* たいよう暦*
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2004年03月31日(水) 最後の日

3月31日は、8月31日の次にさびしい気分になる。

学生の時も、社会人になってからも。


2004年03月30日(火) 牡蠣フライ

牡蠣が好きです。とっても。
生牡蠣と牡蠣フライが、とくに好き。

なぜ好きか。

味が好き。
さくっ、ふわっ、とろっの三拍子が好き。
濃密なまったり感が好き。
・・・・・・あげればキリがないけれど、
ほんとは理由なんて、どうでもいい!
とにかく、好きなのです。

今はもうない「よく行った場所」で、おいしい牡蠣をたくさん
食べさせてもらいました。
一度などは、牡蠣好きの友人の結婚祝いと称して、
牡蠣づくしのコース料理を作ってもらったこともあります。
食べても食べても飽きがこず、くさみも残らず、甘くてまったりとして、
ほんとうにおいしかった。
でも、その場所がなくなってから、おいしい牡蠣に出会うことも
なくなった。

「牡蠣フライ、おいしいよ」
そう言って友人に連れていってもらった洋食屋さん。
確か、一昨年の冬。

「・・・・・!」
びっくりした。
今まで食べた牡蠣フライの中で、飛び抜け一番おいしかった。
「おいし〜〜〜っ!」
顔をあげると、
「おいしいでしょう?」という満ち足りた顔で、
マスターが厨房の中からにこにここちらを見ていた。

「私、もう、ここ以外で牡蠣フライ食べません!」

きっぱり言い切ったあの時から、
本場広島に牡蠣を食べに行った時につまんだ
牡蠣フライふたつ以外は、よそのお店で食べていません。
はい、ほんとうに、食べていません。
あんなに好きだったし、よく食べていた牡蠣フライ。
食べたくなったら、迷わず「おいしい洋食屋さん」まで
足を運びます。

「ほんと、冬じゅう牡蠣フライだねえ」
笑われながら、このシーズンも、たくさんたくさんおいしい
牡蠣フライを食べました。
冬の味覚の王、牡蠣。
3月でおさらばです。
今日は、今シーズン最後の牡蠣フライの日だと聞いてたまらなくなり、
土曜日に「食べおさめ」をしていたはずなのに、
気づいたらカウンターで一人、注文していました。

やっぱりおいしいなあ。

しみじみと眺めながら、味わいながら食べた最後の牡蠣フライ。
最後の一口がなかなか食べられなかった。
・・・・いやいや、いやしんぼなわけではないんです。
ただ、こんなおいしいものが、あと7ヶ月も食べられないのかと
思うと、なんだか、ねえ。なんとなく、ねえ。

10月に入って、秋の便りが届く頃。
また、牡蠣フライのシーズンがやってきます。
その時まで、おさらばです。
おいしい味を、ありがとう。
また、来シーズンにね。


2004年03月29日(月) 美しい言葉

「願はくは花のもとにて春死なん
 その如月の望月のころ」   西行法師

その背景がどんどん見えてきて、美しさの奥行きに圧倒された歌。


2004年03月28日(日) 桜の森の満開の下

今は解散しましたが、その昔「夢の遊眠社(ゆうみんしゃ)」という劇団がありました。

東大を中退した野田英樹という演出家が主宰していた劇団。
言葉遊びと体をフルに使った表現力がおもしろくて、学生の分際で、高いお金を出しては何度も舞台を観に劇場に足を運びました。

その劇団の作品の中に
「贋作 桜の森の満開の下」というのがあります。
坂口安吾の同名小説を下敷きにしたもので、狂おしいほど美しい満開の桜の樹の下で、少しづつ何かが狂っていく物語でした。

その舞台を見て初めて、坂口安吾という人の作品を教科書の教材としてではなく、自分のものとして読みました。
「満開」の「桜」の「木の下で」ではなく、
「櫻の森」の「満開」の「下で」という言葉の表現がすごいと思った。
ぱーっと、何かが自分の中でひろがった。
物語の中身にもひかれたけれど、そのタイトルにまさに打たれたといっていい。
最初のジャブが効いたので、あとはするするするっと物語に引き込まれ、あっという間に不思議な美しい空間で、美しい言葉と表現にどっぷりとはまっていた。

