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2020年09月26日(土) |
4年目の"海の人々" |
4年目のGente di mare。波の音やビーチで戯れる人々のざわめきを聞きながら飾らない料理を頬張れる"わたしにとって"最高に贅沢なレストラン。年に2回は来たいねと話しながらも、今春はコロナで閉店してたんで、実に1年ぶりとなった。到着するとすぐに出してくれるきりりと冷えたかなりあっさりした味でアルコールも弱くて少しだけ発泡してる白ワイン。一口だけ頂いた。あぁ、うまい。料理はいつもと変わらず安心して食べられる味。いつもはそうでもないのに今日はなぜか満席。今年は8月のヴァカンスで消費しなかった人々が、代わりに夏の終わりに地元のレストランでお金を落としているのだろうか。今回は食後酒に自家製のリコリスキャラメルの酒というのを頼んでみた。一口飲んで目を見開いた。これ濃厚で美味い!!こういう食後のデザートのようなお酒は大好きなんだよな。くいっと全部飲み干したかったけど、やっぱり我慢。お腹が苦しくて一度にあまり食べられないし、酒も飲めない。水すら胃を苦しめる。妹などは妊娠中も母乳育児を始めてからも一滴も酒を口にしていないという。妊娠中カフェインも一切とらず、出産してやっと一杯の紅茶を飲んだいう徹底ぶり。精神的にも強いのなんのって。妊娠中も苦しいとか弱音も吐かず、出産の最中ですら静かに痛みに耐えていたという。さすが、自分が子供の時から"子供が欲しい"なんて言い続けてた人は気持ちがすっかり決まっているのだった。それにひきかえわたしはなんてへっぽこ妊婦なのか。食べたいものを口にできないとがっかりし、気持ちが悪いと泣きべそをかきながらベッドでぐったり寝転び続け、心細くなると日本の家族に会いたくてまた泣く。カフェインはあまり気にせず、甘いものや脂肪分の多いものも食べ続けつつ、妊娠糖尿病になることを恐れ、酒もたまに舐めたりしてる。3才の姪っ子ちゃんは妹そっくりで、わたしの子のオムツを替えたいなどと言う。わたしは本気でお任せしたいと考える始末。こんな大した自覚のないわたしなのに、お腹の子はすくすく健康に育ってくれてる。天はわたしに新しい気持ちを教えようとしているのだろうか。それともこの子はわたしの為というより、まっすぐに子供が欲しいと言っていたリュカの希望を汲んで生まれてくるのだろうか。
リュカがリコリスキャラメル酒の作り方を見つけてきて作ってくれるというので、出産した暁にはたまに母乳を休んで飲もう。やっぱり出産して赤ちゃんの世話に追われてる自分より、嬉しそうに酒を舐めてる自分のほうがよほど想像がついてしまうんだよな・・・。
2020年09月20日(日) |
Soupe au pistou |
そろそろ栗の季節。散歩がてら栗の木を見てこようと出かけた。重い体でよっこらよっこら歩き、上り坂ではリュカに後ろからお尻を押してもらう。そうしてやっと林を抜けて、もうすぐ毎年拾ってる栗の木のところにたどり着くという時にふと地面にヘーゼルナッツが落ちてるのを見つけた。上を見上げると一面ヘーゼルナッツが実ってる。地面の落ち葉をかきわけてみると沢山実が落ちてるではないか。
「よし、自家製のノッチョラータ(北イタリアで製造されて売られてるヘーゼルナッツとショコラのペースト。ヌテラと違ってパーム油が入ってなくて、材料がシンプルでBIOなのが人気だそう。味もヌテラよりもいい)作ろう!」
と言ったら、リュカは俄然張り切りはじめた。日本人では見かけないけど、この辺りの人は本当、みんなこういうの大好きみたいだ。その辺り一面に木があって、拾いきれないくらい落ちてた。結局30分以上拾ってただろうか、バスケットが重くなったところで引き上げた。そしてもう少し歩いて栗の木に到着。実は生っていたけど、まだ落ちてなかった。今年は栗の森には登れないから近所でちびちび拾うしかないのか、とちょっとがっかりしてたけど、思いがけずヘーゼルナッツが拾える場所を発見して、大満足で帰宅した。
沢山動いてお腹ぺこぺこ。夕飯はリュカがこの辺りの郷土料理、スープ・オ・ピストゥを作ってくれた。何かの催しもので大きな鍋で村のマダム達が煮てふるまってたりするのを見かけたりしたけど、一度も食べたことがなかった。野菜や豆たっぷり入れた鍋にひたひたの水と塩、胡椒を入れて1時間近く煮る。その間にバジルを摘んできて、にんにくと一緒にすり潰して、そこにオリーブオイルを混ぜてピストゥを作る。鍋に小さなパスタを投入して、煮えたら最後に火を止めてからこのピストゥを投入して完成。パルミジャーノをちょっとおろしていただく。一口食べて感動。ミネストローネみたいに冷蔵庫の余り野菜なんかを一緒くたに煮込んだものでしょ?と思ってたが、違う。最後にピストゥを入れることでにんにくとバジルの香りが際立ってそれがいいアクセントになって、ミネストローネとは一線を画している。安易にコンソメキューブなんか使わないで、野菜をじっくり煮込んで引き出した味が本当にいい。たっぷり栄養を摂ったせいかお腹の子も元気に暴れだした。スープ・オ・ピストゥはわたしのひとつの大好物になったのだった。
