My life as a cat
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2015年07月31日(金) 完璧の青のある街マルセイユへ

エクスで最後の夜に食べたもの。Veggie burger。自家製のバンをこんがり焼いて、ポテトのパテにグリルした夏野菜、バジルペースト、グルメ・チーズ。フランス人の作るフォークとナイフで食べる(かぶりついている人はいない)ハンバーガーは大好き。チップスがついて€11なり。




夜が明けて-----------

エクサンプロヴァンスで迎える最後の朝。朝陽が昇る予感だけがうっすら東の空にある静かで美しい時間。目を覚まし、コーヒーを淹れてバルコニーへ出ると、何か様子がおかしい。

ガーデンチェアのひとつに抹茶&バニラアイスのようなものが1スクープ落ちている。アイスを食べていた階上の人が誤って落としてしまったのだろうか、と見上げると、そこには、なんと鳩が嬉々としてお尻を振っていたのである!どうしたらアイスクリーム1スクープ分も排泄するのか、やれやれ、と村上春樹風に呟いてみるのだが、無理もない。パン屑がどこにでも落ちてる町なのだから。水浴びする噴水もあちこちにあるし、鳩にとってはこんなに暮らしやすい町はなかろうね。ひとまず汚れていないチェアに腰かけて、朝のコーヒーを終えたら清掃に取り掛かる。こびりついてなかなか取れないところもあり、手間取る。後で清掃に入る人ならそれなりの道具を持っていて、もっと簡単にできるだろう、このまま去ろうか、とも考えたが、借りたものを必要以上に汚して立ち去る客にはなりたくなくて、なんとかそれなりにキレイになるまでやった。あぁ、どうしてわたしはフランスまで来て、鳩の落し物の清掃をしているのか、、、やれやれ。

ひと仕事終えて、ミラボー通りのカフェのテラスに腰をおろした。甘いものが欲しくなったので、朝食はフォンダン・ショコラ。朝からこんなものを食べているのはわたしくらいだ。キツいエクスプレッソ(フランス人はエスプレッソをこう呼ぶ)に歯が溶けそうに甘いショコラ。不良少女になった気分だ。でも好きなんだな、これが。

さて、今日はここから電車で30分ほどのマルセイユ(Marseille)に移動する。SNCFのチケットは事前に全てネットで予約して支払いも済ませてあったのだが、エクスとマルセイユ間だけは支払だけネットで駅でチケットと交換しなければならなかった(支払を済ませてメールに送られるオンラインチケットの控えにQRコードがあればそれをプリントアウトしてそのまま電車に乗ればいい)。窓口にて、支払った時のクレジットカードが身分証明書として必要になるという。事情を説明してパスポートで勘弁してもらったのだが、すでに支払ったお金をアカウントに払い戻すので、新たにここでチケット代を支払って欲しいとのことだった。€8なり(便によって価格と所要時間が多少違う)。

電車がマルセイユのサン・シャルル駅(Gare de Marseille St. Charles)に到着する10分前、見えた!海!地中海!丘の上にノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院。間違いない、マルセイユだ。



サン・シャルル駅に到着。海の街の香りがぷんぷんしている。



駅をそのまま出る。



この階段を降りなければいけないのだが、エレベーターは地上まで行かず、階段半分は自力で降りることになる。仕方なくラゲッジを持ち上げると、背後から若い黒人の青年が来て持ってくれた。そしてホテルはどこかと聞き、そこまで送ってくれるという。親切過ぎるので不安になり、断ろうと思ったが、その隙もなくラゲッジを持ち、ぐんぐん歩き出した。




ホテルは駅からすぐだった。レセプションでもまだ青年が一緒にいたので、部屋の番号などを知られたら嫌だと思い、咄嗟にお礼を言った。

「本当にありがとう。ここからはもうわたし一人で大丈夫です」

すると青年はにっこり笑い手を差し出し、握手を交わすと去って行った。あぁ、ただの親切な人だったのだ、とホッとした。

ホテルのセキュリティーへの力の注ぎようがこの街の治安を物語っていた。レセプションにホテル内のあちこちに設置されったセキュリティーカメラの画像が映し出されるモニターがあり、レセプショニストはみんな用心深かった。




早速街を散策した。ここはもうアフリカだね。昼間でも怪しい雰囲気の漂うちょっと暗い裏路地には、絶望的な目をした男達のみがちらほらと歩いていた。土地勘のないわたしは大通りまで抜ける怪しい路地を足早に歩く以外になかった。そして、その路地の行き止まりのコーナーにすごい賑わいを見せるケバブ屋があった。覗いてみる。窯焼きのピッツァが美味しそうだ。見惚れていると店員が″どれにする?″と聞くので、″肉の乗ってないやつ″と言ってみたが、どれも肉が乗っていた。と、背後から先程道を教えてくれた白人女性が英語で教えてくれた。

「乗せて欲しいものを言えば適当に作ってくれるから」

フロマージュとオリーブと・・・と言ってるそばから店員は手際よく生地に具材を乗せている。あっ、それだけでいいや、と言うと"5min"とレシートを渡す。それを持ってレジに行く。30僂らいのを1/4切れで€2.5なり。