「彼は始めて四方を見廻しました。頭上には花がありました。その下にひつそりと無限の虚空がみちていました。ひそひそと花が降ります。それだけのことです。」
「すると、彼の手の下には降りつもつた花びらばかりで、女の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになつていました。そして、その花びらを掻き分けようとし彼の手も彼の身●(骨編に豊)も延した時にはもはや消えていました。あとに花びらと、冷たい虚空がはりつめているばかりでした。」

桜の樹の下にたつと、いつもこの物語を思い出します。
桜の森の満開の下。
いつかその下で、美しい鬼が出てくるのを待ってみたい。その美しい鬼に、魅せられたい。
そう思わずにはいられない、小説です。


2004年03月27日(土) 姫路城

実は、大阪に生まれ育ちながら、18才まで大阪城を見たことがありませんでした。

は?

とびっくりされて、連れていってもらって見たのが初めてでした。
ところが、一緒に行った相手が悪い。
緊張しすぎて、初めての大阪城がどんなだったかは、はっきり覚えていません(笑)

今日は、別名白鷺城という、美しい世界遺産姫路城に桜狩に行きました。
まだ、桜は咲いていなかったけれど、ぱんっぱんにふくらんだ濃いさくら色が、咲いている時よりもむしろ美しく見えました。
そして、その濃いさくら色と、白壁の美しいお城のコントラストが見事だった。

今日は緊張せずに、初めてみる姫路城を、いろんな角度からじいっと観察しました。
さすが、世界遺産。
見ても見てもみあきない、計算されつくされた美しさでした。


2004年03月26日(金) ニュースステーション

18年半続いたそうです。

今日、歴代タイトル曲が流れたら、なんと全部覚えていました。
私にとって、初めて出会ったニュース番組というものが、これ。
チャレンジャーの爆発も、天皇崩御も、ベルリンの壁の崩壊も、阪神大震災も、同時多発テロも。
重大事件や事故の解説は、全てこの番組からえていたように思います。

世論的には、しゃべりすぎるだの、勝手なコメントが多いだの叩かれる事もあった久米さんですが、我が家では、時には誰もが思っているのに口に出さないことを堂々と語るその態度に、肩入れしていたように思います。
だからこそ、わが家は夜10時には必ずニュースステーション。
18年半という長い間、毎夜毎夜その番組でその日の世の中の動きの情報をえていました。

18年半続いたわが家の習慣。
夜10時からの朝日放送。
その習慣が来週からなくなるのかぁ〜。

すこん、と何かが欠落したかんじ。
それは、きっと来週の月曜日に初めてわかる感情だろうな。
永遠に戻ることのない、わが家の夜10時からの習慣。
なんとなく寂しくて、なんとなく、最後の久米さんのビール一気のみまでじっと見守っている自分がいました。

来週から、わが家は何で世の中の動きを知るのでしょうね。
欠落した習慣は、何にとって変わられるのでしょうね。

久米さん、18年半、どうもお疲れさまでした。


2004年03月25日(木) パンの会〜リベンジ〜

その昔。
なによりもあこがれた食べ物は’アルプスの少女ハイジ’に出てくる
「とろっとろのチーズをのせたパン」

アルプスの少女ハイジが、一緒に暮らしている’おんじ’に、暖炉の前でパンを焼いてもらいます。
その上に、とろけたチーズをのせてもらって食べるそのハイジの顔ときたら・・・!
「なんておいしそうなんだろう〜!」
あの当時、一番おいしく見えた食べ物かもしれません。

ふわん。

ふたを開いた瞬間、いいにおいが部屋中にただよいました。
焼きたてパンの、なんだかやさしい、おいしい、そして香ばしいかおり。
きっと、暖炉の前でハイジがかいだに違いない、かおり。

さくっ、さくっ、さくっ。

パン切りナイフが入るたびに、いい音がしました。
そして、さらに’いいにおい’はどんどん濃くなって、’いい音’とともに五感を刺激します。

「はい、どうぞ」

渡されたのは、あったかいパン。
まっしろで、湯気がほこほこたっています。
そして、表面のきつね色は、つやつや輝いて、見ているだけでかりっかりなのがよくわかります。
ふわん、と’いいにおい’がさらに濃くなりました。

「いっただきま〜す」

ぱりっ、さくっ、さくっ、さくっ・・・・
うわぁ〜・・・・

焼きたてパンを口いっぱいにほおばりました。
暖炉の前のハイジとおんなじ気持ちになりながら。
とろっとろのチーズはなかったけれど、
あったかいシチューにサラダにハムに固いチーズにクリームチーズにブルーベリージャム。
大満足な、パンの会でした。

