療制度ができたおかげで無理やり分けられた。何だか国が私たち夫婦の仲を引き裂いたように思えてならないのよ。」

お袋は長年歯科医院で事務をやってきた経験から、医療制度についてもある程度精通している身です。今回の後期高齢者医療制度についても本来の趣旨は理解しているのです。ところが、そんなお袋にとって、今まで親父と同じ保険組合の被扶養者として保険があったのに、この4月から全く別の保険証になってしまうことには心情的に納得できないというのです。

今回の後期高齢者医療制度の最大の欠点がここにあると言っていいでしょう。いくら医療費の不足を高齢者にも応分に負担してもらうという趣旨は正しいかもしれません。けれども、高齢者に応分の負担を強いるということは人生の先輩である高齢者の尊厳を害することになる。これまで国を支えてきた高齢者に対し、恩を仇で返すような制度というのは、やはりどう考えてもおかしい。理屈ではない感情の問題かもしれませんが、後期高齢者医療制度については非常に大きな欠陥を抱えている制度であることには僕も異論はありません。



2008年09月22日(月) 話し出したら止まらない人

自分で書くのも恥ずかしいことではあるのですが、元来僕は口下手です。自分が思っていることを他の人に伝えるだけなのに、思ったことをそのまま言葉にできない。そのジレンマに長年苦しんできました。
発言を許されてもいざ何かモノを言おうとすると、“え〜”という言葉ばかりがでてきて、適切な言葉が浮かばないのです。そのため、どうしても無口になってしまいがちです。周囲からみれば、“大人しい”とか“聞き上手”とか言われそうですが、実は単に口下手だけ。どうして自分はこんなに口下手なのだろうなあと思い続けています。
現在は、多少口下手の傾向は改善しているかもしれません。諸事情で人前で話す機会が増えてきたものですから。口下手だと言っていられず、事前に話すことを考えたり原稿を作ったりしながら対処してきたつもりです。それでも、多勢の前で言葉を話そうとしても緊張してしまい、ついつい言葉に詰まったり、噛んでしまったりするのが常です。アドリブで話すなんて夢のまた夢です。

そんな僕からすれば、話ができる人はうらやましい限りです。幼少の頃は、周囲の女の子がそうでした。ずっと話し続けている様子を見ていると、僕も同じように話がしたいと思っていたものです。
僕の友人の中にも話し出したら止まらないような奴が何人もいます。“お前は一体いつ黙っているんだ?”と問いたくなるくらいしょっちゅう話続ける友人。僕は専ら聞き手にまわりますが、次から次へと話が続く様子を見ていると、これは一種の才能なのかな?とも感じてしまったことがあります。

現在の仕事関係では、僕の地元歯科医師会の上司の一人であるO先生。この先生も話し出したら止まらないのです。以前、地元歯科医師会の最高責任者であったO先生。理事会の冒頭で挨拶を始めるや否や話に熱が入り、いつになく長い話だなあと思い時計を見てみると、何と1時間を回っていたなんてことがありました。これは今でも地元歯科医師会の伝説になっているくらいの挨拶ではあるのですが、それにしても凄い才能です。
先日も、ある一般市民向けの講座でO先生が講師として担当され、僕が資料やスライドの準備を手伝ったのですが、実際の講座での講演では、一枚のスライドだけで何分話すことができるのだ?と問いたくなるくらい話が次から次へと出て来るのには正直驚きました。結局用意していたスライドを全て紹介することができず、最後の方のスライドは飛ばさざるをえなかったおまけがついておりましたが・・・。

そんなO先生の話を地元歯科医師会の仲間と話をしていると、
「話が途切れないのはある種の特技かもしれないけど、聞かされる方は大変だよ。上司だから話が長いなんて言えないしね・・・。」

僕は口下手なので、O先生の話しぶりには憧れのような気持ちを持ちますが、人によっては確かに一度話し出したら止まらない、淀みなく話が続くというのは時として閉口するものかもしれません。



2008年09月19日(金) 財布の所持金考

先週だったでしょうか?普段、財布の中にいくら入れているかを調べていた番組がテレビで放送されていたように思います。街角でインタビューをしながら持っている財布の中身を見せてもらい、所持金がいくらか?ということを調べる、何とも下世話な内容だったと思います。結果はいろいろでした。財布の中にあまり現金を入れないという人から○十万円入れていた人まで様々でした。

かつての僕は財布の中に大量の紙幣を入れて持ち歩くことが夢でした。好きな時に大盤振る舞いができるくらいの札束を持って歩けたらなあと思ったりしたものです。実際に僕の知人にいつも大量の札束を持ち歩く人がいたのですが、実際に大量の札束を持った財布を見た時のことです。“凄いなあ!”という驚きとともに何となく違和感を覚えました。それは、お金というのは見せびらかすものなのだろうか?という疑問でした。

金は天下の回り物といいます。金がまわるということは経済の本質でもあるのですが、自分の所に金があるということは他の人のお金が回り回って集まってきたもののはず。他の人が何らかの形で支払ったお金を持っているもの。他の人が使ったお金を頂いたものが今の持参金であるはず。いくら自分で稼いだといっても他の人が支払った大切なお金を人に見せるがごとく財布の中に入れて持ち歩くのは如何なものか?もし、大量のお金を持っていたとしても、慎ましくしておくのがいいのではないか?高額の買物の場合は、クレジットカードを使うようにして他の人の目につかないようにする方がいいのではないか?
そのようなことを感じたのです。

現在の僕ですが、財布の中にはいつも2〜3万円程度の現金とクレジットカードを入れて持ち歩くようにしています。

ちなみに、クレジットカードに関しては今持っているクレジットカードの枚数以上増やさないようにしています。昨今、様々な場所でクレジットカードの申込を言われることがあります。電気量販店やガソリンスタンド、ショッピングモールや百貨店、銀行などのカードと提携したクレジットカードです。僕も気軽に応じていた時期があったのですが、気がつけばクレジットカードばかり。しかも、そのクレジットカードは全く使っていないのが現状です。これらクレジットカードの一枚でも紛失すれば、大変なことになります。自己管理できない枚数のクレジットカードは非常に危険です。今でもクレジットカードの勧誘を受けることがありますが、僕は極力断っている今日この頃です。

ある経済専門家の人曰く
「財布にクレジットカードを入れておけば、必要な現金というのは限られてくる。日本人は現金を持ちすぎである。」

僕も同感です。



2008年09月18日(木) 親子患者漫才?

