My life as a cat
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2020年10月24日(土) 栗の木に囲まれた村を訪れる




今年はいつもの"栗の森"には登れなくて、"栗の木に囲まれた村"を訪れた。到着してみると、人口200人程の小さな村といえど、天気がいいからかみんな広場やバルに集っていて、うら寂しいというようなイメージは吹き飛んだ。

ハイキングコースを登っていく。体が重くて20分もあれば登れそうなところ倍の時間がかかる。しかし、松ばかりで栗は見つからない。途中下山してきたハイカーに聞くと栗の木の場所と村へ戻る"平坦な道"の情報をくれた。言われた通りに進むと確かに栗の殻は所々に落ちてるのだが、栗が落ちていそうな気配はなかった。まだ落ちていないのか、先日の雨や風で吹き飛んでしまったのか。"平坦な道"を通って村まで戻ることにした。ところがこの道確かに平坦ではあるものの、道幅はかなり狭く、ちょっとでも足を滑らせれば左手に迫る崖から川まで転落して命を落としかねないというようなところだった。しかも先日の雨がまだ完全に乾いてなくて、地面は滑りやすかった。妊婦じゃなくてもこの道を冷や汗かきながら一歩一歩進むくらいなら、歩きにくくてもハイキングコースの斜面を下ったほうがよさそうだった。しかし、コースに戻るのも大変なのでひやひやしながらそのまま慎重に慎重に進んで、やっと村の小路に出た時にはほっと胸を撫で下ろした。

「結局何一つ見つけられなかったね。でも美しい紅葉を眺められたし、初めて訪れる村を散策することもできたし、まぁいっか」

と話しながらその小路を降りていくと、地面に栗が落ちていた。民家の木から敷地外に落ちたものだった。ちまちまそれを拾って、

「小さな土産も出来たしまぁいっか」

と休憩することにした。水筒に入れてきた熱いカフェとりんごのケーキとショートブレッド。山のきりりと冷たく乾いた空気の中で飲むカフェは最高だ。しばらく荷をおろしてまったりと休み、そのまま荷物とリュカをそこに残してひとり少しだけその辺りを歩いてみた。と、森の入口に栗が落ちているのを発見した。進んでいくと一面栗の木で沢山の栗が落ちていた。中国人らしい女性も大きな袋を持って栗拾いしていた。中国人もかなりの栗好きだものね。リュカを呼んで、栗を拾う。入り口だけかと思っていたが、驚いたことに、そこからは進めど進めど一面栗の木で、どこまで続くのかわからないくらい続いていたのだった。宝の山を発見したような気分だった。日も傾いて来たし、何より腹がつっかえてよくしゃがめないので、1時間も拾っているともう大分疲れてしまって引き揚げることにした。沢山歩いて体が心地よく疲れていて、とても幸せな気持ちだった。

栗は2.8kgあった。

栗や胡桃など収穫したものをたっぷり入れたリコッタチーズのケーキを焼いた。リコッタのあっさりした味が優しい甘味の栗とよく合う。自分の足で拾い集めた栗は格別だ。こうして自生する食物の本当の旬を知り、野生の本来の味を知り、季節を味わうと、体の中からみるみるエネルギーが生み出されるような気がする。







2020年10月23日(金) 二度と戻れない

医師が処方してくれたサプリメントの効果なのか、ここ数日体が軽くて調子がいい。一挙一動息切れして呼吸が苦しくいのは増えた体重のせいではなく貧血のせいだったのだろう。どうやって出来上がるのかわからないものを体内に入れるのは嫌で、薬はおろかサプリメントだって避けてきた。でも母体の貧血により胎児が死亡するケースもあるという記事を読んで、今だけ、あと2ヶ月だから、と自分に言い聞かせながら飲んでる。

調子がいいとよく運動できる。今日は雨降りで、40分の散歩の代わりに20分の筋トレをした。そしてよく運動ができると、気持ちよく食欲が湧く。妊娠してから味覚はもうめちゃくちゃなのだが、後期に入って今度は苦味と甘味をものすごく敏感に感じ取るようになった。幼稚園児の時ですらやったことがないのに、44歳にして朝のカフェにミルクを入れはじめたのだからどうしたことか。そしておやつは砂糖を入れないものや、極限まで控えたものを手作りして食べてる。外で食べるデザートは大抵甘過ぎて半分食べるのがやっとだ。妊婦はあまり砂糖を摂ると良くないらしいから好都合だ。あとは子供の時に突然嫌いになってそれ以来口にしてなかった納豆を食べてみたら好きになったこと。でもこれは妊娠とは関係ないかもしれない。子供の頃親に与えられたメロン味の歯磨き粉が嫌で、メロンがずっと嫌いだったのに、数年前機会あって口にしたら美味しくて美味しくて、今では夏になると毎日のように食べてるのと同じかも。