とっても’ハイジな気分’。
ごちそうさま、でした。


2004年03月24日(水) 目標

小さな目標を、日曜日にたてました。
かろうじて三日坊主にならずに続いています。

最近、ちいさな目標をたくさんたてていて、
よくばっているなあ、と自分でも思う。

昔は、目標をたてるのが苦手だったのに、なんだろう、この乱立は。
「春休みの目標」とか「夏休みの目標」とか「今後の目標」とかいわれても、すごく困って、いつもどう答えていたかも覚えていない。
なんでだったんだろう。
漠然としすぎていた「目標」という言葉が好きじゃなかったのか。
それとも、想像力が欠落していたのか。
それとも、こうなりたい、という向上心が足らなかったのか・・・。
振り替えってみると、目標をたてた思い出はないけれど、「絶対こうする」と自分でこっそり決めていたことが、今から思えば「目標」だったのかもしれないなあ・・。

考えてみれば、すごく負けず嫌いな私、目標をたててやぶれることがいやで、目標をたてなかったのかもしれない。

最近の小さな目標の乱立。
目標を達成しようと向上心にあふれているのかな。
それとも、なにかあせって、よくばっているのかな。
それとも、目標が達成できなくても負けず嫌いの虫がでないとふんでいるのかな。
でも、それはある意味堕落な気がするな。
それとも、身近な振り返りが上手になって身近な目標をたてられるようになったのかな。


自分のことなのに、大変ビミョウです。
でも、とりあえずは、ひとつひとつの目標を達成しようと努力中。
なんにしろ、努力して一歩踏み出すことはいいことだ。
頑張りすぎて空回りしないようにさえ、気をつけていれば、いいことだと思う。


2004年03月23日(火) 門出

友人の小さな門出の話をきいた。

その門出の仕方が、また、”彼女らしい”。
「運とタイミングと勢い」を大事にしたあなたに、新しい世界がやってきたね。

小さな門出にオメデトウ。


2004年03月22日(月) 挑戦

ごはん時は水分をとらず、食間に一日2リットル水分をとる。

というのが、一番からだにいいらしい。
一月からこっち、ずうっと体が弱り気味で、ついこの間も今年3回目の風邪をひきこんでしまった私。
そんなに体にいいというなら、一日二リットルとってみようと思い立った。

ところが、これがなかなかつらい〜。
もともと、水分をほとんどとらない私。
考えてみれば、一日コップ4杯飲めばいい方だった。
そんな私が急にコップ10杯分も飲もうとするのだから、なかなか無理矢理なことになる。
いまだかつて経験したことのない「がぼがぼ感」も味わった。
いまだかつて経験したことのない「水っ腹(みずっぱら)」にもなった。

それでも、なんだか、ビミョウに調子がいいような気が・・・する?

トイレに二時間に一回は行くようになった。
「新陳代謝があがって、老廃物が排出されている証拠だよ」
だって。
どうかなあ、私の体。
ちょっとは元気になってくるかなあ。

なんだか、最近からだの弱りに心も弱っている。
健康おたくのように、いろんなものに挑戦し始めているぞ。
大事なのは、継続と努力。
とりあえず、三ヶ月後を目指して、まだまだつづけるぞー!


2004年03月21日(日) はじめての出会い

高校一年生が終わり、春休みを迎えた頃。
生まれて初めて関西圏を脱出することになりました。
母の高校時代の親友が横浜に住んでおり、そこに五日間妹と泊まりに行くことになったのです。

親戚縁者全て関西に住んでいた私にとって、生まれて初めての標準語圏への旅。
初めての新幹線。
初めての関西弁の聞こえない土地。
初めての二人旅。
見るものすべてどころか、聞くものまでもが珍しくて、初めて触れた異文化に興奮気味でした。

次の日の朝、食卓にのっていたものを見て、ああ、関東にきたんだなあ〜と、実感。
生まれてから一度も我が家で見たことないものがのっていたのです。
「おばちゃん、もしかして、これ、納豆?」
「えー、みたことないの?そうよ、納豆納豆!すーっごいおいしいんだから!食べてごらんよ」

