11時に華の仕事が終わった。 朝の7時からなんて、あたしには無理だ。 途中、仕事場の打ち上げがあって抜けたらしいけど。 寄らなくてもいいと言ったけど、寄ってくれた。 あたしの声が小さくなっていったから。 あたしは。 本当は。 今、仕事場が繁忙期で、他のお店に手伝いに行ってて。 嫌いな人がいるわけじゃないし。 嫌なことがあるわけじゃないのに。 ただ馴染みのない空気に耐えられなくて。 オンナノコの日の情緒不安定も手伝って、ちょっと泣きそうになった。 情けない、あたし。 まだ引き摺ってるの、人が怖いという、意味のない強迫観念。 キモチワルイ。 頭が痛い。 何かを握り潰したくなるけど、握り潰すのは自分の内側しかない。 むやみに笑って誤魔化していると、息が苦しくなる。 泣く、と思った。 目頭が熱くなった。 でも、あなたが。 あなたの手が、あたしの頬を包んで、上を向かせてくれた。 それだけのこと。 涙は、出なかった。 もう少し頑張ろう。 あたしよりもきっと、華の方が大変なんだ。 でも、息が、できなくなる。 苦しい。 早く、呼吸のできるところへ、いかなくちゃ。 でも、華のいない部屋。 一人の部屋。 酸素はあるのに、苦しいままだ。
華の仕事が忙しくて、朝のお遊びもなくて。 もちろん、あたしも仕事だから、会える時間もなくて。 年越しは一緒にいられない。 華は元旦の仕事が早いから、きっと寝てしまう。 あたしも元旦から仕事だけど、開店時間が遅いから、ゆっくりと時計の針を追えるけど。 でも。 一人きりの年越しなんて。 考えてみれば、生まれて初めてかもしれない。 子供の頃は家に誰かがいた。 学生の頃は友達と夜明かしをした。 恋人が出来れば、恋人と。 結婚してからは、普通に寝ていたけれど。 去年は、いろんなゴタゴタがあったけど、華と一緒だった。 今年、初めて、一人。 さあ、どうしよう、あたし。 何事もなく寝てしまおうかな。 そんな時だから、余計に叶わないかもね。 今年もあと、僅か。 華と一緒にいた一年が終わる。 会えない日が一週間もなかった。 五分だけでも、会えていた。 来年はどんな年になるだろう。 とりあえず、波乱だけは逃れられない一生だけれど。
いつものことだけれど。 ぶつかると言うほどのものじゃないけど。 いつだって、あたしが責めるんだけど。 風邪気味だという華が、デートをキャンセルしてきた。 とは言っても、外に出ることがなくなっただけで、二人で部屋にいるということ。 お寿司を買って、チキンとサラダを買って。 コンビニでケーキを買って。 何度目だろう、クリスマスなランチをする。 でも、ね。 お昼まで寝ていて。 ごはんを食べた後も寝ていて。 風邪気味のあなただから、あたしは、おねだりなんかしない。 でも、もう一週間も触ってもらってない。 少し忘れかけてる。 あなたがくれる、心地良いもの。 女同士は複雑。 恋愛の好きが、友情の好きに変わるのだって容易いと思う。 それは、あたしが本当の意味ではバイセクシャルでないせいなんだけど。 あたしは両刀ではなく、博愛主義。 好きの定義が広いだけ。 自分の心と身体が気持ちよくなる相手が好き。 社会的な享楽主義ということ。 だから、さ。 あなたがあたしを抱いてくれないのなら。 あなたはあたしの恋人じゃなくなっちゃう。 好き、なんだけどさ。 好きに変わりはないんだけど。 ひどいね、あたし。 一週間だよ。たったの一週間。 そんなんで忘れちゃうなんて。 責めるなんてお門違い。 あなたが泣くコトなんて、ないんだよ。 ごめんね。クリスマスなのに。 あたし、いつも、あなたを泣かしてばっかりだ。
華はこの時期、とても忙しい。 朝は7時からで、夜は9時まで。 残業はちゃんと付くと言っても、何日も続けば心配になる。 なのに、華ったら元気そうで。 クリスマスが近くなったと実感してから、毎日、贈り物を持ってくる。 真っ赤な傘を貰った。 ちょっと高級なお肉を貰った。 陶器の蛙の灰皿を貰った。 ケーキ二つと煙草を三箱も貰った。 毎日、毎日、あたしは貢がれている。 お返しはどうすればいいのかな。 返せる物なんて、あたしにはないのに。 タイ一つだけで、こんなに貰っていいのかな。 でも、嬉しいんだ。 イブは一緒に過ごせないし。 クリスマスだからと言って、一緒に夜を過ごせるワケじゃない。 あたしたちは、相変わらず括られた柵の中でしかいられない。 目を閉じるだけで思い出す。 この夏の事件。 胸の奥が痛くなるような苛立ちを覚える。 あたしは。 あたしは。 今の現状が、嫌で、嫌で仕方ないんだと、実感する。 どうにもならないと分かっているから。 どうにもできないと思い知ったから。 言い訳を並べよう。自分に対する言い訳。 女は三十を越えてからだ!! とか、ね。
