My life as a cat
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2011年02月27日(日) 自家製ポテトチップス

庭もない家で退屈しているだろうと、クロエにハーネス付けて公園に連れ出した。案の定、全く見慣れぬ景色を警戒し、慣れないハーネスも気になるしで全く遊ばず、石のごとく体を強張らせて、2,3歩歩いて終わりだった。犬を散歩させている人はどこにでもいるが、猫を散歩させようとしているわたしは近所の人に変人と見なされているに違いない。まぁ、その通りだけど。。。

夕方、はじめて自分だけの為に揚げ物をした。といっても小さなフライパンにケチケチの2cmくらいの油をひいて厚切りのポテトを素揚げしただけ。要はポテトチップス。水気を飛ばさないとじっとりしてしまうのではないかと、低温でじわりじわりやっていたら一袋分くらい作るのに30分も費やしてしまった。出来たものはケトル・スタイルのような堅あげのポテトチップス。食べられる物が作れたのだからいいとするけれど、30分のガスに油にポテトに労力、とてもコストの高いポテトチップスだ。チップス、甘栗にドライフィグスをつまみながらベイリーズをちびちび舐めて夜を過ごした。

慣れないことをしたわたしとクロエはどっぷり疲れてしまい、いつものように枕をシェアしてずんずんと深い眠りに入っていった。



2011年02月24日(木) あのコ達の行方

子猫ちゃん達の里親募集は沢山の方から飼いたいとメールをもらって、数日後に保護するまでにと会社帰りに毎日会いに行った。すっかりなついてしまって、行くと走って寄ってきて、体によじ登ってくるまでになってしまったから、去る時は逃げるようにしなければならなかった。

やせっぽっちの体でたくましく生き抜こうとする野良猫や野良犬はなんて愛しいのだろう。わたしはあのボロボロの枯木の間で、なんとかなるさっというような天真爛漫な顔つきで、しっかり生き延びようとしているあの二匹の子猫が大好きになった。

飼い主はここからそう遠くないところに住む主婦の方に決まり、さて保護しようと二人で一緒にいつもの場所に行くと、前日までわたしの帰りを待ち構えていたあのコ達がいない。そこは蛻の殻だった。車通りは激しいが歩行者は殆どいない道路脇。誰かに拾われるチャンスは少ないが、ひょっとして今頃誰かに保護されておなかいっぱい食べているかも、それとも頭上で狙っていたカラスに連れて行かれたのか?でも二匹一緒にとは考えにくい、それとも。。。腑に落ちなくて混乱する頭でその場所を管轄する保安庁にも電話してみた。担当の年配男性は消え入るような声にびびったに違いなかった。親切にあちこちに電話をかけてくれたようで、夜になって留守電に"情報はなかったがあればまた電話する"とのメッセージを残してくれた。

それからも気になってランチタイムに見に行ったりもしたが、やはり見当たらない。あのコ達に会えない帰り道が妙にさびしく感じて、そこに咲いていた藪椿の花をポキンと一本摘んで、一輪挿しに挿した。今となっては全て夢の中で起きた出来事のように思えてくる。


2011年02月20日(日) 小さな命の声

休日出勤はこの会社に入って初めてのことだった。静まりかえっただだっ広いフロアにボスと3人だけ。エアコンも全く機能していないのではないかというくらい寒い日だった。

3時前にオフィスを後にして、いつもはバスで通る道をとぼとぼとひとり歩いていた。平日は車の騒音がひどいが、休日はがらりと静まりかえっていた。ふと道路脇の枯木の山の中から猫が鳴くような声が聞こえた。近寄ってみるが何も見えない。背を向けて歩き出す。また鳴く。振り返って目を凝らす。鳴き止む。背を向けて歩き出す。また鳴く。そんなことを何度も繰り返してから枯木の隙間に小さな小さな子猫が顔を出しているのが見えた。咄嗟に"おいでよ"と手を出した。おなかが空いたと訴えているに違いなかった。でも、怖がりな子猫は人間に近寄るのを怖がった。しばらくしゃがんで見ていると姿は現さないがもう一匹の子猫が中にいるようだった。雨も降らない虫もいない真冬に産み落とされた推定生後一ヶ月の子猫が2匹。運よく越冬できれば、春にはなんとか自分で虫や鳥を狩って暮らすようになるだろう。しかしこのよちよち歩きの子猫達は冬の間に飢えて死んでしまう可能性のほうが高いだろう。