先日のことでした。ある患者さんの治療をしていると待合室からなにやら賑やかな声が聴こえてきました。何を言っているのかはわかりませんでしたが、普段静かな待合室が突然ふって沸いたかのような賑やかさ。時に豪快な笑いに満ち溢れた雰囲気に僕は驚きを感じざるをえませんでした。

“一体誰がいるんだろう?”

その正体は直ぐにわかりました。治療をしていた患者さんが治療を終え、診療室を退出するや否や別の患者さんが入ってきました。正確には二人連れ。ある高齢の患者さんとその付き添い方の二人連れでした。
治療に来られたのは高齢の患者さんの方でした。付き添いの方はこの高齢の患者さんの子供さんだったのです。子供といっても既に中年を過ぎている方ではありました。高齢の患者さんは杖を持ちながらの歩行。自分で歩行することは可能なのですが、ふらつきながら歩くということで子供さんの方が付き添っているという感じでした。

僕は早速高齢の患者さんに問診をしました。高齢の患者さんはしっかりと受け応えをされました。自分の入れ歯が割れてしまったので修理と新しい入れ歯を作って欲しいという希望だったのです。
「先生、新しい入れ歯を作って下さいな。」

高齢の患者さんがこのようなことを言うや否や子供さんの方が

「あんた、これ以上ええ入れ歯作ってどないするんや。美味しいものばっかり食べたら余計に太るで。今の入れ歯の方がダイエットになるんちゃうの。」

このように書くと何やらものすごい剣幕で言っているように思われますが、端から見ていた僕は思わず笑ってしまいました。なぜなら、この言葉のやり取りの雰囲気が何か漫才をしているようにしか見えなかったからです。

「そんなこと言ってもやな、いくら年食っても美味しいものは美味しいんだからなあ。」

僕は尋ねました。

「失礼ですがお年はおいくつですか?」

「93歳です。」
高齢の患者さんが言うや否や子供さんが直ぐに切り返します。
「もう直ぐ死にます。」
「あんた、まだわしはこの世の中に執着しているんやからもう少しだけ生きさせてや。」
「あんたの面倒はもう充分見た。後は勝手に死んでや。」
「いや死なん。そのためにも、先生、新しい入れ歯作って下さいな。」
「新しい入れ歯作って、もうしばらくあんたの顔を毎日見なあかんと思うと、気が遠くなりそうや。」
「どんどん気が遠くなってや。」
「やかまし!」

万事このような感じで治療中、話し続けた患者さん親子。お互い言いことを言い合っているようで、けんかになりそうなのですが、全く嫌味のない、後にすっきりとした感じがする会話でした。おそらく、この親子、一日中、ずっと漫才のような会話を続けているのでしょう。端からみていると笑いを堪えるのに必死です。

周囲の反応を意識しているかどうかはわかりませんが、お互い言いたいことを言い合いながらも全くストレスを感じていない様子。何ともうらやましい親子連れだと感じた、歯医者そうさんでした。



2008年09月17日(水) 不惑の年の兄弟

皆さんは、自分がある程度年齢を重ねたと自覚される時はどんな時でしょうか?若い世代との会話についていけなくなった時でしょうか?世の中の流行に自分の感性がついていけなくなった時でしょうか?新しい発明品の凄さを実感できなかった時でしょうか?

実は昨日は僕のたった一人の弟の誕生日でした。これまでこの“歯医者さんの一服”に何度も登場してもらっている愚弟。幼かった頃はいつも一緒に遊んでいた弟ですが、今や家から独立し、実家近くの某病院に勤務医として働いている今日この頃。お互い専門は違いますが、同じ医療職として意識しながら助け合っているつもりです。
その弟が昨日誕生日を迎えました。僕と2歳違いですから40歳になったのです。所謂不惑の年になったのです。僕はこの事実を知った時、自分の年齢が決して若くないことを改めて感じさせられました。

弟というと2歳違いとはいえ、どこか幼い頃の思い出が残り、まだまだ若い奴という感じがしていました。それは弟が30歳を過ぎてからも心のどこかにそんな意識があったのです。僕が40歳を向かえた時、弟は38歳。四捨五入すればとっくに弟も40歳にはなっていたのですが、僕の意識の中には若いなあという思いが消えなかったのです。
そんな弟が40歳になるという事実を知り、僕は弟の年齢よりも自分が年を重ねている事実に直視せざるをえませんでした。あの弟でさえ40歳になった。それでは弟よりも2年先に生まれ、生きている僕は更に年を重ねているという事実。

弟も既に結婚をし、二人の男の子が生まれ、数年前には新居も建てました。勤務先の病院ではそれなりのポストにもついています。病院では昼夜を問わず働き詰めの毎日を過ごしています。僕にとっては信頼できる医者として僕の体も管理してもらっているくらいです。
しかしながら、兄弟はいつまで経っても兄弟であると思います。たとえ何歳であっても兄が弟よりも先に年を重ねるということは絶対にありえません。僕よりも若いのが弟。そんな弟が不惑の年を迎えた弟の誕生日。僕は弟に心から祝福をするとともに、もはや我々兄弟は決して若くはないことを実感したのでした。