誰だってあると思うんだけれど。 ライナスみたいな安心毛布。 いずれ大人になってなくしてくものなんだよね。 あたしの安心毛布は二つある。 これがないと寝られないもの。 一つ。 白いクマのぬいぐるみ。付き合いは5年ぐらい。 華の名前を貰って、付けている。 形容詞に「白い」が付いたその名前。 もっぱら「白いの」と呼んでいる、ふわふわの可愛い子。 二つ。 最近の癖は、華のパジャマを抱いて寝てる。 お揃いのチャイナパジャマ。 あたしは赤、華は青。 あ、何か思い出した。 Roses are red, Violets are blue, Sugar is sweet, And so are you... だから、あたしが愛、あなたは誠実。 あたしは誠実を抱いて眠る。
抱きしめられる場所にいてくれること。 それを赦してくれること。 それを認めてくれること。 何よりも、あなただという事実が。 ときどき、涙腺を刺激する。 泣きたくもないのに、泣きそうになる。 ねぇ、そんなこと言ったら。 あなたは笑うかな。
目が覚めて、カーテンを開けると晴れだった。 昨夜、華が欲しがってたけど、品切れしていたカレンダーを見つけて予約した。 クローゼットの中には、ヴィヴィアンのタイ。 少し気の早いクリスマスだ。 サプライズをするのが好きなあたしは、いつも華を驚かせる。 「カレンダーを見つけたよ」って言ったら、嬉しそうにぎゅっと抱きしめてくれた。 プレゼントを渡したら、もう一度ぎゅってしてくれた。 華の、手加減なしの抱きしめ方は、あたしには苦しい。 でも、嬉しいんだよ。 あなたが喜ぶ姿が、あたしのしあわせ。 一緒に出かけて、ケーキを買った。 ダイヤのピアスを買って、二人で一個ずつ。 すごく良い匂いのする自然派シャワージェルを買った。(LUSHの蝶々夫人v *別窓*) 帰りに、ケンタッキーによって、冬限定! 大好きなポットパイ! 帰ってから、ささやかなクリスマスパーティ。 彩りと言えば、華がくれた真っ赤なポインセチアだけ。 それでも、クリスマスなの。 ねぇ、華。去年のクリスマスを覚えてる? あたし、記憶力が乏しいから、あんまりよく覚えてないの。 でも、ケーキを食べたね。 プレゼントに、薔薇をくれたね。 一輪だけ、ドライフラワーにして取ってあるよ。 あれからもう、一年も過ぎたんだね。 おかげで、今日も朝から連戦。 夕方も一眠りしてから、連戦。 でも今日は、あたしが強請ったんじゃないもん。 あたしのカラダ、保つかなぁ。 それよりも、華の手荒れが大丈夫なのかな……
洗濯機を回す。 こたつの布団をベランダに干す。洗濯物も。 パソコンの周辺の片付けをする。スーパーの袋が満杯になった……。 (昔の明細書とかイロイロあったので) ベッドの下も片付け。昨日、雑誌を捨てたので、少しスッキリしてる。 掃除機を振り回し。 こたつ布団を取り込んで、今度はベッドの上のものを全部干す。 それからお昼御飯と出かける支度。 洗い場周辺をタワシでごしごし。磨き上げる。 布団を取り込んで、ベッドの上に放置。 お出掛け。 久し振りの一人な休日は、大掃除で終わった気がする。 でも、すっきりした。 これで明日、華が来てもめげることはない。 掃除は好きなんだけど、華がいるから、ついつい時間を惜しんでしまう。 ようやく掃除が出来たから、もう「ごめん〜」と肩をしぼませることもない。 明日は二人でお休み。 約束通り、お出掛けをしようね。 明日はもの凄く寒いみたいだけど。 数日前から、華と明日のお出掛けのことで打ち合わせをしてきたけど。 それって、確認事項なワケ? 返答に困ります、華サン。
