My life as a cat
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2015年06月28日(日) Blue bottle

経営者はアンチ・スタバで豆にこだわり一杯ずつ人の手で淹れるという噂のコーヒーを飲んできた。1時間待ちまでなら許す心意気で臨んだのだが、運が良かったのか10分もしないでレジまで辿り着いた。

コーヒー味ならなんでも好きというわたしには猫に小判だったかな、至ってフツーに美味しいコーヒーだった。コーヒーを買うためにリピートしてもいいけど、遠くからわざわざ行かないだろうな。インテリアがメタリックでテーブルも椅子も辛うじて腰をかけられる程度のもので、″どうぞごゆっくり寛いでください″という雰囲気はなく、″真剣にコーヒーを味わって、さっさと次に行ってください″ってな感じ。ゆったり腰を据えて良い本と向き合って飲むコーヒーに勝るものなし。友人と家で自分で淹れるコーヒーが一番だね、という結論を持って店を後にしたのだった。



2015年06月26日(金) 会社に行きたくない

セブンイレブンでたまたま目についた本のタイトル。

「会社に行きたくないと思った時に読む本 〜心が軽くなる言葉90〜」

白地に黒文字でこう書かれていた。先日調べものをしていた時、″会社″というワードを入力したら、後に続く言葉の最有力候補に挙がっていたのが″行きたくない″という言葉だった。GOOGLEの検索ワードにそう入力している人々の憂鬱な姿を想像してぞっとした。日本人の90%は会社員(またはどこかに属している)と先日討論番組でやっていたから90%の人が少なからずそう思う可能性を秘めているのだろう。自分のことを振り返ってみれば、行きたくない会社はすぐに辞めてしまったから、ぐちぐちと思い悩んだことはない。今の仕事で満足かと言われたら、全くそうではない。給料値上げ交渉したり、上司に希望を出したり、部署移動願いを出そうかと考えたこともあるし、転職活動はゆっくりながらも続けている(高望みでなかなかオファーをもらえないのだが)。精一杯もがいてるけど、それでも会社に行きたくないと思うことは滅多にない。これは″満足していない″という否定形ではなくどちらかといえば″ベターにしたい″という前向きな気持ちだからだろう。それでもそもそもこの職場がもがくべき場所なのか、もっと別の良い道があるのではないか、完璧に満足でない仕事や生活を続けることは不幸なのではないかと思い悩んだこともあったが、やがてこんな結論に達して心が軽くなった。完璧に満足な人生なんて存在するのだろうか。そんな人生を送っているという人がいたら、その人がそういう思考回路の持主だったというだけだろう。ただ″行きたくない″とか否定形のネガティブな要素が入ってくるとこれはいよいよ不幸なのではないかと思ってしまう。今は現役を退いた父だが、いつか″会社に行きたくない″と愚痴ったことがあった。母は、

「あと数年で定年なんだから我慢したら」

と言った。父は仕事に関してはアホにたいにマジメな人で、適当にさぼったり、しばらく休暇をとってのんびりしてみるとかそういうことは思いつかなかっただろうし、またやってみても心地悪いだけだっただろう。彼が仕事に行きたくないと感じたのはほんの一時的なものなんかではなかった。父と母の同じようなやりとりが1年ほど続き、目に見えて父の様子がおかしくなった。物忘れがひどかった。ひらがなが書けなかったりもした。母は″あと数年で終わる″という期限を仄めかせて慰めているつもりだったかもしれないが、辛い状況の渦中にいる人にとってその数年は果てしなく長い。だからわたしはこう父に言ってみた。

「お父さん、仕事行きたくないなら辞めればいいじゃない。家のローンも学費もないし、わたしとお母さんの収入でなんとかなるから、しばらくゆっくりしてからまた新しい仕事探せばいいじゃない」

本気で辞めればいいと思って言ったのだが、父はこう言われて義務感から解放されて″いつでも辞められる″と思ったら逆に心が軽くなったのかもしれなかった。それ以来淡々と会社に通い、思いがけず定年退職の1年前に事故を起こして、早期退職となったのだった。

″会社に行きたくない″という気持ちとどう折り合いをつければいいのかとその本を購入した(単行本サイズで150ページあって650円ほど。コンビニで売られる本にしてパーフェクトな内容の重さと価格設定だと感心した)。著名人の名言とその解説を集めていて″会社に行きたくない″と思わない人でも十分楽しめる内容だ。″頑張ってるのに結果が着いてこないのだよぉぉぉ″と日々嘆いているわたしを慰めてくれたのはこれ。

「100回叩くと壊れる壁があったとする。でもみんな何回叩けば壊れるかわからないから、90回はできていても途中であきらめてしまう −松岡修造」

いまどきの若い女の子達には″暑苦しいキャラ″とうざがられ気味の松岡氏だけど、わたしは好きだなぁ。恰好いいものね。打っても打っても返ってくる球を今度こそ今度こそって打ち返して、こういう名言に至ったのだろうな。

本によれば、ブルーマンデーといって月曜日は自殺者が増えるのだそうだ。食べて生きていくための労働に気を病んで生きることを絶ってしまったら本末転倒だからね。こういう本に励まされて治癒するなら風邪程度でしょうけど、末期まで追いつめられたら″生″から逃げるのではなく、″仕事″から逃げるべきだ。


2015年06月24日(水) 運転免許更新

運転免許証の更新に出向いた。いつか男友達がわたしの免許証を見て、

″This is the sexiest driver's license I've ever seen"