日曜の午後。近所の日本マニアの男の子をランチに招いたら、メロンパンを作って持ってきてくれた。フランス人の作るメロンパンときたらいいバターをたっぷり使ってて、本場のやつより高級な香りがするではないか。しかも焼き立てでまだほんわり温かい。こりゃ最高だ。彼は東京でメロンパンを専門に売るパン屋で食べて以来、これが相当気に入って、色んなレシピで作って研究したんだそうだ。リュカは初めて食べるメロンパンが大分気に入って、残ったものを明日の朝食にするのだと大事そうに戸棚にしまってた。
余ってた毛糸でべべの服2セット完成。小さいからすぐできちゃう。着せかえ人形遊びでもしてるみたい。サボテンボタンの黒いのを自分のべべ用にキープして、フクロウボタンのクリーム色セットを同時期に出産するリュカの同僚カップルにあげた。彼らの予定日はクリスマス。わたしのは正月明け。学校の学年分けは元日で区切られる。どう考えても東洋系の名前をつけられたわたしの子と、スペインのカタルーニャ地方の名前をつけられたこの二人の男の子は、ひょっとしたら同じ小学校の同じ教室で勉強するのだろう。
いつも"余った毛糸で"とか"余った布で"とか"リサイクルして"、"中古で"、"お下がりで"なんてやってて、母には苦笑された。でも物質的な豊かさは子供の幸福度とは比例しないというのが、欲しいものは何でも買ってもらって育ったわたしの結論だ(もちろん懸命に働いて与えてくれた両親には感謝してるけど)。この子が生きる時代はより何もかもが足りない時代になっていくのだろうと思う。だから足りないなりになんとかする知恵や創造性を養って逞しく生き抜いて欲しいというのがわたしの願いだ。
2020年09月07日(月) |
コロナの夫と陣痛の妻 |
今日もせっせとビーツ。効果がでてるのか、このところ本当に調子がいい。貧血で目の下にくまができて5才くらい老けた感じで、鏡に映る自分にがっくりしたりしてたけど、それも大分マシになった。カンヌのマルシェで買ってきたカラフルなビーツは生でサラダにしてみた。アンディーブと青りんごとりんご酢とサラダ油と塩、胡椒で。そして普通のビーツで乾燥きのこのボルシチを。ホワイトマッシュルームはスライスして一日天日干しにして、それでスープを取る。あとはセロリ、にんじん、玉ねぎというイタリアではソフリットと呼ばれてるスープ作りの基本香味野菜、それにじゃがいもとビーツのみ。これすごくいい出汁でてて美味しい。ロシア正教で肉を禁ずる日なんかはこういうボルシチが食されるんだそうだ。
リュカの同僚のポルトガル人のカップル。奥さんが妊娠してて、自分用に作成した妊娠中やること、出産後やることのリストをコピーしてくれたりしてたのだが(同じ外国人だからかなり参考になった)、数日前旦那さんがコロナ陽性となった。そしてそのタイミングでなんと奥さんに陣痛がきて今病院にいる。旦那さんは奥さんの出産に立ち会えないんだろうな、おそらく。彼らにとってはじめての子。他人事ながら本当に残念だろうな。まぁ産んでから存分に楽しいことがあって、その時になれば出産時のことなんてどうでもよくなってしまうのだろうけど。
2020年09月04日(金) |
サント=マルグリット島へ |
サント=マルグリット島(Île Sainte-Marguerite)を訪れた。カンヌからフェリーでたった15分とは思えない自然豊かな楽園のような島だった。船着き場の対岸には雑然としたカンヌの街が見えるのだが、そこから島の中心部へ入ると松の木やユーカリの木が生い茂り、裏側まで来ると対岸にはもうひとつの小さな島、サンノラ島が見えて視界は別世界へと変わっていく。小さな村もあって少しだけど住人がいるそうだ。島内の外周の道を一周しても8km程度だったが、今のこの身ではきつそうなので、おすすめされた半周コースを歩くことにした。島の裏側のビーチに落ち着き、おやつを食べては泳ぎ、(ただ水深が十分なくてちょっと泳ぎにくい場所が多い)贅沢に時間が過ぎていった。
