My life as a cat
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2016年10月30日(日) 秋の味覚と冬支度

いつもの修理屋さんに預けていたお気に入りのブーツをピックアップしに行った。もう4回目の冬となって今回のメンテナンスはあれこれと頼んでいた。つま先の補修、ヒールの巻き布の張替え、ヒールの底のゴムの交換。物静かで老いた山羊のような風貌のもう60歳はとうに超えてるおじいさんはマイペースで、行くたびになかなか面白いコメントをくれる。

「この靴はもう買い替えたほうがいいんじゃないの」

とか、

「とてもかわいい靴ですね」

とか。

出来上がった靴を見てぎょっとした。ヒールの布の色も柄もすっかり変わって別のデザインとなっている。もともとは黒のブーツでヒールも黒だったのだが、なぜか、ヒールには木目柄の茶色い布が巻かれていた。しかし、おじいさんがいかにも当たり前というように自然と差し出すので、面食らったままお金を払って帰ってきた。すごく変になったような、変でもないような、変わったから違和感があるだけなのか。なんで違うデザインにしちゃったのかなぁ。おじいさんの趣味でかわいいと思ったのかな。腑に落ちないままだが、一応はひととおりきれいに修復されたから今年の冬も履けそうだ。

夕飯は張り切ってまたまた落合シェフのレシピに挑戦した。ブラック・オリーブとグリーン・オリーブ、ドライ・トマト3種のペーストのパスタ。それぞれをオリーブオイルと合わせてフードプロセッサーにかける。フライパンにアンチョビを熱して崩しながらいためたらペーストを3種類同量とパルミジャーノ・チーズを入れて出来上がり。ポワール・ウイリアム(洋梨)のブランデーとかぼちゃのスープと共に楽しんだ。パスタはもちろんおいしい。秋の味覚だねぇ。


2016年10月28日(金) The terrorist’s SON

Zak Ebrahim著"The terrorist’s SON"を読んだ。

There's been an accident"

夜明け前、ニンジャ・タートルのパジャマに身を包んだ7歳のザックが母親に揺すり起こされるところから物語はスタートする。白いシーツを広げ、最低限必要な物を詰めなさいと促される。父親がユダヤ教の要人を撃ち、自らも警官に撃たれて病院に運ばれたのだった。数日後、要人は亡くなり、父親は一命をとりとめた。ザックが大人になるまで明けることのない闇の生活のはじまりだった。

一家は引っ越しを繰り返しながら、父親の潔白を信じてせっせと刑務所に会いに行く。マキシマムのセキュリティーを持つ刑務所に入れられた極悪人でも、家族にとっては極平凡な良き夫で良き父親だった。いつか帰ってくると信じて待つ家族がいるのにもかかわらず、父親は刑務所の中で新たな陰謀を企てる。ワールド・トレード・センターの爆破だった。911の事件の3年前に爆破で怪我人と死人がでた。その事件の首謀者は刑務所にいる父親だった。彼にとっては家族の生よりも人々の死のほうが大切なのだった。

今度こそ、家族は父の潔白を信じることができなくなった。母親は離婚し、再婚した。養父となった男は社会的にテロリストと呼ばれる男ではなかったが、家族に暴力をふるう家庭内テロリストだった。

父親がテロリストへと変身する過程のひとつの事件として、お金に目がくらんだ女の人にレイピストに仕立て上げられて訴えられたというのがあった。それは非常にアメリカの闇を象徴するような事件だと思った。が、しかし息子が父と同じ道を歩むことを拒み、平和活動家となったのも、やはりアメリカという移民大国に住み、あらゆる宗教や文化、思想に触れる機会を得ることができたからだろう。そして他人を憎むことと暴力を教え込んだ父親の不在も結果的には彼を良き方向に導く大きな要因だっただろう。

Theodore Roszakという歴史学者の言葉が引用されていた。

" People try nonviolence for a week, and when it "doesn't work", they go back to violence, which hasn't work for centuries"

父親は一連の暴力によって何を得たのだろうか。仲間からの信頼か、勝利か。それは家族からの信頼と自由を引き換えにしても得たいものなのか。大きく報じられる事件、被害者やその家族の苦しみの影で、加害者の家族はひっそりと重い罪を背負いながら生きる。解せない気持ちで読み進めていたが、最近になって獄中で彼の気持ちにも変化があったそうだ。家族を失ったことを悔やみ、中東問題の平和的な解決を望んでいるらしい。