客はムスリム系の男ばかりだった。テラスの端の席に先程の女性がいたので、隣に腰をおろした。気さくな人で色々と話すことができた。彼女は金髪で至って標準的な南の白人のように見えたが、アルジェリア人のムスリムだと言う。アルジェリアの大きなオイルカンパニーで働いていて、そこで知り合ったフランス人と結婚し、仕事でよくここに来るのだという。

「この街にいるアルジェリア人の男はカスばかりよ。あなたは理解できないでしょうけど、わたしは例えば今あの男達(と言って通りにいる二人組を見た)が何を話してるのか理解できるの。本当にカスみたいな話しかしてないの。この街で母国の言葉(アラビア語の方言)が聞こえてくるたびに自分がアルジェリア人であることが恥ずかしく思えてしまう」

アルジェリア人と会ったことがないので、いまいち雰囲気が掴めない。アルジェリアに帰ったらあのヘジャブを被ったりするのかと聞くと、

「わたしは女3人姉妹だけど、家族の中であれ被ってるのは母親だけ」

とのこと。どんな宗教もどんな時代も変化していくものなのでしょうね。

「これからローヌアルプに行くの。それじゃ、話せて楽しかったわ」

と彼女が席を立ち、Von voyageと言い合って別れた。


ビューポートまでやってきた。空と海の完璧な青にうっとり。






沢山の船がドックされている。


海に向かって右手方向に水際をずっと先端のほうまで歩いて行くと、フェリーやトランのチケット売り場がある。イフ島へ行ってみようかと思ったが、今日は海が荒れているので島が閉鎖されているとのことだったので、プチトラン(Petit Train)に乗って観光することにした。サーキットは2種類。わたしはサーキット1の海沿いを通って、ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院まで上るコースを選んだ。€8なり。



コンバーチブルの車で海沿いをドライブしているような爽快さ。選ぶことは出来ず、たまたま一番右側の座席に乗せられたのだが、これはラッキー。地中海は進行方向右側だったのだ。海沿いを走りながら、けっこう写真を撮ったのだが、ここでは省略する。なぜなら、あまりにも美しいので、後で自分の足で戻ったのだ。







ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院のある丘のてっぺんまでやってきた。ここでトランを降りて観光し、同じチケットでまた別のトランを捕まえてビューポートまで乗っていくことが出来る。

初めて訪れた時は3月。晴天ながらもミストラルの吹き荒れる恐ろしく寒い日だった。ここまで来ても目も開けられず、あまりにもの激しい強風に体ごと飛ばされて海に投げ出されそうだった。

再訪してここから地中海と街を見下ろして思ったこと。

「ここに住みたい」










2015年07月30日(木) ラヴェンダーの咲き誇る村々へ

メインのラヴェンダー畑の見物。この絶景を目の前にみんな浮足たってバンを降りたのは言うまでもないが、ここでトラブル発生。収穫していた農夫(オーナー本人なのか)が早く退けろ、と怒りだした。先程訪れた葡萄畑でもそこのオーナーに怒られたのだった。やりとりの内容は理解できないが、どうもツアー会社は何ヶ所かマークして、その時々によって一番旬なところを選んで行くようなのだが、その全部のところのオーナーに許可を得ていないのだろう。要は勝手に人の土地に観光客を連れてきて、観光客が写真を撮って帰っていく。これはあちらにしてみたらいい気がしない。ガイドがさっと写真を撮るだけにして欲しいというので、数枚さっと撮り、バンに乗り込んだ。

ところが、中国人がやりたい放題だった。まず、ラヴェンダーの根にダメージを与えるので植え込みに入らないというのは厳しく注意されていた。にも関わらず、ずかずかを植え込みに入り、見ているほうが恥ずかしくなるようなカワイイポーズをとり、自撮り棒を使って撮影し続けている。ガイドが注意しても″Ok″と返事をするだけでそのまま続けている。法律の及ばないような中国の山奥から来たのだろうと一度は諦めたが、聞けば香港からだという。この後も彼らのマナーは最悪だった。

無許可に加えて中国人のマナーの悪さもあり、怒り狂った農夫は全てバンのナンバーを紙に控えていた。この後どうなったのかはわからない。




Sault(ソー)の村にやってきた。ここから丘を見渡しながらランチにする。朝買ったクロワッサンとにんじんと胡桃のサラダを広げた。サラダにはちゃんとミニバゲットが付いていた。フランスだねぇ。






このあたりはサイクリストの聖地らしい。ツール・ド・フランスのコースにもかかっているようだ。



眺めのいいカフェ



食後に町を散策。 ラヴェンダーを使った製品はもちろん、ヌガーやカリソン(アーモンドプードルをメロン・シロップで固めたお菓子)を売るお店が目立つ。冬の間、この村の人々はどうしているのだろうか。フランスでは農家は国に手厚く守られていて、お金持ちが多いという。″Talk to the snail″にあったこんな小話。

パリのチーズ専門店にて。赤ん坊を抱きカートをひいた母親が忙しく店に入ってきた。彼女は失礼な態度を取るつもりはなかったのだろうが、赤ん坊に気を取られていて余裕がなかった。挨拶もなしに、ガサツにチーズ売りの男に申し付けた。″**を**g″と。すると男がしらりと言った。

「挨拶もなしにそんな失礼な態度はないでしょう。わたしは酪農家でここでチーズを売っていますが、家に戻ればサーバントがいる身分なのですよ。見下されては困ります」

チーズ売り場は一瞬凍りつき、母親は恥ずかしさのあまり全身真っ赤になった。そして無礼を詫びて、Bonjourという挨拶から全てやり直して無事チーズを売ってもらって店を出た。