我が家は、父も母もその両親も、関西人。
その時まで、ほんとに「納豆」というものを見たことがなかったのです。
うわ〜。テレビで見た通り、ねばねばと糸ひいてるぅ〜。
へぇ〜、なんじゃこりゃ?
「ほら、一口食べてごらんよ」
おそるおそる、興味本位から口にいれてみた。
ぱくっ。
・・・・・・。
「どう?」
・・・・・・。
「おいしいでしょ?」
・・・・・・。
ごっくん。
「おばちゃん・・・これ・・・豆がくさった味がする・・・」

口いっぱいにひろがる、むわっとした味。
びっくりした。
ほんと、感想は「くさった豆の味がする」としか出なかった。
まあ、納豆は豆を発酵させてるものなんですから、当然なんですが・・・。

「おいしいのにね〜。だめなんだ」
あかん・・・どうしても。
くさった豆の味としか思えないんだもん。
むわっと感がだめなんだなあ。

初めての出会いは、劇的なことはなにもおこらず、「納豆=ダメ」という図式があっという間にできあがりました。
ちなみに、我が家でも、いまだに一度も納豆を見たことがありません。
父も母も妹も私も。
これからもずっと、我が家で納豆を見ることはないでしょう。

体にいいんですってね、納豆。
納豆が好物だって友人も、たくさんいます。
でも、私は苦手。
これから先も、ずっと、好んで食べることはないだろうなあ・・・。


2004年03月20日(土) 我が家の味

今日は父の誕生日。
誕生日当日に、プレゼントが用意できなかった罪悪感も手伝って、甘党の父に「ショートケーキ」を作ってあげることにしました。

そのレシピとして使ったのが、私が小学生の頃我が家にやってきたガスオーブンレンジについていた
「大阪ガスのオーブンレンジレシピ本」の中の「バースデーケーキ」のレシピ。

私が小学生の頃から、ずうっと我が家ではこのレシピで作られています。
この本のレシピの味で、我が家の子供達はいつも誕生日を迎えていました。

久しぶりのお菓子作りに、少々不手際もありましたが、苦労の末、なかなか立派なケーキができあがりました。
できあがったケーキは、夕食の後にみんなで切り分けて食べました。

・・・・うん、我が家の味。
特別おいしい、我が家の味。
ちゃんと、味、出てるやん。

いつも母が作るのには、すこうしスポンジのやわらかさが足りなかったかもしれませんが、きちんと味は我が家の味が出ました。
いえ、レシピが一緒だから当然なんですが・・。
でも、我が家の味が間違いなく出せたことが、うれしかったのです。

小さな頃から食べつづけたケーキの味。
うん、やっぱりおいしいな。
誰がなんといっても、このケーキが我が家ではナンバーワン!
この味は、ずうっと守っていきたい味です。


2004年03月19日(金) リクエストは、「やぶれていないもの」

明日は父上の誕生日。
「何がほしい?」
とリクエストを聞いてみると、
「二つ折りじゃない財布が欲しい」

・・・・・?

「だから、折れてない財布!」

・・・・・?・・・・!
あっ、長財布のことかぁ〜。
いやあ、あれも厳密に言えば、折れてるんですけどね。
なんて減らず口を叩きながら、誕生日にそなえてお財布探しにでかけました。

探せど探せど、いいお財布が見当たりません。
いえ、「いいお財布」はたくさんあるのです。でも、「長財布」って圧倒的に数が少なくて、そして、いわゆる「いいデザインもの」ってないんです。
どうも微妙に’おじさんくさい’やつとか、微妙に’どうも普通すぎて評価のつけようがない’やつとか・・・。

「ねえねえ、ほんっとーに、いいお財布みつからへんねん。だっさいやつしかないねん。もっと具体的に、どんなのがいいの?」
「折れてなければなんでもいい」
「・・・・色は?黒系がいいの?茶系がいいの?」
「なんでもいい」
「うー・・・他にほんまにリクエストないの?」
「やぶれてないやつ!」

いや、普通、やぶれているやつは売ってないと思うんですけれどもね・・・。
困った末に電話で意見を求めたのですが、なんのヒントにもなりませんでした。
仕方ありません。後は、自力でなんとか探し当てねば・・・。