この物語はたったひとつの良い例にすぎず、今でもテロリストになるべく育て上げられている子供達がたくさんいる。彼らが自らの意思でその道を外れることはどんなに難しいことか。暴力に非暴力で立ち向かうということは相当の精神的強さがなければできないことだ。人は暴力を受ければ恐怖におののき、暴力を受けないための暴力をふるうようになる。この連鎖を断ち切る以外に解決の道はない。母親に手を引かれ父親を刑務所に訪ねる子供達をじっと見つめている女性のオフィサーがいた。大人になったザックが平和活動家となり警察内でスピーチをした際に握手を求めるラインの中に彼女がいた。テロリストの子供の行く末を心配して見ていた彼女は立派になったザックの姿を見て心から喜んでいたのだった。Theodoreの言葉通り、歴史をみればどんな暴力的解決も得るものより失うもののほうが余程大きくて、手放しで狎功爐噺討戮襪發里あっただろうか。


2016年10月23日(日) Made this bed

ベッド・ルームがほぼ完成。はじまりはベッドを買い替えたことだった。ほんの思い付きで買い替えたわけではなく、兼ねてから一生の1/3を過ごす場所なのだから買い替えるならきちんとした良いものをと計画していた。が、計画していたのはベッドのことだけで、部屋に入ればいいくらいにしか考えていなかった。サイズを大きくしてしまったものだから、不随してあらゆるものを捨て、買い直しすることになった。まぁ、人生の転機とも考えて(大袈裟なようだが、寝床の改造はそれくらいわたしには重大なことだ)、地道に作業していた。サイズ的にシーツやカバーなどは日本国内ではチョイスが少ない。断然チョイスが多く、輸送費を入れても安い海外のサイトで購入した。ただ到着まで2週間くらいはかかってしまうから、その間はマットレスの上に寝袋を置いて寝ていた。そうこうしている間にもサイズ的に置けなくなったデスクを除去し、新しいデスクとチェアー、サイドテーブルを新調した。古いベッドは分解して、クリーンセンターに引き取ってもらった。古い物を分解し、新しいものを組み立てる。レンチやドライバーを片手に重い木材を担ぐ。新しいベッドの組立は女ひとりでは難しいのではないか、という配送業者のセリフに闘志が沸き上がり、執念のようにひとりで組み立てた(意味不明の執念なのだが、完成した時の達成感はたまらなかった。いやぁ、本当に全ての部品がいちいち重くて、まともな女性にはおすすめできないね)。黙々体を動かし、疲れ果て、新調したマットレスに体を横たえるとたちまち心地よく深い眠りに落ちる。よく眠るための労働か、よく労働するための眠りか。よく働いて、美味しい物を食べて、深く眠っていれば何がなくとも人はおかしなことは考えないものだ。

今週に入り、ベッド・パッド、シーツ、マルチカヴァーと次々と到着した。新しいシーツなんかを広げる時のクロエちゃんのはしゃぎようは猫標準なのか。ベッド・メイキングをしているとすぐにシーツの上にジャンプしてぐちゃぐちゃにしてしまう。ひたすら邪魔されながらもなんとか完成した。しみじみベッドに横たわりぼんやりとしていたら、Sophie's choice"という若きメリル・ストリープが主演の映画の中で引用されていたエミリー・ディキンソンの詩が頭を過った。とても素敵な詩でノートに書き留めてあった。

Ample make this bed. ―寝床をゆったりと
Make this bed with awe; −おそれを持って整えなさい
In it wait till judgment break −その中で審判の日を待ちなさい
Excellent and fair. −見事に晴れた審判を

Be its mattress straight, −マットレスはまっすぐに
Be its pillow round; −枕はふっくらと
Let no sunrise' yellow noise −昇る朝日の黄色い音に
Interrupt this ground. −この地を乱されるな

人は苦しみ抜いて、死んでしまうまで懸命に生きるからこそ安らかな死につけるのではないかとどこかで信じているわたしには、映画の中の主人公がこのベッドの中で自ら命を絶ったことがひどく残念だったのだが。

(写真:クロエちゃんはわたしと同じくらいこのベッドが気に入ってるようだ)


2016年10月22日(土) 成功者のベース

明石家さんまさんがこんなことを言っていた。

「俺は人生で一度もおなかいっぱい食べたことがない。だって腹いっぱい食べるやつって頭悪いやろ」

うわぁ、さすが。たまに苦しくなるまで食べちゃう己の頭の悪さを恥じるわ。タモリさんなんかもそうだけど、アップダウンの激しい芸能界で公務員かってくらい安定してやってる人って、そのベースにはどこか本能的に守ってる健康技があるのだよな。犒鮃オタク爐澆燭い淵漾璽蓮爾覆發里任呂覆て、ずっとその心地よさに続けてきた生活習慣みたいなものだね。成功のベースに健康あり。そしてやっぱり強くタフな体を作るのは猜7分目の食事爐な。この先、地球は食糧難に見舞われると予測されている。虫食の研究とか、廃棄していた食料の見直しとかあれこれと対策が練られているけど、やっぱり何よりひとりひとりが燃費の良い体作りに励むことがいいのかもしれない。あらゆる成人病の根源である過食がなくなれば、医療費も削減できるでしょうしね。

