My life as a cat DiaryINDEX|past|will
女性雑誌は「女性の自立」とかを前面に押し出しているけれど、そういうものには惹かれない。社会にでてみて才色兼備で結婚もしているけれど自立していて仕事もばりばりこなし、自分の意見をずばずばと言うような女性を見ると「すごいなぁ」と思うけれどそれだけだ。わたしはもっと怠惰で自立心も無い。そんな女性の漲るエネルギーに圧倒されつつもわたしなりに頑張っているのだけれど、マーティンがわたしのVISA取得のために動いてくれていると聞いたらスワン・リバーで遊ぶペリカンや、ミケの幸せそうな寝息を思い出して帰りたくてたまらなくなった。
日本では「負け犬論」なんていうものが流行っているらしい。例の本を読んでいないのでいまいち論理がつかめないけれど30代、未婚、子供なしの女性を「負け犬」と呼ぶらしい。。。? 夜にテレビで久本雅美や高木美穂など該当する女性ゲストがトークしたり負け犬のあらゆる形をドラマ化したり負け犬エピソードを歌に乗せてみたり、そんな番組がやっていた。スタジオには負け犬女性を集めて。人の人生に勝ち負けなんてあるの?くだらないわーなんて思いながらぼんやり見ていたのに、案外面白くて最後にはすっかり入り込んでいた。わたしは負け犬になるまであと2年あるけど、実態は彼女達とさほど変わらない。パースでは30代、独身、子供なしは単なる「自由人」として楽しく暮らしているので憧れさえ抱いていたのに、実家に帰ってきて日に日に年老いていく両親を見てしまうと何かこの辺で一つ親孝行でもと自分の気持ちとは裏腹にちょっと焦ってしまう。テレビの中の負け犬さん達も恐らく同じ心境なのだろう。親子のドラマが流れたら一斉にスタジオやゲストが涙を流し始めた。
数年ぶりの社会人としての暮らしがはじまろうとしている。恐い。何が恐いんだろう。人間のエネルギーかな。一日の大半を猫と過ごし、スワンリバーで鳥を追いかけて暮らしていたわたしが人間社会に戻るのだ。人間社会は刺激的でエキサイティングである反面、嫌なものを見せ付けられたりするのでしょう。自分の感情を見失いませんように。
会社に行き、ドイツ人のボス、日本人のボスと話した。わたしは日本の会社とスイスの会社と2つの会社の間で働くことになるらしい。ジャーマンボスの質問はユニークなものばかりでとても困ってしまった。例えば色々なシチュエーションを想定して話し、最後に"What's the solution?"と聞くのだ。どれも強烈なものばかりで頭の回転の速くないわたしはタジタジだった。日本人ボスがニヤニヤ笑っているのを見たらもしかしたらこれは答えなど重要ではなく、わたしの落ち着き具合や決断力が試されているのだろうかなどと思いながらも支離滅裂、非論理的な返答をした。
夕方、妹のアルバイト先に出入りする客である中年男性2人とわたしと4人で食事をした。誘われるがままに着いて行ったので彼らがどういう趣旨で誘ったのか、どんな人達なのか全く知らず、行ってみてちょっと面食らった。料亭のようなところに案内され、席につくなり、片方の男性がもう片方の男性を「会長」と呼んでいたのですぐにどこかのエライ人なのだと悟った。料理はあちらが適当にアレンジした。彼らがどんな事業をしているのかなど少しずつ探りを入れているとテーブルにまだ生きてパタパタと動いて苦しそうな刺身がやってきた。うわーー。妹とわたしはもう心臓がバクバクしてしまい、テーブルから後ずさり。ぼちぼち時間が経つうちに彼らはわたし達との「会話」などに何の期待もしていなくてそこで食べながら相槌をうって愛想笑いを浮かべていればいいのだということがわかった。が、「今度は○○牛でも食べに行くか」などと言われわたし達は肉を食べないことを白状すると「可哀そう」と何度も言われ気分が悪かった。殺される牛さんのほうがよほど可哀そうだ。それにわたしは苦しんでベジタリアンをしているわけではなく、慈悲する余裕があることがむしろ自分が幸せである証だと思っている。テーブルの上に食べきれないほどの料理を並べ、ちょこっと突付いて平気で席を立つ、舌の肥えた彼らは何を食べても満足しない。経済的豊かさと心の豊かさは比例しない。愛想笑いで顔の筋肉が疲れ果てる頃お開きとなった。
