My life as a cat
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2016年11月29日(火) おやじのキウイ

この時期になるとあちこちの庭の木にキウイが成っているのを見かける。酸っぱそうだな、食べられるのかな、と思っていたら、農園のおやじが自宅で採れたというのを持ってきた。

「もうよく熟してるからねー、ほら」

なんと、ぷよっぷよっ、と指で身を押しているではないか。うわぁ。。。桃の指で押されたところが茶色く傷んでいくのを思って絶句した。イタリアのとある八百屋では、

「売り物には絶対触るな」

と店先で女主人が仁王立ちで目を光らせて見張っていた。仕方ないので桃の高さまでしゃがんで、犬のような格好でくんくんと匂いをかいで熟しているか確認するしかなかった。まぁ、しかしこの女主人は正しいね。わたしは八百屋だったら同じことを言うだろう。ところが、おやじはこともあろうにぷよっぷよっ、とやって見せてそれを食べろと渡す。あまりにも衝撃的だった。

同僚に食べられるのだろうかと相談すると、みんなわからないと言う。試しにひとつ割って食べる。

ん?

甘い!美味い!

一気にもらったのを3つ食べてしまった。

おやじに報告した。指で押しながら渡されたのがあまりにも衝撃的だったこと。しかし食べてみて、またその美味さが衝撃的だったこと。

「林檎と一緒に追熟させたからね。甘くて美味いに決まってるよ」

なにごともなかったようにおやじはそう言い残して去っていった。

結論は、指でおされたキモいキウイも林檎と追熟させればなにはともあれ甘くて美味いということなのだな。


2016年11月27日(日) チェブレーキ

荻野恭子さんのロシア料理の本を2冊程買った。この本に出合うまで、ロシア料理なんて肉ばっかりだし、魚はスモークしてて、野菜といったら瓶詰めしたようなのばかりで口に合わないと思っていた。が、それは間違いだった。爛蹈轡⇔鼠爐鮟个好譽好肇薀鵑離瓮縫紂爾砲△襪發里録諭垢日常的に家庭で食べているものとは違う。日本人が家でしょっちゅうテリヤキ・チキンとかスキヤキ、スシを食べてるわけじゃないように。

ロシアでは人々は地産地消で食べ物の季節もよく守られているのだそうだ。春に苦みのある緑色の野菜を、夏は肉や魚は食べず赤や黄色の野菜を。秋、冬は黒い食べ物を、体を温めるために肉や魚などを食べる。肉を食べると血が濃くなるが、同時に汚れるとも言われる。暖かい時期は魚や肉は食べないというのだから、もちろんヴェジタリアンでも楽しめる料理があるということだ。

どれもシンプルでさっと家にあるようなものでできてしまうから、さっそくひとつ作ってみた。チェブレーキという揚げ餃子のようなスナック。強力粉と薄力粉を半々で、イーストを入れない生地の中にはバターで炒めた玉ねぎとカボチャをちょっとスパイシーに味付けしたものが入っている。油は1冂ひいて揚げればいいと書いてあったので、その通りにした。パンと餃子の間のような食感だ。へぇ、でも新しい食べ物。ピロシキだって焼いたり揚げたり、具だって別になんだっていいのだね。マッシュポテトのピロシキなんてとても美味しそうではないか。しばらくわたしの食卓はロシア料理が続きそうだ。しかし、今日の夕飯はチェブレーキと昨日煮たけんちん汁だった。悪くないけどね。


2016年11月23日(水) 酢酸発酵酵母の救済

天然酵母では何度も失敗をして、酢酸発酵してしまったきれいに焼き色のつかない酸っぱいパンができた。爛廛鵐僖縫奪吋覘爐箸世泙靴世泙型べるが、やっぱりプンパニッケルに失礼だな。もう少しうまい救済方法はないか、と思っていたのだが、あった。まず肝心なのは中種は毎日味見をすること。ちょっと酸っぱいと思ったら、もうその中種で作るパンはどうしても酸っぱくなるので、酸味が増さないうちに手を打ってしまう。だいたい酸っぱくなる時点で発酵力も弱い。