クロエちゃんの体重を測った。5.5圓覆蝓J振冀佑1團ーバー。といえども猫の種類によってそれは変わってくるので見た目で判断するしかないとのことだ。クロエちゃん種の手袋猫はどの子もなぜかおなか回りがタプタプしている。脂肪ではなく子供の時から皮がタプタプ垂れている。だから太ってるのか痩せてるのかよくわからない。見た目的にはちょうど良く見えるのだが、500g減を目指して少し食事の量を減らして運動させるように心がけよう。


2016年10月15日(土) 伝統芸能の裏側

クロエちゃんがおなかをくだした。本当にタブーなもの以外は欲しがればなんでもひとくちあげていたがこんなことは初めてだ。一緒に暮らして5年ほど、毎日元気、毎日食欲旺盛、毎日良い便をしていたのだから突然の不調に狼狽えた。原因を探るが特に変わったことはしていない。友人の助言にしたがってひとまず24時間断食させてみることにした。おなかをくだしてるといえども本人は元気で遊びまわっていて、食欲もあるから食べ物をねだりにくる。心を鬼にして言い聞かせる。怒っているのか水さえボイコットして全くトイレに行かない。それどころか、急に野生の本能をむき出しにして、虫を捕まえてきて食べてしまったりする。24時間後、徐々にいつも通りの食事に戻していった。そして3日後、固形の便をトイレに見つけ、胸を撫でおろした。

これを機にあらためて食事について考えた。少し食べさせ過ぎているかもしれない。ねだられるままにあげるのはやめよう。今は若くてタフでも体の機能は加齢とともに低下してくるのだから。


恒例のパーティーに参加した。プロの三味線奏者の方が来て演奏をしてくれた。三味線は初登場で特に外国人にうけて非常に盛り上がった。今時フェイクで代用されていると思い込んでほんの冗談で聞いたのだったが、その三味線は本当に猫の革でできていた。

「あまり言いたくないのだけどね」

とバツが悪そうに教えてくれた。中国から輸入されるのだと。練習用には犬革のもの、本番には猫革を使う。更に三味線には象牙も使用されている。

パーティーはとても楽しかったが、心に三味線のことがつかえて、気持ちが曇った。芸術のためなら動物の犠牲も厭わないという姿勢は嫌いだ。動物に血を流させて猗しい爐覆鵑篤牛を称える芸術家みたいに。そんなことを言ったらスペイン人の友人が同意してくれたことが心の救いだった。

かねてから一度歌舞伎を生で観てみたいと思っていたが、そんな気持ちは消えてなくなった。テレビで観た歌舞伎は愉快で会場はどっと笑いの渦に巻かれていた。わたしもテレビの前で楽しく観ていた。その舞台裏で動物たちが苦痛に悲鳴をあげているなんて、考えたくもない。

せめて三味線になった犬や猫の魂がどこかで安らかに横たわっていて欲しいと願う。


2016年10月14日(金) Antico cafeの絶品

最近のお気に入り、Antico cafeのビニエ。相当歩き回る日でなければ食べるのに罪悪感を感じてしまうほど気前よくクリームが詰まっている。大きな雲を目の前に猖足するまで食べていいのよ爐噺世錣譴燭茲Δ聞福感。満足するのに、それでいて甘さが控え目のせいか、食べた後に気持ちが悪くなったりしない。最後にエスプレッソをくいっとやっておなかを落ち着かせる。これ最高のおやつだ。

小さな子供やペットは自分でごはんを用意して食べられないから、やってあげるのが義務だと思うが、狠尭瓩気鶚爐箸い人種は別に2本の腕があるから、放っておいても何か食べるんじゃないかね、と思うのだが。共働きでぐったり疲れたところで、それから家に帰りしっかり家事をこなす奥さん達を世間は爐茲やってる爐箸爐┐蕕き爐班床舛垢觀晃にあるらしい。逆にやらない人はちょっと蔑まれてたりする。よくわからないな。疲れてても料理をすると気分が晴れるとかそういう人はいいけど、面倒くさいと愚痴を言いながらやるならやめればいいのに。自分の好きなことだけをしていきいきとしてる人のほうが余程えらいと思う。そういう人は犠牲の精神がないからオーラが清々しくて好ましい。


