My life as a cat DiaryINDEX|past|will
カルフォルニア州のフォアグラの生産工程の改善のニュース。よかった、よかった。手足も動かせない小さなかごに体を詰められて、首だけ出し、ひたすらホースで餌を口に流されているガチョウの写真を見たときは人間嫌いになった。フォアグラを食べたことはないけれど、これからも絶対に食べることはないだろう。そんなことを思いながら車を走らせていたら隣の車線に豚の親子を乗せたトラックが走っていた。お母さん豚に寄り添う子豚達。彼らは食べ物ではないと強く思った。
明日で仕事おさめなのでマネージャーがランチを御馳走してくれた。しとしと雨の中、会社からちょっと歩いて大きな通りから外れた隠れ家のような洒落たイタリアンレストランへ。得体の知れぬ不思議な見た目、だけれど美味な前菜からはじまり、パスタは小エビとバジリコのトマトクリームパスタ、デザートはラズベリーソースと食べる生暖かいクリームブリュレ、コーヒーと続いた。料理が運ばれてくるごとに味の良さに加えて食器の美しさにも感激。マネージャーが「ノリタケのじゃない?」というので思わずコーヒーカップのソーサーを裏返して見てしまった。やはりNoritakeと書いてあった。しかし日本のイタリアンは美味しい。日本人の勤勉さや繊細さ、基本的にコシのある麺が好きな国民だからなのだろうか。パースにはアルデンテは無い。甘すぎなくて大きすぎないデザートも。
木曜の午後に羽田を発ち、夕方に東南アジアのような熱と湿度に満ちた那覇空港に到着。1時間に1本しかこないバスにやっとのことで乗り込み街中へ向かう。沖縄=サトウキビ畑=海というだけのイメージでやってきたわたしは那覇市の予想外に多い交通量や都会さ加減に驚いた。トロトロと進むバスが国際通りを抜けたところで下車し、安宿に荷物を下ろし、夕飯を食べに国際通りを歩いた。スターバックスコーヒーに三越、ドトール、ファミリーマート、ダイエー、マックスバリュ、なんでもある。そしてここは南国、どこの店も夜遅くまで営業しているし、人気もなくならない。さて何を食べようか。沖縄の郷土料理といえば豚肉が入るものが多い。とりあえずは適当な食堂に入り、肉抜きの豆腐チャンプルとジーマーミー豆腐(ピーナッツ豆腐)をオーダーした。チャンプルは暑い地の味付けらしくちゃんと塩分が控えめだった。
「わたしの地球遍歴」という本を読んだ。東大の教授である著者が環境破壊が実際に起こっている現場を訪ねて書いたものだ。これは先進国の人間が行う「環境保護」などという甘っちょろいものではなく、命をかけて自分達の住む森を守ろうとするインディオ達や活動家の血なまぐさいお話ばかりだ。自分達が住む森が焼かれて牧場に姿を変えていく。住む場所を失う人たち、そしてそこに移住してくる先進的な暮らしをする人間達。森を失ったインディオ達は自分達の住処を略奪した白人を恨みつつも狩ができなくなった今、皮肉にも自分達の土地を略奪して切り開かれたファームに従事し生計を立てることになる。自殺者も増加するという。「自殺の動機なんて難しい議論しなくてもわかっている。酸素を失った魚が口をパクパクしてい死んで行くように、森を失ったインディオが死んで行くだけのことだ」というインディオの言葉に胸が締め付けられた。