ドライ・イーストを使ったパンのレシピの半量ほどのドライ・イーストを足す。中種を作るのに使用した水と粉の量を計算して、その分量を差し引いた粉や水、その他の材料を足す。あとは普通に作る。

今回はトマト・ピューレとオリーブを練りこんだフォカッチャを作った。この選択がよかったのだろう。失敗酵母の苦しい救済どころか、何度も焼きたい美味しいフォカッチャとなった。バターロールのようなものではなく、トマトフォカッチャのように、そもそも酸味のあるトマトピューレを練りこむ生地にしたことで、酸味はトマトのものか酵母のものかはわからない。何はともあれ一番肝心なのは、中種を毎日味見して、ちょっとでも酸味を感じたら全てパンとして焼いてしまう。これに尽きる。酵母起こしに1週間、中種作りに1週間、と、2週間も毎日こつこつやった結晶がたったひとつのパンとはちょっと悲しい気もするけど、捨てるより猝詰やりプンパニッケル爐鮨べるより余程いいと思う。しかし、天然酵母歴3年ほど。失敗を成功に変えられるようになったのはなかなかの成長ではないだろうか。そもそも失敗しないようになるといいのだけど、素人が自宅でやるのに失敗要素を全て排除するなどというのは難しいから、こんなところで満足してもいいだろう。


同僚が14年付き合った愛猫を亡くし、ペット・ロスにかかっているようだ。彼女はひとり暮らしだから愛猫は唯一の家族だ。同じく愛猫を持つひとり暮らしの身として、自分もいつかそうなるのだろうか、と考えてしまった。

子供の頃から常に家には何かしら動物がいて、彼らはそこそこ生きて、病気にかかったり、老衰のようにして死んでいった。わたしは彼らのことをすごく大事に思っていたけど、死んだからといって泣いたりはしなかった。ただ、一度だけ生後9か月の黒猫が車に轢かれて死んでしまったときは、1か月近く泣き続けた。まだ目も開かない子猫の時に、道の真ん中で死にそうになってうずくまっていたのを保護したのだった。獣医に連れて行き、点滴などをうった。獣医が言ったのだ。

「命拾いしたねぇ。もう少し遅かったら死んでたよ。こんなに衰弱しちゃって」

元気になった黒猫は目を開いて初めて見た生物(わたし)を慕って、家中どこにでも着いてきた。やせっぽっちだから首の後ろにマフラーみたいに張り付いて料理するのをじっと見ていたりした。命拾いしたのに、たった9か月生きて逝ってしまうなんて。あまりにもショックだった。

他の犬猫達は、最期の3日間くらいは飲まず食わずで動かなくなり、犬は庭の芝生の上で息絶え、猫はどこかにふらりとでていきそのまま帰らなかった。どこかで静かに土に還っていくのだろう、と思うと、それはただの自然の一部のように思えて、不思議と悲しくなかった。数か月経つとまたふらりと新入りがやってくる。そして家族で夕飯を食べながら、ふと土に還った動物達の思い出話が持ち上がり、みんなで笑う。鼻提灯ふくらませて、寝言呟きながら昼寝してたよね、とか、ベッドの上に登れなくて、部屋の一番端から助走つけて走ってきたのに、鼻の頭ベッドのフレームにぶつけて終わったね、とか。わたしは自分の死すら、同じようにありたいと思っている。式とか石とか欲しくない。人知れずどこかで静かに土に還りたい。人間だから難しいだろうけど。家族は悲しまず、せっせと今目の前で生きている命のために奔走して生きる。そしてたまにわたしの思い出話が食卓にあがり笑いのネタとなる。そんなふうなのがいい。