今だけ、とか、もう少しの我慢で、とか思うことは多々あるけど、産後に10ヶ月前の自分に戻れるかと考えたら、もう戻ることはないのだと思う。味覚や体型は戻るかもしれないし、戻らないのかもしれない。しかし何よりももうわたしは自分のことを一番に考えて生きてくことは当分ないのだろう。小さな守るべきものができれば当然で、きっと誰もがそうやって子を育て上げていくのだろうけど、わたしは自由で身軽で身勝手な自分に未練を感じないといったら嘘になる。母や妹に言えば、

「そんなの自分の赤ちゃんの顔みたら可愛くて全部忘れちゃうから大丈夫さ」

と笑い飛ばされることだろう。そんなものなのか。想像つかないや。しかし、流れ行く人生の中で"元通り"なんてものは本当は何一つない。元通りと感じることがあったとしたら、それは見知った場所に似たようなところを再度通過してるに過ぎなくて、本当はそれは見たことのない通過点なのだろう。


2020年10月20日(火) 母親の愛情

ここ最近、レジで並んでいると先にどうぞと譲ってもらったりすることが多くなった。電車やトラムでもわたしが近付いただけでみんなさっと席を立って譲ろうとしてくれる。辺鄙なところを散歩してると車が止まって、"町まで行くなら乗せてくよ"とオファーしてくれたり。この地域の人々ののんびりでいい加減な仕事ぶりにイライラしたりすることは多々あるけど、その代わりこの人達には時間と心の余裕がある。妊婦印のタグなんかバッグにつけなくても、優先席なんて設けなくても、個々の判断で行動することができるというところは日本の見習うべきところだろう。


まだ妊娠する前のこと。友人とお茶をしてる時、子育ての話になった。

「わたしがイマイチ理解できないのはフランス人女性は子供は作っても自らの手で育てたがらないこと。もちろん経済的にままならないから産んですぐに職場復帰する人もいるのだろうけど、そうでない人も多いよね。わたしは子供とか興味ないけど、もし産んだら自分の手で育てたいもの」

そう発言したら友人の旦那さん(フランス人)が深く賛同してくれたのだった。この彼はわたしが妊娠してからも何かと近況をあれこれ聞いてくれて、お腹に向かって話しかけたりしてくれるのだった。だが、その後、奥さんからこんな話を聞いて、なぜ彼が賛同してくれたのか解った気がした。彼の母親は若くして彼を産んで、まだ遊びたいさかりで、小さな彼を置いてどこかへ行ってしまい、結局彼は父親に育てられたのだということ。お父さんとは友達かというくらいなんでも話せる仲だといえども母親の愛情というのはまた種類の違うものだと思う。この国では母乳の味も母の手料理も知らずに育つ子供なんて珍しくないようだ。でもやっぱりわたしはどこかで母乳と手料理は母親の愛情を子供に伝える一番の手段なのではないかと思ってる。


2020年10月10日(土) お手軽なシンガポールの風

先日の大雨で、近隣の村ではいくつか壊滅的な場所もあり、死者や行方不明者がでた。この辺りの村は山に囲まれていて、一度山道がふさがってしまうと、たちまち世間から隔離されてしまうような場所が多い。今週は朝から食糧支援や人の搬送のためヘリコプターが忙しく上空を舞っていた。マクロン大統領も視察にやってきたというくらい被害は大きいようだ。不幸中の幸いはまだ冬がやってくる一歩手前だったということくらいか。子供ができるのをきっかけに家を購入しようか、と少しずつリサーチをはじめたところだが、こういう自然災害も念頭に置いて検討したほうが良さそうだ。

大きなアジア食材店があるというので、行ってみた。こんなのがあるのか、と見るのは好きだけど、結局は大した買い物はしない。フランスは日本と比較しても断然質の良い食材に恵まれてる。プロセスフードでさえ質は上だ。ポテトチップスのようなスナック菓子ですら塩味といったら塩以外のものは使わず味付けされてるのが売ってる。わざわざ遠くで作られて、原材料の出どころもよくわからなくて、添加物だらけ、やがてゴミになるプラスチックに封じこめられて、時間をかけて送られて、挙句高い税金をかけて売られるものを購入する気にはならない。ともあれ、今日は化学調味料不使用のシンガポールのラクサを作れるキットを見かけて買ってみた。5.5ユーロ(これで2人分できる)とちょっとお高いけど、シンガポールに行ったことのないリュカにも食べさせたかった。"奮発して"もやしや揚げ豆腐なんかも買って、最後に大きな地元のスーパーで海老を数尾購入して帰る(クロちゃんにも夕飯にあげたらすごいがっつきようだった)。

