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残業して作り上げたドキュメントは、翌朝読みかえすと、真夜中のいかれた頭で書いたラブレターのごとく壊れていた。お金は貯まらないというのに、仕事だけはたんまり貯まっている。料理をする気も失せてランチは社員食堂へ食べに行くことが増えている。安くて美味しくてメニューも豊富、雰囲気が落ち着かないという以外はとても良い。朝にメニューをチェックして食べる物を決めたら12時ぴったりに短距離走の選手のごとく勢いよくオフィスを飛び出し、食べたい物の前に一目散に並ぶ。一日のうちでわたしが一番生まれ持った才能を発揮する時である。食べ物のこととなるとわたしの足はチーター並みによく働く。もりもりと食べて膨らんだおなかをさすりながらのろのろとオフィスに戻りはじめる頃、20代のナメクジ・ボーイズ達が入れ替わりのろのろとやってくる。遅すぎて余り物を食べる以外に選択肢がない。しかし、そんなことは彼らにはどうでもいい。"おなかにいれときゃ何でもいいやぁ"、果ては"食べても食べなくてもいいやぁ"くらいの間抜けな顔つきで歩き、また余り物をおいしいんだがまずいんだかわからない顔つきでただおなかに詰めている。わたしは野菜しか食べない肉食女子で、彼らは肉を食べる草食男子である。しかしあんな精気のない動物など食う気も起こらない。わたしは血まみれになっても共食いを試みたいところだ。そうダミアンに話すと、
「君とうまくやっていけるのは僕のような食欲旺盛なコアラのような草食系だと思うね。」
なんて言うので笑ってしまった。まぁ、おっしゃるとおりではあるが。。。
週末、バースデーパーティがあり、外国人の同僚や彼らの仲間と大勢で六本木のアイリッシュパブへ繰り出した。六本木のパブなど滅多に足を踏み入れないため、タバコまみれ、酒まみれと決め付けて、ウォッシャブルのワンピースを着て出かけたものの、全くそんな心配は不要だった。外国人達はマナーよく外でタバコを吸い、ビールを片手におとなしくダーツなどで遊んでいた。オージーガイお勧めのバロッサ・ヴァレー産の赤ワインを飲みながら、ちょっと酔いの廻った頭で先日ひらりとメールをくれたJを思い出した。バロッサ・ヴァレーはJの主要な出張先で、仕事はきついながらも自然が美しくてなかなか気に入っているといったメールを何度かくれたのだ。壮大な草原のようなJがいつも心に住み着いていている。しかし掴みどころがなくて、刹那的な付き合いしかできないのではないかと思える。いつかメールも途絶えるだろう。このままでいい。"いつかもう一度会いたい人"のままでいたほうがいいように思う。
疲れた肉体にじわりじわりとワインは染み込み、宙に浮いているような感覚になっていた。ダミアンの腕につかまりながら思った。理想を追い求めては辛い別れを経験してきたのだから、今回は理想とは全く違うけれど、平穏な時間を一緒に過ごせるダミアンともう少しがんばってみてもいいかもしれない。
ダミアンが家に来るのは元旦に一緒にクロエを迎えに行って、文字通り"借りてきた猫"のようにぎこちなく部屋の片隅でうろたえるクロエをそれとなく横目で追って、集中力を削がれながらDVDなどを見て過ごして以来数週間ぶりで、少し心配だったけれど、クロエはちゃんと覚えていて、前回とは打って変わって膝に乗ったりピョンピョン飛びついたりして彼を喜ばせた。
夕飯はお好み焼きとダミアンとクロエの大好物のかぼちゃの煮つけにした。みんな食いしん坊顔でガツガツと平らげて、寒いからとさっさとベッドに入った。
その夜。。。。
クロエはわたし達の間に横たわり、わたしの脇の下に頭を埋めぞろりと体を延ばしてすやすや寝ていたのだが、どんっ、突然クロエの体とわたしの腕の上にダミアンの大きな腕が乗ってきた。潰されかけてんぎゃー!と声をあげてベッドから這い出てしばらく警戒して周辺をうろつくクロエ。そのうちまた眠たくなったのか、今度は真ん中ではなく、わたしの横端で眠り始めた。わたしも再び眠りに落ちたが突然、今度はダミアンが勢いよく寝返りをうち、ブランケットを剥ぎ取られ、同時に飛び起きるわたしとクロエ。ひとり気持ちよさそうに眠っているダミアンからブランケットを奪い返しなんとかまた眠りについた。
翌日、わたしは寝不足気味で会社から帰るとパソコンを持ってさっさとベッドに入った。Skypeのカメラ越しに
"クロエちゃ〜ん!Do you remember me?"