悲嘆にくれる同僚にかける言葉は見つからない。だから、

「blog読みました。残念でしたね」

とだけ声をかけた。でも、このコは生きているときにうんと愛してくれる人がいたのだから、その魂は安らかに土に還ったのではないのかな。


2016年11月21日(月) Teddy Bear Baker

4時半起床。昨日仕込んだ天然酵母のパン生地が夜になっても十分膨らまないので、9時にひとまず寝てしまったのだった。目が覚めると枕元に置いておいた生地がまさに犧でしょ!爐箸いλ弔蕕澡餽腓世辰拭ドライ・イーストなら2、3時間も見ておけばまず一次発酵は終わるが、天然酵母はそうはいかない。酵母の醗酵力、温度、生地の種類によって6時間〜24時間くらいと振れ幅が大きい。寝不足になってしまう人もいるようだ。

生地を少し休ませたら成形。二次醗酵させる。その間に身支度を整えて、NHKのフランス語講座が始まるまでになんとかオーブンに入れることができた。この番組が25分だから、終わる頃にちょうど焼きあがる。パン作りは時間の計画が計画通りになんかいかないことのほうが多いから、こうやって思った通りに進むと気分がノる。

フランス語講座を終える頃オーブンから芳ばしい朝の匂いが立ち込めてきた。空も明るくなってきた。エスプレッソを淹れてやっと腰をおろした。晩秋の早朝の空のたよりない光は情緒があって美しい。そしてふと大好きな絵本を書棚から取り出した。

Teddy Bear Baker"

物語にはなんのひねりもない。テディは早朝に起きて、オーブンに火をくべる。生地を捏ねてオーブンにいれる。それからやっと朝食。朝はヴァンに乗せて売り歩き、それが終わると今度は店番。午後からはパーティーなどのファンクション用のペイストリーを配達する。全てが終わったらティータイム。そして翌朝のためにすぐにベッドに入る。なんのひねりもないし、このストーリーに深い思想が隠されているのかわからないけれど、わたしはこの孤独で静かで簡素なテディの暮らし向きがすごく好きだ。毎日同じルーティンでも雑念を持たず丁寧に黙々とこなし、夕飯はスキップしてしまうのはやっぱりベアだからなのか。

ベーグルは最高に美味しく焼けた。いつもなら忙しい朝なのに、今日は優雅に絵本を広げながら焼きたてのパンを頬張っているのだもの。早起きは3文よりもっともっと得だね。


2016年11月19日(土) 誰の歯?

物をどかして、ちょっと奥まで掃除をしていたら、陶器のような音のする小さな破片を見つけた。ん?拾いあげてみると、なんと歯だ。まさか、とクロエちゃんの口を無理やりこじ開けて覗いてみた。上の犬歯が2本なくて、そこにぽっかり穴があいている。うわぁ、いつからだろう。毎日元気で毎日食欲旺盛、食後は下の草むらを走り回って泥棒草を沢山毛にひっつけて帰宅する。別になんかの病気ではないんだろうな。調べてみたが、歯が何本かなくても大丈夫ではあるらしい。が、まだ6歳。猫生が15年と考えると折り返し地点までも来てないのに永久歯が2本無いとは。すべての動物に言えることだけど犹は命爐世らね。テレビでヴィエノワズリーの巨匠フィリップ・ビゴさんが、こんな話をしていた。

「最初、日本にパン屋をオープンした時は、ハードなパンが日本人にウケるとは思えなかった。でも意外に売れたんだよね。ある日、歯が一本しか残ってないおばあちゃんが来てバゲットを買っていった。で、爐海鵑文任い里世戮燭蕁∈埜紊了が折れちゃうよ爐辰童世辰燭蕁↓爐海離丱殴奪箸悩埜紊了を失うなら本望だわ爐世辰董

しかし、と想像した。最後の歯を失ったら。バゲットをカフェ・オレに浸して柔らかくして食べるのかな。クロエちゃんもそうなったらお粥状の食事にシフトしていくのだろうか。あれこれ頭をめぐってしまったよ。猫にちゃんと歯を磨けとも言えないし困ったね。これからは定期的に歯が抜けてないか、口の中をチェックしようっと。


