仕事場で華の話をした。 職場は二つに分かれている場所だから、あたしのいる店頭の人たち。 その人たちには、華のことを話してある。 いろいろと聞かれて、嘘をつくのにも疲れたから。 全員B型(あたしも含め)の職場。 自分は自分、他人は他人の精神。気が楽。 そのうちの一人に言われた。 「死にたいと思えるほどに愛せる相手が見つかるってことは、 すごくすごく幸せなことなんだから」 あたしは天の邪鬼だけれど。 確かに頷いた。 あたしは幸せなんだ。 例え、どんな障害があったとしても。
華がそう言った。 「あの時、もうこのまま死んでもいいと思ったんだ」 昨日の朝。 帰省するためのバスの時間に合わせて、華があたしの部屋から出かけていった。 一時間だけ、一緒にいた。 出際に、あたしはいつもみたいに駄々を捏ねて、寂しがって。 そりゃ、雪道を行く長距離バスなんだから、何があるか分からない。 最近は、高速道路の事故も多いんだから。 あたしは、まっすぐに華を見上げたまま。 溢れる涙を止められなかった。 唐突に、このひとを失う恐怖を思った。 このひとと、二度と会えなくなる孤独を思った。 それなのに。 華ときたら、暢気なもので。 泣き顔を必死で笑顔に繕って見送ったあたしに、 その夜の電話で、こんなことを言った。 「本当はあたしは、死にたくなったら海外に出て。 好きなトコで好きなコトして、それで死ぬのがいいと思ってた。 最期は砂漠で、死ねればいいと思ってた。 でも、さ。 いちごの泣いてる姿を見たら、ああ、今死ねたらいいな、って思ったよ。 バスの中で。 今、死ねたら、いちごはあたしのことが一番好きなままで。 そんないちごを想ったまま、死ねるんだから。 そうなったら、最高に幸せだと思った。」 あたしは、もう、泣くのを抑えられなかった。 朝のやりとりのせいで、一日心臓を痛めていたのに。 華がいなくなった後、あたしはきっと生きていけると思うけど。 一生、あなたのことを引き摺るんだと、分かっていた。 もしも後を追ったとしても、あたたちは今、物理的に繋がっているものは何もないから。 死んでも、一緒になることはないし。 お墓だってね、別々なんだ。 そんなことを考えて、仕事中なのに、鼻の奥がツンとしてて。 馬鹿。 ばか華。 嫌いだと何度も繰り返して、あたしは泣いた。 お願いだから。 その時は、あたしを連れて行ってくれなきゃ、だめだよ。 一人でなんて、狡いと思う。 華の馬鹿。
明日から、華が出かける。 単なる帰省なんだけれど。 あたしは実家にも帰らずに、一人、日常を過ごす。 たったの二泊三日。 でも、一年の内で、華の顔が見れない数少ない、一日。 たった数日なのに、この街に華がいないという事実。 それが、あたしの小さな胸を痛ませる。 胸の蝶は羽ばたくのを止めて、ひっそりとしている。 ねぇ、たったの数日なのに。 離れてしまうと言う事実だけで、こんなに苦しいのなら。 あたしたちは、離れて生きていけないんだね。 つがいの鳥のように。 互いの羽根がないとダメなんだね。 そんなことを、実感する。 恋人、と言っても、会わなくても平気なひとだっている。 まるで互いの行動を束縛し合っているような関係。 そんなの嫌だって言うひとも知っている。 あたしだって、嫌だったはず。 なのに、どうしてだろうね。 今は、あなたと離れている一分一秒ですら、寂しいと感じる。 依存かな。依存だよね。 本当は、ひととして良くないことなんだ。 でも、あたしたちには、これぐらいがちょうどいいんだ。 隙間風は、きっと関係を凍らせてしまうから。 際どいね。ギリギリで生きてるみたい。 全然関係ないんだけど、