2008年09月16日(火) 因縁の車

今回の連休中、僕は某所へ自家用車で出向いた時のことでした。自宅から20分くらいの交差点で停車した際、僕は何気なく左側を見ました。左側には中古車センターがあり、何台もの中古車が展示されている光景が目に入りました。いろいろな車が展示されているなあと思いながらふとある場所に視線が行った瞬間、僕はある車に思わず目が行ってしまいました。その訳は、その車が昨年まで僕が乗っていた車にそっくりだったのです。

昨年、僕は車を買い替えました。平成11年に購入したN社のSという車でした。車の性能としては中庸をいくといった感じだったでしょう。僕にとっては乗り心地がよく快適に仕事場へ出向いたり、家族で利用したりした車でした。諸事情があり8年間乗り続けたのですが、8年間乗り続けているとそれなりの愛情も出てくるものです。本当ならずっと乗ってみたいなあと思っていた車でしたが、車検や買取のことなどから昨年、今乗っている車に買い換えたのです。

新車を購入する際、ディーラーの担当者が言いました。
「先生の乗っていた車はきれいにして中古車として第二の人生を歩むことになると思いますよ。」

名残惜しいとは思いながらも、Sの写真を何枚も撮りました。その後、Sはディーラーの担当者に引き取られていきましたが、Sの後姿を見て思わず目頭が熱くなってしまいました。何か長年付き合っていた親しい友人と別れるかのような感じがしたからです。

あれから10ヶ月余り、僕が交差点の中古車センターで見かけた車の車種はSでした。このSの値札に走行距離、車の製作年度が記載してあったのですが、いずれも僕がかつて乗っていたSと同じだったのです。僕は直感しました。これはかつて僕が乗っていたSじゃないかと。

そう思っていると信号が青に変わり、僕は車を動かすことになりました。中古車センターに置いてあったSは本当に僕が乗っていたSかどうかはわかりませんが、何気ない直感、結構当たっているような気がします。時間に余裕がある時、一度確かめに行ってみようかな?それまではどうかあのSが売れないように。そんなこと思ってしまった、歯医者そうさんでした。



2008年09月12日(金) 恩を仇で返すわけではないが・・・

先日、一日の診療が終わり帰宅すると、テレビで人気の某医療系番組が放映されていました。この日の番組のテーマは顎関節。顎関節に生じる様々な症状の原因を探り、治療法を紹介する番組だったのです。
何気なくこの番組を見ていると、番組の途中で専門家と称する人が登場してきました。この専門家、僕は直ぐに見て一体だれかわかりませんでしたが、アナウンサーによる紹介を聞き、僕は驚きました。その理由は、この専門家が僕の母校のK先生だったからです。

僕がK先生に学んだのは今からほぼ20年前でしょうか?当時、母校の助手(今は助教と名前が変わりましたが)であったK先生。僕はK先生の講義といくつかの実習を受けた記憶があります。個人的に付き合いがあった間柄ではありませんでしたが、一応僕はK先生に教わった学生でした。
僕が母校を卒業してからはK先生に会う機会はありませんでした。ただ、K先生の動向は時折伝え聞いていました。K先生が講師から助教授、教授となり、最近では付属病院の病院長まで出世をしたことは知っていたのですが、現在の姿を直接見たのは、今回のテレビ画面が初めてだったのです。

正直言って、K先生は年を食ったなあという感じがしました。無理もないことでしょう。K先生は今年60歳。還暦ですが、僕が学生時代にはK先生は40歳台前半だったのです。現在の僕と同じくらいの年齢です。僕のK先生に対するイメージは40歳台前半の記憶で止まっていました。そのため、その後20年の経過は全く知らず、いきなり20年後の姿を見せられたわけです。一種の浦島太郎状態になったかもしれません。あんなに若々しい感じだったのに、どうしてこんなに老けたのだろう?そんな思いがしました。
実際に話していた声も年齢を重ねた響きがしました。20年前はもっと張りのある声をしていたはずなのに、今はどこか力の無い声になっていたからです。落ち着きが出てきたといえばいいのでしょうが、僕には声にも高齢の響きを感じざるをえませんでした。

この日のK先生、顎関節の病気に関する専門家として、病気の説明、解説、質疑応答をしていましたが、口元を見てみると、見事に歯周病でした。これも年を重ねた結果と言えばそうなのかもしれませんが、K先生は歯医者でもあります。歯医者ならもう少し自分の口の管理に気を遣わないといけないのではないか?少なくとも歯周病になるのは問題があるのではないか?

恩を仇で返すのはよくないことでしょうが、それにしてももう少し自分の口元には気を遣って欲しい。そのことを強く感じた、歯医者そうさんでした。



2008年09月11日(木) 治療費支払は白紙の小切手

昨日流れた某国の将軍様健康状態悪化のニュース。これまで何度も体調不良や入院などのニュースが流れてきましたが、今回はこれまで欠かさず出席していた軍事関係行事に姿を見せなかったこと、そして、アメリカのメディアが将軍様の重病説を報じたことから日本のマスコミも報じたようですね。ネットのニュースを見ていますと、A新聞とY新聞、その他のマスコミでは報じ方が異なるのは興味深いところです。

それはともかく、今回の将軍様の重病説を裏付ける情報として、世界的に著名な医師が何人もかの国に入り、いまだ出国していないことが報じられていました。真偽の程はわかりませんが、世界的に有名な医師が各国の著名人の要請にこたえ、直接治療に出向くことは珍しいことではないようです。