定期的に宗教勧誘の人がやってきてドアをノックする。パンを捏ねてる最中だったり、ちょうどパスタが茹で上がった時だったり、間が悪いことも多い。ドアを開けずに爐韻辰海Δ任広爐斑任襦B梢佑魎誘するのは、結局彼らの信仰は富と権力にあるということなんだろうな。資金を増やして組織を大きくする会社と変わらない。信仰の自由は守られるべきだ。そして本当の信仰は静かに胸の内の置いておけばいい。他人を説き伏せる必要などないじゃないか。ドアの穴から相手の顔を覗き見て、犖媚興い爐隼廚錣困砲い蕕譴覆ぁしかし、そもそも宗教というのは純粋な信仰のためにこの世に存在するものではないのかもしれないな。もしそうだとしたら、あらゆる疚しい事の隠れ蓑にされたりして、悪用され過ぎている。

(写真:あたらしい首輪かってもらったよ。似合うでしょー?)


2016年11月16日(水) NOMAより家ピッツァ

NOMA爐箸いΡ撚茲魎僂拭デンマークのミシュラン星付きのレストランのドキュメンタリーだ。繰り返し語られるコンセプト。デンマークで採れる食材だけを使った季節を感じられるもの。。。って日本人には普通過ぎる。そんなことをあたかも爛好撻轡礇覘爐箸い辰進薫狼い馬辰靴討襪△燭蝓▲妊鵐沺璽というところの食材や食生活の乏しさを想像した。スペインの予約の取れないレストラン爛┘襦Ε屮雖爐離疋ュメンタリーも観たが、これと似通っていた。厨房の張りつめ方、仕事に対する姿勢の厳しさ、常に新しいものを新しい形にして提供するところなど。しかし、こういう見た目が凝り過ぎた料理というのはどうも食欲をそそらない。口に入れて嚙み砕くものが、誰かがつい数秒前にピンセットで真剣に飾り付けたものだなんて思うと、味よりもそちらに神経がいってしまいそうだ。旬で最高に良くできた野菜なんて、いじりたおすより生とかグリルしてとかで、塩をふるだけが一番美味しいもの。それじゃぁ、レストランは成り立たないけどね。

映画の中でひとつぎょっとしたのは、新メニューの開発で、爛Ε泪(旨味)とホンダシを入れて爐箸いΔだり。旨味を知ってるところはさすがの世界の料理人だけど、ホンダシは横着な人が乱用する化学調味料のことで、プロの料理人には絶対使って欲しくないものだ。言葉の覚え間違えならいいのだけど。それにしても、そもそもデンマーク産じゃないけどね。

天然酵母の中種に、トマト・ピューレを練りこんでピッツァを作った。サーモンピンクの生地になった。チーズと残ってたポルチーニ茸も乗せて焼いた。やっぱり食べ物はシンプルなのがいちばんだ。