農民の家へ行くと、家にサーバント、ガレージに高級車なんてのはけっこうあるらしい。

そしてフランスでは確かに店の扉を開けると同時に″Bonjour″と、出るときは″Au revoir"と挨拶するのが常識のようだ。日本と違って挨拶をして店員と目を合わせても寄ってきて押し売りしようとすることはないので、ここは快く挨拶するといい。挨拶なしに店に入るのは泥棒と言う考えがあるのだと聞いた。




地元の男達は上半身裸が基本のファッションのようだ。そして隣人とのお喋りは窓越し。






Daniel Mathieuさんのアトリエを見学させていただいた。いくつかアトリエがあるらしいのだけど、ここに本人がいて絵を描いていた。物静かな老紳士だった。財布を盗まれていなかったら一枚欲しかった。残念。






また別のラヴェンダー畑に連れて行ってもらった。

「今度は大丈夫。オーナーと仲良しだから」

と、ガイド。このツアーの良かったところはツアー会社と土産屋や農家がつるんで金儲けを考えていないところで、一定のお店に連れていかれたり、何か売りつけられたりしないところだが、話がついてないというのもワイルド過ぎるでしょぉ。

ラヴェンダーの香りがぷんぷん漂っている。安らぐね。蜂もいっぱい飛んでるので、ハチミツも取れるのだろうか(?)。






最後までひとことも吠えなかった老犬のトラビス君。観光地でも歩くのがやっと、できれば登り坂は抱っこして欲しい、車中では寝ます、のような本当に大人しい犬だった。



そしてこれが最後の訪問地、Moniux(モニュー)。岩山が町の守り神のようになっている。



沢山日を浴びたせいだろうか、帰りのバンは寝静まっていた。

2015年07月29日(水) Saignon

今日は1日ツアーに乗っかることにした。このサイトから″Full day Lavender tour"の予約で€95なり。

ランチは付かないというので、水筒に熱いコーヒーを入れて、パンを調達しに行った。フランスのブーランジェリーのこの無造作な並べ方がなんとも手慣れた感じがする。どれも美味しそう。










快く″撮っていいわよ〜″と言ってくれたおねえさんはしっかりカメラ目線。



Hotel de Ville(市庁舎)の前には時計台があってスパイスや野菜の朝市が並んでいた。客層はどんな人をターゲットにしているのだろうか。これといって高くも安くもないような価格。スーパーで買うのと何が違うのだろうか。






集合場所はアップルストア前。迷いようもないメインストリートの入口の解りやすい場所。



参加者が10人くらい集まって待っていたが、約束の時間9時になっても何も起こらない。バスらしきものも見当たらない。5分遅れて向こうから札を提げた一団がわぁわぁいいながら歩いてきた。これがガイドの一団らしかった。″5分遅れ″はフランスのルールなのだろうか。わたしの経験によれば、電車も人も絶対律儀に5分遅れる。だから5分遅れた電車乗っても、乗り継ぐ電車も5分遅れるので、ちゃんと乗り継ぎに間に合うのだ。″5分前行動″は日本人の原則だが、それがフランスでは″5分後行動″となっているのかもしれない。

ツアーはバスではなく8人乗りくらいのバンに分乗して5台連なって出発するらしかった。英語ガイドのバンが2台ほど、あとの3台は中国語っぽかった。

バンが走り出して単調な道に差し掛かったころ、ガイドが、みんな簡単に自己紹介をしましょうと言いだした。

マレーシアからのひとり旅の40代くらいの女性、シカゴからの卒業旅行でヨーロッパを周遊しているというふたりの大学生の女の子(たぶんレズビアンのカップル)、年老いたお母さんと老犬(シーズー)を連れて夏の休暇に南仏にやってきたというパリ在住の40代くらいのイギリス人男性。そしてガイドはアヴィニョン出身で日本留学経験もあるという20代くらいのフランス人男性。7人と1匹の旅だ。

夏の間はひたすら美しいAix-en Provenceの郊外だが、春にはミストラルと呼ばれる季節風が吹き荒れて、酷い時には10日間止まないこともあるそうだ。わたしはこのミストラルにあった経験があるが、想像を絶する勢力だ。しかし″Mistral″という言葉、フランス在住のフランス人なら通じるが、一度モントリオールのフランス語圏の人に言ったら知らないと言われたことがある。

車が山道に差し掛かってすぐ、ツアーに便乗したことは正しかったと思った。寸前までレンタカーで自分で運転するというアイディアもあったのだ。車は一歩間違えたらあの世行きのような崖っぷちすれすれを走ったりするので、不慣れな人は少し不安なところだろう。それに、もしこんな民家が一軒も見えないような山道で道に迷ったまま町まで戻れず日が暮れてしまったら・・・想像してぞっとする。

さて、最初に訪れたのはSaignon(セーニョン)という小さな村。″Very small but very good"とガイドに送り出されて見学に降りた。

小さな路地を歩いていく



この穴をくぐる



丘を一望できる場所にでた。






さらに歩いていくと、この岩の上に展望台があるらしいので上ってみる









キレの良い夏風を遮るものは何もない空に一番近い丘の上に立つこの爽快さ。360度見渡す限りの景観の中で自分が一番空に近いところにいるのだ。この地の女王にでも選ばれた気分だもの。この景色は圧巻だった。写真では伝えきれないのが残念。






こんなにスペースが有り余っているような場所なのに、なぜこんなに狭い路地ばかりなのか、と考えた。単純に当時技術がなくて、こんなものしか作れなかったのか、地形的に難しいのか、それとも何か生活を脅かすもの(山賊など)がいて、目をくらませるために細く迷路のように作ったのか。真相のほどはわからない。ガイドはガイド仲間と優雅にカフェでコーヒーを啜っていたので聞きそびれた。




民家の入口(Poutail) 。 ルーさん家???