と無邪気に手を振るダミアンをクロエは冷ややかに一瞥しブランケットの中に潜り込んで姿を消した。
2011年01月23日(日) |
Der Tunnel |
休日の午後の風景。クロエちんは自分で勝手に作ったフラワーベッドでうたたねをして、気が向くと花をムニャムニャと食している。1週間前まではパッションピンクのオキザリスが朝日に向かって手を広げるように花を開き、日没と共に花びらを閉じていたのだけれど。。。
おやつを広げてまったりと観はじめた"Der Tunnel" (邦題:トンネル)というドイツ映画に思いがけず何度も号泣した。1961年8月のベルリン。突然東西を分断するフェンスが張りめぐらされ、一夜にして引き裂かれた家族や恋人達。それからフェンスの向こうに着々と築かれるレンガの重圧な壁。これは西側に逃れたものの、東側に残してきた愛する人々を救うために壁の下に145mものトンネルを掘った人々の実話だ。この映画で良かったのはトンネルを掘る男達の泥まみれの汗臭いだけのストーリーではなく、妻、妹、母、恋人あらゆる立場の女性の愛の深さと強さがこのトンネル作りを進める上での原動力となったことが強調されて描かれていることだ。カロラという女性など、妊娠しながら夫と西へ逃げる途中で一人だけ捕まって刑務所に入れられた。母は子供を守るためならスパイにでも何にでも寝返る。最後は西側にいる夫の元に子供も託してしまう。夫と離れ、子供のことを一番に思い、ひとり東側に残り政府への裏切りを働き制裁を受けることを決意する母の強さ。自分の幸せはイコール息子の幸せ、でもその息子に会えないんじゃどんなに辛かっただろうか。誰もが幸せになるパーフェクトなエンディングではなかったが、地下の暗いトンネルに点々と灯りが燈りはじめたように人々の心にも希望の光が燈りはじめていた。
よく食べてよく遊び、よく眠るので成長著しく、子猫ちゃんと呼べるのもあと数ヶ月だろう。今日は朝から軍手をして真剣にケーブルを握り、何か修理でもしているような面持ちだったが、、、、夕方発見したのは食いちぎられたマイクロフォン付ヘッドフォンのケーブル。毎晩ダミアンとskypeしてるからやきもちをやいたに違いない。へ〜ん、そんなのなくたってskype出来ちゃうもんね。
クロエの大好物
●ほくほくかぼちゃの煮つけ
●やきそば
一口食べて二口目はおもちゃになるもの
●目玉焼き
口に入れるのも怖いもの
●海苔
たまに飲みたいもの
●麦茶
毎日飲みたいもの
●シャワーの後に床に落ちた水。
最後に親バカ自慢話
クロエちゃんは人間の子供が学校で教わる”三角食べ”が教えなくても出来るのよっ。毎晩鶏のささみジャーキーにマグロジェリー、にぼし、ドライフードとフルコースをあげているけど、一口ずつローテーションして食べているわ。
年明け早々仕事は山積み。会社ではなりふり構わず黙々と働き、寄り道もせず真っ先に家に帰ると今度はクロエちゃんに夢中。子猫は遊ぶのが仕事ゆえ、ひとりで留守番はさぞかし退屈だろうと不憫に思って、全ての遊びに付き合ってあげるのだ。その甲斐あって、朝は玄関まで見送りにきて、帰るとまたお迎えにきて、地面に仰向けに寝そべっておなかをだし、体をくねくねさせて喉をごろごろ鳴らして歓迎してくれるようになった。
そんなこんなで、それ以外のことはまったく記憶の遥か彼方に追いやられていたのだが。。.