先日、循環器内科医をしている弟と話をしていると、たまたま弟の口からでこの話が出ました。弟の話によれば、弟が世話になった医者に某国のVIPから直接往診の依頼があり、出向いたことが何度もあるとのこと。依頼人は誰かわからない状態で実際に出向いてみると、驚くべきVIPだったということが何度もあったそうです。

この先生があるVIPの治療を行った時のこと。治療が上手くいき、いざ帰国しようする前にVIPを見舞うと、このVIP、非常に喜んでいたそうです。先生は私の命の恩人だ。感謝すると。そして、おもむろに懐からある紙を出してきたそうです。その紙とは白紙の小切手。VIP曰く

「命はお金には代えがたいものだが、先生は私の命の恩人だ。ここに小切手がある。今回の治療に関して、治療費は先生が好きな額だけ書いてくれたらいい。」

この先生、思わず面食らったそうです。それもそうでしょう。白紙の小切手に好きな額だけ書けと言われて、直ぐにかけるような人はそうはいないでしょうから。その場の雰囲気を感じた先生は、自分が日本で請求する治療費と諸経費、交通費分を小切手に書いたそうです。この小切手を見たVIPは

「もう一つゼロを加えなくてもいいのか?」
先生はこの申し出を丁重に断ったそうです。

何とも太っ腹なVIPがあると思えば、そうではない場合もあるようで、某国のVIPの治療のために呼ばれた某先生は治療の甲斐なくVIPが絶命してしまったのだとか。既にこの先生が駆けつけた時には手遅れだったそうなのですが、そのあたりの事情を知らないVIPの側近たちは、この先生をしばらく出国させず軟禁状態に置いていたとのこと。いつ自分が帰国できるのかとも言い出せず、ひたすら待ち続けた時の気持ちは生きた心地がしなかったそうで、ようやく日本に帰国した時には体重が10キロ減っていたそうです。

世界各国のVIPの治療には医療界の著名な人が呼ばれることは少なくないようですが、全てがうまい話ではなく、中にはかなりヤバイ話もあるようですね。



2008年09月10日(水) 人生っていくつかの例外がなければ退屈だろう

誰が言ったか忘れましたが、昨日、診療中にふと思い出した言葉がありました。

Life would be dull without a few exceptions.

人生っていくつかの例外がなければ退屈だろう。

誰でも何の苦労も無く安寧とした人生を送りたいものですが、そうは問屋がおろさないのが人生。誰もが思いも寄らない事件やトラブルに巻き込まれたり、思いも寄らぬ人と交わったり、出会ったりするものです。人生山あり谷ありとはよくいったものですが、誰もが多かれ少なかれ変化の富んだ人生を送るのは世の常です。そのことを物語った一つの言葉が上の言葉ではないかと思います。

さて、どうして昨日の診療中、僕がこのような言葉を思い出したかといいますと、それは全く同じ治療が連続して続いていたからです。

歯や口の中の治療といってもいろいろな治療があります。単にむし歯を削って、取り除いてから詰める処置があると思えば、むし歯が深く進行し神経にまで達していれば、神経の処置を行わないといけないこともあります。その後、歯を保存するために、詰め物をセットしたり、被せ歯を被せることもあるでしょう。
更にむし歯が深く進行していれば、抜歯してしまわないといけない場合もあります。
歯周病の治療の場合、基本的には歯磨き指導を行いますが、歯磨き指導がうまくいくようならば歯石を取り除く処置に移ります。歯周病が突然悪化するような場合もあります。そのような場合には、膿を出す切開処置を行い、抗生物質や炎症止め、鎮痛薬を飲んでもらうこともあるでしょう。
親知らずの周囲の歯肉が腫れたような場合であれば、炎症を抑えるような洗浄処置を行いながら、タイミングを見て抜歯なんてこともします。
歯の無い場所にはブリッジや入れ歯、場合によってはインプラントなんてこともあるでしょう。歯を白くしたい人にはホワイトニングなる処置もあります。

歯や口の中の処置といっても千差万別なのがよくわかっていただけると思います。ところが、時によってこれら処置のうち、特定の処置が重なってくる時があるのです。何人もの患者さんの抜歯が続いたり、詰め物の処置が続く、神経の処置が続く、入れ歯のセットが続くなんてことがあるのです。昨日は、神経の処置の人がずっと続いておりました。

これまでこのような経験は何度と無くしていましたし、おそらく歯医者ならば誰でも経験していることではありますが、それにしても、昨日は特別でした。具体的な数は言えませんが、永遠に続くのではないかと思われるくらい神経の処置がかたまっていたのです。いくら僕が歯医者であり、どんな患者さんの処置も公平に処置しなくてはいけない立場ではあるのですが、それにしても昨日のように延々と同じ処置ばかり続くと、結構気が滅入ってきます。気が滅入ると書くとお叱りの言葉を受けることは重々承知していますし、仕方のないことだとは思っていますが、同じ処置が続くと、時には何か別の処置もしたいなあと感じてしまいました。
患者さんが来院してくれることだけでも有難いのに、なんともワガママな欲求であります。



2008年09月09日(火) 歯科大生わいせつ事件について

僕は某所で歯医者稼業をしていますが、いくつか心がけていることがあります。それは、むやみに歯科業界や他の歯科医のことを批判しないことです。きちんとした情報、正確な情報を知りえた立場であるならば、僕は批判をすることは厭わないのですが、伝え聞く歯科業界や歯医者に対する話には非常に不正確な情報が多いのが常です。不確実な情報に基づいた言動というのは事態を混乱させるだけで、事の真実を直視することからは結果的に遠ざかるのではないだろうか?こんな思いから、僕はこの“歯医者さんの一服”ではほとんど自分の業界の批判をしたことはありません。