2015年07月28日(火) ピーター・メイルの世界の入口Aix-en provenceへ

アルルの町を通り抜け、Office de tourismeの前のバス停(Georges Clemenceau)からAix-en provenceに向けて出発。

昼下がりのアルルで会った猫




バスは田舎道を走り、有料道路を走る。道中に特筆すべき景観はないが、ひたすら新緑色の景色に心安らぐ。

1時間半くらいでAix-en provenceのSNCFの駅付近に到着した。周囲を見渡す。

・・・・。

これが、あのPeter Mayleの描いた″A year in Provence″の世界の入口?背が高くてモダンな集合住宅、不動産屋がやたら目立つ。お金の匂いが半端ない。第一印象は「都会の成金が作り上げたスノッビーな美しき田舎町」。宿に向かって歩き出す。地図を広げているとパリから来たという英語の達者な老夫婦が助けてくれた。彼らの身なりも立ち振る舞いもやはり金持ち臭がする。

宿に荷を降ろし町に繰り出した。

町のメインストリートであるミラボー通りの入口の噴水。やっぱり金持ち臭・・・。



通りにはマーケットが並んでいて、お菓子、土産、雑貨が売られている。ワインの試飲ブースも沢山でている。€3でグラスを買うと試飲できるらしい。人々があぁだこうだとワインの味について語っている。しつこいけど、またまた金持ち臭・・・。

ロゼワインがメジャーなようだ



来たばかりなのに等身大の田舎町のようなアルルが恋しくなっていた。ここを歩く人々は自分達で作り上げた洗練された美しい田舎町が好きなのであって、本当の田舎者や貧しい田舎町など求めていないのだろうと勘繰った。全てわたしの受けた印象であって、真相のほどはわからない。

ブーランジェリーを見るとついつい立ち止まってしまう。幸せな光景。なぜかシャンデリアのあるブーランジェリー。




建物は今まで見たフランスのどの町よりも新しい感じがする


ここはスザンヌのゆかりの地。彼が愛して何枚も書き残したMontagne Sainte-Victoire(サント・ヴィクトワールの山)を観に行く。町中には至る所にセザンヌのアトリエへの一本道の入口への案内がある。




バスもあるけど、この日はなかったので徒歩で上って行く。小さな登山なので水の携帯は必須。坂の途中の家は門が高くて中が全く見えないような家ばかり。もう一度だけ言わせていただくと、金持ち臭が・・・。





15分程昇っていくとセザンヌのアトリエに着く。アトリエは有料だが、庭は無料なので、ここで一休み。アトリエは写真で見たくらいで十分な気がしたのでスキップ。




さらに坂道を上ること15分。このように手厚く案内されている


でたー! セザンヌの絵と同じ景色。30分汗だくで坂道を上るのも報われるこの景観。電線どけてくれたらもっとフォトジェニックなのにな。




極貧のゴッホはアルルやオーヴェルのホンモノのうらぶられた田舎を愛したが、エクサンプロヴァンス出身のセザンヌは社会的に成功した父親を持ち育ちは裕福だ。ゴッホと違いセザンヌの絵には平穏さが感じられる。




町まで降りてチーズの専門店で夕飯にした。



5種類のチーズの盛り合わせを頼んだ。沢山のチーズの中から自分でチョイスできるのだけど、わたしはよくわからないのでお任せした。フランスではバゲットはあらゆるものに必ず付いてくるものらしい。スープでもサラダでもなんにでも当然のごとくバゲットが一緒に来る。袋いっぱいに詰められたバゲットにすっかり楽しくなった。チーズはどれもとても美味しい。フィグとチーズの組み合わせは最高。食べきれなくて、半分以上残ってしまったので持ち帰ってきた。ワインも入れて€27なり。一度飽きるまでチーズを食べてみたかったので大満足。チーズは大好きだけど、沢山食べられるものではないね。





2015年07月27日(月) Saint Marie de la Mer

Saint Marie de la Mer(サント・マリー・ド・ラ・メール)に到着。ナザレのイエスの処刑を受けて小舟で逃れたその従者が流れ着いたのがこの地中海に面した町だったという伝説から「海の聖マリアたち」という名になったという。ローヌ川が地中海へ抜ける河口にあって、15分も歩けば町を突っ切って湿地に出てしまうような小さな町だ。

町の入口でお見かけした美しい猫。愛されてるのが一目瞭然の佇まい。




土産屋やレストランの並ぶ町のメインストリート。観光客で賑わっているけど、聞こえてくるのはフランス語ばかり。外国人はあまりいない様子だ。この日アジア人はひとりもお目にかからなかった。