結局、あちこち歩いた結果、難波のとあるお店で、本当にシンプルな黒系の薄皮のお財布を見つけて買うことにしました。

実は、そのブランドのロゴがすみっこに入っていて、そのロゴとロゴの入っている場所が私的には気に入らなかったのですが・・・・

「ねえ、お母さん。こんなロゴが黒の財布の隅に入ってんねん。私はそのロゴがきにいらんねんけど、どう思う?」
「他はいいんやろ?いけるいける、そんなロゴなんて誰もみえへんて!」
・・・・楽天家のB型の意見も参考にならず。

ま、他がいいかんじやから、大丈夫でしょ!
と、迷った末にそれに決めました。
現品しかなかったので、取り寄せしてもらいました。
少し時間がかかって、月曜日に届きます。
お誕生日は二日すぎちゃうけれど、まあ、我慢してもらおう。

「やぶれていない財布」。
気に入ってくれるかな。


2004年03月18日(木) 先輩

仕事をやめても、
いくつになっても、
しばらく会わなくても、
やっぱり「先輩」は「先輩」だ。

あっという間に、’その当時’まで時間が巻き戻ります。

今日は、久しぶりの先輩と、いつも一緒に働いている先輩と、三人でおいしいごはんを食べました。
わいわい、と話すことが、
久しぶりに、会うことが、
一緒においしいものを味わうことが、
とてもいい時間だった。

また、一緒にいい時間を過ごしたいな。
環境は変わっても、変らぬ「先輩」「後輩」関係が続くことが、なんだかうれしい。


2004年03月17日(水) 心境の変化:図書館にて

いつもだったら、絶対手を出さないような本に、手をのばしてみた。

なんだか押し付けがましくて、苦手だったジャンルの本。
「そんなことえらそーに言っちゃってさ」
なんて、いつも思ってた。

だけど、「ま、聞いてみてもいいんじゃない」なんて今日は思ったのだ。
取捨選択するのはこっちだよ、なんて。
知識として、幅を広げるために読むのもいいかな、なんて。

「とりあえず、聞いてみるか」
ちょっと気持ちに余裕ができたのか、自分に自信がなくなったのか・・・。
微妙な感じではあるけれど、縁あって手をのばしてみた本。
とりあえず、最後まで読んでみるか。


2004年03月16日(火) クイーン

「僕らの若いときにはね、クイーンは神様みたいだったんですよ」

取引先の人が、遠い目をして言った。
その瞬間、’肩書きのある人’から、たんなる’おじさん’に替わった。
仕事上ではなかなか見ることはない、素の顔。
いい顔だなあ。と思った。

すごく楽しそうに、うちの上司と一緒に、どの歌が好きかと盛り上がっていた。
うちの上司も、いい顔をしていた。

「偉い人」が、ちょっとかわいらしい「おじさん」に見えた。
営業用の顔じゃない素の顔は、いいね。


2004年03月15日(月) カタチ

「カタチ」にこだわる自分が、みにくく思えた。

なんで、そんなに「カタチ」にこだわるんだろう。
人間は、欲深い。
そんな自分と正直に向き合うのは、むずかしい。


2004年03月14日(日) 新穂高ロープウエイ

「山の醍醐味は、山を見上げた時に、自分の登ったルートと頂きを目で確認できるところだよ。
 あ、あれはあの時登った山。あ、あれは縦走してきた連峰だ、って思う時がなんとも言えない」
と以前友人が、言っていました。
その時は、まだ’ヤマヤ’でなかった私。
ふうん、と耳をかたむけるだけでした。

1117メートルの新穂高温泉駅から、2156メートルの西穂高口駅へ。
ロープウエイでわずか15分ほどの空中散歩で、厳冬の穂高連山が目の前にひろがるその場に登れます。
マイナス7度の展望台で、カメラにおさめたのは、去年登った「奥穂高」の姿。
今日、自分が登った山の頂きを、初めて見上げました。
「あそこが、’私’の登った山・・・」
わきあがってきた、なんとも言えない達成感。
思い出す、様々な景色。
つらかった、楽しかった、泣きたかった、思わず笑顔がこぼれた、あの時わきあがった、いろんな思い・・・。

こうして自分の足跡を見上げて、初めて私の初登山が完結された気がします。
厳しさをたたえた雪化粧の山々。
気品高い、夏とはまた違う顔が見られてうれしかった。
奥穂高。
やっぱり、いい山でした。
うん。