職場でのいつもの午後、朝の8:30に大阪を出発してこちらに向かったというサブベンダーが午後になっても現れず、気をもんだ挙句、ちぇっ、また逃げられたと諦めかけた頃、内線が鳴った。今日こそ本当にやってきた。この人はメールや電話でしかやりとりがないが、わたしの中では移動ばかりしていて、なかなか居場所のつかめないミステリアスなイメージだったので一度お顔を拝見てみたかった。そして現在依頼している仕事もいつまで回答をもらえるかという約束をしっかりとりつけてやろうと乗り込んだ。鏡を見ることもなく、レセプションに走るとそこに立っていたのは、ちょっと浅く日焼けしたそこそこに充実したプライベートライフを送っているといったなんとも素敵な雰囲気の若いお兄さんであった。数秒前まで殺気立っていたというのに、がらりと心変わりし、満面の笑みで出迎えてしまった。相手が話している最中もかっこいいということに気をとられ、相手がパソコンの画面を指差して説明している最中も、指が長くてきれいということに気をとられ、辛うじて約束を取り付けたがもう上の空であった。
オフィスに戻り、引き出しの奥にしまって久しく触っていなかったハンドクリームを出し、書類の触りすぎで見捨てられたサバンナのように乾ききってささくれだらけになっていた指にしつこく塗った。
ダミアンはどちらかというと"同志"のような仲の良さなので女子の気持ちが目覚めることもあまりない。それはそれで悪くないと思っているのだが、たまには変わった刺激を受けるのもよかろうね。
(写真:寒くなればなるほど妖艶に咲き誇るシクラメン)
ちょっと遅れたけれど、七草粥を食べた。苦味のある草のような味は大好きだから、胃腸を休めるというよりただ食べたかったというだけ。ふやかしておいたご飯と根菜、乾燥海老、塩とことこと土鍋にかけて、最後に刻んだ草を入れて蓋をして一分くらい。美味しい美味しい七草粥の出来上がり。刻んだピーナッツを乗せたらクランチーな食感がアクセントになってこれまたたまらない。「病気にならない生き方(新谷弘実著書)」という本の中で、病みあがりの人にお粥を食べさせるのは間違っている、お粥のようなするりと飲み込めてしまうような食事では口の中で唾液が絡まないので余計消化が悪いというようなことが書かれていて、納得させられたので、ゆっくりゆっくり口の中にしばらく留めてから飲み込むようにして食べた。三が日に散々雑煮を食べて、最後に残った一枚のお餅があったから、焼いてからフライパンの上でとろけるチーズを絡めてどっぷり漬けてあったにんにくたまり醤油を絡めて食べた。これでお正月気分もおしまいかな。
しかしお正月から家の中は幸福そのものだ。クロエとの生活はとても楽しくて、パソコンをしていれば、ポインタをキャッチしようと必死になり、テレビを観ていると膝の上で一緒に観ている。シャワーを浴びていれば、曇りガラスの向こうでじっと座って待っているのが見えて、料理をしている時はオーブンの上に座って眺めている。そして何よりもクロエは本当に良いコ。猫は夜行性だから、みんなが寝静まった後に暴れだしたり、朝、お腹がすいたと鳴いて起こされたりして、ある程度睡眠の邪魔をされることは予測していたというのに、クロエはわたしがベッドに入ると一緒にベッドに入って、朝までじっと寝ていてくれる。今日はいつもよりゆっくり寝ていたら、さすがにお腹がすいたのか、起き上がって切なげに何も乗ってないお皿を舐めてまたベッドに戻ってきたのがいじらしくて、かわいそうになって起きてごはんをあげた。
まだ見る物全てが新しくて目をまん丸くして走り回るクロエは希望そのもの。アニマル・セラピーなどと言うけれど、動物と一緒にいるととても優しい気持ちになる。
2011年01月06日(木) |
SEX AND THE CITY 2 |
