2015年03月30日(月) |
姥ざかり花の旅笠 田辺 聖子 |
小田宅子(おだいえこ)の『東路日記』
1840年(天保11年の頃)北九州・筑前の豪商<小松屋>両替商の家付き娘である宅子さんの旅日記。 52歳の商家のお内儀さんである宅子さんが同じく50歳代のお連れとお伊勢参りをした旅日記。 昔のこととて二度とはこんな機会がないだろうと、お伊勢参りから善光寺・日光東照宮にお江戸見物と足を延ばした貴重な記録から、著者が他のいろいろな文献と照らし合わせて丁寧に書き起こしたもの。
この宅子さんは俳優高倉健さんの五代先祖にさかのぼる人物だそうだ。 そもそも、『東路日記』は、高倉健さんが、<うちの先祖の人が、こういう手記をものしているが、これをわかりやすく読めるようにならないものだろうか、面白そうなのだけれど>と、旧知のイラストレーターに示され、縁あって著者のもとにたどり着いたようだ。
宅子さんも同行の久子さんも裕福な商家のお内儀だから、けいこ事として歌も勉強しておられたので旅日記には歌もたくさん書き残されていた。 それにしても一日に七里も八里も歩いたという昔の人の健脚には驚かされる。
みをつくし料理帖の完結編。
物語とは承知をしつつ、すべてが上手く収まって本当に良かった。 有難う、有難うと大きな声を上げてお礼を言いたい気分。
主人公の澪が小松原さまを慕っていたころから、じっと澪を見守っていてくれた源斉先生と一緒になれるなんて夢のよう。 女料理人の身で吉原の花魁になってしまった幼馴染の野江を身請けするなんてスゴイとしか言いようがない。 そして その野江と生まれ故郷の大阪に帰るというのもスゴイ!!
二百文の料理も、二十文の料理も、どちらも気を抜かず、手を抜かない。そうすることで拓ける道がきっとある━そう信じよう。思うこと、悩むことは尽きないけれど、今、この刻は一心に料理に向かおう。澪は自身に言い聞かせて、擂粉木を動かし続けた。
私が時代小説を好きな理由のひとつに それぞれの物語の作者が描写する着物がある。
裾に薄と桔梗をあしらった銀鼠色の紬。 渋い褐返(かちかえし)の紬の綿入れ羽織。 泥染め黒八丈の綿入れ羽織。 天色地に水紋と燕を配した袷、等々・・・
昔は着物や帯をトータルで揃えるといった悉皆屋なる商売もあったようで、今でもスタイリストとかコーディネーターという職種になるのだろうけれど、作者が登場人物に着せる着物が大好きだ。 出来ることなら映像で見てみたいものだとつくづく思う。
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