と言ったが、誕生日が真夏なもので、何度更新しても露出度高し。この免許センターに来るたびに初めて免許を取得した日のことを思い出す。わたしは長髪をきれいにネットに入れておかっぱのかつらを被っていたのだった。免許証のためにではなく、その頃気に入って、ドレスのごとく被っていたのだった。ところが筆記試験中に係員が近づいてきて耳打ちする。

「あのぉ、変装は禁止となっていまして、そのかつら取って写真を撮ってもらうことになるかもしれません」

これを取ったらネット頭だ。咄嗟に、

「変装じゃありません。いつもこれ身に着けてますから!」

と言い張りなんとか許してもらえた。無事に免許をもらって帰り道、強風に煽られ、スカートの裾と頭のかつらを抑えて必死に駅まで歩いたのだった。


更新料3000円の収入印紙を購入して申請書に張り付けて、すぐにゴミ箱に行く冊子をもらって30分の中身のない形式だけの講習を受ける・・・ってどんなに時代が流れても、免許センターだけは変わらない。免許証にICチップが埋め込まれれるようになったことくらいか。古い免許証に穴をあけてもらって、持ち帰るのは女性ばかりだ。わたしもその女性の列に並んで古い免許証をもらった。

帰り道、向かい側から歩いてきてすれ違ったマダムに思わず振り返る。推定50代だが、ショートパンツから延びる脚は綺麗にブロンズに焼けていて、ライザップの広告塔のような見事な引き締まりよう。胸の大きく開いたシャツにジャケットを羽織り、背筋をすっと伸ばして脇目もふらず真っ直ぐ歩いていた。なんて美しいのだろうと見惚れた。顔の皺やシミは自然と増えていく。注射を打ったり整形したりしてまで若い見た目を保たなくたっていいじゃない、と思う。でも、背筋はその人の人生に対する姿勢をそのまま映し出すかのようだ。いつかそのくらいの年齢に差し掛かるとき、痛々しい若作りなんかではない、内側から滲み出る若々しさを漂わせるような女の人になっていたい。


2015年06月18日(木) デキる男とデキる女

学歴自慢をしても周囲から素直に認めてもらえるのは卒業して10年後くらいまでが限界じゃないかな。それはその人の確かな人生の中の功績として死ぬまで残ることで、それは評価するけれど、時は移ろい世情も人も変化していく。何十年も前に出た良い学校を自慢しているような男を一瞥し、わたしのような凡人はひややかにこう思う。

「卒業以来何の輝かしい功績も人生に残していないのだろうな」

あまり昔の功績を自慢するのは、その後の人生の乏しさを匂わせる恥ずかしいことだと思ったほうがいいですよ。


綺麗で仕事もバリバリとこなすのに、婚活だけはうまくいかない女が愚痴をこぼす。″もっさりしてて、責任感もなく、やりかけの仕事も切り上げて帰っちゃう同僚が結婚することになったの。どうしてわたしが結婚出来ないのに、あのコが結婚できるのかな・・・″云々。はたまたわたしのような凡人はひややかにこう思う。

「だって男が結婚相手に求めてるのは仕事に対する責任感じゃないでしょうから」

どうしてデキる男とかデキる女を自称する人々は凡人ならすぐに解るこんなシンプルなことが解らないのでしょうか。


2015年06月13日(土) Fleur de courgette farcie

ズッキーニは花も美味しいのだと聞いて、食べてみることにした。南フランスなどでは″farcie(ファルシ=詰め物)″と言って、花に詰め物をしてよく食されているそうだ。レシピは適当に冷蔵庫にあるものでやってみた。マッシュしたポテト、小さなダイスカットにして炒めたズッキーニにカマンベールチーズを混ぜて、小麦粉を一振り、味付けは塩と胡椒だけ。それを花に詰めて、オリーブオイルを振りかけてオーブンでグリルした。

お味のほうは、意外に苦くない。花自体の味はそんなにないので、具材の味が決め手だろう。花の役目は具材のアクセントになるような食感なのだろうね。新じゃがの中からとろ〜りと出てくるカマンベールチーズ、美味しくないわけがない!

農園までサイクリングして、花を摘んで、芽キャベツの植え替えなんかの肉体労働のあとの夕飯はただでさえ最高にうまいのに、それが自分の育てたものだとはもう感無量です。





2015年06月06日(土) たっぷり初夏の匂い






















山へベリーハンティングへ出かけた。今日見つけたのはマルベリーとワインベリーのみ。開いた傘を木にぶら下げて揺するればちょうどよく熟れた実だけが落ちてくるのだが、虫とか良からぬものも一緒に落ちてきそうでためらわれる。手でひとつひとつ摘んでやっとヨーグルト2回分に入れるくらいのベリージャムとなった。まぁ、収穫はひとつのおまけで、天気の良い日に山や水辺を歩いて、ひたすら忙しいウィークデーを遠い日の出来事のようになつかしく思うのがいちばんの醍醐味だ。新緑が落とす濃い影や水辺の煌めき、菖蒲や紫陽花が美しかった。

4月に農園に撒いたズッキーニ。オヤジが口を揃えて″種から撒いてもどうかなぁ″と言ったが、目覚ましい成長を遂げて、毎食ズッキーニ!のような嬉しい悲鳴をあげている。今日の夕飯はカポナータ。材料は旬の野菜とオリーブオイルと塩だけ。これ最高に美味しい。鍋いっぱい作ったから、明日はピッツァに、明後日はパスタになるんだろう。










Michelina |MAIL