ランチに何を食べようかと物色しながら歩く。あちこちの店先で名物パエリヤを巨大なパンでお祭りのように作っていた。



魚介料理、どれも美味しそう。しかし!ここに来る前に読んだパリに移住したイギリス人作家Stephen Clarkに書かれた″Talk to the snail"というフランス旅行のティップによれば(ブリティッシュばりばりのブラックユーモアの本でジョーク半分、本気半分のようないい加減なガイドなのだが)、生牡蠣なんかはすごい確率でアタるらしいので生はパス。結局はブイヤベースの質素版のようなSoupe de poisson(魚介のスープ)を前菜に、メインは魚介グラタンにした。Soupe de poissonはブイヤベースと同じくルイユと呼ばれるアリオリソースのようなものとバゲットが一緒に来る。バゲットに生のにんにくを押し付けてルイユをつけてスープに浸して食べたる(まぁ食べ方に特に決まりはないらしい)。この素っ気ない見た目のスープ、すごく濃厚。これだけですでにおなか一杯になってしまった。メインのグラタンはお魚がゴロゴロ入っていてものすごくバターが効いていた。美味しいのだが、全て胃に収まらなかった。







さて、おなかを満たしたところでそのまま通りを抜けると。。。。

見えた、地中海!



またまた″Talk to the snail"からだが、フランスが国をあげてヴァカンスを奨励するにはこんな理由があるのだそうだ。

「フランス人に長い休暇をあげると、休暇が長いせいもあり、経済的にも海外へ行くよりも国内の田舎へ行きのんびりとすることを選ぶ傾向にある。そのため、普段は静かな田舎町の経済が潤うことになる」

要するにヴァカンスは経済政策なのだと。納得!海辺でもフランス語しか聞こえてこない。女性はトップレスで肌を焼いてる。彼女達にとってシミ・ソバカスは夏を謳歌した勲章なのでしょう。こういう方々は肌は衰えても、どこか自由奔放で天真爛漫な雰囲気が漂っていて、決して気味の悪い老け方はしないものだね。




わたしもひと泳ぎしてクールダウン。石のベンチに水着を置いて乾かそうと試みたのだが、水着より前に自分が干からびた。



町に戻り、裏路地の土産もの屋を散策。名産カマルグの塩はすごく高くて手がでない。オリーブやヌガー、昔ながらの製法で作るマルセイユ石鹸もよく売られてる。



カウボーイの町らしい街灯


町のシンボルである教会の屋根に登れるというので、入口で€2.5支払った(チケットのもぎりの男の子がとてもタイプだった。鳶色の瞳に長い長いまつ毛の絵に描いたような地中海系のイケメンだ。英語もできたので少し話したのだが、優しそうな青年だった・・・が、彼はおそらく高校生で、夏の間だけそこでバイトしているのだった(爆))。ヨーロッパの教会は大抵昇るまでが険しいのだが、ここはそう高さがなくて楽だった。

ブルーとオレンジばかりの世界













よく遊んだ一日だった。バスに乗ってアルルに帰る。1時間に1本しかないバスなのに、バス停で並んでいた人全員乗車できず、わたしより後ろに並んだ人々は次を待つようにと言われていた。なぜか、バスの中はフランス語を喋るアボリジニのような人ばかりだった。フランス領の島によくいるような見た目の人々だ。生態は野性的でやたらうるさい。みんなでぎゃぁぎゃぁとずっと喋っている。滅多に渋滞などないのだろうアルルまでの一本道でバスがのろのろと動かなくなった。すると数人のアボリジニ達がドライバーに近寄っていって何か言い、バスを降りていった。数分後また戻ってきて乗り込んできて、彼らが何かを報告するとまた騒々しくなった。10分後車内はさらに沸き立ち、みんなが一斉に窓ガラスに貼りついて外を見ている。i-phoneを取り出して写真を激写している人も。なんと両脇に正面衝突したのだろう2台の車が横転しペシャンコになっていた。見通しのよい一本道、相当のスピードがでていたのだろう。楽しい夏のレジャーも一瞬にして地獄に変わる。バス停で立ち乗りは禁止だと頑なにそれ以上乗せなかったこのバスのドライバーは正しかったのだとつくづく思い直した。

2015年07月26日(日) Parc Ornithologique de Pond de Gau

今回の旅のメイン、カマルグ(Camargue)へ。西アフリカから夏の間に飛来する野生のピンクフラミンゴを観たかった。動物園のじゃなくて、野性の。

アルル(Arles)からサントマリドラメール(Saint Marie de la Mer)まで、季節や曜日にもよるが、この日は1時間置きくらいにバスがでていた。バスの時刻表はいい加減に古いのがバス停に貼られてたりするので、どれが最新かOffice de tourismeで最終確認をした。バス停は町中にもあるが、一番簡単なのは始発のアルルの駅から乗車すること。1時間近く走るのに料金はたった€1。始発で半分も埋まっていなかったシートは町中のバス停でどんどん人が乗車してきて(ビーチパラソルを持った地元民っぽい人が多かったかな)、サントマリドラメールへ突き進む一本道に出る頃には座席がなくなっていた。座席がなくなると運転手によってはもう乗れないと断るのでやっぱり始発から乗るのがいい(参考:現在これが最新時刻表)

サントマリドラメールの5劼曚票蠢阿離櫂鵐疋粥(Pont de Gau)で下車。降りたバス停の右手には馬のいる牧場。左手が野鳥公園だ。入場料は€7.5程。朝の公園は静か。わたしはこの日一番乗りの客(なにせ開園15分前から入口で待ってた)でこの大きな公園をしばらくひとり占めすることが出来た。

いたー!温暖の象徴のようなこのベイビーピンクのボディ、好きだな。







飛んでいたりもする






バレリーナのようにダンスしてたりもする


おもしろいのが横ぎった。噂のヌートリアってやつだね


近寄っても知らん顔で朝の身支度をしている。念入りに体中を洗っている



脇の下は特に念入りに



それじゃぁ、行ってきま〜す!