そして、’登りたい’山も、こっそりカメラにおさめました。
ここが、新しい山登りのスタート地点。
どこか・・・は、内緒。
いつか・・・その頂きに、立ちたいな。


2004年03月13日(土) 白川郷

合掌造りの村落は、背景に雪山をしたがえひっそりとたたずんでいました。
雪の残る田畑と、急な傾斜の「合掌造り」と呼ばれる茅葺(かやぶき)屋根の家々。
わたぼうしをかぶったような、雪のふりつむ白川郷には出会えませんでしたが、屋根の雪が春のひざしにとけだして、きらきらきらきら、ひかって流れおちていました。
きらきら、きらきら。
太陽の光に輝く水のしずくが、とてもとてもきれいでした。

小さな村落は、世界遺産であると同時に、生活の場でもあります。
観光客が写真におさめる為、カメラをかまえるその後ろには、ごく普通に洗濯物がほされていたりします。

生活する人の息づかいが聞こえてくるような生きた場所。
だからこそ、よけいに魅力的に見えるのかもしれません。

山々に囲まれた、時の止まったかのような小さな村落は、とてもいい雰囲気でした。

今度は厳冬に訪れて、屋根に降りつむ雪の白川郷も見てみたいなあ・・・。



2004年03月12日(金) 飛騨高山

いつもより少しだけ早起きして、いつもより一本だけ早い電車に乗りました。
いつもより「少しだけ」違う今日。
でも持っている荷物も、乗っている自分の気持ちも、いつもと「全然」違う。
うきうきわくわく♪

会社を通りこして、待ち合わせの駅で電車を降りました。
そこからは、友人の運転する車にひろってもらって、4時間半のドライブ。
一路飛騨高山と白川郷を目指します。

そもそもこの旅は、一月の宴会の途中に
「屋根にふりつむ雪につつまれた白川郷」の写真をみんなで眺めたことから始まりました。
しんしんと降り積む雪に囲まれた合掌作りの白川郷。
「行きたい」
誰が言い出したのか、
「行こう!」
誰が賛同したのか。
気がつけばあっという間に話がまとまり、白川郷を訪れることをメインに、飛騨高山を散策する二泊三日の旅の計画ができあがっていました。

旅で出会う場所には、ふたつの種類があるような気がします。
初めて訪れてもなんだか自然になじんでしまう場所と、何度訪れてもいつまでもよそものの顔をしている場所と。
飛騨高山は、私にとって間違いなく前者です。
なんだか、妙になつかしさを感じる町。
子供の頃、よく訪れた京都に似ているせいかもしれません。

高山市内を流れる川の側には、古い町並が残り、江戸時代さながらの家並が残っています。
碁盤の目のような町並みと、町人町の名残が生きている場所。小京都と呼ばれる所以です。
木造切妻造り。10分の3以下の緩やかな屋根勾配。大きく張り出した軒(大屋根)、控えめにひっこむ小庇。
2階には板連子、1階にはいろいろな形の出格子。
家の前に流れる用水溝は雪流し、防火用水に使われるそうです。

昔は人が住んだ家々が、場所も雰囲気もそのままに、観光客相手のお店になっています。
昔ながらの手作り味噌屋。
酒蔵。
お煎餅や飛騨牛の串焼きが食べられるお店。
甘み処。
そば処。
ひやかして歩くと、町の風情を感じることができます。
たくさん歩いて、たくさん買い食いして。
知らない町を、どんどん歩きます。
私は木彫りの小さな豚を一匹買いました。

道路や道ばたにもう雪はなく、一見普通の町ですが、頬に感じるぱきんとした冷たい空気ががそこが雪国であることを思い出させます。

町をそぞら歩くと、体の芯から冷え込みました。
宿に戻ると、部屋におかれたこたつにあたりました。
久しぶりのこたつのあたたかさが、なんだかとても優しい気持ちになれます。

さて、明日は白川郷。
この陽気で、屋根の雪がとけてなければいいんですが・・・。


2004年03月11日(木) 準備

実は、旅立つのは大好きなのに、旅立ちの準備をするのが一番苦手です。

準備が一番楽しいじゃない。
といわれたこともあるけれど、だめなの、とても苦手。

なかなかできあがらなくて、途中何度も途方にくれますが、それでもその後の楽しみを考えてがんばっちゃう。

ふう。
できた。

さて。
旅立ってきます。


2004年03月10日(水) DVについて

新宿で、駆け込み寺を運営しているNPO団体のドキュメンタリーを見た。

すごく見入ってしまった。

運営している人の、葛藤。
駆け込んでくる人の、葛藤。

いろんなことが、あるんだな。
全ての人が、いろんな思いを抱いて生きているんだ。
あなたは、なにを、考えていますか・・・?


