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永遠の半神...楢原笙子

 

 

月鏡〜はじまりのこと4〜 - 2008年06月28日(土)





痛む足を庇いながら歩いていると
ふいに名前を呼ばれたような気がした。

彼だった。
交差点を小走りに渡って
こちらに向かいながら
もう一度わたしを呼んだ。

悪かったね。
アポが一件キャンセルになったんで
社に連絡したら
もうキミが着く頃だって聞いて。

いいえ。

書類はフロントに。

ありがとう。助かったよ。
明日の朝一で使うから。

そうですか。
お役に立ててよかったです。
・・・・
じゃあ
わたしはこれで。

ぺこりと頭を下げて歩き出そうとしたとき
彼が言った。

もしよかったら飯でもどお?
どうせひとりだし。
帰りが遅くなるかな。

いいえ。あっはい。

んーそれはどっち?

笑いながら彼が言った。
わたしも笑った。
心が柔らかくほぐれて行った。

たったそれだけのことなのに
人間らしい彼に触れたようで
なんだかとても嬉しかった。










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月鏡〜はじまりのこと3〜 - 2008年06月27日(金)






偶然の出来事とは言え
彼に触れられたことで
わたしはもっと
彼に近づきたいと思うようになった。


ある日のこと。
上司から出先の彼に書類を届けるよう頼まれた。

悪いんだけど営業事務は手一杯で。
明日使う資料なんだが
ホテルのフロントに預けて欲しい。
今からだと終業時間過ぎるから直帰でいいよ。

電車でゆうに二時間は掛かるその場所へ
わたしは彼の事を考えながら向かった。

住所と名前だけをもらったホテルは
駅からそう遠くない
と聞いていたのに
何度か人に聞いても判らず
ぐるぐると歩き廻ったあげく
とうに通り過ぎた場所にあった。

フロントに書類を預けて
わたしの役目はあっけなく終わった。
けれども
なんだか立ち去りがたい気分で
思い切って尋ねてみた。

あのう・・・
今お部屋にいらっしゃるんでしょうか

遅くなるので預かっていて欲しいとのことでした

いったいわたしは何を考えていたんだろう。
部屋にいる時間の余裕があれば
彼は自分で会社に戻ったはず。

いや
それ以上に
彼がもし部屋に居たとしたら
それでどうするつもりだったんだろう。
自分で部屋まで書類を持っていく?
なんだかそれは唐突すぎる。

気がつけば
ヒールで歩き廻った足はじんじんと痛み
わたしはのろのろと
駅への道を戻ったのだった。












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月鏡〜はじまりのこと2〜 - 2008年06月26日(木)





彼は驚いたように振り向きながら
同じ言葉を返した。
そうしてわたしの顔に視線を留めた。

ええと
確か庶務の・・・

彼がわたしの名を覚えていなかったことに
少しショックを受けながら
その後を接いで告げた。

ホームに電車が滑り込み
わたしは彼のうしろから乗り込んだ。
電車は混んでいた。


いつもこの時間ですか?

いや。営業先から直帰が多いから。
今日は用事があって。


ドアの端の隙間に身体を縮ませて
そんな会話をした。
いくつか駅に停まるたび
どんどん人が乗ってきて
彼はわたしを潰さないように気を遣っていた。

ドアに付いた腕と
金属のバーを握る腕で作られた
小さな三角形のなかにわたしはいた。

あまりに近すぎて
彼の顔を見ることができなかった。
ただ
数センチ先の
ワイシャツの胸元から上がってくる
彼の体温を感じていた。


どこまで?


無言の気まずさを紛らわすための彼の言葉で
乗り換え駅まで一緒だと知った。
何かもっと話したいけれど
何を話していいのか解らなかった。


(ワタシハアナタヲズウットミテイマシタ)
こころでそう呟いた。


乗り換え駅に着いたとき
どおっと流れ出る人に押され
彼の身体が
ぎゅうっとわたしを潰しそうになった。

そうしてわたしは
半ば彼に
抱きかかえられるようにしてホームに降りた。












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月鏡〜はじまりのこと〜 - 2008年06月25日(水)





彼とわたしは同じ職場にいた。
彼は営業
わたしは庶務という名の雑用だったが
営業には数人にひとり
事務担当がついていたので
仕事上の絡みは僅かだった。



彼を意識しはじめて
どれ位経ったろう。

いつものように定時で仕事を終え
駅の改札に向かったとき
その先に彼の姿を見た。
ドクンと心臓が鳴った。

いつもの限られた空間じゃなく
雑多に見知らぬ人が混じるなかで
その後姿だけが
くっきりと浮き出るように見えた。

彼が階段を上り
ホームを歩いて行くのを
どきどきしながら追った。

近づきたい。

その気持ちが喉元から溢れてきそうで
彼が足を止めたとき
思わず声を掛けていた。

お疲れ様でした。

たったひと言。
けれどもその中には
ずうっと温めていた
彼への想いが詰まっていた。

わたしから彼への
ほとんど最初の矢印に
彼はあの時
気づいていたのだろうか。











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月鏡序3 - 2008年06月24日(火)






誰かを好きになったとき

ただ
想っているだけでいい

なんて思ったことはなかった。



伝えなければ
なにも始まらない。



伝えたら
破れることもある。



けれど



最初からそのふたつが一緒で
わたしの想いは


行き場を失った。



なのに
好き

重なっていく。




抑えれば抑えるほどに



溢れる想いは



わたしのこころを一杯にして



流れる先を



狂おしく探していた。











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月鏡序2 - 2008年06月23日(月)






彼に奥さんがいる。



本当は
そのことは
好き
を消すものではなくて。



わたしから彼へ
向かう気持ちの矢印に

同じように返ってくる矢印が


ないのだろう





知るだけのこと。






この感情。




好き

まだそこにある。



そして



好き

確かめればそのぶん



実らない想いなのだと知る。



恋したのに
最初から失恋している。




まだ


なにも始まっていないのに




誰かを好きなときめきと






受け容れてもらえない悲しみが






ふたつの感情が




一緒になっている。














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月鏡序 - 2008年06月22日(日)





誰かを好きになるということ。
それはどこから来るんだろう。

時には
いつも乗る電車の車両のなかで
時には
コンビニのレジのカウンター越しに

突然やってくるあの感情。

何かに迷って
いつまでも決められない自分がいるのに。

好き

気づかないうちに
そこにある。




給湯室で
背中から響いたあの声。

ほんのひと言の業務連絡。

それだけのことで
今まで意識していなかったひとが
たったひとりのひとに
変わりかける瞬間。


机の上に書類を置く手を見ては
電話を掛けるしぐさを見ては

ふと湧いたその感情を
本当なんだろうかと確かめる。

けれども
好き
が最初にあるとき
それを打ち消すものは探せなくて。

ただ
やっぱり好き

重なっていくだけだった。


そう

たったひとつ

彼に

奥さんがいる

という他は。











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アマテラス - 2008年06月21日(土)






夏至。




太陽が天に高く
そのちからが
最大になるというこの日に
すべての暗闇を陽のひかりにあてて
その底になにが見えるのか



知りたい
のだろうか本当に。




ひとは
自分にさえ
真実を打ち明けなくて
そうして生きていく

不確定な未来は
ベクトルを失ったままでも
明日を見せてくれるだろうか。



半裂きにされても
生きているというあの生き物のように




残ったこの半身で



全円となれるはず。





なにを恐れているんだろう。




そう

ただ
それが真実だと知りたくないのだ。









雲間から
太陽がのぼる。


あまてらすひのひかりが。















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