さて、おなかも空いてきたし、サントマリドラメールまで行ってランチを食べよう、とまた元来たバス停へ行った。バス停の前のお店のおねえさんがバスはもう行ったと英語らしき言葉で言う。車はびゅんびゅんと通るがひとっこひとり歩いていない湿原の中の一本道。バスを逃したというおねえさんの言葉が本当ならば、炎天下1時間も立って待つことになる。バスは諦めて町まで5kmの道を歩くことにした。からりとしているのでそう暑くはないが、陽ざしはキツい。熱中症にならないかと心配したが、やっぱりわたしはかなりの不死身なのだろう、なんともなかった(おねえさんの言葉は本当ではなかった。歩き始めて10分後、バスが背後から来て残酷に通り過ぎて行った)。

この5劼瞭擦里蠅妨えるものは湿原・宿・牧場のみ。

道中、こんな風に寝てる馬を見た。



美しい光景



この白馬は人が好きなのだろうか、寄っていって手を出すと、柵のところへ来て、手のひらに自分の鼻をこすりつけてきた。なんて静かで優しい目をしているのだろう。鼻を撫でながらフランス語でたくさん話しかけてみたけど、通じたかな。



馬との触れ合いでパワーをもらい、またせっせと歩き続けた。1時間も歩いた頃、初めて前方から人が歩いてくるではないか。男性がにこりと笑って通り過ぎる。思わず聞いた。

「町まであとどれくらい?」

「10分も歩けば着くよ」

あぁ助かった。

「1時間徒歩で5區覆燹

これがこの日覚えたこと。

サントマリドラメールのランドマークである教会が見えて、次第に人通りが多くなってきた。

2015年07月25日(土) アルルの太陽、裏路地のカフェ

あまりにも星が美しくて、窓を開け放って寝たら、鳥のさえずる声で目が覚めた。朝7時。夏の夜の長い分、朝のスタートは遅い。まだ寝静まった町を散歩した。

ローヌ川の向こうから陽が昇る





早起きは猫と老人とわたしだけか






アルルの駅から歩くと行き当たる町の門のような塔は鳥達の憩いの場になっている



みんながやっと町にでてくるのは8時頃。この小さな町にはカフェやパブが沢山あって、年金暮らしと思われる老人が集い朝から晩までしゃべったり、道行く人を眺めたりして過ごしている。猫と人間の暮らしぶりがそう変わらない雰囲気だ。日本の老人もこうしたらもっといいんじゃないかと思ったりする。

朝食にホテルの裏の小さなブーランジェリーでクロワッサンを買った。フランスはどんな辺鄙なところでも美味しいクロワッサンだけは必ず手に入るようだ。

教会らしきものが見えたので昇ってみる



発展とか富とか無縁な感じの古い町並み




本当に陽が沈むのは21時過ぎてから。闘技場がライトアップされる。悲しいことに闘牛がある日は一斉にお祭り騒ぎで賑わうのだそうだ。わたしはこんな悪趣味なものだけは絶対に見ますまい。






「夜のカフェテラス」の辺りは夜遅くまで本当に賑やか。



路地裏で人々に繰り広げられる宴がすごく楽しそうで、急に話し相手が欲しくなった



この後もそう思うようなシーンが沢山あった。夏の南仏ってひとり旅するにあまり相応しい場所ではないのかも。旅は誰にも気兼ねせずひとり気楽がいいけど、路地裏のカフェテラスではやっぱり話相手が欲しいのだった。

2015年07月24日(金) Au secours!!!

朝、Gare de Lyon(パリ・リヨン駅)に来た。ここからTGVで約4時間、Avignon(アヴィニョン)経由でArles(アルル)まで南下する。駅の売店で水や朝食のクロワッサンを買い、20mほど先に停車していた列車に乗り込んだ。

クロワッサンを食べ、読書をし、隣席の老女と話し、たまに窓の外の単調な田舎の風景を眺めた。Avignon(アヴィニョン)で車体に″cote d'azur″と書かれたMarseille(マルセイユ)行きの電車が滑り込んできた時、これにずっと乗っていれば、地中海まで連れて行ってくれるのかと胸が躍った。電車の車中にいる人々の肌色がぐんと濃くなる。向かいに座った若いお兄さん達は全く英語ができなかったが、気さくにあれこれと話しかけてきた。自分達が買ってきたコークやらドーナッツやらをわたしにも勧めてくれた。