2004年03月09日(火) むっ

人の仕事の邪魔しないでよー!

と、思わず口から出かけました。
かろうじて、飲み込んだけれど。

むっ。
私だって、仕事しているんだ。
あなたの都合にばっかり、あわせていられませーん!


2004年03月08日(月) おもひでぽろぽろ

おもひでぽろぽろ。

今日は、そんな一日でした。


2004年03月07日(日) 職人

今日は、私の愛車、通称’すみれちゃん’の車検の日。
友人の職場まで車を持っていきました。
’超一流’の整備士の友人が、ずっと我が愛車の面倒を見てくれているのです。

何度も訪れた友人の職場。
何人もがそこで働いているけれど、群を抜いてきびきびした動きをする友人の姿を見るのが好きです。見ほれます。

友人の働きぶりを見ていると、これが職人というものなのかなあ、と思わされることが何度もある。
友人の手は、無駄な動きを一切しない。
あるべきところ、あるべき場所へ、全てがおさまっていく感がある。
見慣れない道具、見慣れない部品について質問攻めにしても、必ず私のわかる言葉で理解できるように説明してくれる。
そして、きびきびと、着実に、「生まれ変わっていく愛車」を見ることになる。

「さ、これで完了や。元気やわ」
満足げに眺めながら、我が愛車を引き渡してくれた友人。
「大事に乗れよ!」

はい、わかりました。
また二年後、すみれちゃんの面倒を友人に見てもらっていたいなあ。
何年乗るつもりやねん!とあちこちで言われている我が愛車。
初めて自分で買った記念すべき中古の軽。
みんなには小さな車かもしれませんが、私にはちょうどいいんです。いろんな意味で。

この間、無事、4万キロを越しました。
1万7千キロで我が家に来てから、約5年で2万3千キロ。
ほらね。
私にはすみれちゃんが、ちょうどいい。
だから、これからも大事に付き合っていくのです。


2004年03月06日(土) いとをかし

みぞれまじりの雪が
フロントガラスをたたくのを
あたたかい車内から見ているのも
いとをかし


2004年03月05日(金) 鳥インフルエンザ

よく行く「おいしい焼き鳥やさん」。
今日6時半に訪れると、一番客でした。
いつも、6時にはたくさんの人であふれているお店なのに・・・。

「珍しいですね」と言うと
「鳥インフルエンザの影響がもろやで。たまらんわー」
と渋い顔。

いくら加熱した鶏肉ではうつらないと言っても、気にする人は気にするらしい。
間違えた知識と、過剰な反応。
売るほうの立場としたら、たまらないだろう。

しばらくすると、いつものように賑わってきました。
入ってくるお客さんお客さんがみな
「さあ!気にしてる奴らはほっといて、食うで〜!」
と勇ましい。
私も、友人も、その他のよそのお客さんも、たくさんたくさん、心ゆくまで鶏肉をたいらげました。
心の中で、こんな大変な時やけど、頑張ってな〜と、お店の人にエールを送りながら・・・。

加熱した鶏肉からは、インフルエンザはうつらないよ。
とってもおいしくいただきました。
ごちそうさま。


2004年03月04日(木) 文通

小学校高学年から、高校2年生くらいまで。
同い年のいとこと、いわゆる「文通」というものをしていました。

大阪ー京都なんて、今ではひとまたぎ(!)ですが、小さな頃は遠く遠くの、異境の地。
その「異境の地」から届く手紙を、とても心待ちにしていました。
たぶん、いとこも同じ気持ちだったでしょう。
一番話すことが多かった時には、一週間に一通の割り合いで、書簡をかわしていたこともあります。

学校でこんなことがあった。
今日は家で怒られてくやしかった。
今こんなことがはやっている。
私はこんなことを思っている。

たわいのない内容でしかありませんでしたが、同じように成長を重ねたせいでしょう、いろんな葛藤やいろんな壁やいろんな思いを語り合ったものでした。

お互いいろんな世界を持つようになった頃から、自然と「手紙を書く」ことが少なくなりました。
電話で話すことも、会うこと自体も、どんどん減っていきました。
わだかまりができたわけではありません。
たくさんのものを、お互い外にみつけて、お互い違う世界に興味を持ち、共有する世界から同じ時期に旅立ったのだと思います。