と、書きながら今日は僕がモットーとしていることをくつがえすかのような内容を書きます。昨日流れたこのニュース。僕は安易にこのニュースを信じるつもりはありませんが、これが事実であるとしたならば、とんでもないことだと感じたのです。

女性にわいせつな行為をしたとして、警視庁本富士署が、東京医科歯科大(東京都文京区)歯学部6年の川野哲平容疑者(28)(同区千石)を準強制わいせつの疑いで逮捕していたことがわかった。
 同署副署長によると、川野容疑者は今年7月4日と19日、同大の研究棟21階の非常階段踊り場で、インターネット上のサイトを通じて知り合った女子大生(20)に、「(歯を白くする)ホワイトニングの薬は劇薬で、がんに影響がある。乳がんの検査をするので上半身裸になって下さい」と偽り、衣服を脱がせて胸を触るなどした疑い。
 川野容疑者は、サイトに「ホワイトニングの研究をしている歯科医です。無料でホワイトニングをします」と書き込んでいたといい、「肩をもんだだけ」と否認しているという。


まだ歯医者になっていない歯科大学生が自分の身分を偽り、自らが臨床実習を受けている大学病院に全く見ず知らずの女子大生を呼び、下着を脱がして触診をする。歯医者として信じられない話です。
歯医者は歯や口の中を治療する仕事ではありますが、歯や口も体の一部です。僕は患者さんを診察する際、患者さんの体や動きなどを観察しますし、場合によっては体のことを問診したり、血圧を測ったりすることがあります。状況によっては聴診器で聴診をすることもあります。この場合、患者さんが女性の場合は特に女性スタッフを同席させ、胸や背中を聴診することもあります。ただし、このようなことは非常にまれなことではありますが・・・。

このニュースによれば、容疑者は診療室ではない階段の踊り場で上半身裸になるように指示したといいます。これがもし本当であれば、言語道断。歯科医師として破廉恥極まりない行為です。しかも、自分が歯科医ではない歯科大学生でありながら、インターネット上で歯科医と偽り、無料でホワイトニングをすると書き込んでいたとのこと。ホワイトニングが無料でできるわけがないのです。それなりの機材、材料、器具、治療経験などがないとできないのがホワイトニング。通常は保険治療は利かず、自費治療になるホワイトニング。それを無料でするということ事態、非常におかしな話ではあり、歯医者であれば誰もが首をかしげる話です。

ホワイトニングの薬は劇薬だからガンに影響があるというのは全くのうそです。そもそもガンになるような可能性のある薬はホワイトニング用の薬物として国は認めません。日本では未承認で海外で使用されるホワイトニング用薬物もガンになるような可能性のある薬は用いていないのが普通です。
しかも、ガンの可能性があるから乳癌の検査をする。この言動の跳躍ぶりには僕は全くついていけません。

この歯科大学生は容疑を否認しているとのこと。肩を揉んだだけだと言っているのだとか。これもおかしい。治療で肩を揉むようなことは通常は考えられません。特に、女性患者さんの場合、変な誤解を与えかねませんから。

僕自身、何が本当なのか見極めたい。このニュースは個人的に追っていきたいと考えていますが、もしこの事件が本当だとすれば、この歯科大学生は歯科医になる資格はありません。昨日の日記にも書きましたが、ただでさえ歯科業界の現状は非常に苦しいものがあるのです。そのような中、歯科大学生一人の破廉恥な行いが歯科業界に対するイメージを更に悪くする可能性が高いのです。歯医者の一人として、非常に情けなく、怒りをどこにぶつけていいかわからない今日この頃です。



2008年09月08日(月) 歯医者はワーキングプア

先日、地元歯科医師会である会合があり出席してきました。会合にはいくつかの議案があったのですが、中に歯科界を取り巻く環境に関する議案がありました。その際、発言者の一人がこのようなことを言われたのです。

「最近、某高校で大学への受験指導の際、配布された資料を見る機会がありました。社会の様々な業界の将来性、発展性を図示した資料だったのです。中には歯科業界もあったのですが、歯科業界の位置づけを見て私は愕然としました。それは、歯科業界には将来性がなく、発展も見込めない。仮に歯科業界人になったとしても、ワーキングプアになるばかりとの評価だったのです。」

受験業界の指摘は非常に痛い所を突いていると感じました。歯科業界の将来が決して明るくないことは僕も認めるところです。

現在、10万人近い歯科医師がいるなか、そのほとんどが歯科診療所で働く歯科医師です。歯科診療所は67000診療所近くあり、現在も増え続けています。全国各地、どこでも見ることができるコンビニエンスストアの1.4倍、いやそれ以上あると言われる歯科医院。

一方、日本国民全体に占める1年間の歯科医療費は2兆5千億円余り。1年間の国民医療費がほぼ33兆円で、毎年増加(前年度は若干抑制されたようですが)しつつある中、歯科医療費は2兆5千億円余りと変化がありません。ということは、毎年決まった歯科医療費を毎年増え続けている開業歯科医院が分け合っている状況なのです。今後、歯科医療費が増えることは考えにくいだけに、歯科業界で働くとしても将来的な展望がないと指摘されても仕方がないところがあります。そういった意味では受験業界が歯科業界に対して、ワーキングプア業界であると評することに関して否定することはできません。

