なるべく触らないようにしていたの。 出来るだけキスもしないように。 それは華に限るけれど。 何もしない、セックスはナシ。 繰り返しながら、あたしに触れる手。 キスを拒んで首を振り続けても、捕らえられて、食いつかれる。 キャミソールの下から滑り込んできた熱い掌は、ゆっくり腰を撫で回す。 喉元、首筋、鎖骨。歯形が刻まれる。 華は耳元近くで繰り返す。 「セックスはしないから」 どうして、なんて聞き返す余裕はあたしにはなくて。でも、本当に最後までしないことも分かっているから。 とうとうキレた。あたしが。 「帰る」と言い出した途端に、打ち捨てられた子犬みたいな顔をして、俯いて。今度は「ごめん」と繰り返す華。 ねぇ、そこで膝を抱えて凹んでいるんなら、さっさとあたしを抱いてみせれば? セックスしないって言ったのも、聞いてみたら、特に理由なんかもなかったみたいで、頭が痛くなる。あたしの我慢は何だったわけ? もう最近、ずいぶんとちゃんとしてない気がするんだけど。 セックスレスが理由で離婚したあたしのことを、あなたは誰よりも分かっていたんじゃないの? あの時、誰よりもあたしの話を聞いていたんじゃないの? その上、華ときたら、 「しないって言った手前、したいとは言えなくて」 なんてしょんぼりと言うものだから。 本当に、この子はバカじゃないかと思ってしまった。 下らないけんかだよね。 分かってる。 空回っちゃっただけだよね、お互いが。 けんかの時には、いつもあたしの方が強い。 あたしが、口ごもる華の言葉を引きずり出す。 だから、今日も結局は、あたしが苦労をするんだよ。 言いたくもないことを言って。 聞きたくもない言葉を聞いて。 最終的には、抱きしめてあげるんだ。 でも、泣いている状態で相手をするのも、何となく不思議で。 あたしの中のサディスティックな部分に、少し火がついたのも事実。 華。分かってるの、華。 あたしが怒ることはあるけれど。 結論としてね、あなたは、何があってもあたしに愛されていることに確信を持っていて。それだけは揺らいだりしないで。 いつか、あたしがあなたのそばを離れるようなことがあっても。 変わらず愛しているのだと、あたしには分かっているんだから。 こんなに愛した人を、憎めるはずもないんだよ。 それだけは、一生変わらないことなんだ。 華。 あたしが、世界で一番愛している、大事なあなた。
昨日、髪の毛を切ってきた。 今日、歯医者に行ってきた。 明日、華に会いに行く。 ハロウィンだから、魔女みたいな格好して、華を仕事場まで迎えに行く。 「Trick or treat.って言ってくれる?」 華がそんなメールをしてきた。 「あたしはtrickしか言わないよ」 あたしは電話口で笑った。 だってお菓子ぐらいじゃ諦めきれないもの。 悪戯公認なんて、そんな素敵な日に、小悪魔のいちごさんが引き下がると思って? でも生憎と、明日は何にも出来ない。 当分、何もない。 あたしがオンナノコの日であることは、あんまり関係ない。 華の肩にいる蜘蛛が、治りかけの皮膚の上で藻掻いているせいだ。 早く治らないかな……。 あたしの胸の蝶は、蝶子夫人、と呼ばれている。 華の肩の蜘蛛は、ジャック、と呼んでいる。 何でも名前を付けたがるあたしの命名。 二人が結ばれる日はいつなのかな。それが、あたしと華の傷痕が治った日で間違いはないのだけれど。 そんな時のあなたは、とっても意地悪で、すごくすごく楽しいベッドになるって言うのに。 悔しい。