2016年11月13日(日) お初の大根

電通社員の過労自殺は海外の新聞でも報じられていた。この国のことを極東の島国くらいにしか知らない人々に爐笋辰僂蠧本はカロウシの国なのね爐蛤毒Ъ韻気擦燭里世蹐Δ。このニュースを聞いて第一に思ったことは、自殺した人に果たしてどこまで自己管理能力があったのか、ということだ。亡くなった方は24歳だというから、入社したばかりなのだろう。仕事を覚えるだけで精一杯というところで自己管理なんていう境地には達していなかっただろう、と想像する。それにしても一方的に会社が残業を強いた、というように責任を問われているが、20世紀以前の奴隷制度でもあるまいし果たして本当にそうなのだろうか。電通がブラック企業と呼ばれるところだったとしても、勤め続けるか辞めるか本人が決められたはずだ。他人の評価を異常に気にする人、犂萃イ蠅燭き爐箸いΦせちと自分の心と体との限界をうまく見極められない人がこういった窮地に追い込まれる傾向にある、と思う。しかし、まずもって自殺の原因が過労だとどのように決定されるのだろう。私生活には何も悩みがなかったと誰が断言するのだろう。人の心の中なんて誰も見ることができないのに。小さな会社では必ずしも守られているかわからないが、そこそこの大きい会社は厳しい労働規制があり監査も入るから、マネージメント側は早く退社してください、と定期的に社員に注意する。それでも仕事以外にやることがなく、会社に残っていたい人間というのはいる。理数系の人間によく見るが、勉強ばかりして大人になり、会社に入ったら仕事ばかりして年をとっていく人はいる。そんな人がある日自殺でも謀り自分が責任を問われたら、とマネージメント側は冷や冷やして、再度警告する。早く退社してください。それでも家に帰りたくない社員はカードだけ打刻して、データ上定時退社として残業代がつかなくても会社に居残る。それが見つかってまた注意される。こんなバカげたやりとりを見たのは一度ではない。有給を取るのは権利だ。自分に残業を強いる権利など誰も持っていない。他人が自分をどう思おうとどうでもいい。とどのつまりは会社なんていつでも辞められる。そう思って、理不尽な要求をする人々とは闘ってきた。自分の主張が正論な限りは誰も言い返してこないし、それによって解雇されることはない。しかし、世の中こんな風に強く思える人ばかりじゃない。わたしの家族はわたし以外全員が社会の中で揉まれて精神的な病気になったことがある。わたしはこのことで本当に悩みに悩んだ。どうしたら彼らが自分の中で安らぎを見つけて生きることができるだろう、と。励ましの言葉を言ってみたり、楽しい話をしてみたり、どこかに連れ出したり。でも結局、立ち直るか立ち直らないかは本人の選択でしかないのだと、自分の無力を思い知った。社会で揉まれたら揉まれただけ、強くなっていける人もいれば、波に呑まれて沈んでいってしまう人もいる。後者はどんなに一時的に荒波を逃れることができても、次の荒波に耐えることができるのかはわからない。

農園にて、オヤジのひとりが大根をくれるという。今冬お初。葉っぱも食べると言うと、じゃぁ、とナイフを取り出して、大根の身の上部1僂里箸海蹐ら切り落として葉と身を別々に渡してくれた。そうか!簡単なことだけど、気付かなかった。そうやって切り落とせば、帰宅するまで葉がしなしなに元気がなくなってしまうことはないし、ばらばらと散らかることもない。帰宅してからも葉の付け根の身の部分を水に浸けておけば葉がしゃきっとしていてくれるから、すぐに湯がいて処理する必要もない。これは良いことを教わった。

夕飯は採れたて大根と里芋、卵の韓国風の煮物。クロエちゃんが食べない煮干しの頭とポルチーニ茸の戻し汁、ベジブロスなんかで適当に出汁を作ったけど、すごくうまくできた。野菜がそもそも美味いから、どうやっても美味いのか。


2016年11月12日(土) ポルチーニ茸のごちそう

暖かい良い秋の日だった。平日は11月末が締め切りのプロジェクトの追い込みで戦いだから、パンを焼いて美味しいものを拵えて家でゆったり過ごす週末はなんともしあわせだ。最近天然酵母作りを再開した。自宅は暖房機器なんかも使わないし、酵母の喜ぶような気温ではないから酵母と一緒に出勤している。職場の近くに住むメリットはこんなところにもあり。酵母抱えて満員電車とかはちょっと考えてしまうものね。家では眠っている酵母は空調管理された職場に行くと次第に元気になる。良いところまで醗酵したら冷蔵庫に入れておいてまた一緒に帰宅する。オレンジ酵母はよく出来た。

ランチは乾燥されたポルチーニ茸を戻して、にんにくとドライ・トマトのペーストと炒めたパスタにした。家でポルチーニ茸を食べるのははじめてだ。きのこマニア(決して悪いきのこを集めてる人じゃない)が近所の山でポルチーニ茸を取って食べているらしいのだが、彼女いわく生より乾燥のほうが旨みが凝縮されて美味しいそうだ。彼女は今の季節会社の裏の茂みから爐のこの匂いがする爐噺世ぁ⊇業中も狩りに行きたくてうずうずしている。生のは食べたことがないから比べられないけど、美味しいな、これ。日本の松茸にあたるというけど、この香りにはそれくらいの高級感を感じる。