残念なことに現在の歯科医師過剰というのは国の政策の失敗です。かつて歯科医師不足と言われていた時代に歯科医師数を満たすために全国各地に必要以上の歯科医師要請大学を数多く作ることを認可したのが国です。その結果、歯科医師数が過剰となったにも関わらず有効な政策変更を行わずそのまま放置した。最近になり、ようやく国は歯科医師国家試験の合格基準を上げたり、全国の歯科大学、歯学部の定員を更に下げるよう圧力をかけるようにしながら歯科医師数を減らそうとしていますが、その効果が現れるのは何年も先のこと。国の政策失敗のつけは、結局のところ歯科医師自身が被らなければならないというなんとも皮肉な結果となっています。

しかしながら、現在、歯科業界で働いている者としては、正直言って面白くありません。歯科業界だけに限りませんが、どんな業界でもベテランから若手へ担い手が移っていくもの。現役世代の仕事ぶりを見ながら後を追いかけてくる若い世代がいる。このこと業界の活性化を図り、強いては業界の持続の活力となるのです。歯科業界もそうなのです。歯科業界を夢見る人たちがいることにより、現在、歯科業界で歯を食いしばりながら働いている人たちも先に希望が持てるというもの。歯科業界の将来に希望が持てるよう、今現役で働いている僕のような歯医者がもっと知恵を出し合い、若い人に魅力が持てるような業界にしていきたい。僕は切に願っています。いつまでも歯科業界がワーキングプアと言われないために。難しいことですが・・・。



2008年09月05日(金) ハエ叩き名人

昨日、インターネットでニュースを見ていると、このようなニュースが流れていました。

米カリフォルニア工科大のマイケル・ディキンソン教授らは、1秒間に5400コマ録画できる高解像度・高速度カメラを使い、ほぼ360度の視野がある目を持っているショウジョウバエをハエたたきで狙う実験を撮影・分析したとのこと。
その結果、ハエは飛び上がる前に脚を使って体の重心を微妙に移動させ、ハエたたきが来る方向とは反対に飛べるように準備することがわかったそうで、この動きには0.2秒ほどしかかかっていなかったとのこと。
これは、ハエの神経系に、危険が迫る方向と、脚や体の適切な動きを即座に結びつける「対応表」のような仕組みがあることを示すのだそうです。
同教授は「ハエたたきのコツは、ハエが今いるところを狙うのではなく、逃げる方向を先回りすること」とアドバイスしているそうですが・・・


誰もが一度はハエをハエたたきで叩こうとして、逃げられてしまう経験はあるのではないでしょうか?かつて、多くの家ではハエ取り紙が吊り下げられ、多くのハエが粘着性のあるハエ取り紙の上に捕まっていたものです。最近の日本では公衆衛生環境が改善したため、ハエの数は劇的に少なくなってはいますが、それでも少し油断をして不潔になれば、ハエはたかってきます。

ハエを取り除くには殺虫剤を使う手もありますが、僕自身は、やはり昔ながらのハエ叩きを用いてハエを退治するのが常です。ところが、ハエは非常にすばしっこい。ある場所に止まっていて今がハエを叩くチャンスだと思い、ハエ叩きで叩いた時には既にどこかへ飛んで逃げている。こんな時非常に悔しく思うのは何も僕だけではないでしょう。
そんなハエがすばしっこいメカニズムの一部がこの度の研究でその一端が明らかになったようなのです。今回の研究グループの研究者の一人は、

“ハエたたきのコツは、ハエが今いるところを狙うのではなく、逃げる方向を先回りすること”
とアドバイスしているようですが、この研究者には是非僕のお袋を紹介したいと思います。何せお袋はハエ叩きでハエを狙うものなら、百発百中のハエ叩き名人だからです。

これまで、僕はお袋が何度もハエを叩くのを見てきましたが、これまでほとんどハエを取り逃した光景を見たことがありません。一度狙った獲物は絶対に逃さない。そんな感じなのです。
以前、お袋にハエを叩くコツを尋ねてみました。すると、お袋は

「ハエの正面から叩こうとしても無駄よ。必ず間一髪の差でどこかへ逃げてしまうのが関の山。ハエの背後から忍び寄って、ハエの後から素早く“パシッ”と叩く。これがコツよ。」

お袋が力説するには、ハエの視野は広いので正面から叩こうとしても直ぐに逃げられてしまう。ハエの背後はハエにとって死角になるので、死角を利用して叩こうとすれば、ハエが感知する前にハエを叩くことができる。これがハエ叩きのポイントのようなのです。

今回のニュースで報じられていた大学研究グループには、是非お袋の知恵を授け、ハエの動きをよりよく分析できるようにアドバイスしたいものです。



2008年09月04日(木) 首の傷痕の理由

以前、僕が某病院の歯科口腔外科研修医だった時の話です。

当時僕が研修をしていた病院では、まず研修医が問診を取り、患者さんの主訴を聞き、それを指導医に伝えて指導医が診査、診断し、治療方針を立てるというシステムをとっていました。
ある時のことでした。むし歯ができて痛いという患者さんが来院されました。僕はいつもと同じように患者さんの話を聞きながら問診をとっていたのですが、患者さんを診ているとあることに気がつきました。それは、患者さんの首筋に一筋の傷跡があったからです。その傷跡は首の正面付近から左側面にかけてあったのです。カルテにはこのことを記載はしましたが、患者さんにこのことを尋ねようとした時、この日の指導医O先生と交代となりました。

O先生は患者さんの口の中や顔全体を診ながら、即座に治療方針を立て、むし歯の治療の説明をし始めました。患者さんはO先生の説明を聞き、治療方針を理解し、指導医のもとで治療を始められました。