食べ物は持っていなかったからそのまま家路についた。歩きながら考えた。生きるも死ぬもそれが自然の厳しさだと言う人もいるだろう。しかし自然とはなんだろう。ケニヤのサバンナの動物達の弱肉強食の生存争いに触れるつもりはない。しかし、この猫達は一方的に身勝手な人間の犠牲になっただけの罪のない命だった。

家に戻り、クロエの餌と水を持ってまたそこへ戻った。途中でもう1年も会社の周りを歩き回っている野良犬がふらりとどこかから現れて、猫の餌を半分分けてしまった。人懐っこく、聞き分けが良く、品の良い野良犬だ。誰かに飼われたことがあるに違いなかった。

枯木の隙間にそっと餌と水を置いて、恐る恐る子猫達が顔を突っ込んで水を舐め始めるのを見届けて再び家路についた。

ほんの一粒二粒の餌で繋ぎ止められる小さな命はその小さな体を精一杯ぶるぶると震わせて必死に生きようとしていた。日頃食べ物の味を語り優劣などつけながら食事していることが恥ずかしく愚かなことに思えてくる。その姿に力強い音楽に出会った時のような感動をもらった。

小さいことが幸い、ネットに書き込みをしたら沢山の方から飼いたいとメールをいただいた。普通にいけばこの先10数年の彼らの運命がかかっている。良い人とめぐりあえればいいな。


2011年02月14日(月) ヴァレンタイン・デート

半年も髪を触っていなかったダミアンを銀座の美容室にご案内した。適当に床屋で切ってもこのカッペリーニはそこそこ格好良くキマッてしまう。男はつべこべ言わず床屋で切るべし!などと発言しながらも、美しいカッペリーニが癇に障るので、美容室に連れて行き、ジュード・ロウの写真を出し、こうしてくださいと告げた。美容室など足を踏み入れたこともないダミアンはシャンプーされてまんまと居眠りし、髪を切っている間は借りてきた猫のごとく小さくなっておとなしくしていた。
「動きを出しましょうね」とか「ここのラインを保ちまして。。。」などという説明は理解していなかったに違いないが、ゲンキンにも「しかし、綺麗なブロンドですね〜」という言葉だけしっかり聞き取り、
「アリガトウ!!」
と急に元気になった。

わたしは隣で雑誌の山田詠美の"4 UNIQUE GIRLS"というコラムに読み入っていた。"放課後の音符"くらいしか読んだことがなくて、あまり良く知らないと言ってもいい物書きさんだけれど、このコラムは好きで見かけると読む。作者が感銘を受けた一条ゆかりさんの言葉を取り上げていた。

「20代のうちは痛い思いを沢山したほうがいい。それは"良い経験"になるから。楽しかった"良い思い"はただそれだけで、後には何も残らないの。」

本当にさすが一条ゆかりさん。山田詠美さんもきっと怒涛の20代を走り抜けた人だから、今この言葉に痛く感銘を受けるのでしょう。自分の20代を振り返ってみても、自分を成長させたのは良い思いよりも痛い思いだったと思う。ただ、「良い経験をした。ありがたい。」としみじみ思えるまでにきっとあと5年はかかるだろう。

さて、ダミアンのヘア・カットが終わり、感想を求められたので、
「WOW! ジュード・ロウだ!」
と持ち上げておいた。素直にその言葉を受け入れたダミアンはたいへん満足げに美容室を後にした。