20分ほどでArlesに着いた。駅の構内で白髪交じりのわたしの父ほどの年齢のムッシューがラゲッジを持ってくれた。

ホテルにチェックインして、さて、ランチに行こう、と町に歩き出した。ここまではとてもハッピーだったのだが、歩き出して5分、状況は一変する。

財布がない。バッグの中身を全部ぶちまけてみたが、やっぱりない。わたしはパスポートと現金と財布だけはショルダーバッグに入れて、肌身離さず体の前に持ってきてそれを常に手で押さえて歩いていた。特に人の多いところでは。あまりにものショックにへたりこんでしまいそうだったが、そうもしていられない。すぐにクレジットカード会社に電話し、2枚のクレジットカードを差し押さえた。駅へ戻り尋ねたが、届いてなくて、警察にも行ったが、彼らはのんびりしたもので、相手にもされなかった。ホテルのレセプションのムッシュー二人はとても親身になって協力してくれて、鉄道会社に問い合わせたりもしてくれた。

せっかくのArlesの午後はレセプションの隣のテーブルにへたりこみ、脱力した体を奮い立たせて、持ち合わせの現金でこの先の旅行をやりくりできるかと計算しなければならなかった。不幸中の幸いは財布の中には2万円ほどのみであとの現金は別の場所にしまっていた。しかも、今回の旅行は南部の辺鄙なところを巡るので現金をいつもより多めに持ってきていた。宿泊費と移動の鉄道は1ヶ月前以上に予約して払い込みを終えていたので(そのほうが安い)、予定していた高価なレストランをいくつか諦めて、家族や友人へのお土産も少し控えれば足りそうだった。

旅行はなんとかなりそうだったが、どこでだれが?と思いが巡った。″Von voyage"とにっこり笑ってくれた隣席の老女が?コークを差し出してくれたお兄さんが?荷物を運んでくれたムッシューが? みんな笑顔の愛らしい人々でそんなことをするなんて思いたくなかった。それとも落としたのか?いや、でもわたしは駅の売店で水を買い、確かにバッグにしまってチャックを締めた。

カード会社に電話をして、真相が明らかになった。笑顔の愛らしい人々ではなかった。犯人はプロのスリで、リヨン駅でわたしの後をつけ、買い物しているところを背後から(あるいは遠巻きから)覗き、ピンコードを読み取った。わたしが水を買ってクレジットカードで支払い、列車に乗り込むまでの20mの間に財布を盗み、すぐにキャッシングを試みた。その際ピンコードは正しいものが入力されていた。だが、そのクレジットカードにはキャッシングは付いていなかった。2枚のうちもう1枚の滅多に使用しないほうのクレジットカードは違うピンコードを設定していたから犯人は使用できない。犯人はキャッシュを手にできず、鉄道のチケットやデパートで日用品を買いわずか30分の間に57万円を使いこんだ。

本当にプロの仕業としか言いようがない。その20mの間、人に当たられたとか、誰かに荷物を触られたという感覚は一切なかった。それにしても今回はさすがに落ち込んだ。今までなんどか物を盗まれてきたが、どれもどうやっても防ぎようのない″悪運″としかいいようのないものだった。ホテルのラゲッジルームから盗まれたとか、家にいたら強盗が窓ガラスを割って入ってきたとか。しかし、今回は自分の不注意のような気がしてならなかった。いや、あんなに注意しているのに、どこでどうやられたのかと狐につままれた気分でもあった。

「フランスって残念ながらこういうところ。大抵は東ヨーロッパから流れてくるジプシーとかの子供の仕業でフランスで生まれ育ったフランス人というのは被害者であることのほうが多いんだよ。俺だったら財布拾ったら警察に届けるもん。大抵のフランス人が同じようにすると思う」

と、レセプションのムッシューが話していた。

「まぁ、ショックだろうけど、ここで落ち込んでてもつまらない旅行となっちゃうだろから、気候もいいし、外にでてワインの一杯でも飲んできたら?」

彼にそう促されるまま、夕方やっと気を取り直して外にでた。食欲はなかったが、喉がカラカラだった。

ホテルのすぐ前に小さな小さな八百屋があってちょうど店じまいをしているところだった。そこに並んだ白桃をいつもの癖で慎重に選んでたった一つをレジに持って行った。八百屋のおじさんは嫌な顔ひとつせず、店の奥へ消えていき、5秒後洗った桃をいかにも大事な物を扱うようにキッチンペーパーで包んで持ってきて、″Voila!"とにっこり笑って手渡してくれた。落ち込んでいたせいもあって、人の好さそうな素朴な笑顔に心がゆるんで泣きそうになった。世の中は悪人よりもこんなふうに良い心で生きてる人のほうがずっとずっと多いのでしょう。外に出て、その桃を齧ると、一番熟した良い頃合いを自分のために準備してくれていたのではないかと思えるほど甘くて瑞々しかった。大げさだけど、人生の中で一番美味しい桃だった。

ベッドに横たわると窓の外の夜空に星が煌めいていた。ゴッホはこの町でローヌの川面に映る星を描いた。130年前から今も変わらずこの町は煌々と星に照らされ続けているのだなぁとしみじみ思って長い1日を終えた。