この日の診療が終わった時のことでした。O先生が僕を呼びました。O先生曰く

「今日診た首に傷のある患者、覚えている?」
「はい、覚えています。かなりの傷でしたので非常に印象的でした。」
「あの傷、ただの傷ではないね。おそらく何らかの刃物で切られた痕だろう。どんな事情があったのかどうかわからないけど、堅気の人ではないね。」
「普通の方のように思ったのですが。」
「一見するとそうだけども、あの首の傷は何らかの修羅場で負ったものだよ。あの人、ただの人ではないよ。」

実は、医療において首に傷が残るケースがあります。歯科口腔外科の場合、口腔癌の手術がこれに相当します。口腔癌の手術の場合、単に癌の場所だけを外科的に切除するだけではありません。転移の可能性がある場合、首のリンパ節を全て取ることがあります。これを頸部郭清(けいぶかくせい)と言います。頸部郭清の場合、首の側面にメスを入れ、皮膚を薄く剥がすようにしながらリンパ節を探し当て、取り除くのです。一見簡単そうに思えますが、この処置は非常に困難を極めます。なぜなら、頸部のリンパ節がある場所には、総頸動脈や迷走神経といった非常に大切な動脈、静脈、神経が集中しているからで、少しでも気を緩ませると命に関わったり、手術後麻痺が残り、深刻な後遺症が残るのです。そのため、頸部郭清には慎重に行わないといかず、結果として時間がかかるのです。


頸部郭清ですが、手術後なるべく傷跡が残らないようなメスの切開が行われます。といっても、手術後どうしても傷跡は残るのですが、あまり目立たないような位置に傷が残るような配慮がされるのです。
他にも首の手術の場合、メスの切開は傷が目立たないような位置で行われるのですが、O先生と僕が診た患者さんは、こうした配慮がない、医学的に根拠が無い傷だったのです。ということは、首の傷は医学的な手術によってできたわけではない。

常識的に考えると、医学的な理由以外の首の傷は、考え難い。何らかの特殊な事情によって生じたと考えるべきで、その可能性として最も高いのが何らかの修羅場で首に傷を負ったのではないかということになったのです。

この患者さんはO先生を信頼し、O先生が主治医として治療をすることになりました。何度か治療をする間に、O先生はこの患者さんに首の傷の真相を尋ねたそうです。患者さんの回答はO先生がにらんだとおりでした。何人かのチンピラに囲まれ襲われた時に、相手の刀で切られた痕だったそうです。

実に怖い話でした。



2008年09月03日(水) 口の中が物語る家庭不和の一例

歯医者は患者さんが訴える主訴に基づいて歯や口の中の異常を診査、診断し、治療を行います。歯医者の仕事としては当たり前のことではあるのですが、視点を患者さん側に移してみると、歯や口の中の異常は、ほとんどの場合、直ぐに現れたわけではありません。何らかの原因が長期間かけて蓄積し、ある瞬間に症状として現れるものなのです。歯医者がいくら歯や口の中の悪い場所を治療したとしても、これはあくまで対症療法であって、原因治療ではありません。この点、患者さんには重々説明をしてはいるのですが、僕の説明にピンとくる患者さんはまだまだ限られているのが現状です。

歯や口の中の異常ですが、どんな背景があって起こったのでしょう?いろいろな背景があると思われます。例えば、患者さんの全身状態を着目しますと、年齢や性別、性格、体調、体格、遺伝的なことなどが影響すると思われます。口の中の状況をみますと、歯並びや噛み合わせ、むし歯原因菌、歯周病原因菌の数、唾液の性状、量、口呼吸、歯軋り、王と反射などの影響があることでしょう。
それにもまして影響を与えると思われるのが生活環境です。患者さんの労働環境を例に挙げますと、室内での仕事か室外での仕事か?会社員、公務員、自営業なのか?正社員、それとも派遣社員、パート職?単純作業なのかそれとも様々な仕事を掛け持ちしているのか?営業職なのか管理職なのか等々、患者さんの置かれている労働環境を考えるだけでも様々な環境があるはずで、これらが健康に与える影響は計り知れません。
患者さんのライフスタイルもそうです。愛煙家なのか禁煙か?飲酒習慣、間食習慣、といった食習慣が口の中に与える影響はかなりのものです。

このように考えると、たかが患者さんの口の中、歯の問題だとは言っても、これを左右することは山ほどあることが言えると思います。歯医者がいくら口の中、歯のことをすっぱく言っても、患者さん自身を取りまく環境をある程度知らないと、馬の耳に念仏状態になりかねないのです。

先日経験したことです。
ある男性患者さんがいました。この方、もともと歯磨きをあまりしない方で何度も歯磨指導を行ったのですが、うまくいきませんでした。
数年前のことでした。久しぶりに受診したこの患者さんの口の中を診て、僕は驚きました。それは、口の中が非常にきれいになっていたのです。かつて、何度も手を変え、品を変え説明しても一向に改善しなかった口の中の状態が劇的に改善していたのです。歯医者としては非常に歓迎すべきことだったのですが、その一方で疑問も残りました。どうして彼は歯を丁寧に磨きだしたのか?後日、この患者さんの関係者と話をする機会があり、理由がはっきりとわかりました。それは、この患者さんは彼女ができ、結婚間近だったということでした。歯や口の中のことに無頓着だった患者ではありましたが、彼女ができると今まで無関心だった歯や口の中も清潔にするものなのか?色恋ごとは歯磨き習慣にも影響を与えるものなのだなあと感心しておりました。