平和な平和な日曜日の昼下がり、事件は起こった。マーティンに日本で新しいスニーカーを買って帰ろうと思って久々にチャットをオンラインにしてサイズをたずねた。すると様子がおかしく「もうパースに帰ってこなくていいよ」と言う。ええーーーー!!エアチケットを取るのにも結構苦労して、仕事を辞めることだってもう決まっているし、何よりビザを取るのに2人して奔走したではないか。で、何で?「君は一週間僕と喋らなくても平気なんだ」。確かに忙しくしているとあっというまに過ぎてしまう。わたしは家族と暮らしていつもワイワイやっているのであまり淋しさなどはないけれど、一人で暮らしてる彼は淋しいのかもしれない。気持ちはわからないでもないけれど、話したかったら電話してくれればよかったのに。ちょっとストレス溜まり気味の彼にあれこれ言われ、鬱陶しくなったわたしは「そんな鬱陶しい話したくない。そんなことばかりチャットで話したいなら名前もう削除して」と言い放ち、彼の名前を削除してPCをオフにしてしまった(てっきりそれでもうチャットはできないのだと思っていた)。
古い友達と恵比寿でランチの約束。2人とももはやどこになにがあるのかわからないので、適当に代官山方面に歩いて、名前を聞いたことのある有名っぽいカフェに落ち着いた。道行くジャラジャラと着飾った若者達を眺めながらあれこれと日常を報告しあった。それからとぼとぼと代官山を散歩。ここの人々は高級な小型犬に服を着せて連れ歩くのが好きらしい。うんざりしながら渋谷まで歩くとここもすごい人だかり。すっかり主婦のようになってしまった彼女は3時ごろに帰るというのでそこで別れ、丸の内に新しく出来たOAZOに行ってみた。1階から4階まで本屋だ。大きい本屋だからといって圧倒的に種類が多いわけではなく平積みが多い。これは見やすくて良い。通りから直接歩いてこれる1階にビジネス書や資格マニュアルが置かれているのは丸の内という場所柄なのだろうか(普通1階は雑誌とかじゃないかなぁ)。書店にも個性があって面白い。あれこれと手に取って見ていたらあっというまに日が暮れてしまい、おなかが空いたので足早に家に戻った。
先日、素敵な表紙に吸い込まれるようにして衝動買いした"おいしい を つくるもの"という本。三重県鈴鹿の関町という場所にある"而今禾"というギャラリー兼カフェの器やレシピ、食に対する精神が盛り込まれている。凛とした和の風景の中に温もりのある器と食事。
気候が急に涼しくなって昨日は夜中に寒さで一度目を覚ました。それからまたうとうとと眠り始めたら、久々に夢を見た。すごく悲しい夢で、一番悲しいところで目が覚めた。夢だけれど現実だった。受け止めたくなかった現実をほら、見てみろっと突き出される夢だった。目が覚めてもそれが完全な夢ではなく変えようのない事実が現実のわたしの世界にあるので救いようがない。どたばたと忙しく朝の身支度をして会社に着いてちょっと落ち着いたらまた夢の悲しみが甦ってきた。朝から隣のビルにいるマネージャーに呼び出されていたので外にでてみると風がひんやりしていてきれいな秋晴れで空も夏よりも青くなった。ぼんやり歩いていると隣のビルの1Fにあるトラベルエージェンシーの前に飾られたきれいな2枚の写真に吸い込まれるような錯覚をおこし立ち止まった。アテネの町から見上げたパルテノン神殿とトロント郊外の紅葉。それをビルの隙間で眺めるわたし。自分の居るべき場所はどこなのだろう。わたしは居場所を探して彷徨うジプシーのような気持ちになる。
元チェッカーズ、なんだか見苦しい。芸能人の暴露話でいつでも見苦しいのは暴露される側じゃなくてしているほう。「小柳ルミ子の離婚」以上の見苦しさ。どんなに芸能人がテレビで気に入らない人間の醜態を暴露しようと、わたしのような一般人にはそれが本当かなんてわからないので、とりあえずは人の暴露話なんかしている人の人間性を疑って哀れんでそれで終わり。
丸ビル初体験。ちょっと目を離した隙に東京はずんずんわたしを置いていく。とりあえずはタイレストランで腹ごしらえをしてざっとお店を見てまわった。これといって普通のビルだな。丸善を見つけて入ってみた。品揃えはかなり好み。わたしが住んでいる町にも同じくらいの大きさ(いや、もっと大きい)の書店はいくつかあるのに、マンガが面積の半分埋めている(マンガの需要が高い町なのだ、きっと。。。)。あぁ、わたしの町にもこんな垢抜けた品揃えの書店があればいいのにな(間違いなく流行らないだろうけど)。