友達と半年ぶりの再会。顔を合わせてすぐにまずはお互いの近況報告。35歳になった彼女がやっと婚約したと言う。が、あまり幸せな様子ではない。どうもバイタリティ溢れて、自分の意志が強く情熱的な彼女がただ受身であるという。彼女的には「自分を好きな人」ではなく「自分が好きになった人」と結婚したいというけれど、自分が夢中になると冷静さを失ってうまくいかないのだという。あぁよく解かる。山本文緒の「恋愛中毒」という小説みたいだ。でも、男性を追いかけてイギリスまで行き無惨にも見捨てられてしまったとか、そんな類の逸話をいくつも持つ彼女がこの年まで探し求めてここで妥協していいのだろうか。「親も安心させてあげたいし、とりあえずね」と言う。気付いたらわたしは「相手もそんなんじゃ可哀そうだし、何よりも自分が幸せじゃないならもうちょっと先延ばしにして様子みたほうがいいんじゃないの?」と言ってしまってその後すぐに自分も35歳になってまだ捜し求めたものに出会えなかったらこうやって弱気になるに違いないと後悔した。わたしは彼女ととてもよく似ているので彼女の気持ちがとてもよく理解できる。もっともわたしは彼女ほど素直に気持ちを体でめいいっぱい表現するタイプではないけれども。こんな純粋で激しい彼女を受け止めてあげられる人がこの世のどこかに存在するのだろうと思いつつも「いつか出会えるよ」なんていう言葉は言えなかった。誰だって未来に希望ばかり持てるものではないから。複雑な気持ちになって帰宅した。
真昼間の図書館でソファーに腰掛けて本を読んでいたら、隣に上下白のジャージを来た中年男性が座った。10分くらいするとその男性は熱中し始めたのか「そっかー!なるほどー!!」と雄叫びはじめた。こ、こわい。これ以上興奮される前にと席を立った。
占いというものには殆ど興味が無い。のだけれど、22歳の時にちょっと恐い占い師に会った。友達と横浜中華街を歩いていて、気まぐれでその女性に手相を見てもらった。教えるのは名前と生年月日のみ。わたしの手を見てすぐに「あなた海外旅行とか好きでしょ?旅行運はとてもいいわね。」と言う。確かに当ってる。そして友達に対してもわたしが彼に対して思っていたこととピッタリ同じことを彼女は言い当てた。ちょっと恐いと思い始めたところ「あなたは28歳で外国人と結婚するわね」と言われた。思い当たる外国人もいなかったわたしはへーーと思っただけだった。
朝仕事にでかけるBFを2人で見送り、二子多摩川の高島屋でランチをした。ボトムに焼きりんごが入ったクリームブリュレのようなケーキを食べた。やっぱり日本のケーキは甘すぎなくて美味しい。子連れマダムを横目に見ながらあぁなることは幸か不幸かという話題になったが、結論が出なかった。ひとそれぞれ違う事情があるのだろうけれど。
友達と渋谷でランチを取りながらあれこれと将来について話した。それから彼女がBFと暮らしている家に招待してくれた。入ってビックリ。BFとの関係にあれこれ悩んでいるというのでもうちょっと殺伐としたものを想像していたのに、雰囲気的にはどう見ても仲良しカップルのすっかり出来上がった生活ぶりが現れていた。すっかり専業主婦のようになった彼女はおしゃべりしながら手早く夕飯の準備をし、彼の帰りをチビチビ飲みながら待った。そのうち彼女が「たまには照明を暗くして素敵な雰囲気を作ろう」と言ってキャンドルを灯して、Jazzをかけた。7時過ぎ、やっと彼が帰宅。「はじめまして。お邪魔してます」と挨拶をすると「あぁどうもどうも」と言っていきなりテレビをつけていた。彼女によると広島出身で「男」という雰囲気でけっこう無口だということだったので、今日はあまり自己主張を強くするようなことはやめようなどと考えていたのに、全く違ってとても気さくでよく話す愛想の良い人だった。気を使っているのだろうな。サッカーを見終わってからテレビを消してまた素敵な雰囲気の部屋で3人で飲んだ。音楽の話、オーストラリアの話、人類の将来や福祉の話、日本人とその他の恋愛感の違いなど話は尽きなかった。「こんな風に美味しい料理と美味しいお酒と楽しい話をして夜を過ごせるようなカップルだったらいいのになぁー」とわたしが言うと彼女も「ほんと、ほんと。女はたまにはロマンチックな雰囲気とかが欲しいんだよ」と言い、彼は「んげー。そんなもんか?」としらけていた。酒豪が2人(わたしと彼)そろってこの家のアルコールというアルコールを片っ端から飲んでしまった。(すいません)赤ワインがつきてイタリアの強い食前酒のようなお酒をもらって(美味しかった)それが空く頃うとうととして3人で川の字になって眠りについた。
先日、不治の病でBFを亡くした友達に数年ぶりに再会したとき、彼の思い出話に明け暮れる彼女に何と言葉をかけてあげていいのかわからず、ひたすら相槌をうった。そんな経験の無いわたしがどんなに彼女の痛みを理解しようと努めたって無理なのだ。彼女にとって彼がはじめて夢中になった人だということはよく知っていた。「もうそんな人には出会えないかもしれない」と弱気になる彼女に何も言えなかった。