以後、うちの歯科医院に来院しなかったこの患者さんですが、最近、歯の不調を訴え、久しぶりに来院しました。久しぶりに診た彼の口の中は、悲惨な状態となっていました。いくつもむし歯ができ、歯には歯垢が多く付着していたのです。歯磨きを怠っているのは明らかでした。僕は歯の治療をしながら、歯磨きの大切さを訴えたのですが、本人の反応は非常に鈍いものがありました。何かあったのか?そんな疑問を持っていた最中、僕はある知人からこの患者さんのことを再び耳にしました。それは、この患者さんが奥さんと別居しているという知らせだったのです。既に別居をして1年経過し、離婚が秒読みに入っているということだったのです。ことの真相ははっきりとしませんが、かつて彼女ができ、結婚間近に劇的に改善した口の中の状態を考えれば、この話、あながちうそではない、むしろ真相に近いのではないかと感じた次第です。

生活環境が体の健康、口の中の状態に影響を与える一例でした。



2008年09月02日(火) 福田総理辞任に思う

昨夜、一日の診療を終え、夕食を取った後テレビを見ていると、突然流れたニュースでした。福田総理辞任。

ほどなく福田総理辞任記者会見が行われました。記者会見の概要はここに記されていますし、ご存知の方も多いのではないかと思います。

僕自身、福田総理の辞任会見を見ましたし、再度、ここも読み直してみましたが、辞任の理由に関して理解できませんでした。いろいろと政治的なからみ、会見でも言えない裏事情、精神的なストレスがあったのかもしれません。それにしてもなぜこの9月1日に辞任しなければいけないかの理由がはっきり見えませんでした。

先日、某地方の歯科医師会の役員を務めていた歯医者が突然辞表を出したという知らせが耳に入りました。先週末、偶然その方と会う機会があり、話を聞いてきたのですが、いろいろと歯科医師会の仕事上のご不満があったようで、これ以上某地方の歯科医師会の役員として仕事をすることができず、辞めたとの説明がありました。
僕は聞き役に徹しましたが、内心、穏やかではありませんでした。なぜなら、この歯医者の辞め方が任期途中だったからです。歯科医師会という組織は2〜3年に一回役員が交代します。任期は2〜3年制です。一度役員を引き受けたからには任期中は仕事をしなけれならない義務があるはず。本人の体調が優れない場合や家庭の余程の理由がある場合は別でしょうが、少なくとも仕事の不満があっても途中で仕事を放り出すようなことは非常に無責任な行為になります。本人は辞めてせいせいするのでしょうが、残された人たちが辞めた人の仕事をかぶらなければならないですし、非常な迷惑です。
僕自身、地元歯科医師会の仕事をしていますし、ある役職についていますが、どんな状況であっても任期中は辞めないつもりでいます。不満があるなら、任期を全うしてから次の仕事、役職を受けない。これが筋だと思うのです。

閑話休題。任期途中の総理辞任についてはいろいろと議論のあるところでしょう。けれども、総理には衆議院の解散権があります。また、内閣を総辞職させることもできます。政治的に行き詰まったなら、衆議院を解散し、国民に真を問うのが筋だと思うのです。それができなければ、任期を全うし、政治的空白を生じさせないことが国の最高指導者としての務めではないかと感じます。

昨年の安倍元総理の辞任といい、今回の福田総理の辞任といい、あまりにも唐突。本人はそれでもいいのかもしれませんが、周囲は大いなる迷惑であることは確かです。こんなに国の内外が大変で、問題山積である時期に一国の総理がいなくなる事態は避けなければならないはずなのに、それができない総理というのは・・・。呆れてモノが言えません。



2008年09月01日(月) 名前を間違われたくない人

歯科医院では、保険診療の場合、初診時にかならず患者さんが持参した保険証を確認します。最近の保険証は一人単位のカード式のものが増えてきましたが、カード式にせよ従来型のものにせよ、患者さんに関する個人情報がいろいろと書かれています。健康保険組合の名前、番号、患者さんの登録番号、患者さんの名前、性別、年齢等々。これらの情報をカルテに写してから診療に移るのが常です。

さて、保険証で確認するとはいえ、いつも気を遣うことの一つに患者さんの名前があります。何度も診ている患者さんや常識的に読むことができる名前の方の場合はいいのですが、中には名前を読み間違えてしまうような名前の患者さんもいます。そのような場合、僕は必ず患者さん本人に名前を確認することにしています。確認した後、カルテにフリ仮名を振るようにします。本当ならば一度聞いた名前は直ぐに覚えなければなりませんが、頭の悪い僕は一度聞いただけでは覚えられない名前もあるのです。そのため、自分が覚えるのに自信がない名前の場合、必ずフリ仮名を振るようにしているのです。

僕がこのようなことをする理由には名前に対するこだわりがあるからです。それは、誰でも自分の名前を間違えられることは非常な失礼に当たるのではないかと思うからです。自分を表す名前を間違って言ってしまうということは、相手の全人格を否定してしまうように思えてならないのです。

僕自身、他の方の名前に対して正確に言おう、記そうと思うからでしょうか、自分の名前を間違って言われたり、記されたりすることには非常な違和感を覚えます。僕はこれまで自分の名前を何度と無く間違って呼ばれたり、書かれたりしたことがあるのですが、時には思わず感情的になってしまったことがあります。
僕の本名を考えれば、間違いやすいだろうなあとは思います。しかし、自分が相対する人に対して名前を間違って言ったり、書いたりされてしまうと、何だか見下されているような気がします。決して良い気分にはなれないのです。

こんな僕は人格者にはなれないかもしれません。かつて、有名なバイオリニストでYehudi Menuhinという人がいました。この人の名前の発音がエフディ・メニューヒンなのかユーディ・メニューインなのか、はたまた他の発音が正しいのか?本当のところがわからず、ある方が本人に尋ねたそうです。そうするとYehudi Menuhinは

「どちらでも構いません。どちらでも私であることには間違いないのですから。」

僕も見習いたいものです。


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