たまには自分を見つめてみなきゃ。 好きなもの。 自分の部屋。 くまのぬいぐるみ。 小説。 小さなアクセサリー。 勤めているお店のお菓子。 梨と桃。 ごろごろする時間。 西洋史。 海。 蝶。 バイク。 帽子。 セブンスター。 セックス。 華。 たぶん、自分。 嫌いなもの。 節足動物。 埃。 オバサン。 子供。 林檎とパイナップル。 仕事。 ジェットコースターとお化け屋敷。 家族。 きっと自分。
あたしの胸の蝶は羽化寸前。 皮膚が引きつって、飛び立つのを構えているよう。 華の蜘蛛は生まれたて。 柔らかい皮膚の上で震えている。 そんな状態だから、一週間ぶりのお休みなのに、何もできない。何もしない。いくら華に強請っても、何一つくれない。 ねぇ、忘れちゃうよ。 あたし、忘れっぽいんだよ。 全部を愛してくれないと、愛したことすら忘れるよ。 一週間も会わなければ、あなたのことも忘れるよ。 身を捩って、蝶を踊らせ。 視線を捕らえて、引き込もうとする。 それなのに、華は指一本触れない。 出かけよう、と言って支度を始める。 ねぇ、華。こっち見て。お願い、どこか見ないで。華。ねぇ、あたしを忘れないで。忘れさせないで。一人で置いていかないで。愛することを、愛されることを。刻んで。こっち見て。華、お願い。お願い。お願いだから。 あたしのことを、誰よりも欲しがっていてよ。 拗ねたあたしが不貞寝すると、ご機嫌取りのキスが降ってくる。 いつまでも拗ねていると、華が苦笑いをして、ようやくお相手をしてくれる。あたしの蝶を弄びにかかる。 華、あたしは。 ううん、あなたは、本当に、今、しあわせなの? こんなあたしで、いいの? 我が儘で自分勝手で、傲慢なあたし。 そんなものを、貴方の腕は抱きしめてくれるの? それは義務ではなく? こんなことを言ったら、あなたは怒るかな。 それとも、また悲しい顔をするのかな。
今日、華の墨入れに付き合ってきた。 夕方からの予約。 本当ならあたしは仕事なんだけど、拝み倒して変わってもらった。だって、一生に一度しか彫らないんだもん。見ていたい。一番最初に見つめたい、って思って。 行き道では時間があったから、ラーメンを食べて。 それから彫り師さんのところへ。 墨入れはすぐに始まった。華の左肩に、黒い蜘蛛。掌大。 上腕部は、胸よりも痛くないという。 それでも、肩や、柔らかい皮膚へと針が刺さると、華が苦しそうに眉根を寄せる。 それを、ずっと見つめていた。 あたしの時とは体勢が違うから、手は繋げなかったけれど。 きっと繋がせてもらえなかったけれど。 華の左腕から肩にかけて。 張り付いたような、黒い蜘蛛。 あたしの左の胸、心臓より上。 羽根を休める、黒い蝶。 ようやく揃った。 それにしても、華に黒い蜘蛛はよく似合う。 オトコマエ度が4割り増し。 華は不服そうに「ずいぶんと割合がでけぇ…」と呟いていたけれど。 でも、本当に。 本当に華の蜘蛛は綺麗。細い線と、漆黒の体が、たまらなく色気がある。 触れたいのに、触れるのが怖いほど。 どうして、だろう。 その傷痕が、たまらなく愛しいの。 いつもあたしがベッドの上でしがみつく左腕。 いつもあたしが必死で噛み付く左腕。 眩暈が、した。