華と電話をしていたら、無性にしたくなって。 ちょっとセクシャルな嗜好の話になった。 まあ、要するに、セックスに関する好みの問題だけれど。 好き嫌いはあると思うのね。 華はご奉仕したいタイプ。 上位に立つと言うよりは、尽くすことで満足を得るタイプ。 あたしに触られるのを嫌がることの方が多い。 あたしは悪戯が好きだし、何よりも共有したいと思うから。 でも、考えてみればあたしは、奉仕される方が好き。 めちゃくちゃに虐められるのが好き。 思うがままにされるのが、たまらなく好き。 割れ鍋に綴じ蓋だと、華が笑った。 うわー、すごいこと言ったね、華。 でも否定はしないよ。 我ながら、そう思うもん。 あたしの色情狂振りは、自分でも驚く。 発情期の動物みたい。 ねぇ、明日は少しでも会えるのかな。 あなたが宥めてくれなくちゃ、あたしはダメなんだから。 そういう風に、あなたがしたんだから。
あなたが好きだと思う。 どうしても、どうしても。 代わりなんて、どうやっても、思い浮かばない。 一人で生きていくあたしなんて、考えたくない。 理想論だと笑ってもいいよ。 あたしには、あなたじゃないと、だめだ。 胸の奥が苦しくて、こんな夜は辛いけれど。 それでも、あたしはここにいるよ。 あなたに触れられる場所にいるよ。 何年経っても、待っているよ。 いつか、同じ屋根の下。 同じベッドで朝を迎えて、一日を過ごして。 同じベッドで眠って、また朝を迎えて。 単調な日々だけれど、あなたがそばにいてくれるなら。 あたしは飽きもせずに生きていける。 あなたが愛してくれるから。 あたしは大丈夫だ。 上手くいかないことはたくさんある。 擦れ違う部分も、たくさんある。 だから、話そう。あたしはそうしたい。 オンナ同士の恋の行方。 どうなることやら。 まだまだ書き綴っていこう。 いつか、華に、笑って見せよう。 その日のために。
華が、あたしのことを怖いって言う。 黙ってしまった後、何を言うか分からないから。 普段、おしゃべりなあたしが黙ってしまうと。 華は怯えた目をして、あたしを見る。 なら、あたしが何かを言う前に、先に華が話せばいい。 けれど、華はそれすらも怖いという。 自分が先に怒ってしまった時。 あたしはきっと、全てを投げ出してしまうから、と。 それは否定できない。 どうすればいいって言うの? それは、何の解決にもならない。 あたしは、華のそんなところが、とても嫌い。 どうすりゃいいって言うの。本当に。
思う時が増えた。 逢えば嬉しいのに、必ず、言葉に詰まる瞬間がある。 前はこんなじゃなかったのにね、と。 二人で口にした。 あたしが、元気をなくすと。 華がつられて、あたしよりも凹む。 そればかりを繰り返す。 気分屋なのがいけないんだと思うの。あたしが。 いっそ、離れるべきなのかもと思う。 進歩のない関係になるのなら。 あたしがいなくなったなら、この人はどうなるんだろう。 こんな幼気な人を残して、あたしはどうすればいいんだろう。 年が明けて、春が来たら。 あたしは26歳になる。 約束の日まで、4年とちょっと。 あたしたちは、それまで、このままでいられるのかな。 あたしはただ、壊れないようにと怯えて。 音を立てずに呼吸を繰り返す。 あなたは悲しそうな顔で、 「愛してる」とうわごとのように繰り返していた。
という感じは余りしないけど。 今年は一人、暗くした部屋のベッドの上で迎えた。 華とは五分前に携帯で繋がっていた。 あたしは、逐一時間を調べてカウントダウンする。 華は可笑しそうにそれを聞いてる。 「去年はそれどころじゃなかったもんな?」 華が笑いを堪えながら言った。 よく覚えてないんだけど。 変なトコ記憶力あるんだもんなぁ。 あたしが忘れっぽいだけか。 明日は仕事が休み。 華とお正月をする。 今年は良い年になりますように。 神さまにもお願いに行こうか、華。 何にも叶えてくれない、って、二年かけて思い知ったけど。 お願いするだけなら、いいよね?
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