やっとDVDで観た。観終わった後、相変わらずの友達が自分の手の届かぬところにいってしまったような寂しい気持ちになった。どこにでもいる30代の女の子達が恋や仕事に悩んで、泣いて、踊って、笑う、そんなところに共感し、それでも必ず帰れる"友達"という存在がある、そんなところに安心し、ほんの少し手を延ばせば届きそうな華やかなライフスタイルがある、そんなところに憧れる、それがSATCの魅力ではなかったのか。MOVIE2ではもはや暴走し過ぎて、わたしのような"どこにでもいる30代の女の子"には理解し難いところへ行ってしまっていた。キャリーはビッグと結婚し、住居も落ち着いてちょっと生活がまんねりしはじめると、また独身の頃のようなとんでもわがままぶりを発揮しだした。高級なソファを買ったのはキャリーなのにビッグがそのソファに靴のまま足を投げ出すことを咎め、スペアタイムを家でゴロゴロしているのが気に入らない。気乗りしないビッグを無理やりパーティに連れ出し、ビッグがそこで自分なりの楽しみ方を見つけたらそれにも機嫌を損ねる始末。大金をはたいた"我が家"はもはや寛げる場所なんかではないビッグが気の毒だった。そしてこれまたとんでもないのがシャーロット。二人の子供のお母さんにり、専業主婦なのにベイビーシッターを雇い、なおかつそれでもストレスを感じている。なぜか真っ白なヴィンテージやらのスカートを履いて子供とお菓子作りしながら女友達と電話。そんな母親に罰を与えるかのように子供が背後から汚れた手でお尻に手形を押してしまう。スカートを汚されヴィンテージだとわめき散らすシャーロット。母親としてという前に普通そんな大事な服を着てお菓子作りなどしないだろうと突っ込みたかったが、まぁこの4人の服装はあまり機能性など考慮されていたことがないのでどうでもいいか。。。。それにしても、また話は戻って欧米ではベイビーシッターを雇うのは一般的とはいえ、大抵の母親が働いているからで、専業主婦で自分の子供も人任せ、一体時間を何に使っているのか。それでストレスが溜まるから子育て休暇を取りますって本当に泣いてまで子供が欲しいと切望した人の話なのだろうか。それとも子育てをお人形ごっこくらいに考えていたのか。一体このシャーロットに対し、世の子育てに奮闘する母親達の何人くらいが共感などしただろう。"冗談じゃないわ"と思った人のほうが多いのではないか。キャリーもシャーロットも自分が思い描いた夢が実現したというのに、全く成長していなかった。独身の頃のわがままは自分の幸福選びに決して妥協しない、むしろ逞しくて格好いいんじゃないかという気すらしたけれど、やっと自分が選んで手にした家族との家庭内でのわがままは幼稚に映るだけでがっかりだ。ミランダは相変わらず仕事に精をだしていたが、同年代の男性にどんどん追い抜かれて行き、そして仕事を頑張れば頑張るほど子供が自分から離れていってしまうということが悩みだった。しかし、悪い上司に当たり、ある日ぷちんとキレて仕事を辞めて子供に走ってしまったのはちょっと残念。女性ながらに男勝りにキャリアを積んできたのだから、もうちょっと戦って上司を尻込みさせて欲しかったな。家庭と仕事の両立を実現させてたらどれだけ世の同じ悩みを抱える人の励みになったか。サマンサは相変わらず元気なのねというくらいの印象しかなかった。そして何よりも大間違いな感じだったのは舞台を中東に移したことでただのお茶の間劇のような安っぽさになっていて、本来のテーマから大きく道を逸れたように見受けられたことだった。
やっぱりテレビドラマだけで人々の心に余韻だけ残して終わっていればよかったんじゃないかな。
買ってあげたうさちゃんホームはなかなか気に入ってくれたみたいだけど、ふとこんなところに居たりもする。
ちゃんとボールに水をあげてるのに、鉢植えのプレートに溜まった水やバスルームに落ちた水のほうが好きらしい。以前落としたまま見つからず諦めたボタンとピアスのキャッチはクロエが見つけてきてくれた。今一番興味があるものは蛇口からドリップする水とパソコンのモニターを飛び回るポインタ。こう書いてる間にも何度もモニタ目がけて猛突進されている。。。。
2011年01月03日(月) |
Welcome, Welcome! |
タキのお迎えがやってきて、ふたりでおしゃべりしながら歩いた買い物途中の散歩道を、ひとり辿っては感傷に浸っていたのも束の間、Happy new year!と同時にわたしの家に子猫ちゃんを招き入れることになった。わたしが一番好きな柄の靴下を履いた子猫ちゃんはクロエ(黒衣)と命名され、下町江戸っ子らしく大変な威勢の良さですでに思いつく限りの悪さをひととおりしてくれた。見る物全てが真新しく、起きている時は大変なおてんば娘であるが、寝る時は絶対わたしから離れたがらない甘えん坊だ。
どたばた騒ぎの三が日ではあったが、お雑煮を食べて(ダミアンは"何故これで人が死ぬのか解ったよ"、と恐る恐る食べていた)、ドライブをして、映画三昧、日頃忙しく規則正しい会社員には蜜の味のような自堕落な時間を過ごした。