2012年04月17日(火) |
オタク好みの音楽への差別 |
気に入る音楽なら何でもいい筆者のiPodには、実にさまざまなジャンルの音楽が入っている。ドン・マクリーンもあれば、FUNKY MONKY BABYもある。アニメソングもあればRCサセクションもある。最近になって初音ミクの曲まで手を出した。
音楽視聴ソフトのiTunesには、その曲を何度再生したか数える機能があるのだが、筆者はそれをとても気にしている。コブクロや斉藤和義のような「普通の人が聞きそうな楽曲」とアニメソングやAKB48のような「オタクが聞きそうな楽曲」に分け、後者が前者に比べてあまり回数を重ねないように気をつけているのだ。 気にせず聞きたい曲を聞けばいいとは思うが、後者のような音楽ばかり聞いていると思われたくない気持ちは確実にある。つまり、筆者は音楽を差別しているのである。
だが、それだけではない気はしている。どちらかというと聞きたいものだけを聞いていると後者に偏りがちである。だが、筆者はそれを自覚して、前者の音楽もバランスよく聞くようにしている。それは、肉に偏らないよう野菜を食べるのに似ている。 後者の音楽ばかりでは何か良くない。そう感じるだけの中毒性がオタク好みの歌にはあるのである。
著名人が己の半生を振り返る日経新聞の人気コラム「私の履歴書」。先月は大和ハウス工業会長兼CEO・樋口武男が担当していた。モーレツ経営者の成功物語としては痛快であり、いつになく楽しんで読めた。 彼の原稿に頻出したのが同社の創業者である石橋信夫である。樋口が常に経営の苦しい部署に回された裏では必ず石橋の理不尽とも思える指令があった。それでも樋口は頑張って立て直しては、「あれはこういう事を教えて下さっていたのだ」と顧みる。石橋は「それに気づく奴と気付かん奴がおる」と答えた。
カリスマ経営者の一番の難問は後継者の育成である。ただ教育するだけではリーダーシップに必要なカリスマは育たない。 石橋の場合は樋口を選び、数々の難問に当たらせることで彼を鍛えた。同時に武勇伝を作らせ、カリスマをも備えさせたのだ。 カリスマとはつまり実績だ。ゼロから大企業を作った功績こそが石橋ら創業者が備えたカリスマであり、人々を惹き付けていたのである。
樋口の原稿は彼の主観であるため、石橋の真の意図は測りようがない。だが今の樋口を支えるのは彼自身が築いてきた実績への信頼であることは間違いない。 石橋信夫はカリスマの継承に成功したのだ。
2012年04月06日(金) |
闘いはまだ始まったばかりだ |
本日、第2回目の団体交渉を持って、筆者の会社は春闘の集約を迎えた。一時金の金額も要求には遠いが、現実的な組合の予想を上回っており、会社の状況を鑑みるに頑張っていただいた方だと思う。
ただ、悲しかった。経営陣は、社員には危機感が足りないという認識であったらしいが、社員が将来に不安を抱えているか分かっていない。危機感を覚えた人たちは次々と会社を去っている状況を把握しているのだろうか。 それは社員も同じだ。実際に筆者も団体交渉で実際に経営陣の意見を直接聞くことによって、はじめて彼らが今の状態をどれだけ重く受け止めているかを知った。 お互い心中が分からない状態で、社員は経営陣が動くのを待っているし、経営陣は社員からの働きかけを期待している。そして思っているように相手が動かないことにお互い苛立っているのだ。雇用関係としてこれほど悲しいことがあるだろうか。
労働組合は組合委員の労働条件を維持、あるいは改善するための組織である。これからはただ給料や報償の要求ではなく、経営陣と社員がもう少し分かり合い、本当に業績向上に向けて協力できるよう、お互いに本音をぶつけ合える労働環境作りも重要となるのではないだろうか。
大阪城公園の桜に花が付き始める頃、毎年老若男女がずらりと大阪城ホールに列をなして歩いていく姿がみられる。「これは何の行列か」と聞いてみると「朝起き会です」という答えが返ってきた。
朝起き会は正式名称は実践倫理宏正会という宗教法人である。その特徴的な活動としては「朝起会」と称する朝5時から6時の間に行われる集会への参加と「捨て育て」と呼ばれる独特の子育て法だ。 これが両方とも熱心な会員以外には迷惑な代物らしい。「朝起会」は、活動意欲のない会員の参加促進を奨励している。やる気のない活動で朝4時に呼び鈴や電話を鳴らされれば辟易もするだろう。 「捨て育て」も「子供は勝手に育つ。世話をする時間を会の活動に参加して立派な親の背中を子供に見せることが重要」というもので、育児放棄ではないか批判が強い。この独特な子育て法をもって育児相談を装った朝起き会への勧誘も問題視されている。
倫理観は人それぞれであるから朝起き会の考え方が間違っていると一方的に言えない。苦い薬を飲ませるように、人の嫌がる事も正しい行いなのかもしれない。 だが、宗教を勧める人にはこれだけは覚えておいてほしい。己の信じる正しさは絶対ではない、と。
2012年04月04日(水) |
「人身事故」の現場より |
