二泊三日の帰省から帰ってきた。 仕事場のみんなにたくさんのお土産を抱えて。 ついでに自分の服とか靴とか買い込んで。 華にはマグカップと、おつまみ系のお菓子を。 大きな紙袋を三つと、小さな旅行鞄。 抱えて、ヨロヨロしながら、帰ってきた。 初日の悪夢から始まり、不眠症と戦い、 二日目は突風に煽られながら親孝行をしつつ、 三日目には朝一番の新幹線で帰還。 出来るだけ深い話をしないように避け、 ゆっくりと会話できる時間を避け、 苦手で仕方ない長兄を避け、 本来ならば骨を休めるための帰省で、クタクタになった。 実の両親と会話するだけで、神経がすり減る。 嫌いじゃない。むしろ、感謝している部分が多い。 それでも、怖い。 怖いものは、仕方ない。 お昼前に駅に降り立って、 あたしは両手いっぱいの荷物をぶら下げて、 改札で余所見をしている華へと駆け寄る。 華はなかなかあたしに気付いてくれなかったけど、 見つけた途端、大きく苦笑いをした。 あたしは両手が千切れそうに痛いのを堪えて、 華の左の肩口に顔を埋めた。 ここがあたしの居場所だ。 半日とちょっとを一緒に過ごして、 今は一人。 慣れたもん。寂しいけど。 でもさ。 今日、ちょっと思ったんだけど。 首筋には痕を付けないで、とさんざん言っても覚えないし。 知らない間にエアコンを切って、窓も開けずにしたままで、 あたしは窒息寸前になってたり。 別に360°に気を回せとは言わないけど。 もう少し、考えて欲しいなぁ。 あ、あたしがアレコレ我が儘言ったり、 コーヒー飲みたいと言い出して、買いに行かせたり、 そういうのは意図的ですから、あしからず。
明日から三日ほど、実家に帰省。 本音を言えば、帰りたくない……。 実家というものは、あたしの中では恐怖の対象でしかない。 物理的に虐待されたとか、 そんな大昔のことを今更掘り返すつもりはない。 ただ怖いのは、あの家が、あのひとたちが、 あたしを取り込んでしまうこと。 もう子供じゃないんだから、 そう簡単に人権を手放したりはしないけど、 無駄に足掻いたりもしないけれど、 植え付けられた恐怖を拭うことは出来ない。 じわりじわりと、真綿で首を絞められるような。 優しい声で、ゆっくりと殺されていくような。 自分が自分であることを、知らずうちに忘れていくような。 あたしはあの場所が怖い。 あたしの帰るべき場所は、いつだって一つだもの。 あなたの手のある場所だもの。 でも、少しだけ行ってくる。 怖いけど、胃が痛いけど、行ってくる。 一年ぶりの、あの家へ。
我が儘を言ってみよう。 ブランドものとかは好きじゃないけど、欲しいものをねだってみよう。 食べたいものをねだってみよう。 時間や空間を欲しがっても仕方ないから、 他のものでそれを埋めよう。 あたしのささやかな意地悪。 アレが食べたい、コレが欲しい。 もっともっと、もっとたくさん。 まあ、たかが知れてるだろうけどさ。 一番欲しいものは手に入らない。 分かってるから、自分を誤魔化す。 たくさん我が儘を言って、 受け入れて貰えた分だけ、信じられる気がする。 なんて即物的なんだろう。 笑っていよう、出来る限り。 信じられないものを信じられるように。 掴めるものを手にしたいから。 笑っちゃうけど、最後はそれしかないんだよね。 どうにもできない現状が苦しくても、 辛くても、 逃げ出したくても、 仕方ない、諦めようか。あたしが壊れるまではね。
指輪を、もらった。 シルバーで、無地で艶のある、少し厚めの、 10号、左手の薬指サイズ。 あたしはあんまり、現実味のない人間で。 何かに向ける情熱も乏しくて。 諦めてしまうことがほとんどで。 そのくせ、欲しがりで、我が儘。 強いと見せかけて弱いくせに、 弱さを認めると急に強かになったり。 外見とのギャップが大きいとは、自分でも思う。 見た目よりも残酷で、傲慢で、酷い女だ。 例えば息が苦しくなった時に。 大好きの後に、大嫌いがやってくる。 あたしの大好きなあなたが、 あたしを独りで置いておくから、大嫌い。 独りは嫌。 何も欲しがらないあたしが。 気力が常に乏しいあたしが。 他人も自分も、本当はどうでもよくて、 失っても構わないと思うあたしが。 本当に欲しいものが一つだけ。 叶わないなら、逃げるよ。 我慢できなくなったら、逃げるからね。 それまでは、この指輪で繋がれていよう。
