読書記録

2015年08月12日(水) 最後はひとり         下重 暁子

人はひとりで生まれてひとりで死ぬ。たくさんの家族や友人知人に囲まれていても、「最後はひとり」なのである。

老いゆく日々に、孤独の習慣を日常に持つことが大切だ。それは作者にとっては書くことであり、最後の1文を求める人生の旅なのだ。

今まで生きてきた自分を見つめる機会を持つ事として、作者は書く事を推奨している。自分史を書くのもいい、短歌、俳句に思いを託すのでも構わない。歳を重ねたからこそ、ひとりの準備にとりかかりたいという。書く事は自分を掘ること。エッセイ教室で常に言っている言葉だ。人に見せなくてもいいから、書いてみる。今まで見えなかった自分が見え、気がつかなかった事柄、感性に出合う。老いと孤独を乗り越えるために、書く事を進める所以だ。

 「最後はひとり」の時間を有効にすることは、豊かな人生の締めくくりを迎えるヒントを見つけ出すことにつながる。一生に一度、「人生の作文」を書く事を勧め、人生の最高の締め切りを迎えようとする著者の思いは理解できる。


私も本当は自分史のようなものを書いてみたいという願望はある。
だが今までの人生を振り返ってみたら、何のかんの言っても大した苦労もせずに平々凡々で幸せに生きてこれたのだ。
とても文章にできるようなことはなかった。
それにつけても母の人生を思うとき、口減らしの女中奉公をして戦争を生きて満州から引き上げてきて2度の離婚をして、それこそドラマにでもなりそうだ。
折しもお盆・・・
来し方と行く末を考えさせられる本であったことは確かだ。










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