「華さんて、綺麗ですよね」 と言った人がいる。 意味が分かんないけど、すごく納得してしまった。 華は美人さん。 目が鋭くて、凛としてる。 あたしの自慢の恋人。 内緒なんだけど、本当は誰にも言えないんだけど。 こっそりと話した人にだけ、あたしは自慢する。 「美人でしょう?」 みんながみんな、頷いてくれる。 華は、あたしのことを可愛いという。 欲目が八割だと思うんだけど。 一番可愛いのは寝惚けている時だって。 あんまり嬉しくないよ、それ。 対照的な、あたしと華。 でも、華も優しい顔をするの。 とろけそうな顔をするの。 それは、誰にも言わない。 あたしだけの宝物。
毎日、あなたの顔を見ている。 ほんの数十分。 毎日、あなたの声を聞いている。 夜の一時間。 毎日、あなたのことを思い出す。 四六時中、Twenty Four Seven、つまりは終わりなく。 休みまでを指折り数える。 18日に、二人でクリスマスの前倒し。 チキンとケーキ、プレゼントを買いに出かける。 イブは互いに仕事だから、本当のクリスマスにはホテルに行く。 週に一度の逢瀬。 他の用事は、ずいぶんと長い間、後回しにしてきている。ふたり。 18日に、華にプレゼントを渡そう。 きっとお気に入りの黒いワイシャツを着てくるから。 そしたら、プレゼントをあげよう。朝一番で。 もしもワイシャツじゃなかったら、25日まで先送りかな。
先が分からないことに不安なのは、あたしだけのような気がする。 結局、あたしはあなたを信用できてない。 一つの事柄から不信感は募る。 あたしが今、こうして日陰の身で居ることは。 同性というタブーのせいでもあるのだけれど。 あなたが、いつまでもその場所に留まっているからでしょう。 責めるつもりはないのに。 待てると言ったのに。 あたしは苛立ちを募らせる。 何も起こらないのは、風が吹かないせいじゃない。 何も進まないのは、あなたが何もしないから。 じゃない、と思いたい。 愛してるよ。 手を離したりしないよ。 でも、この下らない茶番がいつまでも続くなら、あたしは諦めてしまうかもしれない。 諦めて、消えてしまうかもしれない。 ねぇ、あたしに信じさせてよ。 愛の形を。 永遠の姿を。 あたしの愛するゴールドフィンガーなんだから。 なんて、笑って。 胸の痛みを誤魔化す、夜。
週に一度、一緒のお休み。 それ以外はちゃんと会えないから、二人にとって重要な日。 今週は東京の友達が遊びに来てた。 あたしとも、華とも知り合いの子だから、あまり気兼ねせず。 とは言え、三人連れだから、イチャイチャできないし。 セックスなんて時間もない。 三人で歩くのは楽しかった。 なるべく過度のイチャイチャをしないようにした。 ずっと行きたかった歴史ミュージアムも見れた。 壁に張り付いたままのあたしは、時代の流れを感じて、言葉を失っていた。 あたしはこうして、時々、時空を飛んでしまう。 気付いたら、独りぼっちで置いて行かれてた。 良くあるけど、さ。 華の時間に限りがあるから、6時でバイバイ。 まだ新幹線の時間まであったのだけれど、申し訳ないと思いながら、あたしも華と一緒に帰る。 でも、もう時間がない。 家に着いたら、そのまま華は帰ってしまう。 引き止めたいけど、我が儘は言えない。 この状態を維持することが、一番の安全策だと分かっているし、何よりも華を困らせたくない。 でも、あたし、ちゃんと華に触れてない、今日。 華に触れてもらってない。 空いてたから、誰にも気付かれなかったはず。 それからあたしの部屋に戻っても、靴を脱がない華に向かって。 あたしはお願いをする。 我慢するのは嫌い。 我慢させられるのも嫌。 もちろん、それが華を本当に困らせる時はしないけれど、今日は予定よりも少し早く戻ってこれたんだから。 笑顔で帰る華を見送って。 あたしは疲れた身体をこたつで温めた。 ああ、寒い。 本当に、冬が来たね。
全てが流されていく感覚。 日常に淘汰されていく錯覚。 夜明け前に目が覚めて、身体が震えだした。 怖いとは思わない。 寂しいのかもしれない。 ただ不安なだけなのかも。 よく、分からない。 ただ、あたしを現実に繋ぐのは、あなたの手だけ。 夕ご飯を一緒に食べた後。 帰り際に、マンションの廊下の端から、 それだけのために生きている気がする。
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