2016年10月06日(木) 群林堂の豆大福

狹豕三大豆大福爐噺世錣譴襪Δ舛里劼箸銚邱饂の群林堂の豆大福ついに食べた。小さな和菓子屋のガラスケースにはたった数種類の和菓子しかない。しかも見た目がどれもいたって普通で狠羶箸脳”薛爐箸い辰進薫狼い爐鵑爐鵑世辰拭E魂段は一切入れていないので、賞味期限は全てその日中だそうだ。で、豆大福2個と季節ものなのか、栗蒸し羊羹を買った。会計500円ちょっと。決して高くないのだね。お茶を買って近くの路地を歩いて、静かなベンチを探してすぐに食べた。すごい!大きな豆がゴロゴロと餅に入っていて、餅の硬さもちょうどいい。いまどきよくある柔らかすぎる餅はとろけるプリンとおなじくらいダメだ。テレビで吉川晃司さん(50歳!格好良すぎでしょ)が、

「肉はしまって歯ごたえのある赤身に限ります。グルメ番組で狷が口の中でとろける〜爐箸言いますけど、何がいいんですか?とろけないほうがいいでしょ?」

と言っていた。わかる!わかるよ〜、そういうの。とろけちゃダメなの、口の中で。ごにょごにょ噛みたいの。顎の弱い平成生まれにウケるのか世の中色んなものがとろけ過ぎだ。

それで、あんこ。これが豆がふっくらしてて味が良い。粒あんと漉し餡の間みたいな微妙なふっくら感。

豆大福というだけですでに美味いが、ここのは今まで食べた中でだんとつ美味かった。

おまけの栗蒸し羊羹も、この絶妙な硬さとやっぱりあんこの味がいいのだよな。護国寺に行く用事なんてないけど、わざわざ行く価値ありだった。


2016年10月01日(土) Sully

邦題で爛魯疋愁鸚遒隆饑廰爐覆鵑謄疋薀泪謄ックに命名されてるのに、原題はSully"だって。こういうのすごくよくある。犒に読む物語爐世辰童饗雖Note book"だものね。邦題が大袈裟過ぎたりすることはあるけど、この件に関しては、むしろどうして原題がそんなに素っ気ないのか首を捻ってしまう。

久々に銀座へ出てSully"観てきた。クリント・イーストウッドの作品は、毎度その扱う題材について、目の付け所がいいことにとにかく感心する。そしてアメリカに対する良い意味での愛国心をすごく感じる。アメリカしか知らずにアメリカが一番素晴らしいとか思ってる世間知らずなのじゃなくて、この国の光と影を冷静に見据えて、それでも自分の生まれ育った国だから、という家族を思うような温かい愛国心だ。そしてこの映画はやっぱりトム・ハンクスがいい。こんな2枚目の役を演じるとなかなかハンサムな人なんだね、実は。背もすらりと高いし。空港内でキャサリン・ゼタ・ジョーンズを口説きながら彷徨う得体の知れないちょっとアホな外国人役とか嘘だったかのようだ。テクノロジーの発達であらゆることが数値化されて、コンピューターにインプットされて計算できるようになったことは有用なのだろうけど、その一方で人的要素を排除することは非常に危険だ。英語ではHuman factors"というらしい。そして数値やデータだけを信頼して、人間を信頼することを忘れてしまうことも。不時着(あるいは墜落と呼ばれた)の原因を追究する人々があんなに大勢いてもコンピューターを信頼しきって、誰一人としてあまりにもシンプルな要因に気が付かないというのは、一種の現代病なのだろうな。邦題に犂饑廰爐箸Δ燭辰討い襪茲Δ法∨榲にあらゆることが奇跡的に働いていた。ひとつ何かが欠けただけで命取りといったような。しかし、あの着地で全員の命が助かった一番大きな要因は、やっぱりこのパイロットが元空軍のパイロットだったことだろうな。

農園でオヤジが作った巨大な落花生をくれた。千葉の人は茹で落花生といってこれを塩茹でして食べるのが猊當稔爐砲靴涜膵イなのだが、他の地方ではあまり馴染みのないものらしい。仙台出身の同僚は、殻ごと口に入れようとしてるし、筑波出身の同僚は、茹でた落花生なんて食べるのは千葉県民だけだ、などと言っていた。わたしは、手が止まらなくなるくらいこの茹で落花生が好きだ。そろそろ自分の育てた落花生も収穫できそうだ。


Michelina |MAIL