わたし達はこの島が大変気に入って、来年はべべも連れて戻ってこようと話した。妊娠後期に入るといよいよお腹が重くなって動けなくなるという。母親学級もはじまる。夏の終わりの最高の思い出となった。
カンヌを訪れた。近いのに近寄りがたいセレブなツーリストの街というイメージで、いまいち興味が沸かず、これがはじめて。結婚した時にリュカの職場の人々が小さなハネムーンパッケージをプレゼントしてくれた。使用期限もあるし、出産前に使いたかった。行き先とホテルはヨーロッパ各地から選べたのだが、あれこれと都合があり結局カンヌに落ち着いたのだった。来てみたら、そう悪くはなかった。街並もビーチもそう美しい景観ともいえないけど、すべて一緒くたにひっくり返ったようなニースよりも大人びてて上品な感じで、とにかく飲食店が沢山ある。美味しものを食べて一日ショッピングというならちょうどいいサイズの街だ。朝のマルシェはなぜか外周に広げてる店の価格が高くて、内側は庶民価格。小さなスナックは充実してて、これは楽しい。見ると買わずにはいられない夏の南仏の名物ズッキーニの花のベニエをつまんだ。アーティショーや茄子のベニエなんかもあった。港の並びにあるローカルフードのレストランでランチを摂って、お茶屋さんや土産もの屋を見てまわった。カンヌ映画祭の会場の前で有名映画俳優や監督の手形を見て、陽が傾く頃旧市街の坂を登った。こんなに歩き回ったのは久しぶりだった。自分が思ってたよりずっと歩けた。あまり暑過ぎなかったのもよかったのかもしれない。最近ではお腹が圧迫されてるせいで、とにかく日中トイレが近くて、何度も公衆トイレへ駆け込まなければならなかった(無料で清潔なのはよかった)。リュカは嫌な顔ひとつせず毎回一緒に来て、トイレの前で待っててくれた。素敵な服を売る店のショーウィンドウに飾られた秋服やハッピアワーにテラスでタパスとビアを楽しむ人々を横目に見ては、ちょっとがっかりしたけど、わたしの荷持を持って、手をひいてくれる夫の優しさに気を持ち直した。夏の長い夜を素敵なレストランでゆっくり食事して過ごしたかったけど、なにせ夜になると気持ちが悪くなって味もよくわからなくなってくるから、そんなわけにもいかず、適当に買った食料をホテルの部屋で食べた。バスタブにお湯を張って浸かり、ベッドに横になったら、火照った体にひんやりしたシーツが気持ちよかった。
「わたしお腹が軽くなったらもう一度カンヌに来たいな。味覚のちゃんとした舌で美味しいものを食べて、洋服の一枚も買いたい。今日やりたくても出来なかったこと全部したい」
「うん。僕は家でべべの面倒見てるからひとりで身軽な休暇にくるといいよ」
「でも本当はべべとあなたとクロちゃんとみんな一緒に来られたらいいのにな・・・あっ、そうだクロちゃんに電話しなきゃ」
一晩クロちゃんの面倒を見てくれてる隣人のドミニクに電話した。
(ドミニクがクロちゃんの耳に電話を充てる)
「クロちゃん!いい子にしてる?夕飯食べたの?」
「・・・」
「クロちゃん大丈夫?今日はドミニク小父さんと一緒に寝てね」
「・・・」
「クロちゃん返事しないけど、耳ぴくぴく動かして尻尾振ってるよ」
とドミニク。
こうしてカンヌの短い夜は過ぎていった。
2020年09月02日(水) |
ハロードヌイ ボールシィ |
ビーツの効用か、ここ数日は調子がいい。貧血で一日中体が重くて、夜たっぷり眠ってるのに日中も眠くて仕方がないというようなことがなくて、かなりあれこれとやりたかったことがこなせてる。体に足りてない栄養素を食べ物で補っていくことはすごく難しいんじゃないかと感じてる。生まれ持った体質だったり、体は何か理由があってその栄養素を使い込んでたりで、そこに新たな不足した分の栄養素が入ってきたからって、あらそうですか、とすんなり吸収してくれはしない。通常は貧血ではないが、献血に行くたびに、"あなた自身には足りてるけど、人にあげるほどはないから"と断られ続けた。そして必ず"また次回来てみてください。人の体って変わったりするから"と言うんで、レンズ豆なんかで栄養つけて行ったりしてみたが、結局献血できたためしがない。だから毎日ビーツを食べるのも半分はおまじないのつもりなのだが。今日は冷製ボルシチ。野菜とハーブたっぷりに酢やサワークリームなんかが入る。こんな合成着色料たっぷりのイチゴミルクみたいな色のスープが体に良いようには見えないが、見た目とは裏腹に栄養価は抜群のようだ。
もうひとつのピンク。一年もたらたらと編んでいたサーモンピンクのレースのショールがやっと完成。
明日からたった一泊の小さなヴァカンス。行き先は超近場、カンヌ。ちょっと良いホテルに泊まってのんびり散歩でもする予定。帰ったら次はお腹の子のものを編むつもり。