即席だけにたった10分でラクサは完成した。だが、これ本格的で現地のホーカーの味と変わらないではないか!恐らくだが、シンガポール人もラクサを自宅で作ったりはしない。日本人がカレーをルゥから作らないのと同じ理由だろうと思う。わたしも何度かそれっぽいものは自分で調合して作ってみたが、やっぱり難しくて、こんな深みのある味には仕上がらない。化学調味料不使用で、途中で舌が痺れてきたり、食後にやたら喉が乾いたりすることもなく後味がないのが気に入った。リュカもとても気に入ったようだ。最終的なコストを計算してみたが、一人前で4ユーロというところ。4ユーロでシンガポールのホーカーにトリップできるなんて全く悪くない。脳内にあの湿気と熱風が立ち込めた。ちょっと衛生的に心配なホーカーに腰掛けて飲むコピや、八百屋で買って歩きながら食べるドリアンの味、全てがガラクタかはたまた宝の山かといううくらい雑然としたインド人街。三晩も過ごすと嫌になってしまうこの国だが、またいつか立ち寄りたい。


2020年10月08日(木) 冬ごもり支度

家の裏の猫しか知らないような小さな路地で今日もせっせとヘーゼルナッツを拾ってる。ここは静かで、聞こえてくるのは鳥のさえずりと人々の些細な日常生活の音だけ。たまに見知らぬ猫がふらりとやってきては、わたしの仕事をちょっと覗いて去っていく。面白いのはここから自分の家のバルコニーが見えること。隣人のナタリアの生活も見えてしまう。いつも寛いでる自分の家のバルコニーは、ここの木々の隙間から覗き見ると、どこか違って見える。今日は珍しく女の人が通った。この路地を抜けたところの住人らしい。

「それ、美味しいの?」

と尋ねてくるので、

「うん、すごく」

と教えてあげた。

「ふ〜ん、一度も拾ったことないな」

と、さほど興味なさそうに去っていった。この辺りの人々はシャンピニョンやエスカルゴみたいな簡単に食べられるようなものには目がないが、栗や木の実のような殻を割ったり剥いたりするのが面倒なものはあまり欲しがらない。隣人達も木の実をもらったりすると、

「あんまり好きじゃないからよかったらどうぞ」

とくれたりする。わたしは彼らが好きじゃないのはその味じゃなくてプロセスだと知ってる。証拠にマロングラッセやヘーゼルナッツとチョコレートのペーストなどをあげると目を輝かせて食べてるのだから。確かに忙しく働いてるとプロセスが面倒かもしれない。でもわたしにとってはそういう仕事は瞑想のようなもの。無心で黙々と取り組むと気持ちが落ち着く。この冬は出産を控えてて、産んでしまったらしばらくは安静にしてなければいけないという。家事はリュカが仕事を数週間休んで全てこなすことになってる。だからその時にヘーゼルナッツの殻でも割って過ごそうかと沢山拾い集めてるのだった。

静かな一人の時間もお腹の中の赤ちゃんはよく動いて、ここ最近はもう"ひとり"とは感じなくなった。日が暮れてくると相変わらすちょっと具合が悪くなってきて、息も苦しくなってくる。横になっても起き上がってもどうにも苦しかったりする。こんなに苦しいのに、わたしの中に存在して、今は24時間一緒にいてくれるこの赤ちゃんが、もう数ヶ月したらわたしの体と切り離されて、日々独立した存在になっていくのだと思うととてつもなく寂しくなってしまう。


2020年10月04日(日) 胡桃拾い

週末。栗拾いを目的に散歩。ちょうど落ち始めで沢山は拾えなかった(帰宅して計ったら500g程度だった)。見上げると今にも落ちてきそうに口の開いた実が沢山生ってる。来週の晴れた日にもう一度来ようねと話してたところ、リュカの知人の女の子と会った。彼女も散歩の途中で、木の実なんかを拾ったと見せてくれた。彼女は大きな庭のある屋敷に住んでいて、そこには色んな木が植えられてて、

「ただ野生の木の実の味ってどんなかな?って拾ってみただけ。アタシはうちにバスケット一杯あるから」

と、気前よく胡桃や栗が拾える場所を教えてくれた。栗は結局拾えなかったものの、ヘーゼルナッツと胡桃でバスケットは一杯になった。

今年初の栗おこわを炊いた。毎日でも食べられるくらい栗が好き。秋の恒例行事となった栗の森での栗拾い。歩いて歩いて、拾って拾って、休憩!と木の枝に腰掛けて水筒の熱いカフェを飲みながらビスケットを頬張る。うっすらかいていた汗はひんやり冷たい空気の中で次第に乾いてくる。辺りが薄暗くなる頃、灯りの点る町を見下ろしながら降りてきて、ピッツェリアへ直行してチーズの熱々なのを頬張る。家に帰ってすぐに栗の処理をして、疲れ果てた体を寝床に横たえる。