火曜の逢い引きが中止になった。 …………いいケドさ。 向こうの同居人が、最近帰りが早いらしく、会いに行っても10分ぐらいで帰る羽目になりそうなので、止めただけ。 怒ってないよ。 でも、気にしてないと言ったら嘘になる。 以前よりも、ジリジリとする苛立ちは消えたけれど。 あなたのことが、とてもとても好きなんだけど、「待っていて欲しい」と明確に言われたことで、抜け落ちたものもあった。 情熱というもの、かな。 たぶん、そういう感情。 胸の奥を痛めるような焦燥感が、少しずつ消えていった。 これは、良いことなのか、悪いことなのか。 成長したというのなら、良いことなのかもしれない。 胸の蝶にかさぶたができ始めている。 これがつるりと剥ける頃、黒蝶は羽化をする。 あたしの胸に刻んだ、25歳の自分自身。 この時間を決して忘れないための、深い傷痕。 この先、どんなに幸福でも、不幸でも、この時間があたしに与えてくれたものを忘れないため。 傲慢な自分への戒め。 孤独癖のある自分への慰め。 華、あなたの肩に刻まれるしるしは、何のためなの? 聞きたい。 聞けない。 水曜日の、華の彫りの日には同行できそうな雰囲気。 木曜日は、二人で出かける。 お願いだよ、華。 あたしの嫌いな冬が来る前に、ちゃんと温めて。
あなたに殺されてみたい、と痛烈に思う時がある。 華、あなたの手で、息の根を止められたい。 日曜日の慌ただしい中で、華からメールには愚痴が羅列されていた。 華は、自分で「不向き」だという接客業をやっている。 今日はとりわけ忙しい日。 「もう限界」 タイトルを見た瞬間、「きたな」と思った。 けれど、それをあたしに吐き出すことで、華が少しでも楽になるのなら、いくらでも。同じだけ、あたしも愚痴を聞いてもらってるし。 でも、ね。 あんまりしんどそうなあなたは見ていられないの。 一年前は、愚痴なんて話してくれなかった。 見ているのが辛い現状でも、見せてくれるだけ、進歩。 あたしに話すことで、何か救われるものはあるのかな。 ねぇ、華。 火曜には仕事が終わった後に、会いに行くから。 だから、もう少し。 「がんばれ」なんて言いたくないけど。 もう少し、待っててね。 これが半月続くと思うと、ちょっと憂鬱。
あたしの蝶のタトゥーが安定するまで。 来週になって入れる、華の蜘蛛のタトゥーが安定するまで。 セックスはなしの約束をした。 ちょうど、あたしのナカも怪我したみたいで、少し痛かったので、ついでにそっちもしばらくお休みできる。 そんな約束をしたのは、つい先日のことなのに。 蝶が舞うのが見たいんだって。 別に意図的にやってるわけじゃないのに。 禁欲中のあたしには、いい迷惑です。
お休みの日。 大阪まで出かけて、タトゥーを入れてきた。 本当は華も早く入れたかったみたいだけど、時間的に一人しか入れられないと言うことで、あたしの粘り勝ち。 まあ、もともとはデザインの相談だけで行ったからね。 実質二時間弱。 左の胸の上に、黒い蝶を刻んできた。 痛みはもちろん、とてもあった。 華の手を握らせてもらって、あたしは唇を噛んで堪えた。 たまらない。 焼きごてを皮膚の上に這わされているような気分。 華がいなければ、あたしはきっと、我慢できなかったと思う。 緩やかに切り刻まれる感覚。 痛みも少しはましになる段階になったら、もう痛覚も麻痺してきて、何が何だかわからなくなってて。 室内のテレビで再放送していた、「Dr.コトー」を聞いていた。 天井を見ていた。 華の手の、握りかえしてくる強さを味わっていた。 あたしの左胸の黒蝶。 そして、来週には、華が左肩に黒い蜘蛛を入れる。 蝶と蜘蛛。 捕食される生き物と、捕食者。 あたしたちの関係には相応しいでしょう? こうして、互いに綺麗な傷を見せ合って、一生過ごしていくんだ。 あなたの手に追われて。 踊らされて。 楽しみだよ。