(今日のにゃんこ。1個しかない無印良品のソファーは取られ気味)









2016年11月08日(火) 美女とフランス語入門

久々に放送大学のフランス語入門を見た。相変わらず強烈だ。本題以外のことが気にかかって結局終わってみるとフランス語のひとつも記憶に残っていない。トピックは爛如璽箸量鸞爐箸恋愛系なものが多い。フランス人のヴァンサンと日本人のユリコがロールプレイングをする。会話の流れは普通。ヴァンサンも普通。だが、ユリコの演技がひどい。中学生の文化祭レヴェルで全く雰囲気が伝わらない。フランス語がわからなくたって雰囲気がおかしいことくらいはわかるのだよ。そしてロールプレイングが終わるとスタジオにいる日本人男性の教授とフランス人女性が解説をする。この教授というのがまたひどい。ユーモアとかジョークのかけらもなく、笑顔も見せずたんたんとデートのスクリプトの解説を続ける。退屈な授業の見本のようなものだ。フランス人女性のほうは普通の明るい人のようで笑顔を見せたりする。が、このふたりは隣合って座り、ひたすらカメラの方を見て一向に顔を見合わせたりはしない。ひとつ気にかかるとあらゆることが気になりはじめる。そういえばこのスタジオの照明は薄暗くて、表情の暗い教授の顔色がよけい悪く見える。ロールプレイングのバックグランドが安っぽすぎる、とか。1時間も放送してくれるのだが見るに堪えない。

対照的にNHKのフランス語入門は素晴らしい。もっとも受信料の支払いを要求する局と他局が同レヴェルでは困るが。今季の主演は常盤貴子。今季に限らずNHKのフランス語講座は言語をぎゅうぎゅうに詰め込むようなものではなく、歴史や文化に触れながら学んでいくのでとても面白い。言語というものはそれだけ暗記して覚えたって使いこなせるものではない。その土地の歴史や文化や人を知って、その言語の根底にあるメンタリティまで理解してはじめて本当の意味で使いこなすことができるようになるのではないだろうか。そういった意味で、入門程度にしかフランス語を話せなくても一歩ずつ理解しながら進むことができるのがいい。

それにしても常盤貴子は美しい。フランス語の発音もいいしね。一週間のはじまり、月曜の5時半に起きる。ざっとシャワーを浴びてエスプレッソを淹れる。6時から番組を楽しんだら引き続きテレビの前で体操までしてしまう。この番組もいい。シンプルなストレッチのような体操だが、プロの体操のおねえさんたちの体の動きのしなやかで滑らかなことよ。足が不自由な人も体操できるように配慮されていて、椅子に座りながら体操をしているおねえさんもいる。日頃はどちらかというと見た目より中身で勝負したいと思っているが、でもやっぱり美しいものには見る人の気分を高揚させる効果があると認めざるをえない。そしてその逆も然り(気をつけよう)。週のはじまりに美意識をがつんと刺激されて、会社へと向かう。その後の一週間にどんなことが起ころうとも、週のはじまりが良い予感で満たされていることだけは確かだ。

NHKの受信料に納得のいかない人もいるようだが、わたしはこれはフランス語のレッスン代だと思っているから惜しくはない。この番組で教えている基礎をしっかり覚えれば、フランス人に爐や?このコはちょっとしゃべれるんだね?狡度には注目してもらえるようになる。1回400円程度と思えば安いものではないか。


2016年11月03日(木) ヤッホー!谷保

兵庫県の淡路に工房を構えているAwabi wareの作家、岡本さんが東京で展示会をやるというので足を運んでみることにした。会場は国立市の谷保。こんなことでもないと訪れることもないであろう場所だ。空は見事な秋晴れ。ちょっとした遠足気分で電車を乗り継ぎ乗り継ぎゆっくり向かった。