昨日の夜はもう朝が来なければいいのにと思いながらベッドにもぐったのに、今朝目が覚めたら案外元気だった。当分わたしは腑抜けのような状態になってしまうのではないかと思っていたのに、そんなことはなくて、普通にメールチェックしてブレックファストを食べて、近所におつかいに行った。うーん、不思議だな。もっと引きずるはずだったのに。号泣することにエネルギーを使ったのが良かったのかも。
わたしを決心させたのは「行っても後悔するかもしれないけれど、行かなくても後悔するんでしょ?」という友達の言葉だった。だったら行った方がいい。金曜の夕方意を決して電車に乗りその街に降り立った。スーツを来た会社員達がほっとした顔でビルからでてきては居酒屋に向かっていく。わたしだっていつも金曜の夜はいい気分で飲んでいるのに今日は何をしているんだろう。一人でこれから起こる想像もつかないことに飛び込んでいくのはとても恐かった。書店で真っ赤な表紙が目に付いて手にとった辻仁成の「サヨナラ、イツカ」という小説を読みながら待った。順調な道を歩いてきて結婚を控えた男のところにある日突然突拍子もない女が飛び込んでくることによってその男は一生その女に執着して生きることになる。飛び込んだ女も同じだった。なんて偶然なんだろう。この突拍子もない女と今の自分の姿があまりにもぴったりと重なってしまう。
このHPからもリンクしているクマさん(White Bearさん)とドライブへ出かけた。パースつながりなので日本で会うのは初めて。わたしの住む駅で待ち合わせて田舎道を走り抜け、ひめはるの里という場所に紫陽花を見に。着いてみるととても年齢層が高くてわたし達のような若いコ←?はいなかった。アヤメはまだ満開ではなくて紫陽花もちょっと小ぶりだったけれど、WAには無い水分をたっぷり含んだような花を見て歩いているとここは日本なんだ〜と実感する。鯉が沢山いる池まで来ると一人老人がとても恐い話をしていた。なんでも鯉にエサをあげていて池に落ちてしまい、沢山の鯉の下敷きになり這い上がれなくなり亡くなった人がいるのだとか。そんなことで命を落とすなんて嫌だな。まったりと散歩をしてからまた車に乗り、太平洋側に突き抜けた。パースにも港町はあるけれど、潮臭さが違う。千葉の港町は潮臭くて「男の海」というような感じがする。久々に千葉を満喫して家路に着いた。
高校の同級生と本当に久々に再会した。あきちゃんは2年ぶり、ゆうちゃんはなんと7年ぶりだった。にも関わらず7年ぶりの再会はあっけなくお互いに「変わらないねー」の一言に尽きた。ゆうちゃんの感性の面白さも相変わらずで、すごく小さな自分忘れているような思い出話をされた。中でも可笑しかったのは彼女が語る体育の授業でのわたしのバレーボール。「ミケリーナのはセクシーバレーボールだった。ボールをとる瞬間にすごいセクシーな声をあげてた」と言われ、彼女が真似ている恰好はどう見ても運動神経が悪そうだった。「そんな風だったー?でも実際わたしあんまりうまくなかったよね」と言うとあきちゃんが「動作がかなり鈍かったよね」と言う。わたしはこの2人の姿など覚えていなかったのに2人はしっかりわたしを覚えているなんて相当わたしのバレーボールはおかしかったに違いない。その他恐いもの知らずで女子更衣室でハサミを持って友達の髪をジョキジョキと散発してたなどという話もでてきて笑ってしまった。確かにわたしは母に買ってもらった散発用のハサミで友達を練習台にしていたのだった。もちろん切り口は滅茶苦茶なので次にちゃんと美容院に行くとみんな決まってプロの美容師に「すごい不揃いな切り口ですねー」と言われたそうだ。今は何の知識も無いのに人の髪にハサミを入れる勇気など無いなー。
友達が気になっていたというお店に一緒にトライし、美味しい日本酒を見つけた。すごく有名だと思うのだけど「八海山の辛口」というお酒。いつも銘柄など覚えられないので、お店の人に「甘くなくてさっぱりしてるやつ」とオーダーしたらそれを薦められたのだけれど注文どおりの味だった。お酒は日本酒とワインしか飲めなくてパースに行く前はどちらも同じくらい飲んだけれど、パースでワインしか飲めなかった反動で、帰国してからは「日本酒を飲まなきゃ損」くらいに思ってしまう。お酒が美味しいと食欲が沸く。ここがなかなか渋くて静かなお店で雰囲気も気に入ったのだけれどメニューもかなり渋めで「大人の酒場」という感じだった。こんなところに来るくらいわたし達大人になっちゃったのかなぁ、と目の前にいるかなり長い付き合いである同級生の友達を見ながらつくづく感じた。しかし、今日はわたしが大事な相談があって誘ったのだけれど、その相談を最後まで聞いた彼にちょっと呆れ顔で「相変わらずやな〜」と言われた。あれ?わたし成長してなかったのか?
Michelina
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