辻仁成の「目下の恋人」という短編集より"愛という名の報復"という話。
気だるい午後に視察の為同僚と3人バスに乗って外出した。今日は天気も良好。同年代の同僚と数年ぶりに乗るバスに小学校の遠足のような気分になってわくわくしたがすぐに現地に到着。商品の陳列のされ方や見栄えなどをチェック。自分が作り出したものに実際中身が入って大量に並んでいる風景にはちょっと感動してしまう。「あぁこれは手こずったな」とか「これやってた時には大事件が発生したよな」とかほんの1ヶ月くらい前の思い出が甦ってきて3人で製品を手にとっては「あ〜!**さ〜ん」と製品担当者の名前を叫び、奇妙な雄叫びをあげた(相当怪しい客だ)。8月に退社したわたしのパートナーも辞めた後に自分の仕事の出来映えを目にして感動しているか、強烈労働の思い出が甦って吐き気がしているかどちらかだろう。
9月に入って職場でのパートナーが変わった。彼女は人に対する気遣いも仕事のやり方もとても繊細で、芯が強そうだけれど表面的には人と対立するようなことは好まなそうだ。わたしは仕事はけっこう大雑把、自我が強くて物事をはっきりと言わないと気がすまない。自分がやるべき仕事の中でとりかかれる状態にあるものは残業してでも100パーセント処理しているけれど、とりかかれないもの、例えば資料が揃えられていない、情報がどこかで留められている物に関しては催促しなければきちんと期限内に資料をださないのは切羽詰っていない証拠だと見なして放っておく。発売日に間に合わなくて困るのはわたしではないので彼らは自分で自分の首を絞めているようなものなのだ。大体、忙しさのせいかいい加減なところが多いので構いきれないのが現状なのだ。忘れているかもしれないので一度は親切に催促の電話を入れるけれど、それ以上は知らん顔をすることにしている。そして昨日そうやって放っておいた仕事についてパートナーにちょっと咎められ「それはマズイよ。もう一回催促の電話してさぁ。。。」などと言われたが、「嫌です。"催促"はわたしの仕事ではありません。」ときっぱり断って帰ってきてしまった。
会社で秋から売り出される新製品の見本市を眺めに行った。この会社ではありとあらゆる商品を開発しているので自分が普段は見ることのないような物も手にとってみる。製品を通して日本のトレンドが見えるようで興味深い。色とりどりのランドセル(わたしの時代は2色しかなかったのに)には防犯ベルがセットになっていたり、(その会社の精神レベルは怪しくとも)「環境に良い」ことをうたうのは今の時代は当たり前のようだ。環境に優しいことを前面にだしているこの会社の毛皮はもちろんフェイクだがよく出来ていて、こんなリアルな見た目の毛皮を欧米で身につけたら卵でもぶつけられそうで恐い。しかしこんな技術があるのだからもうわざわざ動物を殺さなくてもいいじゃないか!といいたい。そして食品コーナーへ。今世の中は「イソフラボン」「にがり」とかそんな言葉に弱いらしくとってつけたようにそんな言葉を製品の前面に出している。しかし「健康に良い大豆タンパク質」に飛びつく人達が増えている一方でやはり肉も衰えない。今はやっぱりオージービーフ。安全をうたってオーストラリアの大自然ですくすく育った牛が流行。肉の展示スペースの脇に置かれたAUSの大自然の写真の中にいる牛の漆黒の可愛らしい目を見て、いつになったら牛さん達が救われる日が来るのだろう。。。。と溜息をついた。
Michelina
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