JR阪和線はとにかく遅延の多い事で有名である。その遅延の一番の理由が「人身事故」だ。 他では「人身事故のため遅延」としか説明されず、実感も薄いため、普段なら遅延したことに迷惑にしか思わないが、事故を起こしたのが自分の乗っていた列車だと少し話は別である。人身事故では大抵人が亡くなっているのだ。 「只今この列車におきまして人身事故が発生しました」とか「現場検証を行っています」と生々しい現状が放送で報告されるのだ。「遺体の回収を行っています」という報告があったという噂もまことしやかに語られている。 特に先頭車両に乗っていると生々しさは際立ってくる。事故を起こした瞬間に確かな衝撃も感じられ、車掌が淡々と報告し指示を仰ぐ声も聞こえる。 前面の窓から前方を見ていて、その瞬間を目の当たりにしたらしく、電話で家族に「見てしまった」と、やりきれなさを吐露している人や、不届きな好奇心を隠さずに窓から身を乗り出したり、駅に着いた途端に先頭車両の前面を確認に走る人も見られた。
阪和線は「人身事故」でよく遅延を起こす。大幅に遅延で「人身事故」の放送が流れるたび、あのような生々しい事件が起こっているのかと憂鬱な気分になる。
2012年04月03日(火) |
米国銃規制反対の根拠 |
米大学での銃乱射事件で7人死者がでた事件が各紙の社会面で報じられている。その扱いは思いのほか小さく、それが逆に米国で銃乱射事件が起こることが日常茶飯事であることを示している。 以前も48人が犠牲になった銃乱射事件でも銃規制論の熱は高まったが結局は実現してしない。それはなぜだろうか。
有り体に言えば利権もある。それに銃規制反対派には法的な根拠があるのだ。アメリカ合衆国憲法修正第2条の「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。」という規定である。 これは「国民から危険と戦う権利として銃の携帯は禁止してはならない」、つまり護身用の銃は取り上げるべきではないという主張だ。
しかし、数ある銃乱射事件の構図を見てみると銃乱射の犯人に対して銃で応戦したという例はほとんど見つからない。つまり銃によって身を守ることができていないのだ。 これでも規制をしないというのは、アメリカ合衆国憲法は「銃乱射事件の犠牲者となったのは、禁止されていないのに銃を携帯せず、自分の身を守ることを怠ったからだ」と自己責任を追及していることにはならないだろうか。
昨日の更新のあとがきにて述べた通り、毎日更新するはずのこのエッセイが3日間止まってしまった。イベントに出すはずの原稿がなかなか終わらず、仕事以外の時間は全て執筆に費やさなければならなかったからである。 宣言した毎日更新は途切れたわけだが、この更新は止めない。さらに言えば、抜けた日付の記事を後から補完しようとも思わない。なぜなら毎日更新自体に意義があるわけではないからだ。
筆者は継続のコツを持っている。ひとつ目が思い立ったが吉日。この連載の最初の記事には「思い立ったその日に始めるのが主義」と述べているが、実は継続のためでもあるのだ。今日始められずに明日始められる道理はない。 いきなりルールをガチガチに決める人はよくいるが、やったことがないことが初めからうまくいくはずがないのだ。「ここをこうすればよかった」と躓く日が必ず来る。キリの良い日など待たずにすぐに始めて最良の形を探すのが先決だろう。
もう一つが、「毎日やるべきことが途切れた場合、しれっと何事もなかったように再開すること」である。休んだ分をリカバリーする事などを考えると再開の敷居が高くなりすぎる。何より恐れるべきなのは止めることなのである。
2012年04月01日(日) |
ついて良い嘘、悪い嘘 |
ここ数年エイプリルフールが異様な盛り上がりを見せている。googleは昔懐かしきファミコンカセット版のグーグルマップを開発したというプレゼンテーション動画を作成した。その手間の掛けようには恐れ入る。WEBサイトにジョークを仕込むのはこの年度始めの風物詩といえるだろう。
エイプリルフールで思い出すのが漫画「ドラえもん」のあるエピソードである。直前のエピソードでドラえもんが未来に帰ってしまい、落ち込むのび太に、ジャイアン達が「ドラえもんを見た」と嘘をつく。それを見たしずかちゃんは人をがっかりさせるのは悪い嘘だと窘め、自分は親切な嘘をつこうと彼女は「家が燃えている」という嘘をついた。 この話を読んだ時、子供心の付いてよい嘘と悪い嘘の考え方に感心したことを憶えている。
ついて良い嘘、悪い嘘は、嘘が終わった後で見分けることができる。嘘が終わる時とは嘘が明るみになったときだ。その時、精神的苦痛も含め、負の影響を残すようであれば付かない方が良い。 嘘をつかない者はいない。その目的も不都合をごまかすため、他人を陥れるためなど様々だ。4月1日に限らず、嘘をつくときにはばれた後のことを考えて付くことをお勧めする。
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