立川から南武線で3つ目の谷保駅で下車。ひとまずランチ。調べておいたイタリアン・レストランへ向かって歩く。



駅から3分も歩いたところに団地がずらりと並んでいる。レジデンシャルだけど緑豊かな町という印象。

    


Fioretto爐箸いΕぅ織螢▲鵝Ε譽好肇薀鵑貌った。口コミでは牘れ家的爐判颪れているのに地図を見ると駅前のメイン・ストリートに面している。はてな、と思ったが、地味な店構えを見て納得。看板を出しているわけでもなく、一瞬気付かず通り過ぎてしまったくらいだ。中に入ると誰もいない。温厚なおとうさんといった雰囲気のシェフがひとりで全てをこなしていた。爐錣燭靴離轡Д姚爐澆燭い覆海瞭叛蠹な感じがえらい得をした気分だ。静かな店内にちょうどよいボリュームでかかるボサ・ノヴァ、シェフが奥のキッチンで料理する音だけがカタン・・・コトン・・・と聞こえる。なんて心地よい空間なのだろう。



サツマイモのスープが出てきた。このランチを楽しみに、朝から何も食べていなかったのだから、それはそれはありがたかった。やさしい甘みで、野菜本来の味を潰してしまうようなきついスープ・ストックの味などしなくて自然でとても美味しい。



続いてほうれんそうとリコッタ・チーズのラビオリ。パスタは手打ちなんだそうだ。パンはこれも自家製だろうな。そういう味(自家製に勝るものなし)。



メインは魚。カリッと焼いたのをスープに浸している。


最後はカボチャ・プリンとコーヒー。旬の食材を使った品々、全て完璧に美味しかった。何より情熱を持って丁寧に仕事してるのがひしひしと伝わってきた。後でお店のBLOGを見たら、食材を見に畑に足を運んだりしているのだね。たまたますいていたけど、ふだんはそこそこに人が入っているようだ。しかし、価格も高いわけじゃないし、こんな良い店どうしてひっそりしているのかなぁ。団地というのはたいていは家族が住むところで、家族でおしかけたらどうしても家で食べるより高くつくからだろうか。ひとつ言えるのはシェフはシェフでありセールスマンではない。美味しい料理の作り方は知っていても、その売り方は知らない。しかし、商売上手なシェフなんて、どこか信頼できないという気もする。料理しか知らないシェフの店、わたしはそういうの好きだな。こういう良い店はしっかり存続していってほしいけど、一方で人でごったがえす賑やかな人気店になってしまったらそれはそれでまたさびしく思うだろう。



駅まで戻る途中に小さなパン屋さんがあったのでのぞいてみる。いくつか朝食用に買った。


手作りアイス。ミルクにこだわっているらしい。1個買ってみた。残念ながらわたしには至ってふつうのアイスに思えた。まぁ、1個食べたくらいで何がわかる、という感じだけど。

    


そしてついに本日のメイン・イベント会場へ。小さな路地の奥のほうにある古民家を改修した小さなギャラリー・スペースがあった。思いのほか、小さなスペースにけっこうな客入りがあった。人気があるのだね。食器というのは、展示されていてぱっと目をひくような華美なものは、実は料理と合わせると使いにくいものが多い。このAwabi wareの良さは、どぎつい個性を感じるわけじゃない。だけど料理を乗せるごとにその良さが身に染みて解るようになるというところじゃないだろうか。以前から欲しかったターコイズ・ブルーのオーバルを購入した。青い皿ダイエットとかいうのがあるらしい。食器を青にすることで食べ物の色合いも悪く見えて食欲が減退するというものだ。確かに純粋な青の食器はたいていの食べ物の色をくすんで見せる。だが、ターコイズ・ブルーになるとそれは全く当てはまらない。和風も中華も洋風も全ての料理にしっくりくる。会場で沢山買い込んでいた女性が言うには、グロスとマットでも合う料理が違うらしい。

Michelina |MAIL