2015年07月23日(木) セーヌ川の夕涼み




夏休み。南仏を目指す。夕方パリに到着。今日はここに泊まる。

ホテルに荷を降ろしたら早速街に繰り出す。寒いフランスしか知らず、半袖で歩くパリの街はいつもより粋に見えた。前回マレ地区を散策していた時に人だかりが出来ていて気になったL'as du Fallafelでファラフェルサンドを買い、セーヌ川まで歩き、川沿いを散歩した。ファラフェルサンドをひとくち。そのあまりにものおいしさに長いフライトの疲れは吹き飛んだ。ぱっくり口を開いたピタパンの中にさっくりと揚げられたファラフェルと米ナス、トマト、紫玉ねぎ、きゅうりが入って、そこにピクルスの入ったヨーグルトソースとサルサソースのようなものがかかっていてパンチの効いた辛さとマイルドな酸味をだしている。赤信号すら待っていられない気の短いパリの人々が列に並んででも食べたがるのも納得できる。最も、並びながらオーダーしてお金を払い、狭いカウンターに10人くらい人がいてちゃっちゃかと作っているから、すぐに自分の番が来て窓口からにょきっと出てくる。




川沿いは夕涼みを愉しむ人々で大盛況。風がクリスプで気持ちがいい。夜の9時、群青色の空、水面に映った月、それを掻き分けて沢山の人々を乗せて往来するBateaux Mouche(遊覧船)、長い長い夏の夕べをみんな精一杯遊んでいるようだった。











2015年07月12日(日) L'Auberge Espagnole

″L'Auberge Espagnole(邦題スパニッシュ・アパートメント)″を観た。青春ものと聞いて敬遠してたが、色んな国からの学生が集まるアパートメントってこんなよね〜、あるある〜とくすくす笑いながら楽しんだ。留学とかって、″こんなはずじゃなかった!″みたいなところからスタートするパターンが多い。わたしもそうだったもの。なかなか住所が定まらなかったわ。一番のあるあるは、やっぱり衛生観念の問題。清潔好きで、どうしても掃除婦みたいな役割になっちゃうイギリス娘ウェンディ。汚いことを気にかけないシェアメイト達にちょっと苛立ったりする気持ち、解るわぁ。わたしも汚い家に住むのは嫌で″自分のため″に毎日共同スペースをひとりでせっせと掃除していたな。もっともわたしは、ランドロードが大変喜んでそのまま掃除を続けてくれるなら家賃を半額にするというオファーをくれて、その後1年に渡ってせっせと掃除を続けて、気付いたらランドロードの留守中の管理まで頼まれるサブ・ランドロードのようになっていたのだが。ドイツ人をヒトラーと結び付けてへんなジョーク言うヤツも必ずいるんだよねぇ。こういう全てが大げさなビッグマウス男、苦手だわぁ。みんな故国に恋人待たせてきたりしてるんだけど、ふられちゃったり、寂しさ故に現地でお楽しみしちゃったり、色々ありますわな。でも主人公のフランス男クザヴィエが1年の留学を終える頃になると、その町の嫌いだったところが美しく塗り替わっていたりするこの感覚、これもすごく解る。でもこれって若さ故の柔軟性があるからだろうな。今から自分がどこかに留学しても同じ感覚は得られないように思う。クザヴィエとの情事に走ってしまった人妻のアン=ソフィがそういう例だろう。

最初はこのアパートメントの住人が″Caucasian"と分類される人種だけで完結されていることに違和感を覚えたのだが、よくよく考えたら、ここにアジア人などが登場すると、ただのハチャメチャ・コメディのような展開になって色気が失われたに違いなかった。

いるいる〜!、あるある〜!、わかる〜!この映画の感想はこれに尽きる。曽野綾子さんは「人種によって住む場所を変えるべき」と堂々とエッセイに書いて批判を浴びたという。そういった問題をずっと見つめてきた人が導き出した意見で、それはそれで尊重したい。でも異文化をもつ人々との暮らしは問題が多くも、愉しみも多いものだ。


2015年07月10日(金) 鍬を振りながら考える

久々にからりと晴れた。家でゆっくりしていることが正しいという暗示にかかって、家事や読書に専念できる雨降りの日も好きだけど、そろそろ外に走り出したくなった頃だった。バルコニーのハーブはその中でも一番陽の当たるところへ、その育ての親自身も半袖を来て自転車に乗って外に繰り出した。行先は農園。巨大なズッキーニは根から切り倒して除去。草の根を切り、そこを耕してまた次期の野菜のための準備をした。土にはなめくじ、蟻、だんご虫など色んな虫が住んでいて、あまり豪快に鍬を振り落すと彼らを刻んでしまいそうなので、そろりそろりとやった。虫や鳥や動物に一足先に収穫されてしまうこともあるけど、彼らもそれなりに自然の循環の中で働いているのだし、わたしは十分に食料があるから、彼らと分け合ってもいいかと思っている。そう考えると野菜は無農薬になる。今のところは病気にやられたことはない。″なんとなく″思い込んでいることは、野菜が病気になってしまったら、それは何か自然に反したことをしたというサインなのではないかと思ったりする。だって家畜の病気などを見ていても大抵原因はそうだから。自然が発したサインを無視して薬で病気をやっつけて出来上がった野菜を口に入れるということは何か腑に落ちない。虫も食わない野菜はちょっとコワいしね。鍬を振りながらあぁだこうだと思いを巡らせ、書物の中にではなく、自らの体験で自然と自分との関係に自分なりの結論を探している。気まぐれで始めた農園仕事は、大きな自然の中の自分を改めて考えるきっかけをくれた。


Michelina |MAIL