くしゃみ連発。鼻はズルズル。 目は痒くて、ゴロゴロする。 挙げ句に喘息の発作まで。死にそう。 接触はなくとも、掃除してないという理由だけ。 てか、掃除しろって言ったのにィ! 「大丈夫でしょ」とか言われて連れて行かれて、大打撃を受けた。 うぅー、しんどかった。 帰りは予定よりもかなり早めてもらった。 耐えられないと部屋を飛び出したあたしを、華はうちまで送ってくれた。 自分が大丈夫だから、相手も大丈夫なんて。 そんな気安い傲慢さを、持ったりしないでよ、華。 あたしの警告を聞いてよ、華。 苦しくて、苦しくて、たまらなかったんだよ。 都合の良い愛玩人形になってもいいんだけど。 あいにくと、あたしのカラダはあたしのものだから、仕方ない。 だから、お願い。 あたしの言葉を聞き流したりしないでよ。 あなただけは、絶対に。
あまりにも華の愛撫に慣れていたのか。 それとも、華がスペシャルなのか。 どっちとも判断が付かない秋の夜長。 眠れぬ夜の独り遊びは、いつもちょっと情けない。 でも、もう十年ぐらいの癖。 オンナノコは性欲ないなんて思われるのが心外なあたしは、男を知る前から、そうして遊んできた。 それがこのカラダを作り上げた要因の一つでもあるけれど。 華が必要以上に虐めたがる、このカラダを。 手慣れた自分の愛撫が物足りない。 もっと違う何かが欲しい。 これを渇望というのかしら。 でも、華が欲しいが思う反面で、きっと、あたしはどんな相手にも感じるのだと分かっている。 そういう風に出来ている。 華が少し寂しそうに、 「誰にだって、そうやって、鳴いてやれるんだよね?」 呟いていたのを、あたしはまだ、覚えているもの。 あたしは小さく頷いただけだった。 一人がいなければ気安いあたしの遊び方は、昔の華と良く似ている。 けれど、一人が出来てしまうと、絞り込んでしまうのが、あたしの性格。 もうきっと、華以外と寝ることはない、と言い切れるのに。 どうして、あんなに悲しい顔をさせてしまったんだろう。 秋の夜長に自身を慰めながら、あたしは、悲しくなっていた。 もう華の愛撫じゃなければ、感じなくなっていればいいのに。 試す術がないから、証明も出来ない。 気を取り直さなきゃ。 あたしは、こういう生き物だ。 そう言えば、来週の華との約束。 あたしは左の胸に。 華は左の腕に。 モチーフは違うけど、対になるようなもので。 一生、あなたを愛するしるしをいれるの。
曇り空の朝方から、ゆっくりと太陽が顔を出す午後。 休みの日の二人は猫みたいに転がる。 裸になって触れ合う。 肌と肌を擦りつける。 女の子の肌はとっても柔らかくて気持ちよくて、あたしは、華と出会ったばかりの頃から、こうして裸で抱き合うのが大好きだった。 華が、裸の腕であたしを抱きしめて、眠たそうに欠伸を一つ。 あたしもつられて、眠そうな目をする。 合図はキス。 二人で一緒に眠りに落ちる。墜落という感じで。 コンビニで、豪勢な朝ご飯を買って食べた。 お菓子を半分こした。 買い物に出かけて、華が篭を持って付いてきてくれた。 閉店間際のお菓子屋で、最後の一個の赤飯を買った。 お店のひとが、お饅頭を一つずつおまけしてくれた。 今日は良い日だね。 誰かのおかげで、そう思える。 あぁ、最近のあたし、調子が良いかも。 来週の休みには独りだから、髪をストレートにしてこよう。