「げんきー?最近またさむいなー。風邪ひいてへん?」
私の携帯に届く、従姉妹からのメール。
「げんきやよー。最近はなにやってんのー?私はこの前比良山にスノーシューにいったよ」
たわいのないやりとりが、最近復活しました。
お互いの世界を持った上で、またお互い共有できる世界もみつめられる余裕ができたせいもある。
そして、なんといっても、気軽にメールできる携帯をお互いもつようになったという環境の変化が大きい。

同い年の従姉妹と携帯メールのやりとりは重ねられても、休日が違う為に、いまだにゆっくり会えずにいる。

お互いいろいろあって。
いろんな環境の変化を乗り越えて。
たくさんのいろんなものを作り上げて、たくさんのことをお互いが知らないところで重ねてきた。
まだ、語りきれていない、語り初めてもいないことがたくさん、ある。
きっと、お互いに。

兄弟でもなく、友達でもなく、同い年の従姉妹は子供の頃から、特別な存在だった。
今もこうして、同じように年を重ね、離れていてもつながっていることを不思議に思う。

「一回ゆっくり会おうよ」
そう誘ったことは、まだ、ない。
「会えたらいいね」「そうだねー」
でいつも終始してしまう。
特別だから、同い年だから、なんだか照れてしまうのかも。

「春がすぎて、休日がとれるようになったら、一度ゆっくり会おうよ」
今度、誘ってみるつもり。
そして、お互い重ならない世界を生きてきたここ数年を、ゆっくり語り始めたい。
特別な存在は、やっぱりいくつになっても、「特別な存在」。
早くそれを取り戻したいような、もう少し眺めていたいような、そんな、微妙な気分。


2004年03月03日(水) 桃の節句

「節句って、どういうイミ?」

電話の相手がいきなり言いました。

「桃の節句」「端午の節句」がそれぞれお雛祭りや子供の日を指すことは知っていても、言葉そのものの意味なんてわかりません。

「じゃ、次の電話までに調べておいてね!」がちゃん。
電話をきる時に、宿題にされてしまいました。

「節句」は、もともと中国から奈良時代に伝えられた風習だったそうです。
それを日本人の生活のリズムにうまく適合させたことから、日本の季節行事として深く根を降ろました。
 現代に伝わる五節句は、江戸時代に幕府がそれまでの節句をもとに公的な祝日として制定したものだそうです。

1月7日 人日(じんじつ) 七草の節句<
3月3日 上巳(じょうし/じょうみ) 桃の節句・ひなまつり
5月5日 端午(たんご) 菖蒲の節句
7月7日 七夕(たなばた/しちせき) 星祭
9月9日 重陽(ちょうよう) 菊の節句

これらはお正月の七草、3月の上巳(じょうし/じょうみ)の桃、5月の端午(たんご)の菖蒲、7月の七夕の竹、そして9月の重陽(ちょうよう)の菊と、必ず季節の草や木に彩られるのが特徴となっているそうです。

「へえ。江戸時代は公的な祝日だったのに、最近は休みじゃないんだなあ。損した気分!」
宿題を出した相手に、答えを教えるとそう言ってました。
「桃の節句と端午の節句と七夕は知っているけど、七草が節句だったとはなー。それに、菊の節句なんて聞いたことないよ!」
私だって、初めて知りました。
そして、「節句」が「季節の行事」だったことも・・・。

七草に桃に菖蒲に竹に菊。
昔の人は、季節のうつろいにとても敏感で、肌で感じていたのでしょう。
最近のこの世の中は、温暖化のせいか、どこかおかしい。
「らしくない」季節が多すぎる。

それでも、今日は家には桃が飾られ、「季節の行事」に彩りをそえていました。
しばらく出してあげていない、お雛様。
来年は、出してあげよう。


2004年03月02日(火) 治った

さすがに、今日は筋肉痛は治りました。

ここ数日、とってもあやしい歩き方だった。
治ってよかった。
めでたしめでたし。


2004年03月01日(月)

「3月」ときくと「春」だと思う。

きのうと何も変わっていない今日だけれど、
「3月」という響きで、「春」だと感じる。


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