バレンタインのデートは美味しい物探索に出かけた。ダミアンが美味しいマドレーヌが食べたいというので、丸の内のブリック・スクエアにいつも長蛇の列が出来ている"ECHIRE MAISON DU BEURRE"のをトライしてみようということになった。開店20分前にダミアンが並んでおくというので開店20分後くらいにのろのろ行くと、まだ買えていなくて、彼の後ろには既に長蛇の列が。。。。やっとこさクロワッサンとマドレーヌを手に入れて、食べてみる。う〜ん。。。。。バター50%有塩のクロワッサンはすごくバターが香っていて他店のとはあきらかに違う。が、並ばなくてよくて、値段を3/4くらいに落とすなら買ってもいいかな、というくらいで意見一致した。日本人の作る行列は大して宛てにならない。というか、日本以外に食べ物に行列を作るところがあるのだろうか。

ランチは"La Bettora"へ。ここは一時期は予約が殺到していてすごかったらしいのだが、落ち着いてきたのか、平日だからなのか予約が取れた。写真はアペタイザー。見ているだけでハッピーになった。パスタは選択ミスだったのか、口に合わなかった。しかし、デザートのマチェドニア(強いチェリーのリキュールに漬けたフルーツポンチ)はもう絶品。値段も"ちょっと奮発"ランチくらいなもの。"また来よう!"これでまた意見一致。

ダミアンにはわたしの大好物であるYOKOHAMA FRANCEのミルフィーユをあげた。あちらからのプレゼントは花ではなくて(クロエちゃんがひっくり返すため)、猫ごはんのレシピ本。人間並の手の込みようでちょっと面食らった。いつか3人で味わいましょう!?


2011年02月12日(土) Harry and Tonto

同僚から安価な市販のキャットフードがどんなに粗悪かという話を聞き、手作りごはんをあげたらどうかというアイディアが浮かんだ。ペットに手作りごはんなんてぱっと聞いただけだと過保護極まりないイメージだが、しっかり計算してみるとそのほうが安価な市販のキャットフードより更に安上がりだし、添加物も入っていない、何より自分が食べられるものを猫にあげるという安心感がある、いいことづくしだ。さっそく鰯を一尾調達してきた。骨を慎重に抜いて、小さく切って、クロエの大好物のさつまいもと一緒に水煮にした。煮えたらフォークでつぶしておかゆ状にして出来上がり。猫肌に冷ましてあげると、もうただならぬがっつきを見せて喉を鳴らして食べてくれた。残りはアイスキューブにして保存した。手作りごはんとScience Dietを併用して与えることにしよう。

"Harry and Tonto"という古いアメリカ映画を観た。ハリーは白人の老人でトントは茶白の縞柄の老猫だ。ハリーは生まれも育ちもハーレムでその町こそが我が家だったが、区画整理にかかり家を強制退去させられることとなり、愛猫のトントと子供を訪ねてシカゴまで旅することとなる。飛行機ならひとっ飛びだが、空港でトントの入ったバッグを樟に通すのが嫌でバスや車での旅となった。道中、ティーネイジャーのヒッチハイカーを車に乗せ、フッカーに迫られ、怪しい物売りにあい、初恋の人に会いに行き、一晩刑務所にも泊まる。新しい人々と体験の日々の中、ハリーは自分の人生を振り返ってはトントに語り歌をうたってやる。この映画でよかったのは、このトントに映画のためのあまりにも愛らしいしぐさや奇跡をもたらす猫のような演出などなくて、小便をさせるのに長距離バスから降ろしたらどこかに逃げて隠れてしまうような本当に自然体の"ただの猫"だったこと。そしてハリーもよかった。職を失って一文無しで自殺まで考えていた息子と再会し、一緒に悲嘆するくれるわけでもなく、金を貸すでもなく、
「みんな独りだ。おまえと一緒に暮らすなんてまっぴらだ。お互いに自分のことは自分でなんとかしよう。」
というようなことを言う。また友達が死んでもトントが死んでも泣くこともせず、さよならを言うとさっさと去っていく。冷血というのではなくて、生命はいつか尽きるものとありのままを受け入れるように。決して猫だけを頼りに心細く生きる老人なんかではない。運命を嘆くでも後悔するでもなく、丸ごと受けいれたような毅然とした老人と毅然とした老猫が、"相棒"のように淡々と人生を旅する姿にじわりじわりと人生の豊かさと温かさが伝わる映画だった。