「あぁよく動き回った。幸せな日だった」

そう思っている間にもう寝入ってしまう。この行事が何よりも好きだった。今年は自分の脚では登れないだろうとがっかりしていたのだが、打開策を考案中。もしかしたら行けるかもしれない。自分の脚に鞭打って登るのも一つの醍醐味だったが、今年は行けるだけでも有り難い。


2020年10月01日(木) サイコパスベイビー

朝早くラボへ妊娠糖尿病の検査へ。妊娠7ヶ月目(フランスのカウントの仕方で)に入ると全ての妊婦は自動的に受けさせられるらしい。このラボはニースの中心地にあって、ここが南仏だと忘れてしまうほどここの人々はみんな本当に機敏によく働く。かといってぴりぴりムードというわけではなくて、いついってもみんな優しくて機嫌がいい。しっかりしていて何か忘れてみたりとか運次第で処遇が変わるとかそういうこともない信頼できるところ。

妊娠糖尿病の検査は、何も食べてない状態でまず採血。それから甘ったるいドリンクを飲まされて1時間安静に待つ。そして2度目の採血。更にもう1時間待って3度目の採血。これで終わり。読書の捗ること。こんなにゆったり読書できたのは久々だ。

ゆったりランチを食べたり、ウインドウショッピングをしたりして、さてちょっと食料を調達して家に戻ろうかとスーパーへ行った。支払いを終えてレジの脇でしゃがんで、荷物をカートの中にアレンジしてしまっていたら、誰かがわたしのお尻を蹴っている。明らかに故意にずっと蹴り続けているんで、振り返るとそこにはベイビーカートに乗っかった2歳くらいの男の子がいた。彼の目は明らかにわたしを睨んでいた。

"Stop!!! Non!!!"

声を荒げると更に彼はわたしを睨みあげる。側で立ってる若い母親は電話に夢中で何も見ていない。彼のお姉ちゃんらしい4歳くらいの女の子が彼を抱きしめながら尋ねる。

「どうしたの?この人に何かされたの?」

男の子はわたしをまっすぐ指さして、睨み続ける。顔をまっすぐ指さされて赤ん坊相手に腹がたった。いや、母親に腹がたったのかもしれないし、自分がこれから産む男の子がこんなことをするような子になったらいやだという思いで腹がたったのかもしれない。とにかくわたしは腹がたった。

「やめなさい!指さすのは!」

それでも母親は電話に夢中。お姉ちゃんもキッとわたしを敵視するように睨んで、

「この人が悪いのね」

などと言う。蹴られたのはこっちだ!と言いたかったが、次の瞬間、この男の子が突然このお姉ちゃんを叩き始めた。ビックリして泣き始めるお姉ちゃん。母親はそれでも電話に夢中。もう呆れてその場を立ち去ったが、背後でドアが閉まるまでの店内から女の子の泣き声が響いていた。

ショックな出来事だった。この2歳くらいの赤ん坊の人を睨む鋭い目が脳裏に焼き付いて離れなかった。子供は天使のように生まれてくるというがこの子は悪魔の子なのではないかと思うくらい邪悪な感じだった。突然他人を蹴ったり、兄弟を叩いたり。どうしたらこんな小さいうちにそうなってしまうのか。こんな小さいと親の教育がとか家庭環境がどうなんてのはあまり考えられない。こういのをサイコパスベイビーというのかもしれない。殺人鬼とかで生まれた時から邪悪で、幼少の頃から虫や動物殺したりして、大人になって人殺すようになっちゃったっていう話がある。研究されているらしいけれど、わたしが見たのはまさにそれだったのでないか。

帰宅して、恐る恐るオンラインで朝受けた検査の結果をチェックする。妊娠糖尿病にかかるとお腹の子が巨大になってしまったりするそうなのだが、妹の子が正にちょっと大きめで検査を受けたと言っていた(結果はネガティブだったらしいのだが)。わたしのお腹の子もまさにちょっと標準より大きめになってしまっていて、遺伝的にもこの検査はかなり不安だった。が、結果、なんら異常はなく、全て適正数字内に収まっていた。食べ物で何が好きって、芋とかごはんとか、とにかく炭水化物が大好き。食べたら食べた分だけ脂肪を蓄えられる危機に強い体なの悪くないが、今は本当に簡単に何でも蓄えてしまうので油断は禁物。体重はすでに9kg増えてしまった。日本では怒られたりする人もいるらしいが、ロシア人のわたしの主治医は"パーフェクト!!"と言っているんで大丈夫なんだろうか。


Michelina |MAIL