「満腹にならないと性欲も湧かないの」 なんて口癖のあたし。 今夜は華のおうちへお出掛け。 仕事が終わって、電車を乗り継いで。降りた駅には華が待っている。 まるで忠犬みたいな顔して。 そのまま華に攫われて、カレーとセックスの誘惑に負けて。 仕事帰りの草臥れた身体を、ささやかなお遊びに酷使する。 撮ってもらっていたDVDと、華の作ったカレー。 終われば手を引かれて、華専用の小さな寝室。 小さな布団の端に座って、強請るような視線を見下ろす。 ここで抱き合うのは、二度目だね。 見慣れない天井が、少し怖い。 手繰り寄せられるような、指先。 舌。 濡れる、揺らされる、抉り上げられて、食べ尽くされる。 必死に声を噛み殺していると、笑った顔が見えた。 ああ、もう……悔しい。 華はこういう時には狡いと思う。 忠犬みたいな顔をして、ときどき、すごく凛々しくなる。 可愛い華が大好きだけど、そうして、顔色を変えるのが、切なくて、胸が痛い。 笑った後に、苦しそうに、歪める、唇。 どうしても混ざり合えない生き物である、現実。 出来れば、シーツの波間の上で。 互いの裸の体を絡めたままで。 溺れて、溺れて。 きっと華は怒るよね。 あなたの好きなあたしと言えば、笑って、鳴いて、愛している姿だもんね。 でも。 携帯のメモリーにひっそりと残された、あたしの残骸たち。 シーツの上の淫らな姿も。 あたしにとっては、死体と変わらないんだけどなぁ。
朝には目覚めのキスと、目が覚める程の愛撫を。 夜にはおやすみのキスと、腰の抜けるような快楽を。 一日で、たくさんもらった。 こんな日は、そう簡単に眠れない。 地元から幼馴染みが遊びに来ていた。昨日と一昨日。 二人で華の仕事場へとランチを食べに行く。 ともあれ、お安くランチを済ませて、楽しくお散歩していたんだけど。 どうやら、風邪をひきかけている様子のあたし。 人混みのせいかな。 それでも、今朝は華が抱いてくれた。 寝ぼけたあたしを、優しく優しく。 真綿で包まれるみたいな、華のやり方。 互いの仕事が終わって、宵宮のお祭りを見て、時間があるから、二人きり。 夜にも、また抱いてくれて。 華の愛し方は、「抱く」というのが一番合う。 抱きかかえる、抱きしめる、そんな愛し方をしてくれる。 そんな風だから、あたしは、嬉しいのと物足りないのと、色々な想いがいっぱいに膨らんで、もっともっとと強請ってしまう。 知らずに揺れる、淫乱なカラダ。 こんな風に育ててくれたのは、あたしの肌の上を通り過ぎていった何人かの男たち。 今更、その味も匂いも思い出すこともなければ、懐かしく感じることもないけれど、こうやって、自分の歴史を感じている。 華、あなたはいつも妬くけれど、これがあたしなんだから。 ねぇ、キスをして。何万回も、数え切れないくらい。 あたしはあなたにあげられるものは少ないけれど、同じだけのキスを返してあげられる。 お返しは、限りなく変わらぬ愛を捧げましょう。
華と一緒にお休み。 予定なんて何もない。 どこに行くかも、何をするかも、決めてない。 ただ二人だけの休日。 雨で良かった。 抱き合って、眠って。 起きて、ごはんを作って、食べて。 また抱き合って、眠って。 コンビニに行く以外は、何もしない。 愛し合う以外に、何もしない。 日常に草臥れた気持ちに、まるで雨が染みこむみたいなキスを。 優しい優しいキスと愛撫を。 あたしの小振りな乳房にすがって笑う、あなたの額にもキスを。 やんわりと、でも確実な愛撫で、飽きることなくあたしを抱く。 雨の匂いのする部屋で、あなたは笑って、笑って。 あたしは溺れながら、藻掻いて、泣いて。 いつか、このひとはあたしの体に飽きるんじゃないかと思ってた。 でも、いつも変わらない。 それは二人の間に物理的な距離があるせいなのかな。 それとも、女同士だから? 何一つ、確実な繋がりを持てない関係は、永遠に恋愛のままでいられるのかな。例えば、結婚なんて有り得ないし、子供なんて出来るはずもない。社会的な形式とも、人間的な成果とも無縁。 