2011年02月09日(水) ポイントカード

お金持ちの人の財布はお札がきちんと1万円、5000円、1000円と並べて揃えられていて、凡人の財布のようにレシートなんかがお札の間に挟まっていてレジで支払いにもたもたしたりはしない、と書店で立ち読みした本に書いてあった。なるほど、お金を大事に思っていれば、無造作に財布に入れておくようなことはしない。お金を大事にする人=お金持ちになれる人ということなのかな。さて、わたしの財布はお札の間にレシートが挟まっていたりする凡人の財布だ。でもひとつだけ気をつけているのはポイントカードは本当に普通に必要な物を買って自然とポイントが貯まるものだけ持つように心がけている。となると、財布に入っているのはお決まりの下着屋のものだけだ。毎日必要な食料の買い足しに行く近所のスーパーマーケットにもポイントカードがある。10万円使ったら500円戻ってくるというようなやつだ。大家族なら10万円などすぐだろうけれど、ひとり暮らしでは子供の駄菓子屋通い程度のお金しか落とさないため面倒に思えて持っていない。このスーパーマーケットのレジはわたしが仕事帰りに行く時間帯は高校生のアルバイトで賄われている。現代っ子はなかなかドライで、サービスの押し売りはしないから気が楽でいい。このうちのひとりの男の子はわたしが通い始めてからほぼ毎日のように働いていて、野菜や豆腐を全て透明のバッグに入れてくれるのが嫌で、なんでも裸のままエコバッグに突っ込んで帰りたいというこの珍客をすぐに覚えたのか、無言で袋もくれない。たまにエコバッグを持ち合わせていない時だけ、"今日はちょうだい"と言う。今日はわたしの番になって、癖で
「ポイントカード・・・」
と言いかけて、
「ないんですよね。」
と、"しまった"という顔をするので笑ってしまった。ひとりひとりを覚える。これこそサービス精神のありかたではないだろうか。


2011年02月05日(土) 子猫ちゃんの記録2

オーダーメイドの迷子札が出来上がった。市販で売られているものは、迷子になった猫が雨にでも濡れたら字が滲んでしまうだろう全く意味をなさないものばかりと嘆いて、しっかり文字が刻印されるものをネットで購入した。マイクロチップや耳きりも一般的になってきているようだけれど、自分が嫌なように猫も体に傷がついたりするよりもこちらのほうがいいだろうと名札にした。10円玉より小さくて重さ4gのイチゴの札の裏にわたしのメールアドレスなどの情報を入れてもらった。電話番号はすぐに変わってしまうからメールアドレスにしたのだが、難点は見つけてくれた人にとって少々不便かもしれないこと。猫用の雑貨はどれもこれも"借り暮らしのアリエッティ"の世界に迷いこんだような小さなものばかりで、あまりにもの愛らしさにあれもこれもと衝動買いしてしまう。一定の力が加わると外れる安全な首輪とハートとキーのチャームも買ってしまった。クロエは最初は違和感でイチゴをぺろぺろと舐めたりしていたが、すぐに慣れていじらなくなった。

さて、子猫ちゃんの記録は2にして最終回である。相変わらず、窓越しにアプローチしてくるオス猫よりも押入れ探検やハエさんを追い掛け回すことのほうに興味がある"脳みそだけ子猫ちゃん"だが、何せ体が大きくなりすぎた。


Michelina |MAIL