一度自分に甘くすると、とことんまで甘くなる。 手綱を引かないと、ときどきロクでもないことになる。 弱さを認めることも大事だけど、 それを許すと、終わりはなくなる。 甘えない。 甘えたりしない。 なのに、どうして。 甘えないよ。 許さないよ。 あたしにも、あなたにも。 これ以上、距離が縮めば、前みたいに苦しいから。 堪えろ。 あたしはそんなに子供じゃないはずだ。 弱くなんか、あるもんか。 あなたがいないと生きていけないなんて、 そんなこと、あるもんか。
一つ、賭けをしていた。 自分に対する。 勝てたら。負けたら。 そんなことを考えていた。 だから、もう少し素直になろうと思った。 内容は秘密のままで。
華の声が遠くに聞こえる。 寝惚け眼のあたしを起こす。 返してもらっていた鍵は色々と不便だと分かったから、 もう一度、華に渡した。 「もうドッグタグには付けないでね」 それが約束。 愛してると繰り返す相手に、 同じだけを返してあげられない自分が、少し嫌になる。 人生を儚むほど狡い性格はしてないつもりだけど、 逃げたい、と。 逃げられない、と。 逃げたくない、が交差する。 軽いジレンマ。 あたしはやっぱり、冷たくて、 自分を遠くから眺めているような感覚がある。 少しずつ、世界を広げようと、 話の合う人たちとの約束をしてみたりとか。 華と、 触れ合う距離を置くことで、 その存在を確かめてみたりとか。 何かしようと、いろいろ足掻く。 きっともっと考えないと、あたしは駄目な人間になっていく。 対等にならなきゃ、まだ何も言えない。 空いたままの薬指が、 あたしを少し怯えさせる。 ときどき、ぽつりとお手紙をもらったりして。 返事を書こうかと思うのだけれど、 なかなかタイプが進まないので、こんなところで「ゴメンナサイ」を。 読んでます、ありがとう。 意地っ張りなのはお互い様なのかな、とお名前を見て思ったり。 命に関わるほどの大病でもないけれど、 生活していくのに不便な体質であることを理解して、 うまく付き合っていこうとがんばってます。 歩いていくと決めた道の先に、 出来れば光があることを願って。 あなたにも、あたしにも。 名前も知らない人たちにも。
ここ数日、色んな事が重なりすぎて。 上手く説明する言葉が見つからない。 言い訳する余裕がない。 誰に? それはあたしとあなたに。 妙な期限が付いているのはご愛嬌。 それがあたしの意地だから。 どうにもならない現実から逃げるのは止めよう。 心はいつだって正直にいよう。
造られた物でも構わないと思った。 身体を串刺しにするような痛みを懐かしいと思った。 華には申し訳ないけれど、あたしは最高の気分だった。 あたしが欲しいもの。 それは、四肢を裂くような痛み。 思考回路を消し飛ばすような、強い強い苦痛。 逃げたいだけなのかも。 翌日まで痛みが響いているのもいい。 忘れられないくらいがちょうど良い。 最近、体調不良です。 おでこにぷつぷつと吹き出物にもならない物が出来たり。 日焼け止めを忘れて晒した両腕が真っ赤になって。 じんましんはとうとう、首にまで伸びてきて。 老廃物がたまってるのかな、岩盤浴でもいこうかな。 何とかしないとな。 あたしの身体の中に、悪い悪い毒があるのを、 何とかしないと。
流される。流されていることに甘えている。 良いように扱われることに慣れている。 こんなままでいいのかと、自分に問う。 答えなんてない。 好きなように啼かされて。 好きなように扱われて。 でも、きっと昔とちっとも変わらない。 違いがあるとしたら、空いたままの薬指ぐらい。 どうしよう、と思う。 きっかけがないから、何も言えない。 あたしは何も言わないと決めたの。 ただ考えている。どうしようか。 あたしたち、これからどうしようか。 楽しいと思っていたはずの関係が、あたしの中で揺らぐ。 置いたはずの距離が見えなくなる。 息が苦しいよ、華。 身体が苦しいんだよ、ねぇ。 抱かれているだけで、啼いているだけで、 あたしはあたしを忘れそうだよ。 眩暈が、する。
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