ただ、心と体でしか、寄り添っていられないから。 愛しいと思うことを、ずっとずっと続けてられたら、あたしたちはきっと幸せなんだ。 それが何よりも難しいことだとは分かってる。 あたしの体を丹念に愛してくれる、その時間の作り方が好きだよ。 執拗な愛撫も、からかうみたいなキスと、笑顔も。 全部全部、好きだよ。 時折、フェティシズムを垣間見せる華の性向。 あたしはそれに、毎度毎度、お付き合いをする。 それは日によって異なりはするけれど。 サディステックな愛情。 パラフィリアにも近い。 その全てを受け入れてしまうあたしだから、華は飽きずにあたしを抱くのかな。 そんなことを、ふと、思う。 雨の日のベッドは、快楽と、嗜虐と、物思いが交錯する。
あたしの空洞を埋めるためではなく。 愛しいひとの空洞を埋めるため。 あなたにあれば、なんて一瞬でも思わない。 むしろ、ないからこそ、安心する。 あれは野蛮な凶器。 あたしには、そうとしか見えないから。 だから、あたしが欲しいのは、小振りな性器。 あなたを痛めつけることのない、軟らかい肉。 その空洞に蓋をする程度の、小さな小さな。 一つの生き物になりたいからこそ、そんなことを望んでしまう。 明日は久しぶりのお休み。 予定は何もない。 華と二人で、のんびりする。 お昼は、あたしの手料理ね。 衣替えと掃除をしよう。 まるで二人暮らしみたいに、何気ないことをしよう。 そして。 あたしの空洞はあなたの指先で埋めて。 あなたの空洞は、あたしの、心の肉で埋めて。 抱きしめるの。 ああ、あたしがおとこだったらなんて思わないけれど。 あなたに埋まる肉があったら、良かったのに。
今日は、華が予定よりも早く仕事を終えて帰った。 あたしは遅番で、帰る頃には8時になる。 それでも会いたくて、会いたくてたまらなくて、華の家へと向かった。 あたしにしては珍しい。 華の家には、華以外の気配があって。 アレルギー体質のあたしには辛い動物がいて。 あたしの入り込めない世界が、嫌で嫌で、ぶち壊したくなる。 だから、あまり近寄らないんだけれど。 今日の華は生理痛でちょっとしんどそう。 華は一人であたしを待っていた。 同居人はもちろん不在。 あたしは、華用のふとんで、一緒に転がる。 くしゃみが止まらない。 それでも抱き合って。 毎朝5時半の逢瀬は、いつも寝ぼけ眼だから、ちゃんと目が覚めている時に会えるのが嬉しい。 5年の期限を与えられて、あたしは、死ぬほど苦しいのだけれど、何とかやっていけると思えた。 華に会えない日々が続けば、どんな場所でも会える。 どんなに嫌な世界でも、抱き合える。 それが、何よりの救いなんだ。 そんなつもりもなかったのに、少しだけ遊んで。 抱き合って。 キスをして。 くしゃみをしながら、夜道を一人、歩いて帰る。 夜風が気持ちいい。 心が晴れる。 まだあたしはここにいられる。
携帯電話が壊れかけた。 慌てて機種変更へ行ったけれど、MiniSDの使えない機種にしてしまった。 これじゃあ、華の写真を移せないよ。 旅行の写真もたくさんたくさんあったのに。 その上、充電器は前のままで使えると言われたのに、使えなくて。 明日、ちょっと憤りを込めてもう一度行かなくちゃ。 ちゃんとデータ移行もしてもらおう。 そんなことがあって、少しご機嫌斜めなあたし。 華も調子が良くない。 こんな時は早く寝てしまうに限るんだけれど、今日は何だか眠くない。 早く明日になればいい。
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